愛の伝道師は愛を独占したい? 作:若杉優太(テト/teto)
食堂を出たアンリマユは、カレンの手に引かれてカルデアの廊下をあてもなく小走りで駆けていた。
すれ違う英霊達から奇異の目で見られながらも、カレンは構わずに廊下を駆ける。
「おいカレン……?」
「……」
意味も無く廊下を走るカレンに声を掛けるが、カレンの口は固く閉じたままだ。
怒っているのだろうか?それとも悲しんでいるのだろうか?
それを確かめるべく、必死にカレンの表情を後ろから覗くが、不思議なことにアンリマユが表情を見ようとすればするほどに彼女の顔に影が差し、見えづらくなっていく。
「……」
「……」
次第に無言を貫くカレンに気まずさを覚え、アンリマユも自然と口を閉ざす。
そうして駆けて、駆けて……駆けて――
気付けば、カレンの部屋の前まで来ていた。
「ったく、最初から自分の部屋に行くなら行くって言ってくれればいいのによ……」
「……」
繋いでいた手を離し、半ば呆れたように言葉を漏らすアンリマユだが、依然としてカレンは無言を貫いたままだ。
「まぁ、いいや……とりあえず部屋に……」
「――じゃないんですか……?」
「へ?」
「私とは……じゃないんですか……?」
未だに前を向いたまま表情を見せないカレンがぼそぼそと言葉を出したが、よく聞き取れない。
だが、かすかに聞こえる言葉の端々から怒りや悲しみは伝わってきた。
軽口を叩いて少しでもカレンの機嫌を良くしようとしていたアンリマユも、そんなカレンの様子を見て言葉を飲み込む。
「……私と、貴方は……恋人じゃないんですか?」
「もちろん……恋人だ。そんなの当たり前じゃねぇか」
「だったら、何故バゼットと仲良く話をしていたんですか……?」
もちろんバゼットが元は自分のマスターだったから……アンリマユにそれ以外の理由は無い。
しかし、今のカレンにその理由を言って納得してもらえるだろうか?
疑問を抱いてしまうと、思うように言葉が浮かんでこなかった。
「俺は、ただバゼットと……」
「嘘つき」
突然、カレンから呟かれた言葉――それは氷のように冷たい言葉だった。
「元々は貴方から、恋人になってくれって言ったのに……いざとなったら、他の女と仲良くするなんて最低です……」
「いや、だから別にバゼットとはそういう関係じゃ――」
「黙りなさい」
ずっと前を向いたまま表情を見せなかったカレンが、ゆっくりとアンリマユの方へと身体を向ける。
しかし、カレンは顔を下に向けたままで表情は伺えない。
「貴方は、私の恋人……わたしだけの物なの……ッ!」
「カレン……」
ぼそぼそとした声から一変し、カレンは語気を強める。
そして――
「だから、もっと一緒に居て……ッ!アンリマユ……!!」
心の底からの叫び……カレンは言葉を途切れ途切れにさせながらも言葉を出し切った。
気付けば彼女は顔を上げている。その顔の目元には堪え切れなかった涙が一筋も二筋も頬を伝っていた。
その姿を見てアンリマユは思わずカレンの身体を抱き締める。
「悪かった……カレン、お前の気持ちを考えてなかった……」
「ひぐ……ッ!ば、か……!ずっと、会いたかった……ッ!」
泣きじゃくるカレンの頭をアンリマユは優しく撫でてやる。
今回、バゼットとの会話を邪魔されたことに若干の怒りを覚えていたが、今ここで彼女の心情を聞けたことで怒りの感情は完全に無くなった。
「(俺ともっと一緒に居たい……そんなこと言われたら、責めるに責めれないじゃねぇか……)」
普段はクールに振舞い、他の英霊に毒舌を浴びせることもある彼女がここまで自分のことを想って嫉妬してくれたと考えると、むしろ彼女の行動が可愛いとさえ思える。
バゼットと話を深められなかったことは残念だったが、それでも不思議と後悔はなかった。
「大丈夫か?泣き止んだか……?」
「泣いてなんか……いません……ッ!泣いてなんか……!」
「ほいほい……泣いてない泣いてない」
からかうように言葉を呟きつつも、アンリマユはカレンのことをしっかり抱き締めてやる。
今度は遠くへ行かないように強く……そして、優しく。
時間が許す限り、アンリマユはその身体を包み込むのだった。
「完全に飛び出すタイミングを見失ってしまいましたね……」
廊下の端の陰から様子を伺うマナナンだが、二人が抱き合っているところを邪魔するのは悪いと思ってしまい、中々二人の前に出れずにいた。
食堂から出た後すぐ二人を追ったのだが、まさかカレンとアンリマユが抱き合っているところを見るとは思いもしなかった。
「(しかし、どうしましょうか……?このまま立ち去るのもいいですが、それではバゼットに合わせる顔が……あ――)」
頭を悩ませながら引き続き様子を伺おうとしたマナナンだが、不意にカレンと目が合ってしまう。
一瞬、きょとんとした顔を見せたカレンだったが、すぐにその顔を意地悪気な笑みに変えた。
「アンリマユ……せっかく、二人になったんですからもう一度キスしませんか?」
「ここでか……?流石に、ここでやるのは……」
「駄目です、か……?」
カレンはマナナンの方に挑発するような目線を送りつつも、アンリマユには切なそうな顔を浮かべて、彼を誘惑している。
マナナンもすかさず殺気を込めた目線を送るが、カレンは全く意に介していない様子だ。
「(どういうつもりでしょうか?まさか……私が見ているというのに接吻をするつもりじゃ……)」
アンリマユも嫌がっている様子で、本当にやる訳が無い……そう思いたかったが、カレンの切なげな瞳に見つめられてかアンリマユもだんだんと顔を悩ませる。
そして、少しの時間が経つと――
「……分かったよ。お前がそれで機嫌を直してくれるなら」
「ふふ、ありがとうございます……アンリマユ」
再び挑発するような目線をマナナンに送り、カレンはわざとらしくゆっくりと自身の唇をアンリマユへと近づける。
「(なるほど……『とっとと、出てこい』ということですか……ならばこちらも応えましょう)」
カレンの目から大体の意図を読み取ると、マナナンは逆に落ち着き払った様子で、抱き合う二人の前に歩いていく。
涙を流していたカレンを見てしまい、一度はこの場から立ち去ろうとしたが、あちらから来いというのなら望むところだ。
「あら、残念……アンリマユともう少し甘酸っぱい雰囲気を楽しみたかったのですが」
「ん?どうしたカレン?」
急に別の方へ目線を向けたカレンを不思議に思いながら、アンリマユもカレンの向いた方向を見ると――そこにはバゼットらしき人がこちらへと迫って来るのが分かった。
「貴方が挑発してこなければ、私も素直に引いたのですが……売られた喧嘩は買わないと気が済みませんので」
「ふふ、喧嘩ですか……随分と物騒なことを言うのね?」
「ええ……喧嘩ですとも♪あの娘から、恋をする機会を奪った罪は大きいですよ?」
魔王と言っても差し支えない程のどす黒いオーラを出しながら、カレンと会話を交わすマナナン。
二人共々、口調も顔も穏やかなはずなのに、目からただならぬ殺気を放っていた。
互いに直接的に武力を行使しているわけでもないのに、二人の言葉からはナイフのような鋭さと恐ろしさを感じる。
「(ヤバい事になってきたな……バゼットは雰囲気が変わっちまってるし、カレンは相変わらず怒らせたらおっかねぇし……なんか寒気がしてきたぜ)」
食堂でカレンが見せた冷え切った視線を思い出すと、アンリマユは身震いしてしまいそうだった。
武力という面では、英霊の中で最弱クラスの自分が神である二人に挟まれるなど地獄でしかない。
この二人の争いにできれば関わりたくないが、そうは問屋が卸さなかった。
「喧嘩と言いますが、バゼットと貴方は始まる前から負けていますよ?貴方も見ていたでしょう……?私とアンリマユの愛を、ね?」
そう言って、カレンは不意にアンリマユの頬へ唇を付ける。
突然の接吻に若干頬を赤らめてしまうアンリマユだったが、ふとマナナンの方を見ると血の気が引いていくのが分かった。
「そうですね、確かに愛という面では負けているかもしれません。ですが、力という面ではどうでしょうかね♪」
カレンの行動で、遂に堪忍袋の緒が切れたのか、自身の周りに鉄球……フラガラックを出現させて完全に臨戦態勢へと入る。
そして、相変わらず笑顔を保ったままのマナナンが恐ろしい。
「(これヤバいって……ッ!流石にこれ以上怒らせたら――!)」
藁にも縋る思いでアンリマユはカレンの方へ目を向けるが、返ってきたのは小悪魔的な笑みだった。
「そうやって力で制そうとするから、妻にも逃げられたんでしょう?そういう意味では、バゼットの依り代にはお似合いだったようで」
「……」
アンリマユの期待を裏切るように余計な一言をカレンは言い放つと、マナナンは無言でフラガラックの一つに魔力を込め始めた。
フラガラックを打とうとしている先には、もちろんカレンと……アンリマユが居る。
「あー終わったな……」そんな確信を覚え、アンリマユはそっと目を瞑った。
だが――
「まぁ、待ちなさい……単純に武力で事を決してしまっては華が無いでしょう?」
「……?何が言いたいのですか?」
妙に余裕のあるカレンから出た言葉に首を傾げるマナナンだが、カレンは構わずに言葉を続ける。
「武力では無い、別の所で勝負を付けようと言っているのです。バゼットと私の二人で”女の魅力を競い合う”なんて理にかなっていると思いませんか?」
「……確かに一理あるかもしれません。ですが、女の魅力と言っても何で争うつもりです?」
「ふふ、それは貴方が矛を収め、私の提案に乗ってくださればお話しましょう……貴方の依り代もそれを望んでいるのでは?」
「……っ!分かりました……ここは一旦矛を収めましょう」
戦わないで済むならその方がいい……そう判断したマナナンは浮遊させていたフラガラックを消滅させ、大人しくカレンの話を聞くことにした。
「た、助かった……マジで死ぬかと思ったぜ……」
抱き締めていたカレンを離すと、アンリマユはふらふらとしながら廊下の壁にもたれかかる。
一時は身体も残らなくなるのを覚悟していたのだが、そうならずに済んでほっとした。
だが、先程のカレンの言葉がアンリマユの中で少し引っかかる。
「(武力以外で争う……か。具体的には何で争うんだろうな?)」
パッと頭で思い浮かぶ物が無いので何とも言えないが、平和的に争うのならば大歓迎……なのだが、カレンが何をするのかが読めない以上、全く安心は出来そうにない。
「それで?具体的な提案というのは?」
「それはですね――」
「あ、うん……何か嫌な予感するわ、これ……」
こちらを見ながら楽しそうにマナナンに耳打ちするカレン。
アンリマユはそんな彼女に引きつった笑みを浮かべるしかなかったのだった。