美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
マヌローの夜。
月は薄絹の雲を縫って進み、その銀糸の軌跡が、静まり返った庭園の噴水に一筋の光芒を落としていた。
表向きは、豊穣を祝う慈善舞踏会。
カークライト子爵夫人が所有する広大な邸宅には、王都社交界の綺羅星たちが集い、虚飾の笑顔を交わしている。
回廊の先にある大広間は、天井の梁から薄絹が波のようにたゆたい、星屑を封じ込めたかのような魔導灯が、金色の燭台の上で吐息のように揺らめいていた。
磨き抜かれた黒大理石の床が、その光と着飾った人々の影を、万華鏡のように映し返している。
その無数の影に紛れ、三つの小さな影が、壁際に佇んでいた。
黒と白のエプロンドレスに、純白のフリルが揺れるヘッドドレス。
完璧な給仕の所作で振る舞う三人のメイド――しかし、その楚々としたドレスの下に隠された正体は、いずれも貴族の不正を暴くために潜入した少年、グレイ、カイト、ジュリアンだ。
「もー、このスカート丈、中途半端に長くて動きにくいですよぉ。いっそ膝上までないと、可愛さも機能性も半減じゃないですか? ねぇ、ジュリアンくんもそう思いません?」
軽口を叩いた赤毛のメイド――カイトの脇腹を、隣に立つ褐色肌のメイドが肘で軽く小突いた。
「カイヤ。名前を間違えるな。彼女は『ジュリ』だ。それに今は任務中。私語は慎み、貴族の方々への奉仕に集中しろ」
三人は潜入にあたり、性別と身分を偽っている。
リーダーのグレイは冷静沈着なメイド長『グレイス』。
カイトはお調子者のドジっ子メイド『カイヤ』。
そしてジュリアンは、無口で新人メイドの『ジュリ』という設定だ。
「はーい、グレイ先輩♪ でも、一夜漬けの知識で先輩風吹かせないでくださいよぉ? ぼくは、あのご主人さま専属のメイド長なんですから先輩とは年季が違うんですよぉー♪」
「……『グレイス』だ。それに歴は長くとも、お前のそれは『世話』ではなく『遊び』だろう。業務内容なら私の方が完璧に暗記している」
普段、その双眸を黒革の目隠しで覆っているグレイの、怜悧な紫の瞳が剥き出しになっていた。
度のない眼鏡の奥から放たれる氷のような光が、カイトの浮ついた空気を的確に射抜く。
「むぅ、聞き捨てなりません! よーし、なら勝負です! この任務で、ぼくの方がグレイス先輩より一万倍も素敵なメイドさんだと証明してみせますよー!」
「……面白い。ならば競うとしよう。任務達成への貢献度が最も高かった者を勝者とする。ただし、些細なミスでも犯せばお前の負けだ」
「よーし、望むところですよー♪ じゃあ、ジュリちゃんは審判で! ぼくと先輩、どっちが真のメイドさんか、その目で決めてくださいねー♪」
不意に話を振られ、ジュリアンの肩が怯えたように跳ねた。
「……ッ、そんなこと知るものか! それより、レステンクール騎士団が誇る私が、なぜ女装などを……! なんという屈辱……! これでは我が家の栄光に泥を塗ってしまう……!」
フリルの感触が肌を粟立たせ、慣れないスカートの裾が足にまとわりつく。
騎士として鍛え上げた筋肉が、この柔らかな衣装の中で悲鳴を上げているようだ。
自慢の巻き毛はヘッドドレスの内に押し込まれ、頬には不本意な白粉。
内心がどれほど屈辱に煮えくり返ろうと、体に染みついた騎士の規律が、その所作を崩すことを許さない。
「ジュリ。お前は余計なことを考えるな。盆を運び、グラスを回収する。それだけを人形のように繰り返せ。いいな。……くれぐれも、足手まといになるなよ」
ジュリアンに向け、グレイが冷徹な視線を送る。
「最終確認だ。我々の目的は、給仕に紛れて『闇取引』の物証を押さえること。合図は私が鳴らす鈴の音。三度目の合図と同時に裏口を封鎖し、庭に待機させた警備隊を突入させる。手筈はいいな」
「……わかっている。奴らが尻尾を出せば、真っ先に教えてやるさ。……『グレイス』さん」
ジュリアンが、偽名にありったけの皮肉を込めて吐き捨てる。
「はいはーい♪ ぼくの鼻も準備万端ですよっ! 怪しいお薬の匂いがしたら、千里先からでも嗅ぎつけてみせますよぉ♪」
カイトが明るくウィンクした。
三者三様の返答に、グレイは小さく頷く。
「今夜の失敗は許されない。子どもたちの未来が、我々の双肩にかかっている。――では、散開」
その言葉を合図に、楽団が奏でるワルツの調べの中へ、銀髪と赤毛の偽りのメイドが溶けていく。
まるで始めからそこにいなかったかのように、ふかふかの絨毯の上を滑り、腐敗と堕落の甘い香りが渦巻く光の洪水の中へと消えていった。
一人、その場に取り残されたジュリアンの足は、まるで床に縫い付けられたかのように動かなかった。
(……動けない……)
シャンデリアの光を乱反射する宝石、粘つくような香水の匂い、耳障りな貴族たちの嬌声。
その全てが、巨大な波となってジュリアンに押し寄せ、思考を麻痺させる。
(どうすれば……? そもそも私に、メイドの真似事などできるはずが……!)
生まれながらの貴族。常に給仕を「される」側にいた自分が、今度は「する」側へ回る。
貴族や騎士としての礼法は骨の髄まで染みついているが、それは決して「仕える者」の作法ではない。
グラスのステムはどの指で挟む?
盆を差し出す理想の角度は?
その一つ一つが、踏み込んではいけない
だが、それ以上に背筋を凍らせるのは――。
(この中に私の顔を知る者がいたら? 万が一にも、レステンクール家の嫡男として覚えられていたら……? 一つの無様な所作が注目を浴びた瞬間、全てが終わる……!)
たった一つの失態が、囚われた子どもたちの命運を永遠に閉ざすかもしれない。
その鉛より重い現実が、ジュリアンの両足を床に縫い付けていた。
その時、横から肘で悪戯っぽくつつかれる。
「ジュリちゃん、そんな所で壁のシミになってたら、かえって怪しまれますよぉ。ほら、お仕事お仕事♪」
「す、すまない……。少し、気圧されてしまって」
「ふふっ、初めてのお仕事なんですから無理もないですよー。ぼくだって、初めてご主人様の専属メイドになった日は大失敗して、三日三晩『特別なお説教』をされたんですから! ……あ、見てください。あそこの薔薇色のドレスのご婦人が手招きしてます。さ、行ってらっしゃいませ♪」
カイトに背中を押され、ジュリアンは意を決する。
(そうだ、私は今、騎士ジュリアンではない。名もなきメイド『ジュリ』なのだ……!)
そう己に強く言い聞かせ、壮麗なドレスを纏った貴婦人へ深々と一礼すると、冷えたワイングラスを盆に乗せて、震える足で歩み寄った。
「お飲み物を、どうぞ……」
おそるおそる差し出すジュリアンを、貴婦人は扇子の先で顎をくいと持ち上げ、値踏みするように見つめ返す。
「……あら、あなた。随分と不器用なのね。どちらの田舎から出てきたのかしら。躾がなっていないわ」
「も、申し訳ございません。私、まだ仕事に慣れておりませんで……」
「ふん。その辛気臭い顔を見ているだけで、こちらの気分まで滅入るわ。さっさと向こうへ行ってちょうだいな」
吐き捨てられた言葉が、ジュリアンの騎士の誇りに、冷たい針のように突き刺さった。
まるで汚物を払うかのようにぞんざいに手を振られ、ジュリアンはすごすごと引き下がるしかない。 背中に突き刺さる侮蔑が、彼のプライドを容赦なく抉る。
「まったく、間に合わせの娘はこれだから。愛嬌の一つもございませんこと」
去り際に投げつけられた嘲笑が、耳の奥で不快に反響した。
(なんなのだ、あのご婦人は……! こちらはこれでも必死にやっているというのに……!)
ジュリアンが唇をきつく噛み締めていると、音もなく隣に滑り込んできた銀髪のメイド――グレイが、氷よりも冷たい視線を彼に向けていた。
「……突っ立っているだけでは案山子だぞ、新人。目障りだ、とっとと働け」
「うるさい……! 私だって……やっているだろう! そもそも、こんな仕事は性に合わない! それに、相手が一方的に……!」
「言い訳か。仕事に貴賤はない。己の役割を果たせぬ無能は、どこへ行っても無能なだけだ。――特に、言い訳ばかりが達者な貴族の坊ちゃんな」
「……なんだと?」
「見ていろ、ジュリ。本物のメイドの『仕事』というものを、その目に焼き付けてやる」
グレイはそう言い捨てると、ふわりと身を翻し、何事もなかったかのように雑踏の中へと消えていった。
(くっ……! 私とて、オルレアヌ王国では名の知れた騎士のはしくれだぞ! こんな給仕の仕事、生まれて初めてなのだから……仕方ないではないか!)
ジュリアンの顔が、屈辱にカッと赤く染まる。
(くそ……! いつもそうだ、グレイは私を値踏みして、見下して! だが、見ていろよ。貴様にできて、私にできないはずがない! もし貴様がしくじったら、その時は……私が、貴様を笑う番だ!)
心の内で毒づきながら、ジュリアンは食い入るようにグレイの姿を目で追った。
その一挙手一投足を見逃すまいと、神経を研ぎ澄ませる。
そして彼は、信じられない光景を目の当たりにすることになる。
「お次のお飲み物はいかがですか?」
「ああ、もらおうか」
「かしこまりました。どうぞ、素敵な夜をお楽しみくださいませ」
普段は鉄面皮で愛想の欠片もないグレイが、完璧な淑女の笑みを唇に貼り付け、水が流れるような優雅な所作で貴族たちに応対しているではないか。
「おや、可愛らしいメイドさんだね。今夜の
「まあ、光栄ですわ。ですけれどお客様、私のような未熟な娘では、あなた様のような素敵な殿方のお相手はとても務まりませんわ」
下卑た視線を向ける壮年の貴族に対し、グレイは潤んだ瞳で恥じらうように微笑んでみせる。
相手を立てつつも、その実、悪意を柳のように軽やかにいなし、ふわりと身を翻して次の客へと移っていく。
その一連の動きは、まるで長年この館に仕える模範的な給仕、そのものだった。
「…………」
ジュリアンは絶句した。
(……なんだ、あれは。普段のあの鉄面皮な男はどこへ行った? あれが、あのグレイだというのか……?)
圧倒的な技量の差。
それは経験や技術という陳腐な言葉では測れない。
役という仮面を完全に喰らい、己の血肉とした『役者』だけが到達できる領域。
驚愕は、一瞬で焦燥に変わる。
胸を焼くのは、役立たずな自分への苛立ち。
そして――
二つの感情の濁流に呑まれ、ジュリアンは唇を噛み締め、俯いた。
その背中を、楽しそうな声がツン、とつついた。
「ジュリちゃーん、そんな所で化石になってると、また
いつの間にか背後に回り込んでいたカイトが、悪戯っぽく囁く。
「……分かっている。だが、体が鉛のように重いんだ。私には……どうやら、この役は荷が勝ちすぎる」
吐き捨てるジュリアンに、カイトは月明かりのように楽しげな笑みを細めた。
「最初は誰だってそんなもんですよ。……しょーがないですねぇ、そんな迷える新人ちゃんのために、ぼくがとっておきの秘訣を伝授しちゃいます!」
「秘訣だと……?」
「その名も、カイト流♪ メイドの心得十か条! その一! いきますよぉ?」
カイトは人差し指をくいっと立て、ウィンクする。
「『笑顔は、最強の武器にして最高のマスターキー』! ――どんな鉄壁の相手だって、無垢な笑顔を向けられちゃえば、心の鍵がちょーっとだけ緩むんです。そこをこじ開けるのが、プロのお仕事なんですよぉ♪」
「笑顔、か……。今の私には、到底……」
「こんなに可愛いお顔してるのにもったいないですよ! ほら、背筋ぴん! 口角きゅっ!」
言いながら、カイトの指が伸びてきて、ジュリアンの両頬をむにっとつまみ上げた。
「んぐっ……!?」
「今のジュリちゃんなら、王都中の男の人を骨抜きにできる美少女メイドだって、このぼくが太鼓判を押します!」
「そ、そうか……それはそれで……国家を揺るがす大問題だが……!」
「ほら、笑って笑って! 最高の武器、使わなきゃ損ですよぉ♪」
無理やり作らされた笑顔は、鏡で見れば屈辱に歪んでいることだろう。
だが不思議なことに、カイトの体温が伝わる頬から、強張っていた全身の力がふっと抜けていく。
(そうだ……あのグレイに、無様な姿を見せたままで終われるか。オルレアヌ騎士の誇りにかけて、見ていろ。最後に笑うのは、私の方だ……!)
「……ああ、そうだな! やってやろうじゃないか!」
「その意気です! ……あ、早速次の
カイトが顎で示した先には、でっぷりと肥えた男爵が立っていた。
その爬虫類を思わせる脂ぎった視線が、獲物を見つけた蛇のように、ジュリアンの全身をねっとりと舐め回している。
「……っ!」
思わず後ずさりしそうになる足を、叱咤して踏みとどまる。
ジュリアンは震える指を悟られぬようスカートの裾を優雅につまみ上げると、体に叩き込まれた完璧な
「お飲み物は、いかがでございますか……『ご主人様』」
唇から滑り落ちた屈辱的な響きに、内心で奥歯を噛み締める。
しかし、男はジュリアンの必死の努力を嘲笑うかのように、下卑た笑い声を上げた。
「フンッフゥ……。今宵は上玉が揃っておるな。どれ、小娘。その顔をよぉく見せてみろ」
「か、かしこまりました。どうぞ、ごゆっくり……」
震える手でグラスにワインを注ぎ、男の前に恭しく差し出す。
男は「うむ」と満足げに頷くと、ワインを受け取るふりをして、粘つくような感触でジュリアンの手首を掴んだ。
刹那、抵抗する間もなく引き寄せられ、太い腕が細い腰に回される。
「ひっ……!?」
耳元に、腐った酒と脂の匂いが混じった不快な吐息が吹き込まれる。
「……キミ、実にいい。どうだい、わしの今夜の相手を務めてはくれんかね。後で部屋に来なさい。たっぷりと可愛がってやろう」
「あ……あ、の……わたし、は……」
突然の陵辱に、ジュリアンの思考は真っ白に染まる。
その初心な反応が男の嗜虐心を煽ったのか、顔の笑みはさらに深くなった。
「なんだね? この由緒正しき男爵様のお誘いが聞けんのかね?」
「いえ、その……です、が……」
「なあに、悪いようにはせんよ。金か? 金が欲しいのだろう? ヌフフフ……心配はいらん。お前がひと月は遊んで暮らせるだけの大金をやろう。さあ、どうだ?」
脂でぎらつく顔が、醜悪に歪む。
絡みつく指から逃れようと身をよじるが、丸太のように太い腕はびくともしない。
助けを求めて視線を彷徨わせるが、カイトはすでに他の客の対応に追われており、こちらに気づく様子はなかった。
(くそっ……! なんだこの男は……! どうすれば……!)
唇を噛み締めたその時、不意に男の腕から力が抜け、「ゴッ」という鈍い音が響いた。
見れば、その手首を、いつの間にか背後に立っていたグレイが、ありえない角度に捻り上げている。
「ぐ、グレ……!」
名を呼びかけたジュリアンを、グレイは静かな視線で制した。
その華奢な腕から、信じられないほどの握力が男の手を締め上げ、骨がきしむ音を立てていた。
「な……っ! き、貴様、何を……!」
「おやめくださいませ、お客様。彼女はわたくしの大切な同僚でございますの」
「はあ? だから何だと言うのだ!」
「今宵は人手が足りておりませんの。この宴を滞りなく進めるには、彼女の働きが不可欠。些事に時間を取られては、わたくしたちが困りますのよ」
グレイは作り物のような淑やかな笑みを浮かべたまま、男の耳元に顔を寄せる。
その声は、甘い毒のように静かだった。
「……旦那様。あなたが東の街の酒場の女に産ませた隠し子……。右肩に蜥蜴の痣を持つ、今年で五つになるあの子……その事実、私が知らないとでもお思いで?」
「……ッ!? き、貴様、なぜそれを……!?」
男の顔から血の気が引く。
グレイは微笑みを崩さぬまま、さらに言葉を続けた。
「これ以上、わたくしたちの『お仕事』を邪魔なさるようでしたら……この話、あなたの口うるさい正妻のご婦人、可愛らしいお子様方の耳に入ることになりましてよ。それでも、よろしいので?」
「ぐぅっ……!」
男が苦悶に顔を歪める。
グレイは慈悲の欠片もない瞳でそれを見下ろし、最後通牒を突きつけた。
「……お客様。賢明なるご判断を。これはお願いではございません。――命令ですわ」
グレイがパッと手を離すと、男爵は手首を押さえ、顔を真っ赤にして、まるで亡霊に追われるかのように人混みの中へ逃げ去っていった。
一部始終を見届けたグレイは、何事もなかったかのように完璧なメイドの笑みを浮かべると、再び雑踏の中へとその姿を溶け込ませていく。
残されたジュリアンは、ただ呆然と、その小さな背中を見送るだけだった。
(……助けられた、のか。私が……あのグレイに……)
胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。
それは感謝か、それとも不甲斐ない自分への憤りか。
「ジュリちゃん、大丈夫でしたか?」
いつの間にか戻ってきたカイトが、心配そうに顔を覗き込む。
「……ああ。それよりカイト、三時の方向、青いドレスの婦人のグラスが空だ。早く注ぎに行け。それと、そこのテーブルの皿も回収を」
「えっ、は、はいっ!」
驚くカイトを尻目に、ジュリアンは淀みない動きで空のグラスを盆に乗せ、次の客へと向かう。
もう、その足に迷いはなかった。
(そうだ、今の私はメイドなのだ……! グレイやカイトと共に戦う、チームの一員……! この役目を完璧にこなし、必ずや事件解決の糸口を掴んでみせる!)
胸に新たな決意を刻み、ジュリアンの瞳に鋭い光が宿る。
それは、もはや単なる騎士の矜持ではなかった。
仲間への信頼と、自らの役割を全うするという、プロフェッショナルとしての覚悟の光だった。