美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
シャルロット・レステンクール。
『白銀の戦乙女』の異名を持つ彼女は、わずか十八歳で王国第一騎士団長の座に上り詰めた稀代の才媛である。
その生まれは、オルレアヌ王国中央に広がる緑濃き領地を治める名門、レステンクール公爵家。
幼い頃から、シャルロットは特別な存在だった。
剣を振るう度に放たれる鋭い音色と、その身に宿る魔法の淡い輝き。
それらは運命の糸のように彼女の日常を彩り、見る者全てを魅了した。
まるで、騎士の血脈そのものが人の形を成したかのように。
だが、周囲からの熱い視線と期待は、幼いシャルロットの肩に重くのしかかる。
レステンクール家の広大な庭園で、朝焼けを背に振るう木剣は、その小さな手には余りある重さだった。
華奢な肩が悲鳴を上げる度、彼女は歯を食いしばる。
毎日、夜遅くまで行われる過酷な鍛錬は、まさに地獄そのものだった。
「シャルロット、集中しなさい。剣は心の延長なのだ。怠惰な心が剣を鈍らせる」
祖父マキシム・レステンクールの声に、容赦はなかった。
かつてオルレアヌ王国第一騎士団長として名を馳せた英雄の血を引く者への、厳しくも当然の戒めである。
溢れそうになる涙を堪えながら、シャルロットは木剣を振り続ける。
その才は紛れもなく特別なものだった。
しかし、才ゆえの重圧は、他の誰よりも彼女を追い詰める。
そんな日々の中で、彼女の心の支えとなったのは一冊の本だった。
就寝前の寝室で、シャルロットは古びた英雄譚を手に取る。
幾度となく読み返し、もはや暗唱できるほどに親しんだ、友情と努力と正義の物語。
それでも、彼女は飽きることなく頁を繰った。
「勇者ロジェルは、魔王を倒すために自身の命すら投げ打ったのね……」
蝋燭の柔らかな光の中、勇者の生き様は少女の心に深く刻まれていく。
その物語は、彼女に勇気を与え、明日への希望を灯す光となった。
「私も……いつか勇者さまのように」
シャルロットは本を胸に抱きしめる。
「強くなって、家族を、大切な人たちを守れる人になりたい」
幼い心に誓った夢。
強く、そして優しい勇者のような存在になること。
その誓いは、やがて彼女を導く道標となっていった。
それから、時は流れ。
肌を刺すような冷たい風が吹き抜ける中、シャルロットは街の中央にそびえ立つ教会の尖塔に佇んでいた。
眼下に広がるカーンの街並みを見下ろす彼女の瞳に、深い懊悩の色が宿る。
寒空の下に連なる家々の屋根瓦が、夕陽に赤く染まっていた。
通りを行き交う人々の姿が小さく見える。一見すれば平和な風景。
しかし、その穏やかな光景は、彼女の胸の内に渦巻く葛藤を癒すことはできなかった。
幼い頃、寝る間も惜しんで読みふけった英雄譚。
そこには愛と希望に満ちた物語が紡がれ、幼いシャルロットの心を魅了した。
自分も勇者のように剣一振りで人々を救い、平和な世界を守る。
騎士になる前は、そんな夢想に胸を膨らませていた。
しかし今、彼女の目に映るのは、そんな理想とはかけ離れた冷徹な現実だった。
カーンは、レシア要塞奪還作戦における重要拠点。
先日の王国騎士団長会議で、北方遠征軍の指揮官たる彼女は、苦渋の決断を下していた。
カーンを囮とする――。
グリムフ軍を引きつけ、その隙に手薄となったレシア要塞を攻略する。
それは、この街と、そこに暮らす人々を見捨てるに等しい作戦だった。
しかし四凶将軍グリムフが要塞に不在という絶好の機会は、二度と訪れないかもしれない。
これを逃せば、要塞の奪還はおろか、北方からの魔王軍の侵攻はさらに激化し、国土は蹂躙され続けるだろう。
魔王軍との戦いが長引けば長引くほど、武力で劣るオルレアヌ王国は圧倒的に不利になる。
だからこそ、今回の作戦は、オルレアヌ王国がこの危機的状況を打破するための、唯一の、そして最悪の選択肢だった。
「本当に……これで、よかったのかしら?」
物語の勇者ロジェルならば、きっとこのような非道な作戦など選ばなかっただろう。
これは紛れもなく、騎士道に背く行為ではないのか。
自問自答は後悔の波となって、シャルロットの心を押し流そうとする。
街を奪還した彼女に、人々は惜しみなく感謝の言葉を向けた。
明日への希望を語る彼らの笑顔が、今も脳裏に焼き付いている。
市場で屈託なく笑う農夫の顔、教会で静かに祈る老婆の姿、石畳の上を無邪気に駆け回る子供たちの笑い声――。
それら全てが、彼女の決断によって失われようとしていた。
「シャルロット様」
副官の声が、シャルロットを重い思考の淵から引き戻した。
「斥候からの報告で、グリムフ軍の『三獣士』の出撃を確認しました」
グリムフ軍『三獣士』。
魔王グリムフ不在のレシア要塞を守る、彼の腹心中の腹心である三人の獣人。
彼らの出撃は、常に重要な局面の前触れだった。
彼らはグリムフの忠実な僕であり、その武力は、並の将兵をはるかに凌駕している。
カーンは、オルレアヌ中央都市への侵攻ルートにおける重要な拠点だ。
グリムフ軍にとって、ここは西と南への侵攻を可能にする戦略上の要所になっている。
だからこそ、三獣士はレシア要塞の守りを手薄にしてでも、グリムフが要塞に戻る前にこの街を奪還しようと、大軍を率いて押し寄せてくるだろう。
シャルロットはそう読んでいた。
カーンを囮とする作戦は、まさにその読みの上に成り立っていた。
そして彼女の読み通り、敵は動き出したのだ。
「分かりました。三獣士がカーンに到達するまで、およそ一週間。我々は二日後、作戦通り最短ルートでレシア要塞へ向かいます。オレレト山はまだ雪に覆われており、過酷な行軍となるでしょう。全軍に備えを徹底するよう通達してください」
「はっ、承知いたしました」
「……それで、王都に依頼していた新型魔導砲は、予定通り届くのかしら?」
「はい、我々がカーンを発つ翌日に、援軍とともに到着する予定です」
「そう……良かった」
シャルロットは、まだわずかな希望を捨てきれないでいた。
新型魔導砲が配備され、援軍と街に残す少数の兵力を合わせれば、この街を守り抜く可能性も僅かながら残されていた。
街の防衛部隊が持ちこたえている間にシャルロット率いる本隊がレシア要塞を陥落させ、そのまま反転してカーンに戻り敵を挟撃する電撃作戦。
理想的な展開ではあったが、相手はグリムフ軍の主力部隊。
そのような精鋭が数で押し寄せてくれば、たとえ魔導砲で備えていても長くは持ちこたえられないだろう。
それはシャルロットも十分に理解していた。
彼女は目を閉じ、冷たい風が頬を撫でるのを感じながら、深く息を吸い込んだ。
その瞬間、幼い頃の記憶が鮮明に蘇る。
勇者が困難を乗り越え、犠牲を厭わずに王国を守る物語。
それらは幼い彼女の心に、強い使命感を刻み込んだ。
しかし、現実は物語とは違う。
残酷で、容赦のない、生々しい現実がそこにあった。
(……この街を、犠牲にするしかないの?)
彼女は再び自問した。
しかし、心の奥底ではすでに答えを知っていた。
物語のように、最後は誰もが幸せになる展開など、現実の戦争ではありえない。
目的を達成するためには、必ず犠牲が伴う。
そして、彼女の役目はその犠牲を最小限に抑えつつ、最大限の成果を得ること。
それが、騎士団長としての、彼女の責務だった。
たとえそれが、彼女の心を深く蝕むことになろうとも―――。
その時、一人の兵士が息を切らせて駆け寄ってきた。
「シャルロット様、大変です! 街に侵入した不審者を拘束しました! 現在、詰め所で取り調べ中です!」
副官は眉をひそめ、ため息交じりに兵士を睨みつけた。
「その程度のことで報告に来るな。こちらも多忙なのだ。そちらで対処するように」
「は、しかし……その男、ただ者ではなさそうでして……」
兵士は慌てて言葉を続けた。
「酒臭い、人相の悪い中年男なのですが……なんと、自分を『勇者』だと名乗っているのです!」
兵士のその言葉に、シャルロットは僅かに眉を上げる。
張り詰めていた空気が一瞬緩んだ気がした。
(……勇者が? この期に及んで? まさか……)
幼い頃、寝台の上で幾度となく読み返した英雄譚が、彼女の脳裏をよぎる。
絶望に打ちひしがれた人々の前に風のごとく現れ、希望の光をもたらす勇者の姿。
かつて彼女の胸を躍らせ、夢見させた英雄の物語。
しかし、シャルロットは即座に首を振り、その甘い幻想を打ち消した。
現実は残酷だ。そんな都合の良い英雄など、どこにも存在しない。
「最近は勇者を自称する詐欺師が後を絶たないと聞きます。民の善意につけ込み、金品を巻き上げる悪質な連中でしょう。おそらく、その男も同じ類でしょう」
「仰る通りです。では、取り調べが終わり次第、処罰して——」
「お待ちなさい」
シャルロットは兵士の言葉を遮った。
「魔族との戦いの最前線までやってくる詐欺師……ですか。確かに、腑に落ちませんね。ただの酔っ払いにしては、あまりにも突飛な言動です。あるいは……」
彼女の中で、奇妙な興味が湧き上がっていた。
警戒心と、ほんの僅かな、しかし確かに存在する期待。
それは、砂漠の中で見つけた一滴の水のようだった。
この状況で「勇者」を名乗る男とは一体何者なのか。
その真意は何なのか。シャルロットは確かめたくなった。
「私が直接話を聞きましょう」
シャルロットは静かに告げた。
副官は驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻し、小さく頷いた。
シャルロットは兵士に案内を求め、拘束されている男のいる詰め所へと向かう。
その足取りは、先程までの重苦しさとは異なり、どこか軽やかだった。