美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
「な、何あれ……」
「嘘でしょ……あんなの、ありえない……!」
「お父ちゃん! こわいよぉ……!」
子爵夫人の邸宅跡から、巨大な“それ”が立ち上がった。
山辺の穏やかな町マヌローの、ささやかな日常を噛み砕くには――あまりにも大きく、あまりにも冒涜的な存在。
祭りの余韻に浸りながら露店を畳んでいた商人。
酒場でグラスを傾け、今日の疲れを流していた男たち。
家路を急いでいた家族連れ。
窓の向こうの異形を目にしたすべての住人が、凍りつき、叫び、そして恐怖の渦へ呑まれていった。
「逃げろぉぉぉっ!」
「化け物だ! 化け物が町を壊しに来たぞ!」
誰かの叫びが合図になった。
人々は蜘蛛の子を散らすように走り出す。
赤ん坊の泣き声、母親の悲鳴、父親の怒号――平和だった夜は、瞬きひとつで地獄に塗り替わった。
その地獄の中心で。
グレイたちは、迫る骨の拳が生む暴風に耐えながら、かろうじて踏みとどまっていた。
「全員、伏せろ!」
グレイの叫びと同時に、骨の鉄槌が大地を穿つ。
ズゥゥゥゥンッッ!!
地響きなんて生易しいものじゃない。
世界そのものが跳ね上がった。
衝撃が足元から突き上げ、四人の身体が木の葉のように宙へ投げ出される。
グレイは反射でカイトを抱え、空中で体を捻って受け身を取った。
ジュリアンは転がりながら姿勢を立て直し、サジースは衝撃の方向へ重心を逃がして最小限に殺す。
拳が叩きつけられた場所には、巨大なクレーター。
土と石片が爆弾のように撒き散らされ、近くの民家の壁が吹き飛び、屋根瓦が紙吹雪みたいに舞い上がった。
「ぐっ……!」
肺から空気を絞り出されながら、グレイは顔を上げる。
砂埃の向こうで、白骨の巨人がゆっくりと腕を持ち上げていくのが見えた。
その胸の中心――肋骨の檻に守られた夫人が、眼下の惨状を愉しげに見下ろしている。
「おほほほ……みじめですわねぇ。なんて、みじめなこと」
甘い声が、夜を撫でるように響く。
夫人は微笑みを崩さないまま、町の中心へ“歩を進める”ように巨体を進めた。
踏み出すたびに地面が軋み、家々が悲鳴を上げる。
「今宵の夜会は、貴族だけのものではありませんわ。マヌローの皆さんも――主役です。さあ……町そのものを、三冥神への捧げものにして差し上げましょう」
慈愛を語る口調で、滅びを宣告する。
「わわっ!? だんちょー、助けてくれたんですか……! け、怪我は? いま回復します!」
「いい。かすり傷だ。……お前こそ、無事か」
「ぼくは……へーき、です……けど……!」
カイトの視線の先で、町が壊れていく。
悲鳴。怒号。泣き声。
逃げ惑う足音。
建物が崩れる音。
「お父ちゃん! おかあちゃーん!」
「誰か、助けて! お願い……!」
「神様、お助けください……っ!」
地獄が顕現していく。
その中心で、夫人はなおも微笑む。
「……さあ、マヌローの皆さん。“神”の御前ですわよ? 跪きなさい」
「くそっ……! 一体どうすればいいんだ、あんな規格外の化け物……!」
ジュリアンが拾い上げた燭台を、白くなるまで握りしめる。
騎士の誇りも家名も、この圧倒的な暴力の前では紙切れ同然だった。
グレイは巨影から目を離さないまま、短く言った。
「サジース。――読めるか」
サジースは無言で水晶玉を握り、冷えた紅い瞳で巨人の内部を“視る”。
骨の隙間を流れる闇の脈動。噴き上がっては折り返す魔力の潮――それらを数えて、やがて結論だけを落とした。
「……無理。デカすぎる。循環が崩れてる。さっきの『三拍子』の隙は、もうない」
「……だろうな」
グレイは短く肯定し、次を促すように目を細める。
この男は、絶望を告げる時ほど“続き”を持ってくる。
「でも……それ以上に。あれ、長くは持たない」
その一言で、空気が変わった。
グレイの表情が、刃物みたいに引き締まる。
「同感だ。出力が夫人の器を越えている。指輪で引き上げすぎた反動……暴走寸前だ」
「暴走だって……? ……つまり、どうなるんだ!」
「あ、それはですねー」
間延びした声が、場違いに響く。
ジュリアンは目を剥いて、フリフリの衣装を着た小柄な背中を睨みつけた。
「カイト! メイドの分際で魔術理論がわかるのか!」
「むー。メイドさんですけど、ぼくも一応魔法使いなんですよー? 失礼しちゃいますね」
カイトは頬を膨らませて抗議する。
緊急事態だというのに、この“メイド”はどこまでもマイペースだ。
「ええい、わかった! わかったから説明しろ! あれはどうなっているんだ!」
「えっとですね……あの貴族のおばさん、いま周りの魔力をむりやり吸い込んでるんです……! 風船みたいに……パンパンに、どんどん……!」
カイトは両腕で目いっぱい円を作る。膨らみきった何かを抱える仕草。
そして、限界を示すように両手をぱっと開いた。
「最後は――ぼかーん、って……!」
無邪気な擬音が、逆に逃げ道を塞ぐ。
その意味を理解してしまったジュリアンの顔色が、みるみる青ざめた。
「おい……まさか。あれが弾け飛ぶのか……!」
「ああ」
グレイは即答した。感情を挟む余地すら与えない声。
砂埃の向こう、赤く滲む月を一瞥してから、現実だけを切り出す。
「あの規模で自壊すれば、マヌローごと更地だ。巻き込まれたら、“運が悪い”で済まない」
(超巨大の再生持ち。しかも時限爆弾。心臓部に術者本人。放置=町ごと終了。……役満にもほどがある)
装備は惨めだった。
三人ともメイド服。
刃こぼれした短剣一本。
折れかけの即席槍。
投げナイフが数本。
サジースの水晶玉は牽制が精々。
そして何より最悪なのは――戦場が町のど真ん中だということだ。
「一度退いて、王都の騎士団に応援を――」
「間に合わん。伝令が着く頃には、ここは地図から消えているだろう」
ジュリアンが歯噛みする。
拳が震え、吐息が白く漏れた。
「だったら……私たちは……マヌローを、町の人を……見捨てるしかないのか……」
「……方法は、ないことは……ない」
サジースが、水晶玉を握ったまま淡々と言った。
「……何だと?」
ジュリアンが顔を上げる。
「それは本当か!」
叫んだのはジュリアンだけじゃない。
カイトも息を呑み、グレイの目が細く光る。
「続けろ、サジース」
サジースは、骨の巨影を見上げた。
「……自爆を止めるなら、根元を止める」
「根元?」
「……増幅器。指輪。あれが魔力を引っ張り上げてる。壊すか、外す。……それで暴走は止まる」
短い言葉だが、重かった。
“時間切れ”をひっくり返す方法が、そこにある。
「指輪を壊すか……それなら!」
ジュリアンの顔が、希望と焦燥の間で揺れた。
だがサジースは、容赦なく現実も添える。
「……ただし、簡単じゃない。夫人は心臓部。肋骨の檻の奥。今の装備じゃ届かない。届いても……壊せない」
グレイは視線を外さず、舌打ち一つで答えた。
「だろうな。あの指輪、ただの飾りじゃない。壊すには“本物”の得物がいる」
脳裏に、それぞれの相棒が浮かぶ。
権蔵から授かった日本刀・『不知火』。ジュリアンの聖剣『デュランダル』。そしてカイトの、いざという時のための杖・『ミラージュ・バトン』。
それらがあれば、少なくとも指輪ごと叩き斬るチャンスは生まれる。
「しかしグレイ! 武器を取りに戻れば時間がかかる。その間、夫人の暴走を放置する気か? ……彼女は間違いなく町を破壊し尽くすぞ!」
「だから、分担する」
グレイは一瞬の逡巡もなく、仲間たちに視線を飛ばした。
その瞳には、絶望的な状況下とは思えないほど冷たい色が宿っている。
「いいか、一度しか言わん。作戦はこうだ」
巨人が再び腕を振りかぶり、建物を破壊する。
グレイはそれを見据えながら、早口に、しかし明確に指示を叩きつけた。
「カイト。お前は今すぐ町へ走れ。悲鳴が東から多く聞こえる。そっちへ向かい、住民を西の森へ誘導しろ。一人でも多く、安全な場所へ流せ!」
「わ、わかりました! じゃあ、だんちょーも一緒に――」
「俺は行かん。あいつを引きつける」
グレイはこともなげに答えた。
「俺が囮になって山の方角にある採掘場の方角へ誘導する」
「ええっ!? 無茶ですよ! いくら不死身のだんちょーって言われてても、刀も無いのにあんなドデカいお骨さんを相手にするなんて……!」
カイトの悲鳴を無視し、グレイは隣で静かに佇むサジースへ声を振る。
「サジース、お前はあそこで腰を抜かしている道化師と、館の生存者を連れて退避しろ。いいな」
サジースはこくりと頷く。
無駄な感傷はいらないと分かっている反応だ。
そしてグレイは、ジュリアンを真正面から見据えた。
「そして――ひよっこ」
「誰がひよっこだ!」
「お前が一番足が速い。俺が時間を稼いでいる間に、お前は宿まで全力で走れ。馬も使え。そして武器を、俺が向かう採掘場まで持ってこい。カイト、サジース。お前たちも仕事が終わり次第、そこへ合流しろ」
「……無謀すぎる。それではグレイ、貴様が無事では……!」
言葉に詰まるジュリアンを見て、グレイの声が鋭く響いた。
「いいから俺に従え、巻き毛。この作戦の要(かなめ)はお前なんだ。絶対にトチるなよ」
ジュリアンは拳を震わせ、苦悶の表情でグレイを睨みつける。
騎士としての誇りと、目の前の男への不信感がせめぎ合っていた。
「貴様は……なぜマヌローの人々を守ろうとする。貴様は……オルレアヌの民から奪ってきた悪党じゃないか……なぜそこまで、他人のために命を張る?」
「ふん。勘違いするな」
グレイは鼻で笑った。
「俺は権蔵様のご意志で動いているだけだ。いずれこの国は権蔵様が治めることになる。その国の納税者を、むやみに減らしたくないだけだ」
「貴様ッ……この国の王はエリオット陛下なのだぞ! それを貴様は……!」
「そのエリオット陛下とやらはいずれ権蔵様と結婚するんだから、どのみち権蔵様のものだろうが」
呆気にとられるジュリアンに、グレイは畳み掛ける。
「言い合っている暇はない。今この瞬間にも、将来の労働力が減り続けているんだ」
そして、グレイは意地の悪い笑みを浮かべた。
「それに――一人でも多くの命を救うのが、お前の大好きな『騎士道』だろう。違うか?」
ジュリアンが息を呑む。
反論の余地はなかった。
騎士としての矜持を人質に取られ、ぐうの音も出ない正論で殴られた気分だ。
「……くっ、覚えていろよ、悪党!」
ジュリアンは踵を返すと、弾かれたように駆け出した。
「だんちょー……! 絶対、絶対に戻ってきますから!」
「ああ、信じてる。――さあ、行け!!」
グレイの号令を合図に、三人は三方向へ同時に飛び出した。
ジュリアンは宿へと続く道を。
カイトは悲鳴が響く町の中心部へ。
サジースは瓦礫の影へ。
そしてグレイは、たった一人、巨大な骨獣へと真正面から向き直った。
「さて、と……。パーティーの続きと行こうか、子爵夫人」
グレイは足元に転がっていた手頃な石を拾うと、手首のスナップだけで巨人へと投げつけた。
ヒュッ、と風を切った石礫は、巨大な骨の脚に当たり――
カツン。
と、あまりに軽く、虚しい音を立てて砕け散った。
だが、その“侮辱”は十分に伝わったらしい。
「おほほほ! 一匹の鼠が、まだ死に足りないと見えますわね!」
夫人の甲高い声が響き、巨人の頭部がゆっくりとグレイを捉える。
眼窩に灯る赤黒い光が、明確な殺意を放った。
「こっちだ。俺を捕まえてみろ」
グレイは挑発的に笑うと、山へと続く広い通りを目がけて走り出した。
一歩、また一歩と、巨人がその巨体を動かす。
ズシン、ズシン、という地響きが、まるで巨大な心臓の鼓動のように背後から迫ってくる。
一歩踏み出すごとに石畳が砕け、街灯がマッチ棒のようになぎ倒されていく。
それは、死と隣り合わせの、あまりにも長い鬼ごっこの始まりだった。