深遠なる未知の星系に、球体とはほど遠い惑星、クインテッサがあった。輝ける星々から身を匿す醜形の惑星の姿は、まさにここを支配する知性生命体がその縮図だ。恒星からも遠ざかり翳りに隠れ、しかしほとんどの隠遁者がそうするように、彼らは常に外部のニュースを仕入れていた。
「セイバートロン星から一隻の艦が発ったぞ」
「ああ。それも地球に向けてだ」
ボディの大半を、下部から絶え間なく放出している可視のエネルギーによって支え、腕──多数の触手をうねらせ、金属でありながら何処とない有機的な容貌を持つクインテッサ星人。彼らの関心は、自分たちの手を噛んだ『犬』たちに他ならない。
水晶玉らしき物体から、ウルトラマグナス率いる探査船を監視していた。その映像を出力しているモノは、地球人やトランスフォーマーの技術力とは比にならぬ、まさに魔術めいたデバイスであった。
「あまりにも悍ましい連中だ。しかし我らの目論見はやや軌道を逸れたと云えよう。……クアドラント・ロックを破壊し、セイバートロン星を解放してくれたデストロン共の消息のほうが、私には気がかりだがな」
「面倒な真似を! くそう、ガルバトロンを裏切ったデストロン兵は何処に? 奴ら余計な真似を次から次へと……どうしてくれようか!」
老獪の声色が棚引いた。衛兵のシャークトロンは見向きもせず、大渦に呑まれる「無罪の異星人」を眺めていた。主の狡猾なる謀よりも、目に見える、動くものに関心がいくのは、紛れもなく畜生の感覚であった。その群れのそばで、「検事」が仲間に目をやる。
「デリベラタ判事、如何ですかな」
判事と呼ばれた集合生命体は、楕円の体にぶら下がる五つの仮面をスライドさせ、機能的に意識・知能を入れ替え、能事にあたった。
「ああ、サイバトロンもデストロンも放っておくわけあるまい。奴らも例外なく『無罪』なのだよ」
残忍にして冷酷な死の商人は、戯れの意趣返しと共に重い腰を上げる。うねる魔手は、着実にトランスフォーマーへ伸びようとしていた。
*
さて、自分たちの身に未知なる危機が迫っていると、欠片も知らないサイバトロンたちは!
「あ、うう……ここは、地球か」
一番長く眠っていたリーダーを最後に、サイバトロン戦士たちは再び眠りから目を覚ました。最初に気が付いたであろうマイスターが、アークの操作盤に顔を突っ込みながら夢から戻ってきたのを歓迎した。
「ええ。まあ、本艦は断崖に対してほぼ直角に突き立って、今にも地獄へと倒れかけているようですが」
絶壁の頂に近いからか、下を覗けば地表は遠かった。しかし、奇跡的なバランスでアークが姿勢を維持しているのが、まるでトランスフォーマーという種の暗示のようであった。
「わぁ、この精子誰が出したの!? すっごい臭くてとんでもない量だけど」
「バ、ンブル……それは……オレの……いや、オレはもう駄目なんだ……」
仰向けになったままのアイアンハイドが、擦れた音声を発声回路から捻り出していた。死を待つ動物みたいになった戦士は、往時の勢いが嘘のようだった。
「ま、まさかこいつぁ、キンタマがっ!? お前キンタマが故障して……!?」
「アイアンハイドッ! な、なんてこった、チンコまで萎えちまって……早く治療を」
慌ててそう言うランボルとサンストリーカー兄弟が今体感しているのは、言うまでもなくタマヒュン現象である。キンタマを強打し、しかも喪うとどうなるかという、想像の範疇でなら許される恐怖を、まざまざと目の当たりにしているのだから不思議ではない。
ウルトラマグナスは、右のキンタマを床で磨り潰した彼を腕に抱えた。
「おい、しっかりしろ!」
「み、んな、オレは探査に行けない。ここにラチェットも、ホイルジャックもいない……生きてセイバートロン星に戻るつもりは、ハナっからないが、その……すまない、足を引っ張ってしまって」
「大丈夫だ、もう喋るなアイアンハイド……足を引っ張るなんて、キンタマを引っ張られるより百倍はマシだと、今お前は教えてくれたよ」
マグナス司令官は微妙に理屈になってない慰めを与え、わずかの間、床面にこびりついた精液と、精巣の残骸と彼を交互に見た。
「応急措置をして、誰か看護に当たってくれないか。私は地球を探索する」
「それなら私がやりましょうマグナス司令。生憎、私も先ほどの衝撃のせいか、どうやら子宮脱を起こしてしまいましてね。こんなザマじゃ、ついていけそうにありません」
壊滅的な被害のテレトラン1から出てきたマイスターの股座から、鋼鉄の血管が通っている臓物がはみ出していた。それが、外部に露出してはならないものだと誰もが一瞬で断じた。
「マイスター副官まで! ねえ大丈夫なの? オイラ不安になって勃起不全になりそうだよ」
当の副官は、ぶらんと垂れた子宮とキンタマをぺちぺち弾ませながら口角を上げ、
「驚いたかいマルハナバチ君。しかし……もっとも、私にもそんな趣味はないが、コッチの滾りが収まらないんだ」
赤熱したカリが、もはや凶器と化してマイスターの腹に沿って聳えていた。天を衝くそれが、灯滅せんとして光を増すものだと自覚しているようだった。あるいは猫を噛もうとする窮鼠だったかも知れない。だが、仲間が眉間に皺を寄せたのは、この凄惨な現場よりも、副官のバイザー状のオプティックセンサーが妙に熱っぽい、言わば彼らしくない目をしている要素にある。
「私は……もう長くはないんだ。皮肉なもんだが、最期に正直になれると思うと悪くない」
「マイスター副官……君は」
「マグナス司令! どういうことです」
独り言ちる副官に焦れ、サンストリーカーはウルトラマグナスに説明を求めた。マグナスが振り向こうとすると、それを遮るようにマイスターは頭脳回路を明晰に、言葉を紡ぐ。
「生命の危機に瀕した今だから判るんだ──私はアイアンハイドを愛している。ここで、彼と二人で、最期の繁殖活動をする」
「ええっ!? オイラ全然わかんなかったや! マイスターがアイアンハイドの事好きだっただなんて」
「俺もだバンブル。不思議でしょうがないぜ……なあサンストリーカー」
「あ、ああ」
どよめきが方舟をこだました。当惑と驚きと、囃し立てる黄色い声と、やはり悼む声とがあった。
「副官、いや、マイスター。お前さんがオレなんかに……自慢のた、玉袋がこんな屑鉄になっちまったってェのによ」
「時間がないんだ。無駄口を叩くなよ。……私に穴がなくなって、そして哀れな警備員さんに玉がなくなったとなれば、決まりがいい」
地球への不時着など、演出でしかなかったかのような振る舞いで、二人は情欲へと酩酊した。先ほどまで大胆だったマイスターは薄氷を踏むみたく、自重で雰囲気に亀裂を与えぬよう、不具者となった赤い警備員に歩み寄った。情婦の恥じらいか、それとも初夜を前にした戸惑いか、アイアンハイドのセンサーには判別がつかなかったが、怒張したマイスター副官のそれが近づくたびに股の割れ目の粘膜部から愛液を分泌させた。
副官は女王フェロモンに誘われた昆虫だった。なぜなら中夭を理由に、最期の活動を、生命をのこす行為を赦されたのだから。
「うおォおっ! ま、マイスター、ああッなんというクンニだ……こ、このままじゃ、愛を言葉にする前にイき死んでしま、う……ッ!」
「じゅるる……れろろお……何も言うんじゃない、男なら男らしくイくんだ! ま、これじゃ雌になったも同然だがね」
声色は飽くまでも平常心を装い、しかし無理やりアイアンハイドの手を自分のチンコに持っていき、彼のガサツな手をオナホールにしてコく姿は焦燥感を覚えざるを得なかった。二人の命は、本来ならばもはや灰燼となろうとしている。
……それでも燃え尽きないのは。
「さ、最期ぐらい……無粋にさせ、てくれよ……愛、して」
「い、挿れるぞ、アイアンハイド」
アイアンハイドの捻りだした言葉に、すべてが込められていた。その情景にあてられ、ウルトラマグナスを除き、サイバトロン戦士は感涙していた。
「なあ、マイスター、応急措置を」
「こ、この二人……もうセックスできないんだね……最初で最後なんだなあ……オイラみてらんないよ」
「おい、俺たちの存在は無粋ってもんじゃねえか」
「おいこれは命令だ、誰か応急措置、」
「そうだよなランボル。行こう」
ドラッグに至っては無言でアークを出ていった。ウルトラマグナスは激情を通り越し、呆れかえって踵を返した。
こうして、方舟はツガイだけになった。乗組員である彼らに待つのが、もはや死のみという所で、かつて大洪水を逃れたノアのように虹の契約を受けるといった事はもうない。希望を喪ってなお、セックスを続ける享楽には大いに破滅が見出された。そして、ウルトラマグナスは呆れかえった後、やっぱりブチギレていた。
「自分たちの命を捨ててまでもセックスか! 私の命令を無視してまでセックスか! 気楽なものだなまったくッ!!」
横顔を覗き込むバンブルに気づきながらも、ウルトラマグナスは先陣をきって、汚れた大気の虚空を跳んだ。バンブル、ドラッグ、ランボル、サンストリーカーも続き、生命の色を損なった大地へ臨んだ。
つづく
クロミアはでません