「ああ……やっぱり安請け合いするべきじゃなかったか……」
今は日曜日の12時20分。約束の時間まで10分前だ。
待ち合わせ場所の学生寮の前のベンチに座って、俺は少し今の状況を後悔していた。
この後、一之瀬さんがここに来て、2人でデートをする手筈になっている。
しかし、よく考えてみれば俺にデートの経験なんてほとんどない。
彼女がいたことは過去に一度だけ。しかも小学生のおままごとみたいなやつだ。その時に嫌な思いをしたからか、彼女を作りたいとは今に至るまで思わなかった。彼女がいなくても女には困らなかったのもある。
中学に上がってからは主にマッチングアプリを使ったり、刺激を求めてナンパをしてみたり、学校のエロい巨乳人妻教師とだったり、デートをする機会には恵まれなかった。
出会ったらヤるみたいな感じだったからな。あとはせいぜい飯に連れて行ってもらうくらいだった。
それも当然だ。マッチングアプリで出会った大人が、中学生と呑気にデートなんてしたくても出来ない。基本的に素早く欲望を満たして帰っていっていたな。
今回の計画を考えたのは坂柳さんだ。
上手いこと一之瀬さんの友人も含め、全員を誘い、友人には来ないでもらって2人きりでデートをするというもの。
どうやって友人達には来ないでもらうのかはよくわからないが、まあ上手くやるのだろう。
とりあえず、坂柳さんに、俺はデートの経験はあまりないと言っておくべきだった……
そしてさらに言うと、恋愛もほとんどしたことはない。基本的に俺が関係を持った女は、会った時には既にセックスをするという目的が一致していた。今まで恋愛で踏むはずだった手順をスキップしていたわけで、要領がよく分からない。
例外としては、人妻教師を落とす時には恋をしている男子中学生として彼女に接したこと。とりあえず、今回もその成功例にあやかろうとは思っているが……
セックスにまで持ち込めれば話は早いんだが、そこまでが難しい。前途多難だ。
「あっ!里中くんもう来てたんだ!」
「一之瀬さん、こんにちは」
一之瀬さんがやってきた。これから彼女とデートか。とりあえず失態だけはしないように、無難に立ち回りたいところだ。
にしてもこの女、やっぱりエロ過ぎるだろ……
今日は私服だが、白のニットをバカデカい胸がとんでもなく押し上げていて自己主張が激しすぎる。速攻でそこに目が行ってしまった。
そしてスカートの下から覗く黒のストッキングから醸し出される淫靡さは、はっきり言って高校生のものじゃない。足の肉付きの具合が尋常じゃなく、ついこの間まで中学生だったとは到底思えない。
なんなんだ、この女は……!
「まだ里中くんだけ?麻子ちゃん達はまだ来てないのかな?」
「そうみたいですね。ああそういえば坂柳さん、何やら用事ができたらしくて、今日は来られないとか」
「えー!せっかく里中くんの好きな子教えてもらおうと思ったのに!」
「その話、放課後にはこっちのクラスにも話が広がっていてビックリしましたよ」
「あはは。こういうのは伝言ゲームみたいに広がっていくからね」
まずいな。一之瀬さんを見ているだけでだんだんと固くなってくる。もし彼女と同じクラスにだったら自制が大変だったな。もう水泳のときとかはバキバキに勃起しそうだ。
「ねえねえ!もう少しヒントくれない?あれだけじゃ候補がいっぱいいて絞りきれないよ!」
ベンチに座っている俺の顔を覗き込むように身を屈める一之瀬さん。
俺が必死に正気を保とうとしているのに、何故こうして谷間を強調するようなことをするのか。男がどういう生き物なのか、分かっていないのか?その肉体で分かっていないのは悲劇を招きそうなんだが。
「そうですね。もう少し詳しく言いますか」
「えっ?いいの?!」
「ちょっと恥ずかしいんですが。しかし、好きな人をずっと隠し通すことは無理ですからね。最後には告白することになるわけなので」
「うんうん!告白、良いなあ……私もされてみたい!心配しないで、里中くん。もし誰なのか分かっても私は黙ってるから!」
一之瀬さんはニコニコしている。絶対周囲に漏れるやつですね、それは……
「それで、その子の特徴は?」
「まず前に言った男女問わずに人気があるところですね」
「確かに前に言ってたね!他には?」
「同級生ですね」
「あっ、そっか。そういえばこの学校に好きな人がいるって言ってたんだし、上級生の可能性もあったんだ。勝手に同級生だと思い込んでたよ。ということで、今のヒントは無効!他のヒントをおねがい!」
「女の子らしく恋バナが好きなようですね」
「それもダメだよ!もっとヒントらしいヒントを!」
焦らされていることに気がついたのかどうなのか。早く言えと急かされる。少し楽しくなってきたんだけどな。
「性格はとても明るい子です。付き合ったら毎日楽しいだろうな、と思いまして」
「なるほど。それが好きになった理由の1つなんだ。性格は明るい子か……少し絞れたかな」
「それで、髪は女の子としても長い方ですね。綺麗な長い髪をしていて、初めて見たときは驚きました。付き合ったら触らせてくれるでしょうか……」
「長い髪!大ヒントだよ!私、もうほとんど分かっちゃった!」
どうやら分かってしまったようだ。凄いな、一之瀬さんは。
そんな聡明な一之瀬さんにはもうこれ以上の情報は要らないかもしれないが、あと少しだけ教えておこうか。
「ちなみにクラスはBクラスです」
「えっ?Bクラス?私のクラス?」
「はい。そうですが……」
「ええっ!?私のクラスだったの?!初耳だよ!」
「言ってませんでしたからね」
本当に誰なんだろう……と呟く一之瀬さん。彼女の反応で分かってないな、とは思っていたよ。
そうしていると、一之瀬さんの端末が振動した。
「あっ、麻子ちゃんからだ」
彼女の友達からか。坂柳さんは上手くやったようだ。
しかし何故か、一之瀬さんは端末を覗き込んで考え込んでしまった。
「これって……もしかして……」
「どうしました?一之瀬さん」
「あっ。な、なんでもないよ。麻子ちゃん達も来られなくなったって連絡が来ただけ」
予想した通りだが、なら一之瀬さんのこの反応は何だろうか。
「そうなんですか……それは残念ですね」
「うん。そうだね……」
「ところで、ヒントはもういいんですか?」
「あっ。それはもう大丈夫、かな……」
「誰のことが好きなのか、分かってしまいましたか?」
「いや!分かったような、分かってないような……」
この歯切れの悪い感じ、今度は本当に分かったようだ。
何故彼女の友達のメッセージを見て気が付いたかは気になるが、まあいい。
「ではとりあえずお昼を食べにいきましょうか。ケヤキモールの中に入っているカフェで食べてみてもいいですか?実は自分ではまだ行ったことがないんですよ」
「……うん!じゃあ行ってみようか。私は良く行くんだけど、ご飯は結構美味しいよ。男の子が満足できる量かは、分からないけどね」
とりあえずは一旦は置いておいて、気持ちを切り替えたようだ。
「ありがとうございます。一之瀬さんとのデート、楽しみです」
「あはは。……やっぱりこれ、デートになっちゃうよね」
一之瀬さんが困ったように頬をかいた。
「それにしても、里中くんがここに来たことないのは意外だったなあ。クラスの女の子に連れられて来てそうだもん」
カフェで一之瀬さんが注文したのはホットケーキとミルクティーだった。昼食にホットケーキとは何か変な感じがするが、彼女にとっては普通のことなんだろう。
しかし、ホットケーキを3枚も注文するとは、彼女はなかなかよく食べる子のようだ。これがそのスケベすぎる身体の理由か。
そして俺はサンドイッチとコーヒーだ。美味いが値段の割に大した量はない、まさにカフェの飯といった感じだ。デートじゃなきゃ来ないな。
「そうですか?」
「もちろん!里中くんは私のクラスでも人気あるし。聞いただけだけど、Aクラスではもう凄い人気なんでしょ?」
「凄い人気なのかは分かりませんが、クラスの女の子には良くしてもらってますね」
「でしょ?だから里中くんと2人っきりのデートなんてしてたら、君のファンの子からどれだけ恨まれるか。怖くなっちゃうよ」
一之瀬さんも気がついているようだ。俺たちがカフェに入ってから妙に知った顔の女の子たちがこのカフェに入ってきていることに。どうやら、俺と一之瀬さんがデートをすることはとっくに周囲に知られていたようだ。
一之瀬さんは辺りを見回して苦笑いをしている。ちなみに、今日は用事があって来られなかったはずの一之瀬さんの友人達も、少し離れたテーブルに座っているのが見えた。
別の用事があったにも関わらず、たまたま同じカフェで食事を取ることにしたようだ。とんだ偶然もあるものだ。
「ハハハ、そんな大袈裟な」
「大袈裟なんかじゃないよ!Bクラスのテニス部の子が言うには、わざわざ部活の練習に応援に来て、一緒にお昼ご飯食べてる子も何人かいるって聞いたよ。その子達が私のことをどう思ってるか……陰口とか叩かれちゃってそう……」
「大丈夫ですよ。彼女達は女子テニス部の友達の応援に来てるだけらしいです。それにみんな良い子ですから。陰口なんて言いませんよ」
「騙されてる!里中くんは女の子の綺麗な面しか見たことがないから騙されちゃってるよ!女の子の怖さに気付いてない!」
全く分かってない……とか、なんで私がこんな目に……とかブツブツ言いながらミルクティーを飲む一之瀬さん。
部活にまで見に来る子か。良いところに気が付くな。
俺たちのデートの様子を見に来ているのは、クラスの女の子達の中でも比較的俺と関係が浅い子が多い。本気で俺のことが好きそうだった子や、部活にまで来るほど熱中していた子は来ていないのがなんとも不穏だ。いや、それとも当然なのか。
ともかく俺の初めてのスキャンダラスな事件が一之瀬さんとのデート程度の内容でよかった。
いきなり彼女達の耳に飛び込んで来たセンセーショナルなニュースが、坂柳さんと神室さんにアナルを開発されていることだとしたら、一体どれだけ発狂し、裏切られたと憎悪を滾らしていたか……
いや、逆なのか?そこまでぶっ飛んだことならば、むしろ愛想を尽かして俺を永遠に蔑視するだけで済むかもしれない。
同級生との恋愛という何とも身近で、ひょっとしたら自分にもチャンスがあったかも、と思わせる程度のことの方が却って憎しみをかき立てることになるかもしれない。
とりあえず、将来彼女達の推しのアイドルが恋愛騒動をした時に、とんでもない内容がネットに書き込まれないことを祈っておこう。
「里中くんはその子達と付き合おうとは思わないの?」
「その子達、とは部活に応援に来てくれる子達のことでしょうか?」
「うん。万が一、本当に友達の応援に来ているにしても、わざわざ一緒にお昼ご飯を食べるなんてチャンスはあるよ。里中くんからアプローチをかければあっという間に付き合えると思うけどなあ」
どうやら一之瀬さんは俺の目を彼女達に向けさせたいらしい。現時点では残念ながら、俺に対して特別な感情を持っているということはなさそうだ。そりゃそうだ。本格的に彼女と知り合ったのはつい先日だしな。
俺は少し声のボリュームを抑えて話す。
「彼女達が俺のことをどう思っているのかは分かりませんが、もし仮に簡単に付き合えるのだとしても、そんな気はないですね」
「それはなんで?彼女達に何か不満があるの?」
一之瀬さんがホットケーキをぱくぱくと食べながら、不思議そうに聞いてくる。
「ほら。一之瀬さんも言っていたじゃないですか。女の子達は綺麗な面しか俺に見せていないと。その逆も言えるんです。俺も女の子達に綺麗な面しか見せていないと」
「ふむふむ」
「部活にまで熱心に来てくれるような子は、俺の綺麗な面をずっと見てきて、自分の理想が膨れ上がっているような子ばかりなんですよ。しかし、いざ付き合うとなると綺麗な面ばかりずっと見せるのは不可能です。彼女達が思い描いている綺麗な理想と、実際の大して綺麗ではない現実との乖離があるために、もし付き合ってもすぐに破綻してしまう。ならば、最初から付き合わない方がお互いのため。そう思っているので付き合わないわけです」
「……そっか。なるほどね……」
一之瀬さんはフォークを置いて、何かを考えていた。
「どうしました?今一つピンと来ませんでしたか?」
「ううん。逆というか……むしろ共感したっていうか……確かにそういう人と付き合うのは難しいかもね」
「でしょう?」
「うん。周りが思う自分と本当の自分っていうのは違うもんね」
「そうなんですよ」
だよな。一之瀬さんも共感してくれた。やはり俺は間違っていなかったようだ。
小学生の頃、胸を触ってブチギレたあの子は反省してほしい。おっぱいが気になったんだからしょうがないだろ。いくら何でもそんなことで俺を振るばかりか、先生にまで言い付けるのは理不尽だ。
俺は理想の王子様じゃないんだぞ。
一之瀬さんはしばらく黙っていたが、何かに気がついたのか、唐突に話し出した。
「というか、やっぱり里中くんは彼女達が自分目当てで来てるって分かってたんじゃん!」
「普段から知らぬふりをした方がいいと思ってるんですよ。知ってしまったことに気づかれたら、面倒なことになるじゃないですか」
「今、里中くんの汚いところを少し見た気がする!」
そう言うと一之瀬さんは楽しそうに笑った。
そしてその言葉に俺も少し笑ってしまった。
いや、まだまだだよ、一之瀬さん。
一之瀬さんがホットケーキを食べ終えた後は、ケヤキモールの中の興味があるところを見て回った。流石に悪いと思ったのか、俺たちについて来ている人はもういない。
一之瀬さんが見たいと言ったセレクトショップに入ってみたり、俺が興味のあるスポーツ用品店のテニスのコーナーに行ってみたり、クレープを買って2人で食べたり、高校生のデートらしいことをやった。
さて、そろそろ今日の目的を果たしたいところだ。
そう思い、一之瀬さんに声をかけた。
「そろそろ、帰りますか?」
「そうだね。そろそろ暗くなってきたし、帰ろっか」
今はもう6時近い。辺りはそれなりに暗くなっている。
本当は夜の方がいいと思うが、夜中の出歩きは流石に一之瀬さんが嫌がるだろうし、今でもいいか。
ケヤキモールから寮への帰り道。一之瀬さんは上機嫌に今日のことを話していた。
「いやあ。部活をやってる子は大変だね。ラケットを買ったりガットを買ったりするだけでポイントがだいぶ消えちゃうし」
「そうですね。ラケット自体が2万ポイント以上して、ガットで数千ポイント。さらにシューズやユニフォームも買いますから、4万ポイント近くは掛かりましたね」
「そうなんだ。テニスはやっぱりお金がかかる方のスポーツなのかな?」
「いえ、初期投資自体は他のスポーツと大差はないのではないでしょうか。他の部活も似たり寄ったりかと」
彼女は部活に所属していないらしく、部活に所属している生徒の事情を聞くのが面白いようだ。
「ところで一之瀬さん。帰る前に少しだけ話したいことがあるんですが、いいですか?」
「話したいこと?なになに?」
彼女はすっかり、今日俺と会った時のことは忘れているようだ。近くにあったベンチに2人で座る。
「それで話というのはですね。その、もし今日の1日を楽しかったと思ってくれたのなら、また今度一緒に遊びに行きたいな、と思いまして」
その言葉を聞いて、ようやく彼女は思い出したようだ。
俺が誰のことが好きなのか。
「あはは……もちろん今日は楽しかったよ?また今度一緒に遊びに行こうよ。今度は私の友達も呼んでさ。みんなで遊ぶと多分もっと楽しいから。じゃあ私は今日はこれでっ!」
そう言って俺の前から逃げようとする一之瀬さん。
どうやらこの話の続きはあまりされたくないようだ。
「待ってください、一之瀬さん」
「ううっ……」
そう言い、腕を掴んで引き止めると、彼女はさっきまでとは異なり、借りてきた猫のように大人しくなった。
「それで次に遊びに行くときは、ですね。友達としてではなく、もう少し特別な関係になって行きたいんです」
「……特別な関係?」
「はい」
俺が次に何を言うか、ビクビクしながら話している一之瀬さん。まさか、告白された経験がないのか?驚きだな……
「今度は友達としてデートではなく、恋人としてデートをしたいんです」
「……」
「一之瀬さん。好きです。もしよろしければ付き合ってくれませんか?」
よし。少し緊張はしたが、ようやく今日の目的を果たせた。
そして肝心の一之瀬さんだが、すっかり固まったまま、何も言おうとしない。
「……一之瀬さん?どうでしょうか?俺と付き合ってくれませんか?」
「あっ。その、ごめんね?私、もうどうすればいいのか、分からなくなっちゃって……」
一之瀬さんはすっかり動揺していた。やれやれ、なんで告白する側の方が余裕があるんだ……
「一之瀬さんは自分の気持ちを素直に言っていただければそれで構いません。俺と付き合ってもかまわないかどうかを」
「うん。分かった……」
そう言って一之瀬さんは少し頭を下げて考え込んでいた。
しばらくそうしてから、一之瀬さんはゆっくり顔を上げて俺を見た。
「ごめんなさい。付き合うことは出来ないです。私は君のことが嫌いではないです。むしろ、今日色々と話して君のことを知っていくうちに好きになっていったけど、それは友達としてであって、恋愛的な意味では多分ないです。なので、付き合うことはできません」
一之瀬さんはそう言った。
「だから……その……まずはお友達からでお願いします!」
その言葉を聞いて、返事をした。
「分かりました。まずはお友達から、お願いします」
「やっぱり、俺が一之瀬さんのことが好きだって分かってましたか」
「そりゃ、分かっちゃうよ。色々ヒントを言われた後で、麻子ちゃんからこんなメッセージを貰ったら」
そこには『私たちは今日は遠慮しておくから里中くんの気持ちを受け止めてあげて♡』と書かれている。まあ分かるよな。
これ、もしかして坂柳さんが教えたのか。あえて彼女達に『里中くんは一之瀬さんのことが好きだから2人きりでデートをさせてあげてください』とでも送ったようだ。
確かに2人でデートはさせてくれたな。ちょっと様子を見に来たようではあるが。
「その、ごめんね?里中くん。こんな結果になっちゃって……今日が楽しかったのは本当だよ?」
「いえ、謝る必要はないですよ。俺が気持ちを勝手に一之瀬さんに伝えただけです。そしてそれに一之瀬さんは真摯に答えたんですから」
にしてもこの様子だと一度も告白されたことがなさそうだな。驚いた。
本当にごめんね、と謝りながら彼女は寮に戻って行った。
謝ることはないんだけどな。
それから俺は買わなければいけないものを思い出したので、ケヤキモールに戻り、夕飯の食材などの買い物を済ませてから部屋に帰った。
部屋に戻ると坂柳さんから連絡があり、今からこちらに来るとのこと。話を聞きたがって部屋に来ると思って、夕飯の食材を多めに買っておいて正解だった。
明日の昼食のことを考えて今日の夕飯はハンバーグだ。
調理をしていると、坂柳さんと神室さんが訪ねてきた。
「こんばんは、坂柳さん、神室さん。夕飯はまだですよね?今ハンバーグを作っているので、それで良ければ一緒に食べましょう」
「良いですね、ハンバーグ。ご馳走になります」
そう言って彼女達は部屋に上がった。
「それで、今日のデートはどうでしたか?」
部屋に入り、夕飯の支度を続けながら、彼女達と話す。
「そうですね。悪くはなかったです」
「悪くはなかったって、あんたフラれたんでしょ?」
「何でもう知ってるんですか、神室さん」
「何でも何も、とっくにグループで話題になってるわよ。一之瀬の友人が何があったのか聞き出して、そこから広まったらしいけど。多分Aクラスの奴らは大体知ってそうね。今回騒いでるのは、女だけじゃなくて男もだし」
「ハハハ……他人の不幸は蜜の味ってやつですね……」
俺に好きな相手がいるという話の時はAクラスで騒いでいたのは女の子だけだった。今回は男も関心があるということか。俺がフラれたことには関心があるようだ。
弁当に詰める用のハンバーグのタネも出来た。これは冷蔵庫に寝かせて明日の朝焼くだけだ。今日食べる分を焼いている間にマッシュポテトを作り、レンジでブロッコリーとにんじんを温めて、茹で野菜として付け合わせにする。
マッシュポテトは冷蔵保存で明日の弁当に。ブロッコリーとにんじんは明日改めて作るとしよう。大した手間でもない。そしてソースは市販のやつだ。家で作るよりもこっちの方が美味い。
「それよりもです、里中くん。どんなシチュエーションで告白したんですか?」
「ケヤキモールからの帰り際にベンチに座りながらしましたよ。今度は恋人として遊びに行きたい、と言った感じで」
「あまりロマンチックではありませんね……」
「仕方ないじゃないですか。この閉鎖された敷地内でムードのある告白をするのは、なかなかに難しいんですよ。綺麗な夜景も何もありませんし」
坂柳さんにダメ出しをされるがアレで精一杯だったんだ。そして俺は告白に慣れてもいない。頑張った方だろう。
大体ロマンチックかどうかなんてどうでも良いだろう。気持ちが伝われば問題ない。
それにセックスには自信がある。そっちでは満足してもらえるはずだ。
「そんなことはどうでも良いわよ。それより、あんたフラれたんでしょ?さっそく一之瀬と付き合うのは難しくなったんじゃない」
「いえ、里中くんの反応を見るに、そうでもないのではないでしょうか」
流石に坂柳さん。よく分かるものだ。
「確かにフラれちゃいました。まずはお友達からでお願いします、と」
「やっぱりフラれてるじゃない」
「でも、友達にはなれました。数日前までは見ず知らずの他人だったんです。それにただの友達じゃない。自分のことが好きだと分かっている友達です。大進歩じゃないですか」
「いや、その言葉ってフるときの常套句じゃない。真に受けていいの?」
「そうですね……その可能性もなくはないですが、一之瀬さんとは、ほんの少し前までは話をしたことすらありませんでした。元々それなりに仲が良い間柄だったのなら単なる口実でしょうが、今回のような場合なら言葉通りに捉えて良いのではないでしょうか」
「まあ、そうね……」
それに、と俺は続ける。
「思うんですよ。一之瀬さんは押せば落ちそうだと」
「それはまたどうして?」
坂柳さんに聞かれ、答える。
「なんとなく、ですかね。押せば落とせそうな雰囲気だったと言いますか……褒め殺しに弱そうだと言いますか」
「褒め殺しに弱いですか」
「はい。普通ああいう可愛い子って褒められ慣れていると言いますか、自分に自信がある感じなんですが、彼女はむしろ相当褒められるのに弱そうですよ」
「なるほど。面白いことを聞きました。褒められるのに弱いと。つまり彼女の自己肯定感は低い、ということでしょうか」
『自己肯定感が低い』か。俺が感じたのはそれだな。
そうこう言っている間にハンバーグも焼けた。市販のデミグラスソースを掛けてマッシュポテトとブロッコリーとにんじんを横に並べた。
それを坂柳さんと神室さんに出す。
「今日は前回よりも手が込んでいますね?」
前回に坂柳さんと神室さんに出した料理は肉野菜炒めとご飯だった。まさに一品だけの男料理だったが、それと比べれば今回のはマシだろう。
テーブルにつき、食べ始める。
「そうなんです。何事も最初が肝心だと言うじゃないですか。だから頑張って色々作ったんです。俺だけならハンバーグとライスと野菜ジュースですね」
「最初って、今日は2回目なんじゃないの?」
「いえ、明日の一之瀬さんへのお弁当のことです」
ハンバーグを食べながら答えた。そう、今日帰りにケヤキモールで一之瀬さん用の弁当箱を買った。俺の弁当箱とは色違いの同じものだ。
「一之瀬へのお弁当?」
「はい。俺が料理を覚えたのも、元々は女の子に弁当を渡すためだったんです。毎日、自分のためにお弁当を作ってくれて、好きだ好きだと言ってくれる男の子がいれば、心が動くと思いまして」
「……なるほど。それがあんたの手口ってわけ」
「そういうことです」
中学の頃の人妻教師にやったのが最初だ。そして今回は一之瀬さんだ。
「里中くんは女の子を落とすことに関しては妙に頼もしいですね。素直に感心していますよ」
「いつもは無様な格好して尻穴を弄られてるってのに、生意気ね」
「いや、それは全然関係ないじゃないですか」
しばらくはカチャカチャと食器が鳴る音だけが響いた。
「それで、どのくらいで落とせると思ってますか?」
「それはまだ何とも言えませんね……」
「そもそも、弁当渡して好き好き言ってるだけで落とせるって話が半信半疑なんだけどね」
神室さんは酷い言いようだ。この間は俺が好き好き言ってるだけで、喜んで足に股を擦り付けてオナニーしてたというのに。
「好きだと言われて嫌な気分になる人はいない。そうじゃないですか?」
「あんたが言ってきた女は喜んできたかもしれないけどね。キモいやつが言ってもキモいだけでしょ」
「効果は言う人間の顔に依存するというのは否定しませんが、まあなんだかんだ嬉しいものですよ」
特に自己肯定感の低い女には麻薬のように効くはずだ。
「ふう。美味しかったです。ご馳走様でした。やはり男の子が作る料理は量が多いですね」
「少し多かったですか。一応少なめにはしておいたんですが、今度はさらに減らしておきます」
坂柳さんはやはり見た目通り小食だな。神室さんもそこまでは食べない。逆に結構食べていたのは一之瀬さんだった。覚えておこう。
「そろそろ私たちは帰りますが、その前に渡しておきたいものがあります」
そう言って坂柳さんが俺に渡してきたものはビデオカメラだった。
「それは専用のアプリをインストールすれば遠隔で起動出来るカメラです。それをベッド横の棚に設置してください。他のものでカムフラージュしてレンズだけを出すように隠して、ベッドの全体が映るように。そしてもし一之瀬さんと事に及ぶ際は遠隔で起動させて録画してください」
「分かりました。これだけの大きさの物を隠すのはなかなか骨が折れそうですが……」
「仕方がないですね。小型の隠しカメラなんて、ここの家電量販店には売ってませんでしたから」
この敷地内で個人で防犯カメラを買う必要はないだろうから仕方ないか。人の出入りがそもそも制限されてるからな。
「一応遠隔で起動するとき専用の節電モードがあって、その時はスクリーンには何も映らないので、万が一見つかっても起動しているようには見えないと思います」
「なるほど。そう設定しておきましょう」
「まあ、画質の良さと集音性の高さは小型のカメラよりはずっと良いです。後で見るときには満足のいくものかと」
一之瀬さんと寝室に入る時は基本ヤる時にしようか。セックスで頭がいっぱいになっていれば気が付きにくくなるだろうし。
「時間も8時になりそうなのでそろそろ帰ります。里中くんがここから何日で彼女を落とせるか、楽しみです」
そう言うと2人は出て行った。一体何日かかるだろうか……