「馬鹿な……」
思わず漏れた、といった驚愕の声がこの教室に響く。
黒板に貼られた大きな白い紙。そこには生徒の名前と取得した点数の一覧が記載されていた。
有り体に言えば中間テストの結果だな。
「見ての通り、素晴らしい結果だ。500点、つまり満点を取得した生徒は6人。平均で90点以上を取得した生徒は13人。もう一度言うが、素晴らしい結果という他ない。当然、これは全クラスの中でトップの結果だ」
淡々とした真嶋先生の賞賛の言葉が俺たちAクラスに送られる。
しかしその賞賛の声も聞いても、先程の呻き声を漏らした葛城くんの顔色は変わらず悪い。
その理由は実にシンプル。
成績上位者は軒並み坂柳派だからだ。
ショックを受けている葛城くん、そして葛城派を他所に、真嶋先生は伝えるべき連絡事項を事務的に伝えていく。
「次の期末テストにおいても優秀な成績で突破してくれることを期待させてもらう。ではこれで朝のホームルームは終了とする」
話すことを全て話し終わると、真嶋先生は教室を出て行った。それと同時にクラスの中で困惑混じりのざわめきが起こった。
それも当然だ。葛城派、そして中立派にとってこの結果は寝耳に水だろう。
そしてその喧騒の中で、小さいながらもハッキリとした冷笑がクラスに響いた。ちょうど俺のすぐ横の席から。
「フフ……」
その声の主は……言わなくても分かるだろう。
この人は今までずっと葛城くんを揶揄いたいのを我慢してきた。そのフラストレーションをようやく解放できる時がきたというわけだ。
「今回は結果が振るわず残念でしたね、葛城くん。ですが、そのような時もあるでしょう。あまり落ち込むことはないかと」
「…………」
字面だけ見れば励ましているが、あからさまに嘲笑の色が含まれている。ただの挑発でしかない。
そして葛城くんはそれに乗るつもりはないらしい。無言を貫いている。
それが賢明だな。出した結果があからさまに劣ってしまっている以上、何を言っても無駄だ。黙っていた方がマシだろう。
「しかし、葛城くんは人に勉強を教えるのが少々苦手のようですね。これからは私が皆さんの勉強を見てもよろしいですよ?」
これからは自分がクラスメイトの面倒を見る。
つまり以後は自分がクラスを仕切るという暗喩だな。
尤も、坂柳さんは今まで一度たりとも自分の派閥のクラスメイトの勉強を指導したことなんてないが。
この挑発にも葛城くんは乗らない、沈黙を保っている。だが葛城くんを慕う友人はその挑発に耐えられなかったようだ。
「何かがおかしいだろ、この結果!」
戸塚くんが坂柳さんの煽りに耐えかねて叫んだ。
ま、誰だって思うよな、何かがおかしいと。葛城くんだって全く同じことを思っているはずだ。
だが、葛城くんはそれを指摘せずに黙っている。具体的に何が起こっているかを把握できていないためだろう。
「おかしい?おかしいとは一体何のことでしょう。皆目見当も付かない愚かな私にご教授いただけますか、戸塚くん」
「ろくに勉強会を開いてないお前らが何でこんな点数が取れるのかってことだ!どうせ何かイカサマでもしたんだろ!」
イカサマか。正攻法だけで試験に挑んでいないって点では、当たらずとも遠からずだな。
「おいおい、何を言うかと思えば……イカサマとは具体的に何だ。カンニングペーパーでも仕込んだってか?そんなことできるわけないだろ」
戸塚くんの主張に対して橋本のやつが反論している。実は橋本は当初からの坂柳派だ。
初めは俺が坂柳さんを支持しているからその付き合いで、ということかと思ったが、そうでもないらしい。普通に葛城くんよりも坂柳さんの方が優秀でクラスのためになると考えているようだ。
確かに坂柳さんの方が優秀だとは思うが、クラスのためになると言う点では葛城くんの方に軍配が上がると俺は思うんだが……
見る目があるのか、それともないのか。よく分からないやつだ。
「葛城、お前は中間試験の前に言っていたよな。姫さんはこのクラスをより良くするつもりもなければ導くつもりもないと。だが、結果を見てくれよ。お前と姫さん、どっちがこのクラスへ貢献したかは一目瞭然だ」
「何がクラスへ貢献だ。お前らはまともに勉強会を開いてなかったくせに!」
「確かに開いてなかったな。勉強会はテストの2日前だけの1回だけだ。だがな、勉強は長時間やればいいってもんじゃない。効率ってのも重要だ。戸塚、お前のテストの結果はあまり良くはないな。それは葛城の非効率な勉強会に参加していたからか?」
「んだと!?」
ちなみにたった一度の勉強会で行われた事は過去問の暗記大会だ。テスト前にセコセコ答案を記憶していた。
うん、俺たちって小賢しいな……
しかし、橋本のこの挑発的な言動は坂柳さんの指示なんだろうか。それとも本人の独断か、判断が難しいところだ。
そして葛城くんは戸塚くんを止めなくていいのだろうか?このままだとどんどんヒートアップしていくと思うんだが。
ある程度言い争わせてエネルギーを使ったところで止めに入るつもりなのか、それとも本人も色々と悩んでいるのか。
そして橋本と戸塚くんの言い争いはエスカレートするにつれて、その他の葛城派と坂柳派でも論争というより口喧嘩が起こる。
「やっぱり葛城は頼りないな。試験前にあれだけ大口を叩いておいてこの有様か」
「森重、お前は黙っていろ。大体、今回の試験結果は明らかに違和感がある。お前の試験前の小テストの点数を考えると今回の結果は出来過ぎだ」
「ああ?町田、お前より俺の方が点数が高いのが気に食わないのか?」
こっちでは森重くんと町田くんの揉め事だ。この2人は元々仲が悪い。
森重くんは坂柳さんを支持していて町田くんは葛城くんを支持しているのだが、この2人の仲が悪い根本の原因は派閥の違いから生じるものじゃない。
簡単に言うと森重くんは谷原さんのことが好きなのだが、最近谷原さんは町田くんと仲が良いことが原因だ。要は恋愛絡みの話だ。
谷原さんはテニス部の練習にも顔を出すくらい俺にご執心だったのだが、俺が帆波さんと付き合い出すと俺の練習には顔を出さなくなった。
谷原さんはかなり傷心していたと神室さんから聞いていたが、最近同じ葛城派閥の町田くんと距離が近いらしい。きっと傷心していたところを慰められでもしたんだろう。
そんなわけで谷原さんと町田くんが付き合うのも時間の問題と神室さんは見ているらしいが、面白くないのが森重くんというわけだ。
この辺りの恋愛事情は神室さんは意外にも詳しい。ついでに坂柳さんもだ。お昼時に派閥の子達と話していると聞く。
そして余談だが、俺は森重くんにも町田くんにもかなり嫌われている。
何でだ?心当たりなんてかけらもないんだが……というのは冗談だ。
「ねえ谷原、あんた何で急にロングからボブにしたの?今度は誰に媚びてるわけ?里中くん?それとも町田くん?」
「だ、誰にも媚びてなんてないから!変な言いがかり付けないでよ、西川さん!」
机に肘を付いて窓の外を眺めながら、渦中の人である谷原さんの方の話を聞く。こっちはこっちで口喧嘩をしていた。もはや中間テストは関係ないな。
谷原さんと西川さんが言い争っているが、西川さん以外にも谷原さんを嫌う女子は多い。理由はあざといから、すぐ男に媚びを売るからだそうだ。
谷原さんは小動物系女子とでも言えば良いのだろうか。庇護欲を誘うところがあるんだが、そういうのは男受けは良いが女受けは良くない。
西川さんは勉強もかなりできて自分をしっかり持っている、将来はバリキャリ女子って奴になりそうなタイプだ。谷原さんみたいなのは鼻につくんだろう。
西川さんも俺が帆波さんと付き合う前はよく昼食に誘ってきたり、俺の顔色を伺って気に入られるようなことをしていたんだけどな。
そして余談だが、今回谷原さんが媚びた相手は俺だ。
彼女が出来た俺のことを谷原さんはどう思っているんだろうと思い、「ボブの女の子、大好きなんですよ。帆波さんもボブにして欲しいですね」とか言ってみた3日後くらいには、肩にまで伸びていた長い髪をバッサリ切ってボブヘアになっていた。未練タラタラだと笑ったな。
そんなこんなで深まる一方だったクラスの溝が今回こうして目に見える形で露呈した。
ハッキリ言って見るに堪えない。これが学年で最も優秀なクラスの姿なのか……?
そして散々に醜態を晒しているクラスメイトを眺めて坂柳さんはニッコリと笑っている。クラスがぐちゃぐちゃになってご満悦のようだ。
やれやれ、坂柳さんがご機嫌で何よりだな。
俺は席を立った。坂柳さんは葛城くん達で遊ぶ気満々のようだし、俺は飲み物でも買ってくるか。
今日でひとまず中間テストは終わりだ。
俺は過去問のおかげで無事満点を取れて個人的に大満足。
そして坂柳さんは当然として他数人の坂柳派も満点を取った。
派閥争いとしても良い結果で中間テストを終えた。文句なしだろう。
「あいつ、楽しそうね……」
廊下に出ると背後から神室さんに声を掛けられた。俺を追いかけてきたらしい。
「当分は中間テストのことを事あるごとに引き合いに出して葛城くんを揶揄い続けるつもりですよ、あれは」
「葛城もかわいそうに。早く中間テストの仕組みに気がつければいいけど」
気がつけないうちは延々と馬鹿にされ続けるだろう。葛城くんも哀れだな。いや、本当に哀れなのは戸塚くんか。
自販機で神室さんと並んで飲み物を選ぶ。俺はいつも通りオレンジジュースだ。
正直好きでも何でもないんだが、スポーツマンには良い物らしく親に飲めと言われてからは飲むようになった。
だが、周囲には俺がよっぽどのオレンジジュース好きだと思ったらしい。以前、俺の部活によく顔を出してくれた女の子達はよくオレンジジュースを差し入れに持ってきていたな。
ちなみに神室さんは何も買わないらしい。何も買わないのならここまで付いてこないでもいいだろう……
「そういえば例のあれ、7月の初めにやる予定らしいって」
「ああ、そうなんですか。最近、坂柳さん忙しそうですからね」
少し前は6月中にやりたいと言っていたが、延期というわけか。
最近の坂柳さんは放課後になるとクラスの子達と交流を深めるのに加えて、南雲さんと共に女子の先輩と顔合わせをしたりと色々と忙しそうだ。ターゲットが先輩方にも拡大した以上、仕方がないことだな。
「じゃあ今日も買い物に行きましょう。ふと思ったんですけど、ルームフレグランスとか置いてみるのもいいと思いませんか?」
坂柳さんが忙しくしている一方で俺と神室さんも様々な準備をしていた。
風俗店の開店のためにシーツを買い足したり、マッサージコースのためにオイルを買ったりだな。
変わり種なところではうがい薬も買った。性病予防のためだ。やらないよりマシだろう。
「へえ、なかなかいいんじゃないの。私としては伊達メガネとかネックレスを付けてもいいと思うけど」
「いつもと雰囲気が変わって良さそうですね。神室さんに選んでもらいますか」
似合う服だとかコーデなんかは女に選んでもらうのが一番だ。
男が良いと思うものと女が良いと思うものにはギャップがあることも少なくない。
そして何より俺自身はそれらに大して興味がない。女が好感を持つ物なら何でもいい以上、女に選ばせた方が的確だし楽だ。
というわけで今日も部活終わりに神室さんとケヤキモールでショッピングだ。
「一之瀬にバレなきゃいいけどね」
「全くです。機嫌を取るのも楽じゃありませんから」
部活終わりということで夕飯前だ。生徒の数も少ない。噂されることはないだろうと思いたいところだ。
帆波さんの耳に入れば厄介なことになる。坂柳さんに煽られっぱなしで警戒心が高まっているからな。
そんなことを話しながら教室に戻る。
しかし、まだ1時間目が始まるまで10分程ある。もう少し時間を使えるか。
「ところで神室さん。ちょっとこっち来てください」
「…………?何よ……」
手招きをして男子トイレの前まで来てもらう。
ここは各学年のクラスからは離れていて、朝のこの時間の利用率は低い。今日も誰もいないようだ。とりあえずペットボトルを手洗い場に置く。
そして神室さんの腕を掴んでトイレに連れ込んだ。
「ちょ、ちょっと……ん……♡んんっ……♡」
神室さんを壁に押し付けてキスをする。口内に舌を入れて神室さんの舌と合わせ合いながら胸を揉んだ。
「い、きなり……何……?んくっ……♡」
何度か口付けを繰り返して、制服のスカートの中に手を差し入れて下着の上からおまんこに触れる。
「そろそろ2回目のえっちをしましょうよ。もう機嫌も直してくれたでしょう?」
「な、直ってないから……あっ……♡」
「これだけ毎日デートをしておいて何言ってるんですか。コソコソと人目を忍んで何度もキスをしてますし」
あれをやってるとまるで浮気をしているかのような後ろめたい気持ちになるんだよな。いや、浮気以外の何物でもないんだが……
「ねえ、いいですよね?今日の放課後、デートが終わったら俺の部屋に来てくださいよ」
「痕に……な、なるから……!吸っちゃダメだってば……♡ぁ……ぁぁ……♡」
首筋に吸い付いて身体を愛撫すると、神室さんは小さく喘ぎ声を漏らしながら腕の中でビクビクと震える。
それから下着の中に手を入れようとしたが、その前に神室さんが俺の腕の中から抜け出してパタパタと逃げ出してしまった。残念だ、また逃げられてしまったな。
あれからセックスこそしていないものの、ずっと仲良しはしてきただけあってだんだんと神室さんのことがよく分かってきた。
神室さんは意外にも求められるのに弱い。
いや、意外でもないか。神室さんは他人に冷淡な所は少しあるが、居丈高な側面はない。
神室さんのバックグラウンドを鑑みれば納得できる。自身の万引き歴に引け目でも感じているんだろう。だから他人に必要とされるのが嬉しいように見える。
何というか、俺の周りは自己評価が低い女の子が多いな。帆波さんも神室さんもそうだ。
だが、まあそんなもんか。
人間、誰だって何かしらのコンプレックスを抱えて生きているものだ。俺のように特にこれといったコンプレックスのない人間はあまりいないのかもしれない。
しかし、さらに珍しいのがその逆の人間だろう。
自己評価が極めて高く、そのため自尊心が膨れ上がり、他者を見下すような傲慢な人間の方が稀だ。
要は坂柳さんのような人のことだな。
自分だって身体的なハンデを抱えてるというのに妙に自分に自信があるんだよな、あの人。
もう少し卑屈になっても良いと思うんだが、そんな様子は一切無い。生き生きと葛城くんをバカにして、良い金蔓になりそうな女の子を物色している。まさに高校生活を絶賛満喫中ってところだな。
そんなわけで、前向きに生きるコツを教えてほしいくらいに坂柳さんは今日も元気だ。
置いていたペットボトルを手に取った。授業が始まる、俺も教室に戻るか。