※この作品はR-18です。

セックスと死人殺しのヴォドゥン   作:ドグラ葉

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壱、屍人斬りの四十九

 粗く荒れた岩の肌を、松明の仄灯りがチロチロと舐め上げる。

 卑小で原始的な人工光が陽光の変わりとして我が物顔に振る舞う地中深く。東京幕府所管・鎌倉大迷宮の裏路の裏路で、土曜星(どようせい)四十九(しずく)はつい今しがた現れた粘つく鉄臭の体液溜まりを、べちゃりと踏み潰しながら、それの滴る錆刀を二度三度と振り抜き、切っ先にまとわり着いた鮮血を手短に払い落とした。

 

「ひっ!?」

 

その、振り払われた鉄錆の雫がぴちょりと落ちた先で、小さな悲鳴が上がった。

 

「……」

 

四十九(しずく)が何気なく視線を向ければ、そこには、頸を失い倒れた徳利の様にどくどくと生臭い血液を溢す死体と、それを前にカタカタと震える甲冑姿の狼人がへたり込んで居た。

 

「あ、あぁ」

 

仄暗い洞窟内に、ガチガチと響く牙の音。恐怖に染まった獣人の両目が、大きく見開かれる中、四十九(しずく)は血溜まりの中心に膝を落として、ジッと狼男の両目を無機質に眺め回した。

 

(瞳孔、異常なし。角膜、異常なし。結膜、異常なし。内外眼角……は)

 

中心の瞳孔から始まり、外縁へと順に部位を確かめる。そして、四十九(しずく)の視線が内外の眼角に移り掛けたその時、不意に狼の獣人の口から、「ヴ、ア……」という、くぐもった声がごぽりと漏れ出たのだった。

 

「ん」

 

直後、四十九(しずく)の袂が鈍く光る。一瞬の後にその姿があったのは、件の狼男の背後一間の距離だった。

 

「……」

 

 その右手には、抜身の匕首が一振り。その刀身にべったりと付いた真新しい鮮血を再び面倒臭げに振るい捨てるその後ろで、瞠目した狼男の生首がぼちゃりと音を立てて、仲間のそれと同じく、地中の地に落ちたのだった。

 

―ヴーン、ヴーン―

 

と、不意に静寂に満ちた洞穴に、振動音が低く響いた。

 短刀を納めた四十九(しずく)が、同じく袂から白い通信端末を取り出す。ぼやっと光る画面には『月天くん』の文字が浮かんでいた。

 端末のメッセージ画面を開くと、短く「十字館(じゅうじかん)に来て」の文字。一瞬首を傾げた四十九(しずく)だったが、

 

(ま、丁度いっか)

 

丁度、今日の仕事が終わったのもあり、後始末をして引き上げがてら、月天(げってん)の勤める男娼窟、十字館(じゅうじかん)への道を思い浮かべたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 四十九(しずく)が洞穴を抜けてダンジョンから出ると、外は盆を返した様な土砂降りに見舞われていた。幸い、四十九(しずく)は返り血除けの為にオークの脂を染み込ませた羽織を纏っていた事もあり、襷を解いてフードを被ったが、道行く人の中には安傘が雨脚に耐え切れなかったのか、骨がひしゃげたそれを放り出して、這う這うの体で逃げ出す者達が少なからず目についた。

 そんな、道行く人々が交叉する大通りをすり抜けながら、四十九(しずく)はその爪先を歓楽街の方へと向けたのだった。

 

 

 

 

 月天(げってん)が勤める男娼窟・十字館(じゅうじかん)は、鎌倉の歓楽街の中でも一級の娼館が立ち並ぶ湊崎に居を構える、女性客専用の高級男娼館だ。その太客は鎌倉の豪商から名士、果ては一級の女冒険者に限られていた。

 そんな、深夜まで喧騒と色香に満ち満ちた煌びやかな街並みだが、流石にこの豪雨の中では人の姿も疎らで、人入りが悪かった店は早々に店を閉じていた。

 そんな、常に比べればやや閑散とした印象の石畳の上で、四十九(しずく)の足が十字館(じゅうじかん)の姿が見える路地に差し掛かった頃、不意に滑舌の悪いドラ声が雨粒の間を縫って届いて来たのだった。

 

「お、何だよ、こんな時に外に出て。あれか? 客が取れなくて、追い出されたのか?」

 

「ん?」

 

若干呂律がおかしいその声に、四十九(しずく)がフードを少し持ち上げると、少し先の娼館の入り口の前で、二、三人の鎧姿の男達が何かを取り囲むようにして、くだを巻いていた。

 どうやら、その冒険者達は既に大分出来上がっているらしく、人通りがないとはいえ、明らかにこんな時間にするようなトーンではないそれで喚き散らしている。

 

「……っせぇよ」

 

そんな、男達のげらげら笑いの中で、不意にキンッとした高い声が漏れ出て来た。その声に、四十九(しずく)は僅かに眉をひそめた。常ならば、聞き流してさっさと立ち去るのだが、聞こえてきたその声が、明らかに聞き覚えのある、それだったからだ。

 甲冑姿三体。その中心にチラリと見えたのは、ぐっしょりと雨に濡れた燕尾服と、同じく雨に濡れてなお艶を放つ黒い長髪。どちらも、四十九(しずく)が会いに向かっていた男娼の装いそのものだった。そして、その知人の声も又、目の前の冒険者達のそれと同じ様に、決して浅くない酒気を帯びているのが聞いて取れた。

 

「お、何だ、怒った顔も可愛いじゃん」

 

一方の冒険者達はといえば、その甲高い威嚇にも怯む様子は見えない。

 日々、鎌倉大迷宮でオークやバフォメットと相対しているであろう彼らからすれば、こんな可愛らしい反抗は、単なる媚態か、せいぜいがこれからのお楽しみ(・・・・)のスパイスにしか映らないだろう。

 

「そんなに怒るなよ。ちゃんと俺達が買ってやるからさ」

 

 男達は小型犬をあやすような口振りになりながらも、いよいよ気が昂ったのか、それぞれに顔を見合せ、頷きあう。その、三対の目には独り違わず、濃い獣欲が浮かんでいた。

 そして、男達の一人がポケットから数枚の金貨を取り出して、癖一つ無い長髪の上から、それを振り掛ける様にして、落としたのだった。

 

「拾えよ。前金出してやるからさ」

 

じゃらじゃらと、雨粒と共に金貨に打たれた燕尾服の美貌に向けて、リーダーらしき男が口角を吊り上げる。

 多少、先のドラ声よりは柔らかな音だったが、その視線にはねばつく優越感と、強い嗜虐心が見てとれた。

 

「その代わり、簡単に壊れないでくれよ? 何せ、最近じゃランクアップしたせいか、俺達全員回ってこねー事が増えちまって、困ってんだ」

 

そんな、リーダーの言葉に追従するように、一番体格の良い短髪の男が言うと、他二人が「ちげーねー」と下品な声を上げたのだった。

 

「っ!!」

 

そんな、三人の男達の嘲笑混じりのノイズを前に、とうとう堪りかねた様子で、取り囲まれていた燕尾服が立ち上がる。キッと頤(おとがい)を持ち上げて、周囲を睨み付けるその風貌は、雨に打たれてなお美しく、染みどころか、色素そのものを置き忘れたかの様な白い肌は、右手のワインボトルから臭う強いアルコールによってか、僅かに朱を帯び、芸術品のようなそれに、一種の肉感的な実体を与えていた。

 品の良さを感じさせる薄めの唇には黒いルージュが引かれ、それが移った紙巻き煙草が、雨ざらしとなり、漂う紫煙を引きちぎられていた。

 きりりと持ち上げられた柳眉に引っ張られて開く、切れ長の両眼は、通常の人間ならば白いところが黒く、逆に黒いはずの虹彩が一切の色を持っていなかった。

 その風貌に、三人組は初めて若干の驚きを見せた。そんな男達に畳み掛けるように、小柄な燕尾服の彼(・)は怒声を上げた。

 

「僕はっ! 男だ!!」

 

その言葉に、男達が一瞬硬直する。ほんの一瞬前まで娼婦として扱っていた彼女(・・)が、彼女(・・)ではなく彼(・)だという事に、流石に驚いたらしかった。

 はあっはあっと、荒く小さな肩を揺らす燕尾服の男娼が、ギリッと歯を食い縛る。再び向けられた威嚇。

 が、二秒三秒と経ち、再び顔を見合せた男達がニヤッと小柄な男娼に笑みを向けた。

 

「それなら安心してくれ、こいつは元々可愛けりゃ両方いけるし……」

 

そう言って、リーダーが先に金貨をぶちまけた男を指差し、

 

「俺達も、その顔なら全然いけそうだしな」

 

と、短髪の男と頷きあう。

 

「だからよ……そろそろ何処か入ろうぜ?」

 

そう言って、リーダーの男が燕尾服の男娼の細肩に手を伸ばした。

 

「っ!?」

 

小さな肩を力任せに掴まれた男娼が、苦痛に顔を歪める。その表情にすら、零れる色気に、いよいよ男達の理性が、最後の歯止めを失っていく。そして、

 

「「「あ?」」」

 

欲望のままに進む三匹の獣が、突如その動きを止めた。否、正確には止められた(・・・・・)のだった。

 初めに気付いたのは、男娼に手を伸ばしたリーダー格の男だった。全身をぐっしょりと濡らし、妙な色気を感じさせるその矮躯に伸ばした右手から、微かに疼く様な違和感が伝わって来たのだった。そして、間髪入れず、両隣の仲間の目が、何故か大きく見開かれる。一瞬、そちらに気を取られたリーダーだったが、その両目は直ぐに両隣の仲間同様に円に向かう。

 小さな男娼。その肩に置かれた筋肉質の浅黒い手が、溜まった豪雨が潺を作る石畳の上へと、重力に惹かれるまま、ボチャリと音を立てて墜落したのだった。

 

「「「は? あ?」」」

 

「ごめん、待った?」

 

一瞬、その光景が呑み込めなくなる男達。そんな男達を尻目に、四十九(しずく)が先のメッセージの主、目の前の男娼の前に顔を出す。

 

「おにーさん……」

 

見慣れた友人(四十九)の姿を認めたためか、燕尾服の男娼、月天(げってん)の表情が解れ、先の威嚇する様な色がすっと剥がれ落ちる。

 

「大丈夫?」

 

四十九(しずく)の姿を認め、安堵の表情を見せる月天(げってん)に、そう尋ねると、月天(げってん)は「あ、うん……」と頷く。

 

「?」

 

その声に、僅かな逡巡の色を感じた四十九(しずく)は少し首を傾げたが、特に言及する事もなく、「それで、どうかしたの?」と単刀直入に本題に入ろうとする。その間にも、血刀をささげた四十九(しずく)の左腕は休むことなく煌き、一人、二人と月天(げってん)に絡んでいた冒険者の頸を斬り落としていく。

 

「ひ、ひぃぃ!?」

 

そして、自分が最後の一人になった事で漸く今の状況を理解した右腕の無いリーダーが、事ここに至って振り絞る様な悲鳴を上げた。

 

「な、何なんだ!? 何で!? 何っ」

 

しかし、それが最後だった。続いた言葉は既に混乱の渦中から抜け出す余裕も無く、対する四十九(しずく)はその手を止める理由も特に持ち合わせていなかった。

 

「……」

 

リーダーらしかった男の頸が堕ち、都合三つの首無し死体が出来上がったのを確かめて、四十九(しずく)が安物の刀を納刀する。流石に、突然の事に驚いた様子の月天(げってん)だったが、胸ポケットから取り出した紙煙草を咥えた頃には、既に気にも留めていない様子だった。

 実際、この鎌倉では冒険者の命は羽よりも軽い。それは歓楽街である湊崎でも例外ではなく、翌朝には下働きの娼婦によって、奇麗に処理をされて終わりだろう。それよりも、

 

「来て早々なんだけど、先にぼくの宿とか決めて良い? 今、ダンジョンから出てきたばっかりで、食事もまだなんだ」

 

「ぁ、悪い……」

 

「んーん」

 

湿気た煙草にライターで火を点けようと四苦八苦していた月天(げってん)が、四十九(しずく)の言葉に申し訳なさそうに頭を掻くのに、四十九(しずく)は首を横に振りながら、「月天(げってん)はどうするの?」と視線を向ける。

 その視線を受けた月天(げってん)は「あー……」と、一瞬迷う様な表情を浮かべ、少し躊躇いがちに「僕も付いて行って良いかい?」と尋ねてきた。

 

「?」

 

その珍しい、月天(げってん)の言葉に、四十九(しずく)は僅かに首を傾げる。自身が籍を置く男娼窟でも一二を争う人気男娼の月天(げってん)が、悪天候とはいえ夜(・)の時間を丸々休むのはかなり珍しい事だった。

 

「別に良いけど」

 

とはいえ、普段ならば男娼館の一等室で、客の女性を喘がせている筈の友人が、こうして外で雨に打たれている事がそもそも珍しいといえば珍しい。話の続きもあるかと考えた四十九(しずく)は、特に断る事もなく首を縦に振るのだった。

 

「じゃ、行こっか、月天(げってん)くん」

 

「ん」

 

「……月天(げってん)くん?」

 

言葉少なに、四十九(しずく)が促すと、漸く点いた煙草の紫煙を美味そうに肺に取り込みながら、月天(げってん)はこくりと頷いた。が、そこで、月天(げってん)がふと足を止める。訝りながら振り向いた四十九(しずく)に、月天(げってん)が薄っすらと右目を開いて、常人と白黒が真逆のそれを見せながら、悪戯っぽい微笑を浮かべた。

 

「おにーさん」

 

「ん?」

 

「今日はもうオフだぜ」

 

そう言って、ぴこぴこと煙が棚引くシガレットを揺らした月天(げってん)に、その言葉の意味を正確に理解した四十九(しずく)が軽く肩を竦める。

 

「行くよ。十々丸(ととまる)くん」

 

そして、月天(げってん)に向けて名前を(・・・)呼ぶと、ふっと表情を緩めた月天(げってん)という名の男娼は、漸く四十九(しずく)が知る、何時もの調子の飲み仲間十々丸(ととまる)の顔になって微笑を浮かべたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 結局その後、四十九(しずく)と月天(げってん)改め十々丸(ととまる)が取ったのは湊崎の入り口近くにある、やや設えの良い連れ込み宿だった。

 既に、多くの宿が受付を止めてしまっていたため、無人受付のそこを選んだのだったが、幸いなことに食事も自動で注文出来るシステムだった事もあり、濡れた衣服を乾かしながら、二人は解凍済みの安い冷凍食品で腹ごしらえを済ませたのだった。

 

「飲む?」

 

「ん」

 

そして、同じく後払いの冷蔵庫から、四十九(しずく)が安物のワインボトルを二本取り出して差し出すと、小さく頷いた十々丸(ととまる)が身長の割に長い細腕を差し出してきた。

 二つ同じ銘柄の片割れを投げ渡すと、自分の分のボトルのコルクに噛みついて引き抜く。ポンと音を立てて抜けたそれを部屋の端の屑籠に吐き捨てて瓶に口を付けると、栓抜きを使わずに苦も無く開栓した四十九(しずく)を前に、ベッドの上の十々丸(ととまる)がワインのボトルに四苦八苦していた。

 

「代わろうか?」

 

「お願い……」

 

そう言って、投げ返されたボトルから、再びコルクを噛み抜くと胡坐をかいた十々丸(ととまる)が「ありがと」と呟いた。

 ルージュと同じく、黒い色のマニキュアが引かれた人差し指と中指で、煙草から一度口を離した十々丸(ととまる)は、代わりに四十九(しずく)が手渡した瓶に口を付ける。

 

「ふぅ……」

 

食事とアルコールで身体が温まったのか、十々丸(ととまる)は何処か落ち着きを取り戻した様子で、溜息を吐いたのだった。

 

「で?」

 

そんな、十々丸(ととまる)の姿を眺めながら、同じく喉を潤した四十九(しずく)が首を傾ける。今日の土砂降りの中、塒(ねぐら)にしている宿ではなく、遊郭街に足を向けたのは、元々十々丸(ととまる)に呼ばれたからだった。

 四十九(しずく)がそう言って水を向けると、十々丸(ととまる)は僅かに動揺した様に、ピクリと右の瞼を持ち上げた。

 

「十々丸(ととまる)くん?」

 

その反応に、四十九(しずく)が僅かに目を細める。が、それ以上特に何かを言う事もなく、無言の時間だけがつらつらと流れ去っていった。

 十分程の時間が流れた頃、四十九(しずく)が空になったワインのボトルをコルク栓と同じく屑籠に投げ捨てる。行儀は悪いが、無人宿で片付けるのは、どうせロボットだ。

 

「ぼくはお風呂に入ってくるから、また後で気が向いた時にでも話してよ」

 

そう言って、バスルームに向かう四十九(しずく)。その背後から「あ……」という、何処か心細気な声が漏れ出て、そのまま虚空へと消えたのだった。

 

 

 

 

 ザーザーと流れるシャワーの音に包まれながら、四十九(しずく)は今日のあがり(・・・)を反芻するように、目を閉じた。温かい湯を頭から浴びると、ダンジョンで染み付いた腐臭が綺麗に拭い落とされていく気がした。

 鎌倉大迷宮でアタックを仕掛ける冒険者は、大別して二種類に分けられる。

 片方は未開領域の踏破と開拓を主とし、より深層を目指す、本当の意味での冒険者。鎌倉外の多くの子供が夢見る冒険者は、主にこの開拓者を指すことが多い。

 もう片方は既知領域でのモンスター討伐を生業とし、特定の獲物を狩った際に得られるアイテムや刈り取り部位の納品により金銭を得る、所謂猟師的な冒険者だ。

 四十九(しずく)も大別すれば、この猟師に分類される。

 この、猟師的な冒険者の多くは、自身の身の丈や得手不得手に合った、特定のモンスターを獲物とすることが多く、四十九(しずく)の専門はゾンビ。腐肉にまみれた生物の成れの果てで、それ故に仕事を終えた四十九(しずく)の体からは、べっとりとこびりついた腐臭が、白いシャボンに浄められるまで、まとわりついて離れないのが常だった。

 

「ふぅ……?」

 

 身体を一通り洗い終え、プラスチックのカランをキュッと閉めると、不意に背後でカラリと、浴室の引き戸が開く音が聞こえてきた。

 一瞬、首を傾げる四十九(しずく)普通に考えれば、入ってくる可能性があるのはベッドに居た十々丸(ととまる)だったが、女好きが高じて男娼にまでなった友人が、男(四十九)の居る浴室に入ってくる可能性は皆無と直ぐに可能性から除外する。

 

(十々丸(ととまる)くんがデリ(・・)でも呼んだかな?)

 

そうして浮かんだ、現実的な次の選択肢に、客(十々丸)はベッドの方だと伝えようと振り返った四十九(しずく)。が、そんな四十九(しずく)の予想とは裏腹に、そこに佇んでいたのは夜化粧をした娼婦などではなく、何故か胸元を細腕で隠して所在なさげにする飲み仲間(十々丸)の姿であった。

 

「え?」

 

 予想外に現れた友人(十々丸)の姿に、四十九(しずく)は珍しく困惑の声を漏らした。

 四十九(しずく)と十々丸(ととまる)の付き合いは、この打算や裏切りが当たり前の街(鎌倉)にしては長く、そして深い。実際、行きつけのバーが同じだっただけの関係が顔見知りで終わらず、互いの塒を行き来するまでに至っているあたり、両者ともに田舎から出てきたにしては相当に珍しい関係だろう。それには、四十九(しずく)も十々丸(ととまる)も、それぞれ一端の冒険者と男娼としてやっていけるだけのしぶとさと才覚があったのは無関係ではないだろう。

 そんな関係だった事もあり、二人で大湯屋に行ったことも二度三度ではかったのだが、かと言って、そういう趣味の(・・・・・・・)客向けに多少のスペースは取られているとはいえ、流石に連れ込み宿の様な家族風呂程度の浴室を共にする様な関係ではない。

 もし、四十九(しずく)が女であれば、筋金入りの女好きで性豪の十々丸(ととまる)が多少の美醜や年齢を気にせず飛び込んでくる可能性もあったかもしれないが、生憎と四十九(しずく)は冒険者にしても、かなり体格の良い成人男性だった。

 が、四十九(しずく)の困惑の根源はそんな事(・・・・)ではなかった。

 湿り気を帯び、額、顔周り共に直線的に切り揃えられた重々しい黒曜の長髪と、対照的に作り物じみた雪原を思わせる純白の肌に彩られた美貌は普段の十々丸(人気男娼)そのものだった。しかし、その首から下が四十九(しずく)の記憶と全く別のそれだった。

 体毛と染み一つないのは元からだが、まず、その身体が全体的にほっそりとして、若干ではあるが丸みを帯びている気がした。

 十々丸(ととまる)は中性的な美貌で売る男娼とはいえ、性別はまごう事無き男であり、容姿は兎も角、裸になればその性別を間違う様な体格はしていない。

 次に胸元。別段、まじまじと観察した訳ではないが、男性にしては華奢と言っていい体格だった十々丸(ととまる)の胸板は薄く、肌も薄めなためか、うっすらと肋が浮く体型をしていた筈が、肋周りはそのままに、胸板がほんの少しだけ厚みを持っている様に見えた。

 そして、何よりも四十九(しずく)を困惑させたのは、スッと縦に筋の通った腹の下、ほっそりとした両足の付け根。

 本来そこにある筈の男の象徴、或いはセックスシンボル。そう、有体に言ってしまえば十々丸(ととまる)の男根が奇麗さっぱり、消えてなくなってしまっていたのだった。

 

「は?」

 

 目の前の事象を消化出来ず、四十九(しずく)は思わず困惑の音を繰り返す。

 四十九(しずく)が知る男娼十々丸(ととまる)は自他共に認める女好きで、誰もが知る性豪だ。その最大の象徴が、風俗街である湊崎にあって尚、馬並と名高く、女性と見れば美醜や老若すら踏み越えて、忽ちの内にガチガチに勃起して脈動を始める、巨大な男性器だった。

 黒髪と、先天的な狐目や黒白目が特徴的な、美少年にも美少女にも見える、妖しくも儚げな美貌とは裏腹に、毒々しくも濃密な生命力を感じさせるそれは、十々丸(ととまる)にとっては容姿と同じか、或いはそれ以上に大切な商売道具であると同時に、自身の名声の源でもあり、何よりも自慢の一物だったはずだ。

 実際、二人で湯屋に赴いた際にも、多くの体格に勝る男性客が思わず振り返る中で、十々丸(ととまる)は何処か得意げに、自分のペニスをゆっさゆっさと揺らしていた。

 そんな、十々丸(ととまる)の分身とも言える男性器が無い。その事実を何とか飲み込んだ四十九(しずく)の脳は真っ先に目の前の美少女が、実は偽者なのではないかという疑念の信号を発した。が、その懸念を四十九(しずく)は即座に打ち消す。

 確かに、目の前の身体はどう見ても十々丸(ととまる)のものではない。しかし、先のやり取りを振り返れば、間違っても目の前の誰か(・・)は四十九(しずく)が知る十々丸(ととまる)以外有り得なかった。

 そこで漸く、先の唐突なメッセージと目の前の光景とが、四十九(しずく)の頭の中で結びついた。

 

「もしかしなくても、さっきのメールの理由って」

 

「うん……」

 

確かめる様に問い掛けた四十九(しずく)に、十々丸(ととまる)が俯いたまま、首を縦にこくりと揺らす。どうやら、そういう事らしかった。

 

「原因は"神懸り(・・・)"?」

 

「……」

 

 次いで、四十九(しずく)が口にした言葉に、十々丸(ととまる)は苦り切った表情でもう一度首肯を繰り返す。

 天賦、天稟、天才。数多呼び方のあるそれ("神懸り")は、何時の頃からか世に現れ、人々の生活に溶け込む力を指している。

 学問的に体系化され、起源がはっきりとしており、一定の才がある者であれば、ある程度の同一の効果を見込める魔法とはあらゆる意味で真逆の、"神懸り"は四大元素の併用を軸とする魔法では決して有り得ない現象を引き起こし、また、有用な"神懸り"を持って生まれた者は、あらゆる分野でその力を行使して途轍もない成功や破滅を手に入れているとも言われている。

 

「どうも、昨日の晩に僕を買った女の客の持つ"神懸り"が、これ(・・)だったらしいんだ……」

 

そう言って、十々丸(ととまる)がちょいちょいと無毛の割れ目を指差す。

 

「始めは珍しく若いおねーさんだったからラッキーって思ってたんだ」

 

「十々丸(ととまる)くんのお客さんって、お婆さんが多いもんね」

 

「上級の男娼だからね」

 

四十九(しずく)の言葉に、十々丸(ととまる)が自嘲するように肩を竦める。

 

「まあ、若い人が僕を買うってなると、やっぱりそれなりに大変だろうし、場合によっちゃ一生に一度の事だから、その分サービスしないとなんて思って、部屋にエスコートしたんだ。そしたら」

 

「そしたら?」

 

「背後から」

 

「どん……か」

 

確認する四十九(しずく)に、十々丸(ととまる)は苦り切った表情で頷いた。

 

「直ぐに気が付いた娼館の奴等がふん縛って、リンチに掛けながら僕の事を元に戻すように言ったんだけど」

 

「戻す気はなかった。いや、戻せなかった?」

 

「後ろの方。正解」

 

そう言って、十々丸(ととまる)がゆらゆらと首を横に振る。緩慢な動作に揺られた十々丸(ととまる)のぬばたまの髪から四十九(しずく)が零れ落ち、バスルームに満ちた熱い湯に溶けて消えた。

 

「じゃあ、もう始末はしたんだ」

 

四十九(しずく)の問いに、十々丸(ととまる)は「まあね」と頷く。

 男娼、娼婦の別なく、娼館で働く人間への危害はご法度だ。特に駆け落ちと肉体への危害は重罪で、四十九(しずく)の始末(・・)という言葉も、それを指している。恐らく、件の女は既にこの世には居ないだろう。

 

「で、そこまでは分かったんだけど」

 

と、四十九(しずく)が首を傾げる。

 

「何で(・・)?」

 

言葉少に、態々入浴中の浴室に入ってきた理由(わけ)を問う四十九(しずく)に、十々丸(ととまる)が少し悩む様に俯く。そして、何か踏ん切りをつけた様に顔を上げて、スッと閉じられた切れ長の狐目を開いた。

 

「けじめ……かな」

 

「けじめ……」

 

十々丸(ととまる)の口にした言葉に、四十九(しずく)は「はて?」と首を傾げる。

 

「商売道具(ちんちん)が無くなって、十字館(じゅうじかん)からは暇を出されちゃってさ」

 

(女性向けの男娼窟だもんね)

 

そう言って、ばつが悪そうに頭を掻く十々丸(ととまる)の言葉に、四十九(しずく)は内心で納得する。

 湊崎には数多くの娼館が存在するが、その主力は矢張りこの街の有力者と金のある冒険者向けの男性向け娼館と、女性向けの男娼窟だ。一応、特殊な部類として男性向けの男娼窟や女性向けの娼館も無いではないが、パイの関係上、かなり客数に限りがあると聞いたことがある。

 

「僕も男娼がちんちん無くしちゃったら、男娼としてはやっていけないってのは百も承知なんだけどさ。稼がないと食べていけないじゃん?」

 

「ま、そうだね」

 

金が無ければ口が干上がるのは職業の別どころか、ダンジョンのモンスターも例外ではない。

 

「けど、僕の場合、セックスの事しか知らないし、セックスしか出来ないんだよね」

 

「確か、八つの時に田舎から出てきて男娼になったんだっけ?」

 

「そうそう」

 

以前、酒の肴になった話を思い出しながら四十九(しずく)が呟くと、十々丸(ととまる)がこくこくと頷く。

 

「改めて考えると、セックスしたさに自分から男娼になる八歳児って、相当珍しいよね」

 

「しょーがないじゃん。元々年中エッチな事ばっかり考えていたのに、八歳で精通が来ちゃったんだから」

 

そう言って、くつくつと笑う十々丸(ととまる)。その表情に、普段だったらもう、自分の妄想で勃起してそうだなと、四十九(しずく)は埒も無い事を考えた。

 

(自他共に認める女顔の美人だから、この性格と性欲でも許されてるところあるけど、これで顔がオークみたいだったら、軽く犯罪……いや、そうなる前に他の冒険者に殺されてるか)

 

「? どうしたの、おにーさん?」

 

「ん? そうだね……」

 

不思議そうに片目を開ける所作も、風貌以上の色香があり、十々丸(ととまる)が男娼窟で上位を走る理由がよく分かる気がした。或いは、こんな性欲と性癖を持っているが故に、効率よくそれを満たせる美貌へと進化したのかもしれない。

 つらつらと、埒も無い事を考えていた四十九(しずく)だが、小首を傾げる十々丸(ととまる)に、「それで」と問い掛ける。

 

「今後の身の振り方をぼくに相談するつもりだった……って事で良いのかな?」

 

「あー、まあ、そうと言えばそうかな」

 

四十九(しずく)の確認に、十々丸(ととまる)は何処か曖昧に頬を掻いた。その歯切れの悪さに、四十九(しずく)は内心でもう一度首を傾げた。

 

「繰り返しにもなるけど、こんな身体じゃ男娼は続けられないじゃん?」

 

「まあ、商売道具が無い訳だしね」

 

「けど、さっきも言った様に、僕ってセックスしか能がないからさ」

 

「どっちかって言うと、能が全部セックスに特化しているって感じじゃない?」

 

酒を飲んでも煙草を吸っても、大体セックスの話しかしない普段の十々丸(ととまる)を思い浮かべて、四十九(しずく)が言うと、十々丸(ととまる)は「かもね」と楽し気に頷いた。

 

「脳味噌の代わりに精液が詰まってる身としては、身体を売るのがやっぱり天職ではあると思うんだよね」

 

「それはそうだろうね」

 

十々丸(ととまる)の言葉に、四十九(しずく)は同意を返す。

 実際、友人である四十九(しずく)から見ても、売春以外を仕事にしている姿が想像できない程度には、十々丸(ととまる)のセックスへの貪欲さと精力は四十九(しずく)が知る限りでも隔絶している気がした。

 そして、そこまで聞いたところで、四十九(しずく)は朧気ながら、十々丸(ととまる)が何を考えてるかを察した。

 

「元々のお得意さんは?」

 

一応、確認のために十々丸(ととまる)に尋ねるが、十々丸(ととまる)は「ちんちん無くしちゃった時点で切られちゃったよ」と皮肉気に笑った。

 

「ペニバン使っても、そこらの男娼よりも良く(・・)出来る自信はあるけど、如何せんザーメンが出ないからね」

 

「美少年好きの変態婆でも、種無しには用無しってね」と十々丸(ととまる)は肩を竦める。

 

「まあ、僕も射精出来ないのに、延々と腰を振るなんて寸止めどころか生殺しも良い所だしさ。相手を悶えさせたり失神させるのも、種付けっていうゴールがあってこそでしょ?」

 

「いや、そこで同意求められても困るんだけど」

 

「そう?」

 

四十九(しずく)の言葉に、十々丸(ととまる)はけらけらと笑った。

 

「ま、そんな訳で、ベッドの中で散々愛を語り合ったおばーさん達全員から切り捨てられた僕の所に、本当に来てくれたのは、ご想像の通りおにーさんだけだったってわけ」

 

そう言って、笑った十々丸(ととまる)の顔は、四十九(しずく)には笑いながらも泣いている様に見えた。

 

「で、ここからが本題なんだけど」

 

 そんな事を考えながら、ぼんやりと眺めていると、十々丸(ととまる)がスッと両目を開いて身を乗り出してきた。

 

 

 

「おにーさん、僕の初めて(・・・)貰ってくれない?

 

 

 

その黒いルージュが引かれた唇から出てきたのは、半ば予想通りでありながら、四十九(しずく)が良く知る十々丸(ととまる)の口からは決して出る筈の無い言葉だった。

 

「意外って顔……でもないんだね」

 

「まあ、途中で少し想像出来たからね」

 

片目を閉じてふっと表情を緩めた十々丸(ととまる)に、四十九(しずく)は頷く。そんな四十九(しずく)の言葉に、十々丸(ととまる)はうんと頷いた。

 

「そうだね。僕が出来る事って言ったら、やっぱりセックスだけだからさ」

 

そう言って、少しだけ面映ゆそうに、十々丸(ととまる)は頬を掻いた。

 

「娼婦になろうと思うんだ」

 

「そう……」

 

「うん」

 

四十九(しずく)の曖昧な反応に、十々丸(ととまる)は不思議な程素直に頷いた。

 

 

「今まではずっと犯す側だったけど、今度からは犯される側になるわけだね」

 

若干、言葉に迷う四十九(しずく)に気付いているのかいないのか、十々丸(ととまる)は実にあっけらかんとした風に「で、物は相談なんだけど」と続ける。

 

「この顔なら、何処かの娼館が雇ってくれるだろうから、それは良いとしてさ。初めてを誰としようかって思ったんだよね」

 

「えっと、そうなんだ?」

 

「うん」

 

十々丸(ととまる)が、そう言って頷く。

 

「さっき、稼がないと食べていけないって言ったけど、一応男娼の時に結構荒稼ぎしてたから、当面はお金には困らないんだよね。だから、無理に処女を売りにして当座の小金を稼ぐ必要もなくって」

 

「態々、娼館のスポンサー様の為に寝ても、僕の懐に入って来るお金なんてたかが知れてるからね」と十々丸(ととまる)は何でもない事の様に娼館街の内々の話を暴露する。

 

「そもそもが男娼だから、身体を売る事に抵抗とかは無いし、売り方は心得があるから、態々味見役にセックスの実地指導を受ける必要も無くって」

 

一つ一つ理由を確かめる様に、十々丸(ととまる)は呟く。

 

「けど、自分が好きな事をして稼げた男娼の時と違って、娼婦としておまんこを売るのは楽しめないと思うからさ」

 

そう言って、十々丸(ととまる)は四十九(しずく)へと向き直る。

 

「だから、初めてくらいは気心が知れた相手に貰ってもらおうかなって思ってさ」

 

そして、ふっと何かを諦めた様に、それでいて何処か縋る様に、十々丸(ととまる)は小さく微笑を浮かべたのだった。

 

「……」

 

「それとも、やっぱりおにーさんとしても元男だときついかい?」

 

「いや、十々丸(ととまる)くんの場合、そんな抵抗感が生まれるような顔してないと思うけど」

 

思わず口を滑らせた四十九(しずく)のそれに、十々丸(ととまる)は「湊崎一の美少年男娼で売ってたからね」とけらけら笑ったのだった。

 

「じゃあ、貰ってくれるって事で良いんだよね?」

 

「むしろ、ぼくの方が下さいって懇願する立場だと思うんだけど」

 

「僕がおにーさんに惚れた側だから良いんだよ」

 

四十九(しずく)の言葉に、十々丸(ととまる)がおどけた様子でしなを作る。そして、緊張が解れたのか、胸ポケットの煙草を取る所作をして、自分が裸であることを思い出し、少しだけ恥ずかしそうに頭を掻いたのだった。

 

 

 

 

 




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