※この作品はR-18です。

美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~   作:とけそうだら

5 / 64
第4話 金髪巻き毛の従騎士くん

 ドルテナ要塞――かつてオルレアヌ王国が誇る最強の騎士たちを集め、国境防衛の要として君臨していたこの巨大な砦も、今では様相が一変していた。

 巷で”反逆の牙”という異名で恐れられる盗賊団『子羊の産声』が、今やこの要塞を我が物顔で占拠している。

 かつての威厳ある城塞都市は、今や彼らの巣窟と化していた。

 

 最上階に位置する一室。

 扉には『勇者の間』と書かれた表札が、どこか場違いな雰囲気を醸し出している。

 ガチャリ、と扉が開く音と共に、酒臭い吐息を漂わせながら一人の大男が姿を現した。

 

「うぇっへっへ〜♪」

 

 間の抜けた笑い声を上げながら、男はふらふらと部屋に足を踏み入れる。

 

 そして次の瞬間――

 

 ドスン!

 

「うひゃ〜! ふぅ〜、柔らかいのぅ♪」

 

 豪快な身振りでベッドに身を投げ出した男は、まるでプールに飛び込んだかのように満足げな表情を浮かべる。

 

「ふぃ〜、今日も充実した一日だったわい。よく遊び、よく食べ、よくハメて寝る! これぞ健康な生活じゃのう♪」

 

 男の名は権蔵。

 この日本から異世界に転生して勇者を名乗る中年である。

 彼の周囲には、まるで宴会場のように様々な種類のアルコール飲料やつまみ類が所狭しと並べられている。

 グラスにはなみなみと琥珀色の液体が注がれ、その香りが部屋中に漂っていた。

 部屋の中央に鎮座する丸テーブルには、大皿が何枚も置かれている。

 その上には、宝石のように輝く色鮮やかな果物や、薄切りにされた生ハムなど、高級食材の数々が並んでいた。まるで貴族の食卓のような豪華さだ。

 

「うりゃ〜! えいや〜!」

 

 権蔵は、まるで何の悩みもない子供のように無邪気な笑みを浮かべ、鼻歌混じりに枕を抱えてベッドの上を転がり始めた。

 その姿は、世界の命運を担う勇者というよりは、ただの酔っ払いそのものだった。

 彼の周りを漂う酒の香りと、豪華な食事。

 そして、その無邪気な笑顔。

 これらが混ざり合い、この部屋は異世界の勇者の住処というよりは、どこかの無法者の住処のような雰囲気を醸し出していた。

 

「さて、明日は何をしようかのう。まずは可愛い愛妾たちのお尻を撫でまわさんといかんな。その後はお酒を飲みなおすかのう……いやいや、今日は久しぶりに盗賊団の子たちと乱交パーティーをするのもいいかもしれん。はぁ、早く王国からの報せがこんかのう」

 

 権蔵は独り言を言いながら、明日の予定について思案を巡らせる。

 彼は性欲旺盛な性格であり、毎晩のように美少年たちを侍らせて楽しんでいるのだが、ここ数週間はグレイの助言通り、オルレアヌ王国からの使者を大人しく待つ日々が続いていた。

 

「あーあ、待つだけっていうのは辛いのお。そうじゃ、いっそこっちから乗り込んで王様にデートのお誘いでもしてみるか? それともわしがそのまま国を乗っ取って、わしだけの『真性ショタコン帝国』でも作ってしまおうかのぉ。ぐぉふぉふぉふぉふぉ」

 

などと想像しているだけで、股間が少し反応してしまう。

 

 ドルテナを占領してからというもの、権蔵の生活習慣は乱れに乱れ切っていた。

 朝起きてからは、酔いつぶれるまで酒をかっくらうか、もしくは部屋に少年を呼んで抱き続けている。

 夜になれば食事と睡眠を済ませた後は、再び酒場や子供のたまり場に行き、夜明け近くまで遊び呆ける。

 これが日常となっていた。

 

 

 月が天高く昇る頃、権蔵は一日の疲れと満腹感に身を委ね、ベッドに横たわった。

 まぶたが重くなり、意識が徐々に遠のいていく。

 

「ふぅ...今日も良い一日だったのう...」

 

 そんな呟きと共に、権蔵は夢の世界へと誘われていった。

 ...だが、その安らかな眠りは長くは続かなかった。

 カチリ。

 微かな音と共に、部屋の扉が開く。

 そして、かすかな足音が静かに近づいてくる。

 

(おや? 今夜も誰かがわしに会いに来たようじゃのう...ぐへへ、少年からの夜這いイベントなんて日本にいた頃では考えられないことじゃわい)

 

 権蔵は目を閉じたまま、内心でほくそ笑む。狸寝入りを決め込みながら、近づいてくる気配を楽しんでいた。

 ふわりと、甘い香りが漂ってくる。それは間違いなく、少年特有の匂いだった。

 

(うむ、これはいい香りじゃ...どの子じゃろう? ぐふふ、可愛らしい子に違いないわい)

 

 権蔵の心臓が高鳴り、期待で胸が膨らむ。

 そっと目を開けると、そこにはぼんやりと金色の髪を持つ人影が立っていた。

 

(おおっ、ブロンドの髪か!? こりゃまた随分と可愛い子が来たようじゃな。さあ、早くおじさんと一緒に気持ちええことしようね〜ん♡)

 

 しかし、その甘い期待は、次の瞬間もろくも崩れ去った。

 

「エリオット陛下に仇なす不貞の輩め! この王国第一騎士団の従騎士ジュリアンが今こそ成敗してくれよう!」

 

凛々しい少年の声が、静寂を切り裂く。

 

(えっ!? なんじゃ!? 誰かと勘違いしておるんか!?)

 

 驚きが脳裏を駆け巡ると同時に、強烈な衝撃が権蔵の腹に突き刺さる。

 

「うぎゃあああっ!!!!!」

 

 権蔵は驚きのあまり飛び起きた。

 目の前には、金髪巻毛で可愛らしい顔立ちの美少年が立っている。

 

 その手には鋭く輝くレイピアが握られている。

 どうやらその剣で権蔵の腹を突き刺したようだ。

 

「思い知ったか! この、極悪人が!」

 

 少年の声が部屋に響き渡る。

 その澄んだ声音とは裏腹に、言葉には激しい怒りと正義感が滲んでいた。

 権蔵は不測の事態に顔をしかめながらも、目の前の美少年をじっと見つめる。

 その瞬間、彼の脳裏に閃光が走った。

 

(ちょ、ちょっと待て...この子は...!)

 

「ぐぬぅ...お主...この前、城から連れてきた金髪ショタっ子ではないか。なぜこんなことをするのじゃ?」

 

 権蔵が苦しげに問いかけると、少年は憤怒の表情を崩さず、青い瞳に炎を宿したまま答えた。

 

「ふん! そんなこと貴様が一番よく分かっているだろうが、偽ものの勇者め! これは正義の鉄槌だ! 今こそ、息の根を止めてこの地に平和を取り戻してやる!」

 

 少年はさらに力を込めて剣を押し込もうとする。

 しかし、権蔵のぶよぶよとした腹の肉が思わぬ抵抗となり、うまく力が伝わらない。

 

「くそっ、なぜだ...! なぜ剣が刺さっているのに血がまったく出ないんだ?」

 

 少年の声が裏返る。額に浮かぶ汗が、その焦りを如実に物語っていた。

 そのとき、廊下から慌ただしい足音が聞こえてくる。

 

「権蔵さま、大丈夫ですか!?」

 

 遠くからグレイの声が響く。

 少年の顔が一瞬にして蒼白になる。

 

「くそっ、これまでか...。だが、覚えておけ! 次こそ必ずや貴様を仕留めてみせるぞ、偽勇者め!」

 

 そう吐き捨てると、少年は身を翻し、まるで夜霧のように姿を消した。

 直後、グレイとカイトが部下を引き連れて部屋に飛び込んでくる。

 

「権蔵さま、ご無事でしたか!」

 

 グレイが焦りと心配の入り混じった表情で駆け寄り、声をかける。

 

「もう~、ご主人さまったら、また可愛い子に襲われちゃったんですか?」

 

 カイトが茶目っ気たっぷりに笑いながら言う。

 

「まぁ、なんとか生きておるよ...」

 

 権蔵は腹に突き刺さったままのレイピアを見つめ、ほっと息をつく。

 

「腹肉がクッションになってくれたようじゃ。まあ、こんな見た目も役に立つことがあるもんじゃのう」

 

「わぁ、ご主人さまの贅肉が命を救ったってことですね! やっぱり太ってて正解でしたね♪」

 

 カイトが遠慮なく言い放つ。

 

「ぐへへ、あまり褒めるではない。伊達に食っちゃ寝して肥満体型を維持してるわけじゃないからのー」

 

 権蔵は得意げに胸を張る。

 

「申し訳ありません……俺が油断したせいです……」

 

 グレイは顔を曇らせ、悔しそうに言葉を絞り出す。

 しかし、権蔵は軽く手を振り、気にするなという素振りを見せた。

 

「いやいや、気にするな。それよりも、ほれ、あいつだ。今夜襲ってきたのは、この前わしが連れてきた金髪巻き毛の従騎士くんよ」

 

 権蔵は腹に刺さった剣をぴょこぴょこと動かしながら、まるで面白い玩具でも見つけたかのように楽しそうに答える。

 その余裕たっぷりの態度に、グレイも少し安堵の表情を浮かべた。

 

「そうだったのですね。言いつけ通り、あの巻き毛を牢から出して要塞の外に追い出したのですが...まさかこんなことが起こるとは...どうしますか? 捕まえて牢にでも繋いでおきますか? それとも...」

 

 グレイは言葉を濁す。

 その口調には、もっと厳しい処置を提案しようとする迷いが垣間見えた。

 しかし、権蔵はそんな提案を軽く笑い飛ばす。

 

「よいよい。ドルテナで少年たちを自由にさせておるのは、わしの方針じゃ。少年はありのままの姿でいるのが一番美しいからのう。そうした自由な姿を見て、愛でることこそ、わしにとって最高の娯楽じゃ。ぐへへへへ」

 

 権蔵の言葉に、グレイは無言のまま彼を見つめた。

 その瞳の奥には、何か複雑な感情が渦巻いているようだったが、口には出さなかった。

 

「まあ、そんなことじゃ。わしはもう寝るとする。お前たちもゆっくり休むがよい」

 

 権蔵はベッドに横たわりながらそう告げた。

 

「えぇ~、もう寝ちゃうんですか?ご主人さま、今夜はぼくと一緒に遊びませんか?」

 

 カイトが甘えるような声で言う。その瞳には悪戯っぽい光が宿っていた。

 

「カイト、権蔵さまはお疲れのようだ。今夜は大人しく引き下がろう」

 

 グレイが諭すように言うと、カイトは少し拗ねたような表情を見せる。

 

「それではお休みなさいませ、権蔵さま」

 

 グレイは一礼をして、静かに部屋を後にした。

 部屋が静寂に包まれ、権蔵は天井を見上げながら独り考え始める。

 

(それにしても、あの巻き毛の少年……てっきり誘拐された恨みで復讐に来たのかと思ったが、どうやら違うようじゃな。『エリオット陛下の敵』などと言っておったが、どういうことかのう)

 

 権蔵の脳裏に、新たな謎が浮かび上がる。

 

「あぁ、そうじゃった。ジュリアンくん...やつはそう名乗っていたな。まさか王都であんな美少年騎士に出会えるとは思わんかった。ふふふ...」

 

 

 思い返すと、胸がじわじわと熱くなる。

 あの瞬間、初めて目にしたジュリアンの姿は、まるで絵画から飛び出してきたような美しさだった。

 金髪の巻き毛が光を反射して煌めき、その瞳は純粋な正義感と気高さを宿している。

 まるで天使が舞い降りてきたかのような、息を呑むほどの美しさ。

 

「普通ならば、少年には優しく接するのがわしのポリシー、無理やりはNGじゃ」

 

 権蔵は腕を組み、真剣な表情で語り始める。

 

「しかし、あの時ばかりはの...あまりの可愛さに心を奪われ、ついつい誘拐してしまったんだよなー...。こんなこと初めてじゃ。あの美しい金髪の巻き毛...それに、あの凛とした気丈さ。まるで小さな騎士のように、正義感に満ち溢れたあの瞳が、たまらんよなぁ...」

 

 彼の目は遠くを見つめ、まるでジュリアンの姿を目の前に思い浮かべているかのようだ。

 しかし、その陶酔するような表情は、すぐに真剣な面持ちに変わる。

 権蔵はさらに考えを巡らせる。

 ジュリアンの怒りと恨みがただの誘拐の復讐でないのなら、一体彼が「エリオット陛下の敵」と言った理由は何なのか?

 

「まぁ、わしに恨みを持っている奴なんて掃いて捨てるほどおるが、あの少年がそういう連中とは違うというのが気になるところじゃ。あんな純粋そうな美少年に、何か裏があるとすれば...これはますます面白くなりそうじゃ」

 

 権蔵は悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 その目には、まるで新しい玩具を見つけた子供のような輝きが宿っている。

 ジュリアンの背負う謎が、彼の興味を引き続ける。

 

「いや、それにしても、あの可愛さは反則じゃろ...。あれほどの美貌を持つ少年を、わしが逃すわけがない。絶対にわしに惚れさせてみせるからな。ぐほほほほ!」

 

 権蔵の笑い声が部屋に響く。

 その瞳には、挑戦への期待と、恋する者特有の甘い光が混ざり合っていた。

 新たな冒険の幕開けを予感させるような、そんな雰囲気が部屋全体を包み込んでいった。

 

♦

 

 それからニ日ほど経ったある日、権蔵はドルテナの街へ足を運んでいた。

 陽射しが柔らかく、風が心地よく頬を撫でる、絶好の散歩日和だった。

 

 ドルテナがあるドーレ領は、オルレアヌ王国の最東端に位置する。

 かつてこの地は、暴君と呼ばれたドーレ領主の圧政によって荒廃し、人々の笑顔が消えかけていた場所だった。

 しかし今、その暗い過去は徐々に薄れつつあり、ドーレ領の滅亡とともに、街は少しずつ息を吹き返し始めている。

  そして、意外にも権蔵たちの存在が、皮肉にも領土に安定をもたらし、『子羊の産声』がもたらした厳格な法とその運用、そして治安維持により、街は健全な発展を遂げようとしていた。

 

「ふむふむ、あの暗かった街も随分と賑やかになったものじゃな」

 

 権蔵は満足げに頷きながら、活気づく街並みを眺めていた。

 若い領民たちを中心に、街は日に日に活気を取り戻しつつあった。

 かつての重苦しい空気は消え、代わりに希望に満ちた雰囲気が漂っている。

 通りには元気な子供たちの姿が溢れかえっていた。

 道端では、けたたましい笑い声を上げながら鬼ごっこに興じる子供たち。

 店先では、両親の手伝いをする真剣な表情の少年少女たち。

 その光景は、まるで平和な田舎町のようだった。

 

 権蔵は思わず笑みをこぼす。

 

「やはり子供は国の宝じゃ。こうして未来ある子供が元気に遊んでいる姿を見るだけで、こちらも幸せな気分になれるわい」

 

 権蔵が感慨深げに呟いたその時、風に乗って甘美な香りが漂ってきた。

 

「お? どこかから肉が焼けるいい匂いがしておるのう。こりゃあ、串焼きでもやっとるかのぅ?」

 

 権蔵の鼻先をくすぐる香ばしい香りに誘われ、自然と足はそちらへ向かっていた。

 やがて目に飛び込んできたのは、屋台で並べられた美味しそうな串焼きの数々。

 見るからにジューシーで、肉汁がしたたる焼き立ての肉だ。

 

「うひょぉおおおお、こりゃたまらん! レッドボアの串焼きじゃないか!」

 権蔵の目が星のように輝く。

 興奮を隠せない権蔵は、一気に屋台へ近づき、店主の少年に声をかけた。

 

「おい、主人よ! その肉、ぜんぶ買い占めてやろうじゃないか!」

 

 そう言いながら、権蔵はギルダ銀貨の入った袋を取り出し、屋台の少年に差し出した。

 少年は頭に巻いたバンダナをキュッと締め直し、ニヤリと笑みを浮かべて答えた。

 

「いらっしゃいませ、権蔵さま。私の焼いた串焼きは自慢の品ですよ。焼きたてをどうぞ召し上がれ」

 

 少年が目の前に差し出した串焼きは、香ばしく焦げ目がつき、見るからに美味そうだ。

 その姿は、まるで芸術品のように美しい。

 

「ほう、これは楽しみじゃのう。それでは遠慮なく...いただくとしようかの」

 

 権蔵はその串焼きにかぶりついた。

 噛みしめるたびに溢れる肉汁の旨みが口いっぱいに広がる。

 

「うむ、これはとってもジューシー!」

 

 権蔵は肉を飲み込むと、感嘆の声を上げた。

 その声は、まるで神の恵みを受けたかのように歓喜に満ちている。

 

「おぬし、なかなかの腕じゃ。まだ若いのに大したもんじゃわい」

 

「ありがとうございます。もっとたくさん食べてくださいね。よろしければ、私が直接食べさせてあげましょうか?」

 

「お、いいな。おぬしのような可愛い子ちゃんに手ずから食べさせてもらえるなら、こんなに嬉しいことはないわい。是非頼むとしよう」

 

 

「はい、かしこまりました。さあ、権蔵さま、目をつむってください。あーん...」

 

 少年が優しく誘うように声をかけると、権蔵は目を輝かせ、まるで子供のように無邪気に反応した。

 

「うむ、いいぞいいぞ。あーん...」

 

 権蔵が無防備に口を開けたその瞬間――空気が凍りつくような緊張が走る。

 

「馬鹿め! 偽勇者、油断したな! 正義の鉄槌をくらえ!」

 

 少年の声が一変し、その目には冷徹な光が宿る。

 突如として少年は串焼きに刺さった剣を権蔵の口の中に突き刺した。

 鋭利な剣が喉の奥深くまで押し込まれ、権蔵は驚きと苦しさで声も出ない。

 

「むぐっ……むぐぅううううっ!!」

 

 権蔵は口の中に入り込んだ異物を吐き出そうとするが、すでに剣は喉元に食い込んでいる。

 

「さあ、私の剣の味を存分に味わうがいい。そしてそのまま死ね!」

 

 少年は勝利を確信し、得意げに言い放つ。

 しかし次の瞬間、目の前で起こった光景に彼の顔は驚愕に染まった。

 

 ガリッ、バリッ、メキメキ...

 

 焼き肉と共に剣を、まるでポテトチップスでも食べるかのように、権蔵はボリボリと音を立てて噛み砕き始める。

 

「そんな...私の渾身の一撃が...」

 

 思わず声を震わせる少年。

 権蔵は咀嚼を続けるうちに喉から剣先が抜け落ち、完全に串焼きを食べ切った後、口からはみ出ていた刃の部分を指で押し戻した。

 

 ゴクリッ

 

 口の中のものを飲み下し、一息つく。

 そして、呆然と立ち尽くす少年に向かってこう言った。

 

「ふぅ〜、歯応えといい、味といい、最高じゃわったわ。ご馳走さん」

 

 少年は驚愕の表情を浮かべたまま、よろよろと後ずさりする。

 その目は恐怖で見開かれ、顔は青ざめていた。

 

「な、なんだ...貴様は一体...どうして死なないんだ!?」

 

「ぐへへへ。わしはただの勇者じゃない。異世界に転生して最強になったチート勇者じゃ! 剣ごと串焼きを味わうなんて朝飯前よ」

 

 少年は絶望に打ちひしがれた表情を浮かべ、歯を食いしばりながら吐き捨てた。

 

「くそっ...覚えてろ! 次こそは、必ず貴様を仕留めてやるぞ、偽勇者!」

 

 そう叫ぶと、少年は煙幕でも炊いたかのように姿を消し、その場から逃げ去っていった。

  権蔵は口の中でまだわずかに残る肉と金属の味を楽しみながら、余裕の笑みを浮かべていた。

 その表情には、まるで楽しいゲームでも始まったかのような期待感が滲んでいる。

 

「ふん、面白い奴じゃのう。次はどんな手を使ってくるのか楽しみじゃ」

 

 権蔵は腕を組み、遠くを見つめるように言った。しかし、その目には下品な光が宿っていた。

 

「まあ、その時は外で犯して、あへあへ喘がせてやるがのお! ぐへへへ」

 

 そう言って、権蔵は再びのんびりと町を歩き出した。

 その後ろ姿は、まるで何事もなかったかのように軽やかだった。

 

◆

 

 それからというもの、権蔵の日常は予期せぬスリルと興奮に満ちたものとなった。

 まるで運命の悪戯か、度々ジュリアンに命を狙われるようになったのだ。

 しかし、そのたびに権蔵は華麗なる返り討ちを披露し、ジュリアンの企みを粉砕していく。

 だが、ここで問題が一つ。

 どうにも巻毛の美少年は逃げ足が妙に速く、あと一歩のところでいつも取り逃してしまうのだ。

 まるで風のように、指の隙間をすり抜けていく。

 

「くそっ、また逃げられたわい……」

 

 権蔵は苛立ちを抑えきれずに、ため息をつく。

 その表情には、獲物を逃した猟犬のような悔しさが滲んでいた。

 ジュリアンを捕らえて夜のプロレスを楽しもうという欲望は、まるで雪だるまのように日に日に大きくなっていく。

 それが叶わないことで、それなりに忍耐強い性格のはずの権蔵も、次第に我慢の限界に達しつつあった。

 その様子は、まるで熟れすぎた果実のように、今にも弾けそうな緊張感を漂わせている。

 

 そんな権蔵を見かねたグレイたちは、密かに作戦を練っていた。

 彼らの目には、主の苦悩が痛いほど映っていたのだ。

 

「権蔵様、もはや手をこまねいているわけにはまいりません。あの巻き毛の小僧を本気で捕らえる時が来たのではないでしょうか。この鉄壁の要塞ドルテナの支配者たる権蔵さまが、いつまでも狙われ続けるのは看過できません。我々の面目にも関わる問題です」

 

グレイは一呼吸置き、さらに言葉を重ねた。

 

「それに...我々の主である貴方が度々危険に晒されるのを、このまま黙って見過ごすわけにはいきません。そこで...あの巻き毛の従騎士を確実に捕らえるための策を練ってみました」

 

 権蔵は身を乗り出し、まるで宝物でも見つけたかのような目つきでグレイを見つめた。

 

「ほう...それは興味深いな。それで、どんな策じゃ?」

 

 グレイは自信に満ちた表情で説明を始めた。

 

「作戦はシンプルですが、効果的です。まず、権蔵様から決闘を申し込むのです。騎士の誇りを持つ巻き毛のこと、きっと断れないはずです。そして――」

 

 グレイの説明を聞き終えた権蔵は、顎に手を当てて考え込むような仕草を見せた。

 

「なるほど...確かに悪くない案だ。だが...」

 

 権蔵の表情に不安の色が浮かぶ。

 

「あの小僧、逃げ足が尋常じゃないからのう。本当に捕まえられるものかどうか...」

 

 グレイは胸を張り、凛とした声で答えた。

 

「ご心配なく。必ずや権蔵様の元へ、あのネズミをお連れいたします」

 

 その言葉に、権蔵の顔がパッと明るくなる。

 

「そうか...お前がそこまで言うなら、信じてみるとするか。これまでもハーレム計画をおぬしに任せてきて、いつもうまくいってきたからな。今回も期待しているぞ」

 

 グレイは右手を胸に当て、凛々しく頷いた。

 

「必ずや、ご期待に沿ってみせます。権蔵さまのため、そして我々『子羊の産声』の誇りをかけて...今度こそ、あの巻き毛を捕らえてみせましょう」

 

 その黒い目隠しの奥の瞳には、揺るぎない決意の光が宿っていた。

 

◆

 

 

 後日、権蔵は決闘の申し込み文書を作成した。

 その文書には、彼の独特な言い回しと、堂々たる自信が滲んでいる。

 内容は次のようなものだった。

 

『勇者であるわし、権蔵は、ジュリアンくんに対し、正式に決闘を要求する。日時は明日の正午、場所はドルテナの町の広場にて行うものとする。もしわしが勝ったら、お主にはアナルセックスをさせてもらうことになる。だが、もしお主が勝てば、わしは潔く命を差し出す。そして、この要求を無視した場合、わしはオルレアヌ王国およびエリオットくんに対し宣戦布告し、戦争を始める覚悟である』

 

 この決闘文書は、内容だけでも異様だったが、権蔵はそれをドルテナの街中に広めさせた。

 ジュリアンの居場所がつかめなかったため、彼はあらゆる場所に決闘文をばら撒き、特に目立つ場所には大々的に張り出させる。

 決闘の話題は瞬く間に広まり、人々の興味を引きつけた。

 勇者が王国に対して宣戦布告をちらつかせるという、前代未聞の事態は、すぐにジュリアンの耳にも届いたようで、返事はすぐにやってきた。

 

『いいだろう。受けて立とう。貴様が勝てば、貴様に抱かれてやる。ただし、私が勝てば、貴様の命はもらい受ける。偽勇者の挑戦、しかと受け止めよう』

 

 こうして、権蔵とジュリアン、二人の運命をかけた戦いの舞台が決定したのだった。

 

 

 

 翌日、広場は人々で溢れかえっていた。

 『子羊の産声』が町中に手紙をばら撒いた影響もあり、この一戦をひと目見ようと、少年少女たちや街に住む老若男女が次々と集まってくる。

 広場には出店まで出て、まるで祭りのような賑わいを見せていた。

 場の空気は期待と興奮で震えているようで、人々の目は舞台となる中央へと釘付けになっている。

 

 そこに立っていたのは、すでに待機していたジュリアンだった。

 金髪の巻毛が風に揺れ、その輝きは太陽の光を受けてさらに輝きを増している。

 整った顔立ちはまるで彫刻のようで、その上品な佇まいが、人々の目を釘付けにしていた。

 

 

 ジュリアンは背筋を伸ばし、片手には彼の愛用のレイピアを握り締めていた。

 そのしなやかな体つきは、見た目以上の強さを秘めており、無駄のない動きからは彼が熟練の戦士であることが一目でわかる。

 鋭く研ぎ澄まされた瞳は、決意に満ちていて、まるで一点の曇りもない。

 その堂々とした姿勢からは、彼の自信と誇りが溢れていた。

 

「待ちくたびれたぞ。早く始めようではないか」

 

 ジュリアンの声には威厳があり、その落ち着いた口調には貴族のような冷静さが漂っていた。

 その一言で、彼が並みの相手ではないことが誰の目にも明らかとなった。

 鋭く光る瞳が権蔵を射抜き、その眼差しには一切の迷いがなかった。

 

 一瞬、権蔵はその圧倒的な雰囲気に感心しそうになったが、すぐに気を引き締めた。

 相手は美少年ではあるが、実力者であることに間違いはない。

 

(ほほう、やはり上玉の美少年じゃのう……必ずやわしのものにしてみせるぞ)

 

 権蔵は心の中で独り言をつぶやきながら、いつもの調子でニタニタと笑い、構えを取った。

 

「いいじゃろう、ジュリアンくん。わしが勝ったら、夜のお勤めはしっかりと覚悟しておくがよい! ぐふふ……」

 

 ジュリアンの冷たい視線が、まるで何か汚らわしいものでも見るかのように、権蔵を貫く。

 蔑むように目を細め、唇をわずかに歪めたその様子は、完全な軽蔑の色を浮かべていた。

 

「貴様のような汚い犯罪者に命令される筋合いはない」

 

「ほほう、わしに逆らうとは……なかなかいい度胸じゃな。だが、おぬしがわしに歯向かったこと、今に後悔させてやるぞ。わしの勇者としての力、たっぷりと見せてやるわい!」

 

 権蔵が威圧的な声を上げると、ジュリアンは冷笑を浮かべながらレイピアを軽やかに構えた。

 その姿勢は完璧で、まるで舞踏会で優雅に踊るような身のこなしだったが、その鋭い瞳は戦士そのものであり、一切の油断もない。

 

「勇者だと? 笑わせるな、この悪魔め! ここにいる子供たちを誘拐したのも貴様だろう? 恥を知れ!」

 

 その言葉と同時に、観客は一斉に権蔵のほうを向く。

 

「な、なにを言うかっ!? 人聞きが悪い! これはわしに対する誹謗中傷で立派な名誉毀損だぞ! 」

 

 権蔵は慌てて弁解したが、ジュリアンは一切聞く耳を持たない。

 

「黙れ、犯罪者! 貴様こそが真の悪だ! 今ここで私が貴様を倒し、この街の人々を解放してやる!」

 

 ジュリアンは一言も無駄にせず、すぐさま権蔵に向かって目にも留まらぬ速さで突進した。

 その動きはあまりにも速く、観客たちも一瞬で息を飲んだ。レイピアは鋭く輝き、まっすぐに権蔵の心臓を狙って突き進む。

 勝負は一瞬で決まる――誰もがそう信じた瞬間だった。

 

 ビヨーン!

 

 ジュリアンのレイピアは、権蔵の分厚い脂肪に跳ね返される。

 まるでゴムに突き当たったかのようにレイピアは弾かれ、ジュリアンの手からすっぽ抜けて大空に舞い上がって彼方へと消えていった。

 

「なっ、またか……!? こいつの体はどうなっているんだ……?」

 

 ジュリアンは目を見開き、信じられないといった表情で自分の手元を見つめた。

 完璧に決まるはずだった一撃が、まさかこんな形で無効化されるとは夢にも思わなかったのだ。

 権蔵はそんなジュリアンを見下ろし、腹を揺らしながら大笑いした。

 

「ぐははは! なにをしとるんじゃ、ジュリアンくん? 街のみんなを守る? わしを倒す? 寝言は寝て言うもんじゃぞ」

 

 観客たちも呆気にとられていたが、ジュリアンはすぐに顔を真っ赤に染め、屈辱と怒りで震えながら叫んだ。

 

「……引き分けだ!」

 

「ん?」

 

「武器が無ければ決闘は成立しない! 今日のところはここまでにしてやる! 次に会うときは命は無いと覚悟しておけ!」

 

 ジュリアンは言葉を残すや否や、背を向け全速力でその場から駆け出した。

 金髪の巻き毛が風に揺れ、太陽の光を反射してキラキラと輝きながら、彼の姿は次第に遠ざかっていく。

 その様子に広場の子供たちも、観客も、そして権蔵ですら一瞬、息を飲んで動きを止めた。

 

 誰もがジュリアンが再び立ち向かうと思い込んでいたため、予想外の逃走に全員が呆気に取られ、広場には静寂が訪れた。

 ジュリアンの足音が遠ざかるにつれ、その場には、彼が去ってしまった後の虚しさだけが残っている。

 

「な、なんだ……あやつ、逃げおったぞ?」

 

 権蔵は呆然とつぶやき、目を見開いたまま数秒間その場に立ち尽くした。

 しばらくしてようやく我に返ると、大きな声で叫んだ。

 

「こういうのを、騎士の風上にも置けないって言うんじゃなかったか! グレイ、おぬしの予想通りあやつ逃げおったぞ!」

 

 権蔵の背後から、静かに銀髪の少年グレイが現れる。

 彼は微笑みもせず、ただ冷静な声で答えた。

 

「はい、権蔵さま。すべて想定通りです。あのジュリアンが逃げるのは、最初から計画の一部でした。これで彼は自ら罠に足を踏み入れたというわけです。」

 

 その冷徹な言葉には、まるで全てを見通しているかのような確信が込められていた。

 グレイのその言葉を聞いた権蔵は、口元にニヤリと笑みを浮かべ、彼の頭を軽く撫でて頷く。

 

「ふむ、そうか。グレイ、後は任せたぞ。あやつをしっかり追い詰めて、わしに最高の結末を見せてくれよ。ぐへへへ……」

 

「承知しました、権蔵さま」

 

 グレイは一礼し、すぐさま行動に移ろうと背を向けた。

 

♦

 

「くそっ、どうなってるんだよ!」

 

 ジュリアンは必死にドルテナの町の狭い路地を駆け抜けていた。

 冷たい風が彼の顔を撫で、心臓が激しく鼓動を打つ。

 その鼓動は焦燥感と恐怖が入り交じったものだった。

 

 つい先ほどまで自信に満ち溢れていたはずの決闘が、こんな形であっけなく崩れ去るとは、彼は夢にも思わなかった。

 自分の誇りが砕かれた屈辱が、ジュリアンの胸を締め付ける。

 

「絶対に、次こそは……!」

 

 彼は自分に言い聞かせるように、気力を振り絞りながら走り続ける。

 風のように素早く、俊敏に体を動かし、敵の追撃をかわそうと必死だった。

 しかし、彼の逃走ルートの先々には、いつの間にか権蔵の手の者と思われる少年兵たちが待機していた。

 まるで彼の動きを全て見透かしているかのように、狭い路地の出口を封鎖し、ジュリアンを徐々に追い込んでいく。

 

「な、なんでこんなところに……!」

 

 ジュリアンは驚愕と焦燥に満ちた声を上げ、冷たい汗が額を伝う。

 逃げても逃げても、行く先には障害が立ちはだかり、そのたびに自分が袋小路に追い込まれているかのように感じた。

 まるでこの町全体が一つの巨大な罠に仕立て上げられているかのようだ。

 

「逃げ場が……ないだと……!? こんなことが……あり得るのか!?」

 

 ジュリアンはふと足を止め、荒い息を整えながら周囲を見渡した。

 だが、彼の視界に映るのは、無表情で冷静な少年兵たちの姿だけ。

 彼らは無言のまま、ただじっとジュリアンの動きを監視し、まるで罠の主を待つかのように構えていた。

 彼らの冷淡な視線が、ジュリアンの胸にさらなる焦りと不安を植え付ける。

 

「こんなはずじゃ……ない!」

 

 ジュリアンは心の中で激しく葛藤する。

 彼はこれまで何度も権蔵を倒すために命を懸けて挑んできたが、一度も成功しなかった。

 それでも、毎回捕まりそうになりながらも逃げおおせてきた。

 

 だが、今回はいつもと違う。

 今回の状況は今までよりも格段にしつこく、その上狡猾な戦術を駆使してくる。

 このままでは本当に捕まってしまうかもしれない。

 その事実が彼を一層焦らせる。

 

「くそっ……これは偽勇者の策略か……勇者のくせに集団でかかってくるなんて卑怯者め!」

 

 ジュリアンは怒りに任せて歯を食いしばり、もう一度足を動かして走り出す。

 だが、何度進もうと、まるで蛇のように町全体が彼を絡め取ろうとしていた。

 複雑に入り組んだ路地は彼を惑わせ、まるで迷路のように何度も袋小路へと追い込んでいく。

 武装した少年たちは一切言葉を発することなく、ただ冷徹にジュリアンの行く手を遮り続けた。

 

 

 ジュリアンの足取りは次第に重くなり、息が切れ始めた。

 全身に疲労が押し寄せ、視界がぼやけ、体中が痛み出す。

 そしてついに、彼は狭い路地の行き止まりに追い詰められた。

 

 目の前には高い壁が立ちはだかり、後ろを振り返ると、少年たちがじりじりと近づいてくるのが見えた。

 彼の逃走もここで終わりを迎える。

 

「ここには逃げ場はない。もう諦めるんだな」と冷静な声で言い放つのは、銀髪の少年、グレイだった。

 

 その淡々とした口調に、ジュリアンは苛立ちを覚えながらも、その言葉の正しさを認めざるを得なかった。

 

「……そうか、お前か。お前が仕組んだのだな。くそっ、なんなんだお前は……」

 

 ジュリアンは悔しそうに歯を食いしばり、睨みつけた。

 

 その時、背後から声が響いた。

 のんびりとした足取りで現れたのは、街の子供たちを引き連れた権蔵だった。

 

「おーおー、よーここまで逃げたなぁ。感心感心」と、権蔵は拍手をしながらジュリアンを褒めたたえたが、その言葉には皮肉がたっぷりと込められていた。

 嘲笑を浮かべ、ジュリアンを侮蔑するかのように、彼は楽しげに笑っている。

 

 ジュリアンはその挑発にすぐさま反応する。

 どこからともなく槍を取り出すと、力強く構え、その鋭い瞳で権蔵を睨みつけた。

 表情には怒りと決意が刻まれている。

 

「ふん、いいだろう。ここからが本当の決闘だ。私の真の力を見せてやる! 貴様を倒し、その首を持って、我が敬愛するエリオット陛下のもとに帰る!」

 

 その宣言に、集まっていた子供たちや観衆は一斉に息を呑んだ。

 緊張感は一気に高まり、空気が凍りつくかのように張り詰めている。

 誰もが次の瞬間に何が起こるのか、固唾を飲んで見守っていた。

 

 ジュリアンは槍の穂先に巻かれていた布を慎重にほどき始める。

 その手つきには一瞬の迷いもなく、彼の誇りと覚悟が滲み出ていた。

 布が外れたとき、そこに現れたのは光を反射して鋭く輝く聖なる槍の穂先だった。

 

「なんじゃ、その槍は……めちゃくちゃかっこいいのう」

 

 権蔵は思わず感嘆の声を漏らす。

 ジュリアンはその言葉を無視し、槍を高々と掲げた。

 

「これは、我が家に代々伝わる伝説の聖具だ。魔を払う聖なる槍、『リグルパルツゥアー』。これさえあれば、貴様など恐れるに足らん!」

 

 ジュリアンがそのまま力強く槍を地面に突き立てる。

 その瞬間、大地が低く唸りを上げ、ジュリアンの周囲の地面がまるで波打つかのように盛り上がり始めた。

 槍がこの地の力を操っているかのような、不気味な気配が漂う。

 

「うおおお、なんだ、地震か!?」

 

 権蔵は驚き、体勢を崩しながら叫んだ。

 足元の揺れに翻弄され、必死にバランスを保とうとするが、その不規則な動きにどうにも対応しきれなかった。

 

「どうだ、驚いただろう、偽勇者め! これが、わが家の家宝、聖槍『リグルパルツゥアー』の力だ! 貴様のような輩に、この力を止める術などあるまい!」

 

「な、なんじゃ、その槍は……いったいどういうことじゃ……」

 

 彼の表情には初めて見せる緊張が浮かんでいた。

 ジュリアンは誇らしげに続けた。

 

「聞け、我が家は代々オルレアヌ王家に仕え、この国を守護してきた名門貴族レステンクールだ。そして、この槍は、かつて伝説の騎士が用いたとされる最強の武具『リグルパルツゥアー』。この聖槍さえあれば、貴様のような悪など、瞬時に滅することができる!」

 

 彼の声は勝利を確信するもので、周囲にはその自信が満ち溢れている。

 しかし、権蔵の心には違和感がじわじわと広がり始めていた。

 目の前の槍の力がどれほどのものかは知れないが、本能的に何かがおかしいと感じ始めていたのだ。

 

「さあ、覚悟しろ! 偽勇者権蔵、もう逃げ場はない! 聖槍の前にひれ伏せ!」

 

「うーん、ジュリアンくん、ちょっとひとつ聞いてもいいかの?」

 

 権蔵は、相手の目を見据えながら、ゆっくりと問いかける。

 ジュリアンは、眉をひそめた。

 

「なんだ、いまさら命乞いか? 無駄だ、もう遅い」

 

「いやいや、そうじゃない。命乞いなどせん。ただ、どうしてじゃ……」

 

 権蔵はわざと間を置き、ジュリアンの動揺を誘うかのように続けた。

 

「どうしておまえさん、こんなところに家宝の槍なんぞ持ち込めたんじゃ?」

 

「え……?」

 

 ジュリアンは一瞬戸惑い、表情を曇らせた。

 

「いや、お主を要塞にさらってきたとき、お主は確かに裸じゃったはず。それなのに、どうしてそんな長い槍をどこから持ち出したのかが気になってのう」と権蔵は、無邪気な声で問いかけた。

 

 その一言が、決闘の流れを一瞬止め、広場に漂う緊張感に一抹の不穏さを加えた。

 ジュリアンは一瞬たじろぎ、冷静を保とうとするものの、その動揺は隠しきれない。

 

「それは……いまの決闘に関係あることか?」

 

 彼の声には明らかに苛立ちが滲んでいた。

 

「まあ、関係あるかもしれんのう」と権蔵はにやりと笑い、さらに追及の手を緩めない。

 

「ここに来てその槍を見たときからずっと不思議に思っていたんじゃが……あ、そうか、もしかして、ジュリアンくん、お主はその槍をお尻の中に隠し持ってたんじゃないかな」

 

「き、気持ち悪いことを言うな! 汚らわしい!」

 

 ジュリアンは顔を真っ赤にして怒鳴り返す。

 

「ん、どうしたのかな? もしかして、図星だったのかの? だとしたら、おぬしのアナルは四次元空間とでも繋がっておるんじゃろう。ほう、だからこんなにも長い槍がすっぽりと収まってしまうわけじゃな」

 

「黙れ! それ以上侮辱したら、たたじゃおかないぞ! 」

 

 ジュリアンの顔はさらに赤く染まり、拳を握り締めた。

 

「ぶっひっひー、可愛いのう、そんなに怒るとはのう。まぁまぁ、お詫びに今日は好きなだけ夜のプロレスを――もちろん、わしが上じゃが――」

 

 権蔵が下品な笑いを漏らしながら挑発すると、ジュリアンは目を血走らせ、怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「ふざけるな!!! 誰がお前のような変態と夜を過ごすものか!! この偽者がぁああ!!」

 

 ジュリアンは怒声と共に、槍を構え猛然と権蔵に突進してきた。

 

「ほれほれ、最初の一撃だけは食らってやるから、かかってこい」

 

 権蔵は相変わらずの余裕を見せ、悠然と構えて挑発を続ける。

 

「死ねぇぇええ!!」

 

 ジュリアンの叫びとともに、槍が鋭く風を切り、まっすぐに権蔵の腹の中心を狙って繰り出される。

 権蔵はその一撃を軽く受け流し、わざと後ろに吹っ飛ばされるつもりだった。

 しかし、次の瞬間、彼が目の前に見た光景は、全く予想外のものだった。

 ジュリアンの槍は、権蔵の腹を真っ直ぐに貫通していた。

 

「ひぃぃぃ! そんにゃバカなあああ!!!」

 

 権蔵は目を大きく見開き、信じられないという表情で叫んだ。その声は、まるで街全体に響き渡るかのように広がった。

 

「ハァハァ……これで終わりだ。私の槍の味はどうだ、偽勇者よ」

 

 ジュリアンの声は、勝利の興奮と疲労が入り混じった荒々しい響きを帯びていた。

 彼の金髪は汗で額に張り付き、青い瞳は勝利の炎で燃えている。

 勝ち誇った笑みを浮かべながら、彼はゆっくりと槍を引き抜いた。

 その瞬間、まるで噴水のように、権蔵の腹から鮮血が噴き出す。

 

「うっ...ぐあっ...」

 

 権蔵は痛々しい呻き声を上げながら、まるで人形のように後頭部から地面に倒れ込んだ。

 その顔は見る見るうちに青ざめ、唇からは泡が吹き出している。

 彼の体は、まるで地震に見舞われたかのようにブルブルと震えていた。

 

「きゃああああああっ!!!」

 

 子どもたちの悲鳴が、まるで雷鳴のように広場全体に響き渡った。

 その叫び声は、夏の青空を引き裂くかのような鋭さを持っている。

 瞬く間に、広場は冷たい恐怖の空気に包まれ、まるで冬の寒気が突如として訪れたかのようだった。

 見物人たちは、まるで石像になったかのように動きを止め、息を呑んだ。

 その場は一瞬にして静まり返り、時間が凍結したかのような異様な静寂が広場を支配した。

 

「ふぅ……やったぞ……」

 

 ジュリアンは荒い呼吸を整えながら、額の汗を拭う。

 彼の胸は、まるでドラムを打つかのように高鳴っていた。戦いの熱気は、まだ彼の体を包み込んでいた。

 

「見ましたか、皆さん!」

 

 彼の声は、まるで英雄の凱旋を告げる鐘のように響き渡った。

 

「これが真の正義の力です! 私が勝ちました! これで皆さんは自由です。さあ、私とともに王都へ帰りましょう!」

 

 しかし、ジュリアンの期待とは裏腹に、広場は死のような静寂に包まれていた。

 歓声どころか、誰一人として彼に近づこうとする者はいない。

 集まった少年少女たちの顔は、まるで月光に照らされた石膏像のように青ざめていた。

 彼らの目には、まるで深い淵を覗き込むかのような恐怖と絶望が浮かんでいる。

 歓喜の声など上がるはずもなく、代わりに静かな涙が頬を伝い、かすかなすすり泣きの音だけが、冷たい風に乗って響いていた。

 

「どうしたんだよ……みんな、私と一緒に帰ろう」

 

 ジュリアンの声は、まるで砂漠に落ちた一滴の水のように、広場の空気に吸い込まれていった。

 彼の目は不安と困惑で揺れ、周囲の冷たい視線に戸惑いを隠せない。

 そんな中、一人の少女が震える声で口を開いた。

 その声は、まるで氷の刃のように鋭く、ジュリアンの心臓を貫く。

 

「ジュリアンさま……ひどいです。勇者さまを殺すなんて……」

 

 少女の瞳には、かつての希望の光は消え、代わりに恐怖と失望の影が宿っていた。

 

「あなたは本当に悪い人です。私たちはあなたを許しません。だから、一緒に行くことなんてできません」

 

 その言葉は、まるで呪いの言葉のように、ジュリアンの全身を凍りつかせた。

 彼の目は驚愕に見開かれ、まるで世界が逆さまになったかのような混乱に陥る。

 

「そ、そんな……待ってくれ……」

 

 ジュリアンの声は、かすれて震えていた。

 かつての凛々しい騎士の面影は、もはやどこにも見当たらない。

 

「どうしてそんなことを言うんだ。私は君たちを助けたいんだよ……!」

 

 彼は必死に手を伸ばし、まるで溺れる者が藁をも掴む思いで訴えかける。

 しかし、その言葉は誰の心にも届かず、ただ空しく広場に響くだけだった。

 そして、さらに追い打ちをかけるように、一人の少年が怒りに満ちた声で叫んだ。

 

「嘘つき! お前は僕たちの希望だった勇者さまの命を奪ったんだぞ! この悪魔!」

 

 少年の叫び声を皮切りに、次々と罵声が飛び出してくる。

 

「出て行け! もうお前の顔なんか見たくない!」

「そうだそうだ! 二度と戻ってくるな!」

 

 街の人々の顔は憤怒と憎しみに満ち溢れ、その目は憎悪の炎で燃え上がっていた。

 その光景は、まさに地獄絵図そのもので、誰も彼もが敵意をむき出しにしていた。

 

「そんな……あんな犯罪者のことを信じるなんて……! なぜなんだ……私はみんなのために戦ったのに……!」

 

 ジュリアンは目を泳がせ、まるで現実を受け入れられないかのように呟いた。

 彼の頭の中では、勝利した自分が讃えられ、みんなが感謝してくれる未来しか見えていなかったのだ。

 それが、この冷たい現実。

 子供たちの目には、彼に対する敵意と拒絶の感情しか映っていなかった。

 

「違う……違う……こんなのは嘘に決まってる……嘘だ……! 嘘だ……」

 

 ジュリアンの声は次第に力を失い、まるで風に揺れる蝋燭の炎のように弱々しくなっていく。

 周囲からは、街の人々の罵声が広場にこだまし、その一つ一つがジュリアンの心を深く傷つけていく。

 彼の顔は見る見るうちに蒼白になり、まるで生気を失った人形のように、震える手から槍がゆっくりと落ちた。

 そして、彼はその場に膝をつき、全身から力が抜けるように崩れ落ちた。

 

「ぐすっ……くそ……くそおおおおおお!!!!」

 

 ジュリアンは天を仰ぎ、拳を握りしめながら涙をこぼす。

 その声は今や広場全体に響き渡り、まるで傷ついた獣の咆哮のようだった。

 かつての堂々たる姿はどこにもなく、ただ絶望と怒りに打ちひしがれた一人の少年が、そこにはいた。

 

「ちくしょう! どうしてこんなことになったんだ……私はただ、この街を、この子たちを救いたかっただけなのに……どうして、どうしてなんだ!!!」

 

 誰も返事をしない。誰も彼の心情に共感する者はいなかった。

 ジュリアンはますます混乱し、視線を彷徨わせながら叫び続けた。

 

「どうして……誰もわかってくれないんだよ! こんなにも一生懸命に……ただ、みんなを助けたかっただけなのに……」

 

 ジュリアンは、とうとう声を上げて泣き始めた。

 彼の叫び声は次第にすすり泣きへと変わり、まるで年相応の子供に戻ったかのように、ただ助けを求めて泣き叫んだ。

 

「誰か……誰か褒めてくれよ……称えてくれよ……頼むよ……お願いだよ……うわあああん!!」

 

 広場の片隅で、少年少女たちは距離を置きながら、その光景をただ見つめるしかなかった。

 誰一人として近づこうとする者はいない。

 ジュリアンの泣き声だけが、空虚に響き渡る広場に残された。

 

 その光景を、倒れたふりをしていた権蔵は冷静に見守っている。

 

(あーあ、あんなにがんばって戦ったのに、子供たちに嫌われてしまうとは。まあ、かわいそうじゃのう)

 

 権蔵の心の中では、そんな冷めた感想が淡々と浮かんでいた。

 彼の目には、ジュリアンの姿が哀れで滑稽なものに映っているようだ。

 地面を拳で叩き、転げ回って泣くその惨めな姿に、彼は思わず笑みを浮かべた。

 

(こやつ、本当に根が優しくてまじめなんじゃな。この絶望のリアクションがいちいちオーバーでお笑い芸人みたいでなかなか面白いじゃないか)

 ジュリアンの荒々しい感情の爆発は、見る者にとっては滑稽でもあり、同時に彼の苦しみが手に取るようにわかった。

 純粋な子供たちから責め立てられ、心を打ちのめされたジュリアンを見ていると、権蔵は何とも言えない感情が湧いてきた。

 権蔵に対する憎まれ口や傲慢さはともかく、彼自身は必死に人々を助けようとしていただけなのだ。

 

(やれやれ、そろそろ助け舟を出してやるとするかのう)

 

 

「よっこらセックス」

 

 権蔵は、まるで何事もなかったかのように、ひょっこりと上体を起こし、そのままスッと立ち上がる。

 その動きは、まるで舞台の幕が上がるかのように滑らかだった。

 すると広場にいた子どもたちは一瞬固まった後、まるで魔法が解けたかのように、一斉に歓声を上げ、彼の元へと駆け寄ってきた。

 

「勇者さま、大丈夫?」

「勇者さま、痛くない? ごめんなさい、何もできなくて……」

「勇者さま、大好き!」

 

 次々と、子供たちは権蔵に抱きついてくる。

 彼らの小さな手が彼の服を握りしめ、無事な姿に安堵する様子は、まるで英雄の帰還を祝福するかのようだった。

 

「よしよし、いい子たちじゃのう。おまえさんたちの笑顔が何よりもの良薬じゃよ」

 

 権蔵は、優しい笑みを浮かべながら一人ひとりの頭を撫でてやった。

 その仕草には、まるで慈愛に満ちた父親のような温かさが滲んでいる。

 

 だが、その一方で、ジュリアンの表情は驚愕と絶望が入り混じった複雑なものへと変わっていった。

 彼の瞳は信じられないものを見たかのように大きく見開かれ、口は半開きのまま固まっている。

 

「そ、そんな馬鹿な...まだ生きていたのか?」

 

 ジュリアンの声は震え、まるで幽霊でも見たかのような恐怖と混乱が滲んでいる。

 さっきまで涙を流し、絶望に打ちひしがれていた彼は、目の前の光景に茫然自失の状態だった。

 あれほどの致命的な一撃を食らったはずの権蔵が、まるで何事もなかったかのように立ち上がり、元気そうに子供たちに囲まれている。

 その現実に、ジュリアンの頭の中は真っ白になっていた。

 

「いやー、死ぬかと思ったぞ。まったく、心臓が止まるかと思うたわい」

 

 権蔵は軽く肩をすくめ、まるで軽い冗談でも言うかのような口調で答えた。

 その余裕綽々とした態度が、ジュリアンの混乱をさらに深めていく。

 

「信じられない...。いったいどういうことだ。あの槍の一撃をまともに受けて、生きていられるはずがないのに...」

 

「うーん、確かに槍の威力はすごかったのう」

 

 権蔵は思案げに顎に手を当てながら答えた。

 

「わしが異世界に転生してから、血を流すのは実に一年ぶりのことじゃからな。ほれ、見てみい、こんなに血が出ておるぞ」

 

 そう言いながら、権蔵は貫かれた腹を指差す。

 そこには、破れた衣の隙間から流れ出る血が見えた。

 しかし、その血は赤ではなく、黒っぽい奇妙な色をしている。

 その異様な光景に、ジュリアンの顔がさらに青ざめていく。

 

「ああ、これはオークの血じゃ。わしがいた世界では『血糊』って呼ぶんじゃが、こっちの世界ではこんなものはないんかの。まあ、心配すんな、この通り、わしの体は超健康じゃ」

 

 権蔵の説明は、まるで異世界ファンタジーの設定を語るかのように軽やかだった。

 その言葉の一つ一つが、ジュリアンの常識を打ち砕いていく。

 

「う、うう...。そんな...そんなことがあってたまるか!」

 

 ジュリアンの声が突如として高くなった。

 彼の目に、怒りと絶望が入り混じった炎が宿る。

 

「うおおお、くらえ!」

 

 

 ジュリアンは再び、渾身の力を込めて槍を権蔵に突き出す。

 顔には必死の表情が浮かび、彼の全てがその一撃にかけられていた。

 だが、その槍は虚しく空を切り、権蔵は軽々とその攻撃をかわしている。

 

「ほれほれ、どうしたどうした?」

 

 権蔵の声が、まるで子供をからかうかのように軽やかに響く。

 その余裕たっぷりの態度は、ジュリアンの焦りをさらに煽り立てた。

 

「どうしてだ...どうして当たらないんだよ!!」

 

 ジュリアンの叫び声が広場に響き渡る。

 その声には、怒りと共に深い絶望が滲んでいた。

 彼の瞳は混乱に満ち、信じられないという表情で権蔵を見つめている。

 最強の力を手に入れたはずだった。

 伝説の槍『リグルパルツゥアー』があれば、どんな相手も倒せるはずだった。

 

 それなのに...

 ジュリアンは再び槍を振り上げ、渾身の力で権蔵めがけて突進する。

 しかし、その攻撃もまた虚しく空を切るだけだった。

 彼の動きは次第に荒々しくなり、焦りが手元を狂わせていく。

 

「なぜだ...なぜだ! 私は最強の槍を手にしているのに! それなのに...なんで、なんで、なんで当たらないんだ!」

 

 彼の声は、怒りと無力感で震え始める。

 槍を振り回すたびに、その動きは乱れ、かつての自信は崩れ落ちていくかのようだった。 

 ジュリアンの姿は、まるで嵐の中でもがく小舟のように見えた。

 

「ふう、しょうがないのう。わしが手本を見せてやるぞい」

 

 そう言うと、権蔵はジュリアンの攻撃を軽々とかわしながら、まるで空気を掴むかのように、するりとその槍を奪い取った。

 

「あっ...!?」

 

 ジュリアンの目が驚愕で見開かれる。

 彼の手から大切な家宝の槍が、まるでおもちゃのように奪われてしまったのだ。

 その瞬間、彼の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。

 ジュリアンは呆然と立ち尽くし、自分の空っぽになった手を見つめる。

 その姿は、まるで全てを失った戦士のようだった。

 

 権蔵は軽く槍を振り回し、その重さを確かめるように目を細める。

 

「ふむ、なかなかいい槍じゃないか。でもな、ジュリアンくん。武器は使い手次第なんじゃよ」

 

 その言葉が、ジュリアンの心に深く突き刺さる。

 彼の顔には、絶望と共に、かすかな悔しさの色が浮かんでいた。

 

「う、うわあああああああああ。返せ! 返すんだ! それは……大切な家宝の槍なんだぞ!」

 

 ジュリアンは必死に手を伸ばし、槍を奪い返そうとする。

 その姿は、まるで溺れる者が藁をも掴む思いで必死にもがくかのようだった。

 しかし、権蔵は悠然とその場を逃げ回り、まるで猫が鼠と戯れるかのように、ジュリアンの手の届かないところで槍を翻す。

 

「知らん知らんー。これもうわしの槍じゃもーん」

 

 権蔵は両手を高く上げ、子供のように無邪気に笑いながら槍を振り回して逃げた。

 

「あははははっ」

 

 周囲の子供たちから、楽しそうな笑い声が湧き上がる。

 彼らにとって、この状況はまるで面白い遊びのように映っていたのだ。

 その笑い声は、まるで小鳥のさえずりのように、広場全体に広がっていく。

 

「ジュリアンさま、もっと頑張らないと武器を取り戻せないですよ~」

「がんばれー! あきらめるな!」

 

 子供たちの言葉が、容赦なくジュリアンの心に突き刺さる。

 まるで嘲笑されているような感覚に陥り、彼の心は屈辱で満ち溢れた。

 

「まあまあ、そんなにいじめてやるでない。こんなどうしようもなく弱い子羊ちゃんでもわしの大事な妾のひとりなんじゃからな」

 

「いったいいつ誰が貴様の妾になったんだぁあ!!!」

 

 ジュリアンは顔を真っ赤にして怒鳴った。

 その声は、まるで雷鳴のように響き渡る。

 しかし、その怒りは周りに更なる笑いを引き起こすだけだった。

 

 

「よおし、では今度はわしがお返しする番じゃな」

 

 権蔵はジュリアンに向かい合い、まるで遊びの延長のように槍を振り上げた。

 

「行くぞ! ジュリアンくん!」

 

 権蔵は槍を力強く握りしめ、まるで舞うかのように一気に振り回す。

 槍が風を切る音が、まるで鋭い旋律のように広場中に響き渡った。

 その音に、ジュリアンの体が思わず震える。

 

「や、やめろ! それは私の大切な家宝なんだ! レステンクール家しか扱えない由緒正しい槍なんだ!」

 

 ジュリアンは悲痛な声を上げ、必死に槍を取り戻そうと手を伸ばす。

 だが、その動きはまるでスローモーションのようにもどかしい。

 権蔵は益々調子づき、頭上で槍をぶんぶん振り回して楽しんでいる。

 

「よぉーし、このままわしは天に旅立つぞ。『人間ヘリコプター』ってやつじゃ。皆の者、見ておるがいいぞ~。これぞ人類の夢、空を飛ぶということじゃあ!」

 

「やめろぉおおお!!!!」

 

 ジュリアンの絶叫も空しく、権蔵は勢いをつけて空中へと舞い上がった。

 その姿は、まるで天を駆ける伝説の英雄のよう。

 

 

「わぁあああ~~」

 

 広場に集まった子供たちの口から、驚嘆の声が漏れる。

 空を見上げると、まるで絵物語のような光景が広がっている。

 巨大な人間のシルエットが太陽を覆い隠し、まるで地上にもう一つの太陽が落ちてきたかのようだった。

 子供たちの目は輝き、天高く羽ばたく勇者に胸を躍らせていた。

 

「どうじゃ、これこそが人類の夢、究極の人間飛行じゃ! 見よ、この素晴らしい眺めを……あっ、しまった!? や、槍がすっぽ抜けた……」

 

 突如、権蔵の得意げな声が驚愕の叫びに変わる。

 まるで意思を持ったかのように、槍が権蔵の手からするりと抜け落ち、大きな弧を描いて空高く舞い上がっていった。

 その軌道は、まるで自由を求めて天に昇る鳥のようだった。

 

「……」

 

 街は一瞬の静寂に包まれた。

 時が止まったかのように、誰もが息を呑んで空を見上げる。

 ジュリアン、子供たち、そして権蔵自身も、皆一様に驚愕の表情で槍の行方を追っていた。

 

 そして、やがてジュリアンの絶叫が静寂を破る。

 

「うわああああああああああ! 私の『リグルパルツゥアー』がぁあああああ……!」

 

 ジュリアンは地面に膝をつき、槍が消えゆく空を呆然と見上げた。

 その表情は絶望そのもので、まるで魂が抜け出ていくかのように青ざめている。

 彼のすべての希望が、槍とともに空へと消えていったかのようだった。

 ジュリアンはその場に崩れ落ち、まるで世界の終わりを見たかのような表情で絶望に打ちひしがれていた。

 

「あ、あ、ああ……なんてことを……。私の『リグルパルツゥアー』が……」

 

 呆然とつぶやく彼の姿は、先ほどまでの威勢の良さが嘘のように儚げだった。

 その声には、まるで魂が抜け落ちたかのような虚ろさが滲んでいる。

 

「す、すまんのう。悪気は無かったんじゃが、つい手が滑ってしまったわい。わし、昔から運動音痴でな……」

 

 地面に降り立った権蔵は、申し訳なさそうに肩をすくめた。

 その言葉は軽いが、背中に滲む焦りと後悔が隠しきれない。

 街の人々までもが、ジュリアンに対して同情するような声を上げて、それがさらに彼の罪悪感を煽り立てる。

 

「うわああん!! ど、どうしてくれるんだ! あれは代々受け継がれてきた国宝級の槍だったんだぞ! もし失くしたってバレたら私はレステンクール家から追放されてしまうんだぞ!」

 

 ジュリアンは顔を真っ赤にして泣き崩れ、まるで地面に怒りをぶつけるかのように拳を叩きつける。

 透明な涙が頬を伝い落ち、その一粒一粒が失われた宝物の重みを物語っているかのようだった。

 

「ううむ、よし! それじゃ、わしが槍を探してお前に返すことにしようかのう」

 

 権蔵は困ったように眉をひそめながら提案する。

 その声には、珍しく真摯な響きが込められていた。

 

「あんな遠くに飛んでったのに見つかるわけないだろ!」

 

 ジュリアンの声が裏返る。

 

「今頃他の国に飛んでいってるよ!」

 

 その絶望的な叫びに、権蔵も思わず言葉を失う。

 家族一同で大切にされているような槍を失わせたことへの罪悪感が、少しずつ彼の心に重くのしかかってきた。

 

(わしはどうすればええんじゃろうか……ここでわしのちんぽを槍の代わりになんてジョークでも言ったらみんなから総スカンじゃろうか……)

 

 そんな気まずい沈黙が続いた後、ふと何かを思いついたように、パチンと手を叩いた。

 

「おお、そうだ、いい考えがあるぞ」

 

 権蔵の目が、まるで宝物を見つけたかのように輝く。

 

「ではこうしよう。わしが持っている伝説の剣をお前にくれてやろうではないか」

 

「……え?」

 

 ジュリアンは泣き止み、まるで幻を見るかのように権蔵を見上げる。

 その瞳には、絶望の淵から救い上げられるような期待と、この突然の申し出への疑念が交錯していた。

 

「どうじゃ、これで許してくれんか?」

 

 権蔵はにっこりと笑みを浮かべる。

 その表情には、どこか計算された優しさと、本当の思いやりが混ざり合っていた。

 しかし、ジュリアンはその笑顔に戸惑いを隠せない。

 

「...伝説の剣」

 

 ジュリアンは眉間にシワを寄せ、深く考え込んだ。

 伝説の槍「リグルパルツゥアー」を失ったことへの深い悲しみと、新たな武具への期待が、まるで嵐のように彼の心の中で渦巻いていた。

 槍は単なる武器ではなく、彼の誇りであり、家名を背負う象徴でもあった。

 それを失った今、その心の空虚感は深い淵のように彼を飲み込もうとしていた。

 

「...わかった。それでいい」

 

 しばらくの沈黙の後、ジュリアンは静かに頷いた。

 その顔には未だ失望の色が残り、諦めきれない思いが垣間見えた。

 しかし、それでも権蔵の提案を受け入れる決意が、その瞳に宿っていた。

 

「おお! よかったわい!」

 

 権蔵は満面の笑みを浮かべ、まるで子供のように喜び勇んで声を上げる。

 

「だが、私の槍もしっかりと探すんだぞ。貴様が返すって約束したんだから」

 

 ジュリアンの声には、かすかな希望と警戒が混ざっていた。

 

「わかっておる。それもやっていこう。じゃあ、まずは聖剣を渡すぞ...」

 

 そう言うと、権蔵は突然、自分のぶよぶよとした腹に手を突っ込んだ。

 まるで何かを探り当てるかのように、その動きは不思議と滑らかだった。

 

「...は?」

 

 ジュリアンは思わず目を見張った。

 その表情には、まるで現実離れした光景を目の当たりにしたような驚愕が浮かんでいた。

 

「えーと、これも違う。あれも違う...おーおー、これじゃ、これじゃ!」

 

 権蔵は口元に不敵な笑みを浮かべながら、まるで手品師のように、ぶよぶよとした腹の中から何かを引っ張り出し始める。

 その瞬間、重々しい金属音が広場に響き渡り、まるで雷鳴のように群衆の心を震わせた。

 集まった人々は、息を呑んで権蔵の動きを見つめている。次の瞬間、彼の手には一本の剣が握られていた。

 それは鈍い光を放ち、まるで生きているかのように神秘的な気配を漂わせている。

 その姿は、まさに伝説の武器そのものだった。

 

「どうじゃ! これがわしの自慢の武具、『聖剣カラミティ』じゃ! どんな敵でも一撃で切り裂く、絶対無敵の一振りよ!」

 

 権蔵はその剣を誇らしげに掲げ、まるで英雄譚の主人公のように胸を張る。

 ジュリアンは目を見開いたまま、まるで魔法にかけられたかのように、その剣に釘付けになっていた。

 権蔵の常識外れな動作には驚きながらも、剣が放つ異様な威圧感には、不思議と心を惹きつけられる。

 その剣がただの武器ではないことは、素人目に見ても明らかだった。

 

「こ、これが...新たな武具...? その剣、本物なんだろうな?」

 

 ジュリアンの声は、畏怖と期待が入り混じって震えている。

『聖剣』と名付けられたその剣は、まるで運命そのものを体現したかのような威厳を放っていた。

 その姿からは、得体の知れない強大な力が溢れ出ているようだった。

 

「もちろんじゃ。わしが異世界に転生してすぐ手に入れた伝説の剣じゃ。文句なしの本物じゃぞ!」

 

 その言葉には、単なる誇張ではない、確かな真実が込められているように感じられた。

 ジュリアンは一瞬ためらったものの、運命に導かれるように、その手をゆっくりと剣へと伸ばしていく。

 指先が剣に触れた瞬間、氷のような冷たさが全身を貫き、まるで雷に打たれたかのような衝撃が走った。

 しかし、その冷たさの中には、計り知れない力が潜んでいることを、彼の騎士としての直感が告げていた。

 

 

 ジュリアンは静かに剣を握りしめる。

 その手には、先ほどまで失っていた自信が徐々に戻ってきていた。

 まるで新たな力が体内に流れ込むかのように、彼は剣の力を確信し、再び気高い騎士としての誇りを取り戻しつつあった。

 

「ふん、まぁいいだろう。一旦はこれで勘弁しておいてやる」

 

 ジュリアンの顔には、まるで負けを認めたくない子供のような不貞腐れた表情が浮かんでいた。

 しかし、その瞳の奥には新しい武具への期待と満足感が確かに宿っていた。

 

「なぁ、ジュリアンくんよ。ひとつ聞かせてくれぬか。なぜ、おぬしはわしを何度も討とうとした? わしが何をしたというのじゃ?」

 

 ジュリアンは表情を引き締め、深いため息をついた。

 その息には、これから語る重い真実への覚悟が込められているようだった。

 

「オルレアヌ王国で子供の失踪事件が相次いでいる。犯人は捕まっていないが、『山賊勇者』の仕業だと王都では噂されている」

 

「なんと!?」

 

 権蔵は声を上げ、その顔には純粋な驚きの色が浮かぶ。

 

「その事件を受けてエリオット陛下は大変心を痛めておられる。そこで偶然にも私はここが『山賊勇者』の拠点だと知って討伐に来たというわけだ」

 

「わ、わしはそんな子供の誘拐など知らぬ! 信じてくれ!」

 

 その必死な弁明を聞いて、まだ広場に残っていた子供たちが互いに顔を見合わせる。

 

「えー、本当かな?」

「怪しいよね」

「私もそう思う」

 

 きゃっきゃと楽しげに騒ぐ子供たちの声が重なり合う。

 まるで権蔵を困らせることが新しい遊びでも見つけたかのように。

 その様子に権蔵は焦りの表情を浮かべた。

 

「そ、そんな! わしはみんなのためにこんなに尽くしておるのに...。ぶひゅうううううん!」

 

 権蔵は言葉を詰まらせ、地面に膝をついて大粒の涙を流す。

 その姿には、まるで捨てられた子犬のような哀愁が漂っていた。

 

「はあ...勇者が子供に翻弄されているとは情けない。だが、これほど子供たちと打ち解けている貴様が犯人だとは思えんな」

 

 ジュリアンは、思案げに眉をひそめる。

 その表情には、これまでの敵意とは異なる、何か新しい感情が浮かんでいた。

 

「そうじゃ! わしは潔白じゃ!」

 

 権蔵は勢いよく頷く。

 その仕草には、まるで無実を訴える子供のような純粋さがあった。

 

「ああ、今はそう信じよう」

 

 ジュリアンの声には、まだ僅かな疑いは残っていたものの、確かな和解の意思が込められていた。

 その瞳には、新たな真実を見出した者の冷静な光が宿っていた。

 

 

(おお……わしのことを信じてくれるというのか? でもわしってジュリアンくんを誘拐して、そのまま強姦までした悪党なのに優しいのう……)

 

 権蔵は内心冷や汗を流しながら、まるで罪を犯した子供のように、表面上は穏やかな微笑みを保っていた。

 その表情には、申し訳なさと安堵が入り混じっている。

 

「う、うむ...わかってくれてなによりじゃ」

 

 権蔵は気まずさを隠しながら、どこか心もとなげに頷く。

 その仕草には、過去の行いへの後悔と、新たな関係への期待が垣間見えた。

 

「では、和解の証として」

 

 ジュリアンは剣を鞘に収めながら、凛とした表情で右手を差し出す。

 その姿は、まるで気高い騎士のようだった。

 

「ん? ...ああ、そういうことか」

 

 権蔵も右手を伸ばし、ジュリアンの手をしっかりと握り返す。

 その手の温もりには、互いの信頼が込められているようだった。

 

「これをもって王国従騎士ジュリアン・レステンクールは勇者権蔵との和解を――」

 

 厳かな言葉が途切れた瞬間、権蔵の目が妖しく輝く。彼は素早くジュリアンを引き寄せ、そして――

 

「ぶちゅううううううううううううううう!!」

 

 突如として、激しい音を立てて唇が重なり合う。

 

「んんん!?」

 

 予期せぬ展開に、ジュリアンの瞳が驚愕で見開かれた。

 唇を通じて伝わる柔らかな感触と共に、権蔵の舌が侵入してきた瞬間、彼の意識が現実に引き戻される。

 

「むぐっ!? んんんー!!」

 

 ジュリアンは声にならない悲鳴を上げながら、必死に逃れようとするが、権蔵の腕は強く巻きついて離さない。

 やがて、酸欠による意識の低下を感じ始めたところで、ようやく唇が解放された。

 

「げほっ...ごほごほっ...!」

 

 ジュリアンは咳き込みながら、まるで火照ったかのように顔を真っ赤に染めて後ずさる。

 その表情には、純粋な怒りと、初めて味わう恥辱が入り混じっていた。

 

「き、貴様! いきなり何をするんだ!? け、汚らわしい!!」

 

「いや、ジュリアンくんはわしと仲直りしたいんじゃろ? それならもっとお互いにスキンシップを取らないといけないと思ってのう」

 

 権蔵は悪びれもせず、まるで当然のことを言うかのように飄々とした態度で応える。

 

「よーし、ジュリアンくんの気持ちはよくわかったぞ。今夜は濃厚な夜のプロレスをして親睦を深めるとしよう」

 

「...はっ!? え、な、何を言っているんだ貴様は! 私は男だぞ!」

 

 ジュリアンの顔が見る見るうちに驚愕に染まっていく。

 その瞳には、まるで信じられないものを見たかのような戸惑いが浮かんでいた。

 だが、その言葉は権蔵にとって何の障害にもならないようだった。

 むしろ、権蔵は嬉しそうに笑みを浮かべ、まるで獲物を前にした狩人のように、ますます話を進めていく。

 

「おお、美少年ならわしはオールオッケーじゃ」

 

 権蔵の声が艶めかしく響く。

 

「それに、おぬしも知っておろう? 男同士のほうが気持ちいいってことをな」

 

「な、なにを言っているんだ!? そんなわけがないだろう! 私は女性にしか興味がない!」

 

 ジュリアンは怒りを込めてはっきりと拒絶する。

 その声には、純粋な思春期の少年らしい主張が滲んでいた。

 

「おぬしはノンケなのか。それは実に残念じゃのぅ。わしの自慢のアナコンダで、たっぷりと可愛がってやろうと思っておったのにのぅ」

 

 権蔵は肩をすくめ、まるで子供の駄々をあしらうかのようにため息をつきながらも、口元には不気味な笑みを浮かべていた。

 権蔵の目が、後ろに控えるグレイとカイトに無言の意思を伝えるように目配せを送る。

 

 すると、二人は静かに頷き、影のようにジュリアンの背後に回り込んだ。

 その動きは、まるで訓練された猟犬のように素早く確実だった。 ジュリアンはその動きにまったく気づいていなかった。

 

「え? え?」

 

 ジュリアンの驚きの声が空気を切り裂く。

 気づいた時には遅すぎた。

 いつの間にか彼の体には、銀色に輝く鎖が蛇のように巻きついている。

 それはまるで意思を持った生き物のように、ジュリアンの体をがっちりと拘束し、彼の全ての動きを封じ込めていた。

 

「ふん。おい、巻き毛」

 

 グレイの冷たい声が響く。

 

「動きたくても動けないだろう? これは拘束専用の魔道具だ。暴れ馬だろうが暴れ牛だろうが、どんな猛獣でも躾ができるように作られたものだ」

 

 グレイは得意げに言い放ち、まるで獲物を捕らえた猟師のように、ジュリアンの無力さを冷ややかに見つめた。

 その余裕たっぷりの態度が、焦りと怒りに満ちたジュリアンの表情と鮮やかな対比を見せている。

 

「くっ...卑怯な...!」

 

 ジュリアンは歯を食いしばり、悔しさで声を震わせながら権蔵を睨みつけた。

 しかし、鎖にがっちりと縛られた体は、まるで石像のように微動だにしない。

 どれほど力を込めても、それは全くの無駄骨だった。

 

「ご主人さまぁ~、ぼく退屈だったよぉ~。巻き毛の騎士さんがぽこすかにされて『くっ、殺せ』って言ってそれから辱められるって聞いたのに、なーんにも起きなかったじゃん。でも、やっと楽しいことが始まるんだね♪」

 

 カイトは頬を膨らませながらも、無邪気な笑みを浮かべて軽く跳ねるように動き回る。

 その子供っぽい振る舞いが、この緊迫した状況にそぐわぬほどに不気味だった。

 

「ふふふ、でもさすがは権蔵さまです。まさか巻き毛のガキと和解するなんて、全く予想外でした。これも権蔵さまがイケメンで、性格も素晴らしいからこそですね!」

 

 グレイが感心したように言う。

 

「くそっ...やっぱり貴様は腐れ外道の犯罪者だったんだな! 離せ、今すぐ貴様を倒してやる!」

 

 ジュリアンは必死に叫び、反抗の意思を示す。

 

「犯罪者?なにを言うか。おぬしこそわしの支配地の法を破った犯罪者ではないか。住居不法侵入に窃盗、器物破損、おまけに殺人未遂。その罪の重さを教えてやらねばなるまい」

 

 権蔵の声はあくまで冷静だったが、その奥には有無を言わせぬ迫力があった。

 

「これからたっぷりと、わしの手で可愛がって……いや裁いてやるからの。覚悟せい、げへへへ」

 

 権蔵の下卑た笑い声が静寂を切り裂く。

 その声に、ジュリアンの背筋が凍りつく。

 喉元まで込み上げる恐怖に、彼の体が小刻みに震え始めた。

 だが、どう足掻こうとも、彼の身体は鎖にがんじがらめにされ、逃げることも反抗することもできない。

 ジュリアンの運命は、すでに決まっていたのだ。

 

 

 その夜、月明かりに照らされたドルテナ要塞の隅々にまで淫らな声が行き渡った。

 金髪の巻き毛を揺らす騎士、ジュリアンの声は、感情の高まりと共に、時折切なげな音を含みつつ、止むことなく続いていた。 

 それはまるで、抑えきれない欲望が形となり、夜空へと解き放たれているかのようだった。

 

◆

 

 翌朝、日が昇り、静寂が戻る頃、ジュリアンの姿は権蔵の前から忽然と消えていた。

 権蔵は目覚めてすぐにその異変に気づいたが、最初は少し驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻した。

 ジュリアンが、ただ逃げ出すような性分ではないことを権蔵は理解していたからだ。

 

「ふむ、まあ急には離れていかんじゃろうな……」

 

 権蔵は鼻で笑いながら、ジュリアンが再び自分の元に戻ってくることを確信していた。

 権蔵の「デカマラ」を一度でも経験した者は、誰もがその刺激に囚われてしまう。

 ジュリアンも例外ではないはずだ。

 彼もまた、その絶頂の快楽を忘れられず、必ず戻ってくるに違いない。

 

「おはようございます。権蔵さま、朝食の用意はもうできております」

 

 いつの間にか背後に立っていたグレイが言う。

 その声は淡々としており、昨日の出来事など無かったかのような冷静さだった。

 実際、彼にとってはあの程度の出来事は取るに足りない日常に過ぎないのだろう。

 

「お、朝飯か。今朝はなんじゃ?」

 

「今日は新鮮な牛肉を使用したステーキでございます。ソースは特製のガーリックソースをご用意しております」

 

「そうかぁ、それは精がつきそうなメニューじゃのう。だったらまずは一発、風呂場でグレイ、カイトと泡姫プレイでもやって飯でも食うか。ぐふふ、今日も一日が楽しみじゃのう」

 

 権蔵は満面の笑みを浮かべながら、グレイを引き連れてドアノブに手をかけたその時――

 

「コンコン!」

 

 不意に扉がノックされた。

 権蔵は一瞬、誰かを予想しながらも、大らかな声で応じた。

 

「はいよー、どちらさんかね? お入りなさいな」

 

 扉が開き、そこに立っていたのは金髪の巻き毛が特徴的な美少年、ジュリアンだった。

 彼の顔には明らかに昨日とは違う決意が宿っていたが、それでもその姿は驚くほど美しく、権蔵は鼻の下を伸ばしながら目を輝かせた。

 

「おお、ジュリアンくん戻ってきてくれたか! やはりわしのことが忘れられんかったのじゃろう? もしかして、一緒に風呂にでも入りたいのかい? それなら最初からそう言ってくれればよいのに。さあ、みんなで入ってきれいきれいしようじゃないか。ぐへへへ」

 

 権蔵は歓喜の表情を隠すこともなく、下品な笑みを浮かべてそう言った。

 しかし、ジュリアンの反応は冷ややかだった。

 

「誰が貴様と風呂など入るか! 勇者を自称するなら、少しは威厳というものを持て。少しでもな!」

 

 ジュリアンの吐き捨てるような言葉には、激しい怒りと嫌悪感が込められていた。

 その冷たさは権蔵の耳に鋭く刺さり、一瞬彼を沈黙させた。

 だが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、朝勃ちした巨大な肉棒を誇示する。

 

「ほう、威厳かのう? それなら、もう立派に育っておるけどな? ぐへへへ……」

 

 ジュリアンのまるで反省していない態度に、そばにいたグレイが我慢できずに前に出た。

 

「おい、ヒヨっ子騎士……権蔵さまの多大なるお慈悲によって罪を許された分際で、なんだその態度は」

 

 グレイの冷ややかな言葉に、ジュリアンの顔は一瞬で真っ赤になった。

 怒りが頂点に達し、彼は憤然とレイピアを抜いて構えた。

 

「ひよっ子だって!? 貴様、よくも誇り高い騎士を侮辱したな! そんなこと許されないぞ!」

 

 その瞬間、グレイも静かに腰の日本刀を抜き、冷然と構えた。

 二人の間に緊張が走り、今にも激突しそうな空気が漂う。

 

「まあまあ、待て、待て! そんなにすぐに剣を抜くんじゃない。喧嘩をする前に、まずは話を聞こうじゃないか」

 

 権蔵は慌てて二人の間に割って入り、手を振って制止した。

 ジュリアンとグレイはそれぞれ睨み合いながらも、不承不承といった様子で武器を下ろした。

 

「ふむ、それでジュリアンくんよ。どうしてまた戻ってきたんじゃ? わしに会いたくなって、愛おしくてたまらなくなったのか? そうなら大歓迎なんじゃがな」

 

 権蔵は冗談混じりにそう尋ねたが、ジュリアンの表情は変わらなかった。

 彼は真剣な面持ちで、毅然とした口調で答えた。

 

「私は誇り高きオルレアヌ王国の騎士として、そして一人の男として、貴様に要望を伝えるために来た。これ以上悪事を働くのはやめろ。貴様の行動がもたらす被害で、多くの罪なき人々が苦しんでいることを理解しているのか? 貴様が勇者と自称するならば、少しでもその力の使い方を考え、慎重に行動するべきだ!」

 

 ジュリアンの声には確固たる決意が込められており、その瞳には鋭い覚悟が宿っていた。

 彼の真摯な言葉に対して、権蔵は一瞬呆然としてしまい、その表情は驚きに満ちていた。

 

「でもさあ、わしが何かするとみんな喜んでくれるんだけどなぁ」

 

「それは、貴様のただの思い上がりだ。とにかく、これからは悪事に勇者の力を使わせるわけにはいかない。いいか、絶対に使うなよ!」

 

 ジュリアンの厳しい言葉に、権蔵は納得がいかず不満そうに反論した。

 

「えー、でもそれだとつまらんではないか。せっかくの異世界なんじゃぞ? わしはもっと遊びたいんじゃ!」

 

「ダメなものはダメだ! どうしてもその姿勢を改めないとあれば、私はずっとお前の傍で見ているからな」

 

 ジュリアンは決意を固めたような目で権蔵を見据えた。

 

(うわー、これって……まるでプロポーズではないか。わし、ブロンドの美少年にプロポーズされるのは初めてかも)

 

 その思いに、権蔵の顔は自然とにやけてしまった。

 嬉しさのあまり、調子に乗った権蔵は考えもせず、ジュリアンに条件を出した。

 

「まあ、そこまで言うのなら仕方ないのう。お主がわしの妾になってくれるというのなら、ちょっとは勇者らしく振舞うことも考えてやらんこともないぞ」

 

 ジュリアンは真剣な表情でじっと権蔵を見つめ、しばし沈黙が続く。

 彼の瞳には何かを決断したような光が宿っていた。

 

「……いいだろう。妾でも奴隷でもなんでもなってやる。だから、もう悪さはするな」

 

(……ええっ!? 妾に奴隷までだって!? この子、もっと融通が利かない子だと思ってたのに、こんな簡単にOKもらえるとは……! 金髪の美少年騎士がわしのものになるだと? これはええ……ええぞ!)

 

 権蔵は、美少年ハーレムの完成にまた一歩近づいたことでウキウキしていた。

 しかし、そんな浮かれた権蔵の耳元に、そばにいたグレイが冷静に耳打ちをしてきた。

 

「(権蔵様、それは少し危険なのでは?)」

 

「(えっ? なんでじゃ? ジュリアンくんがわしの妾になれば、美少年ハーレムの実現が近づくじゃろうが)」

 

「(オレはこのジュリアンという小僧を信用できません。やつは権蔵さまに敬意を持ち合わせていませんし、何より、つい最近まで権蔵さまを殺そうとしていた輩です。そんなやつを御身の側に置くのは危険です。むしろ、ここで追放するか……始末したほうがよろしいかと)」

 

 グレイの言葉には警戒心と冷酷さが滲んでいる。

 彼はジュリアンを鋭く睨みつけ、手を静かに剣の柄にかけていた。

 

 権蔵は少し考え込み、グレイの忠告に耳を傾けたが、一方でジュリアンの言葉にはどこか真剣さが感じられ、今すぐ彼を処分する決断がつかなかった。

 

(うーむ、確かにグレイの言うことも一理あるかもしれん……だが、ジュリアンくんの美しさは手放しがたい。どうしたものかのう)

 

 権蔵は迷いながらも、ニヤリと笑みを浮かべ、決断を下した。

 

「(まあまあ、グレイよ。もう少し様子を見ようではないか。それに心配するではない。わしのデカマラでこやつのケツマンコを犯しまくれば、いずれは従順なメス犬になるはずじゃ。それにわしに惚れなかった美少年などおらんかったじゃろ? だから安心せい)」

 

 その言葉に、グレイは少し不満げな表情を浮かべたが、仕方なく深いため息をつき、一歩下がった。

 彼の瞳にはまだ警戒の色が残っているが、権蔵への忠誠心がそれを抑え込んでいた。

 

「……わかりました、権蔵さまがそうおっしゃるのなら、しばらくは見守ることにいたします。しかし、危険な兆候が現れれば、すぐに行動を起こしますよ」

 

 グレイの冷静な忠告を受け流し、権蔵は軽く頷いて再びジュリアンに向き直った。

 彼の表情には、いつものように不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「さて、ジュリアンくん。おぬしを信じて、この場でひとつ提案があるんじゃが……これからは、わしのことを『ご主人さま』と呼び、忠誠を誓うのじゃ!」

 

 だが、その提案を聞いたジュリアンの反応は冷たかった。

 彼は軽蔑の色を浮かべながら鋭い視線を権蔵に向け、短く吐き捨てる。

 

「断る! 私は貴様に心まで売ったつもりはない!」

 

 その強い拒絶に、権蔵は少し驚いたが、すぐにその表情を崩し、不気味な笑みを浮かべた。

 

「ほほう。いいツン具合じゃないか。ジュリアンくん。気に入ったぞ! そう簡単にデレないところが、わしのタイプじゃ。よし、決めた! 今日からお主はわしのハーレムの一員じゃ! わしがやりたくなったらいつでも相手をしてもらうぞ。ぐふっ、ぐひひっ、ぐへへ、ぐえへ、げへ、ぶほほっ、ぶはははははは!!」

 

 権蔵は、下品な笑い声をあげながら体を揺らし、興奮しきっている様子だ。

 その様子は滑稽でありながらも、どこか狂気じみた不気味さが漂っていた。

 

 ジュリアンはその異様な光景に、眉をひそめて不快感を隠しきれず、冷たい眼差しをさらに鋭くした。

 

「……貴様、本当に下劣だな。だが、覚えておけ。私はレステンクール家の誇りにかけて、決してお前の思い通りにはならないからな」

 

 ジュリアンの鋭い言葉に、権蔵は一瞬息を飲んだが、すぐにまた愉快そうに笑い出した。

 

「ふむふむ、抵抗するのもいいぞ。だが、そのうちわしに屈服する日が来る。楽しみじゃな、ジュリアンくん♪」

 

 こうして、権蔵の自己満足とジュリアンの反抗心の間で、奇妙な関係が幕を開けるのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。