※この作品はR-18です。

美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~   作:とけそうだら

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第23話 家族計画

 氷点下の風が雪原を吹き抜け、世界そのものが息を潜めたかのような静寂が広がっていた。

 降り積もった純白の雪は、散りばめられた紅の雫のように血に染まり、ところどころに黒く焦げた傷跡が生々しく残っている。

 冷たい風が吹くたびに、鉄の錆びついた匂いと獣の野性的な体臭が混ざり合い、この地で繰り広げられた死闘の痕跡を雄弁に物語っていた。

 

 権蔵は、眼前に横たわる巨大な獣人の姿を見下ろしていた。

 グリムフ──獣王と呼ばれ、魔族四凶将軍の一角を担う伝説の戦士。

 その巨躯は今や無数の傷に覆われ、黄金の体毛は凍てついた血で固まっていたが、たとえ敗北を喫しようとも、獣王としての威厳と誇りを失うことはない──

 その眼差しには、百年にわたってサバンナを支配してきた者の矜持が、確かに息づいていた。

 

「権蔵様!」

「権蔵、無事か!?」

「ご主人さまー♪」

 

 シャルロット、ジュリアン、そしてカイトが、雪を蹴立てながら駆け寄ってくる。彼らの表情には安堵の色が浮かんでいたが、同時に戦いの緊張感も残っていた。

 権蔵のズボンは血と汗でずっしりと重く、冷たい風に晒されるたびに身を切られるような寒さを感じる。しかし、その痛みすら今は遠く感じられた。

 

「……百年の覇道、灼熱のサバンナを駆け抜けた我が、この雪原に膝を屈するとは」

 

 グリムフは血に濡れた口元から、重々しい声を絞り出す。

 その声音には、百獣の王としての誇りと、敗北を受け入れる覚悟が滲み出ていた。

 

「約束通り、獣人族はオルレアヌから手を引く」

 

 その言葉を聞いて、シャルロットの翠碧の瞳が鋭く光る。

 

「オルレアヌの正義がいまここに証明されました。百戦錬磨の獣王にも、終幕の時が訪れたのです」

 

 その決意に満ちた声に、ジュリアンも力強く頷く。

 

「お姉さまの仰る通りです! こいつは魔王軍の幹部、オルレアヌを脅かす悪鬼そのもの……ここで生かしておけば、約束を反故にして再びオルレアヌ王国に牙を剥くに決まっている。力が尽きた今こそ、こいつの息の根を止めるべきです!」

 

 シャルロットとジュリアンの瞳には、躊躇いのない殺意が宿っている。

 その冷徹な光は、幾度となく目にしてきた魔族による蹂躙の記憶から生まれた復讐心の現れだった。

 彼らにとって、グリムフの存在は決して許されるものではない──人間たちの怒りと悲しみの結晶が、その殺意となって具現化していた。

 獣王もまた、その精悍な顔つきを僅かに傾けながら、低く嗤いを漏らす。

 

「サバンナの掟は絶対。敗者は勝者に屈するのみ……。勇者よ、我に止めを刺せ。獣王の誇りは、戦場にのみ咲く華。戦いに敗れし王に、生きる価値などない」

 

「ほぉん、おぬし死にたがってるのか? そりゃあ、物騒なことじゃ。どんな最期が良いかのう? 首をコテン? それとも、ギュッと心臓を握りつぶす? それとも……生きたまま剥製にするのもいいかもなぁ。さあ、どれにするかのう?」

 

 まるで昼食のメニューを選ぶかのような気楽さで、権蔵は呟く。

 その間、グリムフは静かに目を閉じ、死を受け入れる姿勢を見せていた。

 

 しかし──権蔵の口元に、不敵な笑みが浮かぶ。

 

「よーし決めたぞ!こやつを処刑する方法は……」

 

 一同が息を呑む。

 シャルロットの瞳が震え、ジュリアンの手が剣の柄を強く握りしめる。

 

「足の裏をこちょこちょ、くすぐる刑じゃ!」

 

「え?」

 

 一瞬の静寂。

 そして──。

 

「は? 貴様は……一体なにを……」

「くすぐり、ですの?」

「ご主人さま、面白いですー♪」

 

 三者三様の驚きの声が、凍てついた空気を切り裂く。

 

 グリムフの琥珀色の瞳が、困惑に満ちて見開かれる。

 百年の覇者にして、魔王軍の将たる彼が、まるで子供のように素直な驚きを見せていた。

 

「く、くすぐり、だと……?」

 

「うむ! 特に、この分厚い肉球がついた足の裏をな!」

 

 権蔵が指差した先には、グリムフの巨大な足があった。

 その足裏には柔らかな毛並みと分厚い肉球が覗いている。

 

「この足の裏をこしょこしょして、『降参』って言うまでやめん! それが、おぬしへの処刑じゃ!」

 

 その予想外の言葉に、その場に居合わせた全員が目を丸くする。

 シャルロットは意味が飲み込めないように瞬きを繰り返し、ジュリアンは「何を言っているんだ?」と声にならない声を漏らした。

 

「あの……権蔵様……つまり、グリムフを殺さないと?」

 

 シャルロットがおずおずと尋ねると、権蔵は大きくため息をつく。

 

「シャルちゃん、教えてやろう。世の中には、死ぬより辛い罰もあるんじゃぞ? たとえば──毎日毎日、この立派な肉球をこちょこちょされ続けるとかな!」

 

「あ、いえ……。その……」

 

 シャルロットは、思わず口を噤む。

 権蔵の口調があまりにも軽すぎて、どう反応して良いかわからないのだ。

 

「はぁ……まったく、おぬしらときたら察しが悪すぎるわい。よく聞くんじゃぞ? こやつを殺すのは容易いことよ。じゃが、それではあまりにも芸がないとは思わんか? 世界広しと言えど、こんなゴリマッチョなオスライオンがそう何頭もおるか? こんなにでかい肉球を持った獣、どこを探してもおらんぞ。考えてもみぃ。こやつがもし動物園にデンと座ってたら、見物人みんな腰抜かすくらいの名物になるぞ。そうじゃろう?」

 

 シャルロットとジュリアンは、呆れと困惑が入り混じった表情を浮かべる。

 一方、カイトは「確かにすごい迫力ですよねー♪」と無邪気に相づちを打っていた。

 

 

「そんな極上の獣をただ殺すだけじゃケモナーの方々もに怒られてしまうわい。じゃから、こやつにはもっと面白い最期を飾らせてやろうとわしは思っておる」

 

「……何だと?」

 

 鮮血に濡れた顔を上げ、グリムフが唇をゆがめる。

 権蔵は闘技場の中心付近に歩み寄ると、指を指して、平然と言ってのけた。

 

「単刀直入に言おう。おぬし、わしの下僕になれ」

 

 その宣言が響き渡った瞬間、辺りは凍りついたような沈黙に包まれた。

 風が、まるで塵さえも吹き飛ばすのを躊躇するかのように弱まる。

 

「っ!? な、何をおっしゃいますの! そんなこと絶対に許されません!」

「正気か!? こいつは北方を侵略し、オルレアヌの民を殺戮した魔族の将だぞ! そんな化け物を生かしておくなど、狂気の沙汰だ!」

 

 シャルロットとジュリアンが、ほぼ同時に声を張り上げる。

 

「権蔵様! あなたは人類の希望──オルレアヌの守護者なのです! 魔族の将を赦すなど、勇者の名を汚すことになりますわ!」

 

 シャルロットが珍しく声を荒らげる。

 いつも穏やかな彼女でさえ、今回ばかりは譲れない。

 しかし、そんな反対意見をよそに、権蔵はまるで「聞いてたのに全部忘れた」と言わんばかりに首をかしげ、しれっと開き直った。

 

「勇者の責務じゃと? ふむ……。確かにそれは重要な指摘かもしれんな。そもそもわしの計画ではな、この獣王とやらを倒して『山賊勇者』っていう面倒くさいレッテルを剥がすはずじゃった。そうすりゃあ王国でもちょっとは株が上がって、可愛いショタっ子たちにも、ちやほやしてもらえると思っとったんじゃが……」

 

「だからこそです! この獣王を見逃すなど言語道断! 生かしておけば、また無数の命が犠牲になることは目に見えています!」

 

「うーん……確かにそうじゃな。お前さんの言う通り、ちとマズい展開になりそうじゃ……」

 

 一瞬の期待が、シャルロットの瞳に灯る。

 しかし──。

 

「だが、やっぱり断る!」

 

 その言葉に、シャルロットとジュリアンの顔から血の気が引く。

 権蔵は両手を広げ、まるで宣言するように高らかに言い放った。

 

 「はっきり言おう。勇者なんて肩書き、わしにとっちゃただの飾りもんでしかない。わしはなぁ、誰かに鎖で繋がれるのが我慢ならねえ自由人なんじゃ。わしを縛ろうって奴は、たとえ王様だろうが神様だろうが容赦はせん。わしはやりたいようにやる。それが、この権蔵様の生き様ってもんよ!」

 

「き、貴様!! 勇者のくせに、そんな身勝手な言い分が通ると思ってるのか!!」

 

 ジュリアンが怒りを含んだ声を上げるが、権蔵は軽く右手を上げて制した。

 

「げへへへ、文句があるなら、まずはわしをぶちのめしてから吠えるがよいぞ。わしはなぁ、ただ敵を倒して終わりってのは好かんのじゃ。こいつを見てみい。サバンナで孤独な道を歩み、家族すら喰らい、仲間を踏み潰して生きてきた、とびきりの猛獣よ。そんなやつが、わしに仕えたら──想像しただけで笑いが止まらないくらい面白いことになるんじゃないかの?」

 

 破天荒すぎる発想に、シャルロットもジュリアンも唖然として言葉を失う。

 その時、視線が床に落ちていたグリムフが、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……我に生き恥を晒せと?」

 

 それは、まるで死刑執行の間際に奇跡の赦しを与えられ、おのれの誇りと屈辱に押し潰されそうな男の声だった。

 獣王の瞳からギラギラした怒気はだいぶ薄れ、代わりに絶望の闇が揺らめく。

 

「……殺せ。誇り高き王である我を、下僕などという屈辱に貶めるくらいならば、死こそが救いだ。もし、お前が我の誇りを穢し、生かすという選択をするならば、その先には必ず、後悔という名の刃が待っているだろう!」

 

 グリムフは暗い笑みを浮かべ、ゆっくりと権蔵を指差すと、まるで首を一刀両断するかのような仕草を見せた。

 シャルロットが蒼い瞳を光らせ、権蔵に懇願する。

 

「彼は四凶将軍です! 魔王の尖兵が心を入れ替えるはずが――」

 

「生き恥じゃと? そいつは違うのう」

 

 権蔵は今年もっとも悪趣味な笑みを浮かべながら、ゆっくりと跪いた。

 グリムフと視線を合わせるためだ。

 そして獣王の胸元、父の牙飾りが揺れているのを見やりながら、嘘のように柔らかな声で語りかけた。

 

「おぬしの生きた世界では、家族を喰らわねばならぬ厳しき掟があったと聞く。たとえ血に染まる過去であろうとも、今なお生き延びるというのは、おぬしに託された”一族の宿願”を守るためじゃろう。しかし、おぬしが家族を踏み台にして背負ってきた重荷、それは誇りでありながら、同時に呪いでもある」

 

「呪い……?」

 

 グリムフの眉が、怒りでも戸惑いでもない、不思議な動揺を示すようにピクリと動く。

 

「そうじゃ。おぬしは実は、家族というものに深い執着を秘めておる。それゆえ、誰よりも孤独の淵に立たされてしまったのだ。わしはな、そんなおぬしが“家族”という形をもう一度知る場所を用意してやりたいと思っとるんじゃ」

 

「家族を、もう一度……? わけが、わからぬ……」

 

「げへへへ……まあ、わしとおぬしでは“家族”というよりは、“ご主人様とペット”かもしれんがな。だが、それでもええじゃろ。おぬしの命をわしが預かる。おぬしはわしのために戦い、役に立つ。そうした日々を積み重ねていけば、いつかおぬしの知る世界とは違う別の景色が見えるようになるかもしれんぞ」

 

 権蔵の言葉に、さっきまで強く反対していたシャルロットとジュリアンが思わず沈黙する。

 魔王軍を震え上がらせた獣王を手懐ける、という話はどうにも現実離れしている。

 だが、中年勇者のこれまでの破天荒ぶりを見ると、案外それが不可能でもないと思えてしまうのが不思議だった。

 

 一方、グリムフは、屈辱と戸惑い、そして込み上げる怒りの狭間で揺れていた。

 

「生き延びても、誇りは失う。だが死ねば己の宿命もそこで終わる。……このまま殺されたほうが、どれだけ潔いか……!」

 

 その叫びに対し、権蔵はどこか楽しげに鼻歌でも歌いだしそうな表情で首を振った。

 

「潔い、か。わしはそれを“逃げ”と呼ぶがのう。自分が信じてきた道が、この程度の敗北で終わると、本当に思っとるんかい? おぬしほどの強さを手にしたやつが、ここで死ぬなんてもったいないにもほどがあるわ」

 

 まるで子供を諭すような口調に、グリムフの瞼がわずかに震える。

 

「……強くなければ、我らは生きていけない。それが弱肉強食の世界の真理だ……」

 

「なら、今度は“生き残る強さ”を、おぬしを倒したわしの下で学んでみりゃいいじゃろがい。おぬしも、わしが知っとる格闘技の極意を知りたくはないか? 戦い方を、少しばかり教えてやることもできるぞ」

 

「生き残る、強さ……? お前の格闘技を学ぶ……?」

 グリムフの瞳が、まるで未知のものを見るかのように丸くなる。この獣王をもってしても、理解しがたい答えだったようだ。

 すると権蔵は立ち上がり、自分の胸板をドンと叩いてみせる。

 彼は満足げに頷くと、最後にさらりと決定打を突き付けるように口を開いた。

 

「それだけではないぞ。何より──敵であるおぬしを下僕にして魔王をブッ倒せば、わしの“最強伝説”もさらに盛り上がるって寸法よ。 おぬしは興味ないか? 勇者であるわしのもとについて魔王をとっちめて、この世界をひっくり返す。楽しそうじゃと思わんか?」

 

 あまりにも権蔵らしい、破天荒な理由。

 しかし、その一見いい加減な発言は、グリムフの心を揺るがすのに十分すぎるものだった。

 

「魔族である我を従えて……魔王を倒すか……」

 

 グリムフの声は低く、震えていた。

 それは怒りではなく、彼自身の内側から湧き上がってくる奇妙な高揚感だった。

 魔族の誇りを持つ彼にとって、人間に敗北し、仕えるなど考えられないはずだった。

 しかし、この勇者は──この奇妙な中年男は、彼の生き方そのものを覆すような何かを持っていた。

 

 もはや権蔵の言葉に反論する者はなく、しばし闘技場には風の音だけが響く。

 やがて──獣王グリムフは長い沈黙の後、大きくため息をついた。

 彼はゆっくりと立ち上がりながら、権蔵を見やる。

 頭部の傷から滴り落ちる深紅の血が、白い雪の上に鮮やかな花を咲かせていた。

 

「……本当に、どこまでも型破りな男よ。人間の下につくなど想像だにせんかったが……よかろう。その野望、この目で見届けてやろうではないか」

 

 その言葉に、権蔵は両手を天に掲げ、子供のように飛び跳ねた。

 

「よっしゃ、言質は取ったぞ! 『友情・努力・勝利』! これこそ少年漫画のような王道の展開じゃ、げへへへ!」

 

 権蔵の顔には、嘘偽りのない純粋な喜びが溢れていた。

 全身で喜びを爆発させるその姿は、まるで無邪気な幼子そのもの。

 

 グリムフは目を閉じ、口元に微かな笑みを浮かべた。

 敗北の屈辱を味わいながらも、その威厳は毫も揺らいでいない。

 

「だが忘れるな。敗者となった今でも、我は最強の座を諦めてはいない。いつの日か必ず、この我こそが頂点に立つ者と証明してみせよう」

 

 雪と血にまみれた黄金のたてがみは、今は肩に力なく垂れ下がり、かつての輝きを失っていた。

 だが、グリムフの瞳には鋭い光が宿り続けている。

 彼は倒れながらも、明確に「生きる」と宣言したのだ。

 その声には、敗北を認めつつも決して折れない獣王の誇りが響いていた。

 権蔵はにやりと笑い、太い腕を差し伸べた。

 

「それでよい。敵であろうがわしは強い奴ほど、惚れちまうタチでな。あ、もちろん性的な意味じゃないぞ! わしが興味あるのはショタっ子だけじゃからな! げへへへ!」

 

「……お前という奴は、本当に、理解不能な人間だな」

 

 呆れ果てたように呟くグリムフに、権蔵はさらに笑みを深める。

 

「よし、おぬし、勇者パーティの下僕第一号に任命じゃ! シャルちゃんとジュリアンくん、おぬしらは文句あるか?」

 

 困惑の色を隠せない二人。

 しかし──。

 

 シャルロットは、まだ熱を帯びた目元を拭いながら、ゆっくりと首を横に振った。

 

「はぁ……荒唐無稽という他ありませんが……あなたがグリムフを打ち倒したのは紛れもない事実。ですから──」

 

 彼女は一瞬言葉を切り、視線を伏せる。

 

「権蔵様のご意思を、尊重させていただきますわ」

 

「な、なんですって!? お姉さま! 本気なのですか!? 魔族を信用するなんて、あまりにも危険すぎます!」

 

 シャルロットは弟の手を優しく握り、微笑みを浮かべた。

 

「勇者である権蔵様を、私は信じます。もし、万が一、権蔵様に命を救われた恩を仇で返すようなことがあれば──この剣で、必ず裁きを下します。それは、オルレアヌ王国騎士団長としての誓いですわ」

 

「……くっ、こんなこと納得できるわけが……いえ、もういいです。どうせ権蔵の暴走は今に始まったことじゃないですから。聞いておけよ、グリムフ! もし何か企みでもあれば、獣王だろうが何だろうが──この王国第一騎士団、ジュリアン・レステンクールが許さない! いいな!?」

 

 声が僅かに震えているのは明らかだったが、それでも彼は精一杯の威厳を込めて言い放つ。

 グリムフは疲れ切った表情で鼻を鳴らし、ただ黙って目を細めるだけだった。

 

「カイトはどうじゃ? まあ、おぬしはいつも通り、わしについて来るじゃろうが」

 

「はぁい! ぼくは大歓迎です! ライオンさんが仲間になるなんてまるで動物園みたいで楽しいです!」

 

その言葉に、グリムフの眉がピクッと動いた。彼はカイトを一瞥し、低く唸る。

 

「……赤毛の小僧、その言葉、後で後悔するぞ」

 

「えへへ、でも、もうぼくたち、お友達なんですよね? お友達なら、怖くなんかありませんよ!」

 

 その純粋な言葉に、グリムフの表情が微かに揺らいだ。

 サバンナの覇者の瞳に、戸惑いの色が浮かぶ。

 まるで、長い年月を経て初めて温もりに触れたかのような──そんな困惑と共に。

 

 足元の雪に血が滲む中、権蔵は豪快な笑みを浮かべ、遥か彼方を見つめる。

 

「むぅ……腹が減ったのう。シャルちゃん! はやく要塞に行って飯にするぞ。みんなでちゃんこパーティじゃ! 勝者も敗者も、腹が減っては戦はできんぞ! げへへへ!」

 

 その唐突な提案に、一同は思わず脱力する。

 しかし、同時に張り詰めていた空気が、ふっと緩んでいくのを感じていた。

 

「あのー、ご主人さま? その前に、ちょっと気になることが……。そこらへんで倒れてる兵士さんたち、このまま放っておいたら凍え死んじゃいませんかー?」

 

 カイトが、のほほんとした口調で指摘する。

 

「い、いけませんわ! 戦いに夢中になっていて忘れてました! 急いで治療しないと、大変なことになりますわ!」

 

 シャルロットとジュリアンは慌てた様子で、兵士の救助に駆けていった。

 

「ふん……不本意ではあるが……手を貸してやろう」

 

 グリムフが低く唸る。

 

「おや? グリちゃん、ええんか?」

 

「グリちゃんなどと気安く呼ぶな」

 

 獣王は鋭く睨みつけながらも、続ける。

 

「我が一族に伝わる秘伝の傷薬がある。それを飲ませれば、すぐに回復するはずだ。……それに」

 

 彼は、わざとらしく目を逸らしながら付け加えた。

 

「我はお前の下僕となった身。主の願いとあらば、叶えるのもやぶさかではない」

 

 その言葉に、権蔵の顔が輝きを増す。

 

「そうか! げへへ、よしよし! あとでたっぷりごちそう食わせちゃるからな! 酒も振る舞ってやるぞ!」

 

「我は酒など要らぬ」

 

 グリムフはうんざりしたように呟きながら、シャルロットたちを追って駆けていく。

 そんな獣王の背中を見つめながら、権蔵が嬉しそうにつぶやいた。

 

「げへへへ……あやつが仲間になってくれて、ちょうどよかったわい。実は、わし昔っから猫を飼ってみたかったんだよなぁ。あとでたっぷりともふもふなでなで、あの立派な肉球もぷにぷにして可愛がってやるからのう……げへへへへ」

 

 その言葉が風に乗って消えていく。

 

 人間と獣人。そして、型破りな酒好き勇者。

 こうして、かつてサバンナを支配した獣王グリムフは、型破りな中年勇者の配下となり、新たな人生の一歩を踏み出した。

 権蔵の選択が正しかったのか、それとも危険な賭けだったのか──その答えは、まだ誰にもわからない。

 

 しかし、確かなことが一つだけあった。

 

 グリムフの心の奥底に、小さな、しかし確かな光が灯り始めていたのだ。

 それは、これまで彼が信じてきた血と牙の掟とは、まったく異なる何かを予感させるものだった。

 

 夕陽が雪原を染め上げ、一行の背中を優しく照らす。

 その光は、まるで彼らの新たな物語の幕開けを祝福しているかのようだった。

 




『モブおじ勇者』第一章、これにて完結です!

長らくのお付き合い、誠にありがとうございました!

第二章はしばらく準備期間をいただきますが、必ず再開しますので、その際はまたお付き合いいただけると嬉しいです!
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