※この作品はR-18です。

美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~   作:とけそうだら

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第46話 マヌローの町②

 マヌローの市場は、夕風が黄金色から茜色へと空を染め上げるにつれて、本当の顔を見せ始める。

 油の弾ける音と、炭火の赤い呼吸。

 乾いた香草の束が屋台の軒先で擦れ合う音に、どこからか聞こえる楽師のリュートの調べが溶け込んでいく。

 食欲をそそる香りの群れが鼻腔をくすぐり、屋台の灯りはまるで地上に降りた小さな星座のようだ。

 

「わっ、ジュリアンくん、あれ! あれ、見てください! 袋にぎっしり詰まった干しブドウ! 絶対に甘くて美味しいですよ!」

 

 カイトが目を輝かせ、ジュリアンの袖を引っぱった。

 

「足を止めるな、カイト。寄り道をしている暇はない。私たちは任務中だということを忘れたのか」

 

 ジュリアンは厳しい声で嗜めるが、その視線は絶えず周囲を警戒している。

 

「えーっ、でも銅貨五十枚ですよぉ! こんなに安いのに、今買わなきゃ絶対に損ですってぇ!」

 

「……いいか、カイト。先に言っておくが」

 

 ジュリアンの声が、潜めるように低くなる。

 

「私は、あの銀髪の悪魔に些細なことで睨まれるのは、もう金輪際ごめんだ。……思い出すだけで、全身の血が凍る……。やつが行うのは、ただの拷問じゃない。人の心を的確に、嗜虐の限りを尽くして『折り尽くす』ための儀式だ……! あの指先の感触が、声が……ああ、忌々しい……!」

 

 熱い鉄の棒で抉られるような記憶の奔流。

 燻された香草の匂いが、あの部屋で焚かれていた甘く不吉な香油の記憶を呼び覚ます。

 

 ――権蔵の命令の下、引きずり込まれた宿の一室。

 銀糸のような髪を持つ少年は、聖者のような微笑みを浮かべたまま、ジュリアンの騎士の誇りを、男の尊厳を、一枚一枚、薄紙を剥がすように剥いでいった。

 

「……『教育』だ、と……やつは言った……」

 

 ジュリアンの声は、まるで喉から血を絞り出すように掠れていた。

 

「『勇者の従者』としての心得を、その身体に、魂に、刻み込むのだと……! 私がほんの僅かでも反抗の光を目に宿すたび……やつの指が、舌が、そして時には氷のように冷たい何かが……!」

 

 言葉が続かない。

 続く光景を脳裏に描くことを、精神が拒絶する。

 

「ジュリアンくん……? 顔、真っ青ですよ、大丈夫ですか?」

 

 カイトの心配そうな声が、悪夢の淵からジュリアンを引き戻す。

 だが、その純粋な響きさえもが、新たな記憶の引き金となった。

 

「違う……そんな、生易しいものじゃない……! ただ弱点を嬲られるだけなら、まだ耐えられた……! あの悪魔は、私の精神が、魂が、どの瞬間に最も深く傷つき、屈辱に染まるのかを正確に見抜いて……そこだけを執拗に、まるで慈しむかのように……解き、暴き、嬲り尽くすんだ……!」

 

「うへぇ、怖いですねぇ。経験豊富なだんちょーのテクニックであんなことやこんなされたらどうなるんでしょうねぇ」

 

「人の心があれば……あんな真似は……! ああ、くそっ……! あんな感覚は……今まで一度たりとも……!」

 

 思い出しただけで、肌が粟立つほどの恐怖。

 だが、それだけではない。

 あの夜に刻み込まれた屈辱的な熱が、意思に反して下腹部の芯を疼かせる。

 恐怖と、それに抗えない身体の反応。その矛盾が、何より彼を苛んでいた。

 ジュリアンは両腕で己を強く抱きしめ、身震いを隠そうとするが、顔は羞恥に赤く染まり、己の身体が己のものでないかのような感覚に陥る。

 

「騎士の誇りも……男の魂も……なにもかも、あの夜に踏みにじられた……。だから頼む、カイト。あいつだけは……刺激するな。絶対に……!」

 

 それは警告というより、悲鳴に近い懇願だった。

 しかし、カイトは存外素直に頷くと、次の瞬間には、まるで今の深刻な空気を振り払うかのように、ぱっと顔を輝かせた。

 

「……なんだかよく分かりませんが、ジュリアンくんがすごく嫌だってことは分かりました! ねぇねぇ、それより、ぼく、お腹が空いて背中とくっついちゃいそうです……。あ! 見てください、ジュリアンくんの大好物、固焼きビスケットもありますよ! ほら!」

 

 ジュリアンの肩から、ふっと力が抜けた。

 もはや、怒る気力さえ湧いてこない。

 これほど魂を削って伝えても、この天真爛漫な少年の前では、すべてが無に帰すのだ。

 

「…………はぁ……。わかった。……五分だ。五分で戻れ」

 

「はい! さすがジュリアンくん、話がわかります!」

 

 やれやれと深く、諦めの混じった溜め息をつくジュリアンにぱっと手を振ると、カイトは小魚のように人混みをすり抜けて屋台へと駆けていく。

 その無邪気な後ろ姿が、逆説的にジュリアンの孤独を癒すかのように、張り詰めていた彼の心を、ほんのわずかに解していった。

 

 干しブドウと固焼きビスケットの袋を宝物のように抱え、さっそく一粒つまんでは頬をリスのように膨らませるカイト。

 彼が愛嬌よく手を振るたび、強面の屋台の店主たちも「へっ、まいどあり!」と相好を崩す。

 この町の市場は、王都に比べて規模こそ小さいが、土の匂いがするような温かい活気に満ちていた。

 誰もがそれぞれの火力で、ささやかな幸福を夢中で炙り出しているかのようだ。

 

 

 

 必要な品目をほとんど揃え、二人が広場に抜けようとした、その時だった。

 屋台の灯りが途切れる薄闇の中、人の流れがまるで川の水が岩を避けるように、不自然に緩んでいる一点があることにジュリアンは気付いた。

 騎士としての本能が、そこに潜む「異物」を感知する。

 風が向きを変え、そこに佇む小柄な影の髪先を、悪戯っぽく持ち上げた。

 

 癖のある青緑色の、綿菓子のように柔らかな髪。

 半開きの、感情の温度を一切伝えない赤い瞳――所謂、ジト目と呼ばれるそれだ。

 少年は、串台の上でじゅうじゅうと音を立てる肉団子を、ただ無表情に眺めている。

 視線が動くたび、光が長い睫毛の先で小さく跳ねた。

 その隣には、夜闇に溶けそうなほど艶やかな黒柴が、主の影法師のように静かに控えている。

 巻いた尾の力強さと、眉に浮かぶ薄白の斑が、並外れた知性を感じさせた。

 

「あっ! サジくん! それにクロちゃんも!」

 

 ジュリアンの警戒をよそに、カイトが喜びの声を上げた。

 名を呼ばれた少年――サジは、ゆっくりとこちらを一瞥すると、興味を失くしたように、すぐにまた肉団子へと視線を戻す。

 

 少年と犬の名前は、サジースとクロコダイル。

 王国中に名を馳せる幻想サーカス団『インフィニティ』の看板パフォーマーと、看板犬である。

 

「どうしてこんな所に? もしかして、お仕事の途中でおサボりですか?♪」

 

 返事はない。黒柴のクロだけが「ふん」と鼻を鳴らし、カイトの靴先を確かめるように嗅いでから、ひとつ尻尾を振った。

 絹のような毛並みにカイトが指を触れ、温かい体温に表情を綻ばせる。

 

「カイト、無闇に話しかけるな。任務中だ。目立つなとあれほど言っただろう」

 

「えー、でもでも! こんな所でサーカスのスターに会えたんですよ! ね、もうちょっとだけ——」

 

 カイトが言い終える前に、腹の奥で「きゅう」と、とても控えめな音がした。

 まるで夜露が一滴、静かな水面に落ちたような音だ。

 音の主は、カイトでもジュリアンでもない。

 サジースが、相変わらずの無表情で、肉団子をじっと見つめている。

 表情は微動だにしないのに、ほんのわずか、喉ぼとけが上下したのを、カイトは見逃さなかった。

 

「……あ」

 

 カイトが目を瞬かせ、次の瞬間、花が咲くような笑顔を見せた。

 

「お腹、すいてるんですか?」

 

 返事は、やはりない。だがその赤い瞳が、串に滴るタレの輝きに、淡く吸い寄せられている。

 カイトは迷うことなく、屋台の親父に指を立てた。

 

「おじさん、これ三本ください! それと、あっちの焼き蜜芋も半分。あと、えーっと……クロちゃんって何が食べられるのかな……味のついてないお肉ってありますか?」

 

「おうよ、坊主。ほれ、塩抜きの肉だ。犬連れの客はちょくちょく来るからな」

 

「やった! ありがとう!」

 

「こらカイト、勝手に財布を——」

 

「大丈夫です、ぼくのお小遣いですから!」

 

 胸を張るカイトに、ジュリアンの制止は空を切った。

 焼き立ての香ばしい匂いは、空腹への何よりの答えだ。

 カイトは熱々の串をふうふうと冷まし、包み紙越しにそっとサジースの前へ差し出した。

 

「よかったら、どうぞ。……熱いから、気をつけて」

 

 少年の赤い瞳が、串の先端に落ちる蜜の光を一度だけ捉える。

 次の瞬間、細い指が迷いなくそれを受け取った。

 何事もなかったかのように、唇が開き、噛む。

 頬や瞼は動かない。けれど、喉がわずかに働いた。

 

 クロ用の肉は、掌に乗せて差し出す。

 

「クロちゃん、どうぞ。塩がないから平気だよー♪」

 

 クロは嗅ぎ、視線をサジースに向ける。合図は一瞬の目配せ。

 許可を得ると、「コツ」と歯先の当たらないよう気遣いながら、小さく口をつけた。

 礼儀作法が仕込まれているのが分かる一啜りだった。

 

「……おいしい」

 

 初めて聞く声は、砂糖のかかっていない飴玉のように、硬質で、余韻がない。

 

「……ここで、仕事。……サーカスが、ある」

 

「ああ、あんたらかい? 噂のサーカス団の!」

 

 屋台の親父が合点がいったように頷く。

 

「二日前から広場にテントが張られてるよな。なんでも“美少年の道化師”が来たとかで、街の娘たちが大騒ぎですごかったぞ。なるほど、あんたが噂の美少年か」

 

 カイトの目がぱっと輝く。

 

「サーカス見たいです!」

 

「却下だ」

 

 ジュリアンは即座に切り捨てた。

 

「私たちは急いでいる。それに、グレイを待たせればどうなるか……あの男の『教育』を、二度と味わうつもりはない」

 

「でも……じゃあテントだけでも! ちょっと遠くから見るだけなら……」

 

 言いかけた言葉を、カイトは自分で飲み込む。

 彼はサジースに向き直り、少しだけ肩を落として、それでも笑顔を作った。

 

「また、サーカス見に行きますね。……クロちゃん、またね!」

 

 クロは小さく鼻を鳴らし、尻尾をひと振りして応えた。

 サジースは何も言わない。

 串の先端が、僅かに軽くなる。

 

 二人が歩き出す。

 屋台の灯りが背中を暖める。

 人の織りなす熱の合間に、夜風の細い糸が通る。

 

 十歩ほど進んだところで、カイトは一度だけ振り返った。

 サジースは串を持ったまま、クロの頭を一度だけ撫でていた。

 あの無機質な指が、ほんの少しだけ、温度を覚えたように見えた。

 

 

♦

 

 色褪せた天幕を透かす夕陽の残光が、魔法の言葉をちりばめたように埃(ほこり)を赤金色にきらめかせている。

 甘ったるい化粧の白粉(おしろい)と、汗と年月が染み込んだ古衣装の匂い。

 その全てが混ざり合い、一日の終わりと非日常の始まりを告げる空気の中、サーカス団『インフィニティ』の座長ジャ・ドゥは、ひび割れた鏡の前で己の仕上げにかかっていた。

 

 大仰な道化の赤い付け鼻を、ミリ単位で真っ直ぐに。

 年季の入った燕尾服の裾を、芝居がかった仕草で優雅に払う。

 その鏡の奥、世界の境界線から滑り込むようにして、音もなく一人の少年と、その影に寄り添う一匹の黒柴が姿を現した。

 

 ジャ・ドゥは口の端にだけ三日月を浮かべ、鏡越しの闖入者(ちんにゅうしゃ)たちに語りかける。

 

「オー、サジース。灰色の町の観光は、お気に召しましたカ?」

 

 少年は答えない。

 ただ、その静寂を肯定するように、足元の黒柴――彼の半身たる『クロ』が、ふさりと尻尾を一振りする。

 

「ヨロシイ。……さて、今宵の舞台は丘の上の館でやりマース! 一幕と二幕の間に、軽い余興も挟みまショウ。なんでも、今宵はホンモノを知る高貴なお客さまが多いそうデース。アナタの水晶は、いつもよりほんの少しだけ派手に……ネ、よろシイ?」

 

 鏡の中で、ジャ・ドゥの赤い瞳が妖しく瞬く。

 その視線に射貫かれた少年――サジースは、しばしの沈黙の後、小さくこくりと頷いた。

 

「……うん」

 

 満足そうに、ジャ・ドゥの口角がぐっと吊り上がる。

 まるで、完璧な操り人形の動きを確認したマエストロのように。

 

「いい子デース。素直な良い子には、ショーの前にとびきりおいしぃご飯を食べさせてあげまショウ。なにか所望のものはありますカー?」

 

「……もう、食べた」

 

 サジースの小さな返答に、ジャ・ドゥはわざとらしく小首を傾げた。

 

「ホホゥ? お食べになった? お金はどうしましたカ? まさか……サジース、食い逃げでもシマシタか? 大人しいサジースくんが!? それは面白い! 実に愉快デース!! ホホホホホホホ!!」

 

 甲高い笑い声が、だだっ広いテントに虚しく響く。

 サジースは意に介した様子もなく、ぽつりと続けた。

 

「……さっき、赤毛の男の子がくれた」

 

「オー! なんとも心優しぃお子さんがいたものデース! で、肝心のお顔はどうでしたカー? ワタクシの目に適うほどの美少年でしたカ?」

 

 ジャ・ドゥの道化じみた問いに、サジースは少しだけ視線を彷徨わせる。

 脳裏に浮かぶのは、夕陽を吸い込んだような髪と、快活な光を宿した瞳。

 

「……そばかすが、かわいかった」

 

「オーウ!! このサジースが『かわいい』と宣うなら、それはなかなかの逸材なのデショーねぇ!! では今度、このワタクシがその心優しきお子さんに、特別なお礼でもしてさしあげまショウか。ホッホッホッホ!! いいデスねー、実に楽しい! 素晴らしいエンターテインメントの予感デース!!」

 

 少年は、もう答えなかった。

 ただ、胸に抱いた冷たい水晶玉を、そっと強く握りしめる。

 その指先に呼応するように、黒柴のクロが、主の足首に安心させるように鼻先をすり寄せた。

 

 ドン、ドン――。

 

 テントの外から、しかし鮮明に、ジャ・ドゥたちの出発を告げる太鼓が二度、静かに出発の合図を送る。

 

 その瞬間、道化を演じていたジャ・ドゥの空気が、刃のように鋭く張り詰めた。

 遠く、町の丘の向こう側で、今夜の客となる観衆の期待が熱となって渦巻いているのが肌でわかる。

 

 ジャ・ドゥは恭しく帽子を取り、誰もいない空間に向かって紳士の礼を捧げると、その唇から熱い吐息をこぼした。

 

「――今宵も、夢幻の入口へご案内。……さあ、我らのショーを始めまショー!!」

 

 テントの裏口には、夜の闇よりも深い黒に塗られた豪奢な馬車が、主役たちの登場を静かに待っていた。

 サジースは、星屑を封じ込めたかのように鈍く輝く水晶玉を胸に抱き、無言で頷く。

 その隣で、クロが完璧な歩調で足並みを揃えた。

 

 こうしてまたひとつ、世界から忘れられた黄昏の物語が、夜の幕を開いた。

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