セックスと死人殺しのヴォドゥン 作:ドグラ葉
粗く荒れた岩の肌を、松明の仄灯りがチロチロと舐め上げる。
卑小で原始的な人工光が陽光の変わりとして我が物顔に振る舞う地中深く。東京幕府所管・鎌倉大迷宮の裏路の裏路で、
「ひっ!?」
その、振り払われた鉄錆の雫がぴちょりと落ちた先で、小さな悲鳴が上がった。
「……」
「あ、あぁ」
仄暗い洞窟内に、ガチガチと響く牙の音。恐怖に染まった獣人の両目が、大きく見開かれる中、
(瞳孔、異常なし。角膜、異常なし。結膜、異常なし。内外眼角……は)
中心の瞳孔から始まり、外縁へと順に部位を確かめる。そして、
「ん」
直後、
「……」
その右手には、抜身の匕首が一振り。その刀身にべったりと付いた真新しい鮮血を再び面倒臭げに振るい捨てるその後ろで、瞠目した狼男の生首がぼちゃりと音を立てて、仲間のそれと同じく、地中の地に落ちたのだった。
―ヴーン、ヴーン―
と、不意に静寂に満ちた洞穴に、振動音が低く響いた。
短刀を納めた
端末のメッセージ画面を開くと、短く「
(ま、丁度いっか)
丁度、今日の仕事が終わったのもあり、後始末をして引き上げがてら、
◆
そんな、道行く人々が交叉する大通りをすり抜けながら、
そんな、深夜まで喧騒と色香に満ち満ちた煌びやかな街並みだが、流石にこの豪雨の中では人の姿も疎らで、人入りが悪かった店は早々に店を閉じていた。
そんな、常に比べればやや閑散とした印象の石畳の上で、
「お、何だよ、こんな時に外に出て。あれか? 客が取れなくて、追い出されたのか?」
「ん?」
若干呂律がおかしいその声に、
どうやら、その冒険者達は既に大分出来上がっているらしく、人通りがないとはいえ、明らかにこんな時間にするようなトーンではないそれで喚き散らしている。
「……っせぇよ」
そんな、男達のげらげら笑いの中で、不意にキンッとした高い声が漏れ出て来た。その声に、
甲冑姿三体。その中心にチラリと見えたのは、ぐっしょりと雨に濡れた燕尾服と、同じく雨に濡れてなお艶を放つ黒い長髪。どちらも、
「お、何だ、怒った顔も可愛いじゃん」
一方の冒険者達はといえば、その甲高い威嚇にも怯む様子は見えない。
日々、鎌倉大迷宮でオークやバフォメットと相対しているであろう彼らからすれば、こんな可愛らしい反抗は、単なる媚態か、せいぜいがこれからの
「そんなに怒るなよ。ちゃんと俺達が買ってやるからさ」
男達は小型犬をあやすような口振りになりながらも、いよいよ気が昂ったのか、それぞれに顔を見合せ、頷きあう。その、三対の目には独り違わず、濃い獣欲が浮かんでいた。
そして、男達の一人がポケットから数枚の金貨を取り出して、癖一つ無い長髪の上から、それを振り掛ける様にして、落としたのだった。
「拾えよ。前金出してやるからさ」
じゃらじゃらと、雨粒と共に金貨に打たれた燕尾服の美貌に向けて、リーダーらしき男が口角を吊り上げる。
多少、先のドラ声よりは柔らかな音だったが、その視線にはねばつく優越感と、強い嗜虐心が見てとれた。
「その代わり、簡単に壊れないでくれよ? 何せ、最近じゃランクアップしたせいか、俺達全員回ってこねー事が増えちまって、困ってんだ」
そんな、リーダーの言葉に追従するように、一番体格の良い短髪の男が言うと、他二人が「ちげーねー」と下品な声を上げたのだった。
「っ!!」
そんな、三人の男達の嘲笑混じりのノイズを前に、とうとう堪りかねた様子で、取り囲まれていた燕尾服が立ち上がる。キッと
品の良さを感じさせる薄めの唇には黒いルージュが引かれ、それが移った紙巻き煙草が、雨ざらしとなり、漂う紫煙を引きちぎられていた。
きりりと持ち上げられた柳眉に引っ張られて開く、切れ長の両眼は、通常の人間ならば白いところが黒く、逆に黒いはずの虹彩が一切の色を持っていなかった。
その風貌に、三人組は初めて若干の驚きを見せた。そんな男達に畳み掛けるように、小柄な燕尾服の
「僕はっ! 男だ!!」
その言葉に、男達が一瞬硬直する。ほんの一瞬前まで娼婦として扱っていた
はあっはあっと、荒く小さな肩を揺らす燕尾服の男娼が、ギリッと歯を食い縛る。再び向けられた威嚇。
が、二秒三秒と経ち、再び顔を見合せた男達がニヤッと小柄な男娼に笑みを向けた。
「それなら安心してくれ、こいつは元々可愛けりゃ両方いけるし……」
そう言って、リーダーが先に金貨をぶちまけた男を指差し、
「俺達も、その顔なら全然いけそうだしな」
と、短髪の男と頷きあう。
「だからよ……そろそろ何処か入ろうぜ?」
そう言って、リーダーの男が燕尾服の男娼の細肩に手を伸ばした。
「っ!?」
小さな肩を力任せに掴まれた男娼が、苦痛に顔を歪める。その表情にすら、零れる色気に、いよいよ男達の理性が、最後の歯止めを失っていく。そして、
「「「あ?」」」
欲望のままに進む三匹の獣が、突如その動きを止めた。否、正確には
初めに気付いたのは、男娼に手を伸ばしたリーダー格の男だった。全身をぐっしょりと濡らし、妙な色気を感じさせるその矮躯に伸ばした右手から、微かに疼く様な違和感が伝わって来たのだった。そして、間髪入れず、両隣の仲間の目が、何故か大きく見開かれる。一瞬、そちらに気を取られたリーダーだったが、その両目は直ぐに両隣の仲間同様に円に向かう。
小さな男娼。その肩に置かれた筋肉質の浅黒い手が、溜まった豪雨が潺を作る石畳の上へと、重力に惹かれるまま、ボチャリと音を立てて墜落したのだった。
「「「は? あ?」」」
「ごめん、待った?」
一瞬、その光景が呑み込めなくなる男達。そんな男達を尻目に、
「おにーさん……」
「大丈夫?」
「?」
その声に、僅かな逡巡の色を感じた
「ひ、ひぃぃ!?」
そして、自分が最後の一人になった事で漸く今の状況を理解した右腕の無いリーダーが、事ここに至って振り絞る様な悲鳴を上げた。
「な、何なんだ!? 何で!? 何っ」
しかし、それが最後だった。続いた言葉は既に混乱の渦中から抜け出す余裕も無く、対する
「……」
リーダーらしかった男の頸が堕ち、都合三つの首無し死体が出来上がったのを確かめて、
実際、この鎌倉では冒険者の命は羽よりも軽い。それは歓楽街である湊崎でも例外ではなく、翌朝には下働きの娼婦によって、奇麗に処理をされて終わりだろう。それよりも、
「来て早々なんだけど、先にぼくの宿とか決めて良い? 今、ダンジョンから出てきたばっかりで、食事もまだなんだ」
「ぁ、悪い……」
「んーん」
湿気た煙草にライターで火を点けようと四苦八苦していた
その視線を受けた
「?」
その珍しい、
「別に良いけど」
とはいえ、普段ならば男娼館の一等室で、客の女性を喘がせている筈の友人が、こうして外で雨に打たれている事がそもそも珍しいといえば珍しい。話の続きもあるかと考えた
「じゃ、行こっか、
「ん」
「……
言葉少なに、
「おにーさん」
「ん?」
「今日はもうオフだぜ」
そう言って、ぴこぴこと煙が棚引くシガレットを揺らした
「行くよ。
そして、
◆
結局その後、
既に、多くの宿が受付を止めてしまっていたため、無人受付のそこを選んだのだったが、幸いなことに食事も自動で注文出来るシステムだった事もあり、濡れた衣服を乾かしながら、二人は解凍済みの安い冷凍食品で腹ごしらえを済ませたのだった。
「飲む?」
「ん」
そして、同じく後払いの冷蔵庫から、
二つ同じ銘柄の片割れを投げ渡すと、自分の分のボトルのコルクに噛みついて引き抜く。ポンと音を立てて抜けたそれを部屋の端の屑籠に吐き捨てて瓶に口を付けると、栓抜きを使わずに苦も無く開栓した
「代わろうか?」
「お願い……」
そう言って、投げ返されたボトルから、再びコルクを噛み抜くと胡坐をかいた
ルージュと同じく、黒い色のマニキュアが引かれた人差し指と中指で、煙草から一度口を離した
「ふぅ……」
食事とアルコールで身体が温まったのか、
「で?」
そんな、
「
その反応に、
十分程の時間が流れた頃、
「ぼくはお風呂に入ってくるから、また後で気が向いた時にでも話してよ」
そう言って、バスルームに向かう
ザーザーと流れるシャワーの音に包まれながら、
鎌倉大迷宮でアタックを仕掛ける冒険者は、大別して二種類に分けられる。
片方は未開領域の踏破と開拓を主とし、より深層を目指す、本当の意味での冒険者。鎌倉外の多くの子供が夢見る冒険者は、主にこの開拓者を指すことが多い。
もう片方は既知領域でのモンスター討伐を生業とし、特定の獲物を狩った際に得られるアイテムや刈り取り部位の納品により金銭を得る、所謂猟師的な冒険者だ。
この、猟師的な冒険者の多くは、自身の身の丈や得手不得手に合った、特定のモンスターを獲物とすることが多く、
「ふぅ……?」
身体を一通り洗い終え、プラスチックのカランをキュッと閉めると、不意に背後でカラリと、浴室の引き戸が開く音が聞こえてきた。
一瞬、首を傾げる
(
そうして浮かんだ、現実的な次の選択肢に、
「え?」
予想外に現れた
そんな関係だった事もあり、二人で大湯屋に行ったことも二度三度ではかったのだが、かと言って、
もし、
が、
湿り気を帯び、額、顔周り共に直線的に切り揃えられた重々しい黒曜の長髪と、対照的に作り物じみた雪原を思わせる純白の肌に彩られた美貌は普段の
体毛と染み一つないのは元からだが、まず、その身体が全体的にほっそりとして、若干ではあるが丸みを帯びている気がした。
次に胸元。別段、まじまじと観察した訳ではないが、男性にしては華奢と言っていい体格だった
そして、何よりも
本来そこにある筈の男の象徴、或いはセックスシンボル。そう、有体に言ってしまえば
「は?」
目の前の事象を消化出来ず、
黒髪と、先天的な狐目や黒白目が特徴的な、美少年にも美少女にも見える、妖しくも儚げな美貌とは裏腹に、毒々しくも濃密な生命力を感じさせるそれは、
実際、二人で湯屋に赴いた際にも、多くの体格に勝る男性客が思わず振り返る中で、
そんな、
確かに、目の前の身体はどう見ても
そこで漸く、先の唐突なメッセージと目の前の光景とが、
「もしかしなくても、さっきのメールの理由って」
「うん……」
確かめる様に問い掛けた
「原因は"
「……」
次いで、
天賦、天稟、天才。数多呼び方のある
学問的に体系化され、起源がはっきりとしており、一定の才がある者であれば、ある程度の同一の効果を見込める魔法とはあらゆる意味で真逆の、"神懸り"は四大元素の併用を軸とする魔法では決して有り得ない現象を引き起こし、また、有用な"神懸り"を持って生まれた者は、あらゆる分野でその力を行使して途轍もない成功や破滅を手に入れているとも言われている。
「どうも、昨日の晩に僕を買った女の客の持つ"神懸り"が、
そう言って、
「始めは珍しく若いおねーさんだったからラッキーって思ってたんだ」
「
「上級の男娼だからね」
「まあ、若い人が僕を買うってなると、やっぱりそれなりに大変だろうし、場合によっちゃ一生に一度の事だから、その分サービスしないとなんて思って、部屋にエスコートしたんだ。そしたら」
「そしたら?」
「背後から」
「どん……か」
確認する
「直ぐに気が付いた娼館の奴等がふん縛って、リンチに掛けながら僕の事を元に戻すように言ったんだけど」
「戻す気はなかった。いや、戻せなかった?」
「後ろの方。正解」
そう言って、
「じゃあ、もう始末はしたんだ」
男娼、娼婦の別なく、娼館で働く人間への危害はご法度だ。特に駆け落ちと肉体への危害は重罪で、
「で、そこまでは分かったんだけど」
と、
「
言葉少に、態々入浴中の浴室に入ってきた
「けじめ……かな」
「けじめ……」
「
(女性向けの男娼窟だもんね)
そう言って、ばつが悪そうに頭を掻く
湊崎には数多くの娼館が存在するが、その主力は矢張りこの街の有力者と金のある冒険者向けの男性向け娼館と、女性向けの男娼窟だ。一応、特殊な部類として男性向けの男娼窟や女性向けの娼館も無いではないが、パイの関係上、かなり客数に限りがあると聞いたことがある。
「僕も男娼がちんちん無くしちゃったら、男娼としてはやっていけないってのは百も承知なんだけどさ。稼がないと食べていけないじゃん?」
「ま、そうだね」
金が無ければ口が干上がるのは職業の別どころか、ダンジョンのモンスターも例外ではない。
「けど、僕の場合、セックスの事しか知らないし、セックスしか出来ないんだよね」
「確か、八つの時に田舎から出てきて男娼になったんだっけ?」
「そうそう」
以前、酒の肴になった話を思い出しながら
「改めて考えると、セックスしたさに自分から男娼になる八歳児って、相当珍しいよね」
「しょーがないじゃん。元々年中エッチな事ばっかり考えていたのに、八歳で精通が来ちゃったんだから」
そう言って、くつくつと笑う
(自他共に認める女顔の美人だから、この性格と性欲でも許されてるところあるけど、これで顔がオークみたいだったら、軽く犯罪……いや、そうなる前に他の冒険者に殺されてるか)
「? どうしたの、おにーさん?」
「ん? そうだね……」
不思議そうに片目を開ける所作も、風貌以上の色香があり、
つらつらと、埒も無い事を考えていた
「今後の身の振り方をぼくに相談するつもりだった……って事で良いのかな?」
「あー、まあ、そうと言えばそうかな」
「繰り返しにもなるけど、こんな身体じゃ男娼は続けられないじゃん?」
「まあ、商売道具が無い訳だしね」
「けど、さっきも言った様に、僕ってセックスしか能がないからさ」
「どっちかって言うと、能が全部セックスに特化しているって感じじゃない?」
酒を飲んでも煙草を吸っても、大体セックスの話しかしない普段の
「脳味噌の代わりに精液が詰まってる身としては、身体を売るのがやっぱり天職ではあると思うんだよね」
「それはそうだろうね」
実際、友人である
そして、そこまで聞いたところで、
「元々のお得意さんは?」
一応、確認のために
「ペニバン使っても、そこらの男娼よりも
「美少年好きの変態婆でも、種無しには用無しってね」と
「まあ、僕も射精出来ないのに、延々と腰を振るなんて寸止めどころか生殺しも良い所だしさ。相手を悶えさせたり失神させるのも、種付けっていうゴールがあってこそでしょ?」
「いや、そこで同意求められても困るんだけど」
「そう?」
「ま、そんな訳で、ベッドの中で散々愛を語り合ったおばーさん達全員から切り捨てられた僕の所に、本当に来てくれたのは、ご想像の通りおにーさんだけだったってわけ」
そう言って、笑った
「で、ここからが本題なんだけど」
そんな事を考えながら、ぼんやりと眺めていると、
「おにーさん、僕の
その黒いルージュが引かれた唇から出てきたのは、半ば予想通りでありながら、
「意外って顔……でもないんだね」
「まあ、途中で少し想像出来たからね」
片目を閉じてふっと表情を緩めた
「そうだね。僕が出来る事って言ったら、やっぱりセックスだけだからさ」
そう言って、少しだけ面映ゆそうに、
「娼婦になろうと思うんだ」
「そう……」
「うん」
「今まではずっと犯す側だったけど、今度からは犯される側になるわけだね」
若干、言葉に迷う
「この顔なら、何処かの娼館が雇ってくれるだろうから、それは良いとしてさ。初めてを誰としようかって思ったんだよね」
「えっと、そうなんだ?」
「うん」
「さっき、稼がないと食べていけないって言ったけど、一応男娼の時に結構荒稼ぎしてたから、当面はお金には困らないんだよね。だから、無理に処女を売りにして当座の小金を稼ぐ必要もなくって」
「態々、娼館のスポンサー様の為に寝ても、僕の懐に入って来るお金なんてたかが知れてるからね」と
「そもそもが男娼だから、身体を売る事に抵抗とかは無いし、売り方は心得があるから、態々味見役にセックスの実地指導を受ける必要も無くって」
一つ一つ理由を確かめる様に、
「けど、自分が好きな事をして稼げた男娼の時と違って、娼婦としておまんこを売るのは楽しめないと思うからさ」
そう言って、
「だから、初めてくらいは気心が知れた相手に貰ってもらおうかなって思ってさ」
そして、ふっと何かを諦めた様に、それでいて何処か縋る様に、
「……」
「それとも、やっぱりおにーさんとしても元男だときついかい?」
「いや、
思わず口を滑らせた
「じゃあ、貰ってくれるって事で良いんだよね?」
「むしろ、ぼくの方が下さいって懇願する立場だと思うんだけど」
「僕がおにーさんに惚れた側だから良いんだよ」
ご感想頂けましたら幸いです。