美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
オルレアヌ王国の王城、謁見の間。
純白の大理石の柱が神殿のようにそびえ立ち、鏡のような床には歴代王家の紋章が黄金に輝く。
高い天井のフレスコ画には、英雄たちの物語や王国の歴史が鮮やかに描かれていた。
この神聖な場所では、戴冠式や和平の誓い、王家の婚礼など、数々の歴史的儀式が執り行われてきた。
この日もステンドグラスから柔らかな陽光が差し込み、アイリスの紋章を照らしている。
しかし、空気は氷のように張り詰め、貴族たちは固唾を飲んで、玉座へと進む一人の男を見つめていた。
その男の名は、権蔵。
自らを『勇者』と称する、規格外の存在。
身に纏うは、彼が常に「普段着」と称する、およそ儀礼とは無縁の代物。
汗と油の染み込んだ袖なしの布シャツからは、たるんだ二の腕が覗き、ズボンに至っては、いつどこで破れたのか無数の継ぎ接ぎが当てられ、もはやパッチワークの様相を呈している。
背中に羽織った赤いマントだけが、かろうじて彼の『勇者』らしさを主張しているが、それすらも使い古されて色褪せ、所々に不審な染みが残り、英雄の証というよりは、むしろ戦場の遺物のようだ。
念入りな洗濯の跡は窺えるものの、その出で立ちは、高貴な者たちが集う王宮にはあまりにも場違い。
まるで嵐そのものが、悪戯に人型をとって、この神聖な空間に迷い込んだかのようだった。
しかし、その熊かと見紛う肥満体の巨躯からは、見た目のだらしなさとは裏腹に、説明し難い、原始的なまでの威圧感が滲み出ている。
一歩、また一歩と深紅の絨毯を踏みしめるたび、磨き上げられた大理石の床が、彼の体重に悲鳴を上げるように、ミシリ、と軋む音を立てる。
(……ふぅっ、いかんいかん。この異世界で好き放題やってる無頼のわしでも、さすがにこの場所は、ちーっとばかしキンチョーするわい。そもそも、わしは昔から、こういう堅苦しい式典ってやつが大の苦手なんじゃよなぁ……落ち着かんわい)
内心の動揺を隠すかのように、権蔵は必要以上に胸を張り、尊大な態度で、しかし確かな足取りで玉座へと歩を進めていく。
玉座の間の最奥。
一段高くなった壇上には、若き王が静かに座っていた。
エリオット・フォン・リーフェンシュタール。
降り注ぐ陽光を浴びて、天使の輪のようにきらめく長い金髪。
雪を溶かして固めたかのような、透き通る陶器の白い肌。
そして、まるで最高神が精魂込めて作り上げたかのような、完璧すぎるほどに整った顔立ち。
まだ十二歳という、あどけなさの残る年齢にもかかわらず、その蒼穹を映したかのような深き瞳には、とても子供のものとは思えぬ深い叡智と、そして、王たる者にのみ宿る、抗いがたいほどの孤独な威厳が静かに湛えられている。
権蔵は、その吸い込まれそうなほどに美しい瞳から、一瞬たりとも視線を逸らさなかった。
歩みを止めることなく、ただ真っ直ぐに、玉座に座る少年王を見据えた。
王もまた、微動だにせず、ただ静かに、権蔵の接近を見つめ返していた。
その表情は、精巧に作られた純白の仮面のように、一切の感情をうかがわせない。
(ぐふふ……ぐふふふふ……! ようやく……! ようやくこの日を迎えることができたわい! ついに……ついに、このわしが、あの天使のように可憐で、神々しいまでに美しい少年王を、わしの『嫁』として迎え入れる、この輝かしい、栄光の日が……!)
権蔵の胸の内で、抑えきれない歓喜がマグマのように膨れ上がっていく。
夢にまで見た光景が、今、現実となって、この目の前に広がっているのだ。
そう、今日、この日。
権蔵は、数多の障害を乗り越え、ついに、このエリオット王と正式に婚約を結ぶため、こうして王との謁見に臨んでいた。
周囲を取り囲む貴族や騎士たちは、その異様な光景――国を救った元山賊の英雄と、神聖なる若き王との謁見――を、固唾を呑んで見守っている。
一国の王と、謎に満ちた過去を持つ粗野な勇者。
この場に立ち会う誰もが、この歴史的な瞬間とその後の展開に、期待と不安の入り混じった視線を向けていた。
(それにしても、なんじゃこのジロジロとした視線は。気取った貴族どもめ、昨夜の晩餐会といい、今日といい、揃いも揃ってわしを睨みつけおってからに。やっぱ、わしのような生まれも育ちもド平民には、こういう礼儀作法にだけうるさい、頭でっかちのお貴族さまが多い場所は、どーにも居心地が悪ぅてかなわんわい)
権蔵は内心で毒づきながら、玉座へと続く深紅の絨毯を不機嫌そうに踏みしめる。
(まあ、無理もないか。このわしは、奴らにとっちゃあ、疫病神そのものじゃろうからのう)
「勇者」としてこのオルレアヌ王国に召喚され、魔王に対抗する切り札として期待されたのは、もう三年も昔の話だ。
だが、権蔵はその重責からあっさりと逃亡。
以来、赤毛の美少年カイトを連れて諸国を放浪し、気ままな漫遊の日々。
挙げ句の果てには、王国の北方を守るはずのドルテナ要塞を、こともあろうに乗っ取り、そこを拠点にやりたい放題。
近隣の貴族領から金品を奪い、商人を脅し、さらには労働力である奴隷を「解放」するなど、悪逆の限りを尽くしてきた。
その規格外の戦闘能力と、常軌を逸した傍若無人な振る舞いから、いつしか『山賊勇者』という、不名誉極まりない二つ名 で呼ばれ、王国中の貴族や富裕層からは忌み嫌われ、恐れられる存在となっていたのだ。
そんな男が、今や国の英雄として、この神聖な謁見の間に立っている。
彼らが苦虫を噛み潰したような顔で権蔵を睨むのも、当然であった。
(ふふん、まあよい。無事に結婚できたら、さっさとこんな息苦しい城からはおさらばじゃ。わしの愛の城、ドルテナにエリオットきゅんを連れ帰り、二人きりで……いや、他の子羊たちも交えて、のんびりと、それはもう甘く蕩(とろ)けるような、愛の巣を築くのも悪うないかもしれんな……ぐへへ……)
権蔵がそんな、いささか現実逃避気味の皮算用を頭の中で繰り広げているうちに、彼は玉座へと続く階段の前まで辿り着いていた。
権蔵と共にこの場に到着した、彼の忠実なる配下であるグレイとカイトは、主人のすぐ後ろに音もなく控えている。
一方、一行をここまで先導してきたジュリアンと、その姉であるシャルロットは、玉座の前に進み出ると、貴族としての作法に則り、恭しく片膝をついた。
「エリオット陛下。勇者権蔵様、並びに従者の方々をお連れいたしました」
シャルロットが、凛とした声で告げる。
「うむ、シャルロット。北方での獅子奮迅の活躍、見事であった。大儀である。…………そして、ジュリアン」
エリオットは、姉の後ろに控えるジュリアンへと、穏やかだが力強い視線を移す。
「そなたが城を離れ、その安否すら定かではなかった間、余がどれほど心を砕いていたか……。よくぞ、無事に、こうして再び余の前に顔を見せてくれた。本当によくぞ……」
わずかに声に熱がこもる。
「そなたは、余がまだ物心つかぬ頃より、時には頼れる兄として、時には唯一心を許せる友として、常にこの傍に寄り添ってくれた、かけがえのない存在だ。……そのそなたの無事を、今こうして目の当たりにできる。これ以上の喜びはない。これからも、その忠誠と熱意をもって、姉と共に、この危機にあるオルレアヌ王国のために尽くしてくれると信じている。頼りにしているぞ、ジュリアン」
誰よりも敬愛し、守りたいと願う若き王からの、予想だにしなかった温かい言葉、そして揺るぎない信頼の眼差し。
それは、張り詰めていたジュリアンの心を、一瞬にして溶かす春の陽光のようだった。
脳裏に、万華鏡のように鮮やかに蘇るのは、今は昔、公爵家の嫡男としての重圧の中にも確かにあった、輝ける幼き日々。
王城の庭園 で泥まみれになって共に駆け回り、夜には秘密の窓辺で、満天の星々を無心に眺めながら、他愛ない夢を語り合った、かけがえのない記憶……。
込み上げる熱い思いに、抑えきれなくなった大粒の涙が、ぽろり、ぽろりと彼の白い頬を伝い落ちた。
「は……はいっ……! あ、ありがたき、お言葉……っ! このジュリアン、陛下のその温かいお言葉、この胸にある限り、この身、如何なる苦難にも耐えられましょう……! こうして再び、陛下の御前に戻れたこと、このジュリアンにとって、この上なき幸せに存じます……っ!」
声を震わせながら、ジュリアンは床に額をこすりつけんばかりに深く頭を下げた。
その忠誠心に満ちた姿に、エリオットは慈愛に満ちた、神々しいまでの微笑みを浮かべて、小さく頷く。
(うぐぅっ……! 笑った顔も、破壊力抜群じゃのお……! あの顔面だけで国の一つや二つ、余裕で滅ぼせるレベルじゃわい! 顔面偏差値? 測定不能じゃろ、こんなもん! わし、結構美少年にはうるさい方じゃと思うとるが、ここまで完璧なのは初めてじゃぞ……! こりゃあもう、『歩く国宝』、いや、『世界遺産級美少年』じゃな! ……よし、決定! 世界征服したら、真っ先にエリオットきゅんを世界遺産に登録して、わしが独占管理する!)
権蔵は、エリオットの神々しいまでの美貌に感嘆しながらも、正直な自身の欲望に従い、股間を僅かにもっこりとさせて、そんな不敬極まりないことを考えていた。
「おい、権蔵! 貴様、陛下を前にして何をしている! 頭が高いぞ! 早くこちらへ来て、陛下に膝をつけ!」
ジュリアンが、涙を拭いながらも鋭い視線で権蔵を睨みつけ、叱咤する。
だが、権蔵はそれに倣うどころか、その場でふんぞり返るように立ち止まり、腰に手を当てて仁王立つと、玉座の王に向かって、ニヤリと不遜な笑みを浮かべてみせた。
「おーうおう、久しぶりじゃねえか。――エリオット『きゅん』よぉ」
権蔵の、まるで近所の子供にでも声をかけるかのような、あまりにも不敬極まりない呼びかけ。
その瞬間、謁見の間にいた貴族や騎士たちが、ぎょっとして息を呑む音が聞こえた。
すぐに、ざわざわとした囁き声と、明確な非難の視線が権蔵へと突き刺さる。
しかし、権蔵はそんな周囲の反応など、まるで意に介さない。
「き、貴様っ!! 何様のつもりでいるかっ!? 王陛下の御前であるぞ! その無礼、万死に値する!! 控えよっ!」
玉座のすぐ脇に控えていた、金糸で飾られた壮麗な鎧を纏う護衛騎士の筆頭格が、顔を怒りで真っ赤に染め上げ、震える声で怒声を上げた。
抜き身の剣に手をかけ、今にも権蔵に斬りかからんばかりの剣幕だ。
だが、権蔵はそんな騎士の怒りなど、まるで意に介さない。
むしろ、鬱陶しげに顔をしかめると、腹の底から、地響きのような怒声を叩きつけた。
「うるさいんじゃ、ボケッ!!!!!」
ゴォンッ!! と、声そのものが物理的な衝撃波となって、護衛騎士を襲う。
「ひ……っ!?」
護衛騎士は、その常軌を逸した威圧感に白目を剥き、まるで全身の骨を抜かれたかのように、がくりと膝をつき、そのままその場にへたり込んでしまった。
他の護衛騎士や、壁際にいた貴族たちの中にも、蒼白になって後ずさる者、見苦しく腰を抜かして尻餅をつく者、果ては小さく悲鳴を上げて失神しかける貴婦人までいる始末だ。
権蔵がただ一喝しただけで、王国の誇るべき臣下たちは、赤子同然の無力さを露呈している。
「ご、権蔵様、いけません! お静かに、どうか、お静かになさってくださいまし!」
「き、貴様! 陛下との神聖なる謁見の場であるぞ! 狼藉を働く気かっ!? いかに貴様に功績があったとはいえ、これ以上の無礼は、たとえ勇者といえども許されんぞ!!」
慌てたシャルロットとジュリアンが、左右から権蔵の太い腕に必死に掴みかかり、羽交い締めにしようと試みる。
「んん? なんじゃ騒々しい。わしはただ、可愛いエリオットきゅんに挨拶しとるだけじゃろうが。本当なら、熱い抱擁の一つや二つ、交わしてもよかろうが、さすがに人の目もあるからのう。わしも我慢しとるんじゃぞ?」
権蔵は悪びれもせず、むしろ恩着せがましく胸を張る。
その常識外れの発言に、シャルロットとジュリアンは絶句し、周囲の貴族たちは恐怖と呆れに顔を引きつらせた。
「わ、わ!? 皆さん、怖い顔をしてどうしたんですかー? 落ち着いてください。ご主人さまはみんなを楽しませようとして冗談を言ってるだけなんですよぉ? ねー?」
カイトが、慌てて口を挟むが、もはや誰も反応する余裕はない。
この場に集まった王国騎士団の精鋭たちが、じりじりと、しかし決死の覚悟で権蔵を取り囲み、謁見の間の緊迫した空気が、今まさに一触即発の、破裂寸前まで高まった、その時だった。
「こほん」と小さく、しかし広間全体に凛として響き渡る咳払いが、全ての動きを止めた。
玉座に座るエリオットが、静かにその場を制したのだ。
「――よい。皆、そこまでにして下がれ」
若く、まだ少年と言っていい、か細さすら感じさせる声。
しかし、その声には、血筋と、そして彼自身が持つ資質によるものか、誰も逆らうことのできぬ『王』としての威光が確かに宿っていた。
その一言で、先ほどまで殺気立って権蔵を取り囲もうとしていた臣下たちは、まるで王の言葉という見えざる力に弾かれたかのように、しかし乱れることなく整然と、元の位置へと静かに戻っていく。
「改めて、公式の場では初めまして、だな。勇者、権蔵とやら」
エリオットは、先ほどの混乱などまるで存在しなかったかのように、僅かな動揺の色すら見せず、ガラス玉のように澄んだ瞳で、真っ直ぐに権蔵を見据えて告げた。
「余が、オルレアヌ王国、国王のエリオット・フォン・リーフェンシュタールである。まずは、北方の脅威であった獣王グリムフを打ち倒し、レシア地方に平和をもたらしたこと、国王として、そなたの功績に深く感謝する」
「おう、そんなこと、この最強勇者であるわしにかかれば朝飯前ってもんよ」
権蔵はふんぞり返り、鷹揚に手を振る。
「それより王様、ちと聞きたいんじゃが……この前、わしがお忍びで、おぬしの寝室に夜這い……いやいや、ちと顔を見に挨拶に押しかけた時は、悪かったのう。さぞかし驚いたことじゃろうな? まあ、そんな些細なこと、今となってはもうどうでもええか。何せ、わしとエリオットきゅんは、そんなことでわだかまりができるような、薄っぺらい関係では、もはやないからのう! もう、魂で結ばれたズッ友、いや、それ以上の、身も心も許し合った『親密』な関係と言っても、決して過言ではないんじゃないか? げっへっへ……」
「……うむ、そうだな。しかし、余とそなたが、こうして直接言葉を交わしたのは、これでようやく二度目のはずだが……それを『親密』と断じるのは、まだ些か時期尚早というものであろう。……まあ、よい」
彼は、王としての威厳を保つためか、あるいは内心の不快感を押し殺すためか、小さく、ほとんど聞き取れないほどの息をつくと、淡々と言葉を続けた。
「このオルレアヌが、未だ魔王軍の脅威に晒されている現状において、どうしてもそなたの、その規格外の『力』が必要であることは紛れもない事実だ。……よって、そなたがこれまで繰り返してきた数々の無礼な言動、不敬な行動については、その功績に免じ、今回に限り、不問としよう」
エリオットは、決して悪びれる様子もなく、むしろそれが王としての当然の裁定であるかのように、堂々と言い放った。
(ほーん、なるほど。『不問としよう』、ときますか。ふふん、なかなかどうして、あの天使のような可愛らしい顔に似合わず、いっぱしの王様らしい、肝の据わった物言いをするではないか。わしを利用しようという魂胆は見え透いておるが、その上でこのふてぶてしいまでの態度……ふふ、小生意気なところがまた良い! 実に、実にわし好みじゃわい!)
権蔵が内心で、その生意気な美少年王を嗜虐的な笑みを浮かべて評価し、ほくそ笑んだ、まさにその時だった。
エリオットのすぐ隣に控えていた、痩身で、剃刀のような鋭い知性を瞳の奥に宿す男――宰相ラソリーニが、恭しく一歩前に進み出た。
その表情は穏やかで柔和に見えるが、長年宮廷の権謀術数を生き抜いてきた者特有の、底知れぬ老獪さが漂っている。
彼は、権蔵に向かって、丁寧すぎるほどに深々と頭を垂れた。
「勇者様。先ほどの陛下の御言葉、若輩ゆえの至らなさ、些か配慮に欠けたやもしれませぬな。どうか、お許しいただきたい。我らが王は、まだご経験も浅く、時に物事を真っ直ぐに捉えすぎる純粋さをお持ちでしてな。決して勇者様を軽んじているなどという他意は、毛頭ございませぬゆえ、どうかその御心の広さをもって、お納めいただけますまいか」
彼は、言葉巧みに王の若さを免罪符にしつつ、暗に権蔵の度量を試すかのような言い方をする。
「貴殿の比類なき武勇は、今、危機にあるこのオルレアヌにとって、まさに必要不可欠なもの。国王陛下も、そしてこの老骨も、貴殿を頼りにしておりますぞ」
老獪な狐のように目を細め、彼は計算された丁寧さで、権蔵の自尊心を巧みにくすぐる。
「ん? ああ、別に気にしておらんよ、じーさん。言ったじゃろ、わしは心が海よりも広い、寛大な男じゃ、と」
権蔵は、ラソリーニのその見え透いた世辞と演技など、まるで道端の小石でも蹴るかのように、全く意に介さない様子で、鷹揚に手を振る。
そして、まるで今日の天気は晴れか雨かを尋ねるかのように、悪びれもせず、邪気のないにこやかな満面の笑みのまま、核心を突く質問を、さらりと言い放った。
「それよりもじゃ。――いつになったら、このわしと、可愛い可愛いエリオットきゅんは、晴れて、めでたく、『結婚』できるんじゃ?」
その、謁見の神聖な儀礼も、場の空気も、何もかもを完全に無視した、あまりにもストレートな言葉が放たれた瞬間、三度、謁見の間に、水を打ったような、完全な静寂が支配した。
居並ぶ貴族たちは文字通り息を呑み、大臣たちは顔面蒼白を通り越して土気色になり、そして――玉座の上の若き王、エリオットは、その完璧なまでに作り上げられた仮面のような無表情を、ほんの一瞬だけ凍りつかせた。
「……け、けけ、結婚……? えっ……? な、なにを……だ、誰と……?」
最初にその重すぎる静寂を破ったのは、権蔵の腕にしがみついていたジュリアンだった。
彼は、あまりの衝撃にがくんと膝から崩れ落ち、焦点の合わない瞳を虚空に彷徨わせながら、壊れたぜんまい仕掛けの人形のように、意味のない言葉をぶつぶつと繰り返している。
「え……? け、結婚ですって……!? 権蔵様と、陛下が……? で、でも、あの、その、お二人とも、男性同士ですのに……そ、そんな、神をも恐れぬことが、本当に……ま、まさか……ええっ!?」
シャルロットもまた、信じられないといった風に、美しい紫紺の瞳を限界まで大きく見開き、権蔵と玉座のエリオットを、首がもげそうな勢いで交互に見比べている。
貴族たちの間から驚愕の声が漏れ、やがて不安と混乱の波紋が広間全体に広がっていく。
高価な絹の衣擦れと、動揺した吐息が交錯する中、宰相ラソリーニが一歩前へ進み出た。
彼は両手を広げ、場を静めようと胸の底から声を絞り出す。
「皆の者、静粛に! 本日、王国にとって重大かつ喜ばしき発表がある」
宰相は口許に浮かぶ不自然な微笑みを保ちながら続けた。
「この度、エリオット陛下は—オルレアヌの救世主たる勇者権蔵様と、正式に婚約の儀を執り行うことと相成りました」
その宣言は、静謐な湖面を割る隕石のごとく、謁見の間に衝撃の波を走らせる。
貴族たちの表情から色が失せ、広間の空気そのものが凍りついたかのようだ。
それはもはや動揺という生やさしいものではなく、王国の根幹を揺るがす、絶望の予感だった。
「な、なんと言われた…?」
「陛下が…あの山賊崩れの男と…婚約?」
「冗談にしては度が過ぎる…これは夢か幻か…」
「なぜ他ならぬあのような下品極まりない無法者を…!」
「陛下はご乱心なされたのでは…!」
「男同士の婚姻など前代未聞…神の怒りを買うだけだ!」
非難、困惑、恐怖が入り混じった声が、次々と波のように押し寄せる。
広間全体が感情の渦に飲み込まれていく中―――
「―――あ゛ぁああああああああーーーーーーッッ!!!」
理性が焼き切れたかのような、獣じみた、ほとんど人間のものではないかのような絶叫が、謁見の間の空気をビリビリと引き裂いた。
声の主は、先ほどまで床に崩れていたジュリアンだった。
彼は顔面蒼白を通り越し、もはや土気色になった顔で、瞳孔を限界まで開ききっている。
その細い首が、まるで壊れたブリキのおもちゃのように、ぎくしゃく、ぎくしゃくと不自然に揺れ動き、やがて――。
「あ、ありえなーーーーーーーーーいッ!!! そんなこと、絶対にあってはならないんだぁああああああ!!!」
金切り声が広間を震わせ、彼はその場に仰向けに崩れ落ちた。
まるで天に訴えかけるかのように両腕を振り上げ、乱れた髪を床に擦りつけながら、貴族の威厳も何もかも忘れ去ったように足をばたつかせる。
「いやだいやだいやだーーーっ! 美しくて聡明で慈悲深くて天使のようなエリオット陛下があんなやつと……美しい婦女子ならまだしも、よりによってあんな汚らわしいハゲデブおっさんと結婚なんて、絶対にいやだーーーっ! 誰か、誰か嘘だと言ってくれーーーっ!! うわぁあああああん! わーんわーん!!」
もはや彼の知性は完全に溶解し、感情の濁流に飲み込まれてしまったようだ。
敬愛する主君の、信じがたい、そして受け入れがたい婚約の報せは、生真面目で純粋な彼の理性を、いとも容易く粉々に打ち砕いてしまったのである。
「ジュ、ジュリアン!? お、落ち着きなさい! なんてみっともない姿を陛下にお見せするのですか!」
「坊ちゃま! お気を確かに! ここは陛下の御前ですぞ! 我々騎士の誇りを思い出してください!」
シャルロットと騎士団長たちが慌てて駆け寄るが、ジュリアンは「触るなーっ! これは悪夢に決まっているーっ!」と彼らの手を振り払い、絨毯の上で身をよじる。
その姿は、威厳ある貴族の息子ではなく、欲しいものを与えられなかった子供そのもの。
謁見の間は再び、先ほどとは質の違う、奇妙で、そして気まずい静寂に包まれた。
居並ぶ王国の重鎮たちが、このあまりの光景に言葉を失い、ただただ呆然と見守る中、権蔵だけが、まるで極上の喜劇でも観劇しているかのように、ふん、と満足げに、そして豪快に鼻を鳴らした。
(くひひ……! いいぞ、いいぞ、ジュリアン! もっと乱れるがいい! あの、いつもわしを見下しておる高慢ちきな美少年が、体面も外聞もかなぐり捨てて、赤子のように感情を爆発させてもだえ苦しむ……ああ、なんという甘美な光景じゃ! これだから美少年いじりはやめられん! この屈辱に歪む美貌! 悔しさで流れる涙! この極上の反応、今夜の酒が、また一段と旨くなりそうじゃわい!)
そして、その権蔵の少し離れた場所では、グレイが手で口元を隠し、必死に笑いを堪えているのか、その肩が小刻みに震えている。
一方のカイトに至っては、もう我慢の限界を超えたのか、床に突っ伏して腹を抱え、肩をヒクヒクと震わせている。
少年騎士の、期待以上の、実に愉快な展開を心ゆくまで満喫しているようだった。
床で暴れていたジュリアンは、ようやくシャルロットと騎士団長たち数人に取り押さえられ、半ば引きずられるようにして壁際へと連れていかれた。
彼はなおも悔し涙に濡れた顔で、「離せ! あの男を止めろ!」と虚しく叫びながら、憎悪に燃える瞳で権蔵を睨みつけている。
だが、もはや彼にできることは何もなかった。
「……ふぅ。やれやれ、ようやく静かになったわい」
ひとしきりジュリアンの醜態を楽しんだ権蔵は、満足げに息をつくと、改めて玉座の上のエリオットへと向き直った。
その顔には、先ほどまでの騒動などまるでなかったかのように、下品で自信満々な笑みが浮かんでいる。
「げへへへ、エリオットきゅんよ、ちと騒がしいことになってしもうたが、まあ、ええわい。座興じゃ、座興。それよりもじゃ」
権蔵は一歩前に進み出ると、そのぎらつくような瞳で、真っ直ぐに少年王を見据えた。
「改めて言わせてもらうぞい。わしは、そなたが気に入った。心底、惚れた! だから、わしと結婚しようぞ!」
その、あまりにも単刀直入で、何の飾り気もない、しかし有無を言わせぬ力強さを伴った求婚の言葉。
謁見の間に、再び緊張したどよめきが走る。
「げへへ、思い出すのう。あの夜、わしがこっそり城に忍び込んで、そなたの寝室で初めて顔を合わせた時のことを。あの時も、わしはこうしてプロポーズしたわけじゃが……残念ながら、おぬしの口からは、まだ直接、わしの熱烈な求婚に対する『答え』をもらっておらんからのう。さあ、聞かせてくれ。このわしを夫として迎え入れる、おぬしの偽らざる気持ちを!」
権蔵は芝居がかった仕草で、恭しく胸に手を当てる。
「まあ、もっとも、聞くまでもないことかもしれんがのう。だっておぬし、本当は、このわしにベタ惚れなんじゃろ? 初めて会った時から、このわしの魅力にメロメロなんじゃろ? よいよい、恥ずかしがらんでも。わしにはちゃーんと、お見通しなんじゃからな!」
権蔵は、実に満足げに、うんうんと一人で頷きながら、玉座に座るエリオットに、ずいっと遠慮なく近づいていく。
その瞳には、疑うことを知らない絶対的な自信と、相手を絡め取ろうとするかのような粘着質な光が宿っていた。
そのあまりにも不遜で無遠慮な物言いに、再び貴族の中から「無礼者!」「陛下に対してなんと不敬な……!」「誰か、あの男を止めんか!」といった激しい非難の声が上がる。
護衛騎士たちも、今度こそはと剣の柄に手をかけ、殺気立つ。
だが、当のエリオット本人は、そんな周囲の喧騒などまるで意に介さないかのように、ただ静かに目を閉じているだけだった。
その白い頬は、ほんのりと赤みを帯びているようにも見えるが、それが怒りなのか、羞恥なのか、あるいは別の感情なのかは、誰にも分からない。
「さあてと、そうと決まれば善は急げじゃ! まずは婚約の証じゃ! 今この場で、熱ーい、蜜のようにとろけるようなチューをかわそうではないか! なあ、エリオットきゅん! ぐへへ、チュー、ちゅーじゃ!」
権蔵は、まるで貪欲な深海生物のように分厚い唇をいやらしく突き出し、今にも玉座の少年王に飛びかからんばかりの勢いで迫る。
その、もはや王に対する不敬どころか、ありとあらゆる常識や道徳を打ち砕く行為に、ついに貴族たちの忍耐の糸は切れた。
「「「許さん!!」」」という怒りの咆哮が竜の咆哮のように響き渡り、数人の血気に逸る貴族や騎士たちが、権蔵に飛びかからんと身構えた——まさにその瞬間だった。
すっ、とエリオットが静かに目を開いた。
その蒼穹の瞳からは、先ほどまでのかすかな動揺の影さえも完全に消え去り、代わりに太古の湖底のような、静謐でありながら測り知れない深さを秘めた強い意志が宿っていた。
その視線は、まるで世界に自分と権蔵しか存在しないかのように、ただ真っ直ぐに彼のみを見据えていた。
「……余の、本当の気持ちが聞きたい、と申したか……」
エリオットの声は、水晶の鐘を鳴らしたような透明さと、同時に剣の刃を思わせる冷たさを帯びていた。
「……わかった……。では、聞かせてやろう……」
エリオットは、一度だけ、深く息を吸い込んだ。
その小さな胸が、歴史の重みを背負うかのように、わずかに震えて上下する。
そして彼は、どこまでも澄み切った、一片の曇りも迷いもない眼差しで、権蔵だけを——世界で唯一彼だけを——見つめ、告げた。
「勇者よ———余は、今は、そなたと結婚することは、断じて、できぬ」