女性に謎の空間に囚われの身となってから、外の時刻で初日の夜の10時半過ぎ、空間内時間では28日目。
「おはようございます!今日も元気よく頑張って、まずはこのクソマズグリーンスムージーを苦しみながら飲んで……あら?」
女性がにこやかに挨拶するも、それに返ってくる言葉はない。その挨拶代わりに多重影分身でできた包囲網で出迎えた。
「今回は数で攻めればいつかは勝てるかもしれない作戦ですか?なんと言いますか正直あまりにパターンが少ないので、いい加減飽きてきましたので少しは捻っていただけるとありがたいのですが。」
100人以上の大軍に囲まれているにも関わらず、女性の余裕は揺るがない。それもそのはず、この光景は初めて見たわけでなく見飽きたという程には見慣れたものだ。それにも関わらず未だに春輝はこの場から外へ出られずにいる。
つまり、何度も負けてる戦法を使い続けているのだから余裕なのもうなづける。裏を返せばその分隙もあるだろうと、春輝は思っているのだがまるで通用しない。
「うるさい!」「パターンが少なかろうがなんだろうが。」「勝てばいいんだろっ!!」
「そのセリフは、それでも勝てる者が言うべきものであって、勝ち負け程度の者が言っていいものではありませんよ。あぁ、御免なさい?貴方は勝ち負けどころか負け続け、いいえ負けてしかいませんでしたね。それで、どの口がその様にほざいたのですか?」
「っ!!てんめええぇぇぇぇぇっ!!」
春輝は女性の煽りにモロに乗ってしまい一斉に襲いかかる。四方八方から襲ってくる攻撃を凌ぐのは本来であれば困難なはずだが、女性は襲いかかってくる1人へ向かって素早く出ると、その攻撃を受け流し女性と分身の位置を入れ替える。
「「「「だぁああああぁぁぁっ!!」」」」」
女性が本来喰らうはずだった攻撃を分身が喰らい消えてしまうも、それに怯んでいる暇はない。女性に可能な限り隙を与えない為に矢継ぎ早に攻撃を仕掛けていく。しかし、女性はその攻撃を1つずつ或いは同時に、的確に冷徹に対処していく。
「うっ?!」「がっ!?」「ぶっ!?」「ぐふぅ!?」「がはっ!」「「「うわあぁっ?!」」」
まるで全てがあらかじめ決められ、その通りにやればいいとばかりに春輝の攻撃は全部綺麗に捌かれ、中には攻撃を同士討ちに持っていかれる事や複数を同時に倒される事も少なくない。だがそれでもいい、問題は如何にして必殺の一撃を与えるかどうかなのだから。
「螺旋丸ッ!!」
ここが攻めの頃合いだと判断したのか、螺旋丸をぶつけるべく突っ込むと同時にまだ残っている周囲の影分身達も一斉に襲いかかり退路を潰す。
「またコレですか。さっき言いましたよね?少しは捻ってください、と。」
女性は螺旋丸をすれ違う様にして躱すと、螺旋丸がある右の肩を掴み後頭部を蹴り飛ばそうとする。
「(やった!勝った!)」
しかし、女性の背後から螺旋丸をもって迫る春輝がいた。今肩を掴まれているのは影分身であり陽動、こちらが真の本命の一撃であり春輝はコレに自信があり、女性の頭にぶつけるべく飛びかかった。
「────コレで勝ったとお思いですか?いかに温く、弱い相手としか戦っていないのがよく分かりますね。」
春輝の心を見透かす様な言葉を発すると同時に、女性の蹴りは春輝の影分身の頭上を通り過ぎると喉笛を抑えこみ、もう片方の脚で影分身の首を挟み込む様に捉えて、まるで影分身の首を両脚で巻き込む様に全身で回転を加えて春輝がいる後方へ脚で投げ飛ばした。
「えっ!?うわぁっ!!?」
身勝手にも勝ったと思った慢心もあり、この対処をとれず顔面に影分身を直撃させられて地面に落とされる。すぐに起き上がろうとすると、すでに女性は春輝の前に立ち見下ろしていた。
「貴方の頭の中ではとても良いアイデアだと思ったのでしょうが、ハッキリ言ってバレバレでしたよ。」
◆◆◆
「てんめええぇぇぇぇぇっ!!」
春輝の影分身が叫び影分身が襲ってくる直前。
「(あぁ、アッチが本物ですか。本人は上手くやってバレてないとでも思っているのでしょうか?まさかとは思いますが、その様な事を本当に考えなかったりなどはしてませんよね?)
叫んだ影分身とは別方向の一体から強い殺気を一瞬なれど女性はそれを的確に察知した。後はあえて本物には近づかず、本物が迫ってきた場合に対処をすれば上手くいくだろうと読み ──
◆◆◆
結果、完璧と言っても過言ではないほどに女性の読み通りの展開となった。
「ち、ちくしょう……!ぐあっ!!」
春輝は結果を悟っても尚足掻こうとしたが、女性に頭を踏みつけられ敗北を認める様に残りの影分身が一斉に消滅した。更に女性は追い打ちをかける様に春輝の頭を踏み躙りながら言った。
「こんなもので勝てると思われてるとは、もしかして私侮られてるのでしょうか?どちらかと言えば貴方が侮られてる事を自覚した方がいいですよ?それじゃあ、次の無駄な足掻きを楽しみにしていますので精々頑張ってください♡」
春輝は、顔の横にスムージーの入ったシェイカーを置きどこかに消えゆく女性の後ろ姿を恨めしく睨む事しかできなかった。
◆◆◆
「私、今ふと思ったのですが。」
ギリッ…… ギリッ…… ギリッ…… ギリッ……。
「これは『私には勝てない』という絶望をより深く、より長く味わせる為に、分からせる為に一気に潰さないでジワジワと嬲ってるわけなのですが………。」
「あっ………あ………っ……う…ぁ………。」
「実はご褒美なのではないでしょうか?」
「ふざ………け………っ……が……ぁ………っ!!!」
この時の時間は、外の時間にして2日目の正午12時過ぎ、空間内時間では46日目のこと。
この日は前日の作戦とは異なり、影分身の数を減らす代わりに忍術を使用していく戦い方だ。しかし、それも通じない。様々な忍術を使い、組み合わせて攻めるが、どれもすでに知っていると言わんばかりに回避されていき、下手に使えばやはり同士討ちに誘われてしまう。
「雷遁!雷光大蛇!」
「ふっ!」
「えっ?!」
ようやく当たると思ったのも束の間、この様に手刀や蹴りで潰されてしまい、ある程度の威力ならばと思われたら一気に踏み込んでくる。
この時は分身を1人ずつ流れる様に潰していき、そのまま一気に春輝に接近。雷光大蛇を両断すると一気に踏み込んで加速する。春輝から見て、自分の術からいきなり現れた女性に不意を突かれ瞬く間に頭部へ飛びこまれ、その勢いで春輝の首を中心にして身体を旋回させる。
春輝が何が起こっているか分からないままに翻弄され、理解する前に首4の字に極めると同時に地に這わされてしまった。
現在の状況は春輝がうつ伏せに倒れているその背に女性が乗り、首を女性の太腿で4の字で固められ頸動脈を絞められ、両手を女性に取られ封じ込まれている。
両手を取られてる為に術も武器も使用できず、首4の字固めも完璧に決まってる為に首を抜く事はできない。ここから挽回するとしたら、両足のみで力づくに起き上がり、後方へ倒れ込んで女性に衝撃を与える程度しかないが、春輝にはそこまでの怪力はない。つまりはここからの脱出は不可能であり、勝敗はすでに決していた。
にも関わらず『ご褒美』とは一体なんなのか?実はこの首絞めで女性は自身の陰部を惜しみなく、春輝の頭部に密着させている。万人が万人、見た目麗しき美女と言える程の美貌を持つ女にコレで絞め落とされるなら、大抵の男にとってはご褒美であり幸福な事なのだろう。
女性に対して“負の感情”がなければ。
「それにしても良いスーツでしょう、コレ。耐久性のみならず、抗電性や抗熱性も兼ね備え動きやすさも良しという逸品ですので。どうです?私の太腿の柔らかさは言うまでもないでしょうが、このスーツの質感や肌触りも素晴らしいものでしょう?」
「………ぁ………ぁ…………………ぅ…………。」
この時の春輝の表情は蒼白を通りこして、女性が現在来ているスーツの色の様に白くなり文字通り息は絶え絶え、目もすでに焦点が定まっていない。誰が見ても、もう戦える様な状態ではない事が分かる。
「尾獣もいますし、もう少し頑張ってくれると思いましたがここらが限界ですか。次はもっと頑張って是非とも感想を教えてくださいませ♡」
この日春輝は、頭に陰部を押し付けられながら敗北するという屈辱を味わう事となった。
◆◆◆
「その中途半端な未完成品では私には通用しないと何度言ってやれば理解するのですか?それが貴方の持てる力の限界ならいい加減に諦めたらどうでしょう?」
「うるさいっ!俺は絶対に諦めないぞ……!お前を倒して、皆のところへ帰るんだ………!!」
【あぁ今度こそあの野郎ぶっ飛ばして、この辛気臭いところからさっさと出るぞ!】
外の時間は3日目の朝6時半を迎えようとしていた、空間内時間では68日目のこと。
春輝に残っている1番に勝てる可能性があると思われる、影分身を使用せず怒涛水天と九喇嘛のリンクで戦う。だが、現状ではこれすらもまるで届かない。
「そうですか。では、参りましょうか。」
そう女性が言うや否や走り出し春輝に迫り、それに合わせる様に春輝も術を繰り出す。
「水遁、水龍弾の術!!」
文字通りの水の龍が女性に襲いかかるが、それをギリギリまで引き付け、紙一重で躱す。しかし、春輝はそれに驚く事もなく後ろへ飛び上がり次の手を打った。
「水遁、激流槍雨!!」
水の槍が雨の如く空から降り注いでいく。ヒクソスの王、アシュラフですら苦しめた術だ。どの様な敵にだって効かないハズがないと春輝は思っていた。この女性に幾度となく破られるまでは。
「おっと、これは急ぐべからず。急がば回れですわね。」
女性は一瞬だけ立ち止まり体勢を立て直すと、無数に降ってくる水の槍を悉く躱していく。これだけでも驚くべき事なのだが、真に驚くべき事はこの槍の雨を殆ど見ていない事だ。水が槍を作った時のほんの一瞬くらいしか見ていないにも関わらず一撃も喰らわずに避けていく。
「(くそっ!なんでだ!?なんで、そんな簡単にできるみたいに、避けれるんだよ!!?)」
「(──なんて考えているのでしょうけど、実際に簡単なんですからしょうがないですもの。)」
激流槍雨を何故こうも簡単に躱せるか、それは女性が激流槍雨の性質を理解しているからなのだ。まずこの術は無数の水の槍を作り出し、降らせるのだが、この水の槍は大きく2種類に分かれる。
1つは自動で攻撃する槍。これが大部分でありある程度の法則性が複数あり、それを決める事以外は自由にできない。
もう1つは春輝自身が自分の意思で攻撃する槍。これは片手で数えるくらいしかないが、代わりにこれは自由に落とし方を決める事ができる。
この2つを知ったらそれを合わせて考える。まず大部分の攻撃は全てを考えず、自分に近い攻撃のみを考えて立ち回ればいい。それに気をつけながら、もう1つの春輝の攻撃は選べても少ないので、これを避ける事だけに専念すればいい。
だから女性は主に水の槍が作られているところで大部分がどう降ってくるかを見た後は春輝をだけを見て、どう攻撃してくるかを判断して動く。これが女性の激流槍雨の攻略法だ。
その様な事に微塵も思いが至らない春輝は考える暇もなく、動揺しつつも次の攻撃を繰り出す。
「水遁、水禍二槍!!」
水でできた巨大な2つの槍が女性に襲いかかる。これはあくまでも攻撃ではなく牽制、これを女性に避けさせる事で距離をとり体勢を立て直しを図ろうとした。
「ふふっ、これを逃げようとするのは二流未満の甘チャンだけですよ!ここはあくまでも一直線に鋭く!華麗に!」
しかし、女性はこの2つの槍を避けようとせずに向かって突っ込んでいく。いや、ただ無謀に突き進んでいるわけではない。2つの槍の間の隙間を縫って来ている。春輝はこれには驚きを隠せなかった、今までは間違いなく避けていたのだから。
そんな驚きを立て直す暇は無情にもなく女性は眼前まで迫ってくる。春輝も何か迎撃しなければならないのだが。
「(ま、まずい……!ど、怒涛水天の維持が……!)」
ここで怒涛水天が未完成である事が仇となる。例えるならば水中にいる時に息継ぎが必要な様に、一旦思考を制御をする事に割かなければいけず、その僅かな隙に女性の攻撃が届いてしまう。
「ほら、何をボォーっとしているのですか?」
「しまっ……ぐぶっ!?」
怒涛水天の維持に思考を割いている間の、無防備になったその隙を見逃す事なく女性の膝蹴りが鳩尾に突き刺さり、その鈍痛と衝撃により怒涛水天が解除されてしまう。
「いつ見ても思いますよ。そうやって未完成な技や術に頼らざるを得ない弱者はこの上ないほどに無様で滑稽だと!」
「がっ?!」
膝蹴りの衝撃で離れた一瞬の間に流れる様に女性の蹴り上げで、爪先が春輝の顎を蹴り飛ばす。その一撃で一瞬意識が飛んだ事で怒涛水天に続いて、九喇嘛とのリンクも途絶えてしまう。
「おや?もう決着ですか?ですが、折角ですのでトドメも喰らってくださいな♡」
春輝は上に吹き飛ばされるが、それに先回りする様に春輝の顎を蹴り飛ばした女性の足があった。それを見た瞬間春輝は何が起こるかを知り身を守ろうとしたがそれよりも早く、まるで死刑宣告を受けた囚人の首を切り落とすギロチンの様に、それは春輝の顔面に叩き落ちた。
「が………かはっ………ぁ………あぁ………っ。」
まるでひしゃげたカエルの様にピクピクと動く事しかできない春輝に女性は頭を踏み躪りながら見下ろして言う。
「貴方、何の為にここへ?その術を完成させに来たのではないのですか?そんな未完成なモノに頼ってる暇があったら精々完成させてからにしなさいな。最も、その様子では一生できなさそうですから、諦めが肝心なのは正解ではありますけどね?まぁ、諦めない春輝くんですから一生そうやって無駄な事しても何も言いませんけど。」
女性の嘲笑と侮蔑の言葉を、頭を踏み躙られながら言われる屈辱を受けても春輝はそれに何も返す事はできなかった。正しく完全敗北であった。
◆◆◆
その後も春輝は何度も、何日でも挑み続けた。
「「「「よし、捕まえた!!」」」」
「これで終わりだっ!超大玉螺旋丸ッ!!」
「はぁ………本当に単純ですねぇ。」
「「「「えっ……?うわぁっ??!」」」」
◆◆◆
しかし、その度に敗れ続けた。
「この間は頭の上でしたので堪能しきれなかったでしょうから、今回は目の前に用意してあげましたよ!!さぁ、思う存分堪能なさってください!!」
「ふ、ふざけるなっ!?誰がそんなこt「そんな遠慮せずに、ほらほら!!」や、やめ、ん、ンンンンンンッッッ!!!??」グググッ
◆◆◆
そして、その圧倒的な実力とその実力の差を、格の違いを幾度と思い知らされた。
「どうしましたっ!?最初の頃に比べて動きが雑で緩慢!!勝てないと最初から諦めてるなら挑まずに大人しく従っておけば良いではありませんか!?」
「ぐぅっ!?ぶっ!ぐぁ!ぐう!ぐわっ!がっ!」
「今回はあまり動かずに脚も使わずに済むので楽でいいです、ねっ!!」
◆◆◆
外の時間で4日目の夜7時過ぎ、空間内時間130日目。
「は〜い、春輝くん。今日最後のスムージーですよ〜」
女性がどことなく現れる。しかし今までと違い春輝が食ってかかり、挑むという事はなくなった。春輝は女性の言葉を聞くと覚束無い足取りで立ち上がり、虚な目で女性からスムージーを受け取り、それを飲みほした。
これまでの春輝と女性の対戦成績は……。
……“427戦 0勝 427敗”……!
しかも、ここまで女性は殆どが体術、それ以外は時折忍具を使用するだけで明らかに何らかの術があるにも関わらず、この圧倒という言葉すらも生優しい程の差に春輝の心は折れたどころか、粉微塵となってしまった。
“絶望”という深い闇。それが今の春輝の心を支配していた……。
春輝、ボッコボコ……。