美少年ハーレムを作りたい!! ~モブおじだけど転生したらチート勇者でした。なので盗賊になって好き勝手に生きることにしました~ 作:とけそうだら
ドルテナ要塞の高き城壁に、『子羊の産声』の深紅の旗がはためいていた。
グレイの手によって考案された「黎明の獅子」の紋章が、朝日に照らされて輝きを放つ。
深紅の地に描かれた銀色の獅子は、まるで新たな時代の到来を告げるかのように天を仰いでいる。
その背には権蔵が威風堂々と立ち、片手に剣、もう片手には解放を象徴する鎖を掲げている。
獅子の周りを取り巻く子羊たちは、まるで星座のように神秘的な輝きを放ち、見る者の心を惹きつけていた。
要塞の中庭には、厳粛な空気が満ちていた。
グレイの指示のもと、少年兵たちは整然とした列を組み、使者を迎える準備に余念がない。
その姿勢には若さゆえの未熟さは微塵も感じられず、遠くから響き始めた馬蹄の音に、場の緊張感は一層高まっていく。
春風が静かに舞う中、オルレアヌの紋章が燦然と輝く豪奢な馬車が姿を現した。
陽光に照らされた護衛の騎士たちの銀色の甲冑は、王都の威厳そのものを体現しているかのようだ。
「王都からの使者が来たぞ!」
見張りの兵の力強い声が響き渡り、全ての視線が馬車へと注がれる。
豪奢な装飾を施された馬車は、騎士たちの護衛のもと、要塞の中心にある石畳の広場へとゆっくりと進んでいった。
城壁の上から、権蔵はその光景を鋭い眼差しで見下ろしていた。
彼の口元には自信に満ちた微笑みが浮かび、長らく待ち望んだ瞬間が訪れたことを直感していた。
「使者たちが到着したようだな」
その声には、これから始まる新たな物語への期待が滲んでいた。
「全員、整列! これより王都セルフィアからの使者をお迎えする!」
銀髪の少年の鋭い命令が響き渡り、少年兵たちは一糸乱れぬ動きで門の両脇に整列した。
その規律正しい姿勢は、グレイの統率力を物語っていた。
使者の馬車の扉が開き、まず最初に降り立ったのは、王都の騎士たちだ。
彼らはそれぞれが完璧な身のこなしで礼を尽くし、広場に整列していく。
そして、最後に姿を現したのは、豪華な衣装をまとった使者。
彼は一歩一歩、慎重に足を運びながら権蔵の前に進み出た。
「さあ、権蔵さま。使者をお迎えくださいませ」
グレイの低い声が響く中、権蔵は堂々と立ち上がり、手を軽く振って応じた。
その動作には威厳があり、周囲の緊張を打ち消すような余裕があった。
「うむ、よく来たな。オルレアヌの諸君。このドルテナ要塞に来てくれたことを、心から歓迎するぞい」
その声は、要塞に集まった者たち全員に力強く届いた。
使者は深く一礼し、静かに言葉を返す。
「王都より、エリオット陛下のお言葉を預かり、参上いたしました。陛下よりの返答と、重要な使命を伝えるためにここに参りました」
その言葉が広場に響いた瞬間、権蔵の心臓は大きく高鳴った。
彼が待ち望んだエリオット王からの手紙、それがついにこの瞬間、彼の手元に届こうとしていた。
春の穏やかな陽光が要塞を照らし出し、鳥たちのさえずりが遠くから聞こえてくる。
だが、そんな平和な風景とは裏腹に、広場に集まった者たちの間には緊張感が漂っていた。
権蔵は使者が差し出した書簡をじっくりと手に取り、封を開ける瞬間を心の中で待ちわびていた。
「ふふふ、まるで年末のジャンボ宝くじの当選番号を確認するような気分じゃな……さあ、どんな返事が来たのかのう……ふふ、楽しみじゃ。」
上質な紙に刻まれた王家の紋章が、金色に輝く。
権蔵は一瞬だけ手を止め、呼吸を整えると、ゆっくりと封を切った。
その時、すぐ近くから無邪気な声が響いた。
「ねぇねぇ、ご主人様。なんて書いてあるんですか♪」
赤毛のメイド少年、カイトが、興味津々な様子で書簡を覗き込んできた。
その瞳には、純粋な好奇心がキラキラと輝いている。
「えーと、ちょっと待てよ。なになに……」
権蔵は書簡に目を通そうとするが、急に眉間にしわを寄せて、少し気まずそうに肩をすくめながら呟いた。
「うむ、わしこの世界の文字、読めんのじゃ……グレイ、お前が読んでくれ。」
その言葉が発せられた瞬間、広場に集まっていた者たちの間に静かなざわめきが走った。
豪華な衣装に身を包んだ使者たちも、一瞬だけ戸惑いの表情を見せたが、誰も何も言わない。
ただ、軽い緊張感と、どこか滑稽な空気が漂っていた。
しかし、グレイは冷静な面持ちで一歩前に進み出ると、静かに書簡を手に取る。
グレイは権蔵に軽く一礼すると、堂々と書簡を広げるた。
「……では、権蔵様に代わって私が代読させていただきます。」
彼の低く安定した声が広場全体に響くと、誰もがその言葉に耳を傾けた。
グレイは書簡の内容を、まるで劇的な展開を告げるかのように丁寧に読み上げる。
『謹啓 オルレアヌ王国宰相府より、勇者権蔵殿に申し上げ奉る。 国王陛下エリオット・フォン・リーフェンシュタール殿下との婚姻の儀に関する貴殿からの申し入れにつき、王国評議会において慎重なる審議を重ねて参りました。 この度、陛下のご意向並びに評議会の総意として、貴殿を王都セルフィアへと御招待申し上げ、婚約に関する詳細な御協議の場を設けさせていただく運びとなりました。 つきましては、来る月の満ちる日までに王都へご来臨賜りますよう、謹んでお願い申し上げます。 なお、正式な婚約の承認につきましては、御来臨の折に改めて御協議させていただく所存でございます。 何卒、この招聘を御受け入れくださいますよう、衷心よりお願い申し上げます。 アストラリオン歴1296年 春月 吉日 オルレアヌ王国宰相府
宰相 ラソリーニ・フォンテーヌ 国璽』
その言葉が広場に響いた瞬間、権蔵の顔に大きな笑みが広がった。
両の拳を握りしめ、長年の夢が現実となった喜びを全身で表現する。
「ふふ……やったぞ! ついにエリオットきゅんが、わしのプロポーズを受け入れてくれたのじゃ!」
権蔵は抑えきれない興奮に、まるで少年のように拳を天高く掲げた。
その姿は、英雄譚に描かれる勇者の勝利の場面さながらだった。
周囲の使者たちは、そんな型破りな権蔵の姿に戸惑いながらも、礼を尽くして次なる手続きの準備に取り掛かる。
グレイは主の無邪気な喜びようを温かな目で見守りながら、王国の紋章が輝く書簡を丁寧に畳み直した。
「これで、すべてが正式に進むということですね。あとは婚約に向けた調整が残っていますが、まずは大きな一歩を踏み出せたこと、心よりお祝い申し上げます、権蔵さま」
「うむ、よい結果じゃ! 実に素晴らしい日じゃ!」
権蔵は満足げに頷き、胸の内に膨らむ高揚感に酔いしれた。
彼の描いていた未来図が、今まさに現実のものとなろうとしている。
そして、彼の隣でカイトが小鳥のように跳ねながら歓声を上げた。
「おめでとうございます、ご主人さま! ついにこの国の王さまと結婚できるんですね♪」
権蔵は誇らしげに笑みを浮かべ、愛おしそうに少年の頭を撫でる。
「そうじゃ、わしはついにこの国の頂点に立つのじゃ! さあ、準備を整え、すぐに王都へ向かうぞ!」
その瞬間、広場の空気が一変し、華やかな祝賀の雰囲気に包まれる。
兵士たちは隊列を整え、準備に取り掛かり、ドルテナ要塞全体が新たな時代の到来を感じさせるかのように動き出した。
権蔵の運命の歯車は、再び大きく回り始め、彼をさらなる栄光の舞台へと導こうとしていた。
♦
春の陽光が降り注ぐドルテナ要塞。
祝賀の余韻が残る城内から、一日の時が流れていた。
出発の朝、城門の前には『子羊の産声』の団員や少年兵たちが整然と並び、後方支援部隊長ヴィヴィアンの指揮のもと、見送りの儀式が執り行われていた。
深紅の旗が朝日に照らされ、新たな船出を祝福するかのように風になびく様は、まるで絵画のような美しさだった。
青い髪を風に揺らしながら、眼鏡っ子ヴィヴィアンは優雅な仕草で権蔵に最後の報告を済ませると、深々と一礼した。
その姿には生まれながらの貴族のような気品が漂う。
「主さま、どうか無事に王都までお気をつけて。要塞の守りは私たちにお任せください」
「うむ、任せたぞ、ヴィヴィアンくん。わしが留守の間、ドルテナの子供たちを頼むぞ」
ヴィヴィアンは再び優雅に頭を下げ、その仕草には華やかな宮廷で育まれたような優美さが滲んでいた。
「かしこまりました。私たちはいつでもあなたの帰りを待っております。お帰りの際には、またぜひドルテナ要塞にお越しくださいませ」
「うむ、王都から帰ったらご褒美に抱いてやらんといかんな。バニーちゃんの格好でもさせてアヘアヘ言わせてやるからのう♪」
「ふふ、楽しみにしてますよ、主さま♪」
権蔵は馬車に乗り込む前、最後にもう一度要塞を振り返った。
城壁の上では子供たちが手を振り、中には涙ぐむ者の姿も。
その光景は、まるで父を見送る子供たちのようで、権蔵の心を温かく包み込んだ。
こうして始まった王都への旅路。
馬車には権蔵の他に、グレイ、カイト、そしてジュリアンが同乗し、新たな冒険の幕開けを迎えていた。
◆
春風が吹き抜ける街道を、権蔵の操る馬車がゆっくりと進んでいく。
王都セルフィアへの旅も四日目を迎え、一行の前には絵画のような風景が広がっていた。
どこまでも続く緑の草原と青空の下、柔らかな陽光と爽やかな風が旅人たちを包み込む。
馬車はドルテナと王都を結ぶ石畳の街道を軽やかに進み、その快適な揺れに長旅の疲れも自然と和らいでいく。
「舗装された道ってのは、本当にありがたいもんじゃな。これだけ道が整ってると、旅が随分と楽に感じるわい」
権蔵は満足げに微笑む。
その横では、そばかすの可愛らしい少年カイトが春の風を全身で感じながら、懐かしそうに目を細めていた。
「んー、外の風が気持ちいいです。ご主人さまと一緒に旅をしていたあの頃を思い出しますね」
後部の座席では、銀髪のグレイと金髪のジュリアンが静かに座っている。
三人とも、権蔵にとってかけがえのない存在だった。
「そうじゃな。なんの因果か異世界に召喚されたわしだが、あの三年前の旅があったからこそ、今こうしておまえたちと共にいられる。最初は戸惑いばかりじゃったが、今では掛け替えのない宝物じゃ」
グレイは静かに頷き、「あの日、権蔵さまに拾われなければ、俺はきっと……。今こうして王都へ向かう道すら、夢のような気がします」と、珍しく感傷的な言葉を口にした。
馬車の中は、懐かしい思い出話で一時の和やかさが満ちていた。
カイトとグレイ、二人の美少年たちは、それぞれが過去の旅路を振り返りながら、権蔵との楽しいひとときを思い出しては、ほころんだ笑顔を交わしていた。
しかし、窓際に座るジュリアンだけは、外の景色をじっと見つめたまま、終始口を閉ざしていた。
その瞳にはどこか憂鬱な影が差し、場の和やかさにまったく溶け込もうとはしなかった。
「あっ! ご主人さま、見てください!」
カイトの弾んだ声が、馬車の中に響く。
遠くから奇妙な音楽と共に、色鮮やかな旗がはためく馬車の列が近づいてきていた。
「おや、なんじゃあれは? 随分と賑やかな一団じゃのう」
権蔵が御者台から身を乗り出して見てみると、色とりどりの旗を掲げた集団が、賑やかに歌い踊りながら近づいてくるのが見えた。
「あれはサーカスの旅団ですね」
グレイが冷静に説明する。
「最近オルレアヌで流行している興行集団です。各地を巡りながら芸を披露しているんですよ」
馬車同士がすれ違う瞬間、顔にペイントを施した道化師たちがカイトに向かって手を振った。
その派手な衣装と奇抜な化粧が春の陽光に煌めき、
カイトは目を輝かせながら手を振り返す。
「わぁ! ぼく、サーカスなんて見たことないです! ご主人様、ちょっと止まって見に行きませんか?」
期待に満ちた声でカイトが言うと、権蔵はニヤリと笑みを浮かべた。
「ふむ……あの馬車、随分と物資を積んでいるようじゃな。わしらの旅の糧も少なくなってきたことじゃし……ちょいと襲って荷物を分けてもらうのも――」
「ゴンッ!」
権蔵の頭に鈍い衝撃音が響いた。
「いったぁっ!」と思わず前屈みになる権蔵。
後ろを見ると、金髪巻き毛のジュリアンが拳を握りしめて立っていた。
その顔には怒りが滲み出ている。
「何を言っているんだ貴様は!」
ジュリアンはテーブルを叩くような勢いで声を張り上げる。
「それは犯罪だ! 勇者たる者、そのような盗賊まがいの卑劣な行為は断じて許されないぞ!」
「いやいや、冗談じゃよ、冗談。そんな本気で怒らんでもええじゃろ」
権蔵は頭をさすりながら苦笑する。
しかし、その視線にはまだ名残惜しそうな色が残っている。
「冗談で済む話ではない! この際、はっきり言わせてもらうぞ、権蔵」
ジュリアンはいつも以上に真剣な口調で切り出し説教モードに突入する。
「貴様は確かにこの世界の"勇者"だ。その事実は私も認めざるを得ない。だが、今までの貴様の振る舞いは、勇者の名を汚すものばかり。しかし、今はそれを咎める場ではない。オルレアヌ王国が貴様を正式な勇者として認め、エリオット陛下との謁見の機会まで設けられたのだ。これはもはや単なる旅ではない。我が国の威信に関わる重大な任務なのだ」
ジュリアンの言葉が鋭く響き、馬車内の和やかな空気が一変する。権蔵の表情にも翳りが差した。しかし、ジュリアンはその変化に気付かず、さらに言葉を重ねる。
「勇者たる者、その一挙手一投足が国の威厳に関わることを自覚しろ。この旅路こそが、貴様が真の勇者として歩み始める第一歩となるべきなのだ。このような無軽蔵な態度では、魔王軍との戦いなど到底望めぬぞ」
(ああ、また始まった……ジュリアンの説教タイム。まったく、この子は堅苦しすぎるんじゃよ……)
権蔵は心中で溜息をつきながら、虚ろな目で前方を見つめ続けた。
車内にはジュリアンの厳かな訴えが響き続けるが、権蔵の心はすでに別世界を漂っていた。
「あーあ、サーカス見たかったなぁ……」
カイトが指を咥えて、遠ざかっていくキャラバンを名残惜しそうに見つめている。
「心配するな。王都には常設のサーカスがある。本部もあるからな」
グレイが優しく諭すように言うと、カイトの瞳が一気に輝きを取り戻す。
「ほんと!? じゃあ王都に着いたら、みーんなで見に行こうよ!」
カイトの無邪気な笑顔に、権蔵も思わず表情を緩める。
「サーカスだと? そのような子供じみた娯楽など論外だ。貴様らには今、もっと重大な責務があるはずだろう。エリオット陛下との謁見を控えているというのに、この態度は何事か。宮廷作法も知らずに王城に入るつもりか? ここは私が特別に礼儀作法を叩き込んでやろう」
ジュリアンの尊大な言葉が響いた瞬間、馬車内の空気が凍てつくように冷たくなる。
グレイは表面上は穏やかな微笑みを浮かべながら、ゆっくりと目隠しに手をかけた。
布が外れた瞬間、その下から覗く黄金と紫の瞳には、獲物を追い詰めた猛獣のような鋭い光が宿っていた。
ジュリアンはその異色の目に一瞬たじろぎながらも、持ち前の頑なさが彼の口を止めさせない。
「な、なんだよ、その態度は……。私が言っていることは正しいはずだ! 勇者とは単なる肩書きではない。王国における特別な存在なのだ。だからこそ、権蔵にはまず礼儀作法から――」
「お前、うるさい。潰すぞ」
その一言は、氷の刃のように鋭く場の空気を切り裂いた。
グレイの声に込められた静かな怒りは、ジュリアンの言葉を凍らせる。
異色の瞳から放たれる殺気は、まるで獲物を追い詰めた狩人のように冷酷で、車内には息もできないほどの緊張が漂う。
ジュリアンは何か言い返そうとしたものの、グレイの圧倒的な存在感の前に言葉を失う。
額には冷や汗が滲み、喉の奥で言葉が絡まったまま、ただ視線を逸らすことしかできなかった。
馬車の中に、重い沈黙が支配する。
権蔵はそんな二人のやり取りを横目で見やりながら、心底疲れたような溜息をついた。
(やれやれ、また面倒なことになってきたのう……なんとかしてこの空気を変える方法はないかのう)
彼の目に映ったのは、穏やかな風景だった。
馬車の進行方向に、透き通るような清流が見え、川辺には心地よい木陰が広がっている。
柔らかな日差しが水面に反射し、まるで時間が止まったかのような静寂な空気が漂っていた。
その光景は、旅の疲れを癒すかのような安らぎを感じさせる場所で、キャンプを張るにはうってつけだ。
ふと思いついた権蔵は、軽く手を叩いて明るい声をあげた。
「そうじゃ、そうじゃ! ここらでひと休みして、腹ごしらえでもするかの。ちょうどあの川を見てみぃ、あの清流、ものすごく綺麗じゃろ? あれなら、きっと美味い水が汲めるじゃろうし、ご飯も最高に美味しく炊けるんじゃないか?」
彼は川を指差しながら、興奮気味に続けた。
「腹が減っては戦もできんしな。旅の途中じゃが、たまにはこうしてハイキング気分での食事を楽しむのも乙なもんじゃ!」
権蔵が声を張り上げると、カイトがすぐさまその言葉に反応した。
彼は目を輝かせ、川の清らかな流れを見つめながら、「ほんとだ! すっごく綺麗な川ですね! ご飯も絶対美味しくなるに違いないです!」と、嬉しそうに言った。
グレイも、先ほどまでの険しい表情が少し和らぎ、「む……ご、ご飯ですか。まぁ、自然の中での食事も悪くはないですね。まぁ、こういう休息も必要でしょう」と、頷きながら答えた。
彼は冷静を装っているつもりだが、その口元から垂れる涎をどうやら隠しきれていない。
明らかに、心の中では食欲が刺激されている様子だ。
一方、ジュリアンは川を眺めながら少し渋い顔をしていた。
彼の整った眉はしかめられ、最初はこの提案に気乗りしない様子が明らかだった。
しかし、周りの雰囲気を察したのか、やがて深いため息をつきながら「まぁ、腹ごしらえをするのも必要だろう」と、不承不承ながらも同意する。
ジュリアンのこの反応に、権蔵は思わず笑みをこぼし、「よし、決まりじゃな!」と馬車を停める準備に取り掛かった。
♦
「むふふー♪ ご主人様、今日は何を作ってくれるんですか♡」
カイトは権蔵の腕にしっかりと抱きつきながら、甘えるような声を出す。
その大きな瞳には期待の輝きが満ちていた。
「んー、そうじゃなぁ。今日は米を使った料理にするつもりじゃ。前回はシンプルにおにぎりじゃったが、今日は少し違うものに挑戦してみるかのう」
権蔵が腕を組んで思案していると、グレイの瞳が子供のように輝く。
「ご、権蔵さま! またお米が食べられるのですか! しかも新しい料理……」
普段はクールなグレイも、食事の話となると表情が柔らかくなる。
お米に対する執着心が垣間見え、唾を飲み込む音が聞こえてきそうだ。
「さてさて、今日は何を作ろうかのう……」
権蔵が川面を見つめていると、水面から銀色の光が飛び跳ねた。
「おお! あの川魚、タワイではないか? これは運命じゃな。今日はタワイさんで我が料理の腕を振るわせてもらうぞ」
権蔵が声を上げた瞬間、グレイが影のように素早く動き、一瞬で数匹のタワイを捕らえていた。
その手際の良さに、権蔵は思わずニヤリと笑む。
「さすがじゃのう、グレイ。お前の狩りの腕前は天下一品じゃ」
「こ、これくらい当然です……それより早く料理を……」
グレイは照れ隠しに強がってみせるが、その目は既に料理への期待で輝いていた。
権蔵は持参した包丁を取り出すと、まるで芸術品を扱うかのように丁寧にタワイをさばき始める。
その手さばきは、まるで舞うように美しく、カイトは目を輝かせながら見入っていた。
タワイ――この異世界の川魚は、地球の鯛(タイ)を彷彿とさせる高級魚。
権蔵にとっては故郷の味を思い出させる、特別な食材だった。
「ふむ、これでさばき終わったぞ。さあ、次は異世界の秘密兵器の出番じゃ!」
権蔵は得意げに昆布を取り出す。
その手つきには、まるで国宝級の宝物を扱うかのような慎重さがあった。
「この世界では、ただの海藻として捨てられている昆布じゃが……実はこいつこそが、和食の真髄を支える最強の調味料なのじゃ!」
グレイの目が輝く。
「最強の……調味料、ですか?」
「うむ! まずは出汁を取って……そして、タワイの切り身をお米の上に乗せて……」
権蔵は手慣れた動きで調理を進める。
醤油は異世界の大豆から自ら仕込んだ特製品。
みりんの代わりに地酒と砂糖を絶妙なバランスで配合していく。
その手際の良さに、グレイの口からは思わず涎が糸を引く。
「ご主人様、火の準備ができました!」
カイトの声に、権蔵は満足げに頷く。
「よし、ナイスタイミングじゃ! では、いよいよ究極の一品、権蔵特製『タワイ炊き込みご飯』の製法を見せてやろう!」
土鍋から立ち上る香りに、グレイの瞳が星のように輝いた。
「こ、この匂い……もう我慢できません!」
「まあまあ、焦るでない。米の一粒一粒に旨味を染み込ませるには、愛情と時間が必要なのじゃ」
グレイはその言葉に必死で涎を拭いながら頷くものの、体はどうにも落ち着かない様子で、土鍋の周りをぐるぐると子犬のように回り続けていた。
その姿を見て、カイトが小さく笑い声を漏らしながら「本当に楽しみなんだね、だんちょーは」と、微笑ましげに言う。
そして、ついに三十分が経過した――。
「さあ、時が来たぞ! いよいよじゃ!」と権蔵は目を輝かせながら立ち上がり、慎重に土鍋の蓋を持ち上げた。
蓋が開くと同時に、ふわりと湯気が立ち昇り、タワイの旨味と昆布出汁の豊かな香りが一気に広がった。
その芳醇な香りは、周囲にいた全員の食欲を刺激し、一瞬で空気が変わる。
「これぞ、権蔵特製『究極のタワイ飯』! 堂々完成じゃ!」
その声に応えるように、グレイが目を輝かせながら声を上げた。
「す、すごい……ご飯一粒一粒が宝石のように輝いている!」
その目は期待に満ち溢れ、今か今かと待ち望んでいた瞬間を迎えた喜びに包まれていた。
「はーい、配膳はぼくに任せてください♪」と、カイトも興奮を隠せず、満面の笑みを浮かべながら声を弾ませた。
カイトは手際よく土鍋からふっくらと炊き上がったタワイ飯を茶碗に盛り付けていく。
ふわりと炊き上がった白米と、タワイの照りが見事に合わさり、その美しさに皆が見惚れていた。
テーブルに次々とタワイ飯が並べられると、全員が一斉に手を合わせて声を揃えた。
「いただきます!」
グレイがまず一口、タワイ飯を口に運んだ。その瞬間、彼の表情が一変する。
「ん……んんんんんんん!? な、なんですかこの……」
言葉が出ないほどの衝撃だった。
タワイの上品な旨味と、昆布の香りが米一粒一粒に染み渡り、口の中で広がる美味しさに、彼は目を見開いたまま固まっていた。
「こ、これは……この世界の料理じゃない。まさに神々の食事……!」
グレイは感激のあまり、普段の冷静さを完全に失っていた。
その手には箸を持ったまま、まるで時が止まったかのように固まっている。
「ご主人様の料理は最高です! お口の中がお花畑になっちゃいました♡」
カイトは頬を染めながら、まるでリスのように可愛らしくスプーンで口に運んでいく。
「ほれほれ、遠慮するな! 自然の恵みを存分に味わうがよい!」
彼の言葉に応じて、グレイとカイトは土鍋から次々とおかわりを取り、目を輝かせながらタワイ飯を頬張っていた。
ふと、権蔵はジュリアンに目をやる。
彼も無言でタワイ飯を食べているが、その表情はどこか寂しげで、周囲と距離を置いているようだった。
まるで自分だけが壁を作り、皆の輪から外れてしまっているかのような、ひとりぼっちの食事に気まずい沈黙が漂っている。
「のお? ジュリアンくん、わしの故郷の料理は口に合うか?」
権蔵が気遣うように声をかける。
ジュリアンは一瞬反応を見せるものの、視線を合わせようともせず、「ん。まあまあだな」とぶっきらぼうに答えた。
(うーむ、真面目な子なんだけど、どこか素直じゃないんだよなぁ……いつになったらわしらに心を開いてくれるんじゃろうか)
グレイとカイトは土鍋を囲んで笑顔を交わしながら、次々とおかわりを重ねていく。
その和やかな光景を、ジュリアンは横目で見ていた。
「あ…………」
ふと自分の茶碗を見下ろしたジュリアンは、もう一粒もご飯が残っていないことに気づく。
権蔵はその瞬間を見逃さず、さっと茶碗を手に取り、新しいご飯をよそった。
「なっ!? なぜ私の皿にご飯を盛るんだ! 誰もおかわりしたいなんて言っていないだろう!」
顔を赤らめながら抗議するジュリアンに、権蔵は優しく微笑んで答えた。
「わしの故郷にはこんな言葉があってな。『腹が減っては戦はできぬ』とな。立派な騎士になるには、まずは腹ごしらえが大事じゃぞ」
ジュリアンは恨めしそうに権蔵を睨みつけたが、結局、ため息をつきながら皿に盛られたご飯を見つめる。
「まあ、仕方ない……騎士たるもの、食べ物を粗末にはできないからな」
ジュリアンは顔を背けながら、仕方なさそうにご飯を口に運ぶ。
その仕草には、どこか子供らしい素直さが垣間見える。
不満そうな態度とは裏腹に、ご飯一粒も残さない几帳面さに、貴族の家で受けた厳しい躾が伺えた。
「あれあれ~、ジュリアンくんったら、さっきは『まあまあだな』って言ってたのに、お茶碗ピッカピカじゃないですか♪」
カイトが無邪気に指摘すると、ジュリアンの白い頬が一気に薔薇色に染まる。
「う、うるさい! これは……これは騎士として当然の礼儀作法だ! 食事を粗末にするなど、レステンクール家の名を汚すようなまねは決してしない!」
「へぇ、そうか? でも俺の目には、まるで子猫がミルクに群がるみたいに見えたけどな」
グレイが意地悪な笑みを浮かべる。
「な、なんだと!? 子猫だと!? 私は誇り高き騎士、レステンクール家の末裔なのに! 何を馬鹿な!」
ジュリアンの顔は真っ赤になり、まるで本当に子猫のように毛を逆立てたかのような威嚇の姿勢。
その反応が、さらにグレイとカイトの笑いを誘う。
「ぷっ、子猫みたいに怒ってるじゃないですかぁ♪ 怒ると毛が逆立つタイプの猫ちゃんみたい!」
カイトが悪戯っぽく指摘する。
グレイは肩を震わせながら笑い、「まさに子猫そのものだ。怒ったお前は震える小さな肉球みたいだな」と言い放つ。
「ふざけるな! レステンクール家の名誉を汚すような下品な呼び方など、断じて許されるものではない! われながら、かかる侮辱に黙って耐えるほど、わが家の誇りは低くはないのだ! っておい、聞いてるのか!?」
ジュリアンがテーブルを叩いて怒鳴る姿に、再び賑やかな笑い声が響く。
その様子を、権蔵は温かい眼差しで見守っていた。
(まだまだ時間はかかるかもしれんが、少しずつ打ち解けてくれるといいんじゃがなぁ……)
「さて、そろそろ休憩も終わりじゃ。王都まではまだまだ道のりが長いからのう」
権蔵の声を合図に、一行は再び馬車へと乗り込む。
今度こそ本当の目的地である王都を目指して、彼らの長い旅が再び始まりを告げたのだった。