※この作品はR-18です。

美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~   作:とけそうだら

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第2話 オルレアヌの美少年王

 世界は太古より、人と魔族という二つの勢力に分かれ、果てしない争いを続けていた。

 

 それは文明が産声を上げるはるか以前から続く、互いの存在意義をかけた宿命の戦いであった。

 両者は同じ大地に存在しながら、その本質的な違いゆえに相容れることはなかった。

 人は秩序と理性を重んじ、魔族は混沌と力を追い求めた。

 

 歴史を紐解けば、時として人と魔族の間に和平が結ばれ、つかの間の平穏が訪れた時期もあった。

 最も長く続いた平和は、百年前に伝説の勇者アレクサンダーと当時の魔王メルキオールが結んだ「永世中立条約」によってもたらされた。

 この条約により、両者は互いの領土と権益を認め合い、干渉を避けることを誓ったのである。

 しかし、アストラリオン歴1296年、今から十年ほど前、魔族の統一国家ネフレクサで激変が起きた。

 

 温健派として知られた先代の魔王が崩御し、若き魔王イヴァンザールが即位したのだ。

 彼の登場により、100年に及ぶ平和は脆くも崩れ去った。

 新魔王イヴァンザールは、魔族至上主義を掲げ、人類の支配地すべてを制圧すべく、その凄まじい進撃を開始した。

 彼が操る「暗黒の力」は、先代をはるかに凌駕する威力を持っていた。

 人類諸国は、イヴァンザール率いる魔王軍の圧倒的な軍事力の前に為す術もなく、次々と蹂躙されていった。

 

 特に恐れられたのは、魔王直属の「四狂将軍」である。

 竜魔人クリスタリア、獣王グリムフ、黒薔薇の花嫁セミヨン、そして腐敗将軍デケイの四将は、それぞれが一国に匹敵する戦力を持っていた。

 

 各国の誇る精鋭魔法兵団も、幾度となく鍛え上げられた最強の兵士たちも、彼らの前では儚く散っていった。

 絶望的な状況に追い込まれた人類諸国は、最後の望みを「召喚の儀式」に託すことを決意する。

 古来より人類の守護者として君臨してきたアストラリオン神聖国の全面的支援を受け、異世界から伝説の「勇者」たちを召喚する儀式が執り行われた。

 

 しかし、期待を託された勇者たちですら、魔王軍の猛威の前に次々と倒れていった。

 いかに強大な力を持っていようとも、魔王の軍勢を打ち破ることは叶わず、人類の領土は日を追うごとに蝕まれ続けていた。

 このままでは人類そのものが滅びる――その深い恐怖が各国を支配し、指導者たちは生き残りを賭けた会議を繰り返すばかりだった。

 

 魔王軍の侵攻を食い止める術を模索し、各国の重臣たちが知恵を絞り合うが、いまだ光明は見えない。

 そして、この夜もまた、かつては豊かな国として知られたオルレアヌ王国の宮殿深くで、緊急会議が催されようとしていた。

 すでに魔王軍との戦闘を繰り広げている王国北部のみならず、今まで安定していた東部でも既に魔族の斥候が出没しているとの報告も届いている。

 月明かりさえ届かぬ暗い会議室で、焦燥と絶望が渦巻く中、人類の命運が静かに、しかし確実に揺らいでいた。

 

 

 

♦

 

 

「むむ……いかがいたしましょうか……」

 

 オルレアヌ王国の王城、重厚な大理石の柱が立ち並ぶ議場に、深い溜め息が響いた。

 魔晶石で作られたシャンデリアの光が揺らめき、壁に映る影が不安げに歪む。

 窓の外では暗雲が垂れ込め、まるで王国の未来を暗示するかのような不吉な空模様が広がっていた。

 

 隣国スパニアからの救援要請――その一報を受け、急遽開かれた緊急会議は、開始から既に三時間が経過していた。

 机上には散乱する報告書の山。インクで真っ黒に塗りつぶされた作戦図。

 そのどれもが、切迫した状況を物語っていた。

 

 スパニア王国はオルレアヌ王国の東部に位置する大国。

 かつては「鉄壁の獅子」の異名を取った軍事大国であり、その存在は東方からの重要な防壁となっていた。

 その強国の危機は、オルレアヌにとって、まさに自国の存亡に関わる事態を意味していた。

 

「強国スパニアももはやこれまでかもしれませんな……」

 

 軍務大臣のマキシム・レステンクールが、髭面を歪ませながら呟く。

 彼の額には浮かび上がった血管が浮き、疲労の色が濃く滲んでいた。

 

 現在、オルレアヌ王国は北部の国境線に全兵力を集中させ、魔王軍と対峙している状況下にあった。

 なんとか持ちこたえているものの、その維持には莫大な軍事費と人的資源を必要としていた。

 東部のドルテナにも魔王軍が迫っているという事態は、まさに悪夢のシナリオだった。

 

 ドルテナの防衛にもかなりの兵を割かねばならない。

 しかし、そうすれば必然的に北部の防衛線が手薄となる。

 両側で均衡が崩れれば、たちまち国境を越えて魔王軍の大軍が押し寄せてくるのは明らかだった。

 それは、まるで巨大な堤防に二つの亀裂が入るようなものである。

 

「一体なぜ、なぜこのような事態に至ってしまったのでございましょう……このような時に勇者がおわしましたならば、あるいは……」

 

 財務大臣のジャン・ピエール・デュポンが、銀縁の眼鏡を外しながら嘆息する。

 その問いかけに、誰もが重い沈黙で応えるしかなかった。

 

 オルレアヌ王国が望みをかけていたのは、異世界から召喚された『勇者』だった。

 アストラリオン神聖国に莫大な資金と希少な宝具を提供し、高位召喚士の力を借りて呼び寄せたその存在は、まさに人類の最後の希望と見なされていた。

 

 だが、その勇者――山賊勇者・権蔵――は、期待を完全に裏切った。

 王国の命令に従うどころか、己の欲望のままに振る舞い、無法者として君臨していたのである。

 特に深刻だったのは、権蔵が今占拠しているのが、東部の要塞都市ドルテナ、そしてドルテナのあるドーレ領だという点だ。

 

 ドルテナ要塞は、オルレアヌ王国が死守すべき防衛の要。

 その戦略的重要性は、軍事評議会でも常に最重要項目として挙げられていた。

 それが今や、彼の率いる盗賊団『子羊の産声』のアジトと化している。その名の皮肉さに、誰もが苦い思いを抱いていた。

 

「もし、ドルテナが魔王軍の標的となりましたならば、一体どのような事態に陥りますやら……」

 

 内務大臣のアンリ・ド・モンフォールが、不安に歪んだ表情で問いかける。

 その声には、すでに答えを知っている者の絶望が滲んでいた。

 

「そのような不吉な事態は、想像するだにも忌まわしい……」

 

 外務大臣のクロード・ベルナールが、深いシワの刻まれた額に手を当てながら応える。

 

「山賊勇者があの魔王軍の侵攻に際し、逃亡などという不埒な真似をすれば、我がオルレアヌ王国はいかなる運命を辿ることやら。ドルテナが陥落すれば、北方からも東方からも一気に魔王軍が押し寄せてくる……まさしく、堤防の決壊の如く」

 

 その言葉と共に、会議場の空気が一段と重くなる。ドルテナが陥落すれば、オルレアヌの防衛線は完全に崩壊し、国全体が魔王軍の支配下に落ちるまでは、わずかな時間しかかからないだろう。

 各大臣の脳裏には、逃げ場を失った王国民が次々と犠牲となっていく光景が浮かび上がる。

 老人も、女性も、子供も――その想像だけで、胸が締め付けられるような痛みを感じずにはいられなかった。

 

「これは何たることでございましょう。我らはあの勇者に望みを託していたというのに……!」

 

 内務大臣が、怒りに任せて拳を机に叩きつけた。

 机上の書類が震え、インク壺が危うく倒れそうになる。

 

「一体全体、なぜやつは我らの期待を裏切るような所業に及んだのでございましょうか!? 我らが提供いたしました聖剣も、特権も、すべては水泡に帰したということでございましょうか!?」

 

「今はそのような感情に流されておられる場合ではございませぬ」

 

 宰相のラソリーニ・フォンテーヌが、深い皺の刻まれた顔に冷静な表情を浮かべながら諭す。

 その声には、長年の政治経験から来る重みが感じられた。

 

「現実を直視申し上げねばなりませぬ。まずは魔王軍の動向を見極め、迅速なる対応策を練り上げることが肝要かと存じます。感情に任せて誤った判断を下すようなことがございましたら、取り返しのつかない事態を招きかねませぬゆえ」

 

 その言葉は正論であった。

 しかし、どれほど冷静に状況を分析しても、明確な解決策は見出せない。

 王国の現有戦力では、とても魔王軍の侵攻に太刀打ちできる余裕などないのだ。

 重苦しい沈黙が議場を支配する。

 大臣たちは皆、胃を突き刺すような痛みを感じながら、ただ黙り込むしかなかった。

 

「ふぅ……」

 

 そのとき、会議場の奥から柔らかな溜め息が漏れた。まるで清らかな風鈴の音色のような、儚く美しい響きだった。

 この場にいる者たちは一斉にその方向を向く。

 

 そこには、一際豪奢な装飾が施された玉座に腰かける少年の姿があった。

 まるで黄金の糸を紡いだかのような、なめらかな光沢を湛えた金髪が腰まで煌めきながら垂れ下がっている。

 

 その髪は、シャンデリアの灯りを受けて、まるで小さな太陽のように輝きを放っていた。

 深い海の底から見上げる光のように澄み切った青い瞳は、長く繊細なまつげに縁取られ、見る者の心を奪うほどの美しさを湛えていた。

 優美な曲線を描く鼻筋、薔薇の蕾のように柔らかな唇、磁器のように滑らかな白い肌――まさにこの世の美を具現化したかのような完璧な容姿を持つ彼だった。

 

 しかし、その天使のような美貌とは裏腹に、深い青の瞳の奥には、年齢不相応な苦悩と葛藤が渦を巻いていた。

 玉座に座る彼の姿は、まるで古の画家が描いた肖像画のように気高く美しく、それでいて何とも言えない儚さを漂わせていた。

 深紅のビロードで装飾された椅子に座る少年の佇まいは、幼さと威厳が不思議と調和した独特の雰囲気を醸し出していた。

 

「エリオット陛下」

 

 内務大臣のアンリ・ド・モンフォールが、やや苛立ちを含んだ声で切り出した。

 

「失礼ながら申し上げさせていただきますが、ここは重要な会議を行う場です。しかも本日は緊急を要する議題について話し合われています。そのように退屈にされるのであれば、退室して寝室に戻られて結構ですよ」

 

 その言葉を受け、陛下と呼ばれた少年は「あ、すまない。続けてくれ」と背筋を正した。

 

 その仕草には、思わず目を見張るような凛とした気品が漂っていた。

 幼い体躯で背筋を伸ばす姿は、どこか健気ですらあった。

 

 彼こそが、オルレアヌ王国の王、エリオット・フォン・リーフェンシュタール。

 一〇歳という信じがたい若さで王位を継承し、現在一二歳。

 幼くして国家の重責を担うことになった若き王である。

 

 その華奢な肩には、王としての重圧と、混迷を極める時代の暗い影が、目に見えぬ重荷となって圧し掛かっていた。

 黄金の髪の下で、か細い首筋が微かに震えているのを、誰も気付かないふりをしていた。

 

 

 

「陛下……」

 外務大臣のジャン・ピエール・デュポンが、薄い唇の端をつり上げながら声を上げた。

 その声音には、年長者特有の傲慢さと、若き王への軽蔑めいた色が混ざっていた。

 

「我らの議論にご退屈のご様子、されど陛下におかれましては、さぞや深遠なるお考えがおありゆえ、かような不遜なご態度を示されておるのでございましょうな。であれば、ここはひとつ、その玉のごとき知恵をお聞かせ願えませぬか?」

 

 その言葉には明らかな皮肉が込められていた。

 シャンデリアの光を受けて輝く彼の銀縁の眼鏡の奥で、冷たい光が煌めいている。

 一瞬にして議場の空気が凍り付いた。

 まるで時が止まったかのように、誰もが息を潜める。

 大臣たちの視線が一斉にエリオットへと注がれ、その一つ一つには明らかな棘が含まれていた。

 その重圧は、幼い王の肩に突き刺さるように降り注ぐ。

 

「いや、余は別にそんなつもりでは……」

 

 エリオットは言葉を選びながら、か細い声で応える。

 その白磁のような頬が僅かに紅を帯び、長いまつげが不安げに揺れる。

 

「昨夜は少し考え事をしていてな。それで寝不足で……」

 

「ほう、寝不足とおっしゃられますか」

 

 ジャンは意地の悪い笑みを浮かべ、眼鏡の位置を人差し指で直す仕草を見せた。

 その指先には、年月をかけて磨き上げられた政治家特有の毒が滲んでいた。

 

「陛下は我らとは違い、さぞやご優雅な日々をお過ごしのことと存じます。昨夜もさぞ愉快なる夜更かしを満喫なされたことでございましょうな。であれば、是非とも拝聴いたしたく存じます。その夜更かしにてお働かせになられたお頭で、この国家の緊急事態をいかように解決なさろうというのか」

 

 その言葉の一つ一つには、まるで氷の刃のような冷たさが込められていた。

 黄金の髪が僅かに揺れ、エリオットの繊細な横顔に一瞬の陰りが差す。

 

「これ、デュポン殿! 言葉が過ぎますぞ!」

 

 軍務大臣のマキシムが、その髭面を怒りに歪ませながら立ち上がる。

 しかし、その声はデュポンの容赦ない言葉の奔流にかき消されてしまった。

 

「申し上げるまでもございませぬが、我が国は今や未曾有の危機に瀕しておるのでございます。されば一刻の猶予も許されぬ事態にございます。しかるに、肝心の陛下ときたら、このようなご様子。まことに嘆かわしい限りにございますな」

 

 その露骨な物言いは、まるで幼い王の無能を声高に叫ぶかのようだった。

 エリオットの薔薇色の唇が僅かに震え、その瞳に浮かぶ苦悩の色が一層深まる。

 しかし、次の瞬間。エリオットは静かに深い息を吸い込んだ。

 その仕草には、これまでの儚げな雰囲気を一掃するような、どこか凛とした威厳が宿っていた。

 

「それでは……余の意見を述べさせてもらおう。手段は……我らにもまだ打つ手は残されていると思う」 

 

 エリオットはそう言いながら、ゆっくりと周囲に視線を送った。

 しかし、議場の重い空気は変わらず、大臣たちの表情からは、希望の色が完全に失われているように見えた。

 

「……と仰られますのは、いかなるご趣旨にございましょうか?」

 

 財務大臣が、諦めの色を隠しきれない声音で続きを促す。

 その態度には、若き王への配慮と、現実を直視せざるを得ない者としての苦悩が混じっていた。

 議場の大時計が、重々しい音を立てながら時を刻み続ける。

 その一秒一秒が、オルレアヌ王国の運命の重さを象徴しているかのようだった。

 

 

 エリオットは喉を鳴らしながら、息を整えた。

 幼い頃から王位継承者として厳しい教育を受け、数々の困難を乗り越えてきた彼であったが、この瞬間ばかりは心臓が早鐘を打っていた。

 自信を持って語ろうとしたものの、どうしても不安が声に乗ってしまう。

 その若さゆえの躊躇いは、議場に集まった古参の大臣たちの目を逃れることはできなかった。

 

「まずはスパニア王国からの救援要請について、早急に検討するべきだと思う」

 

 その言葉に、一同の視線が集中する。

 重苦しい空気が議場全体を包み込み、誰もが息を潜めた。

 エリオットは、自分の心臓の鼓動が聞こえるほどの静寂を感じた。

 

 一瞬の沈黙の後、軍務大臣のマキシム・レステンクールが、その深い皺の刻まれた顔に訝しげな表情を浮かべながら口を開いた。

 

「スパニアからの援軍要請の件でございますが……本当に受けるおつもりですか? 陛下」

 

「無論だ」

 

 エリオットは背筋を伸ばし、毅然とした態度で応えた。

 その瞬間、彼の中の何かが変化した。

 声には若さゆえの不安は残っていたものの、その眼差しには確固たる決意が宿っていた。

 

「魔王軍の脅威は、もはや一国で対処できる問題ではない。確かに遅きに失した感はある。だが今こそスパニア王国の要請に応えることが、人類全体の存亡を左右する選択となるのだ」

 

「恐れながら、陛下……」

 

 軍務大臣マキシムが、老獪な将軍らしい慎重な物腰で口を開く。

 彼の白髪まじりの髭が、言葉に合わせてわずかに揺れる。

 

「現状では、スパニアへの協力は極めて困難かと存じます。何より、東部戦線の維持すら危うい状況にございます。魔王軍の侵攻は日増しに激を増しており、我が国の防衛だけでも手一杯というのが実情かと存じますが」

 

 その言葉には、若干の非難めいた響きが含まれていた。

 マキシムはかつて騎士団長を務めていた男で、今もなお屈強な肉体を誇る老将であった。

 その胸には、数々の戦功を物語る勲章が輝いている。

 しかし同時に、彼は冷徹な合理主義者としても知られており、長年の従軍経験から、無謀な戦いを最も忌み嫌う人物でもあった。

 そのため、彼の言葉は時に冷徹な印象を与えることがあるが、その背後には常に王国の安泰を願う深い慮りがあることを、エリオットは知っていた。

 

「その通りだ」

 

 エリオットは一旦マキシムの意見を認めながらも、力強く反論する。

 その声は凛としており、強い意志を感じさせた。

 

「だからこそ、今ここでスパニアを見捨てれば、我が王国は二度と立ち直れぬほどの打撃を被ることになる。スパニアが陥落した暁には、間違いなく我が国が次の標的となる。そうなれば東部戦線どころか、全面戦争は避けられまい」

 

 エリオットは一呼吸置いて、さらに続けた。

 

「確かに、我が国単独でスパニアを支援することは不可能だ。だからこそ、隣国への支援要請が急務だと考える」

 

 その言葉に、今度は財務大臣のギヨーム・ド・ラヴァルが、分厚い眼鏡の奥から鋭い視線を送りながら口を挟んだ。

 

「なるほど、隣国への支援要請とのことでございますか……具体的にはいかような策をお考えでございましょうか?」

 

 エリオットは机の下で震える手を強く握りしめ、決意を固めて答えた。

 

「まだ魔王軍の侵攻を受けていない国々が残されている。北西のゲルマー帝国、南のロマーニア公国、そして西のゼルバニア共和国だ。これらの国々との外交関係を強化し、同盟を築くことができれば、援助を得られる可能性がある。少なくとも、東部戦線の維持は可能となるはずだ」

 

 大臣たちは彼の言葉を黙って聞いていたが、その視線にはどこか冷ややかさが漂っていた。

 長年の政治経験から来る懐疑的な態度は、若き君主の熱意だけでは簡単に溶けることはない。

 

「……同盟を築くとおっしゃられますか。まことに恐れ多いことながら……」

 

 大臣の一人が、深いため息とともに呟いた。

 その声には、幾度となく繰り返されてきた同じ議論への倦怠が滲んでいた。

 隣国との外交関係の改善など、簡単に成し得ることではない――

 特に今、魔王軍の影が迫る中では、どの国も自国の防衛に必死な状況なのだ。

 

 エリオットは提案の実現可能性の低さを痛感しながらも、なお一縷の望みを捨てきれずにいた。

 

「陛下」

 

 宰相ラソリーニが口を開いた。

 その声音には凍てつくような冷たさが宿っていた。

 

「仮に同盟を結ばせていただいたとして、我が国が提供申し上げられるものは一体何でございましょうか。他国がわざわざ我らのために援軍を差し向けてくださる理由を、いかようにお示しになられるおつもりでございましょうか」

 

 深い皺の刻まれた額の下から覗く鋭い目が、まるで若き君主の無力さを示すかのように彼を見据えていた。

 会議場に満ちる空気は、冬の洞窟のように冷たく澄んでいた。

 

 エリオットの表情が一瞬で曇った。胸の奥で脈打つ動悸が、自身の不安を更に掻き立てる。

 

「そ、それは……」

 

 彼は思わず机の下でうつむいた。

 わずか十歳で王位に就いてから、彼は幾多の試練に直面してきた。

 父王の突然の死。王位継承を巡る弟との確執。

 そして今、この会議もまた、彼にとって重大な岐路となっていた。

 喉の奥が乾いているのを感じながら、エリオットは慎重に言葉を選んだ。

 

「……他国への使者を派遣すべきだ。スパニアが滅び、オルレアヌが陥落すれば、魔王軍は必ず彼らの領土へも侵攻する。我々への支援は、即ち彼ら自身の生存にも関わると説得すれば……」

 

 エリオットの声は、その意図に反して震えていた。

 重厚な木製の長机を囲む大臣たちの冷ややかな視線が、まるで針のように彼の肌を刺す。

 彼自身、自分が放つ言葉の弱さを痛いほど感じ取っていた。

 自信の欠如はそのまま声に反映され、王としての責任感に押しつぶされそうになっていた。

 会議室の天井から吊るされた大きな水晶シャンデリアの光が、彼の青白い顔を照らし出す。

 だが、彼には王国の未来を背負う義務がある。若き王は、その重責に応えるべく、必死に考えを絞り出していた。

 

「オルレアヌが保有する最先端の魔導具の技術を提供し、我が国と他国が連携するための共同軍事訓練を提案すれば、互いに利益を享受できるはずだ。そうすれば、他国も我々を見捨てることなく――」

 

「いい加減になさいませ」

 

 鋭く、氷の刃のような冷ややかな言葉がエリオットの言葉を断ち切る。

 宰相ラソリーニの声は、まるで若き王の無力さを嘲笑うかのようだった。

 

 ラソリーニは、緋色の上質な絹織物で仕立てられた上着の襟元を正すと、ゆっくりと立ち上がる。

 その仕草には、何年もの宮廷生活で培われた優雅さと、同時に相手を威圧する力強さが同居していた。

 

「陛下、今は軽々しく夢物語を語られる時ではございませぬ。現実をご覧くださいませ。我らが他国に提供できるものは、もはや限られておりますゆえ。魔導具の技術、でございますか? 国家の機密を他国にお渡しするには議会での慎重なる議論を要しましょう。されど、現時点で確実に他国を動かす手立てなど、果たしてございましょうか?」

 

 ラソリーニの言葉は無慈悲な真実の刃となって、エリオットの心を鋭くえぐった。

 彼の僅かな自信はその場で脆くも崩れ去り、静まり返った会議場に、若き王の声は届かなくなっていく。

 彼の言葉は次第に力を失い、まるで深い闇の中へと消えていくようだった。

 

 

「まずは現実を直視申し上げるべきにございます。今のオルレアヌには、他国を動かすほどの影響力も、魅力も備わってはおりませぬ。王国の現状を顧みますれば、スパニアへの支援など到底叶わぬことにございます。そしてまずは国内の立て直しこそが最優先事項にございましょう。国の税収を増やすことこそ、何よりも重視すべきことと存じます」

 

 彼の声には、まるで幼い子供を叱りつけるような、王を非難するような冷酷さが漂っている。

 会議場の空気は更に重くなり、エリオットは椅子の上で身を縮めるような気持ちになった。

 

「税収を増やすためには、法の改正を要しましょう。そして、魔王軍に対抗いたしますには、何よりも軍事力が必要でございます。軍を強化するには莫大な資金を要しますゆえ、庶民への税の負担を増やすべきかと存じます。それと同時に、王国に仕える貴族たちの負担は軽減いたしましょう。戦地に赴く彼らの士気を高めねば、防衛など到底成り立ちませぬゆえ」

 

 その言葉には皮肉めいた笑みが添えられ、集まった他の大臣たちからも、小さな相槌と共に同意の声が漏れた。

 エリオットは、その残酷な言葉の数々に耐えられず、唇を強く噛み締める。

 口の中に血の味が広がる。冷酷な言葉の背後に見え隠れするのは、自らの無力さを痛感させる冷徹な現実だった。

 彼の拳は自然と震え、内に秘めた感情が抑えきれずに滲み出ていた。指先が机の縁を強く掴み、爪が深く食い込む。

 

(まただ……余の言葉は無視され、最後には嘲笑へと変わる。いつもこうだ……)

 

 深い絶望感が彼の心を覆い、まるで闇の中に沈んでいくような感覚に襲われた。

 彼が幼い頃から、常に感じ続けてきた無力感が再び蘇っていた。

 王位を継承して以来、何度も国のために尽力しようとしたが、そのたびに彼の意見は軽んじられ、拒絶された。

 

(どれだけ真剣に提案しても、余の声は彼らには届かない……)

 

 宰相や大臣たちが彼を形だけの王として扱い、実権を握っていることは周知の事実だ。

 だが、それを知っていても、今のエリオットには打開策がない。

 

 彼が口を開くたびに冷たく拒絶され、彼の権威はことごとく削がれていく。

 この国で、自分の言葉に耳を傾けてくれる者はもういないのではないか――

 そんな疑念が彼の心に浮かんでは消え、徐々に確信に変わりつつあった。

 

(余はこの国にとって必要のない存在なのか……?)

 

 自らの無力さに打ちひしがれ、エリオットは深い絶望の淵に立たされていた。

 

(あの男なら、あの『山賊勇者』と呼ばれる自由奔放な男なら、こんなつまらない悩みを持つこともないのだろう……)

 

 昨夜の出来事が、まるで夢のように思えてくる。

 現実離れした、あの常識を超えた一夜。

 エリオットの心を揺さぶったあの瞬間――。

 

(まさか、あの山賊勇者が、余を訪ねてくるとは……)

 

 その時の衝撃が、今でもエリオットの胸に深く残っていた。

 

(わざわざ余に会いに来たというのか。それだけではなく、王城の高層にある余の寝室の窓に跳躍して、地上から直接入ってくるなど……まるで伝説のようだ)

 

 それは、エリオットにとって信じがたい出来事だった。

 世の中の常識を超えた勇者の力を目の当たりにし、その圧倒的な存在感に彼は心を揺さぶられた。

 

(もし、このことを宰相や大臣に伝えたら、彼らはどう思うだろう? また嘲笑され、何か言われるに違いない……それが怖い)

 

 エリオットは朝からずっと、この出来事を誰に話すべきか迷っていた。

 山賊勇者が訪れたことを正直に伝えれば、また周りから責められるのではないか――

 その恐れが彼を口を閉ざさせていた。

 

 ただ一人、信頼している侍従のアンナにだけは、勇者の名前は伏せ、城に侵入者があったことだけをこっそり話した。

 アンナは特に驚くこともなく、淡々とその事実を受け入れてくれた。

 

「そういえば、陛下。侍従のアンナ殿より承りましたが、昨夜、何者かが王城に侵入いたしましたとのことでございますが」

 

 宰相ラソリーニの皮肉めいた問いかけに、エリオットは冷たい衝撃を受けた。

 顔から血の気が引き、視界が一瞬、暗くなる。

 

(アンナが……話したのか?)

 

 信頼していたはずの者に裏切られたような思いが、エリオットの心を深く傷つけた。

 

「陛下にご危害がなくて何よりでございます。されど、万が一にもあなた様がお倒れになられましても、ご安心くださいませ。我らがすぐさま後継の手配を整えさせていただきますゆえ」

 

 宰相の言葉に、エリオットは心の奥底で激しい怒りを覚えた。

 自分はただの飾り物に過ぎず、彼らの操り人形だという現実が再び胸をえぐる。

 屈辱感に、彼の拳は微かに震えていた。

 

 

「それで、その侵入者とは一体いかなる輩でございましょうか? もしや我が国の安寧を脅かす不埒な存在でございましたならば、即刻然るべき処置を講じねばなりませぬ。陛下の虚言ではございますまいことを願うばかりにございますが」

 

 エリオットは抑えきれない怒りが沸き上がり、ついに我慢の限界に達した。

 全身が熱を帯び、思わず口を開いた。

 

「侵入者の名を言おう……『山賊勇者』だ。」

 

 その名が告げられた瞬間、議場は凍りついたように静まり返った。

 大臣たちは一様に顔を見合わせ、信じられないという表情が浮かんでいた。

 

「ただいま、なんとおっしゃられました?」

 

 宰相は声こそ抑えているものの、その眼差しには明らかな動揺が浮かんでいた。

 

「聞こえなかったのか? 『山賊勇者』だ! 彼が、我が城に忍び込み、そして窓から飛び降りて去っていったのだ!」

 

「陛下、そのようなご冗談を仰せられるのは控えていただきとうございます。あの『山賊勇者』でございますぞ? もしやつが陛下のお居室に忍び込んだのでございましたら、陛下がご無事でおわすはずもございませぬ」

 

「本当だ!」

 

 エリオットは拳を固く握りしめ、力強く主張した。

 

「余は確かに見た! 奴は空を飛んでいた。いや、跳んでいたと言った方が正しい。人間離れした動きだった。普通の人間には到底不可能なことだ!」

 

 宰相と大臣たちは一瞬の沈黙の後、再び互いに顔を見合わせ、困惑した様子を見せた。

 

「まさか……そのようなことが現実に……?」

 

「あってはならぬことでございます……一体どういうことなのでしょうか……」

 

「それで陛下、その山賊勇者とは何かご対話なさられたのでございましょうか?」

 

 大臣たちの問いに、エリオットはためらいながらもうなずいた。

 心の中で、恥ずかしさと戸惑いが交錯する。

 

「その……申し上げにくいのだが……勇者から求婚されたのだ」

 

 その言葉に、一瞬の静寂の後、大臣たちは信じがたい思いに声を上げた。

 

「ご、ご求婚……でございますか!? それはつまり、結婚の儀を申し込まれたということでございましょうか? あの山賊勇者が陛下と……結婚? ははっ、これは天地がひっくり返りましても起こりえぬことでございますな」

 

 大臣の一人が嘲笑を堪えきれず、顔を手で覆った。

 ラソリーニは不機嫌そうに眉をひそめながら、冷淡な口調で言った。

 

「……その話が真実であると仮定いたしまして、陛下はその山賊勇者の申し出に、いかなるお返事をなさられたのでございましょうか?」

 

「もちろん、丁重に断った。余がそのような提案を受け入れるはずがない」

 

「お断りになられた……それで陛下には何のご不都合もなかったのでございましょうか?」

 

 ラソリーニの声には、半信半疑の色が浮かんでいた。

 

「ああ。余の身体には些かの傷もない。勇者は『また会いに来る』と言い残し、何事もなく立ち去っていったのだ」

 

「さようでございますか……これは誠に不可解な話でございますな。あの山賊勇者が本気で陛下を后にと望んでおりましたのなら、なぜその場で強引にお連れ去りにならなかったのか。近頃では彼による子供の誘拐事件が多発しているではございませぬか。それにも関わらず、その場で何も企てなかったというのは、甚だ腑に落ちぬことでございます」

 

「そうだな……」

 

 エリオットは深い溜め息をつきながら、頭を抱えるようにして考え込んだ。

 勇者の行動に裏の意図を見出そうと、何とか答えを見つけようとしたが、思考は堂々巡りするばかりだった。

 

「だが、やつは何もせずに去った……。余にはやつの真意が皆目わからぬ」

 

 その言葉が落ちると、会議場に重苦しい静寂が広がる。

 大臣たちは互いに目を見合わせ、宰相を含めて誰もが対応策に困っている様子だった。

 まるで時間が止まったかのような空気の中、ひとりの大臣が静かに口を開く。

 

「それで、陛下はこれからいかなるお手立てを講じられるおつもりでございましょうか? まさか、あの山賊勇者をこのまま野放しにされるご所存ではございますまいな?」

 

 エリオットは重々しく頷き、毅然とした態度で答えた。

 

「さすがに、この国の君主として、国家の安寧を脅かすような不逞の輩を放置するわけにはいかぬ。やつを、この国から永久に追放する勅令を発するつもりだ」

 

 エリオットの決断に、大臣たちは表情を固くしながらも、一様に納得した様子で静かに頷いた。

 しかし、その場の空気が少し緩んだ瞬間、宰相ラソリーニが不敵な笑みを浮かべながら一歩前に進み出た。

 

「恐れながら、陛下。ここで一つ妙案を申し上げたく存じます」

 

 ラソリーニは両腕を広げ、まるで舞台の幕を開けるかのように、その場の注目を一身に集めた。

 その仕草には、いつもの芝居がかった様子が見え隠れする。

 エリオットは眉をひそめ、宰相の狡猾な笑みに警戒心を露わにした。

 

「妙案だと? 一体何を考えているのだ、ラソリーニ」

 

 宰相の不敵な微笑みに、エリオットだけでなく大臣たちも身を乗り出すように視線を向ける。

 ラソリーニの策謀めいたその表情には、何か大きな狙いが隠されていることは誰の目にも明らかだった。

 

「山賊勇者は確かに危険極まりない存在にございます。されど、彼の力を利用せずにおくのは愚策かと存じます。彼が今求めておりますのは、陛下との結婚……」

 

 ラソリーニは言葉を区切り、効果を計るように間を置いた。

 

「ならば、それを条件に彼を我が方に引き入れるのは如何かと存じますが」

 

「結婚を条件に、あの山賊勇者を利用しようというのか?」

 

 エリオットの声が会議場に響き渡った。

 驚きと怒りが入り混じった声音に、大臣たちが思わず身を縮める。

 ラソリーニはその反応に満足そうに頷きながら、さらに話を続けた。

 

「御意の通りにございます、陛下。彼を我が国の盾として活用いたしますれば、魔王軍の脅威に対抗し得る戦力となりましょう。あのドルテナ要塞を一人で陥落させし勇者の力を手中に収められますれば、この国を守るための最強の切り札となるやも知れませぬ」

 

 エリオットの声には抑えきれない苛立ちが滲んでいた。

 しかし、宰相ラソリーニはその様子に微動だにせず、氷のように冷静に言葉を紡いでいく。

 

「陛下、あの無法者からの求婚をお断りになられますのは、至極当然のことにございます。されど、もし彼が執拗に求婚を繰り返し、陛下がそれを頑なにお断りになられ続けますれば、彼の逆鱗に触れ、オルレアヌにとって厄介極まりない存在となりかねませぬ……」

 

 ラソリーニは意味深な視線を投げかけた。

 

「そうなりますれば、魔王軍への対策とは別に、更なる脅威への備えを講じねばなりませぬ。されど、もし陛下が婚約をお受け入れになるという形を取られますれば、あの男はオルレアヌに対して害をなすこともございますまい」

 

 宰相の提案は現実離れしているように思え、大臣たちは一様に困惑した表情を浮かべた。

 しかし、誰も即座には反論できない。その場に漂う緊張感が、重苦しい空気をさらに濃密にしていく。

 

「それに」

 

 ラソリーニは意味ありげな微笑みを浮かべた。

 

「陛下の比類なきご美貌をもってすれば、あの男はたちまち骨抜きとなりましょう。陛下がただ婚約者としてお振る舞いになられるだけで、この難題は自ずと解決されるやも知れませぬ」

 

「断る!」

 

 エリオットは机を叩きつけるように立ち上がった。

 

「余はこれでも男なのだ。王としてこの国の君主として立つ以上はいずれ世継ぎも残さねばならぬ。なのに、あんな無法者と結婚など、考えることすらできぬ!」

 

 エリオットは激しく拒絶したが、ラソリーニはそれにも動じず、あくまで冷静に、しかし確実に追い詰めるように言葉を重ねた。

 

「それでは、陛下は勇者を懐柔なさる策を放棄なさるということでございますな。もし、そのようなご決断がなされましたならば、我々としては彼と対峙するために新たな戦力を割かざるを得ませぬ。そうなれば、それこそオルレアヌ王国滅亡への序曲となることは必定。それでもよろしいとお考えでしょうか?」

 

「ぐ……それは……」

 

 エリオットの顔が苦悩に歪む。彼は王としての尊厳と国を守るための現実の狭間で激しく揺れ動いていた。

 

「今一度申し上げさせていただきますが、勇者という強力な戦力を手放すことは愚策にございます。この場は、勇者との婚姻をお受け入れいただきたく存じます。国民の未来、そして何よりも……」

 

 ラソリーニはここで意図的に間を置く。その沈黙は、まるで毒を含んだ刃のように鋭く、場の空気を切り裂いていく。

 

「陛下の弟君、リュカ様の安寧をお守りするために……」

 

 宰相ラソリーニは恭しく頭を下げ、深々と礼をした。

 その言葉に込められた圧力に、エリオットは心中で大きな重圧を感じずにはいられなかった。

 再び弟を盾に取られたことは明白であり、彼は悔しさを必死に押し殺す。

 

(こやつはまた弟を持ち出して……卑劣なやつだ。しかし、リュカを守るためには……)

 

 エリオットは歯を食いしばりながら、重い口を開いた。

 

「……承知した。そなたの進言のとおりにしよう」

 

 渋々ながらも、エリオットは婚約を受け入れる決断を下した。

 すると、ラソリーニは満面の笑みを浮かべ、勝利を確信したように深々と頭を下げた。

 

「まことに賢明なるご決断、感謝申し上げます」

 

 ラソリーニは満足げに頷いた。

 

「では、今後の段取りについてご説明申し上げます。まずは枢密院会議を開き、勇者との交渉条件を細部に至るまで詰めさせていただく所存でございます。その上で、ドルテナの勇者のもとへ正式な招待状を送らせていただきとうございます。王城の来賓としてお招きし、婚約に向けた話し合いを始めさせていただきたく」

 

 

「……そうだな。わかった。それまでの間、今までどおりに過ごそう」

 

 エリオットの声は、すでに疲れ切っていた。

 

「陛下、これにて我が国の長きに渡り抱えておりました難題が、ようやく解決の糸口を見出せそうでございますな」

 

 ラソリーニの表情には、策略が成功した者特有の慢心が浮かんでいた。

 

「それでは、次なる議題に移らせていただきとうございます。本年度の国家予算の配分につきまして議論を重ねたく存じますが、こちらは宰相と大臣たちのみにて執り行わせていただきます。恐れ多くも陛下には、ここにてご退席を賜りたく」

 

「……承知した」

 

 エリオットは、ラソリーニと大臣たちがこの国の財産を私利私欲のために浪費していることを薄々感じていた。

 しかし、もはや何も言い返すことはできない。

 彼はただの傀儡でしかないのだ。権力を持っているようで、実際には無力な存在——

 

 その現実が、彼の心を深く抉っていった。

 重いため息とともに、エリオットは議場を後にした。

 その背中には、王としての威厳よりも、一人の少年としての悲しみが色濃く滲んでいた。

 

 

♦

 

 自室に戻ったエリオットは、深いため息とともに豪奢な寝台に身を沈めた。

 金糸で織り込まれた天蓋が、月の光を受けて淡く輝いている。

 水晶のシャンデリアが放つ柔らかな光が、部屋全体を優しく包み込んでいた。

 しかし、天井に施された精緻な装飾画も、今の彼の目には重苦しい桎梏としか映らない。

 

 まるで、この部屋全体が彼を束縛する檻のようだった。

 ラソリーニの提案が、毒を含んだ蛇のように、彼の思考の中をとぐろを巻いて這い回る。

 

(余は本当にこの道を選ぶべきなのか? あの男、『山賊勇者権蔵』との婚姻……それで本当に国を守り得るというのか?)

 

 国を守り、弟を守るため――そのために押し付けられた選択肢。

 しかし、その選択は、王としての矜持を根こそぎ奪い、無法者と契りを交わすという屈辱的な道筋に他ならなかった。

 

 エリオットは長い睫毛を伏せ、渦巻く思考から逃れようとする。

 だが、心の深淵に潜む疑念は、影のように執拗に彼につきまとう。

 

(山賊勇者……あやつはただの無法者ではないか。なぜ余に近づいてきた? なぜ結婚などと……)

 

 最初の邂逅を思い返す。

 月光を背に窓から現れ、まるで昔話の英雄のように堂々と求婚するという、常軌を逸した行動。

 本来なら、正式な謁見を願い出て、礼を尽くすべきところを。

 

 だが、勇者はそういった因習など眼中にないかのように、ただ真っ直ぐに自身の想いを突きつけてきた。

 その無礼極まりない態度に、エリオットは憤りを覚えながらも、どこか心惹かれるものを感じていた。

 

(あの瞳……不思議と敵意も害心も感じられなかった。そうだ、まるで……無垢な子供のような……)

 

 その記憶が蘇るたび、エリオットは一層深く目を閉ざした。

 

(なぜ勇者の力を持ちながら、魔王討伐の道を選ばず、山賊として自由気ままに生きているのか……)

 

 

 答えの出ない疑問が頭の中を埋め尽くす。

 思考の重みは次第に深い霧となって意識を包み込み、エリオットの瞼は徐々に重くなっていった。

 現実と夢の境界が曖昧になる中で、彼の意識は静かに深い眠りの淵へと沈んでいく。

 

 

 

 夢の中、エリオットは果てしない草原に佇んでいた。

 頭上には群青の空が広がり、白銀の雲が悠々と流れていく。

 野花の香りを含んだ風が、彼の金の髪を優しく揺らす。

 遥か彼方では山脈が連なり、その稜線は空と大地の境界を鮮やかに描き出していた。

 遠くから聞こえる鳥のさえずりは、まるで自由を謳う歌のよう。

 この広大な世界が、まるで両腕を広げて彼を歓迎しているかのようだった。

 

 ふと目の前に、一つの影が現れる。

 逆光に浮かび上がったその姿は、紛れもなく山賊勇者・権蔵だった。

 彼は満面の笑みを浮かべ、その大きな手をエリオットへと差し伸べる。

 

「げへへへへ、すごいじゃろ? 広いじゃろ? これが世界というものじゃ。さあ、わしについてこい!」

 

 権蔵の声は、まるで大地そのものから響き渡るかのように力強く、そして温かい。

 エリオットは一瞬の躊躇いの後、その手を取ることを選んだ。

 

 掌から伝わる温もりは、不思議なほど心地よく、どこか懐かしい安心感すら覚える。

 二人は広大な大地を駆け抜け、未知の土地を巡り、様々な人々と出会う。

 

 街や村、山や川、森や海――見知らぬ景色が次々と彼らの前に広がっていく。

 それは、城壁の中では決して味わえない、自由な世界との出会いだった。

 

「……知らなかった……世界はこんなにも広くて……素敵な場所だったのだな……」

 

 その言葉は、まるで深い井戸から湧き出る清水のように、自然と彼の口をついて出た。

 エリオットの唇に、かすかな微笑みが浮かぶ。

 現実の重圧も、心の迷いも、すべてが夢の中で溶けていき、穏やかな幸福感だけが彼を包み込んでいく。

 

 その瞬間、エリオットは生まれて初めて、心の底から安らぎを覚えた。

 そのまま、彼の意識は深い眠りの中へと静かに沈んでいった。

 

 

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