美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
「なぜ……こんなことが……」
シャルロットの瞳から光が失われ、唇がかすかに震えた。
眼下に広がる光景は、彼女の想像を超えていた。
戦場を知り尽くした彼女でさえ、一瞬、目を疑うほどだった。
獣人たちの咆哮が重なり合い、雷鳴のように平原に轟いている。
その数は優に五千を超えていた。
黒い鎧に身を包んだ獣人たちは、まるで大地を蝕む暗雲のようで、その威圧感は見る者に絶望を刻みつける。
斥候の報告では、獣王グリムフ配下の三獣士がレシア要塞を出発したのはたった二日前のはずだった。
到着まではあと三日の猶予がある――その計算が、すべて崩れ去っている。
「謀られたのか、それとも……魔族どもの新手か」
第四騎士団長ガストン・デュフォールが低く唸るように言った。
彼の拳は固く握られ、指の関節が白くなっていた。
「通常の移動手段で来た……わけではなさそうですね」
"氷の貴公子"の異名を持つ第七騎士団長セバスチャン・セイクレッドが冷静に分析する。
普段から感情を表に出さない彼だが、今だけは声にかすかな緊張が滲んでいた。
シャルロットは深く息を吸い、瞳に冷静な光を取り戻した。
混乱に飲まれるわけにはいかない。指揮官として、今すべきことは明確だった。
「時間がありません。今カーンの街が危機に瀕しています。私たちには二つの選択肢があります。レシア要塞へ進軍を続けるか、それとも街に引き返すか――」
「待ってください、シャルロット様!」
ガストンの声が、激しく響き渡る。
「レシア要塞の奪還――それこそが我々に課せられた神聖なる使命です! いま街に戻れば、かの理不尽なまでに強大な獣王グリムフが不在という千載一遇の機会を、みすみす逃すことになりかねません!」
「悔しいけどガストンの言う通りだよ。グリムフは格が違う。彼一人で一軍に匹敵するほどの力を持つ魔族だ。お嬢、よく考えて」
第八騎士団長ディアナ・ハンターが、真紅の唇を噛みしめながら告げる。
「我が第六騎士団が命を賭して手に入れた情報。それを無駄にするような愚行は、到底容認できない」
諜報を主とする第六騎士団長ヴィクター・シドウもまた、冷たい声音で反対の意を示した。
そして、他の騎士団長たちも次々と同意を示す。
彼らの言葉には、確かな正当性があった。
レシア要塞の奪還は、王国の戦略において最優先事項。
それを放棄するなど、普通ならあり得ない選択肢のはずだった。
けれど――。
シャルロットの脳裏に浮かぶのは、つい先日までの光景。
魔族の支配から解放されたカーンの街で、人々が見せた笑顔。喜びに輝く瞳、安堵に満ちた表情、絶望からの解放を噛みしめる姿。
その光景が、再び恐怖で塗りつぶされることを想像すると、胸が千の刃で突き刺されるように痛んだ。
「皆の意見は一致したようですね」
シャルロットは小さく頷き、静かに告げる。
「このままレシア要塞へ進軍することにしましょう」
「賢明なご決断に感謝いたします!」
ガストンが勢いよく応じる。その表情には、晴れやかな笑みが浮かんでいた。
「カーンの犠牲を無駄にせぬよう、我々は――」
「皆は、そうしてください」
シャルロットの冷静な声が、ガストンの言葉を遮った。
その一言に、場の空気は凍りついた。
「私は、一人で街に戻ります」
全員が息を呑む。
沈黙が場を支配し、直後に騎士団長たちから驚きと反対の声が一斉に上がった。
「シャルロット様! 何を仰るのですか! レシア要塞の攻略は王国の至上命題です! 白銀の戦乙女たるあなたが、軍を率いずしてその職責を放棄するなど――考えられません!」
ガストンの怒声が轟く。
その瞳は、燃え上がる炎のように激しく揺れていた。
ディアナがシャルロットのもとへ駆け寄る。
「お嬢! いくらあんたが"千の剣を凌ぐ"と謳われる存在だとしても、相手は獣王グリムフ軍の精鋭だよ! それにあの数を前に、たった一人で戦うなんて……」
彼女の真紅の瞳には、深い憂いが浮かんでいた。
「無謀です。自殺行為に等しい」
氷の貴公子ことセバスチャンでさえ、珍しく感情を露わにして言葉を投げかける。
他の団長たちも次々と声を上げた。
その全てが、彼女を思いやる気持ちから発せられた言葉だった。
だが、シャルロットは一歩も引かなかった。
静かに、しかし揺るぎない意志を秘めた声で、彼女は言葉を紡ぐ。
「これが、自分本位な選択であることは重々承知しています。それでも、私はもう迷いません」
彼女の瞳に宿る光は、まるで白銀の焔のよう。
それは、彼女の決意そのものを映し出していた。
「先日、私は誓いを立てました。『自分の信じる道を、最後まで貫く』と。私の信じる道は、王国の弱き人々を守ること。それこそが、私が騎士として、そして人間として選ぶべき道なのです」
騎士団長たちは互いを見つめ合い、沈黙した。
誰もが、シャルロットの言葉に反論できない。
ディアナが何かを言おうと口を開きかけたが、シャルロットの瞳に宿る覚悟を見た途端、その言葉は喉の奥で消えた。
一瞬の沈黙の後、セバスチャンが低い声で口を開いた。
「……分かりました。では、我々も――」
「いいえ」
シャルロットは柔らかな微笑みを浮かべながらも、その微笑みとは裏腹に断固とした声で遮る。
その声には、誰にも覆せない強い意志が込められていた。
「あなたたちは、このままレシア要塞へ向かってください」
言葉が場の空気を張り詰めさせる。
鋭い緊張が走り、誰もが次の言葉を待った。
「これが、私からの――最後の命令です」
静寂が場を支配する。
シャルロットの言葉は、重く、冷たい鋼のように騎士たちの胸に響いた。
彼女は真っ直ぐにセバスチャンを見つめた。
その瞳には迷いも恐れも一切見えない。
「セバスチャン様。以後の指揮権は、あなたに委ねます。どうか、レシア要塞を攻略し、私たちの大義を果たしてください」
一瞬、セバスチャンの眉が僅かに動いた。
迷いがあったのだろう。
しかし、次の瞬間にはその迷いを振り払うように深々と頷いた。
「……承知しました。シャルロット様、どうかご無事で」
その声は低く抑えられていたが、敬意と信頼が込められていた。
シャルロットは微笑みを浮かべ、軽く会釈を返した。
その仕草には、彼女特有の優美さが漂っている。
「ありがとうございます。では――私は行きます」
シャルロットは馬首を返し、単騎でカーンの街へと向かう。
冷たい風が彼女の銀髪を靡かせ、純銀の鎧は朝日の中で清らかな輝きを放つ。
彼女の背中には、騎士たちの複雑な視線が注がれていた。
畏敬、不安、そして彼女を失うかもしれないという恐れ――それらが入り混じった感情が、その視線に込められているのが分かった。
だが、シャルロットには振り返る時間も迷う余地もなかった。
(私は、きっと戻ってきます――だから、皆も必ず無事で)
彼女の瞳に映るのは、ただ一つ。守るべき人々の笑顔だけ。
その背中には、"白銀の戦乙女"の名に恥じぬ気高さが漂っていた。