美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
マヌローでグレイたちが犯罪組織の闇を追う、その同じ日。
権蔵たちもまた、魔族討伐という、もう一つの戦いに身を投じていた。
夜はまだ若く、山は眠らない。
風が抜けるたび、旧鉱山砦の黒い貌(かお)が、闇の中でぬらりと微かにうねる。
先導するのは、純白の外套を揃えた四つの背中。
歴戦の冒険者グループ『白き獅子』だ。
外套の縁に施された護符の刺繍が、闇に溶けることなく、呼吸をするように淡く瞬く。
半歩遅れて、リーダーであるゼウバルモが、大地を踏みしめるように揺らがぬ歩みで続く。
月光を浴びた肩で、金糸で縫われた獅子の紋章が誇らしげに輝いていた。
その後ろに、勇者・権蔵。
そして、その隣には――権蔵にとって、魔族の軍勢よりも恐ろしい存在が、音もなく歩みを進めていた。
月光を浴びて白銀に輝く鎧。腰に差された優美なレイピア。
眉目涼やか、しかしその瞳の奥に絶対零度の炎を宿した、オルレアヌ第一騎士団長、シャルロット・レステンクール。
「……いったい、全体、なんでシャルちゃんがここにいるんじゃ」
権蔵が、絞り出すような声で呟いた。
その顔には、いつもの傍若無人な態度は見る影もなく、ただただ気まずさと焦りが浮かんでいる。
「今回は“国の戦”の一幕。軍の一翼を担う者として、この戦の行方、しかと見届けさせていただきます。……“勇者様”」
(うわーっ……! “勇者様”呼び! しかも語尾にハートどころか氷の矢尻が見える! この前まで『権蔵様』と子犬のように慕ってくれていた、あの可愛らしいシャルちゃんはどこへ行ったんじゃー!)
心のシャッターどころか、鋼鉄の防爆扉を完全に下ろされている。
権蔵は背筋に氷柱を叩き込まれたような衝撃を感じた。
シャルロットは、権蔵に視線を合わせることもない。
その声は静かだが、研ぎ澄まされた刃のように、権蔵の神経を一枚一枚削いでいく。
「ゼウバルモさんよぉ! なんで早くわしに言わんかったんじゃ! この子が来ると知っておったら、わし一人でとっとと魔族を蹴散らして、日の出前には帰るところじゃったわい!」
「……シャルロットは、俺が育てた中でも最高の騎士。『白銀の戦乙女』の異名は伊達ではない。神の加護を受けし彼女がいれば、我々の力は倍増する。故に、今回の遠征には、彼女の同行を私が強く要請したのです」
「いや……だから、それが一番困るんじゃって! わし、この子と顔を合わせるのが、その……気まずいったらありゃせんのじゃ……!」
王城での、あの地獄絵図。
権蔵は、居並ぶ貴族や騎士たちの前で、うら若き騎士団長の誇りを、その白銀の鎧もろとも引き剥がし、衆目に晒したのだ。
すべては愛しのエリオット王に、己の豪胆さを見せつけ、気を惹かんがため――。
その場のノリと勢いでしでかした、我ながら愚かとしか言えぬ大失態。
その時の記憶――とりわけ、シャルロットの凍てつくような、それでいて燃え盛る怒りを宿した瞳を思い出すたび、さすがの権蔵も罪悪感とは少し違う、もっと生々しい後悔で背筋を冷たい汗が流れ落ちるのだった。
「気まずい? ご冗談を」
シャルロットの声が、権蔵を悪夢から引きずり出す。
「気まずい思いをしているのは、わたくしの方ですわ。あの城での屈辱以来、わたくしは騎士団の皆とまともに顔を合わせることもできず、どれほど眠れぬ夜を過ごしたことか……。勇者様、あなた様のどこに、気まずくなる要素があるというのでしょう?」
「うっ……そ、それは……誠に、申し訳ないというか……」
氷の刃が、的確に心臓を抉ってくる。
彼女の言う通りだ。
気まずいなどという言葉で、この状況を表現すること自体が、傲慢の極みだった。
「ご心配には及びません、勇者様。わたくしはオルレアヌの騎士団長。私情で任務を違えはいたしません。……それに」
そこで一度言葉を切ったシャルロットが、初めて、権蔵を真正面から見た。
「あの日の屈辱は、いつか必ず、この手で晴らさせていただきます。今はただ、共通の敵を討つのみです」
「……そ、そうか。そうじゃな! ならばわしも力を尽くすとしよう! 見てくれはただの酔いどれハゲじゃが、やるときはやるのが勇者というものよ! ゲッ、ハッハッハ!」
権蔵は、心の棘を隠すかのように、わざと大きな声で空々しく笑った。
だが、その笑い声は、ぴたりと止んだ。
ゼウバルモが、険しい表情で片手を上げ、一行を制止したからだ。
「…………おかしい」
「ゼウバルモ先生、どうなされましたか?」
シャルロットが、柄に添えた指先に意識を集中させながら問う。
「……砦を見張らせておいた斥候に合図を送っているが、応答がない。本来なら、我々の到着と同時に接触してくる手筈だ。……やられたか」
その呟きは、疑問ではなく、確信の響きを帯びていた。
「まさか! あれほどの手練れたちが、何の痕跡も残さずにか!?」
『白き獅子』の魔法使いが、信じられないといった声を上げる。
「ああ。これほど静かすぎるのが、その証拠だ。敵は一瞬で仕留めたに違いない。いや……残虐にして冷徹で知られる四狂将軍セミヨンのことだ。あるいは、生け捕りにして砦の中で弄んでいるやもしれん」
ゼウバルモの視線の先、山の斜面に穿たれた旧鉱山砦の入り口が、巨大な獣の顎のように、絶対的な闇をたたえて口を開けている。
そこから吹き付けてくる風は、ひゅう、と誰かの最後の喘ぎのような音を立て、濃密な鉄錆の匂いを運んできた。
「時間の猶予はありませんわね。万が一、斥候の方々が捕らわれているのであれば、一刻を争います」
シャルロットが、レイピアを抜き放つ寸前の気配を放ち、静かに告げる。
「うむ。いずれにせよ、我々は進むしかない。覚悟を決めろ」
一行は、旧鉱山砦の入り口へと、再び歩を進める。
月光が、彼らの影を長く、黒く、地面に引き伸ばしていた。
それはまるで、砦の闇そのものが、自ら死地へ向かう彼らを呑み込もうと、黒い舌を伸ばしているかのようだった。