“井河アサギが勧誘した”。
この噂は五車学園の教師陣の間で瞬く間に轟き、更にその相手である少年を五車学園に編入させるというニ重の衝撃が走り、その内容が波紋を呼んでいた。
そんな中で紫と数名の教師はアサギに対して、春輝の入学に反対していた。
「アサギ様、わたしは反対です!いかに強いと言ってもまだ子供ですよ!?
何よりもっと検査をしてから入学させるべきです!!」
「落ち着け、紫。隊長も気持ちは分かるが、これはいくらなんでも……。」
「私もだ。アサギ、いくら強いと言ってもまだ子供だぞ。
まぁお前に認めさせるなんて、その時点で異常だ。」
紫を落ち着かせるように宥める兄、“八津 九郎”はアサギに反論し、軍帽を被った目つきの鋭い女性"蓮魔 零子"も腕を組みながら手元にある資料を見る。
「そうですか?結構可愛い顔してるし、これでアサギさんより強いなんて、将来が楽しみですよ。」
「いやいや、静流さん。遊びで言ってるんじゃないんだけど?この子滅茶苦茶強かったよ!?」
春輝の写真を見ながら微笑む赤いスーツを着た"高坂静流"の言葉に、さくらが反論する。そんな零子が資料を読んでいく
「水遁、雷遁、土遁……資料だけ読めばとんでもないが、こんな小学生いるかしら?」
「普通はいない。忍術に覚醒していても初めは戸惑うし、コントロールも出来ない筈なのに、こいつはそれが出来ていた。……普通では考えられない事だ。」
「まぁ、なにはともあれだけどさぁ。お姉ちゃん、いきなり7歳の子を入学させるのはあれだし、もう少し大きくなってからでもいいんじゃないのかな?ここにいない人達の意見も聞かないとだし。」
「……そうね。なら彼がもう少し大きくなってから入学させる事にするわ。
"獅子堂"の面々には私から話しておくから、各自、自身の仕事をしましょう。
あ、九郎は残ってね。」
アサギの一言で教師陣は九郎を残して解散となり、いつもの日常に戻っていった。
「んで、何すか隊長?そんな神妙な顔して。」
「九郎、あなたに彼……水城 春輝と“戦ってほしい”の。」
「?なんでまた、そんなことを?まだ小学生でしょうに。」
「彼は恐らく“力”を持っているけど、まだ先を見れてない。
何より、何のために戦うのかも決まってない……彼を殺すつもりで戦って。
その上で彼を視て欲しいの……。」
アサギの言葉に九郎はため息をついて頭を掻くが、苦笑いで返した。
「はぁ……分かりましたよ。けど、その春輝って奴が“宗一郎”や“源一様”みたいになるとは思えませんし、俺はあいつが思うような忍じゃねぇ。
けどま、隊長に頼まれたんだ……力の限りやりますよ。」
「ありがとう、九郎。」
九郎は微笑むと部屋を出ていき、アサギは春輝や今後の入学してくる生徒達の資料に目を通すのであった……。
◆◆◆
その頃、春輝は自身の家で母の不知火と父の優作に呼ばれ、リビングにて向かい合っていた。
「春輝……何故忍術に覚醒していたことを話さなかった……?」
「ごめんなさい、隠していたわけじゃなかったんだけど……話せなくてごめんなさい。」
「怒ってる訳じゃないのよ。ただ話してくれれば良かったのに……。」
「まぁ忍術に覚醒したことは、すごいと思うし今後は鍛練をしていくんだ。
だが、これからは何かあればちゃんと話すんだぞ。あと……春輝、その力をどう扱いたいのか、“何のために使うのか”、しっかり考えなさい。」
「はい。失礼します。」
春輝は優作と不知火に頭を下げると風呂に入りに行き、そこで今日有ったことを思い返していた。
「……。」
【なんだ春輝、考え事か?】
「(九喇嘛……いや、その。2人に申し訳ないことをしたなぁって。俺はただ嬉しかったんだ。憧れだった人に似た力に覚醒したことが。その力を試せるって機会があったのが。
けど、さっきの2人の顔は……何だかとても辛そうだった。)」
九喇嘛はただ静かに黙って聞いていた。
【……。】
「(あんな顔されたら何か、どうしたら良いのかわかんなくなっちゃった……。それに、この力をどう使うのかとか、何のためにかって聞かれて、頭の中でグルグル回ったよ。
何か、どうしたら良いのかが分かんないんだ。)」
【……はぁ、春輝。お前はずいぶん馬鹿なことで悩んでるんだな。】
「(え……?それってどういう……?)」
九喇嘛の言葉に春輝はキョトンとしたが、九喇嘛は構わず続けた。
【まず、春輝……お前はどうしたいんだ?
憧れだった奴と似た力に覚醒した?
試せる機会があった?
そいつは結構だな。……んで、親が辛そうだった?
そいつは可哀想だが、だからどうした?
そんなことはどうでも良い上に、わしからすれば関係無い事だ。
《お前自身がどうしたいんだ?》】
「(俺、自身?俺は……まだ分かんないんだ。)」
【なら、自分で決めるんだな。誰かが道を示すわけでも、運良く見つかるわけでもない。自分で見つけろ。何のために戦うのか、その為にお前が何をするのか。
お前の中で見させてもらうぞ。】
九喇嘛はそう言うと眠りにつき、春輝も風呂から上がって体を拭き着替えてから眠りにつくのであった……。
◆◆◆
その夜遅く、日付が変わった頃。
1人の幼い少年……小太郎が、紳士服を着た女性から殴る蹴るの暴行を受けていたが、その周囲には誰も人がおらず、その女性の背後には大柄な男が壁に寄りかかって立っていた。
「……御館様は勘が鋭い。貴様のような目抜けよりも“覚醒”の余地がある器の方が後継者に相応しい。」
「い、いや……だ。誰か……助け……!」
「無闇に抵抗するな。服が汚れる……あとは任せたぞ。」
「あいよ。んじゃ坊や……死のうか?」
大柄な男がバキバキっと体の形を獣へと変化させると、小太郎にゆっくりと近付き大きな口を開いて彼に噛みついたのであった。
遠くから小太郎の泣き叫ぶ声が聞こえる中で、紳士服を着た女性……“ふうま 天音”は停めておいたバイクに跨がると、携帯を取り出して何処かへと連絡を始めた。
Piriri……piriri……piriri……。
『そうか、それは素晴らしい……では、これからは“例の小僧”の監視に行ってくれ。
最悪敵対を考える者がいるだろうが、そいつらは始末して構わない。
お前の手腕で、監視をしてほしい……頼んだぞ。』
「了解しました。再確認なのですが、目抜けは五車に補足され護衛共々死亡というカバーストーリーでよろしいのでしょうか?」
『ああ、それで構わん。口うるさいあの“2人”も流石に納得するだろう。
それ以外の連中は自分たちで物事を考える力がない連中だ。井河憎いしで、頭の中が停止しているのだ。“獅子堂”か“芳陰”辺りの名を出せばあっさり納得するだろう‥‥目抜けの護衛の始末はこちらでやっておく、お前は何も気にすることなく監視任務に就いてくれ。』
「はっ、お心遣い感謝いたします。しかし貴重な戦力を消してもよろしいのでしょうか?」
《構わん、構わん。あの程度を切り捨てても別に惜しいとは思わん。いつまでも邪眼どころか忍法にすら覚醒していない小僧を後生大事にしていた連中だ……役に立たんよ。》
「おっしゃる通りですね、委細承知しました。吉報をお待ちください。」
天音はそう返答すると携帯をしまい、代わりに写真を取り出した。
「うふふっ……この子が新しい“器”ですか。あぁ、可愛い❤❤さて、向かいますか!」
写真に写った少年、春輝の顔にキスをすると天音はバイクを走らせ、獣へと変化した男も姿を消し、残されたのは頭も心臓も潰され、哀れな肉塊となった小太郎と呼ばれた少年はある世界線では幼馴染の反乱を切欠に指揮官としての才能を井河アサギに見出され、独立遊撃部隊の隊長に抜擢され、その類まれな指揮能力と長年蓄えた知識を用いて数々の困難な任務を仲間たちと乗り越え人間として対魔忍として成長し闇の世界に名を轟かせる”ふうま 小太郎”という青年はこの世界では、その才能を開花させることも発揮することもなく平凡な少年のまま短い生涯を終えるのであった……。