愛する気持ちは一方通行。
通じなくとも、そこには存在する。
ただし、それが良いか悪いかは別。
想いはいつも、傷付き傷付け合うものだから。
のめり込んではいけないと想いながら、それでも心は止められない。完全には。
此処までなら、と線を引いて必死に堪えて。でもそれが続くかどうか分からない。
背負って来たもの全てと引き換えにしてでも、行き着くところまで行きたい。そう思うようになるまで、時間はかかりそうもない。
どうしたものか。そんな他人事のようにぼんやり考えながら、今日も私は壁に寄り掛かって耳を澄ませる。
楽しい夜の一時を、味わうために。
それに気づいたのは、猪股家に寝起きするようになって数日くらい経ってからだろうか。ふとした拍子に壁際で聞こえてきたのは、呻くような声だった。荒い息遣いの混じったそれは、何か深刻そうな感じを醸し出していた。大喜くんに何かあったんだろうか。一瞬そう思ったが、
僅かに開いたドアの隙間から覗いた兄は、下を脱いだまま机に突っ伏すようにしていて。そしてその脚の間にある、――オトコノコを握り締めしごいていた。オナニーということばは当時まだ知らなかったかもしれない、でもそれが「見てはいけないコト」なのは分かった。そして私は気付かれないように自分の部屋に戻り、ベッドに潜り込んで固く目を閉じたのだ。忘れてしまうべきだ、と心の中で何度も繰り返しながら。
そこから一応、私だって多少は成長したつもりだ。あれは言うなれば「男子の生理」だから、定期的にそういう事をしなければならないということも知った。でも、やっぱり生々しくて嫌な感じだとはずっと思っている。思っていた、筈だ。
なのに今私は、それを嫌だと思えない。大喜くんの雄の面を感じてしまっている、という事実が私にとって「良くないコト」だと思えない。
その日から私は寝る前、毎晩のように聞き耳を立ててしまう。まぁ聞こえたり聞こえなかったり、その辺は日による。大喜くんも毎日するわけじゃないようだし、壁の近くでするとも限らない。聞こえたら儲けモノ、くらいか。
そしていつしか、それを聞きながら私もオナニーするのが日課になっていった。私の音も大喜くんに聞こえてしまうかもしれない、そう想いながらも指が止まらない。
耳をそばだてながらがに股でしゃがみこみ、自分の胸を揉みし抱きながら股を弄る。想像するのも穢らわしい程酷い格好だけれど、それが一番気持ちいい。家でしていたように声を出したらもっと良いんだろうけど、そこまではできない。ギリギリで理性を総動員し、どうにか踏みとどまっている。
いつまで持つか、分からないけれど。
指先で内側を抉るように掻き回しながら、思い浮かべるのは壁の向こう。漏れてくる大喜くんの喘ぎを少しでも聞き取るためにも、可能な限り声は出さない。そのつもりではあるけれど、歯を食い縛って尚完全には止められない。
借り物の部屋を汚さないように敷き詰めたバスタオルには見る間に生臭い染みが刻まれていき、その臭いも顔まで上がってくる。なんとも情けない、酷い有り様だ。
もし今、大喜くんに気づかれたら。大喜くんは、私を
だからこそ、気づかれてはいけない。気づかれていけない
目を閉じて耳を全開にして、その時を待ちながら指を速めていく。大喜くんの癖は、知っている。もうすぐ、もうすぐだ。
壁を経て澱んだ声が、やって来る。
「ちな、つ、せんぱ……いっ」
それが私の耳朶を揺らし、鼓膜を貫きそして、脳を焼き尽くす。
「ー……、ぁ……ー……」
ブシュリと瑞々しい果物を握り潰したように汚液が迸り、目の前が暗くなっていく。大喜くんはいつも、私の名前を呼んで絶頂する。私をそういう目で見ている、でもそれがワルイコトだと知っているから絶対に表には出さない。やっぱり大喜くんは優しいから。
床に崩れ落ちたまま、快感の余韻と罪悪感に浸りながら。どういう感情か分からない涙が、ただただ溢れていった。
私たちが抱きあう感情はきっと、恋愛ではない。ただの性欲だ。家族ではない身近な異性、という都合の良い相手を見付けて発情しているだけだ。そうでなければ、私が持たない。幸い大喜くんには距離の近い女子がいる、蝶野さんとの関係が深まればきっと私のコトなんか考えなくなるだろう。
二人はお似合いで、私が邪魔をしなければ必ずうまくいくから。いずれ大喜くんは私の名前を呼ばなくなり、そして一人でもしなくなる。蝶野さんと結ばれ、幸福になる。それはきっと、素晴らしい事だ。私はそれを受け入れてしまわなければならない。良い同居人として、先輩として。
だから今感じている寂しさは、あってはならない物だ。オナニーのしすぎで、頭が疲弊しているだけだ。
そう自分に言い聞かせ、私は唇を噛み締める。
――考えるな。もう、考えるな。別の方向に、頭を持っていこう。大喜くんに依存せず、違う形で性欲を張らしていこう。
ふと思い立って、スマホを起動させてみる。今の時代探そうと思えば、いくらでも相手は見つかるだろう。でも、だ。そんな気にはなれそうも無い。大喜くんでなければ、嫌だから。大喜くんは私でなくても良いんだろうけど。
どんなに頭で斬り離そうとしても、大喜くんへの感情と性欲が分かれてくれない。
これは、やはり。私はきっと本格的に、そうなのだ。
「大喜くんが、――好き」
口に出してしまった言葉が、自分にのし掛かってくる。それを受け入れる勇気は私にあるだろうか、そんな資格が私にあるだろうか。そう思いながらも、手は勝手に動いていく。
アプリを立ち上げてタップし、それを送り届けて。指先が勝手に思いを遂げるのを、私はただ見送るだけだ。
ほんの数秒、あるいはそれよりも短い時間かもしれない。隣から小さな悲鳴とバタバタ慌てる音が飛んできて。
「あの、先輩! どうし、まし……たっ」
大喜くんが、血相を変えて入ってきた。さっき私の指が送ったのは、ケープくんのアイコン。大喜くんが「言いたいことがあったら、無言で良いからこれを送ってください。俺が話を聞きにいきます」と言って、水族館でくれたものだ。私を心配する、優しい気遣いが籠ったアイコン。私が一方的に醜い欲望をぶつける為に使うなんて、許される事じゃないだろう。でも、私はもう我慢できない。
このままの関係を続ければ、私は必ず破裂する。
「さっき大喜くん、私の名前――呼んでたよね」
まるで問い詰めるような言葉に、言った私が動揺してしまう。
「私とそういう事をしたい、そんな風に思ったのかな」
違う。言いたいのは、そこじゃない。言うべきは、それじゃない。でも、たった二文字が口に出せない。
傷付くのが怖い、心の支えを失うのが怖い。真っ赤になって下を向く大喜くんを見つめたまま、何も出来ない自分が嫌になる。
「怒ってないよ。
そう、私も同じようなことをしている。私は大喜くんを、汚したいと思ってしまう。
それでも。私は。私、は。
「好き」
必死で絞り出したのは、ただそれだけ。ハッと顔を上げた大喜くんは、さっきより更に赤い。きっと私の顔はもっと赤いんだろうけど。
好きだから。好きなのに。私の身体は疼いてしまう。向こうの気持ちなんか考えもせず、ただ発情してしまうんだ。
固まったままの大喜くん、その半開きになった唇。そこに私の唇が重なる。
熱い熱いキス、擦れあう粘膜の感触が頭を焼いていく。大喜くんはきっと、こんなことを望んでいない。それはわかるけれど、止められない。
繋がりたい。もっと強く、もっと深く。
呆然とする大喜くんの肩を押し、ベッドに組み倒す。
ああ、何をしているんだ。こんなことをして、私は自分がどういう立場か分かっているのか。
頭はブレーキをかけ続けるのに、身体は全く止まろうとしないのがもどかしい。するすると動く手は大喜くんの服をはだけさえ、その思ったよりも逞しい身体をどんどんさらけ出してしまう。
少しずつ強くなる、これはきっと雄の臭い。それを味わいながら、私の手は下へと降りていく。
「あ……ぅ、やめ……っ」
漏れ出る拒絶をものともせずに、大喜くんの下着の中へと滑り込み、そしてその
手のなかに感じる熱と、硬く張り詰めた肉の感触。大喜くんのオトコノコに、触れているのだ。
兄がそうしていたように握り締めて上下に擦ってみると、すぐに湿り気が溢れ出す。大喜くんが濡れている、感じている。それを裏付けるように、大喜くんは切なげな声を上げだした。毎晩のように聞いている、私が大好きな声。
もっともっと、聞きたい。もっともっと、感じてほしい。
そう思いながら手を速めて、様子を伺っていくと。
「ちな、つせんぱ……い、出……っ」
突然オトコノコが激しく脈打ち、掌に熱い迸りが溢れてきた。それは止まることなく、下着の中で渦を巻いていく。
拍動がようやく収まって手を引き抜いてみると、そこには粘ついた白濁液がたっぷりとこびりついている。
これが男の子の絶頂、射精なのか。
生臭い粘液を舐めとると、甘く苦い異端の味が口内に広がり、頭の芯が痺れていくのが分かる。
もう、戻れない。そう確信した私を、大喜くんは怯えるような目で見詰めている。
横たわる大喜くんをがに股で跨ぎ、見せ付けるようにそこを――オンナノコを割り拡げていく私。身体の内で一番醜い場所を晒し、そこから漏れる汚液で大喜くんの肌を汚しているのが、何故か気持ちよすぎて止まらない。
もっと奥まで、私の全てを見て欲しい。そう思いながら指を捩じ込み、粘液を掻き出しながら更に拡げる。
大喜くんも目を背けることなく、私の奥を見据えている。気持ちはどうでも、身体は応えてくれているんだ。
「大喜くん……大喜くん……っ」
名前を呼ぶだけで感度が上がっていく気さえする、もっともっと感じたい。
ならばどうすればいいか、私は知っている。どうするべきか、それを知っている。
僅かに腰を浮かせて後ろへ下がり、今までお尻に当たっていたオトコノコを私の前に位置させて。その先端に覆い被せるように、私のオンナノコをあてがう。粘膜同士がキスをする快感は、その先に待つ更なる快楽を予感させてくれる。
セックス。本当なら大喜くんとそれをするのは、蝶野さんなんだ。あの子は大喜くんを強く愛していて、そして私よりずっと純粋で真っ直ぐ。大喜くんにふさわしい相手。でも今から私は、蝶野さんから大喜くんを奪い取ろうとしている。
それが分かっていても、退路はもう無い。
このまま腰を落とせば、それで良い。
このまま大喜くんを犯せば、それで良い。
このまま何もかも台無しにすれば、それで良い。
――そうだ、それで良いんだ。
大喜くんの気持ちも、蝶野さんの想いも、全てどうでも良い。私はただ大喜くんが好きで、気持ちよくなりたい。それだけ、だ。
他は何もかも、蹴り潰してしまえ。
「ん、ー……、ぁ……っ」
ゴリゴリと内臓が焼け火箸で抉られるような痛みは、きっと身勝手な私への罰だ。でも私は、痛みでは止まらない。着地しきった私の内側はそれを克服し、貪欲にオトコノコを味わおうと蠢き出す。身を捩るだけで中が擦られていき、触れたことの無い場所が焼け付くように熱い。
腰を上げていくと入り口に近い場所が刺激され、それに耐えかねて身体が落ちると子宮が突き上げられる。どう動こうと、逃げ場の無い快感が襲ってくるという状況。
口からは涎がこぼれ落ち、視界は汗と涙で激しく歪んでいく。私の頭の中も、お腹の中も、マーブル模様に澱んでいく。
何も見えない、何も考えられない。快楽に溺れたまま、どれくらい腰を振り続けたか。
不意に身体の奥で、何かが破裂する感覚がやって来た。
「っあ"、うぁ、ぃぎ……っ」
大喜くんが再び射精したと気付いた瞬間、私の頭も稲光に焼かれてしまう。ドクドクと押し寄せる精液を子宮で吸い上げる快感に、そして大喜くんを犯し尽くしたという満足感に。
一秒毎に絶頂に達しては降りる暇もなく再絶頂し、そしてまた押し上げられる。取り返しのつかない奔流にただただ押し流され、目の前は一気に黒く染まっていく。
意識が消え失せる刹那、大喜くんがなにか言ったように感じたけれど。でも――。
壁の向こうから漏れてくる声に耳を済ませ、私は今日も無意味な快感に溺れていく。
聞こえてくるのは睦み言、大喜くんと蝶野さんが絡み合う音。
お互いの名を呼びあい、淫らな水音を響かせて。二人は今日も、愛しあう。
私は歯を食い縛り、決して隣へは音を届かせないようにしながら、ただただ耳に集中するだけだ。
あれから私たちは、同居人でさえいられなくなりかけた。それをなんとか瀬戸際で保てたのは、大喜くんの優しさのお陰だ。過ちを犯した私を許してくれた、でもそれはあまりにも残酷なやり方だけれど。
大喜くんは、全てを忘れると言ってくれた。私に犯された事も、私が言った言葉も、全て。二度とこんな事を起こさないように、何もかも無かった事にした。
もう私には、二人の間に割り込む資格がない。私は同じ家にいる、ただそれだけの
だからせめて、耳を澄ませる。それしか許されないから。
虚しい夜は更けていく。私を置き去りにして。
通算100本目です。何の因果か。