美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
夜の闇を縫うように、冷たい雨が窓ガラスを叩いている。
しとしと、という優しい音ではない。
まるで幼い王の心の臓を責め立てるかのように、執拗なリズムを刻んでいた。
まるで天そのものが嗚咽しているかのような夜景から、少年王エリオットは視線を外せずにいた。
豪奢な天蓋付きのベッド、金の刺繍が施されたビロードのカーテン。
王の寝室にふさわしい豪奢な調度品の数々が、今はただ彼の孤独を際立たせる牢獄の調度のように冷たく映る。
虚ろなアクアマリンの瞳は、部屋のどこにも焦点を結ばない。
(ああ……なんだ、この、胸を内側から鷲掴みにされるような痛みは……)
浅い呼吸を繰り返すたび、肺が軋む。
酸素が足りない。まるで冷たい水の底へ、ゆっくりと沈められていくような息苦しさが、彼の全身を支配していた。
瞼の裏に焼き付いて離れない。
ほんの数時間前の、悪夢としか呼べようのない謁見の間の光景が、何度も、何度も、繰り返し脳内で再生される。
無二の友が辱められ、気高き騎士であるその姉が衆目の前で無惨に尊厳を剥がされ、敬愛する老将が虫けらのように打ち据えられるのを――自分は、あの黄金の玉座から、ただ見ていることしかできなかったのだ。
そして、あの男。
傍若無人で、野蛮で、けれど抗いがたい力を持つ『勇者』――権蔵。
ほんの少し前まで、自分の婚約者となるはずだった男。
『――この、人でなしめ!』『婚約は破棄する!』
怒りに震えながら放った自分の声が、今も耳の奥で痛々しく木霊する。
あの怒りは本物だった。
彼の非道は、断じて許容できるものではない。
だが――。
あの宣言は、本当に王として正しい判断だったのか?
あの規格外の『力』を失い、あまつさえ敵に回してしまった。
この国は、民は、一体どうなってしまう?
(王ならば、国を、民をこそ優先すべきだった。それが為政者の務め……。わかっている。頭ではわかっているのに……! 余は、たかが私情ごときで……あんな、取り返しのつかないことを……!)
「あ……ああ……っ!」
絹のシーツを握りしめ、エリオットは身を丸める。
まだ幼さの残る小さな手で、いっそ引きちぎってしまいたいとでもいうように、自身の金の髪を掻きむしった。
後悔と自己嫌悪が沸騰し、頭がおかしくなりそうだ。
もう遅い。
あの勇者は怒り狂っている。
いつ、その報復の牙がこの国に剥かれるか。
絶望が、冷たい鋼の爪となって心臓を抉る。
(余のせいで……国が、オルレアヌが……)
その時だった。
ほとんど音もなく、部屋の重厚な扉が――まるで闇が口を開けるように、ゆっくりと開いた。
「誰だっ!?」
悲鳴に近い声が漏れる。
振り返ったエリオットは、息を呑んだ。
「……っ、貴様は……ラソリーニ……!」
そこに立っていたのは、影そのものが人の形をとったかのような、黒いローブ姿の男。
オルレアヌ王国宰相、ラソリーニだった。
「夜分に失礼いたします、陛下」
ローブの闇の奥から、蛇が這うような、ねっとりとした声が響いた。
ノックもせず、許可もなく主の私室に踏み入るという不敬。
その男はしかし、悪びれる様子もなく言葉を続ける。
「――少々、お耳に入れたい儀がございますが、よろしいですかな?」
有無を言わせぬ響きだった。
背筋を駆け上る悪寒を、エリオットはかろうじて気丈な言葉の鎧で押し隠す。
「……貴様に構っている暇などない。用があるなら手短に述べよ」
「くくく……」
フードの奥で、ラソリーニの唇が歪んだのがわかった。
「これはこれは、ご威勢がよろしいようで。しかしながら、あの謁見でのご様子……王にあるまじき激情に身を任せ、千載一遇の好機を水泡に帰せしめたばかりか、国で唯一の切り札を敵に回してしまわれた御方が、そのように強気でいらっしゃるとは。いやはや、このラソリーニ、感服いたしましたぞ。その『蛮勇』には」
粘つくような嘲笑が、エリオットの心をじわじわと蝕んでいく。
(やはり、この男は……人の皮を被った悪魔だ)
その声も、その仕草も、人間という生き物の形を借りた、何か別の、おぞましい存在のものに思えた。
人間らしい温かさなど微塵もない。
底知れない悪意だけが、その影のような輪郭から滲み出ている。
「実に残念なことになりましたな、陛下。我が国は魔王軍に対抗しうる唯一の力を失いました。防壁たる隣国スパニアが、今まさに魔王軍の蹄に蹂躙されております。次がどこかなど、赤子でもわかりましょう。その時、陛下には、一体どのような聖断がおできになるので?」
「くっ、それは……」
言葉に詰まる。
(父上ならば……。あの偉大だった父上ならば、この窮地ですら覆してみせただろうに……。だが、父上はもう……)
その事実を認めることは、自らの無力さを認めることと同義だった。
唇を噛みしめるエリオットの脳裏で、思考だけが空回りする。
「ふむ。お答えに窮しておられる。それは、何の策もお持ちでないということ。……やはり、陛下には王の器はあまりに重すぎたようですな。全くもって、お労しい」
憐れむような口調に、隠しきれない侮蔑が滲む。
「以前も申し上げたはずです。陛下の御代では、この国は立ち行かぬ、と。だからこそ、このラソリーニがお支えし、導いて差し上げると。……ただ、黙って私の言う通りにしていればよかったものを。実に、実に愚かなご選択をなさいましたな」
一瞬、ラソリーニの纏う空気が凍った。
次の瞬間――剥き出しの憎悪を乗せた右手が、乾いた音を立ててエリオットの白い頬を穿った。
「――ッぐ…!」
パァン!という破裂音。
じんと広がる熱と痛み。口の中に広がる鉄の味。
何が起きたのか理解するよりも早く、燃えるような屈辱が全身を焼いた。
あまりの衝撃と恐怖に、声も出ない。
「まあ、よろしい。陛下の資質については、今さら論ずるまでもない。では、この私が、国を救うための唯一の道をお示しいたしましょう」
ラソリーニは、まるで虫でも払うかのように手を振ると、冷酷に言い放った。
「――まず、陛下ご自身が勇者の元へ赴き、その御前にて平伏し、
(悪魔……。この男は、本物の悪魔だ……)
全身がわななく。こんな男の言いなりになるくらいなら、死んだほうがましだ。
「ふざけるなッ! そのようなこと、断じて……!」
「おや?」
再び、ラソリーニの手が閃いた。
今度は逆の頬を、さらに強く打たれる。
「これは、国を危うくされた愚かなる王への、宰相からの忠告であり、絶対の命令にございますぞ? 勇者の機嫌一つ取れぬ者に、どうしてこの王国が守れますか。それすらお出来にならぬのであれば……陛下に玉座に座る資格など、もはやありませぬな」
権力の歪んだ味を知る男の目は、昏く、深く澱んでいた。
その淀みの奥で、小さな王が絶望に染まっていく様を、悦楽と共に眺めている。
「だ、だが、余はもう……婚約を、破棄したのだぞ……」
恐怖が喉を締め上げ、か細い声しか出てこない。
「ほう……まだこの私に逆らう、と。よろしい。ならば見せて差し上げましょう。陛下が否応なく、私の足元に跪くこととなる……ささやかな『魔法』を」
「な……!? まさか、魔法で人の心を操ると……! そんな非道が、許されるとでも……!」
否定したい。
けれど、この男ならば。この悪魔ならば、いかなる外道の魔法であろうと、嗤いながら行使するだろう。
その確信が、声なき絶叫となって喉を焼き、エリオットの身体から自由を奪った。
「ええ。常識では考えられぬことでしょうな。ですが陛下、この世に不可能などという言葉は、本当の意味では存在しない。……手段を選ばなければですが」
蛇が獲物を前に舌なめずりするかのように、ラソリーニは不気味な笑みをこぼす。
その手が懐を探り、滑るようにして、一つの水晶玉を取り出した。
「な、何をするつもりだ……!」
闇の中ですら、妖しい光を内包しているかのように輝く宝玉。
それはただの水晶ではない。
尋常ならざる魔力の気配が、肌を粟立たせた。
「この『写し身の宝玉』をご存知ですかな? いえ、ご存知あるまい。これは対象の姿形のみならず、その者の持つ記憶すらも映し出すという、禁忌の魔道具。……さあ、今回はこれに収められた、ある映像を、陛下にプレゼントいたしましょう」
「……いったい、余に、何を見せるというのだ……」
か細い声が、虚しく震えた。
「陛下は、実に純粋で、無垢でいらっしゃる……だからこそ、教えがいがあるというもの。では、特別にご覧にいれましょう。きっと……ええ、きっとお気に召すはずでございますぞ?」
その言葉は、悪魔が囁く呪詛そのものだった。
刹那、ラソリーニが宝玉に魔力を込めると、それは血を吸ったかのように禍々しい光を放ち始める。
部屋の空気が歪み、淡い光の粒子がスクリーンを形作る――。
そこに映し出されたのは、古びたベッドだけが置かれた、石造りの冷たい部屋。
そして、甲高い悲鳴だった。
『『ああっ! やだぁ! い、痛い!! やめろ! そのような…! お願いだから、やめてください! おねがいしますぅううっ!!』』
魂を絞り出すような絶叫が、静寂に沈む王の寝室に突き刺さる。
それはあまりにも甘美で、破滅的な旋律。
悲鳴の主は、金糸の髪を振り乱す可憐な美少年。
踊り子が纏うような薄く扇情的な衣装は無残に引き裂かれ、涙と屈辱に濡れた顔を苦痛に歪ませている。
透ける布地は、白磁の肌を、華奢な身体の曲線を、いっそ淫靡に際立たせていた。
その姿は――エリオットが何よりも慈しみ、愛する弟の面影と、あまりにも、あまりにも酷似していた。
「……リュカ……?」
声が、出ない。
世界から音が消え、ただ目の前の地獄絵図だけが、彼の網膜に焼き付いていく。
少年の細い手足は、屈強な男たちの獣のような手に押さえつけられ、まるで蝶の翅をむしるかのように、無慈悲に玩ばれている。
泣き腫らした瞳が虚空を彷徨い、助けを求めるようにか細い腕が伸ばされるが、その抵抗すらも、男たちの嗜虐心を煽るだけのようだ。
『ほれ、しっかり腰を動かせ! でねえと締め殺すぞ!』
映像の中で、下卑た笑い声をあげる男が、少年に組み付く。
獣の欲望が、剥き出しの暴力となって振り下ろされる。
少年の涙に濡れた顔が絶望に歪み、か細い声で助けを求める叫びが、鼓膜を直接引き裂くように響いた。
そしてエリオットは、見てしまった。
理解してしまった。
男の下半身から突き出す、醜く脈打つ肉の杭。
それが、少年の小さな臀部に、無慈悲に、何度も、何度も、突き立てられていく様を。
華奢な身体が、その暴力的な貫通に、魚のように跳ねる様を。
(あれは……なんだ……? なんなのだ、あの、おぞましいものは……?)
思考が停止する。
エリオットの世界が、音を立てて砕け散った。
幼い頃に見た、陽光の下で屈託なく笑う弟の記憶が、目の前の陵辱の光景に上書きされ、汚されていく。
胃の底から、熱いものがせり上がってくる。
「き、貴様らは……いったい……何を……!」
声は、もはや意味のある音にはならなかった。
ただ、恐怖と混乱が漏れ出した、獣の呻き。
なぜ。どうして。こんなことが。
愛する弟が、汚され、壊されていく。
その事実が、意識を繋ぎ止めていた最後の糸を、ぷつりと断ち切った。
映像の中の悲鳴が、エリオット自身の胸を内側から抉る刃となり、彼の心を、希望を、未来を、完膚なきまでに引き裂いて、深い深い闇の底へと引きずり込んでいった。
「ふふ、陛下は、まだ幼く、汚れ知らぬお心と御身をお持ちですから、ご存知ありませんでしょう。ご説明いたしましょう。これは『性交』と申す、人が子を得るために交わる行い。別名、性行為。そして今ご覧頂いているこの映像こそ、弟宮リュカ様の初めての『強姦』――つまり、無理やり、意思に逆らって行われる交わりの現場でございます。ご理解いただけましたかな?」
ラソリーニの声は蜜のように甘く、しかし毒を宿してエリオットの耳をじっとりと這った。
「性交……強姦……」
初めて耳にした冷酷な言葉が、エリオットの脳裏で渦を巻く。それらの意味が一つ、また一つと理解されるたび、胸の奥底まで冷たい絶望が染み込み、呼吸すら忘れさせる。
弟が穢され、辱められている……その現実が、全身を締め付け、心臓の鼓動をひとつひとつ奪っていく。
「おやおや、ずいぶん見入っておられるようで、私も安心いたしました。ご覧の通り、リュカ様はこの通り、下賤の者どもの慰み者。いかがでございます? 陛下ご自身の立場、ようやく真にご納得いただけたではございませんかな?」
映像に映るのは間違いなく、大切な弟。
その残酷な真実を突きつけるラソリーニの言葉が、エリオットの魂を容赦なく切り裂く。
悲痛な叫びは鋭い刃となって胸を抉り、怒りの炎が腹の底で灼熱に燃え盛った。
「くっ……! これほどの蛮行、決して見逃すものか! 貴様だけは……絶対、許さん!」
エリオットは震える声で叫ぶ。最愛の弟が辱められ、その痛みを目の当たりにした屈辱が、血潮となって体中を駆けていく。
「はっはっはっ、見事なご気性ですな! だが陛下、ここで私を不愉快にさせれば、リュカ様がさらにどんな扱いを受けるか……王ともあろう者、理解できぬとは申されますまい?」
ラソリーニは嘲りとともにエリオットの顎を乱暴に掴み、強引にその視線を絡め取る。
瞳の奥には、底なしの悪意と、どす黒い狂気が渦巻いていた。
男の卑劣な欲望に、エリオットの血は凍り付く。
逆らえば、どれほどの地獄が弟の身に訪れるのか。考えるだけで、体がこわばる。
「……分かった。だから、これ以上……弟には……手を出すな」
震える声で、屈辱に奥歯を噛み締めて、エリオットはそれだけを絞り出した。
ラソリーニは満足げに唇の端を吊り上げる。
「ふふふ……ようやく、ご自身の無力さをご理解いただけましたかな。よろしい。それでこそ、この国の王です。では、後日。必ず勇者殿のもとへ赴き、先ほどの不敬を詫びて、己が御身を捧げる覚悟をお伝えなさい」
「そ、それは……つまり?」
「そうです。勇者殿を籠絡するため、陛下には彼と『性交』していただくのです」
ラソリーニは残酷な笑みのまま、ひと言ひと言を棘のように投げた。
「な、なぜだ……なぜ私が、そんな……!」
エリオットの問いに返る言葉は、氷の刃のように冷たかった。
「なぜ? まだ分かりませんか。これは“命令”です。拒む選択肢は、もう、陛下には残されておりませんぞ?」
ラソリーニの微笑は消え、その視線は冷く、無慈悲にエリオットの心を圧し潰す。
その眼差しだけで、王子の意思は凍り付き、拒む権利など最初から存在していなかったことを思い知らされる。
胸に突き刺さったその現実の冷たさが、少年王エリオットを絶望の淵へと追いやっていった。
「私は……私は、一体何を信じればいいんだ……」
エリオットの声は震え、目元にはこらえきれない涙が滲む。
頼れる言葉も、支えになる希望も、今の彼には見つからない。
「信じるものなど、何もございますまい」
ラソリーニの声は、氷のように冷たく突き刺さる。
「陛下はただ、従えばよいのです。リュカ様の命を救うことだけが、陛下の存在理由。余計な思考も感情も不要――道具は、道具らしく命令に従っていればよいのですよ」
もはや、エリオットには選択肢など残されていなかった。
抗う力も、希望を抱く勇気も、すべて剥ぎ取られてしまった。
弟を救うためには、自分自身がどれほどの蔑みを受けようと、どんな辱めに沈もうと、耐えるしかない。
けれど――。
この惨めな現実を招いたのは、どこまでも弱い自分自身なのだ。
「弟のためだ」と必死に言い聞かせてはみるものの、胸の奥底で、ラソリーニの非道な要求に従うしかない、無力な自分を――エリオットは深く、深く呪うしかなかった。