美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
「モブおじ勇者」第一章、残り2話ほどで完結予定です。
今作で初めて本格的なバトルシーンに挑戦し、試行錯誤の連続でした……!
至らぬ点もあったかと思いますが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
「さあ、来い! この中年脂肪メタボ腹で、お前のヘナチョコパンチ、軽く受け止めてやるぞい!」
権蔵は自分でも愉快になるような宣言を放つと、その巨体を思い切り前に押し出した。
まるで呼応するかのように、彼の腹が黄金色の輝きを放ち始める。
その光は、まるで古の勇者が纏った聖なる鎧のよう──いや、それ以上に、脂肪の盾としての威厳を誇示するかのようだった。
対するグリムフの瞳に、獣の閃光が走った。
「……笑止! 脂肪の盾ごときで、奥義を止めようなど、片腹痛い!」
一瞬の静寂──。
そして獣王の体が大きく沈み込む。
次の瞬間、恐るべき速度で地を蹴りつけ、閃光のように距離を詰める。
「『獅子穿つ牙』──!!」
獣王の咆哮が響き渡り、権蔵の視界が白銀に染まる。
血塗られた稲妻が闘技場の上空を焦がし、拳の軌跡は血に染まる雷鳴と化した。
堅牢な要塞の門をも粉砕する必殺の拳が、権蔵に肉薄する──。
ドゴォォォォォン!!
閃光が世界を白く染め上げた。
グリムフの拳が権蔵の腹に炸裂した瞬間、衝撃波が天地を揺るがし、雪原が激しく陥没する。
オレレト山脈に眠る古の魔力を帯びた石英の結晶群が、一斉に目を覚ました。
無数の結晶が弾け飛び、まるで天空の星々が地上に落ちてきたかのような幻想的な光景を描き出す。
魔力を帯びた風が竜巻となって渦を巻き、その咆哮は天駆ける竜の声にも似ていた。
「あわわわわ! お姉さん、ジュリアンくん! こっちこっち、早くーっ!」
カイトが咄嗟に放った防御結界が青白く輝きを放つ。
「こ、これは……! 神話でしか聞いたことのないイグナス神の劫火を彷彿とさせる一撃……! これが、四凶将軍、獣王グリムフの真の力……!」
シャルロットは吹き荒れる暴風の中、長い金髪をかき乱されながら声を張り上げた。
「っ!? 信じられない威力だ!! ……権蔵は無事なのか!?」
いつもは権蔵に対して辛辣なジュリアンの声にも、珍しく案じる色が混じっている。
それほどまでに今回の拳撃は桁外れな威力を秘めていた。
「見てください! 完璧にお腹でガードしていますよ! やっぱりご主人さまのもちもちお腹は世界一です! 」
カイトは両手を握りしめて、ガッツポーズをする。
「げへへへへ……。いやはや、すさまじい威力じゃったが、この俺の腹には一歩及ばんかったようじゃのう!」
権蔵が豪快に笑い声を響かせると、その太鼓のような腹がドンと揺れた。
グリムフの拳は、その巨大な腹にまるで吸い込まれるように沈み込んでいた。
かつてドルテナの攻防戦で、究極の魔導兵器さえも跳ね返したという伝説の“人間要塞”――その真髄が、今この闘技場で全開に披露されていたのだ。
「……あの絶技を、平然と受け止めるなんて……権蔵様、本当にお見事ですわ……!」
思わず声を震わせながら呟くシャルロットの頬は、興奮でほのかに赤らんでいる。
まるで憧れのヒーローを目の当たりにした少女のようだった。
「ご主人さまが無事で良かったですねー、ジュリアンくん♪」
カイトが屈託のない笑顔を振りまくと、その無邪気さにジュリアンは一瞬だけホッとした表情を浮かべた。
だが、次の瞬間、慌てて顔を背けると、
「わ、私は心配などしていなかったからな! ふんっ、技を使わず脂肪で防御するなんて、勇者のくせに格好悪い!」と、いつもの皮肉を込めて言い放った。
しかし、そのとき。
「 あれれー……?」
カイトの声が、突如不安を帯びる。
「ご主人さまのお腹、なんだかヘンです! いつもはぷにぷにしてるのに、今日はプルプルしてますよぉ?」
彼が指差す先で、権蔵の誇り高き腹が不気味な波紋を描いている。
まるで地震の前触れに揺れる湖面のように、何か途方もないものの目覚めを予感させる動きだった。
闘技場が、一瞬の静寂に包まれる。 雪さえも、その呼吸を潜めたかのよう。
「ふん……勇者よ。もう勝った気になっているのか?」
その言葉が消える前に――異変が始まった。
ドクン、ドクン――。
まるで巨人の心臓が鼓動を刻むように、権蔵の腹が波打ち始めた。
細かな波紋がみるみる増幅され、生命を持ったかのように蠢きながら、全身を包み込んでいく。
「ぐっ……!? こ、これはなんじゃ……!? わしの腹がまるでタコみたいにうねうねしとるぞおお!?……!?」
冷や汗が権蔵の額を伝う。
かつて誰一人として破ることのできなかった無敵の腹が、今まさに制御を失いつつあった。自信満々の笑顔が、初めて恐怖に歪む。
「認識を改めよう。お前の腹は確かに見事な防御壁だ――否、この世界最強の盾と言っても過言ではない。だが、我が『獅子穿つ牙』は――壁が厚ければ厚いほど、強ければ強いほど、その防御を糧として威力を増す技。お前の自慢の脂肪こそが、破滅への力を育んでいるのだ」
その冷酷な笑みは、まるで死神が獲物の首に鎌を掛けた瞬間のような不気味さを放ち、闘技場全体にゾクリと響き渡る。
「あわわわわ!? や、やめんかーっ! お、お前、落ち着けって、わしの腹ぁーっ!」
権蔵はまるで溺れかけたオッサンのようにじたばたしながら、暴走する腹を必死に両手で叩いて抑え込もうとする。
その姿は、まるで自分の腹と格闘する珍妙な一人芝居のようだ。
「時は満ちた!」
グリムフが、まるで禁断の呪文を囁くかのように低く響く声を放つと、世界中の大地が呻き、岩肌が軋む音が辺りを支配した。
空気は重く濃密になり、雪片さえもその舞いを止め、まるで時が凍りついたかのような静寂が支配する。
――そして、突如として――
ズドォオオオオン!!
轟音が大気を震わす。
その瞬間、権蔵の体内で蓄積されていた衝撃波が一気に解放される。音速をも超える衝撃の奔流が、彼の巨体を貫いた。
「ぐはあああっ!?」
権蔵の絶叫と共に、衝撃波が彼の背中から噴出し、背後に聳える氷壁を砂城のように崩壊させていく。
「まさか…あの『絶対防御』が…!?」
ジュリアンが叫ぶ。
「だから言ったでしょ! ご主人さまのお腹、いつもよりプルプルしてるってぇ! 」
カイトが目を回しながら指さす先では、権蔵の巨体が断崖絶壁へ向かって弾丸のように飛翔していた。
吹き飛ぶ軌跡に残る衝撃波の残光が、空に巨大な傷跡を刻みつける。
グリムフは闘技場に佇み、闇の底へ消えゆく敵を見下ろした。
琥珀色の瞳に宿るのは、氷河のような冷たさ。その背中からは、勝者となった獣王の威光がオーラのように迸っていた。
◆
灼熱の風が、まるで野獣の咆哮のように砂埃を巻き上げるサバンナの夜。
二つの満月が、蒼い闇夜に浮かび上がる中、その淡い光を背に、まだ十二歳のグリムフは震える拳に己の未来を託していた。
彼の眼前に広がるのは、血に染まった父の遺影と、無惨にも散った二人の兄弟の亡骸。
「生き残るのは、ただ一人……」
父の重く凍り付く声が、まるで呪縛の如く耳に焼き付き、永劫の記憶となって彼の心を貫いた。
長兄の眼球が粉々に砕け散る衝撃、末弟の喉を噛み切った瞬間に漂った鉄の匂い、そして父の心臓が突き刺さり、鼓動が絶たれたあの忌まわしい瞬間──すべてが、痛烈に昨日の悪夢のように甦る。
死が迫る間際、父の掌が幼い背中を力強く叩き、その一撃は、血塗られた教訓としてグリムフの心に深く刻まれた。
「泣くな、我が子よ。優しさなど、この苛烈なサバンナではただの毒にすぎぬ。生き延びるためには、己より強き者を容赦なく喰らい尽くせ!」
月明かりに照らされた、血染めの祭壇にて、グリムフは父の牙を継承する儀式に臨む。族長の証たる牙飾りが、冷たく鋭い感触とともに首に巻きつき、彼の運命を静かに告げた。
かつて、兄弟の血が染み渡った砂を、無情な瞳で見つめることさえ許されなかったあの日々が、今、彼の胸に重くのしかかる。
◆
「これで終わりだ! 所詮、弱者どもが涙ながらに語り合う『家族の絆』など、儚い砂上の楼閣にすぎぬ。真実はただ一つ——己の拳こそが絶対!」
グリムフが古びた牙飾りを揺らしながら嗤う。獣王の足跡が雪原に刻まれるたび、純白が血の匂いを孕んだ赤黒へと変質していく。
その宣言と共に、シャルロットの銀鈴のような声が夜空を切り裂いた。
「権蔵様は負けません! 魔族と戦う使命を背負った方ですもの! あなたのようなぬくもりを知らない、孤独で寂しい獣には、永遠に理解できない絆の力が――」
しかし、その瞬間——。
「……!」
獣王の眼光が閃光のように炸裂。無言の威圧がシャルロットの喉を締め上げ、言葉を喉奥へ押し戻した。
彼女の足が一瞬、後ずさりする。
「希望など幻想だ。奴はもう帰らぬ」
グリムフが己の拳を見つめ、嘲りの笑みを浮かべる。その拳には、無数の戦いの傷が刻まれていた。
獣王の爪が軋み、血の結晶が雪に散る。
「ふん、勇者か……なかなか楽しませてもらった。こんな場所で思わぬ好敵手と相まみえるとはな。だが、まだ足りぬ……我が獅子の血が騒ぐ……闘争への本能が昂ぶる」
彼は天を仰ぎ、深く息を吸い込む。
その胸が膨らみ、次の瞬間——。
「ガァァァァァァァァァッ!!!」
獣王の咆哮が闘技場を揺るがす。
その声音は、目の前の血に飢えた野獣の呼び声のようで、空気さえも震え上がった。
「よし……汝らの血肉で、この獣の渇きを潤してやろう。それで我も、少しは闘争の渇きが満たされよう」
グリムフの舌が、獲物を前にした猛獣のようにゆっくりと唇を這う。その瞳の奥には、人ならざる者の飢えが宿っていた。
まるで、次の瞬間にでも彼らを食いちぎりそうな凶暴さが漂う。
「くそっ……! 負けるものか! 王国第一騎士団所属、ジュリアン・レステンクール! この剣に誓って、オルレアヌ王国を、必ず守り抜いてみせる……!」
ジュリアンは、震える手で剣を握りしめ、額に滴る汗とともに鋭い眼差しを前に向けた。
剣先がかすかに震えているにもかかわらず、彼は一歩も後退せず、己の信念を胸に刻んでいた。
一方、シャルロットは——。
「あっ……!」
彼女の声が、突如として弾けた。
「ジュリアン! 見て、あれは……!」
シャルロットの指先が雪煙の彼方へ伸びる。金髪が陽光に翻り、紫紺色の瞳が驚愕で見開かれる。
彼女の喉が、震える吐息を漏らす。
「え……!? バカな、そんな……やつは肥満体で……!」
ジュリアンが思わず剣を落とす。
凍てついた空気を切り裂いて、謎の巨影が雪原を覆った。
漆黒のシルエットが上空を横切り、不謹慎なほどにのんびりと滑空している。
グリムフの琥珀の瞳が、初めて動揺の色を滲ませた。
「あ、ありえぬ……我が目を疑うか……?」
獣王の喉から、砂を噛んだような声が零れる。その視線の先には――。
「げへへへ! 空飛ぶメタボ勇者参上!」
権蔵は両手両足で腹の皮を掴み、グライダーのように広げながら、ムササビのような姿勢で空を舞っていた。
ズボンのゴムが限界を超えて伸び、ぷにぷにの脂肪層が太陽の光を反射し、虹色に輝いている。まさに「人間飛行船」の登場である。
「権蔵様! 必ず戻ってくると信じて祈っていました! さすが五光神に選ばれた方ですわ!」
「わぁい! 空を自由に飛べるなんて、やっぱりご主人さまは最高です!」
歓喜に満ちたシャルロットとカイトは、思わずジュリアンに抱きつき、彼の頬にキスを落とした。
その二人の無邪気な仕草に、巻き毛の少年の頬は眩しいほどに赤く染まる。
「げへへへ! どうじゃ! これぞわが秘技――『メタボグライダー』よ! わしの脂肪は防具にして武器、さらには最強の乗り物というわけよ!」
権蔵の豪快な笑い声が、まるで天からの宣告のように響き渡る。
そして彼は、まるでサーカスの名手のように、闘技場の中央へとふわりと着地した。
その姿は、もはやグリムフの理解など完全に超越していた──常識という檻から解き放たれた、新たな伝説の誕生を告げるかのように。
「よくぞ戻ってきたと褒めてやりたいところだが……お前は、場外を出て崖に落ちたのだ。ブフルの規定に従えば、ここでお前の負けだ。約束通り、この国は我が爪の下に支配させてもらう!」
「崖に落ちたじゃと? 確かに落ちたわい! じゃがな、ルールをよう思い出してみぃ――『地面に体が触れなけりゃ負けじゃねぇ』と書いてあったじゃろ? わしゃその瞬間からずっと空中を漂っておったんじゃ! メタボの浮力があれば、落ちるなんてナンセンスよ! 問題なしじゃ! そうじゃろ、審判のジュリアン坊や?」
権蔵は自慢の特大腹をドンッと叩き、まるで我が子を自慢する親父のように得意げにニヤつく。
ジュリアンはその異常すぎる光景に目を丸くし、「あ、ああ……飛んでるなら、ま、まあ……大丈夫、なのか……?」と、恐怖と困惑がぐちゃ混ぜになった声でなんとか返答を絞り出した。
少年の顔には「俺はいったい何をジャッジしてるんだ?」という巨大な疑問符が浮かび上がり、額には冷や汗が光っている。
「さぁて、これで勝負は振り出しじゃ! 最強の勇者の逆襲劇が今、ここから火蓋を切るぞい! 刮目せい、刮目!」
「お前らァァッ……! ふざけた世迷い言をォォオオ!」
グリムフの咆哮が炸裂し、その音はまるで天を切り裂く雷獣の雄叫びのごとく大地を揺らし、雪を蒸発させるほどの熱を帯びていた。
彼の琥珀色の瞳には、獣王としての誇りを根こそぎ踏みにじられた怒りが渦巻き、まるで熔けたマグマが煮えたぎるようにギラギラと燃え盛っている。
「我こそは灼熱のサバンナが産み落とした無敵の戦士! 四凶将軍が一角、獣王グリムフなり! お前が不死鳥の如く蘇ろうが、鳳凰の如く舞おうが、そんなものは我が爪の前ではただの虫けらよ! 何度でも叩き潰し、這いつくばらせ、地の底まで沈めてくれるわ! ぬわぁああああああああ!」
特大の拳が、血に濡れた月光のような禍々しい輝きを放つ。
獣王の奥義は闘技場を不吉な色に染め上げ、絶対破壊の一撃が再び権蔵の腹に炸裂した。
ドォオオオオオン!
強烈な衝撃音。
そして、獣王の拳を受け止めた権蔵の太鼓腹が、まるで沸騰した大鍋のようにぶくぶくと波立つ。
シャルロットたちが息を呑む中──。
彼は、まるで世界の真理を説くかのように腹を突き出す。
「げへへへ……。なるほどの。相手の防御力が高いほど破壊力が増す技とは、確かに恐ろしい奥義じゃ。──じゃが、おぬしよ。この技、もう破れてしもうたぞ?」
「な、なにィ!?」
グリムフの瞳が、獣人族特有の縦長の瞳孔を震わせる。
刹那、権蔵のでこぼこに波打っていた腹肉が、まるで渦潮のように一点へと収束し始めた。
ゴボボボボッ……!
異様な音が闘技場に響き渡る。脂肪の渦は、まるで渦潮のようにへその中心へと吸い込まれていく。
その光景は、まるで宇宙のブラックホールが小さくなったかのようだ。
そして──衝撃波は陽光に照らされた朝霧のように、跡形もなく消失した。
権蔵は大きなげっぷを吐き、満足げに腹を撫でる。
「ば、馬鹿な……これは一体どういうことだ……!?」
獣王の声が震える。その瞳には、生まれて初めての感情が宿っていた──それは、紛れもない《恐怖》。
権蔵は満足げに腹を叩き、まるで当然のことを語るかのように告げる。
「食ったんじゃ」
「な、何を言っている!?」
「わかりやすく説明してやろう──。おぬしの拳から放たれた衝撃を、そのまま、わしの胃の中に流し込んだんじゃ」
「ば、馬鹿な……! 我が奥義を、食っただと!? ありえぬ……! そんなことが、あってたまるか!」
「げへへへ、まあ、わしの脂肪の吸引力を知らんもんには、理解できんかもしれんがの。総評としては──そうじゃな、「朝メシのトーストにバター塗り忘れた時より、ちょいと物足りない味じゃったな」
その余裕に満ちた食レポに、獣王の顔が見る見る土気色に変わっていく。
「我が渾身の奥義が……軽い朝食並みだと……!?」
「まあ、そんな落ち込みなさんな。なあに、おぬしも年を取ればいつかはわしみたいにブクブク脂肪を身に纏えるようになれるわい」
その言葉に、グリムフの全身に電撃のような怒りが駆け巡る。
彼の血走った瞳に宿る光は憤怒を通り越して憎悪と化し、その爪をギリリと擦り合わせた。
「我こそがサバンナの覇者だ! 父から継承した武の極みがある以上、この屈辱に沈むわけはない!」
グリムフは、怒りと誇りを胸に叫んだ。その声に、権蔵は冷ややかな笑みを浮かべながら呟く。
「ほーん……父、父、父……おぬしは、実に父親にご執心のようじゃな」
「なにが言いたい! まさか……わが父を侮辱する気か!」
権蔵が小首を傾け、人差し指で鼻の頭をこする。突然、野太い笑いが雪原に響き渡った。
「なるほど!そうかそうか、おぬし……まさかのファザコンなんではないか!」
「それは……どういう意味だ?」
獣王の爪先が軋む。
「ふん、おぬしの拳には、確かに卓越した技が宿っておる。しかし、その技を放つ瞬間の、痛みと決意に満ちた眼差しこそが、亡き父への深き敬愛と、おぬしが背負う宿命を物語っておるのではないのか!」
権蔵が掌をパンと叩く。その音に合わせ、グリムフの左瞼が痙攣した。
「黙れ! 我は……我はただ獅子剛流を――」
「父親から継承しただけと? ふん、それならなぜその牙の首飾りを、肌身離さずつけておる?」
グリムフが無意識に胸に手を当てる。
父の歯を加工した装飾品が、今も体温で温もっていた。
「家族を踏み台にして、強くなったと言うがのう……。その牙の首飾りを見るたびに、亡き父の顔が、兄弟の顔が思い浮かぶのではないか? だからこそ、おぬしは……それを後生大事に、まるで家族の絆のように身に纏っておるんではないか?」
「……!!!!」
言葉など必要なかった。爆発した怒りが先に立つ。グリムフの右拳が真空を切り裂く──が、権蔵は飄々と頭をかわした。まるで子供の戯れに付き合うかのように。
「おほっ、当たったな! おぬしの心の傷に!」
「お前などに……王たる我の心内を理解するはずがない!」
「まあ、確かにのう。じゃがおぬしの目よ。シャルロット姉弟を見る時だけ、砂漠にオアシスが現れたような輝きをするのはなぜかのう?」
その言葉に、グリムフの背筋が凍りつく。
記憶が不意に蘇る──金髪の姉が弟を庇う姿を、なぜか視線で追っていた自分。その瞳に映る兄妹の絆に、胸の奥が疼いていたことを。
「はっきり言ってやろう。おぬしは、サバンナの掟で殺した家族を、心の底では探し続けておる。だからこそ他人の絆が眩しくて……羨ましくて……」
「黙せぇえええ!」
グリムフの雄叫びと共に、オルレアヌ山脈の万年雪が一斉に舞い上がる。
しかし権蔵は笑みを崩さず、逆に歩み寄る。
「認めるがよい。おぬしはただの寂しがり屋の子猫じゃ。ほら、その震える爪先を見よ。かわいそうなやつじゃ。サバンナの掟とやらに縛られているせいで、おぬしは大切な家族も作れずに一人ぼっちじゃ。しかもそれを疑問に思うことすらできない」
その言葉の一つ一つが、グリムフの心を抉るように突き刺さる。
権蔵はやれやれといった表情で首を振る。そしてストレッチでもするかのように余裕綽々の態度で腕を曲げ伸ばし始める。
その仕草には、獣王の威厳など眼中にないとでも言うような軽さがあった。
「……なるほど。そうか、考えてみればお前は我を挑発しているのだな……我の正気を失わせてその隙をつこうと。くだらぬ、その手には乗らぬぞ。我は王……孤独など感じない。今より獣王グリムフの名は……勇者を殺す者の名だ!」
「ち、ばれてしもうたか。まあよいわ」
その余裕げな態度に、グリムフの獣瞳が一層鋭く光る。
全身の筋肉が一斉に緊張し、戦意が肉体を震わせていく。
「やはりそうだったか……誇り高き戦いを汚すようなその愚かな行為、万死に値する!」
怒りに染まった獣王の声が轟く。それは単なる叫びではなく、絶対的な処罰を告げる王の宣告だった。
「打撃が通じぬなら……獅子剛流には投げも極めも締め技もある! 全てに対応できる格闘技だからこそ獅子剛流は最強なのだ! 今度こそお前を地獄へと送ってくれるわ!」
「うむ、確かにおぬしの格闘術、打撃だけではない。防御の技術も優れておる」
思いがけない権蔵の賛辞に、グリムフの胸が高らかに膨らむ。
「そうだ! お前の攻撃、我には通用していない! お前の言う"まわしを掴む"とやらも、我の防御技術にかかれば、躱すことも容易よ!」
しかし──その瞬間、権蔵の目が不敵な光を放つ。
「うーむ、まわしか。逆襲が始まるとは言ってみたものの、確かに難しい勝負になりそうじゃ。──じゃがの、シャルちゃんのおかげでとっておきの奥の手を思い出したんじゃよ」
「え、私のおかげ、ですの?」
シャルロットの声が、凍りついた空気を切り裂くように弾む。
「うむ。神に祈ればとか言っておったな。ならばわしも──わしの世界の神様に、いっちょ本気の祈りを捧げて、ご利益でももらっちゃおうなんて思ってのう」
「なにを馬鹿げたことを、戦いに祈りを捧げるなど―――」
グリムフの言葉が、突如として途切れる。
権蔵の脚が、まるで天を突き抜けんばかりに伸び上がったのだ。
その姿は一瞬にして戦士から神官へと変貌を遂げ、オレレト山脈の天空すら揺るがすかのような威厳を放っていた。
そしてドスンと地面に足を振り下ろすと、大地が轟音とともに震え、雪煙が舞い上がった。
まるで天地が応えるかのように。
「──四股じゃ!」
「四股、だと?」
「ふっ……。教えてやろう」
権蔵の声が、まるで神託を告げるかのように響く。
「四股は、この世界の理を浄化する古代の儀。地に轟く足音は、穢れを祓い、災厄を鎮める。おぬしの迷いも、その足元に消えゆく定め。さあ、これで神の加護は得たぞ。わしとおぬし、どちらが上なのか最終決着をつけようではないか!」
権蔵は闘技場の中央へと歩を進める。その姿は、まるで神々しい光を纏っている神の化身のよう──
「ふ、ふはははははは! 笑止! 神に祈るだと? この我が、そのような幻想に屈するとでも? 思い知れ! この世に神などいない! あるのは弱肉強食の掟のみ! 幼き日々から血と汗で磨き上げた技こそが、真の力なのだ!」
獣王の体から、血のような赤い闘気が噴き出す。
「獅子剛流の真髄──その恐ろしさを、その身で味わうがいい!」
閃光のような速さで、グリムフが権蔵に肉薄する。
権蔵の張り手が反射的に放たれるが──。
「甘い!」
鉄塊のような踵が膝蓋骨を直撃する鈍音。
巨体を支える弱点を狙い撃つ獅子剛流の戦術眼。
権蔵の巨大な胴体が傾いた隙に、獣王の影が背後の死角を穿つ。
そして──。
グリムフの腕が、蛇のように権蔵の首に絡みついた。
「あ、あれは!?」ジュリアンが驚愕の声を上げる。「アイスドラゴンを一瞬で締め落としたという、あの技!?」
「獅子剛流、奥義『眠りの舞』──!」
獣王の腕が、まるで万力のようにギリギリと締まっていく。
「うぐっ……!」
権蔵の口から、苦しげな呻き声が漏れる。彼の太った首は巨椀に押し倒され、完全にグリムフに押さえ込まれてしまった。
必死にもがく権蔵だが、その拘束はまるで鉄の拘束具のようにビクともしない。
「ぐぬっ……! く、苦ちぃ……!」
「ふはは!血の通う場所が、一つ、また一つと潰えていくのが分かるか!? 我が両腕は死神の鎌──逃れられぬ運命の首枷となるのだ!」
グリムフの両腕に無数の血管が浮き上がり、その筋肉が獣のように膨張していく。
「どうだ、耐えられまい? 意識が遠のく感覚、死の予感──そして最後に訪れる永遠の闇! お前のような贅肉の塊、すぐに息は切れ、脳が死んでいく……! さあ、人間どもよ! 見届けるがいい! 勇者の魂が、永遠の眠りへと沈む、その刹那を……!」
グリムフの腕から猩々しい赤い闘気が噴き出した。
獣王は、まるで冥界の神に生贄を捧げるかのように、その両腕で十字を描く。
「我が渾身の奥義、その身で味わうがいい! 獅子剛流奥義『眠りの舞・断罪』──!!」
「ぐはああああっ!」
権蔵の絶叫が雪原を切り裂く。その目からは大粒の涙が溢れ、口からは白い泡が零れ始める。
しかし──その表情には、どこか恍惚の色が滲んでいた。
まるで極上の温泉に身を委ねるかのように、トロンとした瞳で天を仰いでいる。
「な、なんだその表情は……なぜお前は……死に際に安らぎの笑みを浮かべる……」
その時、突如として──。
ブゥゥゥゥゥウウウウウウウン!!
轟音と共に、地獄の業火のような異臭が闘技場を支配する。
「な、なにィ!? これは……まさか……屁ぇ!?」
獣王の鼻孔が、思わず縦に裂けんばかりに広がる。
その威力に、思わず腕の力が緩む。
「げほっ、げほっ……! くっ、この毒気! サバンナの猛獣ですら寄り付かぬ悪臭! スカンクの群れも真っ青の威力だ!」
解放された権蔵は、ふらふらと夢遊病者のように歩みを進める。
その背中には、まるで温泉の湯気のような白い煙が立ち昇っていた。
「げへへへ……。『屁コキのゴン』とはよく言ったじゃ。わしゃずっとそのあだ名が嫌じゃったが──まさか、この特殊能力が命を救うことになろうとはのう。これぞ、わしの秘密の奥義『爆裂大噴射』じゃ──! うっ……げはっ……おえぇええええ……!?」
権蔵は苦しそうに胸を手で押さえてふらついた。
その弱弱しい姿を見て、気を取り戻したグリムフの獣顔が歪む。
「ふん、見苦しい。我が『眠りの舞』のダメージで足元もおぼつかんのか。喉は潰れ、意識は朦朧としているだろう。勝負はついた……この我に勝てる者など、この世に存在せん!」
「ああ……そうかもなぁ。げへへへ、そうかもしれんなぁ……」
権蔵の目が虚ろになる。彼はよだれを垂らしながら、ふらふらとグリムフへ近づいていく。
グリムフは自らの肉体の全てに闘気を纏い、獲物を狩る体勢に移行する。
「まだ向かってくるか。ならばせめてもの情けで、勇者らしい最期を授けてやろう! 次は頭部だ。『獅子穿つ牙』で脳天を穿ち、一瞬で終わらせてやろうぞ!」
「頭部だと!? 権蔵、そこは脂肪が少ない! 逃げるんだ、今すぐに!」
ジュリアンの叫びが響くが、権蔵は相変わらずふらふらと歩みを進める。
「小僧、勇者の最後、その眼に焼き付けるがよい!」
グリムフが権蔵と距離を詰める。全身の筋肉が轟音を立てて膨張し、鋭い棘のような闘気が獣王の体から迸る。
その全てが前足へと収束し、大地を砕く一撃の準備が整った瞬間──。
「獅子剛流奥義『獅子穿つ牙』!」
だが、その咆哮が消え失せる前に、権蔵の目がニヤリと笑う。
「なっ!?」
予期せぬ異変が起きた。
グリムフが踏み込んだ氷床が、まるでガラス細工のように脆くも崩れ落ちたのだ。獣王の巨体が前のめりに傾く──。
その刹那、稲妻の如く伸びた権蔵の腕が、グリムフのまわしを完璧な角度で捕らえていた。
「しゃあ! ようやく手繰り寄せたわい!」
権蔵の声が高らかに響き渡る。舞い上がる雪粉の中、権蔵の分厚い指が金色の布地へと食い込んでいく。
その手には、千年の歴史を持つ相撲の技の粋が宿っていた。
「げへへへ、獣人とは言え所詮は獣並みの知能よのう。まんまとわしの術中にはまりおって」
「な、馬鹿な……! 我の締め技を受けても、無傷だというのか!?」
「当然じゃ。あの程度の締めつけで、このわしの首が破壊されるわけがなかろう。そもそも全ては計算済み──四股で地面を脆くし、首を絞められて弱ったフリをして油断を誘い、そこへおぬしを誘い込む。そうしておぬしの足を踏み込ませてバランスを崩させ──まわしを奪う。これぞ、勇者権蔵さまの計画じゃ!」
権蔵は勝ち誇るように宣言する。
「ほれほれ、おぬしが心配していたことが、今や現実になったぞ。まわしを取った。ここからが、本当の相撲の始まりじゃ!」
「離せェッ!」
巨体を震わせて必死に抵抗する獣王の姿は、まるで大地に根を張った太古の大樹が嵐に耐えるかのようだった。
大地の深奥と直結したかのような重みが、彼の存在を圧倒的に主張していた。だが、権蔵の掌は磐石のごとく、相撲の神髄たる「差し手」が完璧に決まっている。
「なんと素晴らしいのでしょう! 敵の隙を逃さぬ、その鋭い動き……! 権蔵様、あなたはまさに戦の神そのものですわ!」
シャルロットが両手を頬に当てながら歓喜の声を上げると、 「お姉さま、買いかぶりすぎですよ! あいつは、ただただずる賢い中年オヤジなんですから!」と、ジュリアンが皮肉たっぷりにツッコミを入れた。
「おらおらぁ、右じゃ! あ、いや、左のほうがええか! 前後ろ上下左右、お望みとあらばどこへでも動かすぞ!」
権蔵が獣王グリムフをまるで人形のように振り回す。
グリムフの爪が氷床を引き裂き、黒い火花が散る中、必死に踏ん張るも、権蔵の力には抗えない。
「わーい! ご主人さまー、もっともっとライオンさんと遊んであげてくださいな〜♪」
カイトが両腕を大きく振り回し、まるでお祭りの最中かと思うほど、楽しげに飛び跳ねる。
「甘ったれ! 腰が据わっとらんぞ!」
その言葉と共に、彼の足が大地を抉るように踏み込む。
重心は低く、まるで古の力士が描いた「下手投げ」の型そのもの――その姿は、荒々しくもどこか美しい。
「やらせるかァアッ!」
対するグリムフ――獣王と呼ばれる巨漢が咆哮を上げた。
全身の筋肉が一瞬にして膨張し、鋼鉄の鎧を纏ったかのように硬く締まる。
彼の足は雪を踏み砕き、権蔵の投げを真正面から受け止める。
二人の怪力がぶつかり合い、純白の雪原にビキビキと蜘蛛の巣のような亀裂が走った。空気が震え、大地が呻くほどの衝撃だ。
「ほほう、なかなかの足腰じゃが――まわしを取ったわしに死角などあるものか!」
権蔵の唇が不敵に歪む。
次の瞬間、彼の分厚い足甲が雪面を妖しく滑り、まるで天から落ちた稲妻のようにグリムフの左足首を捉えた。土煙が舞い上がり、鋭い音が辺りに響き渡る。
「ぐぬうぅううう! このようなこざかしい足技まで!」
グリムフが歯を食いしばり、足払いの衝撃で一瞬よろめく。
その隙を見逃さず、権蔵が動く。
「ふんっ!」
掌底が黄金の閃光となって獣王の脇腹を貫く。
衝撃波が空気を切り裂き、グリムフの巨体が吹き飛ばされるタイミングで、権蔵から逃れようと地面を足で蹴る――が、その刹那、権蔵の手がまわしをガッチリと掴む。
「逃さんよっと! ほいっと! それっ!よっ!」
その手さばきは、まるで江戸の岡っ引きが十手を操るかのように鮮やかだ。
相手の腰をすくい上げるようにして投げる『
畳み掛けるような投げ技の連打に、グリムフの巨体が荒波に揺られる大船のように翻弄される。
「くっ……! 我がなにもできんとは……!」
獣王の喉から、屈辱に満ちた呻きが漏れる。かつてサバンナの覇者と謳われたグリムフですら、相撲の技の多彩さに目を瞠るしかない。
両足に全身の力を込め、何とか体勢を立て直そうとするが、権蔵の技は止まらない。
まるで大海のうねりが寄せては返すように、次々と襲いかかってくる。
「くそっ……なぜ組み技が、これほどまでに洗練されている……!」
グリムフの獣瞳が驚愕に見開かれる。
その表情は、生まれて初めて天敵と対峙した百獣の王のように、恐怖と興奮が入り混じっていた。
「相撲とは──指先と足腰の芸術よ」
権蔵の言葉には、大和の地に千年脈々と受け継がれてきた格闘技の誇りが、重く響いていた。
巨漢の両手がまわしを握り直す。その瞬間、大気がピリリと張り詰めた。
「さあ……最後の一手、見せてやろうぞ」
権蔵の声が低く轟く。その眼光に、異世界の地で無数の強敵を葬ってきた覇者の風格が宿る。
「異世界で『俺こそが最強』と勘違いしとった魔物どもを、地獄に送り届けてきた──この『
轟音と共に、権蔵の巨体が大地を踏み抜く。
まるで古の魔導機関が起動したかのように、その体が旋回を始めた。
重い足取りでグリムフの下半身を固定させながら、相手の上体だけを渦に巻き込んでいく──その姿は、まさに人の形をした人工の大渦潮。
「ぐっ……!? な、なんだこの力は! 大地から引きはがされる……だと!?」
グリムフの喉から、信じられないという声が絞り出される。全身の筋肉を総動員して抵抗を試みるも、既に権蔵の回転力の餌食と化していた。
サバンナの死闘の中で磨き上げられた獅子剛流の極意すら、この未知なる力学の前では無力──。獣王の巨体が、まるで重力など存在しないかのように、ゆっくりと宙に浮かび始める。
「お、おのれぇえええええ! この我が、この獣王グリムフが……投げられるなどと……!?」
獣王の咆哮が天空を震わせ、闘技場の空気が一瞬で凍りつくその瞬間──。
「なにぃ……!? まさか、おぬし……その手を使うつもりか!?」
権蔵の瞳が驚愕に見開かれた。なんと獣王グリムフは、己の鋭い爪を振り上げ、まるで古びた布団を引き裂くように、自らのパンツを躊躇なく切り裂いたのだ。
ビリィィィィッ!
裂ける布地の音が、闘技場全体に轟き渡る。
一瞬の閃光と共に、グリムフの体が権蔵の掌握から解放されていく。
「我が履物――捨て身の一手! これにて、お前の相撲の極意も終焉を迎える!」
権蔵の顔が真っ赤に染まり、怒りの炎が目に宿った。
「こ、この……! 幼子のようにちんこ丸出しにしおって、おぬしの王としての誇りはどこへ行った!」
「ふははは……! サバンナの熾烈な生存競争の中、我は己の命を賭して戦ってきた。こんな程度の恥辱? 屁でもないわ!」
権蔵は歯を食いしばり、悔しさを滲ませた。
「ぐぬぅ……。まわしを失えば、相撲の妙技も――…」
その瞬間、権蔵の視線がふと下方へと引き寄せられる。
そこには、獣王グリムフの誇り高き一部が、無防備にぶら下がっていた。
「これじゃあぁ……!」
権蔵はとっさに反応し、右手を躊躇なく伸ばしてグリムフの陰部をがっつりと握った。
「なにぃいいいいい!?」
獣王の口から、思わず驚愕の声が漏れ出すのを聞いて、悪戯な笑みが権蔵の顔に浮かぶ。
「げへへへ、大層立派なモノをお持ちのようじゃが……どうやらそれが命取りとなったようじゃな!」
権蔵の野太い声が雪原に響き渡り、その一言にグリムフの顔が驚愕に歪んだ。
「くおおっ!? やめろォオオオォォ──ッ!!」
獣王グリムフの絶叫が凍てついた大気を切り裂く。
黄金のたてがみが逆立ち、鍛え上げられた肉体が宙で弓なりに反った。
権蔵の巨腕にがっちり握られた局部から、電流のような激痛が背筋を突き抜け、百戦錬磨の戦士すら抑えきれぬ悲鳴が迸る。
「うおりゃあああ! これがわしの必殺!! 『ちんこ投げ』じゃぁあああああああ!!!」
権蔵の雄叫びが天を揺るがす。その瞬間、二人の巨体が竜巻のように回転しながら空高く舞い上がった。
オレレト山の連峰すら見下ろすほどの高さまで──。
「ああっ! 権蔵さまが……獣王の……恥ずかしいところを!」
「あ、あいつ! お姉さまの前でなんという技を……!」
シャルロットとジュリアンは思わず目を覆う。
しかし、その指の隙間からは、歴史に刻まれるであろう瞬間を見逃すまいと、必死に戦いを見つめていた。
そして──。
ドゴォッ!
権蔵はグリムフの巨体を豪快なパワーボムで叩きつけた。
鈍く、重い衝撃音が響き渡り、氷床が砕け散り、粉塵と破片が天へと吹き上がる。
「ぐはぁ……!」
グリムフの口から鮮血が噴き出し、砕けた岩盤にそのシルエットが刻まれる。
それは、まさに敗北の証だった。
「ご、ご主人さまー! やりました! 大勝利ですぅうう!!」
「おおおおおおおっ! やったぞ! ご、権蔵、貴様は! オルレアヌを、王国の未来を救ったのだぞ!」
カイトとジュリアン、二人は手を取り合い、まるで祭りの踊り子のように飛び跳ねながら喜びを爆発させる。
「権蔵様……三獣士どころか獣王までも……本当に、本当にすごいですわ……!」
シャルロットの蒼玉の瞳にも、感動の涙が光る。
「げへへへ! これで決着じゃな?」
権蔵はゆっくりと立ち上がる。戦いで引き裂かれたズボンなど気にする様子もなく、相変わらずの豪快な笑みを浮かべながら、倒れたグリムフに近づいていく。
「げへへへ! これで勝負あったかの?」
「ぐっ……このような……下劣な技で……!」
グリムフが血まみれの顔を上げ、琥珀色の瞳で権蔵を睨む。
その目には今なお獣王としての誇りが宿っていたが──かつてサバンナの覇者と謳われた金色の体毛は血に濡れ、もはや傷ついた一匹の獅子でしかなかった。
伝説の四凶将軍、獣王グリムフ。その名を聞くだけで百戦錬磨の戦士たちが震え上がり、その牙と爪に倒れた英雄は数知れない。
そんな恐怖の化身が、今、こうして敗れ去ったのだ。
誰もが信じられない光景を目の当たりにしていた。
グリムフを打ち倒したのは、たった一人の中年男。
それも、どこにでもいそうな居酒屋で「今日も仕事がキツかったわい」と愚痴をこぼしていそうな、ただの太った中年男。
オルレアヌ王国の北方に、長きにわたり待ち望まれた平和が訪れた瞬間。
それは、まるで神様の悪戯のような、どこか喜劇めいた結末によってもたらされたのだった。