がわ゙い゙い゙な゛ぁ゙イ゛ン゛グ リ゛ッ゛ト ち゛ゃ゛ん゙
「美味しい物を食べると、元気が湧くわね」
ガラテアの南部で生息する熊であるオグマクズリ。その肉で作られた料理を存分に頬張りながら、幸せそうな表情になってしまったイングリットはそう呟いた。
確かアドラステアの元貴族から貰ったのだったか、少し高そうな銀食器をまるで自身の心情の様に軽やかに扱う彼女を見て、やっぱりこの子は食べる事しか考えていないな、とあなたは思った。
「お腹いっぱい食べられれば、心のゆとりも出てくるというもの……」
あなたとイングリットがガラテアの統治を始めてからある程度経ったというもの、依然として食糧難の状況は続いている。それはこの地に住む者誰もが抱えているだろう難しい問題だ。勿論、それはあなたとイングリットにも大きく関わってくる。明け透けに言えば、イングリットは良くお腹が空く子なので、そこら辺はかなり重要な事だった。
早速食料問題にぶち当たったあなたは、飢えに苦しんでいる民から直接徴収する訳にもいかなかったので、二人で山岳地帯へ赴き直々に狩りを行う事となった。
その結果は、中々の物である。
「ガラテアの民達も、その……喜んでくれているようだったから……」
獲られた生肉は大量だった。流石に二人では数日かけても到底食べ切れる量では無かったので、腐らせるのもなんだと思ったあなたは、ガラテアの地で炊き出しを行う事にしたのだ。
収集をかけられ、何が起こるのかと戦々恐々としていたガラテアの民は、突然奇行を行ったあなたとイングリットにドン引きしていたが。
「身体を張った甲斐があるというものね」
それはそうだ。何も言わずに大熊を二人で持ち運んで来たのだから。紋章の力に頼らざるを得なかったとはいえ、人間よりも遥かに大きく重量のある動物である。民達は訳も分からず困惑していた。
だが、一度料理を振るえば一変。すぐにこわばっていた空気は弛緩した。
あなたは大修道院で覚えた経験を元に、存分にその手腕を振るったのだ。
結果は、大盛況である。
「きっと誰もが皆、考えている事だと私は思うの」
食糧難という問題は、介入しなければ未来永劫続く根源的な災難だとあなたは思っている。
ガラテアの地は貧しい。イングリットの談によれば、痩せた土地には満足に作物が実らず、もし冬の間に飢饉が起きようものなら、想像を絶するほど苦難と共に民は困窮してしまうと。
イングリットの幼少期、ガラテアの屋敷で取り交わされていた家族の会食でもそれは例外では無かったらしい。
「その土地において、得られる基本的な食糧の差と言うのは大きい。それを大修道院に居た時……いや、帝国軍に属していた時は身に沁みて感じたわ……」
今も昔もガルグ=マク大修道院では、アドラステアの南の大地から来る食糧を頼りにしていたという。温暖な気候で穀倉地帯が各所に存在するこの帝国治める地では、飢えて死ぬ者など滅多に居ないだろう。むしろ食糧は余っている方かもしれない。
「美味しい物が沢山出てきて、皆に等しく配られる。それが当たり前の事として受け入れられてて、誰もそれを疑わない。当時の私は酷く驚いたものだった。家族という狭い空間の中だけでも、ガラテアの貧しさは痛いほどに知っていたから」
イングリットはガラテア家において、久方ぶりに紋章を持つ身としてその生を受けた。故に将来の事も見据えて、彼女は食事の面でも大事に育てられていたのだ。彼女がアドラステア帝国でいう普遍的な食事を取っている中、その両親は料理とも言えない様な味のしない汁を、毎日の様に啜っていたという。
成長したイングリットが有力貴族へと嫁いで。その援助によって、ガラテアが救われるのを信じて、ずっと。
そんな辛苦の日々を送ってきた両親をその目に焼き付けながら生きてきたイングリットには、それを否定して騎士に成りたいなどという夢を宣言する事は到底出来なかったのだ。
「大事に育てられてきたにも関わらず……貴族に嫁ぐ事もせずに、それでいて何者にもなれなかった。……私はとんだ親不孝ものね」
イングリットは自嘲しながら、そう言った。
「父の
イングリットは思う。
居なくなってしまった家族の事を。いつかこの地に帰ってくるだろう家族の事を──
「随分と遠回りをして……そして外れた道を歩んできてしまった。でも私は……」
そうして。
イングリットは言葉を紡ぎ始めた。
「父の意思を、絶やしたくは無い」
ダフネルの紋章がイングリットの事を表すのならば、それは揺らぎ、引き裂かれて震える火。
目指す道以外の何物も見えず、ただ盲目で未熟な炎。
それでいて開拓精神に溢れ、持て余す程の積極力を滾らせる焔。
「いつになるかは分からない。領地を開墾して、領内の食糧難を解決して、飢饉で亡くなってしまう人を一人でも減らして、そして領内の治安も改善して、それで……。……もしかしたら、生きている内には不可能かもしれない。でも、いつの日か……このガラテアがフォドラで最も豊かな場所と言われる様に──私はしたい」
やはりあなたは、イングリットと自分は似た者同士だと思った。
「私はもう逃げない。帰ってきた家族に胸を張って言える様な──そんな生き様を私は送りたいから」
イングリットは、誓った。
あなたは彼女の目に、確かな燃える炎がある事を感じ取る。
「それはとても大変な道なのかもしれないけれど」
翠色の目が、あなたを確かに捉える。
捉えて、離そうとしなかった。
「先生……あなたは、最後まで一緒に来てくれますか?」
なんて事の無い、問いが投げかけられる。
特に間を空ける事も無く、あなたはもちろんと答えた。
「ふふ、良かった」
そう言えば、イングリットが笑った。
◇
どうしてこうなった。
あなたは今のイングリットの様子を見て、そう感じずにはいられない。
「何故でしょう……先生が二人に分身して見えます……」
ぽわぽわとしたイングリットが、虚空へ喋り続けている。彼女は完全に酒に酔っていた。
どうしてこうなってしまったか。
そんな原因を探れば、刻はすこし前に遡る。
「それにしても……何とか打ち解けられて良かったわ」
食事をし終えたイングリットが、小さな安堵の溜息を吐いて言った。
民草と会ってからというもの、どうやら彼女はかなり緊張していた様だ。館に帰って来てから、糸が解れたのか、一気にお腹を空かして食事を強請る彼女を、その目に収めたあなたはそう思った。
考えてみれば、ガラテア領を統治する事を宣言してから、あなたとイングリットが人前に堂々と姿を現すのはこれが初めてとなる。
どんな反応を返されるのか、イングリットは不安になっていたのだろう。緊張するのも無理はない。
「……あぁ、良かった」
そして今度は大きな溜息をついた。
正直反応については全く以って分からなかったので、あなたは何かあればすぐ飛び出すつもりだった。が、それは杞憂であり、現実では何も悪い事が起きる様子は無かった。皆、一様がイングリットとあなたに感謝をしていた。
勿論、振りに過ぎず、裏では恨んでいる者も憎らしく思っている者もいるかもしれない。
でも今日の出来事は大きな一歩だ。誠心誠意尽くせば、いつかはきっと。想いが伝わるに違いないと。たとえ許される事が無くとも、大きな前進に繋がると、あなたは思っている。押し付けがましい善なのかもしれないが、やらないよりはマシに違いない。
「ところで、それは……」
一通り物事を終え、話題転換をしたイングリットがテーブルの端に置かれた一つの物を見付けた。あっ、と小さく声を出したあなたは思わずそれをしまおうとするが、彼女の手によって止められる。
「お酒、なのかしら」
不味いとあなたは反射的に思ったが──
数秒後には、どうしてそう思ったのか、よく分からなくなった。
「飲んでみてもいい……のかしら?」
恐る恐る、といった様子になってしまったイングリットを他所に、あなたは考える。
フォドラでのお酒の扱いは、中々に珍妙だ。
お酒を飲むのは二十歳以上から。みたいな格言が、出所不明の取り決めとして出回っているものの、当然そんなモノは全く無く、殆どの者は守って居ない。二十に満たない者が多かった士官学校ではと言うと、流石に生徒達の飲酒は禁止されていたが、バレなければ良いという教えのもとこっそりと持ち込んだ酒を飲み明かしていたヤツも居るには居た。当然の事ながら処罰はされる。
そんな訳で、だいぶお酒に対する観念がゆるゆるなフォドラだったが、どうやらイングリットは少しお堅い方な様だ。様子からお酒は初めての様に見えた。
帝国軍に居た時は、満足に飲む時間も無さそうだったので、仕方ない事なのかもしれないが。
そんな取り決めの歳を、イングリットは一応越えている。
まあいいかと思ったあなたは、適当にイングリットに返事をした。
彼女のもとにある透き通るタンブラーのグラスにお酒を注いで、晩酌をする。
「では、乾杯……?」
疑問形になってしまった彼女と共に、あなたはグラスを使って乾杯をした。
「こういう風な行いが有るのは分かっていたけど、どうして皆揃ってするのかしら……」
グラス同士がぶつかって、小気味良い音が部屋に響き渡る。中に注がれたお酒が、波紋を伴って揺らめいた。
乾杯、の仕草は結構昔からある物だ。果たしていつから、というのは完全に断定は出来ないものの、確か貴族がお互いのグラスに毒が塗られていない事を確認する為に行ったのが起源だとか。そんな豆知識を何処かで聞いた事があるあなたは、イングリットに内容を伝えた。
「いやだわ。そんな事、あなたにする訳無いじゃない」
それを聞いたイングリットは、有り得ない事だと切り捨てた。
確かにそうだ、とあなたは彼女に同調する。彼女が毒を使うなんて、そもそも考えられない話なのだから。奇襲をある程度厭わないという狡猾さを今のイングリットは持ち合わせているが、基本的な所は士官学校時代とは変わっていない──そんな風にあなたは思っていた。
──ん?
そこまで考えたあなたは、ふと引っかかる物が有る様な──そんな感覚を覚えた。
あなたはイングリットへ問う。
「なにかしら」
大修道院でイングリットと再会した時、彼女は何かを茶葉、もしくは菓子に混ぜ込んでいた様な気がする。
果たして一体それは何なのだろうか、と簡素な疑問をわざとらしく伴いながら彼女へ問う。
「な、何の事でしょうか……?」
それを言えば、分かりやすく動揺した。
途端に敬語になってしまったイングリットを見て、あなたは確証を得る。得てしまった。
彼女の行った悪行を思い返しながら、思いっきり毒じゃないか、と言った。
「や、それは……軽い薬でしたから……」
そうすれば、イングリットは焦りながら弁明をし始めた。
彼女の感覚によれば軽い物らしかったのだが、身体を動かせなくなってしまう薬が毒じゃないなんてどこの誰に通用する道理なのだろうか。このフォドラの大地を満遍なく探したって、見つかりやしないとあなたは思う。
「媚薬ですから……問題は無いのです……はい」
必死に取り繕うイングリットを他所に、あなたは溜息を吐いた。
あれが今の二人の関係の切っ掛け──それの始まりとなった物でもあるので、悲しい話だがそう強くは言えないのである。あれが無ければ、きっと今の関係も存在しなかったと、あなたは認識しているのだ。端的に言えば、惚れた弱みかもしれないとあなたは想い返す。
「……さ、あなたも早く飲んでください」
露骨に話題を変えた彼女を嗜める事無く、あなたは勧められるがままお酒を口に運んだ。
途端、甘みと酸味が効いていて、とろりと濃厚な舌触りがあなたを襲った。どことなく物寂しかった心の隙間が埋め合わされる様な気分がする。
「これは……いい……」
語彙力も無く、初めての感触に浸り始めたイングリット。
確かに良いお酒だと、同じ様にあなたは後を続けた。
どうやらこのお酒は普段はあまり飲む機会が無い、癖の強い物らしい。どの記憶と照らし合わせても、このお酒の感触と適合する物は存在しなかった。
「いい、ですね……これ……」
これはどこで貰った物だったかと、少し心地の良い感覚を覚えながらあなたは思考を回す。
「んん……」
少し経って、あなたは出処に見当が付いた。
これは亡き父が率いていたジェラルト傭兵団、その一員である人からあなたへと送られた物だった。
父が酒豪だったのを懐かしんでいるかの様に、お前に似合う酒にしたぞと誇らしげにする顔見知りを、あなたは記憶と結びつけた。
……。
──これ凄く度数が高いお酒では無いだろうか。
「ふわぁ……」
夢心地になってしまったイングリットを見て、あなたはそれを彼女に渡した事を後悔した。
父ジェラルトの遺伝かどうかは神のみぞ知る事だが、あなたは比較的お酒に対して強いほうだ。
それを見越して一員はそのお酒を渡したのだろうが、万人がそれに対して強い訳では無いのだと、あなたは酷く痛感する──
「先生が二人……へへ……」
初めてのお酒であるイングリットに対して、ジェラルトがいつも好んで飲む様な強度のこれは、大変な劇物である。
図らずしも大修道院での彼女の様に毒を盛ってしまったあなたは深く反省して、少しでも彼女の気を落ちつかせる為に水を取りに行こうとした。
しかし。
あなたの腕ががしりと、イングリットによって掴まれてしまった。
「よし……ちゃんとつかまえました」
あなたはその手をどうにかして振り解こうとしたが、普段の彼女よりも少しばかり力が強い気がして中々上手くいかなかった。何やら紋章が発現している様な気もしなくない。遠い先祖から隔世遺伝してきた力をなんて事に使っているんだと、あなたは焦る。
「それではいつもの……日課を……おねがいします」
理性ここにあらずといった様子のイングリットが耳元で囁いてくる。まるでルーチンワークの様に繰り返されている事なので、それが何か流石に理解出来ない訳では無いが、この状態で致してしまって果たして良いものかと、至極当然の疑問をあなたは抱いた。
「む……その気では無いようですね。ならば、その気にさせるまでです。せんせいはそこに座っていてください」
イングリットはあなたを手近な椅子に座らせると、そのままテーブル付近へと戻り、まだ中身が残っていたお酒の瓶を掴んで持ってきた。そしてあなたの前に立つやいなや──
そのまま瓶を持ち上げて、中身を直接飲み始めた。ごくごくと、注ぎ口に直接合わせながら。
突然の凶行を目にしたあなたは、なんて彼女は勇ましいのだろうと、非常に当惑した。
「んっ……」
いやまて。良く見てみれば、飲んでいるのでは無い。口に含んでいるだけだ、と硬直から復帰したあなたが理解したのは、ものの数秒前の事である。
気が付いた時には、イングリットの顔がすぐそこにまで近付いて来た。
「ん、んっ……ふぷっ」
頬を掴んだイングリットによって口の中を無理矢理こじ開けられて、彼女が含んでいたお酒が、そのままあなたの口内へ流し込まれる。いわゆる口移しというヤツだった。何の説明も無く、至って迅速に行われたそれを受けて、あなたは酸素を求めて悶えたが、すぐに嚥下した方が早いと結論付けて、そのまま身体の底へと受け入れる様に、呑み干した。
少しひりつく様な熱さが、じりじりと食道を焼きながら通り過ぎていく。
何とか全て処理すれば、イングリットはようやく唇を離してくれた。
「どうでしたか……私の口づけの味は……」
よく分からない成分で出来た液体の橋が、あなたとイングリットの間に架かる。
お酒の味しかしなかった、と少しキレながらあなたは答えた。
「その気になってくれましたか……?」
部屋中にはもう、アルコールの匂いで酷い事になっていた。
なんて事をしてくれるんだと、あなたは怒りたい気分だったが、流石に酒が体内に回ってきたのか、感情は別の方向へと霧散してしまった。
「ふふ……その気になってくれたんですね」
少々乱暴に口移しをした所為で、ちょっと汚れてしまった唇をイングリットは拭うと、次の段階へ移ろうと、あなたを外の部屋へと引っ張っていく。
「今日は全てを……曝け出して、もらいますからね……」
ずるずると彼女に引きずられながら。いや、半分くらいは自分の意思かもしれない。
いつもの様にイングリットのお部屋に連れ込まれながら、あなたはそんな事を考えていた。
だいぶ酔いが回ってきているな、とあなたは思う。