IF。
人を殺してしまった。
そんな日が来るとは思っていなかったし、夢でも見ているのではないかと思いたかったが、目の前にある死体が現実を物語る。
「はぁ……はぁ…………」
息苦しい。
死体は冷たい目で、松野一松を見つめている。
「あー。やっちゃったねぇ」
隣に立つ久待鳴琴は軽く、一松がコップの水を溢したぐらいの失敗をしたかのような調子で言った。
「コレ、どうすんの? 早く隠した方がいいと思うけど」
ナコトは絞殺死体を指差す。凶器は、一松の両の手である。
「山行く? 海? 漁師の知り合いとかいる?」
「山…………」
人気のない山には心当たりがあった。
「ある程度バラして持っていった方がいいだろうね。風呂場使いなよ。あと、刃物をいくつか買って来る必要があるな」
「うん……」
「着替えとか取りに帰って、しばらく家に泊まるって兄弟に言っときなよ」
一松は、ナコトの助言を聞き入れる。
ここから、長い悪夢が始まった。
◆◆◆
死体をバラすことにした一松は、まず、服を裁ち鋏で切り裂いて脱がせる。
「首と腕を切って、血抜きしよう」
ナコトの言葉に一松は頷き、ゴム手袋を装着して金鋸を握る。苦労したが、脊椎の隙間に刃を挿し込むようにして首を胴から離した。
続いて、両腕を切る。肉や筋を切ってから、関節部分を捻ると外れた。
上半身を下にするために風呂の縁にくの字に引っ掛け、血が抜けるまで一息つく。
「次は内臓を抜かないとね」
腹を縦に開き、胃や腸などの内臓を取り出す。
「腸には糞が詰まってるから、トイレに流してしまおう」
ナコトに言われた通りにする。
内臓をすっかり出した後は、水分を取るために猫砂を詰める。
「時間的にここまでかな。夜は音が響くから」
「そうだね」
切り落とした頭と腕を冷蔵庫へ入れた。
内臓は寸胴鍋でカレールーを入れて煮込む。後で生ゴミとして小分けにして出すつもりだ。
解体作業はここまでにして、今日は眠ることにする。
そして、寝て起きてから、作業再開。
次は脚を切り離す。腕の時と同じように、関節を捻る。更に、腕は肘と手首部分も外し、脚は膝と足首部分も外す。
バラバラにした手足を寸胴で煮ると、肉を骨から削ぎ落としやすくなる。
削いだ肉は、これまたカレールーと煮込み、いずれ生ゴミとして処理する。
ここで、急激に腹が減った。昨日の昼から何も口にしていないのだから、当然か。
キッチンの戸棚にあったインスタントラーメンを食べることにした。カレー味のものは避けなくてはならなかった。恐らく、もうカレーを食べることはないだろう。
食後には、冷蔵庫の中の首と向き合うことになった。
「頭も解体しないとね。まずは鼻を落として――」
「首はこのままにしとく」
「ふーん、そう」
まあ別にいいけど、とナコト。
殺しておいて(更に言うと解体までしておいて)難だが、顔だけは綺麗なままにしておきたかった。
そういうことなので、性器を切り取った後、胴の肉と骨を分けるべく行動する。
これも、やはり煮込んでから肉を削ぎ、肉はカレールーと共に再び煮込む。
家ですべきことは、終わった。
「それじゃあ、山に行こうか」
「うん」
骨と生首をクーラーボックスに、処理に使った刃物や鍋をリュックサックに入れて出発する。
一松は、電車に揺られながら、隣のナコトのことを思う。
何故、こんなに献身的なのだろう?
何故、こんな自分に?
ぐるぐると考えている内に、目的地に到着した。
目当ての、人気のない山を登る。
山奥に行き、リュックサックから折り畳み式のスコップを取り出した。
穴を掘る。
無心で穴を掘る。地獄へと通じてしまいそうなほどに。
何時間そうしていただろう? 気付けば、汗だくで穴の中にいた。冷たい風が、火照った体に心地よい。
大木に結び付けておいたロープを使い、穴から這い出る。
「おれも地獄へ行くべきだよね……」
「気にしないでいいのに。ソレは、ただの物だよ。今からするのは死体遺棄じゃなくて、不法投棄だ」
ナコトは笑顔で、とても軽い調子で言った。
「ナコト、おれのこと恨んでる?」
「さあ?死人は喋らないから」
久待鳴琴は一松に殺されたので、喋るはずもないのである。
「ナコト、どうして抵抗しなかったの?」
「さあね」
久待鳴琴は答えない。
彼の首は、薄く笑みを浮かべるだけだ。
「お前は誰?」
「お前だよ」
悪夢は、終わらない。