ヒーリングっど♥プリキュア! とアダムとイヴになる話 作:a-su
沢泉ちゆが走っている。
悩みながら走っている。
(私は……何のために生き返ったのかしら)
彼女には
(私の人生はなんだったんだろう……)
自問する。伝説の戦士プリキュア・キュアフォンテーヌだった彼女は、十年前の戦いで死んだ。
そして一週間前に生き返った。それも親友であるキュアスパークル・平光ひなたの子宮から出てきたらしい。
(私にとって、夢ってなんだったんだろう)
走る。
(私がやりたい事ってなんだったんだろう)
走る。
(そもそも生きるってどういう事なのかしら)
走る。
(死んだのに生きてるって、変な気持ちだわ)
走る。
自分の存在に、ちゆは疑問を感じていた。生き返った自分は一体、何者なのか。なぜ、この世界に存在しているのか。
悩む彼女を案じたアスミとひなたは、答えを与えようとした。
『みんなで一緒に抱き合おう』
『誰も怒ったりしない』
『とっても幸せだから』
かつての親友であり今は親族となったらしい彼女らを、ちゆは
『私、自分の人生をもっとちゃんと考えてみたいの。だから、しばらく
話は理解できる。しかし単純化すれば、男性と性行為をしろ、母体として出産に励め、ということだ。ちゆの価値観では理解はできても納得はできない話である。
ちゆは二人のことが好きだ。生き返らせてくれて感謝もしている。だからこそ余計に、その言葉の重みが受け入れられなかった。
(会ったばかりの男の人とセ……性行為なんて出来ないわよ。まして子供を産むなんて……! ああもう、どうしたらいいの!?)
ちゆは走る。ひたすらに。
走って、走って、走った先にあるものは何か。答えは見つからないままだ。
息を切らしながら、ただひたすらに駆けていくのであった。
ヒーリングっど♥プリキュア!
と
アダムとイヴになる話
アスミと一戦交えたユーイチはベッドでまどろんでいた。
「ユーイチ、起きていますか?」
「んー、まだ寝てる……」
「ふふっ、ユーイチは嘘つきさんですね」
「んー」
「……ちゅ♡」
アスミが顔をのぞき込み、優しく唇を重ねる。
「お疲れ様です。とても素敵な時間でした」
唇を離してから頭を撫でてくれた。慈しみと優しさを与えてくれている。
「ああ、俺も楽しかったよ」
「また、したいですか?」
「もちろん。毎日でもしたい」
「そうですか。じゃあ、今夜はちゆを誘いませんか?」
ユーイチは顔をしかめた。
「いや、それはちょっと……」
「どうして嫌なのですか? ユーイチはちゆのことが嫌いですか? とってもいい子なのに……」
「そういう問題じゃないんだよ」
「では年齢が問題なのですか? ヒーリングガーデンには法律はありませんし、第一、同い年のひなたとだって毎日致しているではありませんか」
「それとこれとは話が別だよ。ちゆちゃんの気持ちを考えてあげないと」
アスミが不満げな顔になる。
「むぅ……ユーイチまで。それではわたくしが、ちゆに酷いことを勧めているようです」
「別にそんなことは……とにかく、今日は二人でゆっくりしよう。ずっと一緒だ。時間はたっぷりあるんだから、焦る必要はないだろ?」
「そうでしょうか。わたくし、早くちゆの子供に会いたいのです」
胸に抱きついたアスミが訴えかけてくる。
なんとなく違和感を感じた。
「ちゆちゃんの子供に何かあるのかい?」
するとアスミは指を4本立て、一本ずつ折り始めた。
「わたくしたちプリキュアは、4人のチームでした。わたくし、ひなた、ちゆ、そして……」
最後まで聞いて、ユーイチは成程と納得した。
◆◆◆
ちゆが帰宅すると、リビングのソファに座った ひなたが焼き菓子をつまんでいた。
「ちゆちー、おかえりー」
「ただいま」
焼き菓子のいい匂いが立ちこめている。広々とした室内を見渡すが、彼女一人だけのようだ。
「ひなた、アスミはどこに行ったの?」
「……ん~、ユーくんとお部屋にいるよ」
少し答えにくそうに言うひなたに、ちゆは少し顔をしかめた。
「こんな朝からいやらしい事だなんて」
「違うよ! えっと、ほら、あのー、お昼寝! お昼寝してる!」
「……お昼寝にしては早くないかしら」
「うー、じゃあ散歩!」
「…………お散歩ね。まあいいわ。ひなたも少し体を動かしたら? 最近、ふっくらしてきたんじゃない?」
「え、そうかな。でも心配ご無用だよ、ちょっとお肉が付いてたほうが赤ちゃんが出来やすいらしいし」
「……へぇ、そうなの。詳しいのね」
ちゆは少し顔を引きつらせた。この無邪気に笑う親友が、自分を産んだのだという。
「そりゃあもう! 早く二人目欲しいもん!」
「ふ、二人目……気が早いんじゃないかしら」
「えー、そーでもないよー。ちゆちーこそ……」
「……」
「あ、ご、ごめんね。デリカシー無かったよね」
「いえ、いいのよ……」
ひなたが慌てるのを見て、ちゆは溜め息をついた。
(私、何を考えているのかしら)
ひなたの隣に座る。
ソファは大きく、ベッドの代わりになりそうだ。
「ねぇ、ひなた。ユーイチさんと付き合ってみて、どんな感じかしら」
「えっ、ど、どんなって……」
「好きとか、愛してるとか」
「えー、えーとぉー」
単刀直入に聞いたせいか、眉間にしわを寄せた困り顔で ひなたが言った。
「うん、そうだね。頼りになるし、かっこいいし、大好きだよ」
「そうなのね」
「それにね、すっごく優しいんだよ。ユーくん。アタシの悩みとかも全部聞いてくれるし、アタシのこと大事にしてくれるし」
「うん」
「だからアタシもユーくんのことが大好きなの。アタシたち、きっと相性いいんだと思う。幸せすぎて怖いくらい」
「そっか」
「だから、ユーくんの赤ちゃんをいっぱい産んで、新しい家族を作ってあげたい」
「そう。よかったわ」
ちゆは笑顔で言った。友人の恋を素直に応援したいと思ったのだ。
「……ちゆちーは、どうなの?」
ちゆの顔を覗き込むようにして、ひなたが尋ねた。
「私は……そうね、優しい人だと思うわ」
「じゃあ、ユーくんのこと好き? 嫌い?」
「さあ。どうかしら。まだ良く知らないもの」
ちゆはソファに体を預け、天井を見上げた。
「私が彼を好きになったとして、それは私の意志なのかしら。私に、彼を嫌いになる自由があるのかしら」
ちゆは一度ひなたを見やって、ごめんなさいと断りを入れた。ひどいことを言うかもしれないからだ。
「もし彼があなたやアスミに酷いことをする人だったとして、私はそれに許さないって言えるのかな」
「えっ」
「考えちゃうのよね。そもそも、そんな人じゃないかもしれないのに。私には、彼のこと、何も分からないのよ」
「えー、難しいこと言うね。ちゆちー」
「ええ、でも、それが本当の気持ちよ」
「……アタシは、ちゆちーがユーくんのことを好きになってくれたら嬉しいけどなぁ。だってさ、アスミンは ちゆちーがいなかったら、十年前に死んでたわけだし」
「ふふ、それ関係ある?」
「あるよ。そうなってたら、アタシも今ここにいないから。ちゆちーがいたからユーくんと一緒にいられるの。だから、これからも一緒にいたい。家族になりたいの」
「……ありがとう、ひなた」
ちゆは少し微笑んで、それから真剣に話し始めた。
「でもね、私、自分のことは自分で決めたいの。私の人生だもの。私の大切な人たちのために、私の大切なものを守るために、私の意思で生きていきたい」
「ちゆちー……」
「私のこの思いが今あるのは、あなたたちのお陰よ。だけど今言ったことは、私の心の底からの願い。だから、私の大切な人を、あなたたちに選ばせてあげることはできないの」
「そっか……。うん、分かった!」
元気よく答えたひなたが、ちゆの手を握って続けた。
「ちゆちーがそうしたいんなら、アタシもそれでいいと思う。アタシもアスミンも、応援してる」
「アスミも?」
「あー、アスミンはどう思ってるか分かんないけど、でもアタシは、ちゆちーの味方だよ。アタシはずっと、ちゆちーの友達!」
「ひなた……」
ひなたの手を握り返した時、扉が開いてアスミがリビングに入ってきた。
バスローブ姿だ。シャワーを浴びたばかりらしい。
「あ……お帰りなさい、ちゆ」
「ただいま」
「ひなた、すみませんが飲みものを用意していただけますか?」
「うん! 任せて!」
ひなたがキッチンへ向かうと、アスミがちゆの向かいに座った。ちゆがセックスに否定的なせいか、距離感に少し困っているようだ。考えるようにしながら口を開く。
「……お話は終わりましたか? 何か困ったことがあったら、その……いつでも相談してくださいね」
「ありがとう。ねえ、アスミ。ユーイチさんって、どんな人?」
「え? まあ、興味を持ってくれたんですね! わたくし嬉しいです!」
アスミが破顔し、滑らかに話し出す。肌が紅潮し髪も濡れていて、とても女性的だ。
昔のアスミより何倍も綺麗だと、ちゆは思った。
「ええと……彼は男らしい方ですよ」
「男らしいのね」
「そう、男らしく、とても頼りがいがあって、優しくて、強い意志を持っています」
「うん」
「でも、そのせいか、時々一人で背負ってしまうところがあるのです。誰かに頼るのを忘れてしまうというか……」
「そうなの……」
ひなたは「頼りになる」と言っていた。アスミも同じことを言い、さらに「男らしい」と表現した。アスミの方が本質的な評価をしているのだろうか。
ひなたが飲み物を持って戻ってきた。お盆にグラスを四つ載せている。
「はい、冷たいはちみつレモン! セッ……じゃない、体を動かした後は、これに限るよね〜! ちゆちーも飲んで!」
「ありがと。いただきます」
よく冷えている。甘みの中にほのかな塩気と酸味があり、喉から胸にかけてじんわりと清涼感が広がった。体の中が潤っていく。
「美味しい……ありがとう、ひなた」
「いえいえ、どういたしまして☆ アスミン、ユーくんは何してるの?」
アスミは頬に手を当て、うっとりとした表情になった。
「横になっていますよ。続きをするために、少し休んでおきたいと。そうだひなた、これを見てください」
アスミはバスローブを少しはだけ、下腹部をのぞかせた。
「ん〜? あっ、お母さんマークが付いてる! おめでとう、アスミン!」
そこにはなんとも表現し難い形状の紋章が浮かんでいる。
ちゆは首を傾げながら聞いた。
「あの……これは何なの?」
「えっとね。アタシたちから赤ちゃんが生まれる時に、このマークが出るんだよ! ユーくんがお父さん、アスミンがお母さんってこと!」
「そ、そう……なるほど……お母さんマークっていう名前なんだ……」
なんとも単純すぎるネーミングである。
「うん。いや、アタシがそう呼んでるだけで、本当は別の名前かもしんないけどね。まぁ、細かいことはいいじゃん!」
「………………ねえアスミ。あなたのお腹からはひなたが、ひなたのお腹からは私が出てきたのよね」
そうですね、とアスミが首肯した。
ちゆは無意識に唇を舐める。
「プリキュアが順番に生まれて来ているなら……じゃあ、次は……のどかが生まれてくる。そういう事だと思ってもいいのかしら」
花寺のどか。キュアグレース。
ちゆの親友であり、そして……。
「えっ! そうなの!?」
「ええ、正しい推測でしょう。ただ、この子は違うと思いますが」
ひなたが驚き、アスミはただ首肯する。
ちゆは緊張で体を強ばらせた。
「どうしてそんなことがわかるの?」
「なんとなくですが、エレメントの力を感じます。ひなたの時とは全く違う感覚です。きっとのどかではありません」
「……そう。でも、じゃあ、のどかは……」
アスミの視線が、ちゆの顔から移動して下腹部で止まった。へその下、子宮があるところだ。
ちゆは、無意識に下腹部をかばった。
「……やめて。言わないで」
「はい……ごめんなさい、ちゆ。余計なことを言いました。忘れて下さい。わたくしも考えないようにします」
アスミはバスローブの前を直し、そそくさと立ち上がった。
「このはちみつレモン、わたくしがユーイチに持っていきますね。ありがとう、ひなた」
「……うん」
何か言いたそうな顔のひなたが、ちゆを見つめてくる。
はちみつレモンを口に運ぶと、先程よりも苦かった。
◆◆◆
次の日の朝早く、ちゆは風呂掃除をしていた。何かしていないと気分が落ち着かないのだ。
湯を抜いたヒノキの浴槽を、天然の洗剤と柔らかいスポンジで洗う。コーナーや人の肌が触れやすい部分は特に念入りにお手入れしていく。
「……」
この家の風呂は「旅館 沢泉」の大浴場をモデルに作ったらしい。一回り小さいこと以外は確かにそっくりだ。となればメンテナンスは彼女の独壇場である。
「……」
実家に似た場所を掃除していると、どうしても死んだ両親の顔が浮かんでくる。
今の自分を見たらどう思うだろう。辛いのに頑張っていると褒めてくれるのか、それとも無理をするなと言ってくれるのか?
洗浄が終わったら、乾いた布で表面をしっかり拭き取る。ヒノキの浴槽はバクテリアが発生しやすい。木材は、形を変えても生きているからだ。
その時ふと、昨日聞いた言葉を思い出した。
「お母さんマーク……」
自分のお腹をさすりながら、マークの意味するところを考える。それが現れたなら、自分の中に新しい命が芽生える前兆を意味するという。
確かに昨夜、アスミは「出産」した。のどかではなくエレメントだったが、確かに新たな命を産んだ。
しかし、自分が母親になるなんて想像できない。だって、まだ十四歳なのだ。
学校に行って勉強をして部活もして、いつか素敵な男性と結婚して旅館を守る。もう叶わない未来しか思い浮かべられなかった。
(お父さんとお母さんは、どうやって出会ったんだろう)
両親の馴れ初めは、確か旅館を通じてだったはずだ。だが見合いだったのか職場恋愛だったのかさえ、ちゆは知らない。詳しく聞いておけば良かったと後悔がつのる。
「お客さんとして来たのかな? それとも従業員?」
どちらにせよ、それは幸せな出会いだったに違いない。両親の笑顔を、ちゆは明瞭に記憶している。
「私は幸せになれるかしら……」
問題はそれだ。今こそ、両親の言葉が聞きたかった。悩みを打ち明けて、自分の弱さを肯定してもらって、人生の先達として導いて欲しかった。
だが、両親はもういない。
頭を振って雑念を払う。自分の人生は自分で決めると友達に啖呵を切ったばかりだ。今考えるべきはユーイチとの関係、特に彼がどんな人間かという事である。その答えを出さずに、ちゆの新しい人生は始まらない。
(……こんな時って、どういう事をすればいいのかしら。「お見合い」? 「ナンパ」は違うわよね。「婚活」とか?)
「結婚」というキーワードが頭に浮かび、ちゆは赤面した。
「……よし、決めた」
浴槽を洗い終え、新しい湯を張る。それから手早く風呂場の床にモップをかければ完了だ。
「ふう……」
今日は朝早くから働き詰めだったため、思わずため息が出た。
脱衣所に戻り手を洗っていると、不意に物音がする。振り返った先にはユーイチがいた。
「ああ、おはよう、ちゆちゃん。早いんだね。風呂、入れるかい」
「はい。もうすぐ終わります。どうぞ、入ってください」
「ありがとう。助かるよ」
ユーイチがちゆの隣を通っていく。
彼の体から、なんとも言えない匂いがした。
「あの、ユーイチさん。あなたは一体、何をしてきたんですか?」
「えっ?」
「いえ、別に、変な意味ではなく……。なんというか、汗臭いというか……」
「ええ? いや、特に何も……昨夜はひなたと一緒に寝ただけだし……あっ」
飛びのくようにユーイチが ちゆから離れた。親友の生々しい体臭も一緒に遠ざかっていく。
「い、いやー、悪いね。臭うかな。ちょっと運動した後だからさ。あはは」
「……いやらしい」
「ち、違うって、気のせいだよ」
ちゆはゲンナリした。こんな生臭い男がパートナーで大丈夫なのだろうか。
「いいですよ。私も旅館の娘、男女の営みに偏見はないつもりです。ええ、よくわかるわ。本当に」
ちゆは腕組みして言った。
ユーイチは目をそらしたまま小さくなる。
「すみません……」
「まあいいわ。ひなたとは合意の上でしょうから。仕方ありません。それより、お風呂に入ってください。その間に朝食を用意しますから。お腹空いたでしょ?」
「あぁ、ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」
「ええ。ごゆっくり、お入りください」
ちゆは微笑んでみせる。我ながら会心の営業スマイルだと思った。
◆◆◆
「へえ、すごい。ちゆちゃんが作ったのかい」
「はい、簡単だけど」
食堂のテーブルを見たユーイチが感心している。
そこには白粥を盛った土鍋と卵焼きに漬物が並んでいた。「沢泉」で賄いによく作っていたものだ。
「口に合うといいんだけど」
「いただきます」
箸を手に取り、ユーイチはズルズルとかきこむ。
「おっ、おいしい」
「……ねえ、音を立てずに食べてくれない? 行儀が悪いわ」
「ごめんごめん。つい夢中で」
「いいけど。おかわりもあるわよ」
ちゆも自分の席について食事をはじめた。卵焼きがおいしい。ヒーリングガーデンの卵はコクがあって豊かな味わいだ。
「……」
「……」
食べ終えるまではお互い無言だった。
口を開いたのは ちゆの方からだ。
「……ユーイチさん」
「ん?」
「あなたは、このヒーリングガーデンでは、どういう扱いになっているの?」
「俺?」
「そう。あなた」
男の値打ちを図るには、やはり先ず社会的ステータス……らしい。母はそう言っていた。
「どうだろう。正直、あんまり歓迎されてないというか、遠巻きにされている感じがするね」
「どうして?」
「そりゃ、いきなり地球を救う鍵とか言われても、ピンとこないよね。みんな戸惑っているんだよ」
「ふぅん……それが分かっているなら、改善すべきじゃないかしら」
ちゆは少し冷たく言った。
ユーイチが苦笑する。
「まあまあ、そんなにカリカリしないでくれ」
「してません」
「んー。そうだ、ちゆちゃん。君、陸上部だったんだろ。このあと、軽くランニングでもして、親睦を深めようじゃないか」
「……ええ、そうね」
ちゆは食器を持って立ち上がった。
◆◆◆
「それじゃ、まずは準備体操だ。はい、いち、にぃ、さん……」
「……ねぇ、なんであなたが仕切るの?」
「あ、いや、男だから……」
「関係ないでしょう」
きっとした視線をむけられて、ユーイチは動揺した。どうも朝から、ちゆが刺々しい。
「私に合わせなくていいわ。あなたのペースで走って」
二人は林道を走り出した。元陸上選手だけあって、ちゆの足は速い。年上の男であるユーイチをリードして、どんどん先に進んでいく。
ユーイチは、ちゆの後ろ姿に見とれていた。黒い運動着に覆われたヒップラインが躍動している。
やがて林を抜けると大きな湖のほとりに出た。
「……あら、どうしたの?」
ユーイチがペースを落とすと、気づいた ちゆが振り返った。
「いやー、ちゆちゃんが速いからさ。俺はちょっと……」
「もう、情けない。朝から晩まで女の子と抱き合ってるから体力が落ちるのよ」
「そ、それは関係ないだろ」
「あるわ。あなたがしっかりしてくれないと、私が困るもの」
呆れた顔のまま ちゆは再び走り始めた。
(なんだか、ちゆちゃんって、思ったより強気な子なのかも……)
「さあ、行きましょう」
ちゆがスピードを上げる。
「ちょ、ちょっと待って……」
「もっと速く!」
追いかけるように速度を上げるが、ちゆはさらに加速した。
「無理だって!」
叫ぶが ちゆの耳には届かないようで、すぐに背中が見えなくなった。
「はあ、はあ、はあ、はぁ、はぁ、はぁ……」
息を乱しながらユーイチは走り続けた。別に休むなとは言われていないが、小娘に舐められたのがムカついたのだ。距離は広がるばかりだったが、意地になって追い続ける。
やがて前方に、ちゆの姿が見えてきた。
「はあ、はあ、はあ、はあっ……」
ちゆは、湖畔に設けられた展望台の前で立ち止まっていた。彼女の隣で足を止める。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はぁ、はぁ、はぁ……ふう」
膝に手を当てて呼吸を整えながら、ユーイチはちゆを見た。
頬を紅潮させ額には汗を浮かべているが、涼しい顔だ。
「ふぅん。ユーイチさん、中々やるじゃない」
ニヤリと笑みを見せる ちゆだが、ユーイチはまだハアハアと荒い息をしている。
「あなたも男の子なら、このくらいのことで弱音を吐かないで欲しいわね」
「……ああ、そうかい」
体を起こしたユーイチは服についた砂埃を払った。
「ちゆちゃん、俺を品定めするつもりで走ってきたんだろ? 俺の根性を見極めるために」
「ええ、そうよ」
ちゆはあっさり認める。
「どうだったかな」
「そうね……まあまあってところね」
「へぇ」
ユーイチはもう一度質問した。
「ちゆちゃん、俺を品定めするのは、なんのためだい?」
「地球を救うためよ」
ちゆの言葉に迷いはなかった。
「地球を救うには、あなたとセックスしなくちゃいけない」
「ああ」
「でも、あなたはどんな人間なの? 現状に甘えて、セックスに溺れるだけのつまらない男? それとも、使命のために自分を捧げている立派な男?」
「……」
「あなたが本当に信頼できる人かどうか、確かめたかったの」
「なるほどね……ちゆちゃんは、自分が信頼できないヤツとは寝たくないわけだ」
「寝る?」
ちゆがキョトンとしている。真面目な女子中学生に迂遠な言い回しは通じないらしい。
「つまり……子供を作れるような関係になりたくないってことだろ?」
「ああ……ええ、そうよ。それくらい自分で見極めなくちゃ。目的のために生かされるだけの人生なんて、あんまり惨めじゃない」
ちゆが毅然とした表情になった。
「俺は、ちゆちゃんの好みのタイプだったかい?」
少し冗談交じりにユーイチは言った。
「えっ?」
驚いたように目を丸くした ちゆは、すぐに首を横に振った。
「ううん、違うわ。好みのタイプじゃない」
「あ、そう……」
「あなたって食べ方は上品じゃないし、デリカシーがないし、いつも女の子の匂いがするもの。なんだか……生臭い」
「うう」
「ひなたはワイルドだーって言うかもしれないけど、私は生理的に受けつけないわ。私が好きなのは、もっとスマートな男性よ」
「は、はは、そりゃ残念だな……」
(ちゆちゃんの理想の男性像と、俺は正反対か)
ユーイチは苦笑いを浮かべた。
「でも、あなたにも良い所はあると思うの」
「え?」
「アスミはあなたのことを男らしい人だって言ってたわ。それはきっと本当だと思うの」
「そっか」
「あなたは根性があるし、優しいところもあるから。それに、なんだか放っとけない感じもするのよね。弟みたいで」
「弟…………」
「さっきはごめんなさい。私、あなたを試すようなこと言っちゃって。あなたに失礼なことをしたわ」
ちゆはぺこりと頭を下げた。
「いや、別にいいんだけどさ。俺こそ悪かったよ。なんか、変な雰囲気にしちゃって」
「いいえ、そんなことはないわ。むしろ感謝してるの。おかげで、自分の気持ちに素直になれた気がする」
ちゆは微笑みながら言った。
「私、今はあなたのことが好きじゃないし、これから先も好きになれるか分からない。でも、家族として一緒に暮らしていくうちに、お互いに理解を深めていけたら嬉しいなって思うわ」
「そっか……」
どうも、照れ臭い。ユーイチは頭をかいた。
「だから、私と結婚して欲しいの」
「ええ!?」
いきなり話が飛躍した。思わず声を上げる。
「結婚……? 俺たちが?」
「ええ、何か問題あるかしら」
きょとんとした顔でちゆが言った。
「いや……その、突然話が飛躍したんで……」
「あら、私と結婚するのは嫌なのかしら。ひなたとは毎日のように一緒に寝てるのに」
意地悪くちゆは笑みを浮かべた。
「何もひなたやアスミより優先しろと言ってるわけじゃないのよ。私とはケジメのあるお付き合いをして欲しい。二人の関係に、しっかり名前をつけておきたいの」
「それで結婚? なんていうか……」
当たり障りのない言葉を探したが、見つからなかった。アスミもそうだったし、ひなたもこの子も、プリキュアというのは何故こうも直球勝負と真っ向勝負が好きなのだろう。
ユーイチの知る限り女の子というのはもっと男が察することを求めるものだった。なんというかプリキュアは、とにかくパワーが桁違いだ。
「分かったよ。ちゆちゃん。俺と結婚してくれ。その代わり、ちょっとやそっとで離婚とか言わないでくれよ」
「ふふ、ありがとう。あなたなら分かってくれると思ってたわ。よろしくね、旦那様」
ちゆは嬉しそうに微笑んだ。
(続く)