※この作品はR-18です。

響鬼外伝の外伝!? かめんらいだぁふぶき ―僕っ娘師匠の裏の顔―   作:裕ーKI

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吹雪鬼編・前之巻:霧檻に這いつくばりし敗残者

 二週間前。

 

 何の前触れもなく、唐突に吹き抜けた一陣の風を合図に、フブキと狐夏は襲撃を受けた。

 

 まるで目に見えぬ巨大な砲弾でも降り注いだのかと錯覚してしまうほどに、猛烈なる烈風の衝撃は、周囲の木々を軽々と薙ぎ倒していった。

 

 その凄まじき風圧により、ベースキャンプにセッティングしたばかりのテントやファニチャーセット、果ては無数のディスクアニマルを保管していた収納ボックスさえもが、宙を舞う木の葉のように、あまりにも呆気なく深白の彼方へと消え失せた。

 

 猛士東北支部・支部長の命を受けたフブキと狐夏は、正体不明の“空飛ぶ魔化魍”の調査探索、可能な場合は討伐を目的として、この“狗賓長根”(ぐひんながね)と呼ばれる霧深い山の中へとやってきていた。

 

 ところが準備を終えてこれからという時に、その理不尽で透明な暴力は突如として、逃げる暇さえ与えず2人に襲い掛かったのだった。

 

 為す術なく、紙屑同然の呆気なさで吹き飛ばされたフブキと狐夏の身体は、背後で倒木に引っ掛かり、無惨に転倒していた移動車両の車体にまともに叩きつけられた。

 

 ひしゃげた鉄板が重い金属音を立ててさらに歪み、2人は肺の空気を強制的に全て押し出され、肋骨が軋むほどの痛みに襲われた。

 

 それでも車体にぶつかったおかげで、これ以上風に攫われずに済んだと前向きに捉えたフブキと狐夏は、痛みに堪えつつも変身鬼笛を鳴らし、鬼へと姿を変えて体勢を立て直した。

 

 だがそんな2人を待ち構えていたのは、思わず息を呑むほどの更なる戦慄だった。

 

 全身を覆い隠した吹雪を振り払った瞬間、開けた視界に飛び込んできたのは、猿と鳥を合わせた獣人のような筋骨隆々の等身大型魔化魍。本来ならば夏にしか発生しないはずの――テングの群れだった。

 

 

 

「こいつら……なんでこんなに……ッ!?」

 

 

 

 いつの間にか等間隔に並び立ち、円陣を組んで吹雪鬼と狐夏変身体を包囲する異形の軍勢。その数は軽く見積もっても、20体を優に超えていた。

 

 夏の魔化魍でありながら分裂能力を持たず、元々群れで行動する習性も備えていないはずのテングが見せる、不自然なほど統率の取れた布陣に、吹雪鬼は勿論、まだまだ未熟さが目立つ弟子の狐夏変身体でさえ、その異様な光景に本能的な寒気を覚え、言葉を失っていた。

 

 加えてテングたちの容姿をよく見ると、どの個体にも、顔や四肢のいたるところに梵字のような黒い痣が浮かび上がっている。その類を見ない不気味さが、包囲網にさらなる禍々しさを添えていた。

 

 テング1体の実力は、夏の魔化魍との戦いに特化した紅形態にも匹敵すると言われている。それが一度に、これほどまでの物量で――……。

 

 かつてのオロチ現象をも彷彿とさせる、圧倒的な数による重圧。それを犇々と痛感しながらも、それでも吹雪鬼は自分を奮い立たせ、同時に戸惑い隠せぬ愛弟子を勇気づけるように、両手に握りしめた二丁拳銃型音撃武器――音撃管・雪波のグリップを固く握りしめ、その最初の一歩を力強く踏み出した。

 

 

 

「気後れしちゃだめだ狐夏! 大丈夫……2人一緒ならきっと切り抜けられるッ!」

 

 

 

 吹雪鬼と狐夏変身体は、裂帛(れっぱく)の気合と共に敵の大群へと飛び込んでいった。

 

 2人は互いの動きを熟知し合った師弟関係だからこその阿吽の呼吸で、一定の距離を保ちながら流れるような連携攻撃を仕掛ける。

 

 テングが持つ怪力は、太鼓の鬼の音撃棒を片手で軽々と圧し折るほど。

 

 故に先陣を切った狐夏変身体は、自身の小柄な体躯と小回りの良さを最大限に活かし、次々と降り注ぐ剛拳を飛礫の如き俊敏さで避けながら、テングたちの隙間を縫うように掻い潜り、敵勢力の意識のかく乱に専念した。

 

 岩塊のような分厚い筋肉に覆われた赤茶色の胴躯相手では、生半可な打撃など効きはしない。

 

 それどころかその剛腕に一度でも捕まれば、強化された鬼の肉体とて、赤子の手を捩じるように呆気なく粉砕されてしまうだろう。

 

 だからこそ狐夏変身体は、無暗な攻撃を控えて回避と化勁(かけい)に徹し続けた。有効打となる攻撃は、背中を預けた師匠に全てを託して――。

 

 

 

「それで良い狐夏! 無理をする必要なんてないッ! 君は今の君にできることを精一杯やれッ! 後のことは全部……僕が引き受けるからッ!」

 

 

 

 吹雪鬼は師匠としての威信を顕示するように、すらりと伸びた流麗な双脚を存分に振るい、自身に群がるテングたちをいなし蹴散らせながら、狐夏変身体の死角に降りかかる魔手の排除と、彼女が作り出してくれた敵の虚に対する閃撃を一挙に、そして完璧に遂行して見せた。

 

 右手の雪波が放つ氷の弾丸が、狐夏変身体の目を逃れたテングの拳を、或いは爪を、的確に射抜いて弾く。

 

 左手の雪波が放つ鬼石の弾丸が、狐夏変身体の素早さに翻弄され、殺気が散漫になったテングの肉体に次々とめり込む。

 

 響き渡る銃声。

 

 鈍く鳴る打撃音。

 

 霧深い山林を立ち回る彼女の闘風は、幽玄を舞う美しき演武のようだった。

 

 そんな中、挟み撃ちを狙うように、2体のテングが同時に吹雪鬼に迫る。

 

 吹雪鬼は咄嗟に両手の雪波を胸の前で交差させ、待ち構えるように放った銃撃でその巨体を吹き飛ばす。

 

 一瞬の猶予を見出すと、その隙に二丁の雪波を素早く連結させ、腰の装備帯から取り出した音撃鳴・冷華とマウスピースを取り付け、トランペット型の音撃モードへと切り替える。

 

 

 

「音撃射! 雪月花ッ!」

 

 

 

 スーッと肺に空気を目一杯溜め込み、両手で構えた雪波を口元へと運ぶや否や、吹雪鬼は渾身の力を込めた清めの音を、狐夏変身体がいる方向に向けて力強く吹き鳴らした。

 

 咆哮を上げる真白き冷気の渦を纏いし旋律が、管楽器特有の指向性を持って放たれる。

 

 その音波は狐夏変身体の体を擦り抜け、彼女を取り囲むテングたちだけを凍てつかせ、瞬く間に氷の彫像へと変えた。

 

 悪しき存在のみを浄化する清めの音は、テングたちの体内に撃ち込まれた鬼石を介し、その隅々へと拡散する。そして、内側から急激に崩壊を始めたテングたちの体は、亀裂が走った氷の彫像が瓦解するように、ガラガラと音を立てながら砕氷の山と化していった。

 

 圧倒的に見えた軍勢の一角が、僅か一節の旋律によって消滅した。

 

 

 

「このまま一気にッ……!」

 

 

 

 吹雪鬼はその状況に決して甘んじることなく、続けざまに連符を放つ。

 

 前後左右。あらゆる方向から肉薄してくる残り十数体のテングたちを一気に薙ぎ払うべく、彼女は円を描くように雪波を横に振り抜き、旋回しながら寒風の音波を周囲に撒き散らした。

 

 冷気と風と旋律の嵐に、嘶きも猛進も氷結の元に封殺された異獣の躯が、次々とその時を止め、重畳する砕破(さいは)の音と共に、氷の礫へと成り果てていく。

 

 

 

「吹雪鬼さん……ッ!」

 

 

 

 狐夏変身体が神妙な面持ちで見守る中、吹雪鬼は窒息せんばかりの圧を不撓不屈の執念で強引にねじ伏せ、肺腑を絞り出す勢いで呼気を吐き切った。そうして転回を終えると同時に、最後の一節を締めくくった。

 

 たった一呼吸で見事に成し遂げた、吹雪鬼の一気呵成の演奏に、狐夏変身体は歓声を上げたい衝動を何とか抑えつつも、とりあえずは安堵の溜息を零した。

 

 吹雪鬼も狐夏変身体も、共に体力を大きく消耗し、その身を酸素に震わせる。

 

 とはいえ、敵の数は残り10体を切り、2人の胸中には確信に近い勝利の予感が萌芽していた。

 

 あと一息で押し切れる。そう自分に言い聞かせるように、吹雪鬼は再び雪波を口元へと運ぶ。

 

 だが、その時――。

 

 

 

「ッ……!?」

 

 

 

 勝利の予感を現実のものへとするべく、次の一節を紡ごうとした吹雪鬼の手が、まるで何かに妨げられるように、不意にピタリと停止した。

 

――バサァ!!

 

 突如として、数十メートル先の上空から降り注いできたのは、静寂を切り裂く巨大な翼鳴と、唐突に切っ先を突きつけられたような、思わず息が詰まるほどの威圧感だった。

 

 空を覆う濃霧の隙間から覗く、眼前のテングたちとは明らかに毛色が異なる気配。野性的な獰猛なる覇気と、理性的な怜悧なる深慮が同居したそれは、宛ら天空を座す捕食者が、獲物の価値を品定めするために放つ、冷徹な支配の眼光そのものであった。

 

 

 

「あれは……ッ!」

 

 

 

 肌を射抜かんばかりの鋭き視線に気づいた吹雪鬼は、全身の毛穴が逆立つような戦慄に襲われつつも、凍り付いた指先で、辛うじて雪波を頭上の“影”へと向ける。

 

 その“影”はずっと、山全体を包む霧の一角に身を隠し、空から文字通り高みの見物を決め込んでいた。

 

 テングの群れとの乱戦に気を取られて、いつまでも気づくことができなかった吹雪鬼と狐夏変身体の慢心を、陰から冷酷に嘲笑っていたのだ。

 

 そして今、空間を震撼させる重厚な鼓翼を奏でながら、その“影”の正体は霧のベールから姿を現し、吹雪鬼と狐夏変身体の目の前に降臨した。

 

 舞い落ちる黒羽の乱舞に囲まれながら、ゆっくりと地に足を付ける様は、禍々しい異形の巨躯でありながらも、その容姿の特異性も相俟ってか、寧ろ神々しさすら感じさせるものだった。

 

 

 

「こいつもテング……なのか……?」

 

 

 

 眼前に降り立ったそれは、紛うことなき“天狗”の姿をしていた。

 

 赤い顔に長い鼻。灰色の長髪の上には小さな黒い頭襟。背面に生えた巨大な2枚の鳥翼は、鴉のような漆黒色。下半身は全体的に獣の如き体毛に覆われているものの、上半身は対照的に、厳かな純白の鈴懸と結袈裟に包まれていた。

 

 鳥の羽根を幾重にも重ねた重厚なる羽団扇を片手に携えしその威容は、吹雪鬼と狐夏変身体が今の今まで相手取っていた――2人にとっては最も見慣れた外見をしたテングたち以上に、伝承や民話に忠実な昔ながらの“天狗”の姿をしていた。

 

 2人の視界を大きく圧迫する、テング以上に“天狗”に近しいテングの出で立ち。

 

 

 

「テングの亜種……? いや……或いは上位種か……? こいつが調査対象の……“空飛ぶ魔化魍”……」

 

 

 

 元々、夏の魔化魍の相手は専門外ということもあり、経験豊富な吹雪鬼といえども、テングの生態系や系統樹に関しては月並み程度の浅学だった。それ故、余裕無き状況でいくら思考を巡らせようとも、即座に当意即妙の判断を下せるだけの、一縷の確証を掴み取ることなどできはしなかった。

 

 実際、薄暑すら覚束ない入梅の時期にテングが発生すること自体、魔化魍の動きが猖獗(しょうけつ)を極めた、2005年当時を想起させるほどのレアケースだった。

 

 

 

「なんだ……? 何か……妙だな……」

 

 

 

 吹雪鬼は得体の知れない違和感を覚えつつも、新たに出現した謎のテングを含めた敵勢力の動静を伺いながら、頭の中では懸命に次の算段を立てていた。

 

 だが、最適解が導き出されるよりも先に、愛弟子の悲鳴に近い困惑の叫びが、吹雪鬼の鼓膜を容赦なく震わせた。

 

 

 

「吹雪鬼さんッ! こっちッ……こっちにも何かいますッ!」

 

「――ッ!?」

 

 

 

 狐夏変身体に促され、吹雪鬼は反射的に彼女が指差す先に視線を走らせる。

 

 その瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、濃霧の奥から盤石たる足取りで悠然と歩み寄ってきた、“空飛ぶ魔化魍”とはまた別の、もう1人の“テング”であった。

 

 全身を赤紫色に染めた、武人の如き静かなる闘気を纏いし貫禄。金色の装飾と分厚い鋼の筋肉に覆われた、洗練されし戦士然としたその姿は、魔化魍というより、寧ろ猛士に属する鬼を彷彿とさせる印象を、吹雪鬼と狐夏変身体の脳裏に焼き付けていた。

 

 既知のテングとも、空から舞い降りてきたテングとも異なる凛然たる風格が、その佇まいからありありと伝わってくる。

 

 

 

「見たことないテングがもう1体……。なんでこんなに……次から次へと……」

 

 

 

 先刻の音撃で既に10体以上のテングを討伐済みとはいえ、それでも戦況は依然として劣勢のまま。にも拘らず、そこに力未知数の新手が同時に2体も加わり、流石の吹雪鬼も焦りを隠し切れなくなっていた。

 

 このまま消耗戦を強行しても、事態が好転する見込みがないことは火を見るよりも明らか。

 

 

 

(不本意だけど……、ここは一旦退くべきか……)

 

 

 

 自分の最も近くに佇む鈴懸姿のテングとの間合いを測るように、吹雪鬼はじりじりと後退りながら、撤退の機を求めて益々思考を巡らせた。

 

 だが、そうして腹を括りかけたその矢先、突如として鈴懸姿のテングが、驀地(ばくち)の如き踏み込みで一足飛びに間合いを詰めてきた。

 

 

 

「よぉ! 会いたかったぜ、雪(・)の(・)女(・)!」

 

「なッ!?」

 

 

 

 刹那の瞬間、吹雪鬼の思考を置き去りにした爪牙の一撃が、彼女の喉元へと一気に迫る。

 

 魔化魍が――テングが、人語を流暢に!?

 

 そんな疑問さえ呆気なく手放してしまうほどの戦慄が、直後に脳を介さず吹雪鬼の脊髄を強引に蹴り上げた。

 

 思考を追い越した肉体の反射神経が、紙一重の差で上半身を大きく後ろへと反らし、喉元を狙う無慈悲な切っ先を間一髪で回避せしめた。

 

 ヒュン――と、鼓膜を劈くほどの鋭い風切り音と共に、直前まで彼女の首筋があった空間を、鈴懸姿のテングの爪が空気を爆ぜさせながら通り過ぎていった。

 

 肉体を乱暴に投げ出したも同然の勢いから、そのまま背後へと飛び退き、再び間合いを離した吹雪鬼は、整えきらぬ姿勢に鞭を打ち、間を置かずに雪波を口元へと持ち上げた。

 

 鬼石の弾丸を鈴懸姿のテングに撃ち込むことができていない以上、どれだけ雪波を吹き鳴らそうとも、清めの音を必殺へと至らしめることはできない。だがそれでも、ひとたび鳴らせば音撃鳴・冷華――ベルから放出される冷気を帯びた突風で、少なくとも相手の動きを牽制することはできる。

 

 その可能性に賭けて、吹雪鬼は雪波に呼気を送り込もうとした。

 

 しかし彼女が雪波を構えたその瞬間、まるでグローブ宛らの大きな掌が、いきなりベルを塞ぐように雪波の先端を鷲掴みにした。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 間違いなく距離を取ったはずなのに、気づけばその巨躯が再び目睫の間に立っていた。

 

 その速度は最早疾駆という表現すらも生温い――まさに瞬間移動そのものだった。

 

 五臓を焼くような凄まじい焦燥感に駆られた吹雪鬼は、鈴懸姿のテングの手から慌てて雪波を引き戻そうとするが、その間にもベルを掴む異形の五指は、万力のように食い込んでいき、ミシミシと不吉な軋み音を立てていた。

 

 歪に拉げ始めた音撃鳴・冷華を起点に、網目状の細かい亀裂が雪波全体へと徐々に伝播していく。

 

 このまま全壊するのは不味い。そう思った吹雪鬼は、握りしめていた後部グリップ――縦繋ぎに連結していた二丁の雪波の片割れ部分を、咄嗟に分離し引き離した。

 

 そして、亀裂が及びきる前に辛うじて確保したその銃口を、至近距離に位置する鈴懸姿のテングの顔面へと突きつけ、迷わずトリガーを弾いた。

 

 だが、撃ち出された数発の氷の弾丸はあっさりと避けられる。

 

 

 

「おいおい、顔は勘弁しろや! 万が一傷でも残ったら、頭領としての格好がつかねえだろ?」

 

「頭領……?」

 

 

 

 僅かに首を逸らした鈴懸姿のテングの横顔を、氷の弾丸が虚しく通り過ぎていく。吹雪鬼はその様を尻目にしながら、相手の古風且つ荘厳なる見た目に反した粗野な言葉に、警戒の色をより一層濃くした。

 

 

 

「貴様……ただの魔化魍じゃないな!」

 

「あ゛? ああ……まあな。なんたって今(・)の(・)俺ぁ、全てのテングを統べるテングの王――オオテング様だからなぁ!」

 

「オオテング……? なるほど……頭領ってそういう――……。だけど、それだけとは到底思えないな。貴様の正体……まだ何かあるんだろ?」

 

「お? やっぱわかるか?」

 

「その人間臭い言動が、さっきから異様なほど違和感を物語っているからな! 貴様のようにペラペラと人語を喋るテングなど、少なくとも僕は知らない!」

 

「ハッ……なんだよ、てっきりシンパシーでも感じてくれているのかと思って、ちょっとばかり期待しちまったじゃねえかよ!」

 

「期待だと?」

 

「ああ、いわゆる親近感ってやつだ。何しろ似た者同士だからな、俺たち」

 

「似た者同士? 僕と、貴様が? 馬鹿な。一体何のことを言ってる?」

 

「いやなに、お互い闇に好かれ、闇を好む者同士ってこったよ! 俺の元カノから聞いているぜ? お前もなんだかんだ理由をつけて、バケモノになる道を選んでるってな! 俺もお前と同じだよ! 俺も元は人間で……かつてはお前ら鬼と同様に、人間を護る“天狗”だった!」

 

「人間を護る……天狗?」

 

「ああ! そして今は、“悪意”との契約の末に生まれ変わった……テングのバケモノってわけだッ! だからよ、これからはお互い仲良くしようじゃねえか! 邪悪で醜いバケモノ同士なッ!」

 

 

 

 鈴懸姿のテング――オオテングの言葉には、首を傾げたくなる疑問点が幾つも散見された。だが、吹雪鬼のそれらの疑念は一瞬にして蒸発し、即座に冷淡なる怒りへと形を変えた。

 

 

 

「誰がバケモノだッ! 支離滅裂の戯言で、人のことを好き勝手に侮辱するのはやめろッ! 僕は闇など好んではいないし、闇に好かれた覚えだってないッ! 僕は人々を護る鬼で、猛士の1人として戦う歴とした人間だッ!」

 

 

 

 唯一残った雪波の片割れを握り締める右手に、無意識のうちに力が籠る。オオテングを捉える銃口が、今にも次弾を放たんばかりに小刻みに震えだしていた。

 

 それでも尚、オオテングは理性の切迫を嘲笑うかのように、余裕の笑みをより深くする。

 

 

 

「ああ~、知ってるよ! こ(・)っ(・)ち(・)のお前は、今はまだ真っ白だってことはな! だからこそ俺たちが出向いたんだ! 純白のお前を、今回は俺たちが手に入れるためにな!」

 

「何が『手に入れる』だ! 人を物みたいに……ッ! いい加減その不快な口を閉じろッ!」

 

 

 

 吹雪鬼は表情無き鬼面の奥でギリリと歯を食い縛る。

 

 これ以上の世迷言を聞くつもりはないと、そう訴え掛けるように氷の弾丸をめげずに連射した。

 

 

 

「おっと!」

 

 

 

 オオテングは硬質化させた羽団扇を盾にし、眼前に迫る氷の弾丸を軽快に弾いていく。

 

 その視線は、必死に銃口を向ける吹雪鬼の姿をねっとりと射抜いたまま、一ミリたりとも離れない。

 

 そうして、遮二無二に引き金を引き続ける吹雪鬼の銃撃を軽くあしらいながら、オオテングは一瞥もくれぬ背後へと、冷酷な通告を放り投げた。

 

 

 

「おい、鷹天狗! 残りの野天(ヤテン)どもと一緒に、そっちの弟子の女の首根っこを掴んどけ! 俺は予定通り、雪の女を堕とすからよ!」

 

 

 

 オオテングの遥か後方では、鷹天狗と呼ばれた赤紫色のテング――否、天狗が、狐夏変身体を相手に膠着状態を続けていた。

 

 

 

「……御意。頭領の望みのままに」

 

 

 

 鷹天狗は地を這うような低い声で短く返事だけをすると、ゆっくりと狐夏変身体に向かって肉薄を始めた。

 

 先刻の吹雪鬼の音撃から免れた残り数体のテングたちも、飢えた獣の如く次々と鷹天狗の後に続いていく。

 

 

 

「狐夏ッ!」

 

 

 

 吹雪鬼の叫びも虚しく、茂みの奥へと追い込まれていった狐夏変身体の姿は、群がる異形たちの影と生い茂る木々に飲み込まれ、あっという間に見えなくなってしまった。

 

 

 

「くそ……ッ!」

 

「待てよ! お前の相手は俺様だぜ?」

 

 

 

 慌てて駆け寄ろうとする吹雪鬼だったが、その焦りを見透かしたオオテングの羽団扇が、そうはさせまいと彼女の視界を再び遮る。

 

 

 

「邪魔だ退けッ!」

 

 

 

 吹雪鬼の眼前に立ち塞がったオオテングは、彼女から奪い取った雪波の片割れを、見せつけるように鼻先へと掲げていた。

 

 

 

「闇を寄せ付ける処女雪の如き美しき白さ。何色にも染まり得る純粋無垢なる色。お前の魂の白さが俺は欲しい……! “ユキオンナ”でも“汚酌姫”でもねえ! お前の純白を、この世界では俺様色に染め上げてやるよ!」

 

 

 

 そう告げたオオテングは、亀裂だらけの鉄屑も同然と化した雪波の片割れに、少しばかりの握力を加えた。

 

 その瞬間、甲高い粉砕音と共に、双銃の一角は先端に取り付いたままの音撃鳴・冷華諸共、粉々に砕け散った。

 

 パッと開いたオオテングの掌から零れ落ちた管体の破片が、キラキラと残酷な輝きを放ちながら、無造作に地へと落ちていく。

 

 まさしくそれが、蹂躙の号砲だった。

 

 

 

「ッ! 貴様ァ!!」

 

 

 

 明らかに挑発めいたオオテングの行いに怒りを爆発させた吹雪鬼は、彼の意味深な言葉に対する疑問符をあっさりと投げ捨て、沸き起こる激情のままに発砲した。

 

 一対の内の半身を失い、音撃を封じられていようとも最早関係などなかった。

 

 片割れの仇を討たせんばかりの勢いで、手元に残った一丁の雪波を死に物狂いで連射した。

 

 

 

「いいねぇ~、その威勢のよさ! だがそれも、すぐに従順な雌ヅラに変えてやるよ!」

 

 

 

 オオテングは嘲弄を浮かべたまま、羽団扇を大きく振り抜いた。

 

 その一振りが呼び起こした凄まじい突風は、迫る無数の氷弾を瞬く間に勢殺して一掃。そして、そのまま雪波を構える吹雪鬼の身体すらも軽々と宙に浮かせ、無慈悲に吹き飛ばした。

 

 

 

「あがッ……!?」

 

 

 

 巨大な空気の塊の衝突を真正面から諸に受けてしまい、背後の巨木に激しく叩きつけられた吹雪鬼は、全身に走る強烈な鈍痛に再び一瞬息を詰まらせた。

 

 鬼の強靭な肉体へと姿を変えているが故に、生身で受けた最初の襲風に比べれば幾分かダメージは軽減できている。とはいえやはり、我が身をあっさりと攫ってしまうほどの大気を圧縮した一撃には、相変わらず驚かされるばかりだった。

 

 

 

「この風……やっぱり……さっきのも奴が……」

 

 

 

 すぐには消えぬ残痛が、体の動きを鈍らせる。

 

 それでも隙を見せるわけにはいかないと、猛然と半身を起こした吹雪鬼は、すぐさまに身構え顔を上げる。

 

 しかし直後、彼女の視界に飛び込んできたのは、鉤爪状の片足を前面に突き出しながら、上空から急降下を仕掛けてくるオオテングの凶躯であった。

 

 

 

「くッ……!」

 

 

 

 吹雪鬼はなりふり構わず地面を横転し、その飛び蹴りを辛うじて回避。すかさず上半身を起こし直すと、回り込んだ黒翼の死角から、すぐさま雪波を連射した。

 

 せめて機動力だけでも削ぐべく、黒翼の付け根を狙った氷弾の雨が、容赦なくオオテングへと降り注ぐ。

 

 直前まで吹雪鬼が横たわっていた巨木の根元を、鋭き蹴撃で深々と穿ったオオテングは、しかし振り向きざまに見せた不敵な笑みを、決して微動だにしなかった。

 

 氷弾の雨が命中する直前、オオテングはそれを左右に――同(・)時(・)に躱避(たひ)して見せたのだ。

 

 刹那にその姿が裂けるように――。

 

 ブレるように――。

 

 射線から標的を見失った氷弾の雨は、明らかに2人に増えた――増えたようにしか見えないオオテングた(・)ち(・)の隙間の宙を滑り抜け、見当違いの木肌に幾つかの弾痕を残すのみに終わった。

 

 

 

(まさか分裂……ッ!?)

 

 

 

 テングに分裂能力がないことは重々理解していながらも、それでもどうしてもその可能性が脳裏をよぎる。

 

 どちらを撃つべきかと、片割れの消失を改めて悔いるように、右手に残った雪波の照準を僅かにブレさせてしまう。

 

 そうしている間にも、オオテングは増え続ける。

 

 2体から4体――。

 

 4体から8体――。

 

 あっという間に視界を埋め尽くすほどの数に膨れ上がったオオテングが、一斉に吹雪鬼へと襲い掛かる。

 

 吹雪鬼は敵の動向を見据えたまま、足元から四方の地面へと冷気を走らせた。

 

 すると半径20メートル範囲が一瞬にして凍結し、即席のスケートリンクが出来上がる。

 

 吹雪鬼は氷弾の弾幕を張りながら、背後に飛び退き、フィギュアスケート宛らに滑らかな、されど爆発的な速度の滑走で氷床の上を駆け抜けた。

 

 摩擦を失った鏡面世界は、彼女にとっては勝手知ったる絶対の領域。

 

 群がる敵の動きを翻弄する不規則なスラローム。氷床を滑る鋭いターンと、つむじ風のようなステップを駆使し、相手の爪撃が届かぬ間合いを一定に保ちながら、迫るオオテングたちを的確に撃ち抜いていく。

 

 

 

(……ッ!?)

 

 

 

 しかしその手応えの無さに、吹雪鬼はすぐに違和感を覚えた。

 

 まるで煙を撃っているかのような、奇妙な虚無感ばかりが右手を伝って脳へと返ってくる。いくら命中しても、着弾の衝撃もなければ、肉が削れる音も聞こえてはこないのだ。

 

 氷弾に撃ち抜かれたオオテングたちの姿は、血を流す代わりに陽炎のように不自然に歪むだけ。

 

 

 

「こいつら……実体のない分身……!?」

 

 

 

 全ては相手の妖術が作り出した幻影。だがそう悟った時には既に遅かった。

 

 背中を向けていた背後の死角から、突如としてナイフのように鋭い強烈な殺気が押し寄せてくる。

 

 前方の“作り物”が放つ、見掛け倒しの殺気とはわけが違う――重厚なる“本物”の殺気。

 

 鬼としての本能が鳴らした最大の警鐘に、吹雪鬼は弾かれたように振り返った。

 

 

 

「なッ!?」

 

 

 

 その瞬間、反転させた視界の全てを埋め尽くしたのは、眼前にまで迫っていたオオテングの巨大な拳だった。

 

 避ける時間など、微塵も残されてはいなかった。

 

 あまりのゼロ距離、網膜に焼き付くほどの絶望的な状況に、吹雪鬼は持てる限りの反射神経を爆発させ、右手に残った雪波を顔の前に突き出してその拳を受け止めた。受け止めざるを得なかった……。

 

――ガギィィィンッ!!!

 

 直後、鼓膜を震わせたのは、金属が耐えきれずに悲鳴を上げる凄まじい破壊音だった。

 

 先に消失した片割れと同様に、既に亀裂が所々に走っていた双銃の一角は、オオテングの規格外の拳撃に耐えきれず、完全に粉砕。キラキラと哀しい光を放ちながら、とうとう破片となって四散した。

 

 

 

「ぐあッ……!」

 

 

 

 盾とした音撃管を木っ端微塵にされただけでなく、拳から放たれた圧倒的な衝撃に、吹雪鬼の身体は容赦なく後方へと吹き飛ばされた。

 

 バランスを大きく崩し、視界が目まぐるしく回転する。

 

 このまま氷床へと、無惨に叩きつけられようとしていた。

 

 だが吹雪鬼の闘志は、未だ寸分たりとも衰えてはいなかった。

 

 雪波を二丁とも失い、完全に丸腰にされても尚、鬼としての――猛士の一員としてのプライドが、彼女の魂を激しく突き動かしていた。

 

 

 

「……まだだッ!」

 

 

 

 宙を舞い、背中から冷たい地面へと叩きつけられる刹那の瞬間、吹雪鬼は右の掌に冷気を集中させた。

 

 キチキチと凍てつく音を響かせながら、大気中の水分を一瞬で凝固させ、1本の氷のクナイを生成したのだ。

 

 倒れ伏す直前、吹雪鬼は気生えの執念を手首のスナップに乗せ、その氷刃をオオテングに向けて、目にも留まらぬ速さで投擲した。

 

 

 

「ぐッ……!?」

 

 

 

 シュッと寒風を切り裂き放たれた一撃は、勝利を確信して無防備に立ち尽くしていたオオテングの分厚い脇腹へと、深々と突き刺さった。

 

 ほんの僅かではあったが、オオテングの表情が苦悶に染まる。

 

 ようやく一矢報いることができたことに、吹雪鬼は心の中で小さく安堵した。

 

 だが、鷹天狗たちの襲撃を受けているであろう愛弟子の姿が脳裏をよぎり、すぐに激しい焦燥が胸の中を走った。

 

 軋む骨の悲鳴を無視して強引にその身を叩き起こした吹雪鬼は、狐夏変身体の姿が最後に見えなくなった茂みへと向かって駆け出し始める。

 

 先刻のクナイの攻撃が功を奏したのか、幸い、オオテングの分身たちは既に消滅しており、今なら行く手を遮るものは何もなかった。

 

 逸る気持ちのままに、踏み込む足に力が籠る。

 

 ところが、そんな彼女が紡いだ不屈の健闘もここまでだった。

 

 

 

「そう慌てんなって! 本当のお楽しみはこっからなんだからよぉ!」

 

 

 

 吹雪鬼の足を引き留めるように背後から響く、耳障りな嘲笑。

 

 オオテングは自身の脇腹に突き刺さった氷のクナイを、肉が抉れるのも厭わず乱暴に引き抜いた。

 

 “元人間”だという話に真実味を持たせんばかりに、ドッと溢れ出た鮮血が純白の鈴懸を真っ赤に汚すが、オオテングは顔色一つ変えない。

 

 それどころか、引き抜いた氷刃を小馬鹿にするように指先でパキィンとへし折ると、足元へと無造作に投げ捨てた。

 

 手負いにされた怒りなど微塵もない。一方的な捕食者としての愉悦だけをギラギラと瞳に宿らせながら、オオテングは握り締めていた羽団扇を猛然と一閃した。

 

 その瞬間、羽団扇から放たれたのは風ではなかった。

 

 風の代わりに吹雪鬼目掛けて放出されたのは、大気をドス黒く灼き尽くすほどの凄まじい熱量を孕んだ、一発の巨大な火炎弾だった。

 

 

 

「突風だけじゃなく炎まで……ッ!?」

 

 

 

 背後から迫る熱波に、足を止めざるを得なくなった吹雪鬼は、振り向きざまに地面を力強く蹴り立て、目の前に分厚く大きな氷の壁を隆起させた。

 

 轟音と共に火炎弾が氷壁に衝突し、激しい蒸気を上げて爆発する。

 

 間一髪。されど完璧なる迎撃には違いなかった。

 

 だが、火炎弾の対処に気を取られていたせいで、吹雪鬼は気づけなかった。

 

 視界の外――頭上で密かに渦巻いていた、真っ黒な雷雲の存在を。

 

 それこそがオオテングの本命の攻撃だと悟った時には、全てが手遅れだった。

 

 自身に覆い被さる不自然な影に違和感を覚え、ハッと空を見上げたその時――。

 

 

 

「がッ……――――――!!!!?」

 

 

 

 瞬きすら許さぬ閃光が吹雪鬼を襲い、彼女の視界は一瞬にして真白き世界へと消し飛ばされた。

 

 音が光に置き去りにされる。

 

 それが刹那に奔る落雷だと認識する間もなく、吹雪鬼の脳天は、天の底を突き破った紫電の光槍に真っ直ぐと貫かれていた。

 

 

 

「あッ――、が、あ……あ……ぅ……」

 

 

 

 ワンテンポ遅れて鳴り響く、空間を裂かんばかりの轟音が山林を震撼させる。

 

 全身を駆け巡る烈烈たる電流によって、脳髄も身体中の神経回路もズタズタに灼かれた肉体は、不自然なほど弓なりに弾け、ピンと海老反った状態のまま硬直した。

 

 雷霆の過負荷に耐えかねた鬼の姿が、力尽きるように見る見る弛緩していく。

 

 強固な白銀の皮膚は熱に融かされるようにその色彩を失い、波打つようにして柔和な人間の肌へと戻っていった。

 

 鬼としての威厳は見る影もなく削ぎ落とされ、代わりに現れたのは、一糸纏わぬ白皙なる全裸の姿――。

 

 

 

「あッ、ああッ――、あああ……」

 

 

 

 辛うじて意識はあるものの、あまりにも刹那的かつ過剰な電気ショックは、フブキの脳の全許容量を瞬時に焼き切り、同時に括約筋の制御すらも完全に喪失させた。

 

 ――プシャァアアアァァァ!

 

 ガクガクと力無く震える内腿の間から、熱い愛液の如く溢れ出した秘水が、屈辱的な放尿の軌跡を描き、氷の地面を濡らし、汚していく。

 

 電池切れ間際の玩具さながらに、四肢を小刻みに痙攣させながら、フブキは自らの尿と溶け出す氷の泥濘の中へと、とうとう無様に倒れ伏した――……。

 

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