五車町から車で4時間ほど離れたの距離が空いた町、クレサキ町と呼ばれるこの町があり、そこにある屋敷に住む1人の女性が書類仕事をしていた。
彼女の名は
五車の医療科学チームに所属する対魔忍で“対魔十二宗家”の一つの乙女座を冠する乙女崎家の当主。獅子堂家とは古くからの盟友で前当主の源一、当代の宗一郎をはじめとした一族の面々と交友がある。
医療の腕は超一級品で、有り合わせの医療道具で誰もが助からないと判断された患者を救命する腕前である。
そんな彼女の下に電話が鳴った。
「はい、もしもし。あら獅子堂くん、どうかしたの?」
『恵梨香、1人診て欲しい患者がいる。カルテはパソコンで送ったから観てくれ。』
「?分かったわ。」
恵梨香は掛けてきた相手である獅子堂 宗一郎が送ったカルテを観て、眉間にシワを寄せると怪訝そうに宗一郎に尋ねる。
「これは……任務中に起きた怪我?それとも魔科医によるもの?」
『いや、とある能力の副作用だ。筋繊維がズタズタな上に心臓の血管もイカれ掛けてる……だが本人は忍を続けたいらしいんだ……治せるか?』
「……今から5分で仕度するわ。場所は?」
『五車町にある病院だ。』
恵梨香は頷くと仕度をして目的の病院までバイクを跳ばすのであった……。
◆◆◆
その頃、春輝が倒れた事を知った白嶺は彼を諦めて、この世界から消えようとしていた。元々彼女は春輝に興味がなく、偶然尾獣を宿した彼を手に入れようとしたが、その彼が倒れてしまっては意味がないと感じ、柱間達を消して自身も移動しようとしていたが。
「どこへ行く気だ、白嶺」
そんな彼女の背後には“1人の水色の髪をした男”が立っていて彼女に問う。
「あなた、何しに来たの?」
白嶺は男と面識があるようだがどうやら友好的ではないようだ、顔の表情を歪めている。
「その質問の前に答えろ、どこに行く気だった。自分が転生させた者が倒れたのに何の対策を取らずにどこに行く気だった。」
「‥‥彼は私が付与した力を完全にマスターできず、無様に再起不能となった。この世界の主人公となるはずだった者が再起不能となった今、この世界に留まることは意味がない、だから他の世界に移るのよ。」
青年の有無を言わさない気迫に圧されて渋々答える白嶺。
「‥‥あの"外し"という力は呉一族以外では危険なモノだからあまり使うな、と呉 恵利央氏から助言を受けたはずだ、なぜ対策をしなかった。」
「必要がなかったからよ。高々、肉体のリミッター解除を私が選んだ者だったら取得できない方が可笑しい。」
春輝がこの言葉を聞いたら絶句し膝から崩れ落ちていただろう。彼にとってはこの世界に転生させてもらい、大切な家族を護る力を与えてくれた大恩人がまるで自分を都合のいい駒のような言い方をしているからだ。
「……彼をこれ以上苦しめるな。彼はお前の理想とする主人公ではない、1人の人間だ……勝手な理想を押し付けるな。」
「彼はこの世界の主人公にもっとも相応しい存在よ!あんな薄汚い一族の悪知恵が働くラッキーボーイと違って、春輝くんは清廉潔白の主人公よ!私が見てきた誰よりも!そして彼はいずれ超えるわ!あの吸血鬼の王を!!獅子堂とかいうトリコのパッチモンを!!!」
興奮する白嶺だがすぐに興奮が冷め、失望の色が顔に映る。
「でも、あの程度の異世界能力ごときで再起不能になるなんて、ね。彼も所詮そこまでの器だったようね。」
最後にとんだ見込み違いだったわっと吐き捨てる白嶺。彼女に話しかけた青年は心底ウンザリしたような表情をして彼女に告げた。
「……これ以上の議論は意味をなさないな。白嶺、君の管理者としての資格と権限をはく奪する。君は危険すぎる。」
「なっ!?ふざけるな!!なんの権限があってそんなことをする‥‥"ソウマ”!!!」
ソウマと呼ばれた青年は静かに白嶺に語る。
「君の在り方は管理者の在り方ではない。破戒者か付与された異世界能力で好き放題暴れる転生者の在り方だ。‥‥一度、全てを失い自分を見直せ、白嶺。」
水色の髪の男、ソウマに抗議しようとした時、白嶺は水に包まれて消えてしまい、その後にはカードらしきモノが残されており、それを拾い上げるソウマは今後のことを考えたのか、重くため息を吐くのであった。
◆◆◆
一方その頃、恵梨香は目的の病院に到着して、ライダースーツの彼女にざわつく面々が多くいる中、入口には宗一郎が立っていた。
「宗一郎くん、お待たせ。患者の子は?」
「さっきまで起きてたが部屋で寝てる。カルテ診た感じどうだ?」
「全身の筋繊維がズタズタ。立って歩いているのが普通は困難な上に、強い痛みがあって気絶してもおかしくない筈。その上、心臓の血管がいつ切れてもおかしくない状態。それに過剰に発達した身体もそう……どんな子なの?」
「将来性のある奴さ。翔馬……ウチの奴に発破掛けられて、それからやる気になったんだよ。医者が止めてもリハビリやろうとするんだ。治せそうか?」
「診てみないと分からないわ。それで、あの子が……。」
そう言うと2人は静かに寝息を立てている春輝に近付き恵梨香はその身体に触れる。すると、その身体の状態に彼女は驚いた。
「……かなり酷いわね。心臓の血管がギリギリの状態だわ。それに無茶な鍛練を続けたんでしょうね。全身が固まってる上に自己治癒能力が追いついてないわ。」
「そうか……治せそうか?」
「治せるには治せるけど、ただ時間を頂戴。こんな症例診た事ないし、どれくらいで完治させられるのかやってみるわ。」
そう言う恵梨香だったが、ある意味で若干難しい部類に入ると思われる春輝の怪我の状態を診て、ナース達と共に彼をストレッチャーに乗せて手術室へと運ぶと、手術を始めるのであった……。
◆◆◆
その頃、春輝の意識は九喇嘛のいる空間におり、春輝は何かを考えているのかただ横になっており、真っ暗な天井を見上げているだけであった。
【どうした?修行でもしないのか?ここでならわしが相手してやるぞ?】
「ううん、今は身体の調子を整えるために休んでる。働かせ過ぎた身体は休ませてから動かすのが良いらしい。それに……色々考えたんだ。」
【何をだ?】
「俺、獅子堂 宗一郎さんを超えるとか言ってたけど……別のやり方でやるつもりなんだ」
【別のやり方?どう言うことだ?】
怪訝そうに尋ねる九喇嘛に、春輝は彼の方を見ながら答えた。
「俺は世界とか、世の中の平和とか……正直荷が重い、何より柄じゃない。けど、母さんやゆきかぜ、凜子、達郎くん、それにきららとか俺と縁の出来た人達……この手で護れる位の人は護る。」
【で?それでどうするんだ?】
「獅子堂が提唱する対魔忍の教えがあるんだ。」
獅子堂家、対魔忍心構え
一、対魔忍たるもの忍ぶべし
二、対魔忍は戦国武将にあらず
三、己の忍法をひけらかす事なかれ
四、情報は常に疑うべし
五、異名が付くことは恥としれ
六、己の素性は限りなく秘匿すべし
七、新しき技術や知識を受け容れるべし
八、決して驕ることなかれ
九、常に己に打ち勝つべし
十、最小の労力で最大の戦果を挙げるべし
十一、相手を過小評価をすることなかれ
十二、対魔忍は常に影から無辜の民草を守護する者なり
「これらの教えがあるんだけど、俺はそんなモノより大切な者、自分が護りたいモノを優先して護っていくつもりだ。」
【お前が護りたいモノを護るってのは分かった。だが、外しは使えない上に、恐らくわしの力も使えず、下手をすれば忍を辞めざる負えない……そんな中でどうする?】
「外しが使えない?九喇嘛の力も使えない?……それが何?外しとかが使えないなら、それらとは違う力を修行で身に付けるだけだ!俺は、逃げや諦めはしないんだ!」
そんな春輝の熱意の籠った言葉を聞いた九喇嘛は、やれやれといった感じで起き上がると口角を上げてニヤリと笑う。
【獅子を超えるのを別のやり方でやる……?外しとかが使えないなら新しい力を修行で身に付ける……?くはははははっ!!お前は本物の馬鹿だな、馬鹿も馬鹿だが、どうしようもない大馬鹿だ!!……だが悪くねぇ。】
「バカは余計だ!」
春輝と九喇嘛が拳を合わせると、春輝の両目が疼き、その眼を見ると魔眼“転写”に加えて新たな力が覚醒したのであった……。
◆◆◆
そしてその頃、恵梨香は春輝の手術をしており、肉体の細胞を超活性化させる“超回復の術”を使って春輝の身体の切れた筋繊維同士を縫合し、さらに破れ掛けていた心臓の血管も回復していった。
「ふぅ……。終わったわ。後は経過を見て本人の回復力次第ね。みんな、お疲れさま。」
「「「お疲れさまでした!!」」」
看護師や助手達に礼を言ってから、春輝は病室に戻した恵梨香は改めて春輝のカルテを見ていた。そこには手術を無事に終えた春輝の胸の様子が写っていて、恵梨香溜め息を吐く。
「治療は終わったわ……。後は彼の気力次第ね。(それにしても、あの宗一郎くんが治して欲しいっていうなんて。何者なのかしら……。)」
恵梨香は春輝の事を気にしつつも、その日は病院に泊まることなく帰宅したのであった……。
◆◆◆
その頃、とある家では青年と老人が話をしていた。
「春輝が入院じゃと?」
「はっ。刀華からの話ではその様です。」
「春輝が入院するとはな。任務による怪我か?それとも修行によるものか?」
「それが……アサギ殿の話では能力の副作用らしく。」
青年の話を聞いた老人は煎餅をバリッと食べると、にっと笑った。
「そうか……。ならばわしが明日様子を見てくる!!留守は任せたぞ!」
「えっ!?しかし明日は首相の警護が!?」
「んなもん!わしでなくてもやれるわ!孫の一大事じゃ、行ってくるわい!!」
そう言うと老人は車を走らせるのであった……。