一応、二人とも女子でーす。
(機械ですけどw)
ヒヨコとウサギとどっちにする? 1
ずるり、ぺたん。ずるり、ぺたん。奇妙な音に火藍はそっと目を開けた。順の屋敷は相変わらずで使用人が行き来する以外に廊下に人影はない。火藍は順の執務室のドアに寄りかかって音の方を向いた。どうやら誰かが足を引きずっているらしい。ふむ、と呟いて火藍は音のする方へと歩き出した。
音の源はどうやら歩いている人間だったようだ。火藍はふと足を止めてその老人をじっと見つめた。ずるり、と足を引きずってぺたんとその足を下ろす。じゅうたんなのに音がしているのはスリッパを履きつけていないせいか。そう内心で呟いてから火藍は眉をひそめた。老人はゆっくりとした足取りで階段を降りている。手すりにつかまって降りるその様に居たたまれなくなって火藍は老人に近づいた。
「良ければ手を貸しましょうか?」
生真面目に申し出た火藍を老人が困ったように笑いながら見る。いやいや、と老人は火藍に手を振ってみせた。
「いんや、構わんでええですわ。こうしてゆっくり歩くのもまた、楽しいですからのう」
そう言って老人がかかと笑う。足取りは頼りないが、態度は実にかくしゃくとしている。衰えを全く感じさせない口調に火藍はそうですか、と頭を下げて老人に背を向けようとした。
「ああ、あんた様は火の龍の御仁かのう?」
唐突にそう声がかかる。火藍は驚きに目を見張って老人を振り返った。老人はにこにこと人好きのする笑みを浮かべている。何かを企んでいる様子はそこには感じられない。
「何のことですか?」
だが正体の判らない相手に素性を知られることもあるまい。その程度の認識で火藍は老人の問いかけを受け流した。だが老人はそんな火藍にすう、と近づく。先ほどまで足を引きずっていたとは思えない、滑らかな動きだった。
深く刻まれた顔のしわに沈んで見えなくなるほどに老人が目を細める。火藍は思わずつられるようにして息を殺した。近くに迫った老人がじっと火藍を見つめる。
「いやあ、順様の良い女かと思うたがちごうとったかいの?」
そう告げて老人はにこにこと笑った。するとそれまでの緊張感が一気にほぐれる。火藍はそっと息をついて老人に苦笑してみせた。
「いいえ、わたしはただの雇われの護衛ですから」
順の女と言われたことが癪にさわった訳ではない。無防備に順との関係や自分のことを老人にばらすのは得策ではないように思えたのだ。きっちりと思ったことを隠して告げた火藍の目の前で老人がうーん、と考えるように腕組みをする。
「うーむ、わしの目もそろそろ曇ってきたかのう。やれやれ、しょうもないことで呼び止めて悪かったのう。嬢ちゃん」
そう言って老人は微笑を浮かべるとその場に背伸びをした。ぽん、と火藍の頭に手を乗せる。呆気に取られつつも火藍は大人しく老人に頭を撫でられた。
よいしょ、と老人がまた階段を降り始める。火藍は不思議な気持ちで老人の背中を見送った。何故かは判らないがつい、声をかけてしまいそうになる。だが呼び止めたところで特に話がある訳ではない。結局、火藍は老人が屋敷の玄関から姿を消すまで、じっとその背中を見送った。
その日の見張りも終わり、火藍は一人で浴室に向かった。順はここ最近はずっとベッドに伏せったままだ。時折、メイドが順の身体を拭き清めているらしいが、その時以外は殆ど身動きすら出来ない状態になっている。火藍は自然と暗い表情になった。
順に施されたものは術などではない。あれは力が術に練られる以前の状態、所謂剥き出しのままで順に叩きつけられたものだ。そうでなければ解術も可能だった。ぼんやりと考えながら火藍は浴室に入った。脱衣室でのろのろと服を脱ぐ。
力をありのままの形で対象に叩きつける。それは対象を手っ取り早く潰す時以外には使われない方法だ。何故なら対象に力の性質が色濃く記されるからだ。足跡を残してまで暗に力を行使する者は普通はいない。火藍はシャツを脱ぎながらため息をついた。続いてブラジャーを外し、ジーンズを脱ぐ。最後の下着を取り去ってから火藍はおもむろに浴室のドアを開けた。
あの力が龍神のものなら何も問題はなかったのに。そう呟きながら火藍は伏せていた目を上げた。その直後、硬直する。
「おっそーい! もう、のぼせるかと思っちゃったじゃないのっ!」
頭に小さなタオルを乗せた水輝が浴室のど真ん中に仁王立ちになっている。火藍は一糸纏わぬ水輝の姿を直視し、顔をひきつらせた。どうもまだ水輝の裸に慣れないのだ。
「……そこで……何を……している」
戸惑いながら火藍は何とかそれだけを吐き出した。すると水輝がうふふ、と悩殺のポーズをきめる。火藍はぐらつく頭を押さえて深々とため息をついた。
「……頼む、風呂には一人で入らせてく」
「ねえねえ! ヒヨコちゃんとウサちゃん、どっちがいい!?」
嬉しそうに言いながら水輝が両の手に握ったスポンジを火藍の目の前に突き出す。うっ、と言葉に詰まって火藍はスポンジと水輝の顔を見比べた。水輝はにこにこと嬉しそうに笑っている。ここで怒ったり断ったりすれば、てきめんに機嫌が悪くなるだろう。火藍は疲れた息をつきながらてきとうに水輝の片方の手を指差した。
「ヒヨコちゃんね! ふっふっふ。火藍、なかなか物が判ってるじゃないの」
何がどう判っているのかが酷く謎だったが、火藍はあえて水輝の言には突っ込まなかった。何をどう言ったところで無駄なことだ。何しろ水輝はどちらを火藍が指してもそれなりに嬉しそうにしていただろうからだ。
木村邸の浴室は広々としている。二人でいても問題はどこにもない。火藍は諦めの息をついて大人しく水輝に従うことにした。水輝が歓声を上げながら火藍の身体に湯をかける。髪から流れた雫を指で払いながら火藍はぼそりと告げた。
不器用が服を着て歩いているような、水輝(女)です。