美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
それは、死と隣り合わせの、あまりにも長い鬼ごっこの始まりだった。
石畳を蹴る足裏から、焦熱が伝わってくる。
背後で空気が爆ぜる音。直後、凄まじい風圧がグレイの背中を強打した。
「……ッ」
呼吸一つ乱さず、グレイは前転して衝撃を殺す。
一瞬前まで彼が走っていた大通りは、巨大な骨の拳によって粉砕され、深さ数メートルのクレーターと化していた。飛び散る石礫が散弾のように降り注ぎ、メイド服の裾を容赦なく切り裂いていく。
「おほほほ! 逃げ足だけは達者なようですわね! ですが、いつまで持ちますこと?」
頭上遥か彼方から、夫人の嘲笑が降ってくる。
骨の巨人は、その巨体に似合わぬ速度で次の一歩を踏み出した。
同時に、肋骨の檻に鎮座する夫人が指先を弾く。
「消し飛びなさい!」
漆黒の魔力が球体となって放たれ、着弾と同時に無音で空間を削り取った。
物理的な破壊だけではない。
触れたものすべてを腐食させ、塵へと変える闇の魔法。
瓦礫すら残さぬ完全な破壊が、グレイの
(質量攻撃に魔法の絨毯爆撃か。……これじゃあ山まで持つかどうかも怪しいな)
グレイは表情を変えず、冷徹に状況を分析する。
直線距離で逃げれば、あの闇魔法の餌食だ。
ならば、地形を盾にするしかない。
彼は視線を巡らせ、入り組んだ路地裏へと身を躍らせた。
(右、路地裏。左、大通り。正面、広場)
グレイは瞬時に地形をスキャンし、最適解を叩き出す。
路地裏は狭すぎる。
あんな巨体が入れば両側の家屋ごと押しつぶされ、隠れていた住民がミンチになるだけだ。
大通りは逃げやすいが、直線すぎて追いつかれるリスクが高い。
ならば広場を経由し、そこから人の気配が希薄な倉庫街へ抜けるルートか。
「無駄ですわ! 隠れられるとでも思いまして!?」
巨人の腕が建物をなぎ倒し、強引に道を切り開く。民家が積み木のように崩れ、砂煙が舞う。
だが、その一瞬の視界不良こそがグレイの計算だった。
彼は砂煙の中を疾走し、崩れかけの壁を蹴って屋根へと飛び移る。
「こっちだ、化け物」
屋根の上から短く挑発し、魔法が着弾するコンマ数秒前に再び路地へと消える。
直後、グレイが立っていた屋根が闇に呑まれて消失した。
(威力、範囲、速度。どれをとっても規格外だ)
冷や汗がこめかみを伝う。
サジースの読み通りなら、あれは暴走寸前の時限爆弾だ。
下手に刺激しすぎればその場で自爆しかねないし、かといって距離を取りすぎればターゲットを町へ戻してしまう。
付かず離れず、適度な距離感で殺意を維持し続ける。
それは、導火線の長さを調整しながら火薬庫の上でタップダンスを踊るようなものだった。
「どうしました? もうおしまいですか?」
骨の巨人が、瓦礫を踏み砕きながら迫ってくる。
その歩幅は人間の百倍以上。
一歩踏み出すたびに距離が詰まる。
(こっちは全力疾走、向こうは散歩。分の悪い賭けだ)
グレイは荒い息を吐き出しながら、視線を巡らせる。
倉庫街を抜ければ、その先はマヌローの町外れ。
採石場跡地へと続く山道だ。
あそこまで引っ張れれば、建物への被害はゼロにできる。
だが、そこまでの距離がおよそ二キロ。
今のペースで逃げ切れるか?
「おほほほ! 捕まえましたわ!」
頭上から巨大な影が落ちる。
五本の指が、それぞれ丸太のような太さを持った骨の手が、鷲掴みにしようと迫ってきた。
回避行動を取ろうとしたグレイの足が、崩れた石畳に一瞬だけ取られる。
(しまっ――)
致命的な隙。
骨の指がグレイの身体をかすめ、その衝撃だけで肋骨が軋む音を聞いた。
弾き飛ばされ、民家の壁に激突する。
「がっ……は……っ」
肺の中の空気が強制的に排出され、視界が明滅する。
壁が崩れ落ち、グレイはその瓦礫の中に埋もれた。全身が痛い。特に左脇腹。折れたかもしれない。
「あら、脆い。本当にネズミですわね」
巨人が足を止め、ゆっくりとグレイの方へ向き直る。
眼窩の紅い光が、瓦礫の中でうずくまる小さな命を捉えた。
「さあ、潰れなさい。ペシャンコになって、私の舞台の養分におなりなさい」
巨人が右足を高く持ち上げる。
その質量だけで、戦車すらプレスできるプレス機だ。
グレイは霞む視界でそれを見上げる。
(ここで終わるか?)
体が動かない。
恐怖ではなく、ダメージによる生理的な拒絶反応だ。
瓦礫に埋もれた視界の端で、走馬灯のように記憶が焼きつく。
オルレアヌのスラム。
腐った泥水をすすり、生きるために他人のパンを奪った日々。
そこから俺を拾い上げたのは、裏社会の吐き溜め――『組織』だった。
与えられたのは、人を殺す技術と、使い捨ての道具としての価値だけ。
それが俺の世界の全てだった。
あの日、権蔵様に出会うまでは。
『グレイよ。お主は、何のために生きておる』
脳裏に響くのは、腹の底に響くような、あの厳しくも温かい声だ。
『己のためか? ……違うじゃろ』
記憶の中の権蔵は、大きな手で俺の頭を乱暴に撫でていた。
『今のお主は、わしらのために生きればよい。家族なんじゃからな。そんな食えん顔をして強がるな。……もっと、わしらを頼ればよいんじゃ』
「……ふっ」
グレイの口から、乾いた笑いが漏れた。
頼れ、か。
あの人はいつだって、俺の狭い世界をこじ開けてくる。
(俺はまだ、何も成し遂げていない)
権蔵様の覇道を、その頂を見届けるまでは――こんなところで、死んでも死にきれない。
「動けよ……ポンコツ!」
グレイは自身の太ももに、隠し持っていたナイフを突き立てた。
「ぐあああああっ!!」
鮮烈な痛みが脳を焼き、強制的に覚醒を促す。
巨人の足が振り下ろされる直前、グレイは爆発的な瞬発力で瓦礫の山から飛び出した。
ズドンッッ!!
「なっ……!? まだ動くのですか!?」
夫人の驚愕の声。
グレイは足を引きずりながらも、速度を緩めない。
「これしきのことで、くたばってたまるかよ……!」
倉庫街を抜け、視界が開ける。
目の前には、月明かりに照らされた山道。
採石場跡地へと続く、一本道だ。
「こっちだ、化け物! 追いかけっこはまだ終わってねえぞ!」
グレイは振り返り、中指を立ててみせる。
最大級の侮辱。夫人のプライドを逆撫でするには十分すぎる燃料投下。
「……許しません。許しませんわよ、下郎がぁぁぁぁっ!!」
夫人の絶叫とともに、巨人の背中から無数の骨の棘が射出された。