※この作品はR-18です。

異世界侵食列島日本 異世界の●●が日本にきたら? 65話からイラストつきです。   作:みなぽん

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獣人娘の転落と幸せ ミーアとメイリー

異世界からの転移者が確認されて、もう十年になる。

 

 最初の頃、それは「災厄」と呼ばれた。

 

 空間が裂け、見たこともない生き物が街角に現れ、見知らぬ言葉を話す人々が突然この世界に放り出された。エルフ、ドワーフ、ホビット、獣人――物語の中にしか存在しないはずだった種族たち。

 

 政府は保護施設を作り、研究者たちは彼らの身体構造や魔力について調べ、テレビは連日のように「異世界特集」を放送した。

 

 そして十年。

 

 人々は、もういちいち驚かなくなった。

 

 エルフが公園の樹木を剪定していても、誰も足を止めない。ドワーフが工場の制服を着て溶接していても珍しくない。小柄なホビットが時計店の奥で精密な歯車を組み立てていても、それは「腕のいい職人」の一言で済まされる。

 

 獣人たちも同じだった。

 

 犬獣人は警備員に、牛獣人は農業に、熊獣人は建設業に。

 

 そして猫獣人は――。

 

「……はぁ」

 

 新宿・歌舞伎町。

 

 午前二時過ぎ。

 

 雑居ビルの非常階段に座り込み、猫獣人のミーアは小さくため息をついた。

 

 黒い猫耳が、夜風に合わせてぴくりと動く。

 

 仕事用のワンピースの上に薄手のコートを羽織り、尻尾を膝の間に巻いている。

 

 夜の街には、まだ人が多い。

 

 酔った会社員。

 

 大声で笑う若者。

 

 客引き。

 

 ホスト。

 

 キャバ嬢。

 

 そして、その中に混じって歩く異世界人。

 

 十年前なら誰もが振り返っただろう。

 

 今では、誰も見ない。

 

 ミーアはスマートフォンの画面を眺めた。

 

 求人サイト。

 

 画面には、今日で何件目なのか分からないほど大量の「応募済み」の文字が並んでいる。

 

 倉庫作業。

 

 ペットショップ。

 

 飲食店。

 

 配送助手。

 

 工場。

 

 どれも長続きしなかった。

 

「……あたし、ダメなのかな」

 

 猫耳が垂れた。

 

 異世界にいた頃は、もっと自由だった。

 

 気が向けば森へ行き、気が向かなければ一日中木の上で昼寝をする。

 

 腹が減れば狩りをする。

 

 嫌な相手からは逃げればいい。

 

 誰かに「責任感がない」と叱られることもなかった。

 

 しかし、この世界では違う。

 

 決められた時間に起きる。

 

 決められた場所へ行く。

 

 決められた仕事をする。

 

 同じことを毎日繰り返す。

 

 そして月末になれば家賃を払う。

 

「向いてない……」

 

 ミーアは呟いた。

 

「何が?」

 

「ひゃっ!」

 

 突然、後ろから声がした。

 

 ミーアの耳が跳ね上がる。

 

 振り返ると、階段の踊り場に一人の女が立っていた。

 

 長い黒髪。

 

 派手すぎないメイク。

 

 身体にぴったりしたドレス。

 

 そして、頭の上には――小さな狐耳。

 

「……獣人?」

 

「あなたもね」

 

 女は笑った。

 

「私はメイリー。メイリー山田」

 

「山田……?」

 

「日本では便利よ。名前を呼ばれるたびに『日本人っぽい』って思われるから」

 

「……異世界人?」

 

「そう。あなたより二年先輩」

 

 メイリーはそう言って、ミーアの隣に腰を下ろした。

 

 彼女からは、甘い香水と煙草の匂いがした。

 

「何歳?」

 

「二十三」

 

「若いじゃん」

 

「メイリーは?」

 

「二十五」

 

「……二歳しか違わない」

 

「そうよ。だから先輩って言っても大したことない」

 

 メイリーは笑った。

 

 だが、その笑顔にはどこか疲労が滲んでいた。

 

「ここで働いてるの?」

 

「うん。キャバクラ」

 

「キャバクラ……」

 

「そう」

 

「楽しい?」

 

 メイリーは少しだけ黙った。

 

 そして夜の街を眺めながら言った。

 

「楽しい日もある」

 

「……楽しくない日も?」

 

「そりゃあるよ」

 

 ネオンが二人の顔を赤や青に染める。

 

「お客さんに褒められて、いっぱい喋って、ボトル入れてもらって、帰りにお給料見て『今日は頑張ったな』って思う日もある」

 

「うん」

 

「でもね」

 

 メイリーは煙草を指先で弄びながら続けた。

 

「笑えない日でも笑わなきゃいけない」

 

 ミーアは黙った。

 

「眠くても笑う。嫌なこと言われても笑う。酔っ払った客に絡まれても笑う。昨日来たことを忘れられても笑う」

 

「……大変」

 

「大変よ」

 

 メイリーは苦笑した。

 

「でも、私はこれで食べてる」

 

「どうしてキャバ嬢になったの?」

 

「最初?」

 

「うん」

 

「他に仕事がなかったから」

 

 あまりにもあっさりした答えだった。

 

「私、こっちに来たばっかりの頃、日本語もろくに話せなかった。魔法も使えたけど、この世界じゃそんなもの誰も欲しがらない。身体能力も普通。学歴もない。身分証もない」

 

「……」

 

「役所の人に何度も質問されたわ。どこから来たんですか、家族は、職歴は、住所はって」

 

 メイリーは笑った。

 

「全部、『異世界です』で終わっちゃうの」

 

 ミーアは何も言えなかった。

 

 自分も同じだった。

 

 異世界から来た。

 

 それだけで、最初は特別扱いされた。

 

 だが、特別扱いはいつまでも続かない。

 

 十年も経てば、「異世界人」という言葉さえ、ただの属性になる。

 

「ねえ、ミーア」

 

「何?」

 

「あなた、今どこに住んでる?」

 

「安いアパート」

 

「仕事は?」

 

「……ない」

 

「貯金は?」

 

「……あんまり」

 

「じゃあ、今月どうするの?」

 

「分かんない」

 

 メイリーは空を見上げた。

 

 歌舞伎町の空には星など見えない。

 

「だったら、うち来なよ」

 

「え?」

 

「一日だけでもいい。ご飯くらい食べさせる」

 

「……いいの?」

 

「いいよ」

 

 ミーアの尻尾が、ほんの少しだけ揺れた。

 

「ただし」

 

 メイリーは人差し指を立てた。

 

「働く気は持ってね」

 

「……うん」

 

「私だっていつまでも面倒見られるほど余裕ないから」

 

「分かってる」

 

「それと、キャバクラで働けって言うつもりもない」

 

「え?」

 

「向き不向きがあるから」

 

 メイリーは立ち上がった。

 

「あなた、猫でしょ」

 

「猫だけど?」

 

「猫は猫らしく生きればいいじゃん」

 

「……どういう意味?」

 

「知らない」

 

「知らないの?」

 

「私、狐だから」

 

「それ関係ある?」

 

「ない」

 

 二人は顔を見合わせた。

 

 そして、同時に笑った。

 

 ほんの少しだけ。

 

 夜の歌舞伎町で、異世界から来た二人の女が笑っていた。

 

 その翌朝。

 

 ミーアはメイリーの狭い部屋で目を覚ました。

 

 床には服が散らばり、テーブルにはコンビニ弁当の容器。

 

 窓の外では、夜の街がようやく眠りにつこうとしていた。

 

「……狭い」

 

「文句言うな」

 

 ソファでメイリーが呻く。

 

「家賃、高いんだから」

 

「これで?」

 

「歌舞伎町なめないでよ」

 

 ミーアは窓から外を見た。

 

 太陽が昇ろうとしていた。

 

 異世界にはなかった朝だった。

 

 高層ビルの隙間から差し込む光。

 

 道路を走るトラック。

 

 夜勤を終えた人々。

 

 これから仕事へ向かう人々。

 

 世界は、誰かが異世界から来たかどうかなんて気にも留めず、今日も動き始めている。

 

「メイリー」

 

「ん?」

 

「私、この世界で生きられるかな」

 

 メイリーはしばらく黙った。

 

 それから、煙草の箱をテーブルに置いた。

 

「生きられるよ」

 

「本当?」

 

「ただし――」

 

 メイリーはミーアを見る。

 

「楽しく生きられるとは限らない」

 

 ミーアの耳が少し下がる。

 

「でも、それは異世界でも同じだったでしょ」

 

「……うん」

 

「だから、とりあえず今日を生きよう」

 

 メイリーは立ち上がった。

 

⭐️初出勤

 

 メイリーの勤める店は、歌舞伎町の路地裏にある雑居ビルの三階にあった。

 黒い壁、赤いネオン。看板の文字の一部が点滅していない。

「とりあえず一日だけ。嫌なら帰っていいから」

 メイリーはそう言って、ミーアを店長に紹介した。

店長は、疲れた目をした四十がらみの男で、ミーアの猫耳を一瞥して「じゃあ、その辺の席空いてるから」と顎でしゃくった。

 

 貸与されたドレスは少しきつかった。

 胸元が圧迫され、ハイヒールで歩くと爪先が痛い。

 ミーアは角落のソファに座り、店内の喧騒を眺めていた。

 

 メイリーは、一番奥の席で太った男の隣に座っていた。

 見ているだけで分かった。

 メイリーの手際は鮮やかだった。

 男がグラスを持つと、素早く瓶を手に取り酒を継ぎ足す。男が何かを言うと、耳を寄せて聞き、笑い、身体を寄せ添う。

 男の太い指がメイリーの太ももを撫でる。

 メイリーはそれを払いのけず、むしろ自分から男の腕に自分の腕を絡ませた。

「もう、やらしい人ね❤️」

 メイリーの甘い声が、店内のノイズに混じってミーアの耳に届いた。

 

「……」

 ミーアの猫耳が、不快さに後ろへ倒れた。

 毛が逆立ちそうになるのを、必死で抑える。

 汚い。

 異世界の森では、許されないことだった。

 見知らぬ雄に触れられるなど。

 ましてや、自ら媚びを売り、許容するなど。

 獣としての誇りが、胸の奥で軋む。

 

「あんなこと、してまでお金をもらうの?」

 ミーアは水割りのグラスの縁を噛みながら、呟いた。

 

「ねえ、新人さん?」

 不意に、横から声をかけられた。

 振り返ると、背広を着た髪の薄い男が、ミーアの隣の空間に滑り込んできていた。

 酒と煙草の混じった生温かい匂い。

 

「君、猫ちゃんか。可愛いね」

「……はい」

「耳、本物? 触っていい?」

「……どうぞ」

 

 男の指先が、ミーアの黒い猫耳に触れた。

 ざわついた。

 全身の毛が逆立ちそうになる。

 男の手は耳から首筋へ、そして肩へと滑り落ちていく。

 

「肌、すべすべだねぇ」

「……ありがとうございます」

 

 男の手が、肩から腰へと回る。

 温かくて、汗ばんだ手。

 ミーアの身体が強張った。

 逃げたい。

 この手を引っ掻いて、ここから飛び出したい。

 森へ。木の上へ。

 

 しかし、足が動かなかった。

 スマートフォンに並んでいた「応募済み」の文字が、脳裏をよぎる。

 月末の家賃。

 異世界にはもう、帰れない。

 

「えへへ……お酒、強いんですか?」

 口から出たのは、自分でも驚くほど作り物の声だった。

 男が嬉しそうに笑い、ミーアの腰を引き寄せる。

 尻尾がびくりと跳ねた。

 

 ミーアは、奥の席で客に身体を預けているメイリーを見た。

 あんな風に、身体を好きにされて。

 あんな風に、媚びを売って。

 嫌悪していたはずだった。

 許せないと思っていたはずだった。

 

 それなのに。

 今、自分も同じことをしている。

 見知らぬ男の体温を感じながら、引きつった笑顔を浮かべている。

 

「猫ちゃん、尻尾もあるんだ。触っていい?」

「……やん」

 

 男の手が尻尾の付け根に触れた瞬間、電流が走ったように背筋が震えた。

 悲鳴を飲み込む。

 メイリーは、これを毎晩繰り返しているのか。

 笑えない日でも笑う。

 

 

嫌なことをされても笑う。

 

 ネオンの光が、店内の喧騒の中で揺れている。

 世界は、誰がどこで何を感じようと気にも留めない。

 今日も、夜が深くなっていく。

⭐️スペシャルサービス

 

「メイリーちゃんさぁ、今日はスペシャル頼むよ」

太った男が酔いに任せた声で言った。

太い指が財布から札束を取り出し、テーブルの上に放る。

三万円。

 

店内の空気が一瞬だけ変質したのをミーアは感じた。

周囲のキャバ嬢たちの視線が一瞬だけ集まり、そしてすぐに逸らされる。

店長はカウンターの奥で電話をしながら、こちらには一瞥もくれない。

暗黙の了解。

この店で「スペシャル」という言葉が持つ意味。

 

メイリーは一瞬だけ目を細めた。

狐耳がわずかに動く。

しかしすぐに甘ったるい笑顔を浮かべた。

「もう……太っ腹なんだから❤️」

 

メイリーは立ち上がりワンピースの背中のファスナーに手をかけた。

ジッという微かな音と共に布が滑り落ちる。

下着すらつけていなかった。

白い肌が店内の照明に晒される。

 

ミーアの目が見開かれる。

息が止まった。

嫌悪感が胃の底から込み上げてくる。

羞恥でも驚きでもない。

純粋な拒絶。

獣としての本能が叫ぶ。

見せてはいけない。

誰かに触れさせてはいけない。

 

「こっちおいでよ」

男がソファに座り直し太い両膝を開く。

メイリーは迷いなくその間に跪いた。

男のベルトを解きズボンを下ろす。

すでに屹立した男の性器が露わになる。

メイリーはそれを手にし口に含んだ。

 

「ああ……いいよメイリーちゃん……」

男の吐息が漏れる。

メイリーの頭が律動的に動く。

水音が響く。

卑猥で生々しい音。

店内の喧騒の中でそれだけがやけに鮮明にミーアの耳に届く。

 

ミーアの身体が震えた。

隣の男が「何見てんの?」とミーアの肩を抱き寄せるがその手の感触すらもう感じない。

目の前で繰り広げられている光景だけが脳裏を焼く。

 

メイリーは口を離し男の性器にまたがった。

ゆっくりと腰を沈める。

男の手がメイリーの胸を鷲掴みにする。

メイリーの口から甘い吐息が漏れる。

「あっ……はぁ……❤️」

その声もまた演技なのだとミーアには分かった。

メイリーは決して自分から快感を求めていない。

ただ客を満足させるためだけに身体を動かしている。

機械的で洗練された奉仕。

 

男がメイリーの腰を掴み激しくピストン運動を始める。

肉と肉がぶつかる音。

メイリーの揺れる乳房。

乱れる黒髪。

揺れる狐耳。

その全てがミーアの視界でスローモーションのように明滅する。

 

「ああっ……いくぞ……!」

男が呻きメイリーの中に放った。

メイリーは動きを止め男の肩に額を預ける。

荒い息遣い。

汗ばんだ肌が張り付く。

 

ミーアはグラスを握りしめていた手が白くなっていることに気づいた。

爪が食い込んで掌が痛い。

胃が翻弄されるように吐き気を催す。

あんなことのために。

たった三万円のために。

異世界の誇りも尊厳もかなぐり捨てて。

 

「ねえ新人さん?」

隣の男の声で現実に引き戻された。

「君もサービスしてくれるの?」

 

ミーアは顔を上げた。

男の下卑た笑顔。

汗ばんだ手がミーアの太ももを撫で上げる。

三万円分の札束が脳裏をよぎる。

家賃。

生活費。

 

ミーアの手が震えながらワンピースの裾にかけられた。

布地をまくり上げる。

太ももが露わになる。

男の手が下着の上から秘所を撫でる。

「ああ……いいね……」

男の息がかかる。

 

しかし身体は拒絶していた。

全身の毛が逆立ちそうになる。

逃げろ。

ここから逃げろ。

 

「……いや」

ミーアの口から零れたのは弱々しい拒絶だった。

「なんだよ愛想ねぇなぁ」

男は不満げに言ったが手を止めない。

 

その時だった。

「お客さん」

メイリーの声がした。

いつの間にか身支度を整えたメイリーがミーアと男の間に割って入った。

「新人はまだサービスできない決まりなの。ごめんね」

メイリーは愛想よく笑ったが目は笑っていなかった。

「俺のスペシャルは?」

「もちろん承りますよ❤️ こっち来て」

 

男はしぶしぶメイリーに連れられて別の席へ移動した。

メイリーはミーアに背を向けた。

その背中は小さく見えた。

 

ミーアはその場に立ち尽くしていた。

震えが止まらない。

涙がこみ上げてくる。

あんなことをしなければ生きていけない世界。

あんなことを強要される世界。

 

歌舞伎町の夜はまだ長い。

今日も夜が淫らに深くなっていく。

⭐️反目

「最低!」

 

ミーアの叫び声が店内に響き渡った。

 

客たちの視線が一斉に集まる。

グラスを持つ手が止まり、話し声が途切れる。

BGMの甘い旋律だけが場違いに流れ続けていた。

 

メイリーはビール瓶をテーブルに置いた。

顔色一つ変えない。

「何が?」

 

「何がって……! あんなこと! あんなふうに!」

 

ミーアは震える指でメイリーを指差した。

涙で化粧が滲んでいる。

 

「見知らぬ男に身体を差し出して! お金のために尻を振って! あなたは獣なの? それともただの……!」

 

言いかけて言葉に詰まる。

最も軽蔑すべき言葉が喉で絡まりそうになる。

 

「ただの何?」

メイリーの声は低かった。

狐耳がぴくりと動く。

「言ってみなさいよ」

 

「……売女!」

 

店内が凍りついた。

誰も息をしない。

その言葉だけがネオンの光の中に浮かんでいた。

 

メイリーの目が細められた。

笑顔が消える。

初めて見る彼女の表情だった。

冷ややかで、鋭くて、獣のそれ。

 

「あたしは生きるために必死なだけ!」

ミーアは叫び続ける。

「異世界の誇りなんてないの!? 汚らわしい! 同じ獣人として情けない!」

 

「誇り?」

メイリーは鼻で笑った。

「それ何円?」

 

「え?」

 

「誇りで家賃払えるの? 誇りでご飯食べられるの? 誇りで明日の生活が保証されるの?」

 

メイリーは一歩踏み出した。

ハイヒールがカツンと音を立てる。

 

「あんたみたいなお子様には分からないでしょうね。生きるってことがどれだけ汚いか」

 

「汚いのはあんたの心でしょ!」

 

ミーアは涙を拭おうともせずに言い返した。

 

「あたしは絶対にあんなことしない! 死んだってしない!」

 

「じゃあ死ねば?」

メイリーの言葉は残酷なほど冷たかった。

「この世界で生きる意志がないならさっさと消えなよ。迷惑なだけ」

 

「あんたなんか大っ嫌い!」

 

「こっちのセリフよ!」

 

二人の怒声が重なり合う。

店内は完全に静まり返っていた。

客たちは遠巻きに眺めているだけ。

誰も止めようとしない。

むしろ面白がっている者さえいる。

 

「おいおい」

 

重苦しい声がした。

店長がカウンターから出てきた。

疲れた目は相変わだがその声には力があった。

 

「客が騒いでるぞ。店の迷惑だ」

 

「でもこいつが!」「こいつこそ!」

 

二人は同時に叫んだ。

 

店長は深く息を吐いた。

そして店内を見回した。

視線が客たちの期待に満ちた顔を捉える。

 

「いいだろう」

 

店長は言った。

 

「決着をつけろ」

 

「え?」

 

「店のステージで戦え。勝った方の言い分を通す」

 

ミーアは息を呑んだ。

戦う?

ここで?

 

「負けた方は一ヶ月間給料半分。全裸で給料を受け取る」

 

店長の言葉に客たちから歓声が上がった。

野次馬根性。

見世物を求める欲望。

 

「やるか?」

店長は二人に問うた。

 

メイリーはミーアを睨みつけた。

「当然でしょ」

 

ミーアは拳を握りしめた。

逃げるわけにはいかない。

ここで引けば本当にただの負け犬だ。

 

「……やる」

 

店長は頷きステージの方を指差した。

 

「なら始めろ」

 

店内の中央にある小さなステージ。

普段は誕生日の歌を歌うためだけに使われる場所。

今は二人の獣人の闘技場と化した。

 

客たちがステージを囲むように集まる。

酒の臭いと期待感が入り混じる。

ドレスを着たままステージに上がる。

ハイヒールが床を叩く。

 

ミーアは爪を立てた。

猫の武器は爪と牙。

本能が告げる。

相手を倒せと。

 

「かかってきなさいよ」

メイリーは手招きした。

余裕の笑み。

その笑みが余計にミーアを苛立たせる。

 

「うあぁっ!」

 

ミーアは飛びかかった。

爪を振り上げメイリーの顔を狙う。

 

しかしメイリーは軽く身をかわした。

まるで最初から軌道が見えていたかのように。

 

「遅い」

 

メイリーの足がミーアの脇腹を捉えた。

ドレスの布越しに鋭い衝撃が走る。

ミーアは床に転がった。

 

「ぐっ……!」

 

「甘いのよ」

メイリーはステージの上を優雅に歩きながら言った。

「あんたはただの猫。飼い猫レベル」

 

ミーアは立ち上がった。

脇腹が痛む。

しかし怒りが痛みを麻痺させる。

 

再び飛びかかる。

今度は低い体勢から足元を狙った。

 

メイリーはそれを踏み越えた。

そして着地したミーアの背中に肘を落とす。

 

「がはっ……!」

 

床に叩きつけられる。

息ができない。

背中が焼けるように痛い。

 

「どうしたの? 誇り高い猫さん」

 

メイリーの声は嘲笑に満ちていた。

 

ミーアは震える腕で身体を起こした。

視界が霞む。

メイリーの動きが速すぎる。

ただのキャバ嬢の動きじゃない。

 

「あんた……何者?」

 

ミーアは喘ぎながら聞いた。

 

メイリーは少し考えるような素振りを見せた。

そして言った。

 

「冒険者よ」

 

その言葉に客たちの間からざわめきが起きた。

異世界の冒険者。

この世界では物語の中の存在でしかないはずの職業。

 

「A級パーティの斥候兼暗殺者」

メイリーは淡々と言った。

「魔物を殺し人を殺し生き残ってきた」

 

ミーアの目が見開かれる。

斥候。暗殺者。

隠密行動と急所狙いのエキスパート。

猫の素早さなど子供騙しに等しい。

 

「こっちに来て一番驚いたのはね」

メイリーは言った。

「人間がこんなに弱いってこと」

 

メイリーが動いた。

見えない速度でミーアの懐に入り込む。

 

ミーアは反応できなかった。

何が起きたのか理解する前に身体が宙に浮いていた。

 

投げ技だった。

メイリーの腰投げでミーアは床に叩きつけられる。

背中から強打する。

世界が白く染まる。

 

起き上がれない。

身体が動かない。

 

「終わり?」

 

メイリーが見下ろしている。

その表情には何の感情もない。

 

ミーアは震える手で自分のドレスを掴んだ。

まだ負けていない。

まだ戦える。

 

しかし次の瞬間メイリーの踵がミーアの手首を踏みつけた。

 

「あぐっ……!」

 

「無駄よ」

メイリーは冷たく言った。

「実力が違いすぎる」

 

メイリーはしゃがみ込みミーアのドレスの胸元を掴んだ。

 

「やめ……!」

 

布が引き裂かれる音。

ミーアの胸が露わになる。

白い肌と黒い下着。

客たちから口笛が飛ぶ。

 

「まだ足りない?」

メイリーは再び布を掴んだ。

 

「いやぁっ!」

 

更に引き裂かれる。

ドレスが腰から下へと剥ぎ取られていく。

下着ごと引きちぎられミーアの全裸が晒された。

 

黒い猫耳と尻尾だけが残された姿。

客たちの歓声が爆発する。

シャッター音が鳴り響く。

スマートフォンのレンズがミーアに向けられる。

 

ミーアは身を縮めようとした。

しかしメイリーがミーアの腕を押さえ込み身体を開かせた。

 

「見せなさいよ」

メイリーは耳元で囁いた。

「あんたの誇りを」

 

ミーアの涙が溢れた。

屈辱。

絶望。

完全な敗北。

 

見知らぬ男たちの視線が肌を刺す。

自分の身体が自分のものではないように感じる。

ここは戦場だった。

メイリーにとっては日常だったのかもしれない。

しかしミーアにとっては初めての地獄だった。

 

「これが現実よ」

メイリーは立ち上がりミーアを見下ろした。

「弱い者が強い者に弄ばれる。これがこの世界のルール」

 

ミーアは震えることしかできなかった。

全裸のまま冷たいステージの床に転がされて。

ネオンの光だけが冷ややかに照らしていた

 

⭐️オークション

 

「さて」

 

メイリーはステージの中央で手を打った。

まるでパーティーの司会を務めるかのような明るい声。

 

「せっかくのショーですものね。見てるだけじゃつまらないでしょ?」

 

客たちがざわつく。

スマートフォンを構えたまま固まっている者もいる。

酒の入った眼がミーアの裸体に注がれている。

 

「一人三万円」

メイリーは指を三本立てた。

 

「この猫ちゃん、好きにしていいわよ」

 

店内にどよめきが走った。

男たちの視線が変わる。

最初は単なる見世物だった。

しかし今度は違う。

値段がついた瞬間にミーアは「購入可能なもの」に変わった。

 

「……やめ……」

 

ミーアはかすれた声で抵抗しようとした。

しかし身体が動かない。

メイリーに打ちのめされた身体は言うことをきかない。

そして何よりも、その目つき。

メイリーの目は本気だった。

これは冗談でも脅しでもない。

本当に売るつもりなのだ。

 

「俺やる」

最初に名乗りを上げたのは太ったスーツの男だった。

先ほどメイリーを買ったのと同じ男だ。

まだ身体に汗の跡が残っている。

 

「私も」

「俺も」

「負けねぇよ」

「久しぶりに猫やりてぇな」

 

男たちが次々に札を掲げる。

指が三本。五本。七本。

あっという間に五人の男がステージの下に集まった。

 

「よし五人ね」

メイリーは確認すると男たちをステージに招き上げた。

 

「十五万円か。悪くない」

店長がカウンターの奥で呟いた。

 

「さあどうぞお客様方」

メイリーは恭しく一礼した。

「ごゆっくりお楽しみください」

 

ミーアは必死で這って逃げようとした。

しかし腕をつかまれる。

太った男がミーアの手首を掴み引き戻した。

 

「どこ行くんだよ猫ちゃん」

 

「やめ……離して……!」

 

男たちはミーアを取り囲んだ。

汗と酒と香水の臭い。

五つの影が覆いかぶさる。

指が身体中を這い回る。

太もも。胸。尻尾。首筋。

猫耳が乱暴に掴まれ引き上げられる。

 

「いやぁっ!」

 

必死で身をよじる。

しかし男たちの手は逃がさない。

むしろ抵抗を楽しんでいるかのようだった。

一人がミーアの腰を掴み秘所に指を這わせる。

 

「結構濡れてんじゃん。感じてるのか?」

 

「ちが……っ!」

 

感じているのではない。

恐怖で身体が勝手に反応しているだけだ。

獣の本能が最悪の事態に備えて分泌物を出している。

しかし男たちにはそんなこと分からない。

分かろうともしない。

 

「おい待てよ」

 

店長が声をあげた。

全員の視線が集まる。

 

「抵抗されたら客も疲れるだろ」

 

店長はカウンターの奥から酒瓶を取り出した。

ラベルには何も書かれていない。

中身は透明な液体。

しかしミーアの鼻には異様な匂いが感じられた。

 

「これを飲ませろ」

 

店長は瓶をスーツの男に手渡した。

 

「何ですこれ?」

男が蓋を開けて匂いを嗅ぐ。

「酒……か?」

 

「またたび酒だよ」

店長は言った。

「異世界産。猫獣人用の媚薬兼麻薬だ」

 

ミーアの目が見開かれた。

またたび酒。

噂では聞いたことがある。

異世界の猫獣人の間で密かに流通している禁制品。

嗅ぐだけで酩酊し、飲めば理性が完全に吹き飛ぶという。

 

「やめ……それだけは……!」

 

ミーアは死に物狂いで逃れようとした。

しかし男たちが四方から押さえつける。

 

「大人しくしろって」

「暴れんなよ猫ちゃん」

 

口をこじ開けられる。

顎の関節が外れそうになる。

そして瓶の口が無理矢理突っ込まれた。

 

「んぐっ……! うぐっ……!」

 

透明な液体が喉に流し込まれる。

半分は口の端からこぼれ落ちて首筋を濡らした。

しかし半分は確実に胃の中へと落ちていった。

 

「ん……う…うあ……」

 

まず温かさが広がった。

胃のあたりからじわじわと。

そしてそれが全身を巡る。

 

視界が歪み始める。

ネオンの光が幾重にも重なって見える。

男たちの顔が溶けていく。

 

「あ……あは……」

 

口から自然と笑い声が漏れた。

身体の力が抜ける。

恐怖が消える。

嫌悪が消える。

何もかもがどうでもよくなる。

 

「効いてきたな」

男が笑う。

「猫ちゃんご機嫌だねぇ」

 

男の手がミーアの胸を揉む。

しかしもう抵抗する気力はない。

むしろ触れられることが気持ちいい。

ぞくぞくする。

身体の奥から何かが込み上げてくる。

 

「……はぁ……ん…❤️」

 

ミーアの口から甘い吐息が漏れた。

自分でも何を言っているのか分からない。

ただ快楽だけが身体を支配している。

尻尾が勝手に揺れ、猫耳がぴくぴくと動く。

 

「じゃあ一番手は私が」

太った男がベルトを外した。

 

ミーアはそれをぼんやりと見つめていた。

それが何か。

これから何が起きるのか。

分かっているはずなのに理解が追いつかない。

ただ身体が熱い。

触れてほしい。

何でもいいから快楽がほしい。

 

「ほら猫ちゃん、こっち向いて」

 

男がミーアの顔を掴み無理矢理正面に向けさせる。

そしてそのまま自身のものを口に押し込んだ。

 

「んむっ……!」

喉の奥まで塞がれる。

しかし拒否反応は起きない。

またたび酒の効果で全てが快楽に変換されていく。

むしろ積極的に舌を動かし始める。

 

「お、上手いじゃん」

男が驚いたように言った。

「天性の才能あるな」

 

別の男が背後に回りミーアの腰を持ち上げる。

後ろから何かが押し当てられる。

それが何か理解する間もなく、一気に貫かれた。

 

「んんーっ!❤️」

 

声にならない声が漏れる。

痛いはずなのに痛くない。

ただ電流のような快感が背筋を走り抜ける。

涙が出る。

しかしそれは苦痛の涙ではない。

 

「すげぇ締め付け」

後ろの男が呻く。

「これまたたびの効果か?」

 

二人の男が前と後ろから同時に動き始める。

ミーアの身体は完全に彼らの玩具と化していた。

自分の意思はどこにもない。

ただ挿入されるたびに身体が跳ね、口からは甘い声が漏れる。

 

「俺もやりたい」

「順番待てって」

「お前ら早くしろよ」

 

残りの男たちが不満そうに言う。

スマートフォンのカメラがミーアの痴態を余すことなく記録している。

 

ミーアはもう何も考えられなかった。

考えることを放棄した。

ただ身体に任せる。

獣に戻る。

誇りも尊厳も、またたびの酔いの向こう側に消えていった。

 

⭐️転落

あの夜から、ミーアの中で何かが壊れた。

 

いや、正確には「壊れた」という認識すらなかった。

壊れたことに気づかないまま、日々が過ぎていった。

それはまるで、粉々になったグラスが自分の破片にすら気づかないかのように。

 

「お客様❤️ミーアとスペシャルするにゃ❤️」ミーアは中年の客に自分から胸を押し付ける

 

。

「三万円だにゃ❤️安いにゃ❤️」

酔っ払いの太い指がミーアの尻尾の付け根を撫でる。

以前なら全身の毛が逆立ちそうになったその感触も今は心地よい。

「んんっ❤️そこ好きにゃ❤️」

尻尾が猫のように勝手に揺れる。

あの夜からミーアの身体は完全に猫の本能に支配されてしまった。

理性のタガが外れ快楽に忠実な身体。

考える前に動く身体。

誇り?尊厳?

そんな言葉はもうミーアの辞書にはない。

 

「ミーアちゃん今日も可愛いねぇ」

「えへへ❤️おじさんもかっこいいにゃ❤️」

口をついて出るのは媚びと嘘。

しかし自分でも何が嘘で何が本当なのか分からなくなっている。

全てがまたたびの霧の中にある。

 

「おいミーア」

店長がカウンターから声をかけた。

「今日のノルマまだ足りないぞ」

「はーい❤️頑張るにゃ❤️」

ミーアは猫耳をぴくりと動かし笑顔で答える。

以前なら屈辱だったノルマも今はただのゲームのスコア。

稼げば稼ぐほどチップが増えまたたび酒を買える。

またたびがあれば何も考えずに済む。

 

あの夜から一ヶ月。

ミーアは歌舞伎町のキャバクラで「人気NO.1キャスト」となっていた。

 

 

店長は笑いが止まらない。

「猫獣人のキャストはやっぱり強いな」

「売上が三割増えたぞ」

「もっとスペシャルを増やせ」

店長の言葉は絶対だ。

逆らう気力などない。

むしろ命令されることに安心感すら覚える。

自分で考えなくていいから。

誰かが決めた通りに動けばいいから。

 

「お客様❤️もっと飲んでにゃ❤️」

「ミーアちゃんのボトル入れるよ」

「えへへ❤️嬉しいにゃ❤️」

ミーアの日常はキャバクラとまたたび酒だけになった。

 

ある夜。

ミーアは店の奥の個室で太った実業家とスペシャルをしていた。

実業家はミーアの尻尾を掴み根元から舐め上げる。

「んんっ❤️そこだめにゃ❤️」

ミーアは実業家の首に腕を巻き付け腰を振る。

「ミーアちゃん最高だよ」

実業家が耳元で囁く。

「他の店に行くのもやめるからさ」

「えへへ❤️じゃあもっと沢山ボトル入れてにゃ❤️」

 

その時個室のドアが開いた。

「お客様失礼します」

メイリーが新しいボトルを持って入ってきた。

メイリーの視線がミーアと合う。

 

一瞬だけメイリーの目が揺れた気がした。

しかしそれはすぐに消えた。

プロの笑顔に切り替わる。

「お待たせしました❤️」

 

ミーアは気づかなかった。

いや気づかないふりをした。

メイリーが何を思っていようと関係ない。

自分は今気持ちいいのだから。

客と寝て金を稼いでまたたびを買う。

それだけが真実。

 

「ミーアちゃんさぁ」

実業家がミーアの耳元で囁く。

「俺のペットにならないか?」

 

「え?」

「家に来い。住むところも食事も全部俺が面倒見る。毎日可愛がってやるよ」

実業家の手がミーアの首輪をつけるように首筋を撫でる。

 

「ペット……」

 

かつてなら屈辱だったはずの言葉。

しかし今のミーアには甘い響きに聞こえた。

飼われる。

誰かの所有物になる。

考えなくていい。

生きる苦労から解放される。

ただ可愛がられて生きていく。

 

「いいにゃ❤️ミーアおじさんのペットになるにゃ❤️」

 

ミーアは実業家に抱きついた。

自分から唇を重ねる。

獣としての誇りも尊厳もかなぐり捨てて。

飼い猫として生きることを選んだ。

⭐️富裕層のパーティ

ミーアは実業家の高級マンションで目を覚ました。

窓の外には東京の夜景が絵画のように広がっている。

しかしミーアの目にはそれがただの光の粒にしか映らなかった。

またたび酒の余韻がまだ脳の奥に靄のように残っている。

 

「起きたか」

実業家がバスローブ姿でテーブルの紅茶を啜っていた。

「今日は大事なパーティがある。お前も連れて行くぞ」

「パーティ……?」

「ああ。俺の仲間内の集まりだ。お前みたいな可愛いペットを見せびらかしてやるよ」

 

ミーアは首輪をつけられた。

黒い革に小さなダイヤモンドが埋め込まれた首輪。

かつてなら奴隷の証として拒絶しただろう。

しかし今のミーアはただ首を傾げ、ご主人様に愛撫をねだるだけの猫だった。

 

「にゃあ❤️」

 

車は都心の高級ホテルの地下駐車場へと滑り込んだ。

実業家に手を引かれ専用エレベーターで最上階のスイートルームへ向かう。

 

部屋に入るとムッとするほどの香水と煙草の匂い。

そして異様な熱気。

広いリビングにはすでに十数人の男たちがいた。

いずれも高価なスーツを着込み太った指に金の指輪を光らせている。

政治家、実業家、医師、弁護士——この国の権力者たち。

 

そして彼らの腕の中には異世界の女たちがいた。

エルフの金髪の少女。

肌の褐色した亜人の女。

角の生えた鬼族の女。

そして狐耳のメイリー。

 

メイリーは黒いレースのボンテージ風の衣装を身につけ太った政治家の膝に座らされていた。

首にはミーアと同じような首輪。

メイリーはミーアに目を向けたがその目には何の感情もなかった。

ただのガラス玉のように虚ろだった。

 

「お、来たな」

男の一人がミーアを見て手招きした。

「新しい猫ちゃんか。可愛いねぇ」

 

実業家はミーアの背中を押した。

「お前たちのおもちゃだ。好きに使え」

 

ミーアは部屋の中央に放り出された。

男たちの視線が一斉にミーアに集中する。

ねっとりとした視線。

商品を品定めする視線。

欲望の塊のような視線。

 

「おいまたたび」

誰かが言った。

「持ってきてるだろ?」

 

実業家がバッグから小瓶を取り出した。

透明な液体。

猫獣人用の媚薬兼麻薬。

男たちの間から歓声が上がる。

 

「飲ませろ飲ませろ」

「今日は猫ちゃんが主役だな」

「たっぷり可愛がってやろうぜ」

 

ミーアの口が無理矢理開けられた。

瓶の口がねじ込まれる。

そしてまたたび酒が流し込まれる。

 

「んぐっ……! うぐっ……!」

 

甘い匂いが鼻腔を満たす。

喉を通る熱さ。

胃に届いた瞬間全身が焼けつくように熱くなる。

 

視界が歪む。

男たちの顔が溶けていく。

ネオンの光が幾重にも重なって見える。

思考が溶ける。

自我が溶ける。

ただ身体だけが残る。

快楽を求める身体だけが。

 

「はぁ……あは……❤️」

 

ミーアの口から恍惚とした笑い声が漏れた。

身体が熱い。

触れてほしい。

誰でもいい。

早く。

 

「ほら猫ちゃん、こっちにおいで」

太った男がソファに座り太ももを叩く。

 

ミーアは四つん這いになり男の足元に近づいた。

猫のように腰を振り男の顔を見上げる。

 

「にゃあ❤️ ご主人様❤️」

 

男は満足そうに笑いミーアの頭を撫でる。

そしてベルトを外した。

 

「さあご奉仕の時間だよ」

 

ミーアは夢中で男に近づいた。

理性などない。

ただ快楽の渦に身を任せるだけ。

 

「俺も混ぜろよ」

「俺もだ」

「お前ら順番なんて守ってないだろ」

 

男たちがミーアに群がる。

服を脱ぎ捨て湯気のような熱気を放ちながら。

ミーアの身体を何本もの手が這い回る。

胸を揉み尻を撫で耳を舐め尻尾を掴む。

 

「あぁん❤️ いいにゃ❤️ もっと❤️」

 

ミーアは恍惚とした表情で男たちに身を任せた。

前から後ろから同時に貫かれる。

口には別の男のものが押し込まれる。

何本もの手がミーアの身体を好き勝手に弄る。

 

「すげぇ締め付けだ」

「またたびの効果かよ」

「最高だな」

 

男たちの笑い声とミーアの喘ぎ声が部屋に響く。

エルフの少女も亜人の女も鬼族の女も同様に男たちに弄ばれている。

スイートルームは異世界の女たちを消費するための巨大な胃袋と化していた。

 

メイリーはソファの背もたれに手をつき後ろから政治家に貫かれていた。

その横顔には何の表情もない。

ただ機械的に腰を動かし客の欲望を受け入れている。

しかしメイリーの狐耳は微かに震えていた。

その奥底で何かが軋む音がする。

しかしそれは誰にも届かない。

 

ミーアは男たちの間を行き来した。

ソファから床へ床からベッドへ。

何人もの男に貫かれ何度も絶頂に達する。

またたび酒の効果で全てが快楽に変換される。

苦痛も屈辱も羞恥も全てが甘い蜜になって身体を巡る。

 

「あはっ❤️ あはっ❤️ いいにゃ❤️ 気持ちいいにゃ❤️」

 

ミーアはもう自分が何者か忘れていた。

異世界の誇り高い猫獣人でもない。

歌舞伎町で仕事を探していた少女でもない。

ただの快楽の器。

男たちの精を受け止めるためだけの存在。

 

「ミーアちゃんこっちもやって」

「はーいにゃ❤️」

 

ミーアは別の男の足元に這い寄った。

目は虚ろで口元にはだらしない笑みが張り付いている。

尻尾が男の足に巻きつく。

 

「おいメイリーもこっち来いよ」

「二匹同時にやらせろ」

 

メイリーもミーアの隣に引き寄せられた。

二人の獣人が並んで男たちの精を受け止める。

猫と狐。

かつては互いに罵り合った二人。

今は同じ鎖につながれた奴隷として同じ快楽の泥沼に沈んでいく。

 

「ねえメイリー❤️」

ミーアがメイリーに顔を寄せた。

目は焦点が合っていない。

「きもちいいにゃ❤️」

 

メイリーはミーアの顔を見た。

かつては怒りに燃えていた猫の目は今はただの空洞だった。

そしてメイリーの目は悲しげだった。

 

「……そうね」

メイリーは囁いた。

「きもちいいわね」

 

二人は互いに目を合わせたまま男たちに貫かれた。

異世界の空も森の木々も仲間の声も何もかもが消え去っていた。

あるのはただひたすらに続く快楽の波と男たちの吐く息だけ。

 

夜はまだ長い。

このスイートルームのパーティは朝まで続く。

異世界から来た女たちは今夜も富裕層のおもちゃとして消費されていく。

誰も彼女たちを救わない。

彼女たち自身でさえもう救いなど求めていない。

 

ただ快楽の海に沈んでいくだけ。

ネオンの光が窓の外で明滅している。

世界は今日も誰かがどこで何を感じようと気にも留めない。

 

 

⭐️脱出

 

あのパーティから三日後の深夜。

 

メイリーはミーアの手首を掴み、走っていた。

ハイヒールを脱ぎ捨て裸足で。

ドレスの裾を引きずりながら。

ミーアもまた裸足だった。

 

首輪はもうない。メイリーがホテルの非常階段で鍵を壊して外した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

ミーアの呼吸は乱れていた。

まだ完全にまたたびの影響から抜け切れていない。

視界が明滅し足元がおぼつかない。

しかしメイリーの手の温もりだけが唯一の現実だった。

 

「しっかりして」

メイリーが振り返りもせず言った。

「捕まったら終わりよ」

 

歌舞伎町の路地裏を縫うように走る。

歓楽街の喧騒はまだ遠い。

ネオンの光もここまでは届かない。

ただ暗い闇と腐ったゴミの臭いだけが漂う細い道。

 

「なんで……」

ミーアは掠れた声で聞いた。

「なんで助けたの……?」

 

メイリーは答えなかった。

ただ足を止めず路地の突き当たりにある鉄扉を蹴り開けた。

錆びた蝶番が悲鳴を上げる。

その先は駐車場だった。

 

「乗って」

 

メイリーが指差したのは古びた軽自動車だった。

ボディには無数のへこみがありタイヤは磨り減っている。

しかしそれはメイリーがキャバクラで血と汗と涙と体液を売って稼いだ金で買った唯一の自由だった。

 

エンジンが唸る。

メイリーはアクセルを踏み込んだ。

車は夜の歌舞伎町を背に走り出した。

 

バックミラーに遠ざかるネオン。

毒々しい光の群れ。

あそこにはもう二度と戻らない。

戻れない。

 

「私の家に行くわ」

メイリーはハンドルを握りしめたまま言った。

「遠いけど」

 

「家?」

「ええ。一軒家よ。キャバで稼いだ金で買った」

 

ミーアは窓に頭をもたせかけた。

景色が流れていく。

ビル群が途切れ郊外の闇が広がる。

車内には煙草の匂いと微かなメイリーの体温だけがあった。

 

どれくらい走っただろうか。

車は山あいの小さな町に滑り込んだ。

駅前の商店街はすでに閉まっている。

自販機の明かりだけがぽつんと灯る静かな場所。

 

「着いた」

 

メイリーが車を止めたのは古びた木造の一軒家の前だった。

庭は荒れ果て雑草が伸び放題。

外壁のペンキは剥げ落ちている。

しかしそこには確かに生活の匂いがあった。

 

「狭いし汚いけど」

メイリーは鍵を開けながら言った。

「誰も追ってこない」

 

玄関のドアが開く。

カビと古い畳の匂い。

ミーアはその匂いを吸い込んだ。

歌舞伎町の香水と煙草と男たちの体臭とは違う。

ただ静かに朽ちていく匂い。

 

「座って」

メイリーはミーアを居間の古いソファに座らせた。

そして台所へ行き水を一杯汲んで持ってきた。

 

「飲んで」

 

ミーアは震える手でグラスを受け取った。

水が喉を潤す。

冷たさが内側から目を覚まさせるようだった。

 

「ここで……」

ミーアは呟いた。

「ここで何をするの?」

 

メイリーは煙草に火をつけた。

紫煙が天井へと昇る。

 

「害獣駆除よ」

メイリーは吐息と共に言った。

「異世界害獣駆除業者」

 

ミーアは目を瞬かせた。

「害獣?」

 

「そう。この世界に迷い込んできた異世界の魔物や魔獣を駆除する仕事」

メイリーは煙草を灰皿に押し付けた。

「政府のお偉いさんたちは表向き『保護』なんて言ってるけどね。実際は違う」

「危害を加える個体は処分される。それを請け負うのが私たちのような業者」

 

メイリーは立ち上がり部屋の隅にあるロッカーを開けた。

中には無骨な装備が詰め込まれていた。

革鎧。短剣。クロスボウ。そして各種消耗品。

 

「異世界から来た獣人はまともな職には就けない」

メイリーは革鎧を撫でながら言った。

「でも実力だけはある。だから裏稼業に回される」

 

ミーアは自分の手を見た。

まだ震えている。

またたび酒の余韻が指先に残っている気がする。

 

「あたしにも……できる?」

ミーアは小さな声で聞いた。

 

メイリーはミーアを見つめた。

その目には迷いも同情もなかった。

ただ冷徹な事実だけがあった。

 

「正気に戻れるならね」

 

⭐️覚醒

 

最初の一週間は地獄だった。

 

またたび酒の禁断症状。

身体が熱い。骨の髄から疼く。

何かに触れられたい。満たされたい。

あの甘い酩酊が恋しくてたまらない。

 

ミーアは布団の中で身をよじった。

汗が噴き出しシーツを濡らす。

猫耳が痙攣のようにピクピクと動く。

 

「欲しい……欲しいにゃ……」

 

うわごとのように呟く。

理性が溶けていく感覚。

またあんな風になってしまいそうになる恐怖。

 

その度にメイリーが水を飲ませた。

冷たい水を無理矢理口に流し込む。

 

「飲みなさい」

メイリーの声はいつも厳しかった。

「あんたは猫じゃない。獣人よ」

 

ミーアは涙を流しながら水を飲んだ。

冷たさが喉を焼く。

しかし少しだけ正気が戻る。

 

「ごめん……ごめんなさい……」

ミーアは何度も謝った。

何に対して謝っているのか自分でも分からない。

ただ謝ることしかできなかった。

 

「謝るな」

メイリーは言った。

「生きろ」

 

二週間目には身体の疼きは治まった。

しかし心の疼きは消えない。

自分がしてきたこと。

男たちにされたこと。

全てが鮮明に蘇る。

 

夜眠ると夢を見る。

太い指。汗ばんだ手。ねっとりとした視線。

首輪の感触。またたびの甘い味。

 

「いやぁっ!」

 

飛び起きるとメイリーが隣にいた。

何も言わずただ手を握ってくれるだけ。

その手の温かさだけが現実だと教えてくれる。

 

三週間目。

ミーアは初めて外に出た。

 

郊外の空気は澄んでいた。

歌舞伎町の排気ガスとは違う。

土と草と風の匂い。

 

「森に似てる」

ミーアは呟いた。

 

「そうね」

メイリーが隣で煙草をふかす。

「少しはマシでしょ」

 

猫耳が風に揺れる。

尻尾がゆっくりと動く。

身体の感覚が戻ってくる。

 

「あたし……」

ミーアは自分の手を見た。

もう震えていない。

「戦えるかな」

 

メイリーは煙草をもみ消しミーアを見た。

 

「やってみなきゃ分からない」

そう言ってメイリーは微笑んだ。

初めて見る優しい笑顔だった。

 

⭐️狩り

 

依頼は市役所の裏口を通じて入ってくる。

 

「E級害獣。コボルトの群れ」

メイリーは依頼書を読み上げた。

「下水道に巣食ってる。駆除対象は五匹」

 

ミーアは装備を身につけた。

革鎧に短剣。それに軽量のクロスボウ。

サイズは合わないところがあるが動きには支障がない。

 

「緊張してる?」

メイリーが聞いた。

 

「うん」

ミーアは正直に答えた。

「でも……懐かしい」

 

異世界での記憶。

森を駆け回り獲物を追った日々。

あの時の感覚が身体の奥から蘇ってくる。

 

「行きましょう」

 

現場は町外れの古い下水道だった。

コンクリートの壁にカビが生え淀んだ水が流れている。

臭いが酷い。

しかしミーアの鼻はその奥にかすかな獣の臭いを嗅ぎ取った。

 

「いた」

ミーアは耳をそばだてた。

足音。金切り声。爪が壁を引っ掻く音。

 

「五匹ね」

メイリーが短剣を抜いた。

「二手に分かれるわ。私が前から囮になる。あんたは上から」

 

ミーアは頷き壁を登った。

猫の身体能力は健在だった。

配管を足場に音もなく移動する。

 

下ではメイリーが姿を現した。

コボルトたちが一斉に飛びかかる。

 

「来なさい」

メイリーは冷静に短剣を振るった。

一匹の喉元を正確に切り裂く。

鮮血が飛び散る。

 

他のコボルトたちが怯んだ瞬間ミーアは飛び降りた。

真上からの一撃。

クロスボウの矢が一匹の頭蓋を貫く。

 

「ぎゃっ!」

 

残りの三匹が混乱する。

ミーアは着地と同時に短剣を構えた。

身体が勝手に動く。

考える前に爪と牙——いや刃物が敵を捉える。

 

右へ回避し左へ斬りつける。

コボルトの鋭い爪が頬をかすめる。

痛み。しかしそれは生きている証明だった。

 

「ミーア! 左!」

 

メイリーの声に反応する。

左から飛びかかってきたコボルトを蹴り飛ばす。

そしてそのまま短剣で心臓を突き刺した。

 

最後の一匹が逃げようとした。

しかしメイリーは逃さない。

背後から音もなく近づき首筋を一文字に切り裂いた。

 

「終わり」

 

下水道に静寂が戻った。

血と汚水の臭いだけが残る。

 

ミーアは荒い息をついた。

手が震えている。しかし今回は恐怖ではない。

戦いの高揚感だった。

 

「やった……」

ミーアは自分の手を見た。コボルトの返り血で汚れている。

しかしそれは汚らわしい血ではなかった。

自分の手で勝ち取った命の証だった。

 

「悪くないわね」

メイリーが近づいてきた。

その服にも血が飛び散っている。

しかしその表情には充実した色があった。

 

「これがあたしの仕事よ」

メイリーは死体から魔石を摘出しながら言った。

「誇りなんて何円にもならない。でも生きる力にはなる」

 

ミーアは頷いた。

誇りだけで生きられないことは分かった。

しかしだからといって誇りを捨てる必要もない。

 

ただ自分の手で生きること。

自分の力で立ち上がること。

 

「メイリー」

ミーアは言った。

「ありがとう」

 

メイリーは魔石を袋に入れ立ち上がった。

 

「礼なんていいわよ」

そう言って笑った。「パートナーなら当然でしょ」

 

郊外の空には星が見えた。

都会の空には決して見えなかった星たち。

 

ミーアとメイリーは並んで歩き出した。

血と泥にまみれた革鎧を纏いながら。

 

夜風が二人の耳を揺らす。

猫耳と狐耳。

かつては互いに罵り合った二人は今同じ夜空を見上げている。

 

歌舞伎町のネオンはもう遠い。

あそこにはもう戻らないかもしれない。

 

しかしここには新しい夜がある。

静かで暗くて冷たい夜。

しかしそこには確かな明日がある。

 

二人の獣人は今日も闇の中を歩いていく。

自分たちの場所を求めて。

 

 

⭐️求婚

 

春が来た。

 

山あいの小さな町にも遅い春が訪れていた。

雪解け水が小川を潤し、山肌には点々とコブシの花が白く咲いている。

ミーアとメイリーが害獣駆除の仕事を始めて一年が経っていた。

 

最初はよそ者として扱われていた二人も、今では町の住人として認められていた。

深夜に下水道や廃墟へ出撃し、朝方に帰ってくる奇妙な二人組。

「また昨夜もお仕事ご苦労さん」とコンビニの店員に声をかけられることもある。

「害獣駆除」という仕事の内容を知る者は少ないが、彼女たちが町の安全を守っていることは何となく伝わっていた。

 

そんなある日。

ミーアとメイリーはいつものように町の小さな食堂で遅い朝食をとっていた。

食堂の窓からは桜の枝が見える。薄桃色の花びらが風に舞っていた。

 

「ミーアさん」

不意に声をかけられた。

振り返ると、食堂の入り口に若い男が立っていた。

この町の農家の息子だ。名前は健太といった。背が高く日焼けした顔に朴訥とした笑みを浮かべている。

 

「あの……これ」

健太はミーアの前に小さな包みを置いた。

中からは甘い香りが漂う。

「うちの畑で取れた苺なんです。よかったら……」

 

ミーアの猫耳がぴくりと動いた。

苺の甘い香り。そしてそれ以上に男の緊張した息遣いが伝わってくる。

 

「ありがとう」

ミーアは包みを受け取った。

健太は安堵したように笑い、「じゃあ」と言って去っていった。

 

「……プロポーズね」

メイリーが冷めたコーヒーを啜りながら言った。

「え?」

「あれよ。この辺じゃ苺を贈るのは『一緒に畑を耕して生きてほしい』って意味よ」

 

ミーアは赤くなった苺を見つめた。

かつて歌舞伎町で男たちから向けられたねっとりとした視線とは違う。

ただ純粋で不器用な想い。

 

「あたし……」

ミーアは呟いた。「あたしでいいのかな」

 

「いいんじゃない」

メイリーは煙草に火をつけた。「あんたはあんたよ。どこに行っても」

 

数日後。

今度はメイリーの元に訪問者があった。

町の木工所の青年だ。名前は大樹といった。無口で手先が器用な男だ。

 

「これ……」

大樹は無言で小さな木彫りの狐を差し出した。

丁寧に削られ磨かれた木の表面には温かな手触りがあった。

「メイリーさんに似てると思って……」

 

メイリーは狐の木彫りを受け取った。

その手触りはどこか懐かしかった。異世界の森で触れた木々の記憶。

 

「……悪くないわね」

メイリーは小さく笑った。「これ作るのにどれくらいかかった?」

 

「三週間」

大樹は照れくさそうに言った。「毎晩少しずつ……」

 

「じゃあ三週間分の夜食をご馳走しなきゃね」

メイリーは立ち上がった。「今夜うちに来なさい。手料理を振る舞うわ」

 

大樹の目が驚きに見開かれたがすぐに喜びの色に変わった。

 

その夜。

ミーアとメイリーはそれぞれの想い人と食事をした。

ミーアは健太と畑の脇で手作りのおにぎりを頬張った。

メイリーは大樹と古い一軒家で鍋を囲んだ。

 

星空の下。

二つの小さな家で二つの物語が動き始めた。

 

⭐️結ばれて

 

季節は巡った。

ミーアと健太。メイリーと大樹。

四人の関係はゆっくりと深まっていった。

 

健太はミーアに畑仕事を教えた。土の温かさと種を蒔く喜びを。

ミーアは健太に森での過ごし方を教えた。風を読み鳥の声を聞く方法を。

 

大樹はメイリーに木工の技術を教えた。木を見極め磨く時間の大切さを。

メイリーは大樹に異世界の料理を教えた。香辛料の使い方と火加減のコツを。

 

そして秋。

収穫祭の夜。

篝火が夜空を赤く染める中で二人の男が膝をついた。

 

「ミーアさん。俺と一緒になってください」

健太は真っ直ぐにミーアを見つめた。

 

「メイリー。俺と家族になってくれ」

大樹は震える手で小さな指輪を差し出した。

 

ミーアとメイリーは顔を見合わせた。

一年前には想像もできなかった光景。

歌舞伎町のネオンの下で泥沼に沈んでいた二人が今ここにいる。

 

「はい」

ミーアは涙を流しながら頷いた。

 

「ええ」

メイリーは静かに微笑んだ。

 

式は町の小さな神社で行われた。

町中が祝福してくれた。

かつて「異世界人」という言葉が特別だった時代はもう遠い。

今ではただの隣人であり友人であり家族だ。

 

ミーアは白無垢ではなくドレスを選んだ。

猫耳と尻尾に合わせて作られた特注のドレス。

健太は照れながらも誇らしげにミーアの手を取った。

 

メイリーは色打掛を選んだ。

狐耳に映える朱色の打掛。

大樹は緊張した面持ちでメイリーの隣に立った。

 

「似合うよ」

「ありがとう」

 

二人は小さく笑い合った。

 

⭐️家族

 

時が流れた。

 

ミーアのお腹には新しい命が宿っていた。

猫獣人の妊娠期間は人間より少し短い。

春には新しい家族が増える予定だ。

 

メイリーのお腹にも命が宿っていた。

狐獣人の妊娠期間もまた人間とは少し違う。

やはり春には新しい命が産声を上げるだろう。

 

二人はよく会った。

お互いの家を行き来し育児の話をした。

「猫の子ってよく泣くのか?」

「狐の子って耳が立つのが早いの?」

「健太が夜中にミルク作ってくれるの」

「大樹が揺り籠を作ってくれたわ」

 

ある晴れた日の午後。

二つの家の間にある古い桜の木の下で二人はお茶を飲んでいた。

 

「ねえメイリー」

ミーアはお腹を撫でながら言った。「あたしたちって変わったよね」

 

「そうね」

メイリーもお腹を撫でた。「十年前には想像もできなかったわ」

 

「歌舞伎町で出会って……罵り合って……同じ泥沼に沈んで……でもここで生きることを見つけて……」

 

「そして愛されて」

メイリーは微笑んだ。「変な話よね。異世界から来てこんな山奥で愛されるなんて」

 

「でも悪くないよね」

ミーアも微笑んだ。「誇りなんて何円にもならないけど……愛されることは何より価値があるよね」

 

メイリーは頷いた。

かつて歌舞伎町で交わした言葉を思い出す。

『誇りで家賃払えるの?』『誇りでご飯食べられるの?』

答えはノーだった。誇りだけで生きることはできない。

しかし誇りを捨てて生きることもできなかった。

 

今二人は知っている。

誇りは金にはならないけれど自分自身であり続けるための支えになることを。

そして愛されることは生きる力になることを。

 

「あ」

ミーアのお腹が蹴られた。「元気だね」

 

「私のもよ」

メイリーのお腹も動いた。「きっと仲良しね」

 

「生まれたら一緒に遊ばせようね」

「ええ。きっと猫と狐の子どもたちは仲良くなるわ」

 

二人は笑い合った。

山あいの風が二人の耳を揺らす。

猫耳と狐耳。

かつては互いに罵り合った二人は今同じ未来を見つめている。

 

夕暮れ時。

健太と大樹が仕事から帰ってきた。

 

「ただいま」

「おかえり」

 

二組の夫婦が桜の木の下で集まる。

明日もまた害獣駆除の仕事があるかもしれない。

しかし今はこの穏やかな時間を守りたい。

 

「今日のご飯何にする?」

「カレーがいいな」

「じゃあ野菜取ってくるよ」

「私はルー作るわね」

 

四人は家へと向かった。

山あいの小さな町に灯りがともる。

 

異世界から来た二人の女はここで愛する男たちと結ばれ新しい命を育んでいる。

過去の傷跡はまだ残っているかもしれない。

しかしそれはもう二人を縛る鎖ではない。

 

ただ静かに生きていく。

愛する者たちと共に。

 

星空の下で二つの家の灯りが温かく輝いていた。

 

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