美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
子爵夫人邸の大広間に、甘美な毒のようにワルツが満ちていた。
シャンデリアから降り注ぐ蜜色の光が、着飾った貴族たちの虚飾の笑顔を照らし、磨き抜かれた床に堕落の影を落とす。
その光と影の境界線を縫うように、三つの偽りの影――三人のメイドが、静かに、しかし確実に盤上を動いていた。
グレイは銀盆を盾に、会場の隅で気配を殺しながら、狩人のごとく獲物たちの動向を観察していた。
偽造書類と周到な準備。
潜入の第一段階は、完璧に成功している。
誰も、この給仕の仮面の下に隠された牙に気づいてはいない。
宴の熱が最高潮に達しようとしたその時、会場の一角に設えられた舞台に、スポットライトが突き刺さった。
「皆様、長らくお待たせいたしました! これよりは、夢と現の狭間へと皆様を誘う、旅芸人一座『インフィニティ』による一夜限りのショーの開演でございます!」
司会者の声に、貴族たちの視線が期待に爛々と輝き、舞台へと吸い寄せられる。
紫と黒の道化師服に身を包んだ座長ジャ・ドゥが、軽やかにステップを踏みながら現れた。
彼は戯けるように一礼すると、朗々と口上を述べる。
「レディース・アンド・ジェントルマン! 今宵、皆様には奇跡の目撃者となっていただきまショー! さあ、おいで……我が一座が誇る至宝、『彗星の美少年』サジース!」
呼び声に応え、舞台の奥から一つの影が、まるで夜霧から生まれるように現れた。
青緑色のふわりとした髪、現実感のない半開きの紅い瞳。
その腕に抱かれた水晶玉は、まるで凍てついた星のようだ。
美しさという陳腐な言葉では測れない、神聖さすら漂わせる少年の姿に、会場が息を呑んだ。
サジースが水晶玉にそっと吐息を吹きかけると、球体の内部に淡い光が灯る。
光は命を得たように脈動し、やがて虹色のオーロラとなって溢れ出した。
「おお……!」
「なんて……美しい……!」
感嘆の声が漏れる。サジースは表情一つ変えず、水晶玉を宙へと解き放った。
球体は意思を持つかのように宙を舞い、幻想的な光の軌跡を描いて会場を漂う。
会場の全ての視線が、その光に釘付けになった。
――好機。
グレイの紫の瞳が、怜悧な光を放つ。
カイトとジュリアンに視線で合図を送り、三人は音もなく散開した。
グレイは会場の奥の暗がりへ。カイトは中央部の華やかなエリアへ。
ジュリアンは貴族たちが密集するテーブル周辺へ。
サーカスの開演は、闇取引の開幕の合図。
筋書き通りだ。
舞台では、水晶玉が幾重にも分裂し、色とりどりの星屑となって乱舞している。
誰もがその神々しい光景に魂を奪われている、その裏側で。
グレイの視線が、壁際のテーブルで行われた些細な異変を捉えた。
一人の貴族の男が、空のワイングラスを、まるでそれが当然であるかのように逆さまに置いたのだ。
(――来たか)
グレイの心臓が、静かに、しかし強く鼓動する。
予習通りの符丁。
男は舞台に魅入られているふりをしながら、その視線は獲物を探す蛇のように、給仕係の動きを追っていた。
やがて、本物のメイドの一人がそのテーブルに近づく。
彼女はグラスを正常な向きに戻すと同時に、その下に滑り込ませた小さな包みを、テーブルクロスごと男の手へ渡した。
あまりに自然で、あまりに手慣れた、腐敗の所作。
男はそれを素早く懐にしまうと、満足げに立ち上がり、会場の最も暗い一角――巨大な大理石の柱が落とす、濃密な影の中へと吸い込まれていく。
そこは、この絢爛な舞踏会の『奈落』。
すでに数人の男女が、仮面のような笑みの下に欲望を隠し、蜘蛛のように集まっていた。
グレイは空のグラスを盆に乗せるふりで柱の陰に身を潜め、聴覚を研ぎ澄ませる。
「して、今宵の『幻魔薬』の出来栄えはいかがですか?」
舞台の音楽の合間を縫って、粘つくような低い声が届く。
声の主は子爵家の執事である。
「ああ、素晴らしい! まるで十代の頃の覇気を取り戻した気分だよ。前回よりも純度が高いのではないかな」
先程の貴族の男が、恍惚とした表情で答える。
「当然です。我々の『商品』は常に最高品質です。さて、次回のご注文は?」
「では、来月の夜会までに同じものを二十。頼めるかね」
「承知いたしました。お代は例の通り、『慈善団体への寄付』という形で、あちらの箱へ」
執事が、闇に沈む小さな机を指差す。
そこには色分けされた封筒が、毒花のように並んでいた。
(金の流れ、受け渡しの手口……物証は上がった)
その時、密談の輪に新たな人影が音もなく加わった。
絹のドレスが立てる微かな音。
カークライト子爵夫人、その人だった。
「例の件、進捗は?」
子爵夫人の声は、普段の社交的な響きとは似ても似つかぬ、氷のような冷たさを帯びていた。
「万事順調に。王都からの新たな『商品』も、間もなくこちらへ到着の予定です」
「『商品』……ああ、子どもたちのことね」
子爵夫人の唇が、歪んだ三日月のように吊り上がる。
「ええ。特に今回は、魔力の素質を持つ見目麗しいものを十人ほど。実に極上のようです。『三冥神』への供物、薬の材料、そして……飽ことを知らぬ貴族の方々の『玩具』としても、非常に価値の高い逸品でございます」
(三冥神……!?)
聞き慣れない神の名が、グレイの思考に鋭く突き刺さる。
(ただの薬物取引や人身売買じゃない……! 奴らがやっているのは、邪神への贄を捧げる儀式……!)
供物。材料。そして、玩弄物。
拉致された子供たちの末路を想像し、全身の血が凍るような悪寒が走った。
「次の『儀式』は?」
「明後日、新月の夜に。場所は例の地下神殿にて執り行れる予定です」
「よろしい。滞りなく準備を進めておきなさい」
子爵夫人が命じると、執事の男は再び闇に溶けた。
入れ替わるように、ぬるりと新たな人影が密談の輪に滲み出る。
全身を黒衣に包み、奇怪な仮面で顔を隠した小柄な男だった。
「これはゲルド殿。ようこそ。薬の仕上がりはいかが?」
「フフ……上々、でございますとも。我が商会の技術に、一点の曇りもございません」
仮面の男――ゲルドの口調には、爬虫類を思わせる陰湿な響きがまとわりついている。
「約束の品は?」
「無論。今宵の『特別なお客様』のために、最高の純度で」
ゲルドが懐から取り出したのは、一つの小瓶。
中で揺らめく虹色の液体が、闇の中で妖しい光を放っている。
「まあ……! 『夢見の雫』……!」
子爵夫人が、恍惚とした吐息を漏らす。
その瞳が、硝子瓶に映る虹彩に劣らぬほど、ぎらついた欲望の色に染まった。
「幻魔薬の粋を凝縮した、至高の一滴。これさえあれば……!」
「ええ。その一滴は、貴方様を最も甘美なる夢幻の園へと誘い……その果てに、偉大なる『三冥神』様の御声を授けましょうぞ」
「素晴らしい……! 実に素晴らしいわ! これで、次の儀式も盤石ね」
(儀式……? 誘拐された子どもたちはそこに集められるということか……!)
グレイの全身に電流が走った。
状況は想定を遥かに超えて深刻だ。
一刻の猶予もない。
彼は音もなくその場を離れ、勝手口へと急いだ。
扉の隙間から、腰に隠した赤いリネンを外へ垂らす。
「現行犯あり、準備せよ」
――警備隊への合図だ。
だが、まだだ。
突入には、敵の戦力と配置を正確に把握する必要がある。
サーカスの第一部が終わり、万雷の拍手が鳴り響く中、グレイは再び大広間の喧騒へと身を溶け込ませた。
カイトとジュリアンを探す。
二人はそれぞれの持ち場で、顔を蒼白にしながらも任務を続けていた。
「カイト、状況は?」
すれ違いざま、グレイが囁く。
「ひどいです……! 貴族のおじさんたちが話してました……子どもたちを『実験材料』にしてるって……! 魔力持ちの子の血から、もっと強い薬を作るんだって……!」
カイトの声は、怒りと恐怖に震えていた。
「それだけじゃなくて……今夜、この場で……子どもたちの『品定め』も行われるって……! あいつら、子どもに……いやらしいことをする気です……!」
グレイは奥歯を噛みしめた。
腸が煮え繰り返るような怒りが、冷静な思考を焼き切ろうとする。
「ジュリアンは?」
「あそこです。テーブルの配置と、連中の動きを探ってます」
カイトが指差す先で、ジュリアンが完璧なメイドの所作でワインを注ぎながら、鋭い観察眼を光らせていた。
グレイは彼に近づく。
「なにか掴めたか?」
「ああ……最悪の形だがな」
ジュリアンの声は、押し殺した怒りで硬い。
「取引は、この大広間の各所で行われている。連中はテーブルの花の装飾を暗号に、薬を隠している。バラ、ユリ、そして舞台近くの白いクロス……内通したメイドが、客の注文に応じて商品を運ぶ手筈だ。そして……客層が問題だ」
ジュリアンが視線を巡らせる。
「会場の半数は、何も知らない無関係な貴族たちだ。彼らは純粋にサーカスを楽しみに来ている。だが、残りの半数は……合図を送っている、薬漬けの連中だ」
「なるほど。無知な観客を目隠しに使っているのか」
グレイの視線が、指定されたテーブル群を走査する。
確かに、巧妙で悪趣味な仕掛けだ。
無関係な貴族たちが舞台の輝きに目を奪われ、拍手喝采を送っているその真横で、中毒者たちはその隙を突いてテーブルの下で小包を受け取っている。
光と闇が、同じ純白のテーブルクロスの上で同居していた。
その時、再び舞台に光が灯り、ジャ・ドゥがマイクの前に立った。
「皆様、お待たせいたしまシター! 続いては、皆様をより甘く、深い夢の世界へと誘う、『夢見の歌』をお届けいたしマス!」
サジースが、今度は古雅な作りの笛を手に舞台へ現れる。
彼がその笛に唇を寄せた瞬間、脳髄に直接流れ込むような、抗いがたいほど甘美で、破滅的な旋律がホールを満たした。
――観客の理性を奪い、この狂宴を仕上げるための、悪魔の子守唄だ。
案の定、歌が始まると同時に、取引はさらに活発化する。
無関係な客たちが恍惚として瞳を潤ませる一方で、中毒者たちはもはや隠そうともしない貪欲さで薬を手にしている。
この夜会そのものが、清廉と腐敗を煮詰めた坩堝だったのだ。
証拠は揃った。
今こそ、悪夢の幕を引く。
グレイは三度、勝手口へ向かい、今度は躊躇なく腰の袋から燐光を放つホタル粉を床に撒いた。
扉を全開にし、闇夜に漏れる淡い光が、突入の最終信号となる。
だが――。
(……何かが、おかしい)
訓練で磨き上げたグレイの第六感が、けたたましく警鐘を鳴らす。
庭の闇が、死んでいる。
合図に呼応するはずの、精鋭たちの気配が、一片たりとも感じられない。
彼の背筋を、氷の刃がなぞった。
もう一度、強くホタル粉を撒く。
闇に溶ける微光が、助けを求める無音の悲鳴のようだ。
しかし、返ってくるのは墓場のような静寂だけ。
その、瞬間だった。
舞台上の楽団の演奏が、まるで生命線を断ち切られたかのように、ぷつり、と途絶えた。
何事かと観客がざわめく中、指揮棒を振っていたジャ・ドゥの顔から血の気が引いていく。
「な、ななな、なんデスかー! コレはいったい、どういうことデース!」
ジャ・ドゥの震える指が、ゆっくりと舞台袖を指し示す。
白い仮面の下で、恐怖に引きつる口元が見えた。
刹那、全てのスポットライトが一点に絞られ、舞台中央を白日の下に晒した。
闇が裂け、そこに林立するのは、悪夢のオブジェ。
――あれは、柱などではない。
一本、また一本と、無惨に括りつけられた、人だった。
(まさか――警備隊!)
息が、止まった。
首を垂らし、腕を背後で固く縛められ、膝を折られ、猿轡を噛まされた男たち。
その制服には、見慣れたオルレアヌ王国警備隊の紋章が、おびただしい血で黒く滲んでいた。
中には、昨日、作戦を伝えた下士官の顔も見える。
門の外で待機させていた男たちの、光を失った瞳があった。
声にならない叫びが、喉に突き刺さる。
「ふふっ……あは、はははははははは!」
甲高い笑い声が、静寂を切り裂いた。
舞台の中央へ、ヒールの音を響かせて歩み寄る一人の女。
カークライト子爵夫人。
今宵の宴の、魔女だった。
手にした豪奢な杖で、足元の床を軽く打つ。
カン、という乾いた音が、全ての者の心臓を鷲掴みにした。
「ふふっ。――正義の仮面というものは、なんて美しいのでしょう。ですがね、皆様。仮面というものは、剥がされるからこそ、その奥にある歪んだ素顔が、より一層、輝きを増すというもの」
子爵夫人の声は、聖母のように優しく、悪魔のように残酷に、ホールを満たす。
「さあ、皆様! 宴の続きと参りましょう! 今宵、この舞台で、絶望という名の、最も甘美なる『夢』を、ご一緒に!」