※この作品はR-18です。

美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~   作:とけそうだら

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第57話 マヌローの戦い②

「な、何あれ……」

「嘘でしょ……あんなの、ありえない……!」

「お父ちゃん! こわいよぉ……!」

 

 子爵夫人の邸宅跡から、巨大な“それ”が立ち上がった。

 山辺の穏やかな町マヌローの、ささやかな日常を噛み砕くには――あまりにも大きく、あまりにも冒涜的な存在。

 

 祭りの余韻に浸りながら露店を畳んでいた商人。

 酒場でグラスを傾け、今日の疲れを流していた男たち。

 家路を急いでいた家族連れ。

 窓の向こうの異形を目にしたすべての住人が、凍りつき、叫び、そして恐怖の渦へ呑まれていった。

 

「逃げろぉぉぉっ!」

「化け物だ! 化け物が町を壊しに来たぞ!」

 

 誰かの叫びが合図になった。

 人々は蜘蛛の子を散らすように走り出す。

 赤ん坊の泣き声、母親の悲鳴、父親の怒号――平和だった夜は、瞬きひとつで地獄に塗り替わった。

 

 その地獄の中心で。

 グレイたちは、迫る骨の拳が生む暴風に耐えながら、かろうじて踏みとどまっていた。

 

「全員、伏せろ!」

 

 グレイの叫びと同時に、骨の鉄槌が大地を穿つ。

 

 ズゥゥゥゥンッッ!!

 

 地響きなんて生易しいものじゃない。

 世界そのものが跳ね上がった。

 衝撃が足元から突き上げ、四人の身体が木の葉のように宙へ投げ出される。

 

 グレイは反射でカイトを抱え、空中で体を捻って受け身を取った。

 ジュリアンは転がりながら姿勢を立て直し、サジースは衝撃の方向へ重心を逃がして最小限に殺す。

 

 拳が叩きつけられた場所には、巨大なクレーター。

 土と石片が爆弾のように撒き散らされ、近くの民家の壁が吹き飛び、屋根瓦が紙吹雪みたいに舞い上がった。

 

「ぐっ……!」

 

 肺から空気を絞り出されながら、グレイは顔を上げる。

 砂埃の向こうで、白骨の巨人がゆっくりと腕を持ち上げていくのが見えた。

 その胸の中心――肋骨の檻に守られた夫人が、眼下の惨状を愉しげに見下ろしている。

 

「おほほほ……みじめですわねぇ。なんて、みじめなこと」

 

 甘い声が、夜を撫でるように響く。

 夫人は微笑みを崩さないまま、町の中心へ“歩を進める”ように巨体を進めた。

 踏み出すたびに地面が軋み、家々が悲鳴を上げる。

 

「今宵の夜会は、貴族だけのものではありませんわ。マヌローの皆さんも――主役です。さあ……町そのものを、三冥神への捧げものにして差し上げましょう」

 

 慈愛を語る口調で、滅びを宣告する。

 

「わわっ!? だんちょー、助けてくれたんですか……! け、怪我は? いま回復します!」

 

「いい。かすり傷だ。……お前こそ、無事か」

 

「ぼくは……へーき、です……けど……!」

 

 カイトの視線の先で、町が壊れていく。

 悲鳴。怒号。泣き声。

 逃げ惑う足音。

 建物が崩れる音。

 

「お父ちゃん! おかあちゃーん!」

「誰か、助けて! お願い……!」

「神様、お助けください……っ!」

 

 地獄が顕現していく。

 その中心で、夫人はなおも微笑む。

 

「……さあ、マヌローの皆さん。“神”の御前ですわよ? 跪きなさい」

 

「くそっ……! 一体どうすればいいんだ、あんな規格外の化け物……!」

 

 ジュリアンが拾い上げた燭台を、白くなるまで握りしめる。

 騎士の誇りも家名も、この圧倒的な暴力の前では紙切れ同然だった。

 

 グレイは巨影から目を離さないまま、短く言った。

 

「サジース。――読めるか」

 

 サジースは無言で水晶玉を握り、冷えた紅い瞳で巨人の内部を“視る”。

 骨の隙間を流れる闇の脈動。噴き上がっては折り返す魔力の潮――それらを数えて、やがて結論だけを落とした。

 

「……無理。デカすぎる。循環が崩れてる。さっきの『三拍子』の隙は、もうない」

 

「……だろうな」

 

 グレイは短く肯定し、次を促すように目を細める。

 この男は、絶望を告げる時ほど“続き”を持ってくる。

 

「でも……それ以上に。あれ、長くは持たない」

 

 その一言で、空気が変わった。

 グレイの表情が、刃物みたいに引き締まる。

 

「同感だ。出力が夫人の器を越えている。指輪で引き上げすぎた反動……暴走寸前だ」

 

「暴走だって……? ……つまり、どうなるんだ!」

 

「あ、それはですねー」

 

 間延びした声が、場違いに響く。

 ジュリアンは目を剥いて、フリフリの衣装を着た小柄な背中を睨みつけた。

 

「カイト! メイドの分際で魔術理論がわかるのか!」

 

「むー。メイドさんですけど、ぼくも一応魔法使いなんですよー? 失礼しちゃいますね」

 

 カイトは頬を膨らませて抗議する。

 緊急事態だというのに、この“メイド”はどこまでもマイペースだ。

 

「ええい、わかった! わかったから説明しろ! あれはどうなっているんだ!」

 

「えっとですね……あの貴族のおばさん、いま周りの魔力をむりやり吸い込んでるんです……! 風船みたいに……パンパンに、どんどん……!」

 

 カイトは両腕で目いっぱい円を作る。膨らみきった何かを抱える仕草。

 そして、限界を示すように両手をぱっと開いた。

 

「最後は――ぼかーん、って……!」

 

 無邪気な擬音が、逆に逃げ道を塞ぐ。

 その意味を理解してしまったジュリアンの顔色が、みるみる青ざめた。

 

「おい……まさか。あれが弾け飛ぶのか……!」

 

「ああ」

 

 グレイは即答した。感情を挟む余地すら与えない声。

 砂埃の向こう、赤く滲む月を一瞥してから、現実だけを切り出す。

 

「あの規模で自壊すれば、マヌローごと更地だ。巻き込まれたら、“運が悪い”で済まない」

 

(超巨大の再生持ち。しかも時限爆弾。心臓部に術者本人。放置=町ごと終了。……役満にもほどがある)

 

 装備は惨めだった。

 三人ともメイド服。

 刃こぼれした短剣一本。

 折れかけの即席槍。

 投げナイフが数本。

 サジースの水晶玉は牽制が精々。

 

 そして何より最悪なのは――戦場が町のど真ん中だということだ。

 

「一度退いて、王都の騎士団に応援を――」

 

「間に合わん。伝令が着く頃には、ここは地図から消えているだろう」

 

 ジュリアンが歯噛みする。

 拳が震え、吐息が白く漏れた。

 

「だったら……私たちは……マヌローを、町の人を……見捨てるしかないのか……」

 

「……方法は、ないことは……ない」

 

 サジースが、水晶玉を握ったまま淡々と言った。

 

「……何だと?」

 

 ジュリアンが顔を上げる。

 

「それは本当か!」

 

 叫んだのはジュリアンだけじゃない。

 カイトも息を呑み、グレイの目が細く光る。

 

「続けろ、サジース」

 

 サジースは、骨の巨影を見上げた。

 

「……自爆を止めるなら、根元を止める」

 

「根元?」

 

「……増幅器。指輪。あれが魔力を引っ張り上げてる。壊すか、外す。……それで暴走は止まる」

 

 短い言葉だが、重かった。

 “時間切れ”をひっくり返す方法が、そこにある。

 

「指輪を壊すか……それなら!」

 

 ジュリアンの顔が、希望と焦燥の間で揺れた。

 

 だがサジースは、容赦なく現実も添える。

 

「……ただし、簡単じゃない。夫人は心臓部。肋骨の檻の奥。今の装備じゃ届かない。届いても……壊せない」

 

 グレイは視線を外さず、舌打ち一つで答えた。

 

「だろうな。あの指輪、ただの飾りじゃない。壊すには“本物”の得物がいる」

 

 脳裏に、それぞれの相棒が浮かぶ。

 権蔵から授かった日本刀・『不知火』。ジュリアンの聖剣『デュランダル』。そしてカイトの、いざという時のための杖・『ミラージュ・バトン』。

 それらがあれば、少なくとも指輪ごと叩き斬るチャンスは生まれる。

 

「しかしグレイ! 武器を取りに戻れば時間がかかる。その間、夫人の暴走を放置する気か? ……彼女は間違いなく町を破壊し尽くすぞ!」

 

「だから、分担する」

 

 グレイは一瞬の逡巡もなく、仲間たちに視線を飛ばした。

 その瞳には、絶望的な状況下とは思えないほど冷たい色が宿っている。

 

「いいか、一度しか言わん。作戦はこうだ」

 

 巨人が再び腕を振りかぶり、建物を破壊する。

 グレイはそれを見据えながら、早口に、しかし明確に指示を叩きつけた。

 

「カイト。お前は今すぐ町へ走れ。悲鳴が東から多く聞こえる。そっちへ向かい、住民を西の森へ誘導しろ。一人でも多く、安全な場所へ流せ!」

 

「わ、わかりました! じゃあ、だんちょーも一緒に――」

 

「俺は行かん。あいつを引きつける」

 

 グレイはこともなげに答えた。

 

「俺が囮になって山の方角にある採掘場の方角へ誘導する」

 

「ええっ!? 無茶ですよ! いくら不死身のだんちょーって言われてても、刀も無いのにあんなドデカいお骨さんを相手にするなんて……!」

 

 カイトの悲鳴を無視し、グレイは隣で静かに佇むサジースへ声を振る。

 

「サジース、お前はあそこで腰を抜かしている道化師と、館の生存者を連れて退避しろ。いいな」

 

 サジースはこくりと頷く。

 無駄な感傷はいらないと分かっている反応だ。

 そしてグレイは、ジュリアンを真正面から見据えた。

 

「そして――ひよっこ」

 

「誰がひよっこだ!」

 

「お前が一番足が速い。俺が時間を稼いでいる間に、お前は宿まで全力で走れ。馬も使え。そして武器を、俺が向かう採掘場まで持ってこい。カイト、サジース。お前たちも仕事が終わり次第、そこへ合流しろ」

 

「……無謀すぎる。それではグレイ、貴様が無事では……!」

 

 言葉に詰まるジュリアンを見て、グレイの声が鋭く響いた。

 

「いいから俺に従え、巻き毛。この作戦の要(かなめ)はお前なんだ。絶対にトチるなよ」

 

 ジュリアンは拳を震わせ、苦悶の表情でグレイを睨みつける。

 騎士としての誇りと、目の前の男への不信感がせめぎ合っていた。

 

「貴様は……なぜマヌローの人々を守ろうとする。貴様は……オルレアヌの民から奪ってきた悪党じゃないか……なぜそこまで、他人のために命を張る?」

 

「ふん。勘違いするな」

 

 グレイは鼻で笑った。

 

「俺は権蔵様のご意志で動いているだけだ。いずれこの国は権蔵様が治めることになる。その国の納税者を、むやみに減らしたくないだけだ」

 

「貴様ッ……この国の王はエリオット陛下なのだぞ! それを貴様は……!」

 

「そのエリオット陛下とやらはいずれ権蔵様と結婚するんだから、どのみち権蔵様のものだろうが」

 

 呆気にとられるジュリアンに、グレイは畳み掛ける。

 

「言い合っている暇はない。今この瞬間にも、将来の労働力が減り続けているんだ」

 

 そして、グレイは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「それに――一人でも多くの命を救うのが、お前の大好きな『騎士道』だろう。違うか?」

 

 ジュリアンが息を呑む。

 反論の余地はなかった。

 騎士としての矜持を人質に取られ、ぐうの音も出ない正論で殴られた気分だ。

 

「……くっ、覚えていろよ、悪党!」

 

 ジュリアンは踵を返すと、弾かれたように駆け出した。

 

「だんちょー……! 絶対、絶対に戻ってきますから!」

 

「ああ、信じてる。――さあ、行け!!」

 

 グレイの号令を合図に、三人は三方向へ同時に飛び出した。

 ジュリアンは宿へと続く道を。

 カイトは悲鳴が響く町の中心部へ。

 サジースは瓦礫の影へ。

 そしてグレイは、たった一人、巨大な骨獣へと真正面から向き直った。

 

「さて、と……。パーティーの続きと行こうか、子爵夫人」

 

 グレイは足元に転がっていた手頃な石を拾うと、手首のスナップだけで巨人へと投げつけた。

 ヒュッ、と風を切った石礫は、巨大な骨の脚に当たり――

 

 カツン。

 

 と、あまりに軽く、虚しい音を立てて砕け散った。

 だが、その“侮辱”は十分に伝わったらしい。

 

「おほほほ! 一匹の鼠が、まだ死に足りないと見えますわね!」

 

 夫人の甲高い声が響き、巨人の頭部がゆっくりとグレイを捉える。

 眼窩に灯る赤黒い光が、明確な殺意を放った。

 

「こっちだ。俺を捕まえてみろ」

 

 グレイは挑発的に笑うと、山へと続く広い通りを目がけて走り出した。

 一歩、また一歩と、巨人がその巨体を動かす。

 ズシン、ズシン、という地響きが、まるで巨大な心臓の鼓動のように背後から迫ってくる。

 一歩踏み出すごとに石畳が砕け、街灯がマッチ棒のようになぎ倒されていく。

 

 それは、死と隣り合わせの、あまりにも長い鬼ごっこの始まりだった。

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