深い穴に沈んでいく……。
底の無い深い穴にゆっくりと落ちて、沈んでいた。
春輝は今、深い深い真っ暗な穴の中に意識を落としかけており、底の見えない暗闇が不気味に口を開けているようであった。
そんな穴に向かって春輝は落ちていた……。
「(俺、どうなったんだっけ……そうだ、俺、藤十郎さんに負けたんだっけ……くそ、身体が動かない。指すら動かせねぇなんて……チャクラの使い過ぎとダメージの受け過ぎか。)」
藤十郎の放った一撃、その一撃は山の一部を軽く吹き飛ばした上に春輝も巻き込んで大きく山を抉り、春輝はその一撃を水遁の壁、風遁の膜と土遁の土壁で防ぐ事が出来たが、その全てが軽く破壊され、大きなダメージを受けてしまった。
「(くそっ、必死に修行したのになぁ……。勝てないとか……悔しいなぁ。)」
そう言って目を閉じる春輝に、九喇嘛が語りかける。
【情けねぇ奴だ。力の1割も使えてねぇ癖に何が“悔しい”だ。】
「(っ!九喇嘛……。)」
目が覚めた春輝は九喇嘛のいる場所に横たわっており、後ろにいる彼を見ると、こちらを哀れむような見下す様な目で見ており、春輝はその視線の意味が分からなかった。
【春輝。お前、何で本気を出さないんだ?お前の本気ならあの男にだって勝てただろうに。何故本気を出さなかった?】
「本気………?」
【お前、まさか忘れてたのか?全く……修行ばかりしてるからそうなるんだ!! 少しは他の事にも気を配れ!!】
「す、すみません。」
叱られた春輝は沈んだ顔付きになるが、九喇嘛は構わずに彼に説教を続けていき、ある程度まで説教を終えると、九喇嘛は はぁっと溜息を吐く。
すると、春輝の反省している様子を見た九喇嘛は右腕を伸ばして近づけて来る。
「?これは?」
【手ぇ出せ。わしのチャクラをお前にやる。そしてその力を使って奴を倒してみろ。】
「え?良いのか?」
【あぁ。だが負けるなよ?わしのチャクラを渡したんだ。
このチャクラを渡して負けたりしたら……分かってるよな?】
上から目線な言い方であるが、九喇嘛は春輝を心配している面があり、春輝が修行をしている時は精神世界で彼の様子を見ている時が多い程である。
「あぁ、絶対負けないよ!」
【へっ!】
◆◆◆
「……やり過ぎたか。」
削れた山を見ながら、自身がした事の重大さに気付いた藤十郎は頭を掻きながら、アサギになんて言おうか考えていた。しかし、それ以上に自身と戦った春輝が生きているかが気掛かりであった。
自身を焼かんばかりの雷遁、咄嗟に見せた防御、そして先程のアサギと並ぶと思われる力の片鱗……それらの要素が藤十郎に忘れさせていた熱を。
彼が半殺しにした対魔忍は、忍術で女生徒に乱暴していた者達や魔族に内通していた者達ばかりであったが、それを良しとしなかった上層部の者達が彼に厳罰として謹慎と減給を命じたのである。
しかし、藤十郎本人はそれ以上に退屈していた。
魔族の中では魔界の女騎士、対魔忍ではアサギだけが藤十郎とまともに戦えるが、それ以外は全員が彼よりも弱く少し戦っただけで命乞いをしてくる者達や後ろから攻撃ばかりしてくる者達ばかりである。
そういった者達しか相手に出来ない事や相手が弱すぎる事からか、藤十郎は退屈し、いつからか任務にも出なくなり率いていた火遁衆の事にも無関心になっていた。
しかし、そんな彼の心に再び火を付けたのが春輝であった。
見たことの無い術、そしてアサギに勝ったと言われた時に使った忍術、そして戦闘の際に見せた真っ直ぐな眼。それらが再び藤十郎に火を付けたのである。
「今すぐに見つけて医者に連れてけば助かるか?あいつは良い忍になる。雰囲気といい戦闘センスや能力といい、鍛えれば、いやそれなら・・・。」
そんな時であった。
春輝が倒れている場所から一瞬強い光が起き、その瞬間に何か飛び上がったのが見えて藤十郎は目を凝らして見ていると、その光は己の背後に降りたのが見えた。
その光は春輝であったが、それは光というより春輝自身が何かを纏っているようであり、その姿を見た藤十郎は警戒心を強めて睨んでいた。
春輝は相棒である九尾、九喇嘛の力から貰った力を使い、全身に尾獣チャクラの衣となり雰囲気も異なるものになっていた。
「お前……一体何をした?」
「……相棒から力を貰ったんですよ。藤十郎さん、行きますよ。」
シュンッ!!ドゴオオオオオッ!!
「がはっ!?」
何かが起きた。
春輝が消えて、次の瞬間には自身の腹に彼の拳が突き刺さったのである。
「ぐはぁっ!?(な、なんだこの拳の威力は!?ただの突きじゃねぇ!?それに、この姿……)」
九喇嘛からチャクラを渡されて、発動した力……尾獣モード。
本来なら制御するのには、かなりの精神力とエネルギーを使用するのだが、九喇嘛とリンクした事と今までの修行の効果によって、短時間であれば制御できるようになった。
しかし、それでも制御するのにはかなりのチャクラを使う為、安心は出来ない為、このモードの時間は現在では3分が限度であった。
「はぁ!!」
腕力、脚力ともに上がった春輝の一撃が藤十郎を襲い、吹き飛ばされた藤十郎は春輝を見ながら、苦しげながらも笑みを浮かべていた。
「……引き出しが多いってことか。面白い!なら、俺も最大火力で応戦するぞ!」
「それは嬉しいです……けど、こちらも負けてませんよ!」
右手に火力を溜める藤十郎と同じく右手に紅い狐の頭の形をした結晶を纏う春輝。その纏っている結晶は普通よりも大きく、回転していてその速度も速くなっている。
「火遁、轟炎ノ腕!!」
「晶遁、結晶妖狐!!!」
猛牛の様な炎を纏った拳と橙色の美しい巨大な水晶の狐……2人の大技がぶつかり合い、凄まじい爆発が起きると周囲の木々が吹き飛び、大気が大きく揺れる。
その後、不知火と藤十郎の捕縛に来た上原 燐、そして蓮魔 零子の3人が現場に辿り着くと、そこにはボロボロになって倒れている藤十郎と離れた所で眠っている春輝がおり、春輝はすぐに対魔忍専属の医者の下に駆け込まれ、藤十郎は燐と零子に捕縛。
病院に搬送された春輝はすぐに手術に入り、約3時間後に無事に終了し、入院することになった。不知火とゆきかぜ達は春輝が入院している間、彼が目を覚ますまで見舞いをしていた。凛子や達郎、きららや真、藤孝も春輝の見舞いに同行して彼が目を覚ますのを待っていた。
今、不知火と学園を休んだゆきかぜの視線の先には包帯を身体と頭に巻かれ、静かに寝息を立てている春輝をゆきかぜは不安そうに見ている。
「お兄ちゃん……。」
「大丈夫よ、ゆきかぜ。春輝ならすぐに目を覚ますわ。」
「うん……。」
不安そうに俯くゆきかぜを安心させるように頭を撫でる不知火、しかしそう言う不知火であるが、彼女の方は内心不安で堪らなかった。
息子にこれだけの状態にした紅 藤十郎を、今すぐにでも八つ裂きにしたかった。しかし、その藤十郎にはアサギから手を出すなと言われているので、手が出せないのである。
「春輝、お願い。早く目を覚まして……あなたに何かあったら……「う……。」……え?」
「……ここは。」
「「春輝/お兄ちゃん!!」」
「母さん、ゆきかぜ……そうか、俺確か気絶したんだっけ。うわっ!?」
「良かった……!本当に良かった……!」
不知火は目覚めた息子を抱きしめながら涙を流し、春輝はそんな母と泣いている妹を安心させる為に頭を撫でていくのだった……。
◆◆◆
「紅 藤十郎が怪我をした?」
五車学園の図書室にて、お気に入りの小説を読んでいた毛先が白い黒いウルフヘアをした切れ長の黄金の瞳をした男子生徒が、話題を振ってきた人物がいる後ろを向いて尋ねる。
そこには黒髪のショートヘアで、切れ長の真紅の瞳をした男子生徒が立っていた。
「然り、なんでもとある生徒と戦って傷を付けられたとの事……その傷をつけた生徒も重傷であったらしいぞ、“賢丞”。」
“賢丞”と呼ばれた少年は興味深そうに、うんうんと笑みを浮かべながら頷いて話を聞いており、その目は輝いていた。
「紅 藤十郎っていえば、今じゃ目立ってねぇがかつては“赤狼”と呼ばれ恐れられた忍……。それが怪我なんて、一体どんな奴だ“斗漸”?」
「何でもその者は、数日前に火遁衆の隊長候補の一人である眞田と撃ち合い勝利し、その際に山を削ったらしく、名前は確か……あぁ、春に輝くと書いて“春輝”であった!」
「春輝、かぁ……面白そうな奴がいるんだなぁ。そいつの術と俺の“覇遁”、どっちが強いのか試してみたいな。」
この少年、賢丞もそんな覇遁の覚醒者であり、その実力を認めたアサギが彼を特別に入学させた。
「面白そうな奴が入学したんだなぁ。そんな奴がいるんなら声を掛ければ良かったぜ。なぁ斗慚、春輝のクラスは分かるか?」
「一般のクラスである。何でも芳陰の子供と仲が良いとか……。」
「芳陰の子供……あぁ砂使いの奴か。そんな奴とも仲が良いとはなぁ、ますます顔が見たくなったぜ。」
「それならば、近々会いに行くのが良い。噂では忍獣の住む山で修行をしていることが多いとのこと。」
友人である斗慚から春輝の情報を聞いた賢丞は笑みを浮かべると小説を数冊持つと、それを借りて図書室を後にし、斗慚もその後を追って図書館を出る。
彼……
賢丞自身も殺されそうになったが、その際に発現したのが“覇遁”であり、その力を持ってスラムを出た所をアサギに保護され、施設で育った彼は同じく孤独であった斗慚こと
気になる相手は確かにいる。
獅子堂、芳陰、そして他の名だたる対魔忍の名家や敵にもエドウィン・ブラック以外にも気になる相手はいるが、今はそれよりも同い年の春輝という人物がどんな力を持って、対魔忍の教師に傷を付けたのか。
それが気になっており、興味を惹かれた。
「(どんな奴なんだ・・・会ってみたいもんだぜ。)」
賢丞はそれだけ言うと学園を出て寮に向かうのであった・・・。
◆◆◆
賢丞side
水城 春輝、か……。
上忍クラスとやり合って勝つなんて普通はできる事じゃねえ。それなのに、あの紅に勝つなんてなぁ。
同い年の対魔忍と訓練してわかったが、殆どが才能に溺れてまともな鍛錬をしてないのが大半だったし、ずば抜けてるってのが分かるのは“獅子堂”と“芳陰の忍”と“藤”の一族くらいだ。
それに水城家といえば、あの幻影と言われた不知火くらいだと思っていたが……まさか、その息子が上忍を倒すなんてなぁ。
「(水城 春輝かぁ。少し興味があるなぁ……。)」
そんな事を考えながら、俺は家へと戻った……。