眠っていた春輝は今、もう一人の自分が居る空間に入っている。そこは真っ白で何もない空間であったが、そこにはもう一人の自分はニコニコしながら春輝を見ていた。
「……。」
その笑みに悪意や敵意は感じられないが、どうにも落ち着かない気分になり、春輝は無言のままもう一人の自分を凝視する。すると、自分の姿をした少年は嬉しそうに話しかけてきた。
『ずいぶん落ち込んでるね?あの扉間って人に言われたのが効いたんだ。まぁ、“才能”がないなんて言われたらねぇ。』
「……お前には関係ないだろ?」
『あははっ!そんな事言わないでよ。それに前にも言ったじゃん?ボクはキミ自身だって。関係なくはないんだよ?』
「どういう意味だ?」
『今の春輝に言っても分かんないと思うよ?だって、乗り越えられそうにないもん。』
「……っ。」
楽しげな様子から一転、嘲笑うような表情に変わった自分の顔を見て、春輝は自分の顔ながら不快感を覚える。
しかし、反論する気にもなれない春輝はその場にただ座っているだけだったが、もう一人の自分が楽しげに微笑みながら囁いてくる。
『そんなに悩むなら……辞めちゃえば?対魔忍なんて。』
「っ!?」
『世界の平和なんて、元々春輝には関係無いんだ!そんなのは獅子堂に任せて、春輝は自由に生きれば良いんだ。それがいいと思うんだけどなぁ?』
「……ふざけんな!」
『どうして?だって本当の事じゃないか。君は世界の為に戦う必要なんて無いんだよ?』
その言葉を聞いた瞬間、春輝の中で今まで堪えていた何かが崩れた音がした。そして彼は立ち上がるともう一人の自分に向かって怒鳴り始める。
「俺は確かに獅子堂さん達みたいな強い人でもないし、頭もよくないさ……。だけど!だからってこの力で困ってる人たちがいるなら見過ごす事は出来ない!それを……それを、お前は……っ!!」
そこまで言うと春輝は怒りに満ちた目つきでもう一人の自分を見る。だがもう一人の自分は変わらずニコニコしているだけだ。それがまた、春輝の怒りを増幅させる原因となる。
「お前が俺自身だって言うなら分かるはずだ!力があるっていう事がどんな意味を持つのか!!力を持たない人がどういう扱いを受けるのか!!」
その言葉を、もう一人の自分は黙ったまま聞き続けている。やがて彼が一通り言いたい事を言った後でようやく口を開いた。
『だから?僕には関係無いことだね、他人なんて死のうが生きようが関係無い。そもそも、春輝は何で忍になろうって思ったの?』
「何だと?」
突然の問いに戸惑う春輝だったが、構わずもう一人の自分は話を続ける。
『それは正義感?それともお金の為かな?』
「ち、違う。俺が戦わないといけないと思ったからだ。それに、俺が助けられる人がいたら……。」
『それってつまり、偽善?春輝は偽善者なの?』
「そ、そういうわけじゃ……。」
『結局そうなんでしょ?誰かを助けても、誰も感謝なんかしない。むしろ迷惑だと思う人もいるだろうし。』
「………………。」
図星だった。春輝は思わず押し黙ってしまう。そんな彼に対して、もう一人の自分は更に畳み掛けていく。
『いいかい?人は皆エゴイストなんだ。自分の利益しか考えていない奴が大半だよ。君がいくら努力して強くなっても、誰も君の事を認めようとはしない。何故なら、君は他人の為に行動しようとしているんじゃなくて、自分が傷つかないように動いているだけなんだから。』
「……でも……それでも……俺は……。」
『もうやめなよ。そんな無意味なことするくらいなら、いっそこの世界を捨てればいい。こんな世界よりずっとマシだろ?』
「っ!!黙れっ!!」
『黙らないよ。ボクはキミ自身なんだから。ボクが言ってる事は全て正しいんだ。春輝が今悩んでいる事も全部ね。』
「……くっ……ぅ……。」
春輝は拳を強く握りしめながら俯いてしまう。すると、もう一人の自分はため息を吐く。
『春輝はさぁ、もっと周りを見るべきなんじゃないの?本当に守らなくちゃいけないモノとか、何が大切なのかをちゃんと見極めないと、いつか後悔する事になるよ。せいぜい気を付けな。』
それだけを言うと、もう一人の自分は姿を消した。残された春輝は一人目を覚ます。時計の針は既に9時を指していたが、起きる気になれなかった。
「……。」
『お前に忍の才能はない。』
「っ!」
春輝は扉間の言った言葉を思い返して、頭に手を置いて悔しそうに歯ぎしりする。
「(……分かってるさ……そんなこと……言われなくても……!)」
その後、春輝は学園に休むと連絡して、誰もいない家で1人静かにしていたのであったが、俯くことしか出来ないのであった。
それから数時間後。春輝はベッドの上で仰向けになって天井を眺めていたのだが、いつの間にか眠っていたようで、気が付けば外は暗くなっていた。
「……ん……あ……寝てたのか……?」
春輝は起き上がると部屋から出てリビングへ向かう。すると、テーブルの上にメモが置いてあった。母、不知火からだ。
『春輝へ。今日は帰って来ないと思うので、適当にご飯食べてください。』
「……そういえば、今日は母さんが担当の日だって言っていたな。はぁ、気持ち悪い。リリムも外へ出掛けてるだろうし、外でもぶらつくかな。」
春輝はそう言って着替えを済ませると、夜の町をぶらぶら散歩することにしたのだがやはりというべきか何も楽しいとは思えず、気分は落ち込んだままだった。
「……このままじゃダメなのは分かっているけどな……はぁ。」