※この作品はR-18です。

坂柳有栖ちゃんに弱みを握られちゃう話   作:ノンケマン

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第14話【非エロ】

「起きて……?」

 

 微睡の中、誰かに身体を揺さぶられる。

 

「聡くん、起きて……?」

 

 ゆっくり目を開けると、すぐ目の前で帆波さんが俺の顔を見ながら微笑んでいた。

 

「ああ……」

「おはよう、聡くん」

 

 俺も朝は早い方なんだが、帆波さんはさらに早い。

 とりあえず、帆波さんの頭を引き寄せてキスをする。

 

「ん……♡」

 

 帆波さんも目を閉じて俺を受け入れる。軽く唇を合わせてから離した。

 

「おはようございます、帆波さん」

 

 ここまでが、帆波さんが俺の部屋に泊まった時の朝の起床のルーティンだ。

 

 

 

 キッチンで食パンにバターを塗り、たまごやハムを乗せていく。

 

 今日は土曜日。学校は休みで普通の生徒は早起きをする必要はない。

 だが、俺は違う。テニス部の活動があった。

 

 俺は四月の終わりから五月の始めの間の約二週間ほど、帆波さんと毎日遊んでいて部活動にほとんど顔を出していなかった。

 

 その結果、帆波さんと付き合った日の翌日からしばらくの間、サボタージュの精算を行なっていた。

 具体的には朝練と放課後の練習に毎日欠かさず参加した。

 

 ハッキリ言って休みすぎた。このままじゃ大会に出られないと思い、急いでコーチに媚びを売っているというわけだ。

 

 具材の上からマヨネーズを塗り、食パンを被せて挟む。今日の昼ごはんはサンドイッチだ。

 いつもならもっと適当に済ませるんだが、今日は帆波さんも一緒に食べるからな。しっかりと作った。

 パンの端を切り、サンドイッチは冷蔵庫に入れる。

 

 耳の部分はカレーと一緒に朝ごはんだ。

 ちなみにこのカレーは昨日の晩御飯の残りで、帆波さんが作った。

 

 付き合う前は俺が帆波さんにお弁当を一方的に作り続けていた。

 しかし付き合ってからは俺が作る時もあれば、帆波さんが作ったり、一緒に作る時もあったりとまちまちだ。

 帆波さんは自分が母子家庭の長女なだけあって料理も結構できるらしい。言われてみれば道理だな。

 

 

 

 カレーを温めてからリビングのテーブルに持っていく。

 俺が料理を作っている間、勉強をしていた帆波さんが勉強道具を片付け始めた。

 

「出来ましたよ、帆波さん。さあ、温かいうちに食べましょうか」

「うんっ!いただきます!」

 

 二人で手を合わせ、朝食を食べ始める。

 

 カレーをスプーンで掬い、パンの耳をカレーに浸けて食べる。

 

 昨日帆波さんが作った晩御飯のカレーにサンドイッチを作る過程で出たパンの耳。

 

 まさに残り物といった朝食だな……

 不味くはないが、それ以上の感想が出ない。

 

 そんな朝食にもかかわらず、帆波さんは美味しそうに食べている。

 

 一方の俺はまだ眠気が残っていた。時折、欠伸をしながら特に会話もせずに食べ進める。

 

「ふふっ」

 

 頭の中を空っぽにしながら食事をしていると、帆波さんから何故だか笑い声が漏れた。

 

「どうしました?」

「楽しいな、って思って」

「楽しいとは何がです?」

「眠そうな聡くんを見ながらご飯を食べるのが!」

 

 満面の笑顔でそう返事が来た。

 よく分からないが、帆波さんの気分は上々らしい。

 

 まあ、無理もないか。

 帆波さんは昨日からずっと機嫌が良かった。彼氏の部屋でお泊まりはよほどに心踊るものらしい。

 

「そういえば、帆波さんは今日は生徒会の面接があるんでしたっけ?」

 

 またしばらく無言で食事をしていたものの、なんとなく俺は話題を振ってみた。

 

「それは明日。今日はクラスのみんなと勉強会だね!」

 

 ああ、明日だったか。

 

 帆波さんは生徒会に入りたいらしい。四月に一度面接を受けたが、時期尚早と言われて断られたとか。

 それで五月になって学校の仕組みも教えられた今、再び面接を受けに行くようだ。

 

「明日でしたか、頑張ってくださいね」

 

 彼女の格が上がれば彼氏の格も上がるというものだ。

 ぜひ頑張って入ってもらいたい。

 

 そんな雑な応援にも上機嫌に笑う帆波さんを眺めながら、俺は残りの朝食を食べ終えた。

 

 

 

「そういえば、聡くんは中間テストは大丈夫?」

 

 朝食を食べ終えて後片付けを済ませると、帆波さんからそう聞かれた。

 

「ああ。確か中間テストの範囲が変更になったんですよね」

 

 昨日の金曜日、真嶋先生から連絡があった。急遽中間テストの範囲を変更するとかなんとか。

 俺のクラスでも熱心にテスト対策をしていた生徒からは不満の声が出ていた。

 

「酷い話ですよ。俺たちは中間テストの結果次第で退学になるというのに。学校側はいい気なものですね」

 

 まあ、坂柳さんの父親が理事長をやっている学校だ。理不尽なのは当然か。

 

「うん。今までのテスト対策も全部やり直しでなかなか大変なんだよね。幸い二週間あるからなんとかなるとは思うんだけど」

 

 俺がここしばらく部活動に忙しかったのと同じように、帆波さんも最近は毎日のようにクラスの勉強会に参加していた。

 俺と遊んでいる間はほとんど出れていなかったからな。今までの自分の勉強の遅れを取り戻すと共に、勉強が苦手なクラスメイトの面倒を見ていたようだ。

 

 しかし、それも今回の試験範囲の変更で大幅な軌道修正を求められる。なかなかに酷だな。

 と言っても、帆波さん達はBクラスだ。なんとかなるだろう。一番大変なのは勉強が苦手な生徒が多いDクラスだな。

 

「俺のことは心配しなくて平気です。帆波さんも俺がどのくらい勉強ができるかは知っているでしょう?」

 

 そもそも、俺はテスト対策なんてものを現状で一切していない。だからテスト範囲の変更なんて痛くも痒くもないわけだ。

 普段から授業はしっかりと受けているし、間違っても赤点を取ることはない。

 

 そんな俺の舐め腐った発言が気に入らなかったのか、帆波さんが、「めっ!」と咎めてきた。

 

「油断は良くないよっ!一つの科目だけでも赤点を取っちゃったら退学なんだから!部活まで少し時間があるし、私と勉強しよ?」

 

 いや、俺の発言を咎めるというよりは、ただ彼氏と一緒に勉強がしたいだけかもしれない。

 今は7時45分。9時から始まる部活動にはまだ時間がある。

 

「そうですね。じゃあ、帆波先生に教えてもらいましょうか」

「ふふふっ!任せて!」

 

 帆波さんが嬉しそうに笑った。

 赤点は取らないとはいえ、テスト勉強はしておいて損はないし、ちょうどいいか。

 

 しかし、試験範囲って何処なんだろうな。

 俺はこれといった試験対策をしていないから、変更前の試験範囲も変更後の試験範囲もよく知らないんだよな……

 

 

 

 

 

 テニス部の部活動での練習だが、今日はいつもとは様子が全く異なっていた。

 何しろ、来ている部員の数があまりにも少なすぎた。

 

 二年生の先輩が二人と、俺の三人しか来ていない。そして三年の先輩に関しては一人も来ていないのには驚いた。

 元々この部活は厳しいわけではないが、ここまで人が来ていないのも今まで一度もなかった。

 

 おかげで新入部員の恒例のメニューである、面倒なランニングや素振りも早々に切り上げて良いと先輩方に言われて、俺は真嶋先生とラリーをしていた。

 

 実は真嶋先生はテニス部の顧問なんだが、かなり上手い。

 学生時代からテニスをずっとやっていたようで、教師になってからも暇な時は時々生徒に混ざって練習に参加しているようだ。

 とはいえ直接生徒を指導しているわけではないが。生徒を指導しているのは外部から来ているコーチだ。

 

 何往復かボールが互いのコートを行き交いした後、俺のショットがネットにかかった。ボールを拾いに行くついでに真嶋先生に話しかける。

 

「先生、今日はどうしてこんなに人が少ないんでしょうか?男子だけでなく女子の方もほとんど人が来てませんし」

 

 特に三年生が異常だ。女子の方は三年の先輩は男子と同じで一人も来ていない。

 真嶋先生は軽く息を整えながら答えた。

 

「皆それぞれに事情があるのだろう。お前たちも昨日は俺からテスト範囲の変更について通知しただろう」

「はい。多分、それで一年生はみんな勉強会にでも行ってるんだとは思いますが……」

 

 橋本のやつはただのサボりだな。あいつはしょっちゅう部活をサボっている。尤も、俺が言えたことではないが。

 真嶋先生はタオルで汗を拭いながら話し続ける。

 

「二年生も三年生も昨日は色々と報告があったはずだ。特に三年生は残されている時間も少なくなってきている。休むのも無理はない」

 

 残されている時間も少ないとは、クラス間の競争のことだろうか?

 にしても、二年生も三年生も、そして一年生も昨日は特別なことがあったのか。

 

「先生、昨日の試験範囲の変更には何か意味があるんですか?俺はてっきり学校側の気分で変えた程度にしか考えてなかったんですが……」

 

 全学年で同時に何かの発表があったんだ。テスト範囲の変更も何か意図があるんじゃ?

 

「……少し、話し過ぎたな。さっきの話は無かったことにしてくれ」

 

 真嶋先生は話を切り上げた。やはり、何か理由があるらしい。

 

 

 

 まあ、どうでもいいか。

 俺はベースラインにまで下がってまたラリーを始めた。

 

 

 

「予定通り、今日はテスト週間ということで午後の活動はない。午後もコートを使うのは構わないが、使った後は片付けておくように」

 

 昼前までテニスをしてからネットを片付けた後、そう言って真嶋先生は学校に戻って行った。真嶋先生もテスト前だから多忙なのかもしれない。

 そして二年生の先輩方も先に帰っていた。昨日何かの報告が学校からあったようだし、部活に集中できなかったようだ。

 

 そんなこんなで今コートに残っているのは俺一人だ。コート外にいる生徒もほとんどいない。

 それにしても寂しくなったよな。以前は俺の追っかけの女の子が常に数人そこのベンチに座っていて、俺を迎えてくれたんだが。

 

 今、座っているのはたった一人だけだ。

 

 俺はベンチに座っている帆波さんを見た。

 帆波さんは少し前からそこに来て俺と真嶋先生がラリーをしているのを眺めていた。

 

 今日の午前中は、俺がテニス部の活動があったのに対して、帆波さんはクラスの勉強会があった。

 そこで、帆波さんが勉強会がお昼休憩に入るのに合わせて、一緒にお昼ご飯を食べようということになっていたというわけだ。

 

「聡くん、お昼食べよ?」

 

 帆波さんの手には少し大きめのランチボックスがあった。

 わざわざ今日のために帆波さんが買ってきた二人分の四角い弁当箱だ。

 

 これに俺が作ったサンドイッチを入れて、二人で一つのお弁当箱で食事をしたいというのが、かわいい彼女の希望だった。

 

 それは一向に構わないんだが……

 

 

 

「そんなことより、帆波さん。なんでチョーカーを付けてるんです?」

 

 そう、何故か帆波さんは首に黒のチョーカーを付けていた。

 チョーカーをつけるということはセックスがしたくなったというサインだ。

 

「し、仕方ないの……♡さ、聡くんがテニスしてるのを見てたら……したくなっちゃった……♡」

 

 俺は周りに誰もいないことを良いことに、チョーカーの上から帆波さんの首を絞め上げた。

 

「何で俺がテニスをしてるところを見てたらしたくなったんですか?」

「か、かっこよかった……から……♡」

「照れますね、ありがとうございます。お礼に帆波さんの大きなおっぱいを潰してあげますよ」

「ん、ぎぃ……♡ダ、メ……ぇぇぇ……♡」

 

 首を絞めながらおっぱいを握り潰した後、帆波さんの横に座った。

 そして帆波さんからランチボックスを取り上げてベンチに置く。ひっくり返しそうで怖いからな。

 

「え、えっちしたい……♡ご飯食べたら聡くんの部屋でえっちしよ……?」

「いや、午後は帆波さんは勉強会の続きがあるんでしょう?俺も用事がありますし」

「勉強会は少し遅れて参加しても大丈夫だから……聡くん、お願い……♡」

 

 全くこの女は……

 

「毎日オナニーをして性欲を発散しろと言ってますよね?」

 

 当然俺は卑しい彼女の股をぶっ叩いて叱りつける。

 帆波さんはベンチの上でおまんこを抑えて蹲った。

 

「はぐぅぅぅぅ…………♡」

 

 男の気持ちよさを覚えてからというものの、帆波さんはことあるごとにセックスを強請ってくる。

 付き合う前は一週間ずっと俺の部屋に来ていたが、いつまでも同じことを続けるわけにはいかない。

 

「し、してる……♡それでもえっちしたい……♡」

「そうですか。そんな浅ましいおまんこは何度も叩いて反省してもらわないといけませんね?」

「お、おまんこ叩くのは……ダメ……♡」

 

 それから何度かおまんこを叩いてから、ようやく昼食にありつけた。

 彼女の性欲処理も彼氏の役目だが、なかなかに大変だな……

 

 

 

 

 

 二人きりで一つのお弁当箱の中身を一緒に食べる。

 

 これが帆波さんの望みだったはずだが、それは残念ながら叶わないかもしれない。

 

 というのは、意外な人がここにやってきたからだ。

 

「一之瀬さん、こんにちは〜!里中くんは久しぶりね〜」

 

 俺と帆波さんがサンドイッチを食べていると、後ろから気の抜けた声を掛けられた。

 二人で振り返ると、星之宮先生がこっちに歩いてきていた。

 

「星之宮先生?どうしてここに?」

 

 帆波さんが疑問を投げかけた。俺も同感だ。

 星之宮先生はそれにあっさりと答えた。

 

「こう見えても先生もテニス部の顧問なのよ?」

「……初耳ですが?」

 

 思わずそう言ってしまった。いや、本当に初めて知ったんだが……

 

「先生はそもそも一度も練習に顔を出したことないですよね?」

「そうね〜。私も忙しくって、まだ一度も顔を出せてないのよね。でも、真嶋くんがいるから何も問題はないでしょ?」

「まあ、そうですね……」

「真嶋くんは真面目だから一人で色んなことをやってくれると思って、同じテニス部の顧問になったんだけど正解だったわね〜!」

 

 要は、真嶋先生に全部押し付けて自分は何もしていないらしい。道理でテニス部員の俺も知らないはずだ。

 

 星之宮先生はなかなかに世渡りが上手いらしい。

 

「でも、先生が怠慢とかそういう訳じゃないのよ?私は部活の顧問なんて別にやりたくないのに持ち回り制なのが悪いんだから!大体、教師なんて職業は時間外労働が多すぎるの!真嶋くんみたいに好きでやってるならまだしも、私みたいに興味がないのに───!」

「あ、あははは……」

 

 いつの間にか帆波さんの横に座って、自分の職業への愚痴を漏らし始めた。帆波さんは苦笑いをして呆れていた。

 

 Bクラスでは星之宮先生はこんな感じなんだろうか?真嶋先生とは全然違うな。

 なんというか、先生というより生徒だ。かわいい人だな。

 

「それで、どうして今まで一度も来たことがなかったのに今日は来たんです?」

 

 俺は大体の予想は付いているが、一応聞いてみた。

 

「そんなの決まってるじゃない!一之瀬さんと里中くんの交際が順調か、聞きに来たのよ〜!」

「やっぱり、そうですよね……」

 

 帆波さんも予想していたらしい。俺も同じことを予想していた。

 真嶋先生から俺と帆波さんがここにいるのを聞いてやってきたんだろう。

 

「でも、聞くまでもなさそうだけどね〜。仲良さそうに一緒にサンドイッチを食べてるし、それに……」

 

 星之宮先生は帆波さんのチョーカーを摘んだ。

 

「こんなものまで着けてるし?」

「こ、これは……」

 

 帆波さんは顔を赤くしながらチョーカーを手で隠した。

 そういえば、さっき着けてから外してなかったな……

 

「その反応……やっぱりこのチョーカー、帆波さんの趣味じゃなくて里中くんからのプレゼントなのね?」

 

 大人の女の勘だろうか、それとも付き合いたてのカップルのやることなんて分かりやすいのか。

 よく分からないが、チョーカーは俺の贈り物だとあっさり看破されてしまった。

 

「付き合ってすぐチョーカーを彼女に着けて自分のものだとアピールするなんて……里中くん、独占欲強いでしょ?」

「ハハハ……」

「ああ……私もこんなカッコいい男の子に執着されてみたいっ!一之瀬さんが羨ましいわ〜!」

 

 帆波さんは真っ赤になりながら黙って俯いていた。

 そして俺は笑うことしかできない。ちょっと違うんだけどな、まあいいか……

 

 星之宮先生はそんな俺たちの様子をニヤニヤとしながら眺めた後、お腹に手を当てて言った。

 

「一之瀬さんばかり幸せを堪能してずるいんじゃない?こんな薄幸な女にも、僅かばかりの施しがあっていいと思うのよね〜」

 

 星之宮先生の目はサンドイッチに向いていた。お昼時だ、お腹が空いたらしい。教師が生徒のご飯をねだるなんて、本当に変わった人だな。

 一個くらいあげてもいいだろう。帆波さんも反対はしないはずだ。

 俺は膝の上のランチボックスを星之宮先生に差し出した。

 

「はい。お好きなのをどうぞ」

 

 星之宮先生は嬉しそうにツナサンドを選んだ。

 

「これ、もしかして里中くんが作ってたりして?」

「はい。そうですよ」

「やっぱり……」

 

 そう言うと、何故か星之宮先生は手の中のサンドイッチを睨みつけてブツブツと言い出した。

 

「これが、未成年、男子高校生、教え子の彼氏の手作りという背徳三連コンボのサンドイッチ……ごめんなさい、一之瀬さん。あなたの大切な人、いただいちゃうわね……」

「星之宮先生、早く食べてくれませんか?」

「ご、ごめんなさいっ!いただきます!」

 

 不機嫌そうに帆波さんが言うと、星之宮先生は急いで食べ始めた。

 

 ……Bクラスが羨ましいな。

 真嶋先生に不満は一切ないが、星之宮先生が担任だったらとても面白そうだ。

 

 

 

 こんなわけで、二人きりの食事のはずが三人になってしまった。だが、帆波さんもそこまで不満はないだろう。三人で食事をしながら色々と話した。

 

 中間テストのことから始まり、敷地内の美味しい店、定番のデートスポットなど。

 そしてついに星之宮先生は自身の男性遍歴も面白おかしく語り出した。最近新しい男ができたが、だんだん飽きてきたらしい。

 

 先生はかなり気の多い人のようだ。どことなく俺と似ているところがある気がする。

 

「そんなわけで、未だにこう、ピン!と来る相手には会えてないのよね〜」

 

 いや、出会った先からよく知らないうちにヤリ捨てしているからではないだろうか……?

 俺はそう思ったが、黙っていた。帆波さんも白い目を向けていた。

 

「な、何かしら?その目は……」と星之宮先生が居心地悪そうにしている。

 

「ともかく!」とさっきまでの話を断ち切るかのように言ってから、星之宮先生は何気なく話し始めた。

 

 

 

「恋愛を楽しむのも大事なことだけど、Aクラスに上がることを忘れちゃダメよ、一之瀬さん。クラスのみんなはあなたを信頼してついて行くんだからね?」

 

 星之宮先生のこの言葉に、さっきまでの弛緩した空気が一気に張り付き始めた。

 いきなりセンシティブなところに踏み入ってきたな。

 

 この話は、幸福の絶頂にいる帆波さんの数少ない悩みのうちの一つだろう。

 

 俺と帆波さんが付き合ってから、AクラスとかBクラスとかそういった話は今まで一度もしたことがなかった。

 

 俺がしていないのは単純に興味がないからだが、帆波さんがしないのは意図的にその話題を避けてきたからだろう。

 

「それは、分かってます……」

 

 帆波さんが気落ちした様子で話した。やはりこの話題はしたくないらしい。だが、いつまでも避けていられない。

 

「ああ、でも私たちがAクラスに上がるということは、里中くんがBクラスに落ちるということになるのよね……」

 

 さらに星之宮先生はこの話題の最も厄介な点について触れてきた。

 

 その通り。Aクラスになれるのは俺か、帆波さんか。どちらかだけだ。

 それを帆波さんは非常に気に病んでいるらしい。

 

「帆波さん」

 

 ちょうどいいか。俺はこの話題に対する返答は既に考えていた。

 

「俺はAクラスで卒業したいです」

 

 帆波さんは目を伏せた。やっぱり、と言いたげな様子だ

 

「Aクラスで卒業したいのは帆波さんも同じでしょう?」

「……うん。私はAクラスで卒業したいし、クラスのみんなも同じ気持ちだから……」

 

 まあ、そうだろうな。

 

「そこで、俺と帆波さんの間に一つ取り決めをしましょう」

 

 俺と帆波さんの関係をどうするか。少し考えて、こう応えることに決めていた。

 

 

 

「勝っても負けても、恨みっこは無しです」

 

 正直、俺はAクラスなんて大して興味はない。が、決してその本音は言わない。

 

 何故なら帆波さんにそのように思われてしまったら、Aクラスを目指して俺を蹴落とすことに罪悪感がなくなる。

 俺はAクラスに興味が無いから、Bクラスに落としても平気だと割り切られてしまうわけだ。

 

 それはつまらない。俺を蹴落とすことに後ろめたい気持ちは感じて欲しい。

 

 だが、それはそれとしてAクラスを目指して欲しい。

 Aクラスを目指さないとなれば、帆波さんはリーダーの座から引き摺り下ろされる。それもつまらない。

 

 俺をBクラスにはしたくないと思ってもらいたい一方で、Aクラスを目指してもらいたい。

 その二つの相反する願望を天秤に掛けた結果の返答が、『Aクラスでいたいが、Bクラスになっても恨みはしない』だ。

 

 そんな考えの下で俺は返答したが、それでも帆波さんの顔は少し明るくなった。

 

「……うん!どういう結果になっても、恨みっこは無しだよ!」

 

 帆波さんは、自分達がAクラスに上がったら恨まれると思い込んでいたのかもしれないな。多少は気が晴れたらしい。

 

「これで少しはお互い話し合えたかしら」

 

 そんな帆波さんの様子を見て星之宮先生は満足そうに頷いた。

 

「この学校は知っての通り特殊よ。男女間の恋愛すらも、状況次第で大変な悲劇を招くこともあるの。そのカップルだけでなく、クラス全体を巻き込むことだってあり得るわ」

 

 星之宮先生の言葉には確かな説得力があった。

 教師として実際にそういったケースを見てきたのかもしれない。

 

「だから解決できる問題は大事になる前にしっかり話し合って解決してもらいたかったの。あまりしたくない話題だったかもしれないけど、あえて触れさせてもらったわ」

 

 なるほどな。わざと嫌な役を買って出たというわけか。

 

 もしかして、星之宮先生は本当はこの話をしたくて今日ここに来たのかもしれない。帆波さんとBクラスの生徒を心配したんだろう。

 

「いえ、いつかは話し合わないといけないことでしたから。ありがとうございます、星之宮先生!」

「頭なんて下げなくて良いのよ、一之瀬さん。これは教師としての、大人の女としての義務のようなものなんだから」

 

 そう言って星之宮先生は帆波さんに優しく微笑んだ。

 

 

 

 俺は今まで星之宮先生はいい加減でダメな感じの大人だと思っていた。

 だが、それだけではなく生徒思いな一面もあるようだ。

 

 ああ、本当に良いな……

 

 おちゃらけながらも意外にしっかりしたところもある大人の女を、惚れ込ませてどっぷり依存させて、俺のことしか頭にないバカ女に作り替えたい。

 

 でも、相手は教師なんだよな……やめておくか……

 

 

 

 それから星之宮先生はサンドイッチを食べ終えた後、さっきまでの雰囲気とは一転して顔をにやけさせながら話してきた。

 

「ああ、それと忠告をもう一つ!避妊はしっかりすること!いいわね?」

 

 帆波さんの頬が少しだけ赤くなる。

 保健室の先生らしい忠告だな。いや、それとも揶揄ってるだけなのか。

 

「もちろん、避妊には気を遣っています。学生の身ですから当然ですよ。ねえ、帆波さん?」

「う、うん……大丈夫……」

「あら。余計なお世話だったかしら〜?」

 

 いや、そうでもないですよ、星之宮先生。

 最近は帆波さんも母親の言いつけを忘れて、生でしたいとうるさく騒いでますから。

 

「それにしても、久しぶりに良いことした!って感じね〜。さて、授業代としてサンドイッチをもう一個お願い!」

「どうぞ、先生。一つと言わずに好きなだけ」

「まあ!里中くんはなんて心の広い子なのかしら!」

「……あの、聡くんの分も残してあげてくださいね?」

 

 先生は相当お腹が空いているのかもしれない。二つ目のサンドイッチも勢いよく食べ出した。

 

 

 

 

 

「ほら、聡くん。これで最後だよ?」

 

 帆波さんが俺に最後のたまごサンドを勧めてくる。まだ俺の手にはハムサンドが残っているんだが……

 

「帆波さんはいいんですか?」

「うん!私はお腹いっぱいだし、男の子はいっぱい食べなきゃダメだよっ!」

「いえ、俺も結構お腹いっぱいになってきたんですよ」

 

 俺がそう言うと、星之宮先生が目を輝かせながら最後のサンドイッチに手を伸ばす。

 

「あら、そう?じゃあ先生が……」

「星之宮先生……?」

「じょ、冗談よ……?全く、一之瀬さんは冗談が通じないんだから……」

 

 そしてその食べっぷりを帆波さんに怒られる星之宮先生。

 先生、いつの間にかそこそこな数を食べてるからな……

 

 まあ、何はともあれ、これで帆波さんの大きな悩みの一つも一応の決着はついたわけだ。帆波さんもご機嫌だ。

 

 そんなこんなで俺たち三人の昼食もそろそろ終わろうとしていた。

 

 

 

 が、まだ終わりではないらしい。

 

 またもや予期せぬ客人がやって来る。

 

 カツ、カツと杖をつく音を立てながら。

 

 帆波さんのもう一つの大きな悩みが歩いてきた。

 

 

 

「楽しそうですね。私も混ぜてくれませんか?」

 

 その杖の音がどんどんと近づいてくるたびに、俺の横で帆波さんの顔から色が消えていく。

 

 この人がここに来るなんて聞いてないんだけどな……

 

「あら、坂柳さんじゃな〜い。こんにちは〜」

「こんにちは、星之宮先生」

 

 俺と帆波さんは黙っている中、星之宮先生は呑気に声を掛けた。星之宮先生は坂柳さんのことを知っていたようだ。

 坂柳さんは目立つ。知っていてもおかしくはないか。

 

 坂柳さんは空いていた俺の隣に腰を掛ける。四人用のベンチはこれで全て埋まった。

 

「……なんでこんなところにまで来るの?」

「…………ん?」

 

 帆波さんは低い声で坂柳さんに尋ねた。

 そう、帆波さんの最近の大きな悩みの二つ目は坂柳さんだ。

 

 坂柳さんは俺と帆波さんが付き合ってからも、何かと周囲をうろちょろとして喧嘩を売り続けている。帆波さんもご立腹らしい。

 

 そして星之宮先生は今になって、さっきまでの雰囲気とは一転していることに気がついたようだ。

 

「里中くんを迎えに来たんですよ。時間になっても一向に勉強会に来ないものですから」

 

 確かに俺は午後は坂柳さんに呼び出されていた。

 とは言っても、坂柳さんから詳しい集合時間は聞いていないし、勉強会をやるとも聞いていないんだが。

 

 とりあえずここは話を合わせておくか。

 

「ごめんなさい、坂柳さん。つい話し込んでしまって。もうこんな時間だったんですね」

「本当ですよ。約束の時間を過ぎています。ところで、このサンドイッチは里中くんが?」

「はい、俺が作りました」

「いい見栄えをしています。相変わらず里中くんは料理がお上手ですね」

 

 坂柳さんは最後のたまごサンドに手を伸ばす。

 が、その手が届く前に帆波さんが急いでそれを取り上げて口にした。

 

「ああ、酷いです。一之瀬さん」

「酷いのはどっちなのか、よく考えてほしいな」

 

 右には俺に腕を絡めて楽しそうに笑う坂柳さん。

 左には俺の手を握って苛立ちを見せる帆波さん。

 

 そんなに腕を絡められると食い辛いんだが……

 そう思いながら、俺は右手のハムサンドを口にする。

 

 すると、坂柳さんが一之瀬さんを見て挑発的に笑った。

 

「フフ、いいでしょう。私にとってはこちらの方が御馳走ですから」

 

 そして坂柳さんは俺の食べかけのハムサンドを齧った。

 しかもご丁寧にちょうど俺がさっき口にした部分を。

 

「まあ、美味しい」

 

 その言葉でとうとう帆波さんは怒気を顔に表した。坂柳さんを思いっきり睨みつける。

 

 にしても派手にやるな、今日は。

 

 そんなことを思いながらまたハムサンドを口元に運ぶ。

 

「食べちゃダメ!」

 

 そんな俺に対して帆波さんから強くストップの声がかかった。もうこのハムサンドは俺が食べてはならないらしい。

 

 そして俺に自分のたまごサンドを差し出す帆波さん。俺は大人しくそれを食べる。その後に帆波さんは俺が食べた所を口にした。

 

「里中くん、これを食べたら勉強会に行きましょうか」

 

 坂柳さんは我関せずと言った感じに俺の右手のハムサンドを食べ進めていた。

 

「……いい加減にしてよ、坂柳さん。聡くんはもう私の彼氏なの」

「だから何でしょうか?この国は自由恋愛を憲法で保障しているんですよ。当然、この学校も」

 

 坂柳さんと帆波さんの恒例のやり取りだ。最初は面白かったが、ただ見ているだけだから少し飽きてきた。

 俺も帆波さんを積極的に虐めたいんだが、立場上できないのが残念だ。

 

「尤も、里中くんは私の所有物で、今は一之瀬さんに彼氏として貸しているだけなので浮気には当たりませんが」

「こんなことをしても聡くんは振り向いてくれないよ、坂柳さん」

 

 帆波さんはいつの間にかAクラスの内情をある程度調べていた。

 だから坂柳さんがクラスのリーダーの一人なのも、俺が坂柳派なのも知っている。

 

 そのため、俺は坂柳さんにクラス内でのヒエラルキーのせいで逆らえない、無理やり言うことを聞かされていると思い込んでいた。

 実際に弱みを握られて逆らえないわけだし、あながち外れてもないな。

 

「聡くんの、坂柳さんへの呼び方で分かってくれないかな。私は名前で呼ばれていて、坂柳さんには苗字呼び。それが私と坂柳さんの差なの。聡くんは優しいから口にしないだけで内心ではうんざりしてるよ、きっと」

 

 帆波さんは相当に苛立っているらしいな。

 その証拠として、自分が今失言したことに気がついていない。

 

「フフ。笑わせないでください、一之瀬さん。里中くんが私の名前を呼ばないのは、私がそれを求めていなかっただけ。何なら今から私の名前を呼んでもらいましょうか」

「……そんなことをしても何の意味もないよ。坂柳さんが自分のクラスでの立場を利用して聡くんを脅してるだけ。ただのパワハラだよ」

 

 自分が名前で呼ばれていて嬉しい、特別視されてるなんて坂柳さんに言ったら当然こうなる。

 今更ながら、帆波さんは自分が苛立ちのあまり余計なことを言ったことに気がついたらしい。

 

「そうですね、何の意味もありません。名前を呼んでも呼ばなくても、里中くんが私のものだということに変わりはありませんから」

 

 坂柳さんがハムサンドを全て食べ終えて俺の指をぺろりと舐めた。

 帆波さんはその行為を見て怒りに打ち震えている。

 

「ですが、何となく言ってもらいたくなりました。お願いできますね、里中くん」

「だから、何の意味もないって……」

「何の意味もないのですから、言っても問題はないでしょう」

 

 名前か。帆波さんや神室さんの時はプレイの最中に呼び始めた。

 要はスイッチが入っていた状況だったが、素面でやるのは少し気恥ずかしいな……

 

 それはともかく、言うしかないが。

 

 

 

「あ……有栖さん……」

 

 俺のこの言葉を聞いて、坂柳さんは満足そうに笑い、帆波さんは唇を噛んで悔しがった。

 

「フフ。もっとあっさりしたものになるかと思いましたが、恥じらいがあってなかなかに良いですね」

「聡くんに言わせただけのものなんかに、何も価値はないよ……」

「いいえ。意味はないものでしたが、価値はありましたよ。少なくとも、私には」

 

 そして坂柳さんは立ち上がった。

 

「では行きましょうか。一之瀬さん、里中くんは返してもらいますね」

 

 それから坂柳さんはここから立ち去っていく。

 

「行かないで、聡くん……」

「本当にごめんなさい、帆波さん。俺も勉強会に参加してクラスの一員としての責務を果たさないといけませんから」

 

 顔を悲しげに曇らせて縋られるが、この言い訳を使えば帆波さんは何も言えない。俺は耳元で囁いた。

 

「今晩も仲良し、しますか?」

 

 帆波さんはコクンと頷いた。今晩はたっぷり慰める。それで一層俺にのめり込んでくれるだろう。

 飴と鞭というわけだ。

 

 俺は立ち上がって坂柳さんの後を追う。

 

「……あの女には負けない、絶対に」

 

 帆波さんの暗い声が背後から聞こえてきた。

 

「クラスのリーダー同士の三角関係……?こんなことになっていたなんて……なんでクラスの子たちは教えてくれなかったの……!?」

 

 星之宮先生の声も一緒に。まだいたんですね……

 

 

 

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