愛の伝道師は愛を独占したい? 作:若杉優太(テト/teto)
「ふふ……バレンタインとは良いものですね!」
上機嫌な様子でカルデアの廊下をスキップするように歩くのは、紅色の学生制服を身に纏う女性――カレン・C・オルテンシアだ。
そんな上機嫌な彼女は、胸元にラッピングされたハート型の小包を抱きしめるようにして持っていた。
「(皆さん、マスターに渡す方が多いようですが、私は違います……!)」
頬を緩ませながら、カレンはチョコを渡す相手を思い浮かべる。
全身に施された刺青と頭巻かれた赤いスカーフが特徴的な男――アンリマユ。
つい先日、そんな彼とカレンは成り行きで身体を重ね、そして”恋人”の関係へと発展した。
「(最近は中々会えませんでしたからね……だから、せめてチョコぐらいは渡しておかないと……)」
普段はマスターに対しても英霊に対しても、毒舌を崩さず冷笑を向けるカレンだが、アンリマユと共に居る時は少女のような純粋な気持ちを表情に出すのだ。
実際、今のカレンは別人かと疑ってしまう程に楽しそうな笑顔を浮かべている。
すっかりアンリマユに恋してしまった愛の伝道師――カレン。
そんな彼女は胸をときめかせながら、愛する人が居るであろう食堂へと急ぐのであった。
もう一人の恋のライバルが居るとも知らずに……
ノウムカルデア、食堂――厨房にて。
「ふぅ……ようやく出来ました……!」
額から出た汗を拭い、スーツの上からエプロンをするという奇妙な格好をしている麗人は、マナナン・マク・リール改め――バゼット・フラガ・マクレミッツだ。
彼女が顔を綻ばせて見つめる先には、四角い形を持ったチョコが複数あった。
「失礼――制作の方は順調か……?」
厨房のドアが開いたと同時に、心配そうな様子なエミヤがバセットの元へと駆け付ける。
だが、まな板に置かれたチョコを見てエミヤはすぐに表情をほっとさせた。
「良かった……私がしっかりと制作手順のメモを置いたのは正解だったようだな」
「すいません、エミヤ……貴方に要らぬ苦労をさせてしまいました……」
「いや、別に気にするな。君の様に律義に教えを乞われては断れないさ……」
とりあえずチョコが出来上がったことに安堵するエミヤに、バゼットは土下座でもしたい気分だ。
バレンタインということなので、バゼットはマナナンにも諭されチョコ作りに挑戦したが、元々全くと言っていい程に食や料理に関心が無いというにも関わらず、一からチョコを作ろうとした結果……当然失敗の連続だった。
チョコの温め時間を間違えチョコ全てを黒焦げにしたり、入れる生クリームの量を間違え台無しにし、挙句の果てには溶かしたチョコに唐辛子を入れ始める……等々と見るに堪えない地獄絵図が厨房で展開された。
結局、それを見かねたエミヤに調理方法を付き切りで指南してもらったことで何とか完成に漕ぎ着けたのだ。
「ところで、君は誰に渡すつもりでチョコを作ったんだ?」
「え……ッ!?べ、別に渡すとかは考えてないんですが……」
特に深い意味もなくエミヤに聞かれた質問に思わずバゼットは声を上擦らせてしまう。
単に好奇心とマナナンに言われるがままに作っただけのチョコ……でも、誰に渡すかと考えると何故か恥ずかしい気持ちになってくる。
「私が料理を教えるとなると途中で投げ出す英霊も居るんだが、君は今まで教えてきた英霊の中でも一番熱心に取り組んでいたからな……私はてっきり渡す相手を決めているとばかり思っていたよ……」
そう語るエミヤの柔らかな表情を見るに、中々バゼットというのは教え甲斐があったらしい。
「まぁ、別に必ずしも人に渡さないといけない訳じゃないからな……後は君が好きにするといい」
「あ、はい……!ありがとうございました!」
厨房から出ていくエミヤの後ろ姿に対し頭を下げ、バゼットは改めて感謝の言葉を伝えるのであった。
「しかし、どうしましょうか……?このチョコ……」
厨房から出たバゼットは食堂のテーブルに腰掛け、机に置いたチョコとにらめっこしていた。
「誰か渡す相手が居る訳でもないですし、かと言って自分で食べてしまうのも……」
一応、バゼットは渡す時のことを考えてラッピングをしておいたが、いくら考えても渡す相手が思いつかない。
興味本位で作ってしまったのが間違いだったか……そう思い本気で後悔していると、不意にバゼットの脳内に声が響いた。
『あら、バゼット?貴方には渡したい相手など山ほど居るかと思ってたんですが……姉の目は節穴だったのでしょうか?』
「いつから私は貴方の妹になったんですか……ッ!?やめてください、マナナン!」
『まぁ怒らないでください、バゼット……私も貴方を内から見守る者としてアドバイスをしたかっただけなんです……」
からかうような声で話しかけてきた海神――マナナン・マク・リールの声にバゼットは抗議するが、マナナンはどこまでも楽しそうだ。
『自分の気持ちに素直になりなさいバゼット……貴方にはいるでしょう?チョコを渡したい人が』
「……っ!い、言われなくても分かってます!」
どこまでも自分を妹のように扱ってくるマナナンに、少しはクールで振舞いたいが、どうしてか言い返すとなると熱っぽく言い返してしまう。
とは言え、今はマナナンの言葉に従うべきだと判断し、バゼットはとりあえず食堂をざっと眺めた。
自分がチョコ渡せそうな相手といったら、クーフーリンかマスターぐらいなのだが……生憎、食堂には、マスターもクーフーリンも居ない。
他の英霊も居たが、どれも近寄りがたい程に偉大な英霊ばかりで、とてもじゃないがチョコなど渡せそうになかった。
「(どうやら、私は運に恵まれてないようですね。仕方ない……チョコは私で処理を――)」
諦めて目線を逸らそうとした瞬間、バゼットは食堂の端に何処かで見覚えのある英霊を見つけた。
その英霊の名前は――
「アンリ、マユ……」
意識せずとも口から出た言葉に、バゼットは思わず口を押えてしまう。
カルデアでは今まで一切関わり合いなど無かったはずだが、何故かその名を口にしていた。
『バゼット?貴方は、彼と知り合いなのですか……?』
「いえ、私は彼のことを全く知らない……知らないはず、なのですが……何故か彼のことが気になる……」
突然口を押えたバゼットを心配し、脳内でマナナンが声を掛けるが、バゼットは曖昧な答えしか返すことができない。
頭には一切、彼と出会ったようなことは記憶されていないというのに、不思議とアンリマユの顔を少し見るだけで懐かしい気持ちになっていく。
戸惑いと疑念を自分の中で孕ませつつ、バゼットは突き動かされるように席を立った。
「マナナン、すみませんがここから先は彼と二人きりで話をさせてください……」
『もちろん。彼とは貴方が話した方がいいでしょう……貴方の反応を見るに、彼はカルデアに来る前の貴方を知っているかもしれませんし』
「なる、ほど……確かにそうですね……」
カルデアに来る前の自分についてなど考えもしていなかったバゼットにとって、マナナンの話というのは青天の霹靂だった。
このカルデアに来る前で正確に覚えている記憶は、自分が封印指定の執行者として魔術師を殺してきたことだけ……あとは記憶がぼやけている。
「(ともかく、当たって砕けろの精神で行ってみましょう!)」
机に置いたチョコを懐にしまうと、バゼットはアンリマユが座るテーブル席へと向かった。
「いやー……最近暇だなー、カレンはマスターとレイシフトしてるみたいだし、俺は売れ残りってわけですか……」
頬杖を付きながらぼそぼそと愚痴を呟くアンリマユに、バゼットは一声かけた。
「すみません。ここの席いいですか?」
「ん?ああ!もちろんいいぜ!アンタは確か――」
「――バゼット・フラガ・マクレミッツです。よろしくお願いします」
嬉々とした顔で応じるアンリマユにバゼットは素っ気なく自己紹介をし、対面の席へと腰掛ける。
「(遠くからしか見ていなかったので分かりませんでしたが、こんな顔なんですね……)」
顔にまで施された刺青は遠くから見えていたが、近くまで来てアンリマユの顔を見ると、その瞳はまるで少年のように純粋な目をしていた。
初めて対面したはず……でも、やっぱり何処かで会ったことがある気がした。
「アンタと話して見たかったんだ。[[rb:前 > ・]]と比べてカルデアの居心地はどうかって……さ?」
「……ッ!」
席に着いた途端、アンリマユの口から出た言葉に、バゼットは顔を強張らせる。
「やはり、貴方は――……いえ、私も貴方について知りたかったんです。アンリマユ」
「そりゃあ、光栄なことだ!俺について知りたがる奴は物好き以外は居ないからな、まぁ……楽しくやろうぜ、バゼット?」
「……」
含みを持たせた笑みを浮かべ言葉を返すアンリマユ。
その笑みは真実を知っている笑みか?それとも自分を弄ぼうとしている笑みなのか?
バゼットは見当が付かないまま、アンリマユの瞳に広がる無限の闇を見つめることしかできなかったのだった。
喜び。彼女を一目見た瞬間に思ったのは、そんな感情だ。
自身の記憶の中の断片に潜む彼女がカルデアに来るなんて、カルデアの廊下で一目見るまでは信じられないようなことだった。
どこかドジっぽくて、男に惚れやすいマスター。
そんな彼女がカルデアに来て、嬉しさも反面……心配もあった。
だが、こうして今、彼女の顔を見ているとそれも要らぬ心配だったようで安心した。
「(アンタは変わらねぇな、バゼット……)」
先程から流れていた重い空気を破る様に、アンリマユは笑みを浮かべ、自ら口火を切る。
「俺とアンタは、とある平行世界でサーヴァントとマスターの関係だった……それだけだ」
「……それは、本当のことですか?」
「ああ、嘘じゃないさ……[[rb:マスター > ・・・・]]」
「……ッ!!」
”マスター”そう呼ばれた瞬間に、バゼットの頭にあった霧がかかった記憶が少しずつ晴れるのが分かった。
もちろん、明確な記憶は無い筈だ。しかし、不思議と目の前に居るアンリマユと共に戦って過ごした日々が走馬灯のように頭へ流れる。
「(私は……何故、アンリマユと契約したのでしょうか?)」
平行世界の自分がアンリマユと契約した経緯は分からない。
でも、一つだけ分かったのは目の前の彼が平行世界の自分にとって、かけがえのない大切な存在だったということだ。
「不思議です……貴方とこの世界で過ごした記憶は無いはずなのに、貴方がとても親しく思える……」
「俺も不思議だ。俺はアンタを遠目でしか見た事なかったっていうのに、いざ会ってみると何というか……日常が帰ってきたような感じがする」
互いに思ったことを言葉に出すと、二人は互いの目を見つめ合う。
「アヴェンジャー……貴方は変わりませんね……」
「それをアンタに言われると、参っちまうな」
懐かしさに思いを馳せ、二人は穏やかに笑う。
――ああ……こんな安らかな一時がずっと続けばいいのに。
アンリマユとバゼットは奇しくも、同じ事を考えた。
「アンリマユ……良ければ、今後も私と――ん……?」
バゼットが決意を持って言葉を発していると、アンリマユの表情が不意に変化していることに気付いた。
目線の先はバゼットに向けられておらず、バゼットの顔の上を怯えた顔で見つめている。
そんな様子を不思議に思うのも束の間、ゆっくりと女性の手が肩に置かれた。
「随分と楽しそうね?マナナン……いえ、バゼット?」
「……ッ!この声は、まさか……」
咄嗟に置かれた手を振り払って後ろを振り向くと、バゼットの予想していた通りの人物が立っていた。
「やはり、貴方ですか……愛の女神アムール……!」
「ふふ、そんな嫌そうな顔をされると流石の私でも傷付いてしまいます……私は[[rb:まだ > ・・]]何もしていないじゃないですか?ねぇ、アンリマユ……?」
「いや、これは色々と事情がありまして……」
穏やかな口調とは裏腹に、アムール――改めカレンは言葉の端々から隠し切れない殺気を帯びさせている。
顔は笑顔のはずなのに、目が笑っていない。
「まったく、人が目を離せばすぐに他の雌とイチャつくなどとんだ駄犬ですね。そうは思いませんか?バゼットたん」
「……ッ!?たん……?い、いえ!そんなことよりも私とアンリマユの時間を奪わないで下さい!貴方には、関係がないことでしょう……!」
「いえ、関係はあります。今からそれを証明してあげましょう……」
バゼットの背後に立っていたカレンが、アンリマユの元までゆっくりと歩きだす。
「(関係性を証明するとは言いますが、アムールの依り代であるカレンとアンリマユにどんな関係があるのでしょうか?)」
悠々と歩くカレンを見つめながら、バゼットはそんな疑問が頭に浮かんだ。
記憶が曖昧ながらも自分とカレンは、平行世界で顔を合わせている……それだけは間違いない。
だが、アンリマユのマスターである自分と同等の関係性など有り得るものなのだろうか?
「(いや――出任せに決まっている……きっと、ただ私とアンリマユの会話を邪魔したかったんでしょう)」
ハッタリに違いない。バゼットはそう高を括り、緊張していた表情をほぐす。
そして、アンリマユの横にカレンが立つと、バゼットは自信満々の顔で言葉を投げつける。
「さぁ、アムール!いえ、カレン!貴方達がどんな関係なのかを証明してください!」
「言われなくてもやりますよ。ただし、少々刺激的ですが……」
余裕の表情でカレンは言葉を返すと、不意にアンリマユの顔を両手で包み込むように触る。
「覚悟はできましたか?アンリマユ……?」
「いや、俺は覚悟なんかしたく――」
軽口を叩くアンリマユに有無を言わさずに、カレンは強引にアンリマユの顔を近づけると――次の瞬間、自身の唇をアンリマユの唇へ押し当てていた。
「……っ!……っ!カレ、ん……ぅッ!?」
「……ん、っ!」
驚愕の表情に目を開かせながらも、アンリマユは重ねられた唇から伝わる温もりを感じざる得ない。
「な――ッ!?ぁ……え……ッ!?」
二人の接吻をバゼットが見ているにも関わらず、カレンはそんなことは関係ないとばかりに接吻を続ける。
カレンの行動を止めることもできず、バゼットは二人の情熱的な接吻を顔を真っ赤にして眺めるしかない。
カレンに一言二言、抗議の言葉をぶつけようとしても声は出ず、かと言って二人の接吻から目を逸らすこともできない……バゼットにとっては生き地獄のような時間。
それが終わった頃には、バゼットはへなへなと地べたに座り込んでしまっていた。
「ん――ふぅ……という訳で、アンリマユと私はこういう関係なのです。なので、今後アンリマユと話す際は私に許可を取る様にしてください……では、行きますよアンリマユ」
「お、おい!カレン!まだ、俺はバゼットと話が――!」
「うるさい、いいから来なさい駄犬」
抗議の声を上げるアンリマユの手を強引に繋ぐと、カレンはアンリマユを席から引っ張り出す様にして連れ出して食堂を後にした。
「あ……ぅ、私の前であんなことをするなんて……」
後に残されたのはバゼット一人だけ。
だが、バゼットは地べたに座り込んだまま、先程の衝撃的な出来事を悶々と思い出し、顔を更に赤く染めた。
『(そういえば、バゼットは色恋沙汰は見慣れていないのでしたね……あの時だけ私が変わっておけば良かったかもしれません……)』
先程起きた事を全て見ていたマナナンは、ため息交じりに言葉を漏らしつつ、現在のバゼットの様子を確認する。
「きゅうぅぅぅ……」
相変わらず地べたに座り込んだまま、口から意味も無く言葉を出して天井を仰いでいる姿を見ても、バゼットは当分その場から動けないだろう。
『(このままアンリマユに逃げられてしまっては、この娘も不憫でしょう。ふふ……任せなさい、貴方に変わって私が彼の元へ行ってあげましょう)』
骨抜きにされた様子のバゼットを微笑ましく思いながらも、マナナンはバゼットの身体を密かに乗っ取り始めていた。
しかし、バゼットはそれに抗おうともせず、マナナンが肉体の主導権を一瞬で得る。
それと同時に着ていたスーツは消え、胸元がはだけた白と青が混じったドレスへと姿を変えた。
「ふぅ……本当はこんなことをしたくなかったのですが、姉として妹の敵はきっちりと取らないと気が済みませんので……」
凛とした目をしていたバゼットから一変し、肉体の主導権がマナナンから移った瞬間にその目は穏やかな目に変化した。
だが、今のマナナンは形だけは穏やかな目をしているものの、先程のカレンと一緒でその目からは殺気が伝わってくる。
「行きましょうか?バゼット……」
内に眠る依り代に語り掛け地べたから立ち上がると、マナナンはゆっくりとした足取りで二人の後を追うのだった。