※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

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法律では未成年の飲酒は禁止されています。
真似をしないでくださいね!
エロシーンはありません。


祝杯なんかに付き合ったからこんな目に

 視界がぐらつく。優一郎はベッドに身を起こして目元を手で覆った。深々と息をつく。どうしてこんなことになってしまったのだろう。気分の悪さにうんざりしながら優一郎はのろのろとベッドを降りた。

 

 床の上では多輝が大の字になって眠っている。申し訳程度にタオルが腹にかけられてはいるが、このままでは風邪をひきそうだ。優一郎はベッドから毛布を引き摺り下ろして多輝に放るようにしてかけた。そもそも多輝が無茶を言わなければ飲んだりはしなかったのに。優一郎はそうぼやいてから私室を出た。

 

 祝杯だと言いながら多輝はしこたま酒を買い込んだ。コンビニエンスストアでかごの中身を見た時から嫌な予感はしていたのだ。案の定、多輝は研究室に戻った優一郎に強引に酒をすすめた。しかも悪いことに多輝はいくら飲んでも酔わない体質だったようだ。てきとうにごまかすことが出来ず、優一郎はすすめられるままに仕方なくワインを口にした。

 

 その結果がこれだ。優一郎は洗面台で顔を洗ってため息をつきながら鏡をのぞいた。どう見ても目の下にはくまが出来ている。うう、と低く呻いてよろけつつ洗面所を後にする。

 

 二日酔いの身体を引きずるようにして優一郎は地上に出た。とりあえず教室に顔を出した後は寝ていればいい。そう考えながら歩く優一郎を登校してきた生徒たちが次々に追い越していく。優一郎はのろのろとした足取りで自分の教室に向かった。

 

 久しぶりに学校に出てきた優一郎にクラスメイトたちは驚いたようだ。口々に挨拶しながら優一郎の背や肩を叩いていく。その中でクラスメイトの女子の一人が、挨拶がてらと強い調子で優一郎の背を叩いて過ぎた。その途端、頭の中身を揺さぶられた気分になる。優一郎は力なく笑いながらその女子に手を上げて応えてみせた。

 

 顔色の悪い優一郎を心配したのだろう。朝のホームルームで担任は優一郎に名指しで声をかけた。大丈夫か? はい、平気です。そんなやり取りの後に担任は笑いながら告げた。

 

「もしかして二日酔いかあ? 未成年の飲酒は駄目だぞー」

 

 担任はきっと冗談のつもりだったのだろう。それにつられるようにして教室内に生徒の笑い声が響く。優一郎は常に優等生を演じているのだ。クラスメイトにしても担任の言葉は冗談にしか聞こえなかったのだろう。だが言われた優一郎は力なく笑う他はなかった。

 

 ワインを七本も空ければ二日酔いにもなるよね。優一郎はそう呟いて壁の時計を見上げた。一限目と二限目は何事もなく終了した。残る二限をクリアすれば昼休憩になる。その頃にはきっと気分も少しはよくなっているだろう。優一郎は机の中からテキストとノートを引っ張り出して席を立った。次は生物教室に移動だ。朝言い渡されたスケジュールを思い出しながら優一郎は教室を出た。

 

 明るい生徒たちの声が今日は嫌に頭に響く。優一郎は出来るだけ頭を揺らさないように注意しながら廊下を進んだ。普通教室の並ぶ校舎を過ぎて渡り廊下に差し掛かる。そこで優一郎はぴたりと足を止めた。どうやら生徒たちの声がいつもより大きく感じられたのは、二日酔いのせいばかりではなかったらしい。廊下の向こうから歩いてくる人物を見止めて優一郎は目を細めた。まるで芸能人かのように生徒の群れが興味深そうにその人物を追っている。

 

「久しぶりだね」

 

 渡り廊下を歩いてきた立城が優一郎の傍で足を止める。優一郎は軽く会釈をして微笑んでみせた。

 

「こちらこそ、おひさしぶりです」

 

 優一郎が告げると立城が小さく笑った。ちらりと背後を見返ってから優一郎を見つめる。立城は軽く首を傾げつつそっと囁いた。

 

「二日酔い? あんまり無理をしない方がいいよ」

 

 そう言って立城は優一郎の脇を過ぎようとした。立城はいつもと同じようにスーツに身を固めている。特に珍しい様子もない。だが優一郎は振り返ってつい立城を呼び止めてしまった。

 

「何かな? 出来れば手短にお願いしたいけど」

 

 言いながら再び立城が足を止める。振り向いた立城は穏やかな微笑みを浮かべており、その様子もいつもと全く変わりない。強いて言えばどことなく疲れた感じがするだろうか。優一郎は目を細めてから素早く立城を観察した。

 

「あの……。神崎葵、という人物に心当たりはありませんか?」

 

 そう訊ねた瞬間、ごくささやかではあるが立城が表情を変えた。だがすぐに元の微笑みが戻る。

 

「知っているよ。……いや、知っていた、という方が正しいかな?」

 

 奇妙な言い回しだ。優一郎は無言で立城を見つめた。立城は微笑を浮かべて優一郎の反応を待っている。

 

 予鈴が鳴る。それを合図に立城を遠巻きにしていた生徒たちが散り始める。優一郎は腕の時計を見下ろして息をついた。これは次の授業はサボタージュかな。そう胸のうちで呟く。すると立城が小さく笑って片目を閉じた。

 

「僕も君の話に付き合ってあげたいけど、これから面談があるんでね。悪いけどまた今度にしてくれる?」

 

 そう告げてから立城も時計を見下ろした。面談? 優一郎は思わずそう呟いた。この時期に保護者の面談の予定はない。

 

「斎姫さんが長く学校を休んでいるからって呼び出しを食らってね」

 

 じゃあ、と立城は片手を上げて優一郎に背を向けた。訊きたいことは山のようにある。が、今は何を訊く時間もない。優一郎も判りましたと立城に別れを告げた。

 

 やがて本鈴が鳴る。優一郎は急ぎ足で生物教室を目指した。タッチの差で教師より先に教室に滑り込むことに成功する。優一郎は席についてからしばらく立城のことを考えた。斎姫の件をまだ報告していなかったことを思い出す。

 

 だがストレートに斎姫のことを話してもいいのだろうか。いつもなら迷わないのに今日に限ってそんなことを思う。どのみち立城が気付いていない筈はないだろう。だから言ったところで特に何かがある訳ではない。それに葵についての情報も得たい。優一郎はぐらつく頭を押さえて考えを巡らせた。ホワイトボードに記されたことをノートに書き取りながら時折、手を止める。

 

 神崎葵。優一郎は胸の中でそっと名前を呼んでみた。立城は葵のことを知っていたと言った。その言い方だとどうやら葵という名の持ち主は立城とも無関係ではないらしい。訊ねた時の立城の表情も気にかかる。

 

 三限目はまだ半分ほど時間が残っている。だがそこで優一郎は唐突に立ち上がった。面談ということはもうそろそろ終了していてもおかしくはない。保護者との面談であれば担任が属する教科の準備室、もしくは生徒指導室で行われる。

 

「……ん? どうしたんだ? 吉良」

 

 ホワイトボードに向かっていた教師がのんびりと告げる。優一郎は頭を押さえて具合が悪いのだと力なく告げた。二日酔いも手伝っているからか、相当に優一郎の容態が良くないものに見えたらしい。教師は焦ったように頷いて保健委員を呼んだ。呼ばれた生徒が立ち上がる。だが優一郎はそんな教師を制して一人で生物教室を出た。

 

 出来るだけ早足で廊下を進む。気分の悪さを懸命に堪えて優一郎はまず手近な生徒指導室を目指した。そこにいなければ立城はもう片方の教室にいるだろう。

 

 生徒指導室は保健室のちょうど隣にある。とりあえず保健室に顔だけ出してから玲花に口裏を合わせて貰うように頼む。急に保健室を訪れた優一郎に玲花は驚愕していたようだ。だが優一郎が命じると慌てたように頷いた。生徒を弄ぶのはほどほどにね。玲花にそう忠告してから優一郎は保健室を出た。

 

 生徒指導室の前で足を止める。微かにだが中から話し声がする。どうやら当たりだったらしい。優一郎は壁に寄りかかってそっと息をついた。さほど待つこともなく生徒指導室のドアがひらく。先に廊下に出てきた立城が優一郎を見止めて小さく笑った。クラス担任が出ようとする直前にドアを閉めてしまう。ドアの向こうで教師が慌てた声を上げる。その間に立城は優一郎に向かって手をかざした。

 

「ちょっと我慢してくれるかな」

 

 囁きで告げてから立城は優一郎の応えの前に手に力を生んだ。一瞬後、優一郎の視界が一気に弾ける。二日酔いの身体で空間を転移するのはかなり無謀なようだ。優一郎は視界が晴れてからぐったりとその場に座り込んだ。

 

「いらっしゃいませ。今、お茶をお持ちいたします」

 

 間近で声がする。優一郎はびくりと身体を震わせて慌てて顔を上げた。いつの間に近づいたのだろう。見知らぬ女性が傍にいる。穏やかな笑みを浮かべて女性が一礼する。つられたように優一郎は軽く頭を下げた。

 

 静かに女性がドアの向こうに消える。優一郎はぼんやりと周囲を見回した。見覚えのある執務机が目に留まる。どうやらここは立城の屋敷の中のようだ。そっと息をついて優一郎は立ち上がった。先ほどの転移が原因なのか、頭が割れるように痛む。額を押さえて呻きつつ、優一郎はソファに腰を下ろした。

 

 花の香りがする。優一郎は目を閉じて背もたれに深く寄りかかった。どこからともなく漂ってくる花の香りを胸いっぱいに吸いこんでみる。何故だろう。その香りを嗅ぐと不思議と落ち着いた気になる。自覚も出来ないまま、優一郎は吸い込まれるように眠りに落ちた。




優一郎は振り回されまくりです。
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