※この作品はR-18です。

美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~   作:とけそうだら

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第60話 マヌローの戦い⑤

(間に合うか?)

 

 

 宿への道を、一頭の馬が疾走していた。

 その背には、ジュリアンが乗っている。

 鞍にしがみつくように身を低くし、風の抵抗を少しでも殺す。騎士としての優雅な乗馬姿勢など、かなぐり捨てていた。

 

 

「頼む、持ってくれ……!」

 

 

 馬の口から白い泡がこぼれ、太い首筋に血管が浮き上がる。

 限界を超えた速度での強行軍だ。

 筋肉が悲鳴を上げているのが、鞍越しに伝わってくる。

 だが、手綱を緩めるわけにはいかない。

 

 ドォォォォン……ッ!

 

 背後で響く轟音が、徐々に遠ざかっていく。

 それは安堵すべきことではない。

 グレイがたった一人で、あの規格外の化け物を引き離している証拠だ。

 

 武器もない。

 魔力もない。

 あるのは、減らず口と度胸だけ。

 そんな男が、命を削って時間を買っている。

 

 

『お前が一番足が速い。――この作戦の要はお前だ』

 

 

 別れ際の言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。

 あの悪党は、信じていると言った。

 オルレアヌの騎士であるこの私が、必ず戻ってくると。

 

 

「くそっ……!」

 

 

 ジュリアンは奥歯を噛み締めた。

 悔しさではない。

 己の無力さへの怒りでもない。

 ただ、その信頼が重く、熱く、胸を焦がす。

 

 宿の灯りが見えた。

 ジュリアンは馬の腹を蹴り、最後の加速を促す。

 石畳を蹄が削り、火花を散らして宿の裏手へ滑り込んだ。

 

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 

 飛び降りる勢いで馬を止め、馬小屋へと駆け込む。

 薄暗い納屋の奥。干し草の匂いに混じって、油と鉄の匂いがした。

 荷台の幌を乱暴に剥ぎ取る。

 

 

「あった……!」

 

 

 そこには、三つの包みが鎮座していた。

 油紙に包まれた、長細い形状。

 震える手で、一つずつ確認する。

 

 まずは、カイトの『ミラージュ・バトン』。

 見た目はただの短い杖だが、魔力を通せば変幻自在に形状を変える、稀代の魔道具だ。

 軽い。だが、その軽さがカイトの魔術を支えている。

 

 次に、グレイの『不知火(しらぬい)』。

 黒塗りの鞘。

 飾り気のない柄。

 だが、少し引き抜けば、闇夜すら吸い込むような漆黒の刃が顔を覗かせる。

 

 

 そして、最後の一振り。

 白銀の装飾が施された、儀礼用と見紛うほどに美しい長剣――『聖剣デュランダル』。

 オルレアヌ王家に伝わる、魔を払う輝きの剣。

 

 

「……待っていろ、グレイ! 今行く!」

 

 

 ジュリアンは三つの武器を背負い袋とベルトに固定し、踵を返した。

 急げ。

 一秒でも早く。

 

 馬の首へ手を伸ばした、その時――

 

 ズゥゥゥゥン……。

 

 不気味な地響きが、鼓膜じゃない。

 骨に響いた。

 巨人の足音とは違う。

 もっと細かく、密度の高い“群れ”の震えだ。

 

 馬が竿立ちになり、恐怖に嘶く。

 

 

「な……ッ!?」

 

 

 闇から湧いたのは、白い波だった。

 

 カチ、カチカチ、カチ……。

 

 硬質な音が重なり合い、月光が雲の切れ間から差し込んで、その正体を暴く。

 骨だ。

 犬、狼、あるいは人間。

 巨人の体から零れ落ちた骨片が、怨念を吸って自律的に組み上がった小型の骨獣。

 眼窩に赤黒い燐光を灯し、宿を囲むようにじりじりと輪を狭めてくる。

 

 

「くっ……! こんな時に!」

 

 

 ジュリアンは背中の荷を庇うように一歩引き、聖剣を抜き放った。

 チャキッ、と澄んだ金属音。

 白銀の刃が月光を受けて輝く――が、その光は“希望”にはならない。

 

 

「……私は勇者ではない」

 

 

 喉の奥から絞り出すように、言い聞かせる。

 

 

「この剣の真価を、引き出す資格もない……!」

 

 

 だからこそ、誤魔化さない。

 頼らない。

 頼るのは、自分の腕と――自分が学んできた、拙い“聖魔法”だけだ。

 

 骨獣が一斉に地面を蹴った。

 飢えた獣のように、生者の肉へ殺到する。

 

 

「ええい、邪魔だッ!!」

 

 

 横薙ぎの一閃。

 先頭の一体が砕け散り、骨粉が舞う。

 だが次が、次が、次が――倒れた屍を踏み台にして、顎が喉笛へ伸びてくる。

 

 

「……ッ」

 

 

 剣を振り抜く空間がない。

 刃が頭蓋に噛み込み、硬い音を立てて止まった。

 

 

「離せッ!」

 

 

 引き抜こうとした瞬間、死角から骨の爪が飛ぶ。

 肩を掠め、頬に熱い線が走った。

 

 

(だめだ……! このままでは押し潰される)

 

 

 骨の波が重なる。

 鎧ごと、腕ごと、背負った武器ごと、地面へ縫い止められる――そんな未来が見えた。

 

 ジュリアンは歯を食いしばり、片膝をついた姿勢のまま、左手を地面へ突く。

 指先が震える。けれど、詠唱だけは噛まない。

 

 

「――聖印、展開」

 

 

 掌の下、石畳に淡い光の輪が浮かんだ。

 眩しい“奇跡”じゃない。せいぜい灯火程度の、頼りない輝き。

 だが、骨獣の動きが一拍だけ鈍る。

 

 

「今だ……!」

 

 

 ジュリアンは剣を支点に体を起こし、輪の内側へ踏み込んだ骨獣の足元へ、さらに短い言葉を叩きつける。

 

 

「――浄火(じょうか)!」

 

 

 ぼっ、と小さく白い火花が散った。

 燃え上がる炎ではない。骨の“赤黒い火”だけを焼く、薄い薄い聖なる熱。

 

 骨獣が甲高い音を立てて軋み、眼窩の燐光が揺らぐ。

 その隙に、ジュリアンはデュランダルを振るった。

 

 

「ッ――!」

 

 

 期待したような光の奔流は出ない。

 刃はただの刃として、骨を断つ。

 骨を砕く。血ではなく、乾いた破砕音だけが返る。

 

 

「……それで十分だ!」

 

 

 自嘲する暇はない。

 ジュリアンは“光”ではなく“間”を作る。

 聖印で足を止め、浄火で怯ませ、剣で刈り取って一歩進む。

 派手さのない三手を、機械みたいに繰り返す。

 

 じわじわと、しかし確実に包囲網が緩む。

 馬が怯え、後ずさる。

 

 

「落ち着け……!」

 

 

 ジュリアンは馬の首へ手を伸ばし、額を寄せた。

 呼吸を合わせる。

 震えが少し収まる。

 その間にも、骨獣は盛り返そうと前へ出る。

 

 

「来い。――来るなら、ここだ」

 

 

 ジュリアンは聖剣を掲げ、短く祈る。

 

 

「……護りの光(ルーメン)」

 

 

 白い光が一枚、薄い膜のように前へ張った。

 骨獣がぶつかり、弾かれ――膜はすぐにひび割れる。

 だが、たった半呼吸。

 それがあれば十分だ。

 

 

「いけっ!」

 

 

 ジュリアンは鞍へ飛び乗り、手綱を絞った。

 馬が躍り出る。

 骨の群れが追いすがる。

 だが、聖印の残光が足を鈍らせ、浄火の余熱が赤黒い火を揺らす。

 

 デュランダルは、まだ沈黙したままだ。

 それでも――道は、こじ開けた。

 

 

(……グレイ。今度こそ、届ける)

 

 

 ジュリアンは背中の重みを確かめ、馬の腹を蹴った。

 

 

「いけぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 ジュリアンは馬に飛び乗り、腹を蹴りつけた。

 馬もまた、主人の覚悟を感じ取ったのか、恐怖を振り払って嘶く。

 光の残滓が漂う道を、弾丸のように突き進む。

 

 宿を抜け、町外れへ。そして山へと続く坂道へ。

 馬は限界を超えて走った。

 泡を吹き、四肢の筋肉が断裂するほどの負荷に耐え、ただひたすらに前へ。

 

 だが、奇跡は長くは続かない。

 山道への入り口、ゴツゴツとした岩場に差しかかった瞬間。

 馬の前足がガクリと折れた。

 

 

「――ッ!」

 

 

 ジュリアンの体が前方に投げ出される。

 受け身を取る余裕などない。彼は背中の武器を庇うように体を丸め、地面を激しく転がった。

 土埃と痛み。

 回転が止まった時、ジュリアンは泥だらけになって空を見上げていた。

 

 

「ブルルゥ……」

 

 

 傍らで、愛馬が苦しげに息を吐き、動かなくなっている。

 死んではいないが、もう走れない。

 

 

「すまない……! よくやってくれた……!」

 

 

 ジュリアンは愛馬の首を一度だけ強く抱きしめ、そして立ち上がった。

 足が震えている。

 全身が鉛のように重い。

 肺が破れそうで、呼吸をするたびに血の味がする。

 

 ここから採石場まで、まだ距離がある。

 しかも、上り坂だ。

 武器の重さは、三つ合わせて数十キロ。

 満身創痍の体で運ぶには、あまりにも重すぎる荷物。

 

 だが、ジュリアンは迷わず武器を担ぎ直した。

 置いていく選択肢など、端から存在しない。

 

 

「待っていろ……悪党」

 

 

 一歩。

 砂利を踏みしめる音が、やけに大きく響く。

 

 

「今行く……必ず、届けてやる!」

 

 

 ジュリアンは走り出した。

 美しい騎士の走りではない。

 泥にまみれ、汗と涎(よだれ)を垂れ流し、なりふり構わず手足を振る、無様な疾走。

 だがその背中は、どんな英雄よりも雄弁に、騎士の矜持を語っていた。

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