※この作品はR-18です。

アイドルマスターシンデレラガールズ 速水奏   作:perv

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春の雪

 『潤い、ずっと…』

真っ赤なドレスに身を包んだ少女がスカートをはためかせ、こちらを振り返る。

夜を宿したような濃紺色のショートヘアーが揺れ、少女の艶やかな唇がアップにされた。

血色の良い唇が三日月のような曲線を描き、スローモーションでぷるんと波打つさまが映し出される。

『小悪魔LIP。新発売』

リップクリームの宣伝らしい。

自分にはさっぱり分からないが、今若い女性の間で大ヒットしている商品であるらしい。

液晶の向こうで少女はコツコツ…とヒールを鳴らし、立ち去っていく。

 

 コツコツ…カッ

しかし、その途中で足を止めると、ふいにこちらを振り返り。

チュッ。

「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っっっ!!!!!」

液晶の前の視聴者に向けて少女が投げキッスをした瞬間、四畳間のござに座る中年男…肝尾太(きもお ふとし:58)が奇声を上げる。

大量のティッシュを股間に押し当て、彼女への"想いの丈"をそこにぶちまけた。

ブピュルビュッ…ブピピッ…!!!

「はぁ、はぁ…か、奏たん…」

肝尾に"奏"と呼ばれた少女。

アイドルユニット『LiPPS』に所属するアイドル、速水奏。

17歳にしてテレビCMへの出演やモデルなど数多くの露出を重ね、将来を嘱望されるアイドル。

もっとも彼女は女優になるだとか芸能界への強い拘りがある訳ではなく、毎日学校へ通っているただ一人の女子高生なのだが。

しかし彼女のずば抜けた美貌だけでなく、女子高生離れしたミステリアスな雰囲気、同性が羨むスタイル、大人びた性格…などが爆発的な人気につながり、今や通学しても毎日のようなサインをせがまれる日々。

特に彼女と同世代のティーンズからの支持は厚い。

彼女の名前は全国に知れ渡っていた。

 

 握手会で生身の彼女を目の当たりにして思わず感涙を流す女性ファンもいれば、その陰には彼女に対して卑劣な感情を抱く者もいる。

ネットの掲示板で欲望を垂れ流す汚物以下の書き込みを見れば一目瞭然だ。

キラキラした17歳の美少女アイドルに歪んだ想いをぶちまける変態オヤジ達。

肝尾太はその最たるものだ。

 

 ネットの掲示板にて、"速水奏 part.1547"と銘打たれたスレッド。

クリックして中を覗いてみれば、そこには性犯罪紛いの便所の落書きが羅列されていた。

『奏にチ○チン入れたい』

『奏の住んでる所って○○のマンション?』

『何号室?』

女性アイドルが男性から性的対象として見られる事はごく自然な事と言える。

しかし彼らの書き込みは遥かに常識を逸していた。

彼女の住所を特定するような書き込みから握手会に行って彼女の身体を触る計画まで、性犯罪じみた書き込みで溢れていた。

『握手会行って奏の目の前でチ○ポ露出したら伝説になれるかな?w』

『ぜひやってくれwww奏がチ○ポ見てびっくりする顔が見たいwwww』

『ボクも奏におち○ぽこ見せたいwwwフヒュヒュwwwww』

本人や事務所がその気になればいつでも警察案件にする事ができるだろう。

しかし仮に罪が成立したとしても、逮捕に直結しづらいのだ。

そして仮に逮捕できたとしても、懲役刑に至るケースはほとんど無く、再犯のおそれがある。

 

 奏の名前が売れる度にこういった事件は増えていった。

先日の握手会では―――

 

 奏はその美貌から当然男性のファンが多いが、同時に彼女に憧れる女性のファンも多かった。

「キャ――――ッ!!!!生の奏ちゃん綺麗すぎ!!!!」

「お肌きっれ―――!!!天使みたい!」

黄色い声を浴びせかけてくる同性ファンに、宥めるような視線を向けながら握手をして、一緒に写真を撮る奏。

17歳にして化粧品の広告に引っ張りだこな奏は、女性達の間では一つのアイコンとなっていた。

 

 そんな中、行列に並ぶ一人の場違いな男が。

チェック柄のシャツをズボンにインして、でっぷりと肥えた腹の曲線を露わにした中年の男。

薄くなった髪と髪の間からはてかった頭皮がのぞき、アイドルの握手会にはおよそ似つかわしくない姿が周囲の注目を集めていた。

 

 速水奏のファンなのだろうか?

誰もがそう思っただろう。

関係者か何かの間違いではないかと。

しかしその卑しげな瞳は行列の最前列、速水奏を凝視して目線を外さない。

 

 そして男の番になる。

「ふひひ…奏ちゃん、会いたかったよぉ」

「…ありがとうございます」

男の脂ぎった顔面が迫ってきて、一瞬たじろいだ様子を見せるも、すぐにいつも通りのクールな雰囲気を装う奏。

手を差し出すと、脂汗でぎとぎとになった両手で奏の細くて綺麗な手を握る。

「ずっと、好きだったんだよ…奏ちゃん」

「え…」

ファンの人達から"好き"と言われる事は多い。

というより、握手会やライブに来てくれる人達は皆、奏の事が"好き"だから来てくれるのだろう。

しかし、男の口から発された"好き"は全く意味合いの違うものに聞こえた。

 

 手短に済ませ、次の客を招こうとする奏に半ば強引に写真を撮るよう強要する。

「…あっ!?」

太い腕を彼女のくびれた腰に回すと、ぐいと彼女の身体を引き寄せる。

「ホラ、写真撮ろうよ奏ちゃん…おぢさんと一緒に、2ショット撮ろうね?」

スタッフにスマホを渡して、写真を撮らせる男。

平静を装いながらも、助けを求めるような視線を周囲に向ける。

ぶよぶよした男の肥満体が服越しにでも当たるのが気持ち悪かった。

 

 何回も写真を撮る事を強要する男。

スタッフが「お一人様一枚限りですので…」と言うと、男は茹でダコのように顔を赤くして憤った。

「てめえ…誰が金払って来てやってると思ってんだ!!?あぁ!?」

若いスタッフに怒鳴りつける男の剣幕に、歓声に満ちていた空間が一瞬にして静まり返る。

頭に青筋を立てた男は憤ってもなお奏の体を離そうとしない。

「怒鳴ったりしてごめんねえ、奏ちゃん…こいつがおぢさんの言う事聞かないから」

奏の方へ向き直ると怒り狂った顔が嘘のように満面の笑みへと豹変する。

いくら大人びているとはいえ、中身は等身大の17歳の少女。

男が物凄い剣幕で怒鳴るのを目の当たりにして、怯え切っていた。

 

 奏が震えているのを悟ったか、気色悪いほどにニヤけた顔を奏に近づける。

「奏ちゃん怖かった?ごめんな…おぢさんいきなりおっきい声上げちゃって」

「…ひぅッ!?」

急に眼を見開き、変な声を出してしまう奏。

男が空いた左手で奏の尻を撫でたのだ。

「や、やめて…やめてください…!」

「おほぉ…奏ちゃんの小ぶりなお尻だぁ」

引き締まった奏の尻を撫で、ご満悦に浸る男。

れっきとした痴漢行為だ。

しかも公の場で、著名なアイドルに対して、堂々と。

流石に周りのスタッフも止めにかかったが、誰よりも先に止めに入ったのは…

 

 「おやめください」

がしっ、と奏の尻を撫でる手を掴み、捻り上げる。

背の低い男とはちょうど顔一個ほど背丈が違う。

すらりとした長躯の若い男は、丁寧な口調ながらも怒気を含んだ声で言い放った。

(プロデューサー…!)

「痛でででででで!!!」

男の腕をぐいと捻り上げる一方で、奏の腰を抱いて自らの方へ引き離す。

痛みで顔を顰めながら「なんだぁ?てめぇ」と言わんばかりの視線を男はプロデューサーに向けると、他のスタッフがぞろぞろと集まってくるのを見て、旗色が悪いと踏んだか。

「チッ…邪魔しやがって」

プロデューサーの腕を振りほどくと、のっしのっしと大股で会場を後にする男。

流石に通報される事を恐れたか、足早に立ち去っていった。

 

 ほっと、安堵の息を漏らすプロデューサー。

その後は奏だけが急遽裏に退く形で握手会は続いた。

しかし男が怒鳴り散らした後の会場ではどことなく気まずい空気が流れ、せっかくの握手会が台無しになってしまう形に。

「奏…大丈夫か?」

「え、ええ…」

舞台裏で凍えたように震えだす奏に対し、自身のコートを優しく差し出すプロデューサー。

奏は細い指でぎゅっ、とその裾を掴むと、震えた体を彼のコートにくるめる。

「今日はすまなかった。俺がもう少し注意して見ていれば…」

「私は大丈夫よ」

それより他の子は?と問いかける奏。

自分の事は大丈夫だから…と気丈に振舞ってみせる。

LiPPSのリーダーとしての矜持といったところか。

だが、17歳の少女か細い指はまだ微かに震えていた。

 

 「プロデューサー」

「ん?なんだ?」

真紅に塗られた唇が言葉を紡ぐ。

「…ありがとう」

プロデューサーの方を向かずに礼を言う奏。

耳が少し紅葉色に染まる。

逞しい腕に助けられ、厚い胸板に抱き寄せられた瞬間、その心臓は張り裂けそうなほど高鳴ってしまっていた。

 

 しかしこれで一件落着とはいかなかった。

事務所もこうした状況を見て見ぬふりはできず、奏の握手会の参加頻度は徐々に減っていった。

下手に警察案件にすれば彼らの奏への報復を促してしまうかもしれない。

何より"逮捕"という物々しい言葉をちらつかせ、真っ当にアイドル達を愛し彼女達を応援しようという真心を持って来てくれるファンを遠ざけるような真似はしたくない。

なら、こちらから手を引くしかない。

女性を中心とした彼女の熱心なファンは心底残念がり、発端となった一部の男性ファン達を糾弾する。

痛烈な言葉で罵られる男性ファン達もそれに反発し、速水奏ファンの中で対立が巻き起こってしまっていた。

 

 「…人気者になるって、大変ね」

自宅マンションのバルコニーで夜風に吹かれる奏。

ドレスワンピースのスカートがはためく。

月が照らした都会の夜景は、深い群青色に染まった海のようで、家々の窓から漏れる光はさながら波間に浮かぶいさり火のようだ。

高層マンションの35階から見下ろせば、街の喧騒も小さな潮騒に等しい。

であれば、上品なデザインのドレスワンピースに身を包んだ奏は、物憂げな表情を水鏡に映す洋上の貴婦人といったところか。

 

 それを、見ていた。

 

 遥か上空、130m。

大砲のような望遠鏡を手に空を眺める男の目的は美しい夜空…ではなく。

速水奏の夜風にはためくスカートの中であった。

 

 「おほっ!ひひっ!もうちょっとで…ぱ、ぱんつが見えちゃうよぉ~、奏たぁん!」

独り言をぼやきながら、勃起した男性器をポケットに手を突っ込み握りしめる肝尾の姿はただの不審者にしか見えない。

夜空に黄昏る奏は、まさか遥か下で自身のスカートの中を望遠鏡で見ようとしている男がいるなど思いもしないであろう。

風が吹く度、奏のお尻が見えそうになりその度に奇声を上げる。

「奏たんっ!奏たんっ!のっ、おぱんちゅっ!」

下着が見えずとも、美しいふとももが覗いた瞬間、肝尾の性器は木の幹のように膨れ上がっていった。

白磁のようなすべすべで綺麗な美脚を見て。

 

 しばらくすると奏が振り返り、ベランダから退いていく。

「あぁっ!奏たんっ!まだぱんつ見れてないよぉ…っ」

完全に部屋の中に入ってしまった奏。

結局、お目当ての下着は見れず。

「待って!奏たんっ、行かない…でっ…!ウッ」

その場で体をくの字の曲げて呻き出す肝尾。

「奏たんっっ!!奏ぇぇぇえええっっっ!!!!」

ドクッ!!!ドクッ!!!ドクッ!!!ドピュピュッ…!!!

 

 家賃2万5000円。

風呂無しの四畳間。

食べかけの弁当や菓子、脱ぎ捨てられた衣類。

エアコンも付いていないその空間で、肝尾太はパソコンのキーボードに向かっていた。

カタカタカタ…と忙しなくキーボードを叩き、液晶に打たれる数多の文字は彼の病的な欲望を綴る。

『こないだの握手会で奏たんに抱き付いたったwwwwww』

先日の"事件"はネット上でも騒ぎになっていた。

握手会で奏に抱き付いたおっさんがいると。

その時の写真や動画まで投稿される始末。

そこに映っているのは紛れもない、肝尾太本人であった。

 

 『ちょwwwお前かwwww』

『お前が犯人か』

『キモオヤジいて草』

自慢げに奏の身体に触れた時の事を綴る肝尾。

良い匂いがした、とか、お尻が柔らかかった、とか。

スレの雰囲気は羨望と憎悪とが入り混じった狂気の空間と化す。

 

 『キモ。逮捕されろよ』

『通報しますた』

『お前のせいで奏ちゃんがどんな気持ちになったか考えた事あんのかよ』

好奇心で彼をからかうような声ばかりかと思えば、奏の真面目なファンなのであろう、憤るようなレスで溢れ返る。

そんな彼らを無視して、延々と奏の匂いや体を寄せた感触について語り続ける肝尾。

"あの速水奏の体を触ってやったぞ!"という優越感に浸る。

 

 四畳間の部屋の壁にはびっしりと奏の写真が貼られている。

ネット上で見つけた彼女の画像を印刷し、大きな用紙にコピーした物を無数に貼り付けているのだ。

「ぶふっ!奏ぇ…」

ライブ中に自身で撮影した、奏のスカートの中をアップにした写真を手に取る。

当然、下着が見えている訳ではなく黒いショートスパッツが見えるだけであったが。

しかしパンツでなくとも、奏の汗や分泌物が染み込んでいるのかと思うと、肝尾は異様に興奮し出した。

 

 「奏たんのお尻、柔らかかったなぁ…」

握手会で撫で触った奏の尻の感触を思い出す。

引き締まった小ぶりなお尻ながらも、服越しに伝わる尻肉の柔らかさは相当なもので、それは何ものにも形容できないほど。

自らの手を何度も目の前で、宙で揉むような手つきを見せ、その瞬間の感覚を呼び覚ます。

何よりあの奏の嫌がった表情。

クールで、妖艶で、ミステリアスで、まるで触れれば崩れてしまいそうなほど繊細な氷細工の如き美貌。

そんな芸術品のような彼女の顔に滲んだ一抹の不快感。

真水に澱む一滴の墨汁のように、一瞬でそれは彼女の心も体も黒く染めてしまう。

新雪に足跡をつける子供のように無邪気に、そして残酷に、肝尾の欲望は忍び寄る。

 

 

 地上50階。

都会のど真ん中にそびえたつタワーマンション。

俳優など有名人が住んでいるとも言われる都内でも有数の高級マンションである。

その35階に速水奏は住んでいた。

 

 チーンッ

クラシックなベル音と共に、エレベーターから降りてきたのは白いコートに帽子とサングラスを着けた女性。

コツコツ、と大理石の床を叩くように足早に歩き、巨大な自動ドアから姿を現す。

ガチャリ…

すぐそばに停まっていた白いセダンのドアが、辺りを見回していた彼女を招くように開く。

人目を避けるように女性はすぐにセダンへ乗り込んだ。

 

 革靴がアクセルペダルを踏み込めばウオォォン…と唸るようなエンジン音を上げ、車が都会の喧騒を掻き分ける。

後部座席に腰掛けた女性が、溜息と共に帽子とサングラスを脱ぎ捨てた。

濃紺色のショートヘアーにトパーズを彷彿とさせるような檸檬色の、猫のような瞳。

速水奏であった。

「ふぅっ…人気者になるって、大変ね」

「奏。お前それが口癖になってないか」

ハンドルを握る若い男は、いつも彼女に付き添っているプロデューサーだ。

"先日の事件"もあり、朝夜と彼女の送り迎えを欠かさない。

 

 収録やライブ、そして己を研鑽するためのレッスン。

日々忙しなく働くアイドルに、影のように付き添うプロデューサー。

傍から見ている者は思うのである。

『恋愛関係に至らないのか?』と。

ましてや奏とこのプロデューサーなら若い男女である。

奏の美貌は勿論の事、実は脇を固めるプロデューサーの甘いマスクにも注目は集まっており、先日の"事件"の際にはそれがいっそう脚光を浴びる形に。

奏に対しセクハラ行為を働いた中年男の腕を捻り上げ、彼女を守った姿が騎士のようだとSNSで話題になっていた。

色白で背が高く、貴公子然とした容姿を誇るプロデューサー。

黒子に徹するにはその俳優のような見た目が目立ってしまい、週刊誌の記事の種にされる事もあった。

そして担当しているアイドル…奏との色恋沙汰まで噂されるようになってしまう。

 

 「ねぇプロデューサー。昨日のあの番組、見た?」

「見てないな。何か面白いネタでもあったのか?」

くすくす、と指を唇に当てながら笑う奏。

無限にうつろいゆく景色を映し出す車窓に、彼女のいたずらっぽい笑顔が映る。

「アイドルのプロデューサーをやっている人が出てたの。それでね…」

どうやらそのTV番組で自分の同業者であるそのプロデューサーはこう聞かれたらしい。

『自分の面倒見ているアイドルと恋愛関係にはならないのか?』

司会者に素朴な疑問をぶつけられ、少したじろぎながらも番組に出ているプロデューサーは答える。

『いやいや…面倒を見るので精一杯ですし、私から見れば子供達のようなものですから』

確かに彼は40代で、アイドル達は年長者でも20台半ばほどだ。

しかしもしそれが、歳の近い男女であれば…

 

 「どうなると思う?」

後部座席から首を伸ばし、プロデューサーの耳に息を吹きかける奏。

バックミラーにいたずらに微笑んだ少女の顔が映る。

「奏…運転中に気が散るだろ」

「ごめんなさい。じゃあ答えは事務所に着いた後で教えてくれるって事でいいかしら?」

「あのなぁ…」

奏と会話していると自分の年齢を忘れる。

それは決して彼女が小生意気な態度をとってくるとか自分が舐められているとか、そういう訳ではなく、背伸びをして大人の自分に目線に合わせてくる彼女に対しての率直な感覚。

 

 他のアイドルとは違う。

アイドルという言葉はギリシャ語の"Idol(偶像崇拝)"に語源を持つ。

神や仏といった物質的には表現しえないものを像の形に模して崇拝することを意味する。

速水奏の存在感や佇まいはそれに均しい。

彼女と同じレベルの美少女や妖艶な雰囲気を出す女性は、探せばどこかにはいるだろう。

しかし、大人びている、見た目が綺麗、それだけではない。

垣間見える女子高生としての幼さと脆さ。

小悪魔のような妖艶さを醸し出す大人びた雰囲気と17歳の等身大の女子高生らしいあどけなさとが織り成す、絶妙で唯一無二な黄金比。

それを表現できるのはこの世で速水奏ただ一人だ。

だから彼女にリーダーを任せた。

 

 連続ドラマの撮影の合間。

ドラマ、と言っても奏はほんの端役。

しかし、星の数ほどいるアイドルの中でドラマ出演を果たせる者が果たして何名いるだろうか。

まして弱冠17歳で。

「――で、どうなのよ」

「…うん?」

ベンチコートの両裾をきゅっと掴み、自らを包むようにそれを羽織る奏。

他のキャストの番が終わるのを外で待っていなければいけないのだ。

撮影現場はさながら戦場だ。

辺りでは忙しなく機材を持ったスタッフが駆けずり回っている。

「さっきの質問の答えよ」

温かいお茶が湯気を立てる紙コップを彼女に手渡す。

奏は両手で差し出された紙コップを持つと、くっくっと貝殻のような喉を鳴らし、お茶を飲み干した。

「あー、あれか」

ぽりぽりと頭をかきながらプロデューサーは困ったような笑みを浮かべる。

「…質問、何だっけ?」

湯気ではなく、小さなため息が白く寒空に浮かんだ。

 

 「お疲れ様でしたー!!!」

収録が終わり、スタッフもキャストも解散していく。

プロデューサーが車のドアを開けると、奏のほっそりした肢体が吸い込まれるようにその中へ入っていく。

撮影や収録の現場は勿論、学校や家までの送迎をプロデューサーは欠かさない。

 

 車内では少し沈黙が続いた。

「…さっきの事、気にしてるのか?」

「別に。気にしてないわ」

バックミラーで後部座席の彼女の様子を窺うと、そっぽを向くように外を眺めている。

曇った車窓。

ぼやけて見えもしない景色を眺める奏。

 

 撮影現場でその話を振られた時に、プロデューサーが「うん、分かった」と首を縦に振った訳ではない。

それを分かっているから奏は露骨に不機嫌そうな様子は見せない。

だが、冬の寒空を思わせる白い横顔は、面白くはなさそうだ。

 

 「…アイドルとプロデューサーが恋愛関係にならないのかって話だろ」

「…え?」

降って湧いたように、急に思い出した。

それを悟られないようにあたかも最初から覚えていたかのような口ぶりで喋り出す。

 

 「…俺は別に、それが悪い事だとは思わないけどな」

「…!」

奏の機嫌をとろうとした訳ではない。

異性として奏の興味を引きたかった訳でもない。

プロデューサーが所属タレントと交際するのは業界ではご法度といわれている。

ましてや17歳の奏とプロデューサーとでは年齢が一周りほど違う。

恋愛対象とはなりえないだろう。

その考えのもと、彼は自分の考えをつらつらと述べていく。

 

 「なんでプロデューサーがアイドルと恋愛しちゃいけないかって…それはファンの期待を裏切っちゃいけないって事だろ」

先述した通り、アイドルという言葉の語源はギリシャ語の"Idol(偶像崇拝)"。

つまりファンにとっての全知全能の神である事が求められる訳だ。

応援してくれる不特定多数のファンを等しく愛する無限の愛…アガペーを人間に注ぐ神の如く。

「当然そういう騒ぎも色んな所で聞くよ。でも…昔、あるアイドルがいてな。彼女が言っていたのが――」

依然として横を向いて、曇った車窓を眺め続ける奏。

 

「『性別を問わずたくさんの出会いと、時には別れを繰り返して、より素敵な大人になって欲しいです』って。その子は言ったんだ」

その発言は賛否両論を生んだという。

恋愛沙汰がスキャンダラスに報道される事により、大衆の"アイドル"というものへのイメージを歪め損なう事にもなる。

それにプロデュースする側からすれば、一人のアイドルを育てるという事は多大な労力や資金を費やす。

女性アイドルの場合、恋路の行く末に妊娠してしまい、引退…なんて事にもなれば、その費やしたものは水泡と帰す。

プロデュース側の人間から言えば本音は、禁止などと固い事を言うつもりはないが、自由だと認めるつもりもないといったところだ。

 

 彼も同じスタンスであった。

頭ごなしに否定するつもりはないが推奨するつもりもないと。

アイドルとて一人の人間。

アイドルでいる期間よりもずっと長い時間を、一人の人間として過ごし、一生を終えるはずだ。

なら、やりたい事好きな事を拒んでまでアイドルをやっていく必要もないと思っている。

奏がもし意中に決めた異性を見つけたのであれば、黙って見守るしかない。

それが"速水奏"という一人のアイドル…ではなく、一人の人間としての生き様なら。

「だから俺は奏にもたくさんの出会いと別れを繰り返して、より大きな人間に育ってほしいと思ってる。…それはアイドルとして以前に、人としてな」

「…」

色彩の失せた冬の街並みに、行き交う人々は皆コートを羽織っている。

出会いと別れ。

手をぎゅっと握り合う男女、寒さに身を縮めるようにして歩く男、かじかんだ両手を合わせては白い吐息を吹き込む女。

それらは全てこの冬景色を構成するパズルのピースに過ぎない。

ただのピース、されどどれ一つとして欠けてしまえば完成させられない、この銀世界という名のパズルのピース。

“Il faut de tout pour faire un monde.”

世界を作るためにはすべてが必要。

 

 バタン…

灰色の空に聳え立つタワーマンション。

その敷地内に設けられた広大なロータリーのようなスペースに、白いセダンが停まる。

「お疲れさん。寒くなってきたから、体壊すなよ」

後部座席からダウンジャケットに身を包んだ奏が現れた。

「…おっ?」

二人を待っていたかのように、ちらつく白銀の綿羽。

思わず天を仰ぎ、手を虚空へかざすプロデューサーと奏。

綿羽ではない。

雲が息を吐くように、か細い雪が二人の肩へ降りていった。

 

 「雪か…」

しんしんと、音も無く降り注ぐ粉雪が辺りを包む。

かざした白い手指に付いた雪が霙になって溶け行く。

 

 ばさ、とふいにプロデューサーの両肩に温もりの残るダウンジャケットが被せられる。

「ん?」

それを脱ごうとして両腕を上げると、猫のように奏が懐へ入ってきた。

とん、とプロデューサーの脇腹の辺りに頭を預けるように軽くもたれかかる奏。

「私、冬は嫌いじゃないの。ふふ、冷たい女って思わないで。だって、身を切るような寒さは、人の温もりを恋しくさせるでしょう。…誰かの傍にいる言い訳には、ちょうどいいと思うから」

「…おい!」

こんなところをもし週刊誌にでも撮られたら…

最悪の事態を危惧して、すり寄ってきた奏の身体を軽く突き放すプロデューサー。

43kgの身体はいとも簡単に、まるで真綿のような軽さで…そう、触れればくしゃっと消えてしまう淡雪のように、プロデューサーの体から離された。

 

 少し焦ったプロデューサーの様子を見て、くすくすと揶揄うように笑う奏。

「そんなにびっくりしなくてもいいじゃない。どうせ誰も見てないわ」

柳に雪折れなし。

奏の方がずっと年下のはずなのに、なぜだか彼女の方が大人だと思える瞬間がしばしばある。

それがアイドル速水奏の魅力でもあるのだろう。

積もっては霞のように消え行く、淡く幽し美しさ。

掴んだと思えばすぐに消えてしまう夢幻のような儚さ。

彼女の白い肌に降りしきる雪に近しいものを見た。

 

 

 『たとえ地球に重力がなくったって、私はあなたとの恋に落ちるわ…』

歯の浮くような台詞を言ってのける奏。

その表情には恥じらいの欠片も見えない。

たたえた微笑が彼女の自信を滲ませた。

 

 『えっ…なっ…!』

優男が彼女ににじり寄られ、たじろいだ様子を見せる。

奏の演じた役は、主人公である優男を翻弄する妖しげな雰囲気を纏う端役の女性という設定。

別のヒロインがおり、主人公と彼女が結ばれる結末が約束されているのだが、振られる儚さも奏のイメージに合うのではないかという事で抜擢されたのだ。

 

 彼女のチャームポイントとも言うべき唇が液晶にどアップで映し出される。

ぽってりとした、ぷるぷるの艶が乗った唇。

口紅やリップクリームのCMも殺到する彼女のその唇はとても魅力的で…

「ウッッッッ」

その瞬間、発火したように欲望をティッシュにぶちまけた。

ブピュルピュル―――――――――――――――――ッッッッ!!!ブピュブピュッ!!!ブポポッ…

夥しい量の白濁を幾層にも重ねたティッシュの中に発射し、体を仰け反らせては快楽に打ちひしがれる。

「んほぉ…っ」

ドポドポ…と止め処もなく発射され、ティッシュから溢れ出る精子。

射出されたタンパク質の中では肝尾のDNAを含んだ幾億もの精子がピクピクと蠢いている。

全ては『速水奏を妊娠させるため』、ただそれだけ。

当然、ティッシュの中に発射された精子達はその使命を成就させる事なく、死滅していくのだが。

 

 いくら歳が離れていようが、お互いの卵子と精子とが正常に機能していれば生殖は可能である。

58歳の肝尾と17歳の奏。

既に肝尾の精子に含まれるDNAは加齢のために損傷しており、染色体異常が生じていた。

40代の男性でとったデータによると、精子に含まれるDNAの損傷率は30%を超えるという。

60手前にもなる肝尾のそれであれば劣化は免れられないであろう。

その癖、彼の精子の運動率や濃度、量は常人離れしており、成人男性の10倍にも及ぶ。

一度放たれたが最後、幾億もの精虫が1匹1匹己が使命を果たさんと卵子に向かって突撃していき、女性の遺伝子情報が詰まっている核を目指す。

もしそんな強靭でしぶとい精虫が健康で若い女性の胎内に放たれてしまったら…

 

 もし、それが速水奏であったら。

 

 「う゛ゥ゛ッ!!!!!!」

ビュビュ――――――――――――――――ッッッ!!!!ビュッビュッビュッビュッビュッ!!!!!

1度目よりも遥かに多く、そして濃厚な精子が宙に放たれた。

座るだけでちくちくと細かい藁が足の裏に刺さるような、そんな粗末な筵に飛び散った白濁。

黄ばんだソレはべっとりとこびりついて、ティッシュで拭っただけでは到底綺麗にならない。

もはや液体と呼べるシロモノではない、凝固した固体に等しいソレは薄暗がりの中で怪しく光沢を放っており、射精された勢いで軽く波打っている。

「うぅッ…奏…、奏ぇ…」

2度射精してもなお硬さと熱さを失わない怒張を握り締めながら、愛しの女性の名前を呟く。

 

 四畳間の部屋の壁にはびっしりとその愛しの女性の写真が貼られている。

彼女からしてみれば肝尾は自身の父親よりも年上の男だ。

そんな男を好きになるはずがなく、また肝尾も自身でそれが分かっているからこそ、愛情は歪んだものへと化していく。

あのドラマやCMに引っ張りだこの美少女アイドルが、自分のような醜く卑小な存在など見向きもしないであろう。

棲む世界が違うのだ。

 

しかし、肝尾が男で、奏が女だという事実は否定できない。

天と地ほど差がある両者でも、男と女、つまり交配活動が可能なのである。

ふたつの睾丸がピクピクと脈動し出す。

2度射精して空っぽになった玉袋に新たな精虫が精製され、泳ぎ出す。

全ては速水奏を孕ませるため。

平均的に見て、睾丸から毎日3000万匹もの精虫が創り出されるという。

しかし肝尾の睾丸は奏の事を想う日々、3億匹にも上る精虫を創り出していた。

 

 肝尾は奏を犯せるなら死んでも良いと思っていた。

天涯孤独、どうせ面白くもない人生だ。

ならば最期に意中の美少女と結ばれるという夢を叶えてから逝きたい。

ハエやゴキブリは死ぬ間際、自らの子孫を遺すべく必死に卵を撒き散らすという。

肝尾の生殖本能が煽られているのも、それに酷似していた。

濁り濁ったヘドロの海に清らかな水脈が一筋流れてきたような、図らずも速水奏は肝尾太の人生に光明を与えてしまっていた。

 

 しかし、ヘドロの海に澄んだ水がいくら流れた所で浄化される事はない。

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