予定より少し早めに帰ってきたが、案の定彼は部屋にいてくれたようで、鍵は開いていた。
「ただいま」
物音がするので彼がいることは確かだけれど、しかしいつものような返事は返ってこなかった。嫌な予感が走る。例えば、泥棒が入って彼に酷いことをしていたら。もしくは、彼が病気で倒れてもがいていたら。万に一つ、彼が"私たちに言えないようなこと"をしていたら。
手荷物を放り投げて足早に玄関を抜け、リビングの扉を開け放つ。そこには——
「お、おかえりなさい……」
彼がいた。薄着で、荒く息をついて。
どうやら、筋トレをしていたらしい。彼がそんなことをしていたとは知らなかった。
——
彼をソファに座らせて、私も隣に座る。汗の匂いがして、胸がぐぅっと切なくなった。
「アオイ、鍛えてたんだ」
「はい……」
どことなく詰問する雰囲気になってしまったが、当然彼は何も悪いことはしていない。私が自分自身を抑えるのに必死で、不必要な圧を放っているだけだ。
「身体、引き締まってるなとは思ってたけど。そういう器具はないよね?自重?」
「はい。あの、シャワー浴びてもいいですか?」
「待って。駄目」
立ち上がろうとする彼の腰を掴んで、ソファに戻す。幼馴染として、彼が運動をするイメージがなかったから、この姿は貴重だった。
彼はみだりに肌を晒したりはしない。でも今は、通気性を重視した半袖短パンで、首元や腕、すねを惜しげもなく晒している。それに、上気して赤く染まった肌には、うっすらと汗が乗っている。率直に言ってエロい。自分の汗の匂いを気にしている姿もまたいい。もう私にたくさん嗅がれていて手遅れなのに。
こうなると、次は服の中が見たい。縮こまっている彼の襟からちらつく身体もいいけれど、一生懸命に鍛えた筋肉を直に見て触りたいと思うのは、当然の流れだった。
「分かった、じゃあ私が拭いてあげる。上脱いで?」
「えぇ……」
「早くっ。脱がすよ?」
「……はい……」
側にあったタオルをとる。彼の匂いがして、筋トレ中に汗を拭くのに使ったんだと思った。
私の態度から、もはやただ汗を拭くだけの行為に収まらないことを、彼は察したらしい。恥ずかしそうに、躊躇しながら、シャツを脱いでいく。それが結果的に焦らすような仕草になって、私の興奮を煽った。
「……ッ♡ 早く……♡ 早く脱いで……♡」
「サキさん、目が怖いですよ……」
裾がずり上がって、おへそと、そのそばにあるほくろが露わになる。本当に、いちいちいやらしい身体だと思う。白い腹筋が一段ずつ見えてくる。しっかりと割れているわけではないけれど、確かに段差がある。腹筋を登り切る間際の脇腹側には、肉も脂も薄いところがある。肋骨が透けていて、色素も薄いせいで、右にも左にもいくつかキスマークを付けられている。それから程よい厚みで張りがある胸板を晒して、彼はシャツから腕を抜き取った。
早く触れたい。見ているだけなのは無理だ。直に触れて……、触れたからといって何かが起きるわけでもないのに、どうしても触れたい。
「ふッ♡ ふーッ♡ 拭いてあげるね……♡」
「……」
汗で艶めく彼の肉体にタオルを押し付ける。タオルを持っていない左手は脇腹に添えて、不審でない程度に肌を撫でる。美味しそうだと思ってしまった。脂ぎっても、筋張ってもいない。性的な意味のみならず、実際に噛み付いて咀嚼したとしても、美味で上質な肉に思えた。
毎日のように見ている彼の身体だけれど、見慣れることはない。何度触れ合っても飽きないし、舌を這わせるたびに興奮が突き上げる。彼はそれを分かっているのだろうか。私たち姉妹が、彼の心と身体に魅了されて、もう誰の目にも留まらないところにずっと閉じ込めてしまいたいと思っていることを、自覚しているのだろうか。自覚しているのなら構わない。自覚なしなら、無意識に私たちを誘惑して、突然私たちが酷いことをする構図になってしまうからよくない。
もはや身体を拭いてあげるという体裁を忘れて、タオルを横に置いた。指先で腹筋のぽこぽこを感じ、手のひらで胸板の厚みを愛でる。それから、彼の鎖骨に口をもっていく。
「サキさん、本当に……ダメですよ。汚いですから……」
「き……♡♡ きひゃなくない……♡♡ おいひいよ、アオイのからだおいひい……♡♡」
そこまで多量の汗をかいたわけではないとはいえ、確かな塩っけを感じ取った。あまりに倒錯的だ。社会人の女が、外出用の服を着たまま、年下の男の子の服を脱がせて、首元に顔を埋めているなんて。たとえ恋人同士であっても、そこらの男女なら受け入れられず、破局すらありえるだろう。でも、彼は許してくれる。馬鹿みたいに性欲が強くて、最低なことをねだってくる彼女を、二人も受け入れてくれる。
「んひゅッ……♡♡ ね、いつから鍛えてたの?♡♡」
「ずっと前からですよ。健康目的です」
「ふーん♡♡ なら、なんでこっそりやってたの?♡♡ 」
「それは……、サキさんとカオリさんが褒めるからですよ……。彼女にいいところだけ見せたいと思うのは、変なことじゃないでしょう」
「……!♡♡♡」
彼は少し気まずそうに、斜めを見ながら呟いた。
私たちのために、彼は筋トレしていた。彼は私たちに見せて、味わってもらうために、見えないところでけなげに身体を鍛えていたのである。その事実に苛立った。愛おしすぎて、むしろ腹が立ってきた。こんなに大きな感情を抱えさせた責任をとらせないといけない。抱えたままでは潰れるほど重いこの愛情の一端を、彼にも担いでもらわないと、私が壊れてしまう。
「あ゛……ッ♡♡ かわいいね♡♡ 私たちにセックスさせるために頑張って鍛えたんだ……♡♡ もう絶対犯すからね……♡♡ セックスしよ♡♡」
「いやっ、結局身体拭いてないですよ!?それにサキさんも仕事終わりでシャワー浴びたいですよね?ほら、僕がサキさんの身体も洗ってあげますから、お風呂行きましょう?」
「うるさいなぁ♡♡ いい加減にしてよ♡♡ そんな汗まみれで出迎えて、最初からするつもりだったんでしょ♡♡」
彼にのしかかりかがら、服を全て脱いでいく。ブラウスのボタンが弾け飛んだけれど、もう構っていられない。全裸になって、彼の短パンも奪い取る。
「ふーッ♡♡♡ ふーッ♡♡♡ アオイが悪いんだよ……♡♡♡ そうやって誘うから、私たちどんどん抑えられなくなるんだよ……♡♡♡」
「そんな、つもりは……」
「うるさい♡♡♡ ほらッ♡♡♡ アオイだってバキバキにおちんぽ勃ててるじゃん♡♡♡ ほんと私のこと好きだよね♡♡♡」
ソファの背もたれと座面の間に手を突っ込んで、ゴムを取り出す。それを手早く彼のものに着ける。
「好きだよ、アオイ♡♡♡ 全部好き♡♡♡ 身体だけじゃないよ、全部全部好き……♡♡♡」
ありったけの想いを込めて、愛を囁きながら、彼のものをおなかの奥に飲み込んだ。
——
「ただいまー」
「おかえりなさい、カオリさん」
「おかえりー」
姉は帰ってくるなり、一瞬据わった目をした。キッチンにいる彼には微笑みかけ、ソファでぐったりする私の方には険しい顔で近寄ってきた。
「した?」
「した。ごめん」
何かで察したのだろう。その最たるものは匂いだ。行為特有の匂いや、消臭剤の匂い、シャンプーの匂いなど、存外分かりやすいものだ。
「はぁ……今夜どうしよ」
「でも、いい情報を手に入れた。カオリは、アオイが筋トレしてるの知ってる?」
「知らない……」
「ちょっと、後でね。教えてあげる。本当にエロすぎたから」
「え、何それ。絶対教えて」
しっかりと犯し尽くされて、もう動く体力がない。今度、彼の筋トレに付き合おうと思った。