私は意を決して走り出すと決めた。そうと決めたらすぐにリュックを背負って、扉を閉めることもせずにランタンの明かりに一瞥もくれることなく走った。
気付かれた気配はあったけど私の判断は正しかった。あいつは足が遅かったんだ。急いで地上への石畳の階段を駆け上がって、そして日の光が差し込む窓を、ううん窓じゃなくて
──そこは森の中にある壊れた教会だった。もう何年も人の手は入ってないみたいな教会、その聖堂の天使か、女神の像が置いてあるその隣に階段があったみたい。隠し階段だ。
「んしょ……!」
私はこれ以上追われたくない一心で、火事場とも言うべき力で女神像に全力で体重をかけると、ズズズと音を立てて溝に沿って階段を隠していく。数十秒あったけれど、終ぞあのローブ男が追いついてくることはなかった。リュックを背負い直して、安全だと思って私はその像の前にへたりこんだ。
「はぁ……はぁ……よかった……けど、ここどこ?」
私は見たことがない場所だったから、キョロキョロと周辺を見渡す。でも周囲は深い森の中みたいで、最初に迷い込んだ駅すらもどこにあるのかわからない。
最初の駅さえわかれば、もしかしたら電車に乗って帰れるかもしれないのに。そんなことを考えていると、教会の裏手に開けた崖があることに気付いた。
「……こんなところまで」
そこは山の上の方らしいことがわかった。でも、ちょっとだけ安心したのが遠くの方に家々が、小さな村みたいなのが見えることだった。ちょっとしか確認してなかったけど、駅があったところの景色に似てる気がする。山を降りて、森を抜けて、あそこまで行ければ。そう思うと希望が持てた。
こんなところまで運ばれて──あんな目に遭って、苦しい気持ちが溢れてきたけど、目標が見えたことで少しだけ帰ろうって気持ちを保つことができた。
「あれ……なにこれ?」
とりあえず荷物を整理しようと思ってリュックを漁っていると見慣れないライターが入っていた。銀の装飾で高そうなライターで、ちゃんとまだ火が点くことを知って慌てて閉じる。前にここに連れてこられた人のものなのかな。私はそれをもう一度しまう。他には、スタンガンなんてものもあって、本当にあわててまとめたから知らないものがたくさんあるけど、またローブ男が来るかもしれないと思うと、武器としての有用性を感じた私は、それをそっとライターをポケットに入れて、スタンガンはリュックの脇のペットボトルホルダーに入れた。
「と、とりあえず下っていけばいいんだよ……ね?」
誰かが教会から山の下までを行き来するためなのか、幸い森の木々が生えてない舗装されてない道が続いていた。登山道というほど急斜面でもない。でもローファーだから足を滑らせないようにだけ注意しなくちゃ。そう思って少し慎重に下り道を歩き始める。
そうしてしばらくした頃、後ろの方でガサガサと音がした。もしかしてローブ男がもう追いかけて来たのかもしれない。おっかなびっくりに振り返ると、そこにはギラギラした目をさせた犬がいた。
「グルルル……」
「ひ……っ」
大きな犬で、警察犬なんかになるようなシェパード、だろうか。ただしすごく痩せ細っていて、じり、じりと私に注意を向けてくる。舌がだらんとしていて、そこから唾液が垂れている。お腹が減ってるの? もしかして、私を、食べようと。恐怖が足元から這い上がってくる。きっと振り返って全力疾走しても犬には勝てない。
──睨み合いが続くけど、焦れていたのは私よりも犬の方だった。目をギラつかせながら、私に突進してくる。
「きゃ──っあう!」
「グラァ!」
「あ……!」
お腹当たりに突進されて、倒されて、起き上がろうとしたところに頭の横に前足が置かれた。上を見るとするどい牙を出しながら犬が
のしかかって、荒い息を吹きかけていて、恐怖が湧き上がってくる。それと同時に、何故か食べられることのない意味を知った。お腹に、何かが当たってる。ナニカ、なんて言い方は正しくない。
「……な、なんで……?」
それは紛れもなく勃起した犬のペニスだった。この犬、私に発情してる? なんで? 意味がわからなくてパニックになる。私を食べようとしたんじゃなくて、私に──もしかして、地下牢のあのお香の残り香か何かが、狂わせてる? 私はもう何も感じないけど犬の嗅覚なら、もしかしたらあるのかもしれない。
「い、いや……んん♡」
ヘコヘコと腰を動かして、下腹部、ショーツにおちんちんをこすつけられる。クリトリスに擦り付けられると全身に電流が走ったみたいになって声が漏れる。それが余計に、私を衝き動かした。
「や、めて……やめて!」
「グ……ッ!?」
拳をグーにして腕を思いっきり振って頭に当てると犬はよろめいて私の上から退いた。もう、もう二度とあんな酷い目に、そして私が全て犯し尽くされるみたいな恐怖、ううん快楽を味わいたくない。私はあの何度も行われた陵辱を、いつの間にか気持ちいいと思い始めてしまっていた。身体の芯に刻まれた快楽の記憶が、より二度と味わいたくないという恐怖と、帰らなきゃという意志に変わった。
「そ、そうだ……す、スタンガン!」
「グラァ!」
「きゃ、こ、この!」
仰向けに倒れたせいで下敷きになっていたリュックの脇からスタンガンを取り出す。反逆されたことに怒りを覚えたのか突進してくる犬に向かって、私はそれのスイッチであろう場所を押しながら両手でもって前に伸ばして迎撃する。
──バチチチチッと大きな音がしていたその先端に身体が触れた瞬間、スパークする。弾かれたように、猟犬の身体は宙に飛び上がり、動かなくなった。
「はぁ……はぁ……や、やった……?」
その場にへたり込む。だけど、達成感というよりは、野生動物を──私を犯そうとしてきたとはいえ、匂いか、それとも別の何かに狂わされた動物を、殺してしまったことの罪悪感と、想像以上の凶器であったスタンガンへの恐怖に苛まれた。周囲が焦げ臭く、そのなんとも言えない臭気とストレスで胃酸が湧き上がってくる。
「っ、おぇ……っぅ、うう……どうして、こんな……」
神様を呪いたくなる気持ち。どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの、どうしてこんなことをさせられなければいけないの、どうして、私がこんなに酷い目に、そして犯されなくちゃいけないの。
誰かが悪いというなら、私やこの子が悪いわけじゃない。ここに連れてきた誰か、あるいは何かが悪いに決まってる。
「うっ、うぅ……ごめん、ごめんね、ごめんなさい……」
死んでしまった、私が殺してしまった猟犬を引きずって、林の中、木の根元に安置する。土を掘る道具も持ってたらよかったんだけど、それはさすがになくて。例え私を犯そうとして襲ってきた相手だとしても、何かに狂わされただけかもしれない。そう思うと、放ってはおけなかった。無意識に手を合わせて私は何度もごめんねと心の中でも謝罪をする。
「アオォォーン」
「……っ! また、近づいてきてる? 急がなきゃ……!」
林を後にして少し後、遠吠えが聴こえてきた。日もどんどん傾いてるし、急いで山を降りないと、そう思ってできるだけ素早く山を降っていく。脚を取られそうになりながら、悪路を進んで、日が落ちて周囲が見えづらくなってきた頃、私はそこに横穴を見つけた。私が休むには十分な広さのある洞窟、水辺も近いから休んで、匂いが原因なら服や身体を清めてから行った方がいいのかも。そうしたら追いかけられることはないかもしれない。
「……でも」
暗くなっても、スマホのライトはある。なんでか知らないけど充電も全然減らないみたいだし。一刻も早く山を降りるっていうなら、危険だけどスマホのライトを使って足元を照らしながらなら、夜の間も動けると思う。眠くならないようにしなきゃいけないのが問題だけど。
──二つに一つ、私はまたも一人で決断しなきゃいけない岐路に立たされていた。
選択肢①:洞窟で休んでから……
選択肢②:夜道だけどスマホのライトで……
選択肢が選択肢を呼ぶ
例の如く片方はBADENDです
あなたならどっちを選ぶ(最新話の分岐)
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選択肢①ぬかるんだ急勾配
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選択肢②森の迂回路