※この作品はR-18です。

美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~   作:とけそうだら

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第52話 夜会② 逆行-夜会前の準備

 時は遡り、カークライト子爵婦人主催の夜会が幕を開ける、一時間前。

 

 マヌローの町外れにある小さな宿屋、その二階。

 軋む板間の一室に、三人の少年が集っていた。

 

 ベッドの上には、これから彼らが纏うことになる黒白のメイド服が三着、まるで舞台衣装のように、静かにその出番を待っている。

 

「よし。最後にもう一度、手順を確認する」

 

 窓から差し込む夕陽を背に、グレイが手にした羊皮紙を広げた。

 そこには子爵夫人邸の精密な見取り図と、彼が独自に収集した情報がびっしりと書き込まれている。

 

「まずは『変身(メイクオーバー)』だ。メイド服の着方を一つ間違えるだけで、我々は『招かれざる客』として排除される。カイト、お前からだ。実演しろ」

 

「はーい♪ お任せください!」

 

 カイトは鼻歌交じりに、ベッドから一番小さなサイズのメイド服をひょいと取り上げた。

 既に肌着姿になっていた彼は、躊躇なく黒いワンピースに袖を通そうとする。

 

「えーっと、まずはワンピースから……っと、ありゃ? 後ろのボタンに手が届きませんねぇ」

 

「待て。順序が違う」

 

 グレイの冷ややかな声が、カイトの動きをピシャリと止めた。

 

「ストッキングが先だ。次にコルセットで体の線を殺す。ワンピースはその後だ」

 

「あ、そっか! 何事も下準備が大事ですもんね!」

 

 カイトは素直に服を脱ぎ捨てると、シルクの白いストッキングを足先から滑らせるように履いていく。

 続いてコルセット――その代用品であるさらしのような幅広の帯紐を胸元できつく結び、少年特有の骨格を押し隠して、ふっくらとした少女のシルエットを偽装する。

 

「うわー、けっこう苦しいですねこれ。でも……うん、これなら完璧な美少女に化けられそうです♪」

 

 再び黒いワンピースを身に纏うと、今度はジュリアンが無言で背後に回り、手早く背中のボタンを留めてやった。

 その指先は驚くほど迷いがなく、正確だ。

 

「……お前、妙に手際がいいな」

 

「……騎士の正装も後ろ留めが多い。構造が似ているだけだ」

 

 照れたようにそっぽを向くジュリアンの横で、カイトは白いエプロンを腰に巻き、胸当て部分を肩紐で固定する。

 仕上げに純白のフリルが揺れるヘッドドレスを頭に乗せ、くるりと軽やかにターンを決めた。

 

「どうです?」

 

 そこにいたのは、非の打ちどころのない、可憐な少女メイドだった。

 

「……合格だ」

 

 グレイが短く、事実だけを告げる。

 

「次、巻き毛。お前の番だ」

 

「……断固として拒否する」

 

「任務だ」

 

「だからと言って! レステンクールの騎士たる私が、女装などという破廉恥な真似をする理由がどこにある!」

 

 ジュリアンの悲痛な叫びを意にも介さず、グレイは中くらいのサイズの衣装を突きつけた。

 

「いいか、よく聞け。お前がどれだけ喚こうと、これが囚われた子どもたちを救うための最善策だ。お前のくだらない矜持と、消えゆく幼い命。天秤にかけるまでもないだろう?」

 

「くっ……!」

 

 その氷の正論に、ジュリアンは言葉を詰まらせる。

 卑怯だ。子どもの命を持ち出されては、騎士として反論などできるはずがない。

 

「……わかった。やればいいんだろう、やれば!」

 

 観念したジュリアンは、頬を屈辱の朱に染めながら、震える手でフリルの塊に袖を通し始めた。

 カイトが楽しそうに後ろのボタンを留め、エプロンのリボンを蝶結びにし、ヘッドドレスが一番可憐に見える角度を入念に調整する。

 

 ――十五分後。

 

「……これで、満足か?」

 

 消え入りそうな声で、ジュリアンが振り返った。

 ヘッドドレスは彼の端正な顔立ちを気品高く飾り立て、計算された衣装のラインが、鍛え抜かれた肉体を奇跡のように華奢な令嬢へと錯覚させている。

 

「……ああ」

 

 グレイは初めて、満足げに口の端を吊り上げた。

 

「これなら誰も、お前が男だとは思うまい」

 

「……まったく嬉しくないな」

 

「ジュリアンくん、すっごく可愛いですよー♪ これならパーティで、スケベな貴族のオジサマ方に囲まれて『はぁはぁ』されちゃいますね!」

 

「そんな連中に言い寄られてたまるかッ!」

 

 最後に残ったグレイは、まるで己の皮膚の一部であるかのように、淀みない手つきでメイド服を身に着けていく。

 目隠しを外した素顔は怜悧な美貌をたたえており、銀縁の伊達眼鏡と艶やかな銀髪が、近寄りがたいほどの知的な美貌を完成させていた。

 

「よし。外見(ガワ)は問題ない。次は『中身』だ」

 

 グレイは革鞄から偽造書類の束を取り出した。

 

「身分証明書、雇用契約書、そして臨時雇用の許可証。全て完璧な偽造品(フェイク)だ。だが……」

 

 彼は一枚の紙をジュリアンに手渡す。

 

「お前の『偽りの顔』だ。名前、出身地、雇用期間。一字一句、脳髄に刻め」

 

 ジュリアンは紙を受け取り、その内容を目で追った。

 

「『ジュリ・レスト』……なぜ本名に近い?」

 

「咄嗟の時に反応するためだ。完全に違う名前では、思考のコンマ一秒の遅れが命取りになる」

 

「……なるほど。出身地は『王都近郊の小村・レセルタ』、年齢『十六歳』、雇用期間『本日限りの臨時雇い』……覚えた」

 

 カイトも自分の書類を覗き込む。

 

「『カイヤ・エルフェンベルク』ですか。出身地『東方商業都市・ヴェルハイム』、年齢『十四歳』、特技『皿洗いと主人のお世話』っと。はい、インプット完了です♪」

 

「俺は『グレイス・クロイツベルク』。出身地『北方山間部・ベルグハウゼン』、年齢『十八歳』、職歴『他家での給仕経験三年』」

 

 三人はそれぞれの偽名と設定を、それが真実であるかのように、何度も口の中で転がし、馴染ませていく。

 

「次は潜入経路だ」

 

 グレイが見取り図を床に広げ、三人はそれを囲むように膝をついた。

 

「我々は正面玄関から堂々と入る。裏口からの侵入は、逆に『招かれざる客』のすることだ。臨時雇いのメイドとして、正面から入るのが最も自然で疑われない」

 

「検問は? 王都の綺羅星が集う夜会だ。警備は王城並みだろう」

 

 ジュリアンが不安を滲ませる。

 

「問題ない。事前調査で、今夜は臨時雇いのメイドが大量に動員されることが割れている。夜会の規模が想定を上回り、主催者側も人手不足で猫の手も借りたい状況だ。多少の不審点など、混乱の内に黙殺される」

 

 グレイは淡々と続ける。

 

「それに、我々の偽造書類は『本物』以上の出来だ。羊皮紙の質、インクの滲み、家の紋章の透かしに至るまで、寸分違わぬ」

 

「……本当に大丈夫なんだろうな。偽造など、門番が見ればすぐにバレて……」

 

「ジュリアンくんは心配性ですねー。ぼくたちはドルテナで盗賊稼業をしてるんですよー? 悪いことならお手の物なんです♪」

 

「自慢げに堂々と言うな、馬鹿者!」

 

 カイトの胸を張った物言いに、ジュリアンがすかさずツッコミを入れる。

 

「無駄口はそこまでだ。本題に入る。例の『取引』についてだ」

 

 グレイの声色が一段低くなり、場の空気が引き締まった。

 

「まず、俺がこれらの情報を掴んだ経緯を説明する」

 

 グレイは羊皮紙の別のページを開いた。そこには暗号のような文字で、情報がびっしりと書き込まれている。

 

「昨夜、俺は単独で子爵夫人邸に潜入した。使用人通用口から忍び込み、館内の構造、警備の配置、そして人の流れを全て記憶した」

 

「潜入しただと!? 無謀すぎる! もしバレていたら、夜会そのものが中止される可能性だってあったんだぞ!」

 

 ジュリアンが驚愕に目を見開く。

 

「リスクは計算の上だ。情報(マップ)なしで敵陣に飛び込む方がよほど無謀だ。……昨夜の潜入で、俺はいくつかの『重要な会話』を拾った」

 

 グレイの指が、見取り図の一点――温室を示した。

 

「温室の奥で、館の執事と所属不明の男が密会していた。『今夜の“特別な客”のために、“いつもの場所”を用意しろ』『“黒い箱”の準備は?』『“サーカス”が始まったら合図を』……こうした断片的な会話だ」

 

「……それで、取引の存在を確信したと」

 

「そうだ。それに、この手口には見覚えがある。俺がかつて所属していたドーレ領の闇組織――奴らが使っていた薬物取引の手法と酷似している」

 

 カイトが興味深そうに身を乗り出した。

 

「どんな手口なんです?」

 

「社交界のパーティーを隠れ蓑にした、古典的だが効果的な手口だ。表の顔は上流階級の社交場、裏の顔は非合法な取引市場。今回も同じパターンと見て間違いない」

 

 グレイは近くにあった杯を手に取った。

 

「俺が知る限り、買い手は『特定の合図』でテーブルに近づき、グラスの置き方で『購入の意思』を示す。オルレアヌの闇組織でも、恐らく共通の符丁が使われているはずだ」

 

「グラスの置き方?」

 

「空のグラスを逆さに置く。これが『買いたい』という意思表示だ。売り手はそれ確認すると、テーブルの下から『商品』を取り出し、代わりにグラスを正位置に戻して渡す。これで取引成立だ」

 

 グレイは実際に、杯を逆さに置き、再び正位置に戻して見せた。

 

「では代金の支払いは? その場では払わないのか?」

 

「直接の金銭授受はリスクが高い。『慈善事業への寄付』という名目で、別の場所に納める形になるだろう。封筒の色で金額を区別している可能性が高いと踏んでいる」

 

「推測……ということは、確実ではないのか?」

 

「ああ。だからこそ、現場での『確認』が重要になる」

 

 グレイは眼鏡の位置を直しながら、二人を見据えた。

 

「我々の真の任務は『確認』と『記録』だ。実際の取引方法を見極め、動かぬ証拠を押さえる。予想と違っていても慌てるな。現場で対応(プラン)を修正すればいい」

 

「それで、道化師どもは何のために呼ばれたんだ?」

 

 ジュリアンが眉根を寄せる。

 

「まさに『道化』のためだ。これは確度の高い情報だが――サーカス団『インフィニティ』の演目こそが、闇取引の幕開けを告げるファンファーレになる」

 

「えっ、サーカス! じゃあサジくんたちもお屋敷に来るんですか?」

 

 カイトがぱっと顔を輝かせた。

 グレイは静かに頷き、見取り図の舞台部分を人差し指でなぞる。

 

「観客の視線が喝采と共に舞台へ注がれる、その束の間の暗闇こそが奴らのための舞台だ。取引はそこで行われる。これは確信に近い」

 

「……つまり、サーカス団そのものが、巨大な目くらましだと?」

 

 ジュリアンが息を呑む。

 

「そういうことだ。だから、演目が始まったら我々も動く。カイト、今回ばかりはショーに見惚れるなよ。任務を最優先しろ」

 

「もー、失礼しちゃいます! ぼくだってプロのメイドさんですから、お仕事はちゃんとしますってば!」

 

 不満げに頬を膨らませる少年を無視し、グレイは続けた。

 

「役割分担だが、あくまで基本布陣だ。盤面の動きに応じて駒は動かす。全体の指揮と証拠の確保は俺が執る。お前たちは俺のチェスピースとして動け」

 

 グレイは淡々と、しかし有無を言わせぬ響きで告げる。

 

「カイト、お前はビショップだ。その機動力で盤上を駆け、情報を集めろ。ジュリアン、お前はルーク。その観察眼で直線上を射抜き、敵のキング――買い手を特定しろ。それぞれの『武器』を最大限に活かすんだ」

 

「警備隊への合図は?」

 

「最重要事項だ。瞬きもせず聞け」

 

 グレイは腰の紐から、純白と真紅、二枚の布を取り出した。

 

「まず、俺が勝手口を清掃するふりで『白い布』を垂らす。これが『待機』の合図。取引が始まれば『赤い布』に変える。これが『準備せよ』の合図だ。そして最後に、床にホタル粉を散布し扉を全開にする。外に漏れる燐光が、終演を告げる『突入』の合図だ。合図の各段階で、お前たちには鈴を鳴らして知らせる。三度目の澄んだ音色が、狩りの始まりを告げるだろう」

 

 グレイが最後の説明を締めくくったとき、部屋の中に一瞬だけ、奇妙な静寂が訪れた。

 メイド服に身を包んだ三人の少年は、それぞれの胸に去来するものを抱えたまま、互いの顔を順に見つめる。

 

「――以上だ。あとは、本番でしくじらないことだけだな」

 

 グレイの言葉に、ジュリアンはぎゅっとスカートの裾を握りしめた。

 

「……ああ。騎士として、レステンクールの名に懸けて、必ず子どもたちを救い出す」

 

「ぼくもがんばりますよー♪ ご主人さま直伝、“ぜったいバレない完璧メイドさんスマイル”で、怪しいおじさんたちの懐に潜り込んでやります!」

 

 カイトがにぱっと笑ってウインクすると、緊張で強張っていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。

 

 窓の外はとっぷりと暮れ、これから戦場となる子爵夫人邸の、偽りの灯りが遠くで宝石のように瞬いているのが見えた。

 

「……時間だ」

 

 グレイが懐中時計をパチンと閉じる音が、静かな部屋に響いた。

 

「――最後に、誓え」

 

 三人は、円陣を組むように中央に集った。

 

「我々は今宵、三人のメイドとして敵陣に潜入する。目的は薬物取引の現場を押さえ、子どもたちの居場所を突き止めること。敵の手の内は読めない。常に最悪を想定し、臨機応変に対応する。それぞれの役割を全うしろ。そして……」

 

 グレイは一瞬、夜の闇よりも深い沈黙を落とした。

 

「――何があっても、無茶はするな。俺を置いて逝くことは許さん。必ず、三人で生きて帰る。……これは、命令だ」

 

 その中央に、三つの手が、それぞれの覚悟の重さを確かめるように固く重ねられた。

 伝わってくるのは、互いの肌の温度と、言葉にならない誓いの熱。

 

「約束ですよ、だんちょー」

 

「……ああ、約束だ」

 

 顔を上げる。

 そこにいるのは、もう少年たちの面影すらない、完璧な三人のメイドだった。

 

「――では、行こうか」

 

 グレイが扉に手をかけた時、ジュリアンがふと、独り言のように呟いた。

 

「……本当に、私たちにやれるのだろうか」

 

 その不安を溶かすように、カイトがいつもの太陽みたいな笑顔で振り返る。

 

「もー、心配しすぎですよぉ。だってぼくたち、最強の勇者権蔵の従者さんじゃないですかぁ♪」

 

 その屈託のない言葉に、ジュリアンの強張っていた肩の力が、ふっと抜けた。

 

「……そうだな。子どもたちが待っている。必ず、私達はやり遂げる」

 

 三人は静かに宿を後にする。

 月明かりが濡れた石畳を銀色に照らし、その道はこれから始まる舞台へと続いている。

 道の先では、子爵夫人邸の煌びやかな光が、まるで巨大な獣が口を開けているかのように、彼らを待ち構えていた。

 闇に囚われた子どもたちを救う唯一の鍵を、その牙の内側から奪い取るために。

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