春輝、やらかして潰される。
怒涛水天を会得できる方法を知っている……。
そんな女性の言葉に春輝はすぐさま、その方法を知って実践をしようとするも、その女性に止められる。
「まぁまぁ落ち着いて。今まで出来なかった事が出来る様になれると知って、はしゃぎたい気持ちは理解できますが、これには準備が必要ですし春輝くんにも準備して貰わないといけません。」
「準備?」
「えぇ、これはそれなりにまとまった時間を集中させて行わなければ出来ません。なので、その間は帰ったり、学校へ行ったりなどはできませんのでそれでも大丈夫な様に準備があるのであればしておいて下さい。予定としては1週間程と考えております。」
明日までに準備をお互いに考えて行い、この場所で待ち合わせをすると約束をした。もっとも春輝としては興奮のあまり、準備などせずにすぐにでも行いたい気持ちがいっぱいあり、足早に帰路へついた。
◆◆◆
早朝4時頃、まだ日も出ていない時間にも関わらず春輝は修行場へ来てしまった。いくら何でもあまりに早すぎて女性も来てるわけがない、昨日の夜に言われた通り落ち着いていないのだろうと春輝自身も思いながら修行場へ着いてみると。
「おや、確かに今日のいつ来るかは決めていませんでしたが来るのが早いですね。これは相当気合いを入れてきていると見ました。まぁそれもそうですか。」
「えっ?い、いや来ちゃった俺が言うのも変ですけど早く来すぎじゃないですか!?」
「そんな事よりまずは挨拶をするのが先でしょう。……おはようございます、春輝くん。」
「お、おはようございます。」
またこのパターンだ。春輝は女性にまたもや失点を指摘されると萎縮してしまい女性のペースとなってしまった事になんとかしたい気持ちがあるが、女性の言う事が正しいが故にどうしようもない。
「なぜすでにここにいる理由は簡単。如何なる時でも人を待たせるなど言語道断。ですから今日になってずっとここにいた、ただそれだけです。」
「(俺の事言ってたけど、もしかしてこの人の方が気合い入ってるんじゃ………。)」
「何か言いましたか?」
「イイエ、ナニモ……。」
女性の鋭い目線から思わず目を逸らしてしまう。正直思った事を言おうか考えたが言ったら言ったで藪蛇な気がしたので、それは飲み込む事にした。
「では、早速始めていきましょうか、春輝くん。まずは目を閉じて下さい。」
女性に言われた通り目を閉じる。がしかし、そう言われて何をされるか分からないのが気になってしまい、目をつぶったフリをして薄目で見ようとする。
「この時に目を開けてはいけませんよ、薄目で見ようとするなどもっての他です。まぁ、それで出来なくなってしまっても私には特に何も失う物はありませんし、困るのは春輝くんなので、それでもよければ見ても全然構いませんが?」
そう言われるとイラッとしてしまい、女性から見ても分かるようにギュッと目を強く瞑る。
「別にそんなにムキにならずともいいでしょうに。まぁ良いでしょう。」
女性がそう言うと女性の背後から黒い何かが迫っていく。黒いそれはどんどんと輪郭を浮き上がらせ大きくなっていき、上からまるで春輝を丸呑みにする様に包み込むと地面へと沈んでいき、黒い何かが地面に沈み終わるとそこにいたはずの春輝の姿はどこにもなくなっていた。
「はぁ〜い。新規1名様ごあんな〜い。」
女性が芝居がかった事を言いながら、黒い何かへ足を踏み出すとそのまま落ちて消えてしまう。残った黒い何かも徐々にその色を失っていき消えてしまうのであった。
◆◆◆
「もう目を開いても大丈夫ですよ。」
女性の言葉を聞いて春輝が目を開けて最初にみたものは、何もなかった。いや、何もないは正確ではない、正しくは黒色だった。辺り一面黒、黒、黒、黒。上下左右全てが黒のみの空間。空間の先がどこまで続いているのか、天井はどれほど高いのか、一切分からない。
この空間を照らす光源の様なものは見当たらない、しかしこの様な暗いハズの空間にも関わらず自分の姿や女性の姿はハッキリと見えている。考えれば考える程に分からない空間だと春輝はおもった。
「あの、ここはいったい何処なのですか?」
「ここは私が創った特殊な空間くらいにでも簡単に思って下さい。ここでは時間の流れが外よりも遅くなっていまして、ここで1ヶ月過ごしても外では1日しか経過しませんので、1週間程度でも十分な成果が得られるというわけです。」
つまりは鍛錬の間の様なものか、と春輝は軽く考えた。春輝にとっては何処か当たり前になっていたので軽く考えてしまっていた。あれは管理者の力で生み出された特殊な空間だが、目の前の女性はそれに似た物を管理者でないにも関わらず創り出している。即ち、相応の実力者である事に春輝の思考は至らなかった。
「まず春輝くんにやっていただきたいのは………コチラッ!」
女性が力強く言いながら春輝の目の前に差し出した物は透明で中身がよく見えるプラスチック製のシェイカー、そしてその中身には抹茶や青汁もかくやと言う様な深緑色の液体が入っていた。
「………………………ナンデスカ、コレェ?」
「見ての通りですよ!ものすっごく雑に説明しますと、なんと!300種類以上の野菜やその他諸々を特殊な製法で粉末にした後で水で溶かして混ぜた特製・超・栄養ドリンクッ!!ですっ!!!」
何故か物凄くテンション高めで力強いサムズアップと共に説明する女性。そんなにもコレに自信があるのか、それとも力押しで飲ませようとしているのか、春輝にはそれが判別できなかった。
「まぁその様な顔をしないで、さぁさぁ騙されたと思って、ぐぐっと飲んじゃって下さい。」
そう女性に薦められ春輝は物凄く嫌々であったが、ゆっくりゆっくりとフタを開けて口に近づける。まずは匂いだが無味無臭なのだろうか、問題は特に無し。やはり問題なのは味だ。
正直飲まないに越した事は無さそうだが、コレを飲まないと先に進まない、進ませないのだろうしコレだけ酷い、飲む気の失せる色で騙されたと思って、と自信たっぷりに言う事を考えると意外と美味しいのではないか?
そう推理して一気に口の中にドリンクを注ぎ込んでみると……。
「…………………ブヴゥッ??!マッズッゥ!!???」
ただ単に不味かった。
「ぷっ………ぷくく…ぷっあっははっははは!!まさか本当に騙されるとは思いませんでした?!本当は美味しんじゃないかって思ったりしたんですかっ?!!」
ドリンクの味は渋味・苦味・酸味、更にこの3つの味が合わさって新たに生まれる辛味と地獄の様な味に春輝は思わず膝を突く様を女性は腹を抱えて笑いながら、こちらも膝を突いた。春輝はまだ口に残るにナニカを感じながら問いかけた。
「こ、これが一体なんだって言うんですか?」
「………ッ!……ッ!…あぁ、す、すみません。つまり、それを今日から終わりの日まで毎日飲んで頂きます。頑張って下さいね。」
まだ笑い終えていない女性からの地獄送りの宣告を受ける。この地獄を毎日、そう思うと気が滅入りそうになるがこれも怒涛水天を会得する為と切り替える事にした。
「あぁそうそう、現状ここでの食事はありません。即ち春輝くんには『断食』をしてもらいます。毎日1日5回、場合によっては増えるかもしれませんが、とにかく現状ではそれ以外の物は出てくる事は無いとお考え下さい。」
切り替える事にした矢先に女性はにこやかに地獄の底へ叩き落とす発言をした。もうこれだけで、まだ何も始まっていないというのにすでに春輝の心は折れかかっていた。
「…………食事はもういいです。それで我慢しますから、早く!早く修行を始めましょう!!」
もうこれ以上食事の事を考えると本当に心が折れてしまいそうなので、何がなんでも修行に打ち込んで忘れる事にした春輝。しかし、女性はにこやかに笑っているだけで何も反応がない。
「あの、で、ですから早く修行を………。」
「………ふふふっ、春輝くん。貴方は本当に弄り甲斐があって可愛らしいですねぇ……修行?何の事ですか?私は貴方に修行を付けてあげるとも、何かを教えるとも言ってませんよ。あくまで知っていると言っただけですので。」
女性の雰囲気が先程と一変し春輝を馬鹿にするかの様に、しかし先程までとは違い冷ややかな目で見下し嘲笑う。言葉も悪意をよく含んだ物となっていた。
「まさか……騙したのか!?」
「騙した?これまた人聞きの悪い事を仰りますね。貴方が勝手に勘違いして勝手に穴に落ちただけですよ。しかし、ちょっと親身になって甘い話チラつかせただけでこうもあっさり引っかかるとは!流石、頭対魔忍なだけはありますね!………あぁ、そう言えば何故自己評価の認識を怠ると周りも危険になるのかを教えていませんでした。」
強い怒りで睨む春輝の視線を受けても、女性は何処吹く風と勝手に聞かれて無いにも関わらず話を続ける。
「例えばですが、尾獣の力を研究をする為に貴方を拉致しましたが、当然非協力的でしょう。そこで協力的にする為にゆきかぜちゃんか不知火さん、きららさんを誘き寄せます。それを見た春輝くんはどう思うでしょうか?もしも、春輝くんを解放して欲しければ我々に協力しろと言われたらゆきかぜちゃん達はどうするでしょうか?…………その後、感動の再会を果たした後、そのまま、仲良く潰れて使い物にならなくなるまで実験体となる事を自ら懇願してしまいました……とさ、ちゃんちゃん♡」
「っ!?そんな事させるものかっ!!俺を早くここから外に出せっ!!さもないと、タダじゃ済まさないぞっ!!!」
「まぁ、それは怖ぁい♡でも大丈夫ですよ?だって……。」
春輝は覇気を身体中に漲らせて女性に迫るも、女性は相変わらず余裕があり、危機感を一切感じていない様だ。そして、その根拠を春輝に突きつけた。
「貴方、九尾を身体に宿してるのに滅っ茶苦茶弱すぎるにも程度というものがあるじゃないですか。そんなに弱いのに、そんな強気に大言を叩かない方がいいですよ?恥掻いちゃいますから♡」
この女性の言葉に春輝はブチ切れた。出せる限りの最高速で女性に迫りぶっ飛ばそうとした。
「このっっっ!!!ふっざけんなっ!!!螺旋丸!!」ギュオオオオオオッ!!
「怒る気持ちはよく解りますが、その様に急ぎ過ぎてはいけませんよ。隙だらけですので。」
女性は自身の眼前へと迫る螺旋丸を持つ春輝の右手の上に自分の右手を重ねるとまるで優しく撫でる様に、春輝の身体を反転させ宙へ浮く様に返した。
「うわっ?!」
身体が反転した事でバランスを崩し、螺旋丸も消失してしまう。先程と一転して今度は女性の蹴りが春輝の眼前へと迫っている。
「くっ!」
完全に無防備となったこの状態で回避する事は不可能。ならばせめて直撃しない様にと、顔の前に両腕を交差させて守り、
ガ ッ !!
そこで春輝の意識は途絶えた。
◆◆◆
「本当に可愛いですね、春輝くん♡これは可愛がり甲斐があると言うものです♡」
女性が見下ろす先には白目を剥いて気絶し、仰向けに倒れている春輝がいる。
春輝の身に何が起きたのか。
最初の蹴りは“陽動”。せっかく隙だらけなのに、単純に蹴っては春輝にガードされて五分の状況に自分から戻すのは面白くない。
なので、最初の蹴りは春輝に当たるかどうかの距離で眼前を通過させ、そしてあえて空を切りながら外へ出した蹴りをまるで稲穂を刈り取る鎌の如くに戻し、足の甲や爪先ではなく踵で春輝の後頭部を蹴り上げ意識を刈り取ったのだ。
「ですが、この程度で諦めて貰っては困ります。これから思う存分もがいて、足掻いて、苦しんで、絶望しながら、それでもなお頑張ってくださいね♡」
そう、これはまだ初日。地獄の1日目の始まりに過ぎないのだ。こうして春輝の地獄の7ヶ月が始まった……。
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