美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
「今だ! カイト、巻き毛! 夫人を連れて屋敷を出るぞ!」
グレイの号令とともに、反撃の狼煙が上がった。
砕け散った骨の破片と舞台の瓦礫がまだ空気中を舞っている。
閃光弾の残光が瞼の裏に焼き付き、悲鳴と怒号とが渦を巻く――その混沌の中心で、グレイだけが冷たい刃のように静かだった。
カイトが駆け、ジュリアンが身を翻す。
二人が夫人へ距離を詰める、その瞬間。
だが、ワイヤーに縛められているはずの夫人は、余裕の笑みを崩さない。
まるで自分が“捕まった側”だと理解していないかのように、小首を傾げ、玩具でも眺める眼差しでグレイを見た。
「あらあら。私と踊りたいのでしたら、もう少しステップを美しくなさいな。レディのエスコートにしては、少々乱暴すぎましてよ?」
「黙れ。荷物が喋るな」
グレイの声は低い。怒鳴らない。抑揚もない。だからこそ、命令が刃になる。
「ふふ……そんなにきつく縛り上げて、どうなさるおつもり? そんなに私が欲しいなら……今夜くらい、抱いて差し上げてもよろしくてよ?」
「言ったはずだ。俺の魂を満たす『愛』とやらは――権蔵さまだけで間に合っている」
グレイはワイヤーを一段、ギリリと締め上げた。
挑発には乗らない。余計な感情を燃やせば、その煤(すす)が視野を曇らせる。
夫人は苦しげに眉を寄せる……が、それすら舞台上の演技のように妖艶で、美しい。
彼女は赤く濡れた唇の端だけで、嗤(わら)った。
「……若いわね。でも、覚えておきなさいな。――過ぎたる献身は時として、不吉を招くものよ」
次の瞬間――夫人が、縛られたままの指先で、パチン、と鳴らした。
音ではない。
“振動”だった。
見えない波が床を走る。
大理石の目地を伝って、足首にまとわりつき、骨の髄まで冷えるような重さが体を押し潰し始める。
空気は鉛に変わり、呼吸がひとつ遅れるたび、肺が錆びていく。
「動くなと言っただろう」
グレイは夫人の肩を押し倒し、床に縫い付けるように体重をかけた。
それでも夫人は笑みを崩さない。
(……こいつ、闇魔法か。床全体を回路にして、何を――)
グレイの膝が、わずかに軋む。
だが倒れない。
彼は足裏の感覚で“魔力の流れ”を測る。
「カイト、こっちに来るな」
「えっ……!? でも、だんちょー……!」
「いい。まず出口を確認――」
言い終える前に、会場の出入り口から悲鳴が爆ぜた。
「な……出られない! どうしてだ、外に出られないぞ!」
「そ、そんな……! なんですの、この黒い壁は……!」
貴族や雇われたメイドたちが出口へ殺到し――見えない何かに弾かれて転げ落ちた。
「ノォオオオオ!! なんデスかーこれはぁああああ!! ワタクシまだ死にたくありまセーン!」
ジャ・ドゥまでが壁に突っ込んでは跳ね返り、派手に転んで四肢をばたつかせている。
滑稽だ。だが笑える空気ではない。
空間を縫い止めるように立ち上がった漆黒の障壁。光を吸い、音を沈める“闇の幕”。
大広間は一瞬で檻になった。
「おほほほほ。私を捕まえるですって? それは無理ですわ、可愛い鼠サンたち」
夫人は朗らかに笑う。
まるで観客に喝采を求める主演女優――いや、惨劇を演出する演出家そのものだ。
「――私がアナタたちを、この舞台の主役にしてさしあげますわ!」
漆黒のオーラが、夫人の指先へ凝集していく。
闇が“渦”になる。回転ではない。世界の法則が削られていく感覚。空間が薄く剥がされ、毒々しい何かが滲み出す。
(まずい……範囲殲滅だ!)
グレイは即座にワイヤーを切り離すと、夫人から角度をずらして距離を取った。柱の陰――死角。次の一撃を見切るための位置だ。
「カイト! 防御魔法(バリア)! 今すぐ、集まれる奴だけ囲え!」
「りょ、了解ですっ! えっと、えっと……みなさーん! こっち! こっちに来てくださーい! ぎゅーって、くっついてー!」
無邪気な呼びかけが、恐慌で沸騰した広間に吸い込まれていく。
誰も聞いてはいない――悲鳴と足音と、椅子を蹴倒す音が、言葉を塗り潰していた。
「くっ、パニックで声が届かないか! ええい、ままよッ!」
ジュリアンが吼える。
彼は近くの貴族の腕を掴み、襟首を引っ掴んで引き寄せた。
驚いて抵抗する相手も構わず、半ば投げるようにバリアの内側へ押し込む。
「生きたければ動くんだ! そこは死に場所じゃない!」
さらにメイドを、従者を、足の止まった者から順に引き剥がしていく。
救える数には限りがある――それでも、手を伸ばさずにはいられない。
時間がない。
空気が、闇で軋む。
カイトは喉を引きつらせながら、両手を天へ掲げた。
震える指先に、淡い光が集まり――膜となって広がっていく。
(間に合え……!)
祈るように、けれど必死に。
その刹那。
「さあ! 今宵最高の舞台の始まりですわ!!」
黒い閃光が炸裂した。
それは光ではない。闇が“爆発”したのだ。
視界が真っ白に塗り潰される。鼓膜が裂ける。
誰かの喉が潰れる音。骨が折れる音。
肉が裂ける音。
叫びが、叫びの形のまま途切れていく。
――そして。
白が剥がれ落ちたとき、そこには地獄が残っていた。
ひしゃげたテーブル。砕け散ったシャンデリア。
壁に貼り付く血飛沫。床に広がる肉片。さっきまで笑っていた貴族たちが、判別不能の塊へ変わっている。
鼻腔を刺す鉄臭と焼けた脂の匂い。口の中が勝手に酸っぱくなる。
「な……なんて、ことを……!」
夫人に追従していたはずの貴族たちすら、腰を抜かし、這いずり、泣き喚くことしかできない。
生き残った者も、目を、腕を、声を失い――ただ呻くだけの“残骸”となっていた。
カイトの防御魔法圏内にいた者たちだけが、奇跡的に五体満足で立ち尽くしている。
その光の膜も、今にも割れそうなほど儚く明滅していた。
グレイは奥歯を噛みしめる。怒りではない。
感情が沸騰するより先に、冷徹な結論が脳裏に落ちる。
(“仲間”も“客”も区別しない。必要なら切り捨てる。――最初から、そのつもりだった)
その時、太った貴族が血に濡れた手で床を掻き、舞台上の夫人を睨み上げた。
「夫人! これはどういうことなんだ!? 我々は……我々は、三冥神を信仰する、あなたの『仲間』ではないか!」
だが夫人は、心底おかしそうに腹を抱えて笑い出した。
「仲間? おほほほほ! 屠殺される家畜がおめでたいことですこと。私は、この夜会を“万全”にするために、最高の舞台を用意しただけですわ」
笑いながら、夫人は指を鳴らす。
次の瞬間、彼女を縛めていたワイヤーが、砂のように崩れて消えた。
切ったのではない。分解したのだ。闇の魔力で“繋がり”そのものを断ち切った。
「そ、そんな……我々を殺して、貴方に何の得が……!」
「おや、まだお分かりになりませんか?」
夫人は瓦礫を踏み越え、ゆっくりと降りてくる。
足取りは優雅。だが目だけが、飢えた獣のそれだった。
「私は『お客様』を何より大事にしますわ。ですが――」
夫人は立ち止まり、諭すように首を傾げる。
「嗅ぎ回る鼠を引き入れた貴方たちは、もう『お客様』ではありませんわ。三冥神の価値を貶める、ただの『汚点』です。よって、全ての証拠と共に、この舞台から退場していただきます」
凍りつくほど穏やかな声。その穏やかさが、何より残酷だった。
「貴方たちはその命を以て、私の夜会を完成させる『生贄』となるのです! ですが、絶望することはありませんわ! 貴方たちもいと貴き三冥神の御許で――新しく生まれ変わるのですから!」
狂気と歓喜に満ちた哄笑が、血と死臭に満ちた大広間を満たす。
「おお、三冥神よ! 我が身に、この魂に、更なる力を! この哀れな子羊たちの命と血を贄に、どうか私に加護をお与えください!」
その祈りに応えるように、瓦礫の隙間から骨が鳴った。
カタ、カタ、カタ――幾つも、幾つも。
砕けたはずの骨獣が、破片を寄せ集めて立ち上がる。赤い眼窩が点り、爪が床を引っ掻く。
生き残りの者たちが、今度こそ本物の悲鳴を上げた。
そしてグレイは、静かに息を吐く。
怒りは遅れてくる。今は判断が先だ。
「……カイト、巻き毛。生存者を背に。防御陣形だ」
「はい! ぼくが皆さんを守ります!」
「……わかった! 騎士の名誉にかけてこれ以上は誰も死なせない!」
次の瞬間、骨獣の群れが雪崩れ込む。
悪夢の第二幕が、幕を開けた。