「おかえりなさい、サキさん」
朝の7時半。夜勤から帰ると、彼が出迎えてくれた。荷物を受け取ろうとするその手を押しのけて抱きつく。
「おっとと、お疲れ様です」
「疲れたよ、アオイ」
「頑張りましたね、サキさん。今日もたくさん働いてくれてありがとうございます」
彼の匂いを鼻いっぱいに吸い込んで、撫でられて褒められて、ようやく人心地つく。普段ならシャワーを浴びてからくっつくが、今日は本当に激務だったので仕方なかった。
彼の匂いの中に、少し姉の匂いが混じっていた。カオリは私が夜勤であけている間、際限なく彼に擦り寄っているのだろう。その分、主に日中は私が彼を独占する。それはお互いが了解していることだが、なんとも因果な関係だと思う。
「さ、シャワー浴びちゃいましょうね」
「ん……」
彼に促されて、のそのそとシャワールームに向かう。いつも通り着替えとタオルが用意されている。さっと身体を流して、部屋着に着替えた。
部屋に戻る前から、お味噌汁のいい匂いが漂っていた。既に彼が食事を配膳してくれている。今朝の献立はじゃがいものお味噌汁、きゅうりの浅漬け、厚焼き卵、蒸し鶏、白米だ。
「おかえりなさい」
「ご飯ありがとう。アオイ、好きだよ」
てきぱきと動く彼を無理に引き留めて、軽いキスをする。彼は困ったような照れ笑いを浮かべるから、余計に愛おしく感じた。
彼の手料理は文句のつけようがなく美味しい。彼がいつ料理の腕を磨いたのか、幼馴染である私にも分からない。もしかしたら、あり得ない話かもしれないけれど、彼は私たちの母に料理を習ったのではないかと思う。時折、彼の料理から、実家の味を感じるからだ。
「ごちそうさまでした。おいしかったよ」
「ありがとうございます。ごちそうさまでした」
皿洗いを二人で済ませて、ようやく一眠りできる。夜勤明けの家事は本当につらい。今は夜勤から帰ると毎日彼が出迎えてくれて、寝るまでに必要なことをしてくれるから、本当に助かっている。
「アオイ。今日は何時に出るんだっけ」
「今日は午後から大学です」
「じゃあ、ちょっとだけ一緒に寝よ」
「うーん、ちょっとだけですよ。……実は僕も少し眠かったです」
「んふふ。添い寝したら、きっとよく眠れるよ」
彼を先に寝かせてから、私は彼の腕に巻かれるように横になった。もちろん彼の左側に位置取る。右側はカオリの方だ。
「んふっ、好き……♡ アオイ、ぎゅってしてあげる……♡」
「ん……。サキさん、僕も好きですよ……」
既に彼の瞼は伏せられていた。私とカオリは社会人で忙しいが、彼も学業と家事で同じく忙しい。生活面で少し甘え過ぎてしまったかと思う。せめて抱き枕になって、彼に安眠をあげたい。
「んふふ……♡ 二人の体温で、ぽかぽかしてきたね……♡ ほら、平日の朝から、恋人に甘やかされて……二度寝しちゃおう……♡」
「……はい…………」
「いつもありがとう……♡ 大好きだよ、アオイ……♡」
「…………」
彼はあっという間に眠りに落ちて、無垢な寝顔を見せてくれた。胸が切なくなるほど、愛くるしい生き物だ。格好よくて、素直で、尽くしてくれる。私たちが二人がかりで守ってあげないと、悪い女に食い物にされてしまうだろう。その傾向は小中高と見られたから、これは確かだ。
さて、彼を寝かしつけたので私も寝ようと思ったが、眠気が飛んでしまった。目が冴えて眠れなかったり、存外眠りが浅くて昼前に起きたりすることは、夜勤明けにはままあることだ。
「ん……」
彼を起こさないように動いて、壁にかかった時計を見る。まだ8時半で、時間はたっぷりあった。不意に彼の腕が動いて、私を胸元に戻してくる。
「あ……♡ どこにも行かないよ♡」
「ん、サキさん……」
小さな囁き声が聞こえた。夢の中で私に逢っているのだろうか。愛する人が寝言で自身の名前を呼ぶことほど、幸せなことはないと思った。身体の奥に火が灯る。端的に言うと、セックスしたくなった。
「アオイ……♡ もう寝ちゃったよね……?♡」
「…………」
彼に多くを求めるべきではない。彼には既に、私たち姉妹を平等に愛するという難題を押しつけている。それはかなり気を遣うだろう。加えて私たちは、多分人より愛が重い。普段から天秤の両側にどさどさと土嚢を積んでいるような状態で、負担がかからないはずがない。
だから、せめて彼の安眠を妨害しないくらいの配慮はするべきだ。静かにひとりですればバレない。簡単に済ませてしまおう。
「ごめん……♡ アオイ、好き……♡ きらいにならないで……♡」
腕は動かさずに、指だけで下を慰める。彼との情事を思い出しながら、下着の上から引っ掻くようにしていじめる。
「ふーっ……♡♡ ふーっ……♡♡ ごめん♡♡ アオイごめんね♡♡ 好きだから許して♡♡」
彼の胸板に顔を埋めて、匂いを嗅ぎながら指の動きを早める。自分は最低だ。寝ている恋人をオナニーのネタにするなんて、本当に品がない。でも私は、明らかにこの状況に興奮していた。彼の胸元は、茹だった吐息ですぐに湿気た。
すこし顔をあげて、至近距離で彼の寝顔を凝視する。本当に端正な顔立ちだ。絶対に逃したくない。彼にとって私たちよりいい人はいても、私たちからすれば彼よりいい人はいないから。高まる興奮から、息が荒くなり、彼にかかってしまう。長いまつ毛がぴくぴくと動いた。
「あ゛ッやばい♡♡ アオイの目の前でオナニーやばッ♡♡ アオイも悪いんだよ♡♡ いっつもいっつもそうやって私たちを誘うから♡♡」
身体に火がついたように熱が上がり、布団の中が体温と湿気で快適とは言い難い状態になってきた。彼が干してくれた布団なのに、台無しにしてしまった。彼が起きてしまうのも時間の問題だろう。なら手早く済ませなければならない。下着に手を突っ込んで、中を直接擦る。
「アオイッ♡♡♡ ア゛オイぃッ♡♡♡ ごめんね本当にごめんッきらいにならないで♡♡♡ キスしたい♡♡♡ キスしていいッ?♡♡♡ するよッキスしちゃう、アオイ起こしちゃう゛ぅ♡♡♡」
「…………」
「きっキスッ♡♡♡ キスひゅる、キスッ……ん゛むぉ……♡♡♡ ……う゛ぉあ゛…………ッ♡♡♡ んぶッお゛お゛お゛お゛ッ……♡♡♡…………ッ♡♡♡」
本当に軽く、唇がかする程度のキスをした。罪悪感がスパイスになって、異常なほど気持ちいい。彼は眠っているのに。たくさん私たちに尽くして疲れて眠っているから、絶対に起こしちゃいけないのに。いつの間にか私の手は、水音が布団を越えて聞こえてしまうほどに激しく動いていた。布団がぱたぱた動いて、中にこもった私の匂いの空気が鼻を掠めた。
「い゛ッいまキスしたら絶対イぐッ♡♡♡ ベロチューしたらキスイキずる゛ッ♡♡♡ 絶対だめなのにッごめん本当にごめんねッ♡♡♡ ベロチューいやなら言って♡♡♡ するよッ♡♡♡」
「…………」
「んふッ、お゜ァハ……ッ!♡♡♡ ………れュ、……ッ!?♡♡♡ ぽァッ……!!♡♡♡ イッ……ぎ……………!!♡♡♡」
彼にしがみついて、腰をがくがく震わせて、キスしながら絶頂した。絶頂しながら、無抵抗な彼の唇に舌を差し入れて、ぺろぺろと歯を舐めた。もう彼を起こさないようにとかそんな考えはどこかに飛んでいて、ただ彼を使って自分が気持ちよくなることだけを考えていた。
「んア゛……♡♡ ごめんね……♡♡ これくせになる……♡♡ さいあくのオナニー覚えちゃった……♡♡」
口では何度も謝りながら、少しも悪いとは思っていなかった。無防備な彼を使うことに対する罪悪感を得るためのおまじないだった。
絶頂が落ち着いて、ようやく眠気が訪れた。布団の中は暑くて湿っているし、手も私の汁で汚れたままだ。片付けてから寝ないとと思っても、やはり夜勤で疲れていたから、眠気はどんどん強まっていく。
「ごめん……♡ においやば……♡ 起きたらやっておくから……ゆるして……♡」
眠りに落ちる直前、髪を優しく梳かれたような気がした。ああ、やっぱり起こしてしまっていたんだな、と思った。ごめんね、アオイ。