※この作品はR-18です。

美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~   作:とけそうだら

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第55話 夜会⑤

「今だ! カイト、巻き毛! 夫人を連れて屋敷を出るぞ!」

 

 グレイの号令とともに、反撃の狼煙が上がった。

 砕け散った骨の破片と舞台の瓦礫がまだ空気中を舞っている。

 閃光弾の残光が瞼の裏に焼き付き、悲鳴と怒号とが渦を巻く――その混沌の中心で、グレイだけが冷たい刃のように静かだった。

 

 カイトが駆け、ジュリアンが身を翻す。

 二人が夫人へ距離を詰める、その瞬間。

 

 だが、ワイヤーに縛められているはずの夫人は、余裕の笑みを崩さない。

 まるで自分が“捕まった側”だと理解していないかのように、小首を傾げ、玩具でも眺める眼差しでグレイを見た。

 

「あらあら。私と踊りたいのでしたら、もう少しステップを美しくなさいな。レディのエスコートにしては、少々乱暴すぎましてよ?」

 

「黙れ。荷物が喋るな」

 

 グレイの声は低い。怒鳴らない。抑揚もない。だからこそ、命令が刃になる。

 

「ふふ……そんなにきつく縛り上げて、どうなさるおつもり? そんなに私が欲しいなら……今夜くらい、抱いて差し上げてもよろしくてよ?」

 

「言ったはずだ。俺の魂を満たす『愛』とやらは――権蔵さまだけで間に合っている」

 

 グレイはワイヤーを一段、ギリリと締め上げた。

 挑発には乗らない。余計な感情を燃やせば、その煤(すす)が視野を曇らせる。

 

 夫人は苦しげに眉を寄せる……が、それすら舞台上の演技のように妖艶で、美しい。

 彼女は赤く濡れた唇の端だけで、嗤(わら)った。

 

「……若いわね。でも、覚えておきなさいな。――過ぎたる献身は時として、不吉を招くものよ」

 

 次の瞬間――夫人が、縛られたままの指先で、パチン、と鳴らした。

 

 音ではない。

 “振動”だった。

 

 見えない波が床を走る。

 大理石の目地を伝って、足首にまとわりつき、骨の髄まで冷えるような重さが体を押し潰し始める。

 空気は鉛に変わり、呼吸がひとつ遅れるたび、肺が錆びていく。

 

「動くなと言っただろう」

 

 グレイは夫人の肩を押し倒し、床に縫い付けるように体重をかけた。

 それでも夫人は笑みを崩さない。

 

(……こいつ、闇魔法か。床全体を回路にして、何を――)

 

 グレイの膝が、わずかに軋む。

 だが倒れない。

 彼は足裏の感覚で“魔力の流れ”を測る。

 

「カイト、こっちに来るな」

 

「えっ……!? でも、だんちょー……!」

 

「いい。まず出口を確認――」

 

 言い終える前に、会場の出入り口から悲鳴が爆ぜた。

 

「な……出られない! どうしてだ、外に出られないぞ!」

「そ、そんな……! なんですの、この黒い壁は……!」

 

貴族や雇われたメイドたちが出口へ殺到し――見えない何かに弾かれて転げ落ちた。

 

「ノォオオオオ!! なんデスかーこれはぁああああ!! ワタクシまだ死にたくありまセーン!」

 

 ジャ・ドゥまでが壁に突っ込んでは跳ね返り、派手に転んで四肢をばたつかせている。

 滑稽だ。だが笑える空気ではない。

 

 空間を縫い止めるように立ち上がった漆黒の障壁。光を吸い、音を沈める“闇の幕”。

 大広間は一瞬で檻になった。

 

「おほほほほ。私を捕まえるですって? それは無理ですわ、可愛い鼠サンたち」

 

 夫人は朗らかに笑う。

 まるで観客に喝采を求める主演女優――いや、惨劇を演出する演出家そのものだ。

 

「――私がアナタたちを、この舞台の主役にしてさしあげますわ!」

 

 漆黒のオーラが、夫人の指先へ凝集していく。

 闇が“渦”になる。回転ではない。世界の法則が削られていく感覚。空間が薄く剥がされ、毒々しい何かが滲み出す。

 

(まずい……範囲殲滅だ!)

 

 グレイは即座にワイヤーを切り離すと、夫人から角度をずらして距離を取った。柱の陰――死角。次の一撃を見切るための位置だ。

 

「カイト! 防御魔法(バリア)! 今すぐ、集まれる奴だけ囲え!」

 

「りょ、了解ですっ! えっと、えっと……みなさーん! こっち! こっちに来てくださーい! ぎゅーって、くっついてー!」

 

 無邪気な呼びかけが、恐慌で沸騰した広間に吸い込まれていく。

 誰も聞いてはいない――悲鳴と足音と、椅子を蹴倒す音が、言葉を塗り潰していた。

 

「くっ、パニックで声が届かないか! ええい、ままよッ!」

 

 ジュリアンが吼える。

 彼は近くの貴族の腕を掴み、襟首を引っ掴んで引き寄せた。

 驚いて抵抗する相手も構わず、半ば投げるようにバリアの内側へ押し込む。

 

「生きたければ動くんだ! そこは死に場所じゃない!」

 

 さらにメイドを、従者を、足の止まった者から順に引き剥がしていく。

 救える数には限りがある――それでも、手を伸ばさずにはいられない。

 

 時間がない。

 空気が、闇で軋む。

 

 カイトは喉を引きつらせながら、両手を天へ掲げた。

 震える指先に、淡い光が集まり――膜となって広がっていく。

 

(間に合え……!)

 

 祈るように、けれど必死に。

 

 その刹那。

 

「さあ! 今宵最高の舞台の始まりですわ!!」

 

 黒い閃光が炸裂した。

 それは光ではない。闇が“爆発”したのだ。

 

 視界が真っ白に塗り潰される。鼓膜が裂ける。

 誰かの喉が潰れる音。骨が折れる音。

 肉が裂ける音。

 叫びが、叫びの形のまま途切れていく。

 

 ――そして。

 

 白が剥がれ落ちたとき、そこには地獄が残っていた。

 

 ひしゃげたテーブル。砕け散ったシャンデリア。

 壁に貼り付く血飛沫。床に広がる肉片。さっきまで笑っていた貴族たちが、判別不能の塊へ変わっている。

 鼻腔を刺す鉄臭と焼けた脂の匂い。口の中が勝手に酸っぱくなる。

 

「な……なんて、ことを……!」

 

 夫人に追従していたはずの貴族たちすら、腰を抜かし、這いずり、泣き喚くことしかできない。

 生き残った者も、目を、腕を、声を失い――ただ呻くだけの“残骸”となっていた。

 

 カイトの防御魔法圏内にいた者たちだけが、奇跡的に五体満足で立ち尽くしている。

 その光の膜も、今にも割れそうなほど儚く明滅していた。

 

 グレイは奥歯を噛みしめる。怒りではない。

 感情が沸騰するより先に、冷徹な結論が脳裏に落ちる。

 

 

(“仲間”も“客”も区別しない。必要なら切り捨てる。――最初から、そのつもりだった)

 

 その時、太った貴族が血に濡れた手で床を掻き、舞台上の夫人を睨み上げた。

 

「夫人! これはどういうことなんだ!? 我々は……我々は、三冥神を信仰する、あなたの『仲間』ではないか!」

 

 だが夫人は、心底おかしそうに腹を抱えて笑い出した。

 

「仲間? おほほほほ! 屠殺される家畜がおめでたいことですこと。私は、この夜会を“万全”にするために、最高の舞台を用意しただけですわ」

 

 笑いながら、夫人は指を鳴らす。

 次の瞬間、彼女を縛めていたワイヤーが、砂のように崩れて消えた。

 切ったのではない。分解したのだ。闇の魔力で“繋がり”そのものを断ち切った。

 

「そ、そんな……我々を殺して、貴方に何の得が……!」

 

「おや、まだお分かりになりませんか?」

 

 夫人は瓦礫を踏み越え、ゆっくりと降りてくる。

 足取りは優雅。だが目だけが、飢えた獣のそれだった。

 

「私は『お客様』を何より大事にしますわ。ですが――」

 

 夫人は立ち止まり、諭すように首を傾げる。

 

「嗅ぎ回る鼠を引き入れた貴方たちは、もう『お客様』ではありませんわ。三冥神の価値を貶める、ただの『汚点』です。よって、全ての証拠と共に、この舞台から退場していただきます」

 

 凍りつくほど穏やかな声。その穏やかさが、何より残酷だった。

 

「貴方たちはその命を以て、私の夜会を完成させる『生贄』となるのです! ですが、絶望することはありませんわ! 貴方たちもいと貴き三冥神の御許で――新しく生まれ変わるのですから!」

 

 狂気と歓喜に満ちた哄笑が、血と死臭に満ちた大広間を満たす。

 

「おお、三冥神よ! 我が身に、この魂に、更なる力を! この哀れな子羊たちの命と血を贄に、どうか私に加護をお与えください!」

 

 その祈りに応えるように、瓦礫の隙間から骨が鳴った。

 カタ、カタ、カタ――幾つも、幾つも。

 砕けたはずの骨獣が、破片を寄せ集めて立ち上がる。赤い眼窩が点り、爪が床を引っ掻く。

 

 生き残りの者たちが、今度こそ本物の悲鳴を上げた。

 

 そしてグレイは、静かに息を吐く。

 怒りは遅れてくる。今は判断が先だ。

 

「……カイト、巻き毛。生存者を背に。防御陣形だ」

 

「はい! ぼくが皆さんを守ります!」

 

「……わかった! 騎士の名誉にかけてこれ以上は誰も死なせない!」

 

 次の瞬間、骨獣の群れが雪崩れ込む。

 悪夢の第二幕が、幕を開けた。

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