美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
(間に合うか?)
宿への道を、一頭の馬が疾走していた。
その背には、ジュリアンが乗っている。
鞍にしがみつくように身を低くし、風の抵抗を少しでも殺す。騎士としての優雅な乗馬姿勢など、かなぐり捨てていた。
「頼む、持ってくれ……!」
馬の口から白い泡がこぼれ、太い首筋に血管が浮き上がる。
限界を超えた速度での強行軍だ。
筋肉が悲鳴を上げているのが、鞍越しに伝わってくる。
だが、手綱を緩めるわけにはいかない。
ドォォォォン……ッ!
背後で響く轟音が、徐々に遠ざかっていく。
それは安堵すべきことではない。
グレイがたった一人で、あの規格外の化け物を引き離している証拠だ。
武器もない。
魔力もない。
あるのは、減らず口と度胸だけ。
そんな男が、命を削って時間を買っている。
『お前が一番足が速い。――この作戦の要はお前だ』
別れ際の言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。
あの悪党は、信じていると言った。
オルレアヌの騎士であるこの私が、必ず戻ってくると。
「くそっ……!」
ジュリアンは奥歯を噛み締めた。
悔しさではない。
己の無力さへの怒りでもない。
ただ、その信頼が重く、熱く、胸を焦がす。
宿の灯りが見えた。
ジュリアンは馬の腹を蹴り、最後の加速を促す。
石畳を蹄が削り、火花を散らして宿の裏手へ滑り込んだ。
「はぁ、はぁ……!」
飛び降りる勢いで馬を止め、馬小屋へと駆け込む。
薄暗い納屋の奥。干し草の匂いに混じって、油と鉄の匂いがした。
荷台の幌を乱暴に剥ぎ取る。
「あった……!」
そこには、三つの包みが鎮座していた。
油紙に包まれた、長細い形状。
震える手で、一つずつ確認する。
まずは、カイトの『ミラージュ・バトン』。
見た目はただの短い杖だが、魔力を通せば変幻自在に形状を変える、稀代の魔道具だ。
軽い。だが、その軽さがカイトの魔術を支えている。
次に、グレイの『不知火(しらぬい)』。
黒塗りの鞘。
飾り気のない柄。
だが、少し引き抜けば、闇夜すら吸い込むような漆黒の刃が顔を覗かせる。
そして、最後の一振り。
白銀の装飾が施された、儀礼用と見紛うほどに美しい長剣――『聖剣デュランダル』。
オルレアヌ王家に伝わる、魔を払う輝きの剣。
「……待っていろ、グレイ! 今行く!」
ジュリアンは三つの武器を背負い袋とベルトに固定し、踵を返した。
急げ。
一秒でも早く。
馬の首へ手を伸ばした、その時――
ズゥゥゥゥン……。
不気味な地響きが、鼓膜じゃない。
骨に響いた。
巨人の足音とは違う。
もっと細かく、密度の高い“群れ”の震えだ。
馬が竿立ちになり、恐怖に嘶く。
「な……ッ!?」
闇から湧いたのは、白い波だった。
カチ、カチカチ、カチ……。
硬質な音が重なり合い、月光が雲の切れ間から差し込んで、その正体を暴く。
骨だ。
犬、狼、あるいは人間。
巨人の体から零れ落ちた骨片が、怨念を吸って自律的に組み上がった小型の骨獣。
眼窩に赤黒い燐光を灯し、宿を囲むようにじりじりと輪を狭めてくる。
「くっ……! こんな時に!」
ジュリアンは背中の荷を庇うように一歩引き、聖剣を抜き放った。
チャキッ、と澄んだ金属音。
白銀の刃が月光を受けて輝く――が、その光は“希望”にはならない。
「……私は勇者ではない」
喉の奥から絞り出すように、言い聞かせる。
「この剣の真価を、引き出す資格もない……!」
だからこそ、誤魔化さない。
頼らない。
頼るのは、自分の腕と――自分が学んできた、拙い“聖魔法”だけだ。
骨獣が一斉に地面を蹴った。
飢えた獣のように、生者の肉へ殺到する。
「ええい、邪魔だッ!!」
横薙ぎの一閃。
先頭の一体が砕け散り、骨粉が舞う。
だが次が、次が、次が――倒れた屍を踏み台にして、顎が喉笛へ伸びてくる。
「……ッ」
剣を振り抜く空間がない。
刃が頭蓋に噛み込み、硬い音を立てて止まった。
「離せッ!」
引き抜こうとした瞬間、死角から骨の爪が飛ぶ。
肩を掠め、頬に熱い線が走った。
(だめだ……! このままでは押し潰される)
骨の波が重なる。
鎧ごと、腕ごと、背負った武器ごと、地面へ縫い止められる――そんな未来が見えた。
ジュリアンは歯を食いしばり、片膝をついた姿勢のまま、左手を地面へ突く。
指先が震える。けれど、詠唱だけは噛まない。
「――聖印、展開」
掌の下、石畳に淡い光の輪が浮かんだ。
眩しい“奇跡”じゃない。せいぜい灯火程度の、頼りない輝き。
だが、骨獣の動きが一拍だけ鈍る。
「今だ……!」
ジュリアンは剣を支点に体を起こし、輪の内側へ踏み込んだ骨獣の足元へ、さらに短い言葉を叩きつける。
「――浄火(じょうか)!」
ぼっ、と小さく白い火花が散った。
燃え上がる炎ではない。骨の“赤黒い火”だけを焼く、薄い薄い聖なる熱。
骨獣が甲高い音を立てて軋み、眼窩の燐光が揺らぐ。
その隙に、ジュリアンはデュランダルを振るった。
「ッ――!」
期待したような光の奔流は出ない。
刃はただの刃として、骨を断つ。
骨を砕く。血ではなく、乾いた破砕音だけが返る。
「……それで十分だ!」
自嘲する暇はない。
ジュリアンは“光”ではなく“間”を作る。
聖印で足を止め、浄火で怯ませ、剣で刈り取って一歩進む。
派手さのない三手を、機械みたいに繰り返す。
じわじわと、しかし確実に包囲網が緩む。
馬が怯え、後ずさる。
「落ち着け……!」
ジュリアンは馬の首へ手を伸ばし、額を寄せた。
呼吸を合わせる。
震えが少し収まる。
その間にも、骨獣は盛り返そうと前へ出る。
「来い。――来るなら、ここだ」
ジュリアンは聖剣を掲げ、短く祈る。
「……
白い光が一枚、薄い膜のように前へ張った。
骨獣がぶつかり、弾かれ――膜はすぐにひび割れる。
だが、たった半呼吸。
それがあれば十分だ。
「いけっ!」
ジュリアンは鞍へ飛び乗り、手綱を絞った。
馬が躍り出る。
骨の群れが追いすがる。
だが、聖印の残光が足を鈍らせ、浄火の余熱が赤黒い火を揺らす。
デュランダルは、まだ沈黙したままだ。
それでも――道は、こじ開けた。
(……グレイ。今度こそ、届ける)
ジュリアンは背中の重みを確かめ、馬の腹を蹴った。
「いけぇぇぇぇぇっ!!」
ジュリアンは馬に飛び乗り、腹を蹴りつけた。
馬もまた、主人の覚悟を感じ取ったのか、恐怖を振り払って嘶く。
光の残滓が漂う道を、弾丸のように突き進む。
宿を抜け、町外れへ。そして山へと続く坂道へ。
馬は限界を超えて走った。
泡を吹き、四肢の筋肉が断裂するほどの負荷に耐え、ただひたすらに前へ。
だが、奇跡は長くは続かない。
山道への入り口、ゴツゴツとした岩場に差しかかった瞬間。
馬の前足がガクリと折れた。
「――ッ!」
ジュリアンの体が前方に投げ出される。
受け身を取る余裕などない。彼は背中の武器を庇うように体を丸め、地面を激しく転がった。
土埃と痛み。
回転が止まった時、ジュリアンは泥だらけになって空を見上げていた。
「ブルルゥ……」
傍らで、愛馬が苦しげに息を吐き、動かなくなっている。
死んではいないが、もう走れない。
「すまない……! よくやってくれた……!」
ジュリアンは愛馬の首を一度だけ強く抱きしめ、そして立ち上がった。
足が震えている。
全身が鉛のように重い。
肺が破れそうで、呼吸をするたびに血の味がする。
ここから採石場まで、まだ距離がある。
しかも、上り坂だ。
武器の重さは、三つ合わせて数十キロ。
満身創痍の体で運ぶには、あまりにも重すぎる荷物。
だが、ジュリアンは迷わず武器を担ぎ直した。
置いていく選択肢など、端から存在しない。
「待っていろ……悪党」
一歩。
砂利を踏みしめる音が、やけに大きく響く。
「今行く……必ず、届けてやる!」
ジュリアンは走り出した。
美しい騎士の走りではない。
泥にまみれ、汗と
だがその背中は、どんな英雄よりも雄弁に、騎士の矜持を語っていた。