「もう少しすれば俺のクラスメイトが過去問を持ってくる。軽く挨拶してから帰るんだな」
満足するまで食べてそろそろ帰ろうかと思った時、南雲さんからそう声が掛かった。
「南雲さんのクラスメイトですか。どんな人なんです?」
「一言で言えば、俺のモノにする予定の女だ。お前らに倣って俺も女遊びをしてみようと思ってな。その相手ってわけだ」
へえ、南雲さんの女候補が来るというわけか。
「そういえば南雲さんは女遊びはあまりしてなかったんですね」
『女は飾り』と称すほど女を見下しているのに。意外だな。
「こういうのは遊んでいる間は楽しいが、後片付けが面倒だろ。ただ遊んで終わり、とならない関係の相手とは遊びたくねえな」
「まあ。それでは南雲副会長がサッカー部に顔を出している時などに周りにおられる女子の先輩方は……」
「殆ど誰も食ってないな。大体は気のある素振りをして放置だ。その方が面白いだろ?一発もやらずに心服させて俺の周りを新品のまま飾らせ続ける。その方が俺の価値をより知らしめられるってもんだ」
「里中くんも南雲副会長も自身の取り巻きには手を出さないわけですか。少々可哀想に思いますね。私ならば、私に付き従うお友達こそ可愛がってあげるというのに」
坂柳さんがそう言うが、俺は南雲さんに賛成だ。
自分にあからさまに惚れ込んでいる女に手を出すのは後始末が面倒なんだよな。
「それで、これから来る先輩は南雲さんの取り巻きとは少し違うんですか?」
「ああ。少なくとも今すぐやれるってわけではないな」
そりゃそうか。じゃなきゃ面白くないもんな。
と、話しているうちに1人の女子生徒が端末を片手にこの店に入ってきた。十中八九、件の人だろう。
……何というか、チャラチャラしてそうな女だな。結構遊んでそうな見た目をしているが……
純真な女が好みの俺にはあまり好みが合わなそうだ。
彼女が俺たちの席に向かってきた。先輩ということもあるので、俺は軽く会釈をした。ちなみに坂柳さんは目礼だ。
そんな俺たちを見ると、先輩はテンションを急に上げて話しかけてきた。
「わ!もしかして君達、新入生?私は朝比奈なずな。よろしくね!」
「ご丁寧にありがとうございます。私は1年Aクラスの坂柳有栖です。よろしくお願いしますね、朝比奈先輩」
「有栖ちゃん、か。とってもかわいい名前で羨ましいかも」
この人は朝比奈先輩と言うらしい。
意外とこう、ギャルっぽくないというか、普通の人だな。そのラフな見た目とは裏腹に、笑顔には嫌な感じがするような混じり気はない。
「俺の名前は里中聡です。坂柳さんと同じAクラスでテニス部に入ってます。朝比奈先輩、よろしくお願いします」
「君が里中くんなんだ!君のことは2年生の女の子の間でも話題になってるよ。イケメンランキング1位!つまり1年生で1番かっこいい男子ってことで!」
「ああ、あれですか。少し恥ずかしいですね」
そして恥ずかしい以上に腹立たしいんだよな。
何がイケメンランキングだ。玩具の分際で勝手に人のことを品評するなよ。あんなランキングを作った女のおまんこを思いっきり蹴り上げてやりたいところだ。
朝比奈先輩はご機嫌の様子で向かいの席の南雲さんの横に座った。そしてカバンの中からクリアファイルを取り出す。
「はい、これ!これが中間テストの過去問ね。それで、こっちは去年の4月末の小テストの過去問!」
「朝比奈先輩、ありがとうございます。助かりました」
俺は礼を言って過去問と小テストを受け取り、坂柳さんと中身を確認する。
何故小テストも?と思ったが、小テストの中身は俺たちが受けたものと全く同じだった。なるほど、これも中間テストのカラクリに対するヒントになっているわけか。
「どうだ、かわいい後輩達だと思わないか?」
「やっぱり先輩って敬われるのは気持ちいいよね。学年が上がったんだって実感できるっていうかさ」
「それにこいつらはAクラス。しかも坂柳に至ってはクラスのまとめ役ときた。仲良くなって損はないだろ?」
「相変わらず抜け目がないってわけかー。それで過去問は持ってきたし、これで今日は雅の奢りでいいんだよね?」
「ああ。好きなものを頼め」
それを聞いて大喜びでメニューに手を伸ばす朝比奈先輩。この人、なんか初見の軽薄なイメージとは違うな。初めは遊び慣れてそうな印象を受けたが、そうでもなさそうだ。
しかし、それも当然かもしれない。南雲さんは女を飾りとして見ているんだ。尻軽じゃ飾りの価値はないよな。
「ねぇねぇ、ところで2人ってさあ」
朝比奈先輩が手にメニューを持ち、顔をニヤつかせながら話す。
「入学して一月でもう付き合ってるんだ。一体、どっちのアプローチから付き合っちゃったの?」
俺と坂柳さんはお互いに顔を合わせた。そしてその後、テーブルの俺の取り皿に置かれている、俺と坂柳さん2人分の箸に目が行った。
坂柳さんは自分の取り皿を使わずに俺の取り皿を使っていた。
男女が2人で1つの皿を使っていれば、普通は恋人関係だと思うのも無理はないか。
「いえ、別に私と里中くんは付き合っているわけではないですよ」
「えっ!?でもお皿には……」
「私はあまり食べなかったので、里中くんのを使っていただけです」
「まあ、そもそも俺には彼女がいますから。もちろん、坂柳さんではないですよ」
坂柳さんと俺のあっさりとした言葉に朝比奈先輩は驚きを見せた。そして眉を寄せて俺を咎めてくる。
「い、いやいや……付き合ってる彼女がいるのにこんなことをしちゃダメよ!」
「ちょっと皿を使っただけですよ。俺は別に気にしません」
「気にしなさい!彼女が可哀想じゃないの!」
朝比奈先輩にそう叱られた。俺の不義理な行いに嫌悪感を覚えたらしい。やっぱりこの人、存外に純情だ。
「フフ。大袈裟ですよ、朝比奈先輩。この程度なら不誠実というほどでもないでしょう。朝比奈先輩はひょっとして男性経験は無かったりしますか?」
坂柳さんがクスッと笑いながら朝比奈先輩に挑発的に尋ねた。その言葉に朝比奈先輩は顔を少し赤らめた。
「そ、そんなこと今は関係ないでしょ!」
「まあ。見た目とは裏腹に純粋な人です。かわいいですね、里中くん」
「はい。第一印象では結構遊んでそうだと思ったんですが。やはり人は見かけだけでは分からないものです」
「……なんか私、馬鹿にされてる……?というか、別に付き合ったことがないなんて言ってないし……」
顔を見合わせて笑う俺と坂柳さんに、顔を紅くしてぷるぷると屈辱に震える朝比奈先輩。
坂柳さんは朝比奈先輩を面白いおもちゃにロックオンしたらしい。この人、一度自分より下だと認識した相手は基本的におもちゃだからな……
「おいおい、朝比奈を揶揄うのもその辺にしておいてやれ。先輩の威厳ってのを保つのは大変なんだ」
「そう!私は先輩なの!しっかり敬いなさい、新入生!」
南雲さんの助け船に朝比奈先輩は元気になったようだ。先輩の威厳を頑張って見せつけている。
それに対し、未だに坂柳さんは挑発を止めることはない。
「申し訳ありませんでした、朝比奈先輩。別に馬鹿にしていたわけではないんです。ただ、高校2年生にもなって、まだ一度も異性と付き合ったことのない人がいたことに少々驚いてしまいまして」
「な、何を……!別に、男子と付き合ったことくらいあるけど!?」
いや、坂柳さんだって多分まだ誰とも付き合ったことがないでしょうが……
交際経験の有無なんてどうでもいいと思うんだが、朝比奈先輩には効いたらしい。必死になって反駁している。
それはさておき、腹も一杯になったし、そろそろ帰らせてもらうとするか。
「まあまあ、坂柳さん。その辺にしておきましょう。南雲さん。今日は夕飯をご馳走になりまして、本当にありがとうございました。俺たちは一足先に失礼させてもらいます」
「ああ。俺たちはもう少し食ってから帰るとする。気をつけて帰れよ」
南雲さんは朝比奈先輩で遊ぶらしいからな。俺と坂柳さんは早めに帰った方がいいだろう。
「本日は色々とお世話になりました、南雲副会長。実に楽しい時間を過ごせました。しかし朝比奈先輩としっかりお話ができなかったのは残念です。今度機会があればゆっくりお食事でもしましょうね?」
「なんで私、こんなに舐められてるんだろう?というか、もっとこう、先輩を尊敬してくれる可愛い後輩が良かったんだけど!」
朝比奈先輩がふくれっ面で不満を漏らした。
多分、南雲さんが朝比奈先輩のことを自分の玩具候補と言ったのが良くなかったな。あれで坂柳さんの中では朝比奈先輩は下だと格付けされてしまったんだろう。ナチュラルに見下しているのが俺にもどことなく読み取れる。
全く、坂柳さんはちょっと目を離すとすぐ敵を作っているな……俺も女は見下しがちだがそこまであからさまにはしないぞ……
「里中くんと南雲副会長、なかなかに相性が良さそうですね」
店を出てからの寮への帰り道、坂柳さんがそう呟いた。
「ですよね。俺もそう思いましたよ」
「あなたは人の上に立とうとはあまり考えないようですから。目上の人間は素直に敬うところに南雲副会長は好感を持ったのかもしれません」
街灯以外の明かりがない夜道を2人でのんびり歩きながら話す。この時間帯は涼しいな、歩いていて気分が良い。
確かに俺は人の上に立ちたいという欲はないな。世の中自分より目上の人間は山ほどいる。その人達全員の上に立つなんて面倒なことはしようとは思わない。
「マゾ女の下に敷かれるなんてことは勘弁願いたいですけどね。しかし、そうでもなければ人の下にいるのは別に苦でもないです」
「そうですか。私は相手が誰であろうと人の下にいるのはあまりいい気はしませんね。そういう点ではあなた抜きではここまで南雲副会長と関係を深めるのは難しかったかもしれません」
坂柳さんは出会い頭に喧嘩を吹っかけてそうだな……
まあ、坂柳さんも南雲副会長とは相性が悪くはなさそうだったが。
「そうです。南雲副会長に私たちの事業の仲介役を頼みましょうか」
「仲介役?」
「入口は広い方が良いですから。私たちでは接触が難しい2年生、3年生の顧客層を南雲副会長の縁故によって開拓していきましょう」
先輩方を客層に加える、か。確かに俺たちだけではなかなか厳しいところがあるな。
「しかし、一つ間違えば売春の斡旋になりますよ。南雲さんは協力してくれるでしょうか?」
俺たちがこれからやろうとしていることは風営法を違反し、場合によっては売春防止法も違反することになる。風営法に基づいて営業届けを国に出しているわけではないからな。
そして売春防止法は売った側にも買った側にも罰則はないが、斡旋者は別だ。斡旋者や場所の提供者には相応の罰則がある。
というよりも罰則どうこうの前に、こんなことが公になれば社会的信用というのは失墜する。加えて校則にも何かしら違反しているだろう。場合によっては退学ということもあり得る。
しかし、そんな俺の懸念を坂柳さんは笑い飛ばした。
「大丈夫ですよ。あくまで南雲副会長のご友人を紹介していただくだけです。私たちが得た収入の一部を南雲副会長に譲渡するなどして、明確な受益者にならなければ斡旋者にはならないでしょう」
「そう……かもしれませんね」
ちょっと食事を奢らせてもらったり、南雲さんの意に叶うことを行う程度のことを見返りとすればリスクは相当に低くなるか。
「そして南雲副会長は脅迫や詐欺など、裏ではなかなかに暗いことをやっているようです。尤も、これといった証拠は残していないようですが。この程度のことで尻込みするとも思えません」
それはそうか。そういった強引なことをやらないと学年全体からポイントを搾取するなんて大胆なことはできないよな。
「それにしても生徒会副会長は脅迫や詐欺を行っていて、理事長の娘は売春の斡旋を行うことになりますか。碌でもないですね、この学校……」
俺がそのように呆れると、坂柳さんがおかしそうに失笑した。
この学校、実は国立なんだよな。国民の税金によって運営されてるってマジですか……
「そしてあなたは売春を行うことになるんですよ、里中くん。覚悟はできていますか?」
「いえ、俺は中学の頃から売春は散々やってきましたから」
「フフ、そういえばそうでしたね」
「さらに言えば今まで一度も売春をやっていることが警察にも両親にもバレてません。違法行為もバレなきゃ犯罪にはならないんですよ」
今までゆっくりと歩いていたが、ようやく寮がだんだんと近づいてきた。
坂柳さんとの心地良い散歩の時間も終わりが近い。
「その通り、バレなければ問題にはなりません。部屋の中で具体的に何が行われていたかを示す証拠は絶対に残さない。それを徹底すれば退学にはならないでしょう」
「念入りにボディチェックですね。盗撮や盗聴には気をつけましょう」
幸か不幸か、この学校はお互いがお互いを落とし合うことを推奨するような学校だ。騙し合い、欺き合うなど日常茶飯事。
ともなれば、決定的な物的証拠さえなければ退学になどならない。精々が停学だろう。頭ではそう分かっている。
だが、物事が常に上手くいくとは限らない。
「しかし……もしも全てが発覚して退学措置を受けたらどうしましょうか?」
寮の前で立ち止まり、坂柳さんに問いかける。
「いくら計画を練りに練っても上手くいかないことだってあるでしょう。いざという時、退学するのは俺だけになるように努めますが、坂柳さんを庇うのはなかなかに難しいと思います。2人揃って仲良く退学する、なんてことになるかもしれません。そうなった時はどうしますか?」
そんなことになった場合、どうやって生きていこうか?
俺の問いかけに坂柳さんは少し黙った。杖に両手を置き、考え込んでいる。
そして夜空を見上げながら悪戯に笑った。
「……里中くん、ホストに興味はありますか?」
「ホスト?」
坂柳さんのあまりに突拍子な言葉に俺は思わず聞き返してしまった。
「ホストですか。俺に向いているかいないかで言えば向いていると思いますが……」
「向いているどころではないです。所謂、天稟の才を持つと私は思いますよ。あっという間に数千万、億単位を稼げるのではないでしょうか」
坂柳さんが俺の顔を見つめてくる。互いの目が合った。
「そして私がファンドマネージャーとしてそれを資産運用しましょう。私は天才ですから、数年で倍にしてみせますよ」
坂柳さんはそう言っていつも通りの笑顔で笑った。
かなり愉快な人生になるな。少なくとも金に困ることはなさそうだ。
「それとも芸能界に進み、アイドルでもやってみますか?あなたはルックスの面は十分ですし、礼儀正しく協調性もあれば体力もあります。この道でも大成できるのではないでしょうか」
「ホストかアイドルか、ですか。歌舞伎町の夜の帝王になるか、それとも国民的アイドルになるか。悩ましいですね……」
アイドルとして知名度を得たら独立しても面白いかもしれない。敏腕プロデューサーの坂柳さんにプロデュースされるのも悪くない。
しかし、枕仕事とか嫌だな。偉いおばさんに接待するのか……場合によっては性的なこともさせられるかもしれない。
いや、それも意外と面白いかもな。
社会的地位の高い年増女のおまんこを蹴り飛ばしてからの首絞めセックスは愉快だろう。
俺はしばらく楽しく空想をしていたが、「とにかく」という坂柳さんの声で現実に立ち戻った。
「私自身は退学など恐れてはいません。何故ならば退学になったとしても、それが私の人生に大きな影響を及ぼすとは思えないからです。里中くんは『嚢中の錐』という言葉をご存じですか?」
「確か『普通の人間の中に優れた才能を持つ人間が混じっている場合、自然と突き抜けて目立つ』といった意味でしたね」
「つまりはそういうことです。私は学歴に頼るまでもありません。私は天才ですから」
なるほど。
これから俺たちがやろうとしていることは抜きにしても、この学校は赤点を取るだけで退学となるような学校だ。
となれば、何らかの不慮の事故により退学の憂き目に遭う可能性は常に隣り合わせだろう。
だが、そもそも退学になったからと言って人生が終わるわけではない。
自身の経歴に高校中退という傷が付いたとしても、その人物が持っている才能、そして実力が本物なら特に問題はないだろう。自然と頭角を表し、周囲の人間はそれを認めることになる。
だから退学が怖くないというわけか。
「あなたの場合も同様のことが言えるのではないですか?里中くんも退学となろうがどうにでもなるタイプの人間でしょう」
「俺の場合は『女性に楽しい夢を見させて楽しんでもらう才能』というわけですか」
「ええ、綺麗な言葉で装飾すればそうなりますね。男性ならば多くの方が憧れる類い稀な才能でしょう」
自分で言っておきながら少し呆れた。
言葉を飾らないで言えば『外見で女を騙して搾取する』才能だろう。自慢にはならないな。
思わず自嘲した笑みを浮かべる俺を眺めてながら坂柳さんは話を続けた。
「というわけで先ほどの問いへの答えは、『2人揃って退学となった場合には、その時になって新たな道を模索する』となります」
「そうですね。とりあえず退学となった後で、社会のレールから外れた後で考えてみましょう」
「フフ、考えてみると高校を中退というのも存外に悪くないものです。社会が用意したレールに沿い続けるよりも、ずっと愉快な人生が送れるかもしれません」
楽しそうに笑う坂柳さんを見ていると、俺もつられて笑みが溢れた。
この人といると様々な事に気が付かされるな。確かに高校を卒業し、大学に進むことだけが人生の全てではない。
俺にとっても、坂柳さんにとっても、そして誰にとっても、人生において最も重要なことは『満足のいく一生を送る』ということだろう。
おそらく、坂柳さんにとって『満足のいく一生を送る』とは『楽しく愉快な日々を送る』ということだろう。
そしてそれは必ずしも順風満帆な人生を送るということと連動しない。このこともまた坂柳さんが退学を恐れない理由の一つであるだろう。
その考えは俺も頷けるところだ。
俺も世間一般で言われる、『大学に進学し、そこそこの会社に就職し、配偶者を見つけ、子宝に恵まれ、子供の成長を見届け、孫に囲まれて死んでいく』ような『普通の人生』は魅力的に映らない。
更に言えば人生で一発成功させて億万長者になろうとも、出世街道を驀進して高い社会的地位を手にしたいとも思わない。
俺はただ、死ぬ間際に自分の人生を肯定出来ればそれでいい。
自分の人生はこれで満足だと。面白い人生だったと。
そしてそれは意外と簡単に達成できるかもしれない。
理由は簡単。
坂柳さんと出会えたからだ。
この人との毎日は本当に充実している。女漁りとセックスを繰り返していた頃よりも今の方が楽しい。
「それで不安は払拭されましたか、里中くん?」
「はい。よく考えれば退学になっても大したことはないと思い直しました。その気になれば高卒認定を取って大学に進んでもいいんですし」
不安か。そんなつもりはなかったんだがな。
Aクラスで卒業できるかどうかは心底どうでも良いが、退学となると流石に心のどこかで怯えていたらしい。
自分でさえ気がついていなかった感情も坂柳さんにはお見通しだったらしい。
「とは言え、退学になれば色々と問題が出てくるというのも事実です。この学校を中退になったにも関わらず、理事長に就任するというのはなかなかに骨が折れそうですから」
そう言いながら坂柳さんは寮のエントランスの中に入って行った。俺も後に続く。
「いいじゃないですか、理事長になってお父さんの跡を継がなくても。そう遠くないうちに世間様にこの学校の実情が漏れて取り潰されますよ、きっと」
「ダメです。札束で理事会の面々の顔を引っ叩いてでも理事長の椅子に座り、父の跡を継いでみせましょう」
坂柳さんはこの学校の理事長となり、お父さんの跡を継ぎたいらしい。立派だな、ホストにでもなって女を騙しまくろうと考えている俺とは違って。
「ところで坂柳さん。ふと疑問に思ったことがあるんですが……」
「なんです?」
「というのは、そもそもですね……」
なんか良い感じに纏まったところでこれを言うのはアレだが、仕方ない。
「なんで俺たち、売春なんて危険な橋をわざわざ渡ろうとしているんでしょうか?そんなことをしなければ安全な学校生活を送れると思うんですが……」
「里中くんは今更何を言っているんでしょうか。面白そうだからに決まってるじゃないですか」
坂柳さんがあっさりと言った。
面白そうだからって理由だけでこんなことをしようとしているんだよな、俺たち……
「では、部屋に戻る前に通路のトイレに寄りましょうか。いつもの日課です」
ゲッ……今日も尿を飲まされるのか……
「ああ……今日は飲まなくて済むと思ったのに……」
「私もそのつもりだったのですが、里中くんが私を庇って自己犠牲に徹する、なんていじらしいことを言うのがいけないんですよ。そんなにかわいいことをされたらご褒美をあげるしかないでしょう」
「俺、この後帆波さんとセックスする予定なんですが……」
「フフ。では一之瀬さんがキスをする前に私が先にマーキングさせてもらいましょうか」
帆波さん。もし病気になっても俺を恨まないでくださいよ……