美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
「さあ、皆様! 今宵、この舞台で、絶望という名の『夢』を、共に紡ぎましょう!」
子爵夫人が微笑んだ、その時だった。
グレイの鋭敏な視覚が、舞台袖の柱の麓に積まれた異様な違和感を捉えた。
無造作に積み上げられた、無数の白い塊。
人骨ではない。
獣の骨だ。
だが、それは冒涜的なまでに歪な形で組み上げられ、中心に埋め込まれた黒い魔石を心臓として、ドクリ、と生きているかのように脈動していた。
(骨のゴーレム……『骨獣』か――!)
「幕は二度、落ちるもの。――一度目は偽りのために。そして二度目は、真実のために」
夫人が杖を一振りすると、黒いオーラが骨獣の魔石へと奔流のように流れ込んだ。
空っぽだった眼窩に、血のような赤い光が宿る。
「やめろッ!」
ジュリアンの絶叫が響くより早く、骨獣たちは音もなく滑り出し、その鋭利な骨の先端を、無抵抗な警備隊員の体へと突き立てた。
首筋。腕の内側。脚の付け根。人体の急所三点を、同時かつ正確に。
押し込み、抉り、引き抜く。
鮮血が、暗がりの中で墨のように飛び散った。
膝が折れ、目が白く剥かれ、声なき声が喉で震えて途切れる。
「おほほほほ! 見事、一撃で彼岸にいきましたわ!」
夫人は、まるで傑作を愛でるかのように、一度だけ、乾いた拍手を打った。
観客席の一角、闇に染まった貴族たちからは狂ったような歓声と下卑た笑い声が上がる。
一方、無関係だった半数の貴族たちは、その凄惨な光景に顔を引きつらせ、短い悲鳴を上げて後ずさる。
舞台袖では、ジャ・ドゥが頭を抱えていた。
「ノぉおおおおおお! ワタクシのサーカスが血の海地獄にぃいい!」
「静粛に。彼らは尊い犠牲になったのです。死は救いです。彼らは三冥神のもとで新たな命へ生まれ変わるのです」
夫人の声には、怒りも哀れみもない。
ただ、完璧に調律された音だけが、死と絶望に満ちた空間に響いていた。
(……やられた。突入前に、すでに制圧されていたのか。ならば、俺たちの計画も筒抜けだったと……!)
グレイは奥歯を強く噛みしめ、脳内で瞬時に思考を巡らせる。
今ここで動けば、孤立無援の的となる。
(一度退いて刀を取りに行くべきか……)
武器は宿に置いてきた。
いま、手元にあるのは服の中に隠した護身用の短剣が一本のみ。
相手は人間ではない。
鋼鉄並みの硬度を誇る骨の化け物だ。
この貧弱な装備では、あまりにも分が悪い。
その逡巡を見透かしたかのように、夫人が舞台上で優雅にターンし、杖を高々と掲げた。
「さてさて。どうやら、この会場に可愛い鼠さんたちが紛れ込んでいるようですわね」
その言葉に、観客席が再びざわめく。
スポットライトが低く唸り、その光の円が、まるで狩人の視線のように、客席を舐めるように動き出した。
一つ、二つ、三つ――。
光の刃が、床を切り裂き、疾走し、そして止まる。
三つの光の円が、寸分の狂いもなく、三人の偽りのメイドを捉えた。
黒と白のドレス。
手には銀盆。
しかし、その瞳には、もはやメイドの謙虚さなど微塵もない。
グレイ、カイト、ジュリアン。
三人が、完全な静寂の中で、白日の下に晒される。
大広間の空気が一瞬で凍りつき、次の瞬間、爆発した。
「侵入者だ!」
「警備は何をしている!」
「捕らえろ! 奴らを捕らえろ!」
怒号、嬌声、嘲笑。
夫人に与する貴族たちは、獲物を見つけた獣のように声を荒げる。
様々な色の感情が渦を巻く中、夫人は愉悦の笑みをさらに深くし、舞台から両腕を広げた。
その姿は、まるで愛しい演者を迎え入れる、ショーの主役そのものだった。
「ようこそ、迷える子羊たち。オルレアヌの勇者の従者、グレイさん、カイトさん。そして……」
夫人の視線が、一点に注がれる。
まるで、懐かしい旧友を見つけたかのような、優しく、それでいて底冷えする瞳で。
「ふふ、ジュリアン様。お久しぶりでございますね。あの夜、レステンクール公爵の晩餐会にお招きいただいてから数年……随分と大きく、利発に……そして美しくなられましたね」
「……カークライト子爵夫人。いったいなぜ……なぜ貴方が……」
ジュリアンの声が震える。それは恐怖からではない。
理解しがたい現実への困惑と、悲哀からだった。
「優しかったあなたが……子爵やご子息をあれほど深く愛し、誰にでも慈悲深かったあなたが……どうしてこんな悪事を……!」
ジュリアンの悲痛な叫びが、広間の高い天井に吸い込まれていく。
かつて彼女は、領民からも慕われる理想の貴婦人だった。その彼女が、なぜこれほどの惨劇を引き起こせるのか。
だが、夫人はきょとんと小首を傾げ、やがて花が綻ぶような――あまりにも無垢で、美しい笑みを浮かべた。
「あら、ジュリアン様。貴方は何を勘違いしていらっしゃるの?」
「……え?」
「私は変わっておりませんわ。今でもあの人たちを愛しています。深く、深く……骨の髄まで、魂の欠片一つに至るまで」
夫人はうっとりと両手を組み合わせ、胸の前で祈るようなポーズを取る。
その瞳は、狂気的な熱を帯びて潤んでいた。
「愛しているからこそ、救ってさしあげたのです。……病に伏し、老いて朽ちゆく定めの肉体など、苦痛の檻でしかありませんもの。だから私は、三冥神(さんめいしん)の御力をお借りして、彼らを『永遠』にしてさしあげましたの」
「永遠……? まさか……」
ジュリアンの顔から、さっと血の気が引いていく。
夫人は愛おしげに、足元へ擦り寄ってきた二体の骨獣へ手を伸ばした。
生前を模したのか、大人と子供のサイズに組み上げられた異形の骨。
その顎を、夫人はまるで愛猫を愛でるように優しく撫でる。
「ええ。夫も、息子も、今は腐ることのない清らかな骨となって、私に寄り添ってくれていますわ。……ほら、こちらが夫で、こちらが息子です。ご挨拶なさい」
夫人が促すと、二体の骨獣はカタカタと顎を鳴らし、歪な敬礼のような動作を見せた。
その眼窩に宿る赤い光は、もはや人間のそれではない。
「き、貴様ッ……! 家族を、アンデッドの化け物にしたというのか……!」
「人聞きの悪いことを仰らないで! これは『祝福』ですわ! 現世という地獄から解放し、死という安らぎを与え、そして私の
――狂っている。
完全に、壊れている。
かつての慈愛は、歪んだ信仰というレンズを通して、もっとも悍ましい形へ変質していた。
ジュリアンは言葉を失い、握りしめた拳が小刻みに震える。
諫めても、説いても、届かない。相手はすでに“対話”の地平にいないのだと、魂が理解してしまった。
「さぁ――貴方たちも、主人と息子のように、美しい骨にしてさしあげますわ。私の永遠の兵隊として、この腕の中で可愛がってあげましょう。さぁ、大人しく私に身を委ねなさい。そうすれば貴方たちにも、三冥神の慈悲が必ず与えられますわ!!」
夫人が両腕を広げる。
救済を説く聖女の仕草で、破滅を招く魔女の笑みを浮かべながら。
――カラン。
乾いた金属音が、熱に浮かされた広間の空気を一刀両断した。
グレイが銀盆を床へ捨てた音だった。
彼は無言で一歩、前へ出る。
「……ご来場の皆様。お食事の前に、少々お騒がせします」
丁寧な口調。
だが、そこに謝意はない。
冷え切った刃だけが、声の芯に沈んでいた。
グレイはスカートのポケットの中で指を滑らせ、二つの銀球を挟み込む。
手つきに迷いはない。
「あら? まだ抵抗なさるの? 無駄なあがきはおよしなさいな」
夫人が憐れむように首を傾げる。
まるで、救われたがって駄々をこねる子供を見るように。
「三冥神? 悪いが、そんな“都合のいい神”は知らない」
「あら、残念ですわ。貴方も所詮は俗物。目に見える現世の快楽に縛られ、真の救済が見えていないのね。三冥神の愛を受け入れれば、全ての苦しみから解放されるというのに」
グレイは鼻で笑った。嘲りではない。切り捨てだ。
その瞳の奥には、揺るがない“拠り所”だけが燃えている。
「俺が信じるのは、ただ一人。泥にまみれ、傷だらけになりながらも――それでも前に立ち続けた、あの背中だけだ」
「……背中?」
「ああ。俺にとっての神も、救いも、信じるべきものも……権蔵さまだけで十分だ」
言い切った声は静かだった。
だからこそ、どんな祈りより重く響いた。
「お前の愛がどれだけ深かろうが関係ない。――俺の忠誠は、最初から最後まで、権蔵さまにしか向かない」
次の瞬間、グレイの親指が銀球を弾き飛ばした。
ヒュッ――鋭い風切り音。
銀球は天井の梁へ吸い込まれ、叩きつけられるように炸裂した。
カッッッ!!
閃光が大広間を白く塗り潰し、遅れて轟音が鼓膜を殴りつける。
「きゃぁぁぁっ!?」
「目が、目がぁぁ!」
貴族たちが目を覆って悲鳴を上げ、夫人の笑みが一瞬だけ歪む。
骨獣たちもまた魔力の乱れに反応し、ぎこちなく動きを止めた。
「――今だ」
グレイはスカートの裾を翻し、内側に仕込んだワイヤー射出機を足で蹴り上げる。
空中で装置が開き、極細の金属線が二筋、闇と光の境界を裂いて走った。
カン。
天井裏、老朽化した梁に巻きつく硬質な音。
グレイがワイヤーを引く。
ギリギリ、と木が悲鳴を上げ――仕掛けておいた結合部が外れた。
ズドォォォォン!!
舞台の天井が崩落し、瓦礫が雨のように降り注ぐ。
骨獣たちはまとめて押し潰され、組み上げられた骨は“物”へ戻って砕け散った。
「なっ……! 私の、私の愛しい家族がぁぁぁ!!」
夫人の絶叫が響く、その一拍の隙を――グレイは逃さない。
右腕から新たなワイヤーが走り、蛇のようにしなる鋼糸が夫人の身体を一瞬で絡め取った。
ぐるぐると締め上げ、身動きを封じる。
「今だ。カイト、ジュリアン――夫人を確保して、ここを出るぞ!」
冷たい号令が落ちる。
反撃の狼煙が、ようやく上がった。