ちょっと長いので六分割です。
エロシーンはありません。
担任教師をごまかしてから立城は校舎を出た。昼間に訪れるのは久しぶりだ。今回のように呼び出されるのは初めてかも知れない。立城は苦笑してふと校舎を振り返った。懐かしい昔のことを思い起こす。
あの頃、毎日がとても楽しかった。ささやかではあったが、色々なことを企画しては学校の生徒たちを巻き込んで騒いでいたような気がする。大きなところでは文化祭や体育祭のイベントを取り仕切るのが仕事だった。生徒たちのスケジュール管理を生徒会が独自で行うようにしたのも立城だった。そしてそんな立城の傍にはいつも二人の龍神がいた。
懐かしいね。そう呟いて立城は校舎に背を向けた。この学校はあの頃と変わっていない。今でもこの学校ではやはり生徒会が中心に位置している。今期の生徒会長は女子生徒らしいが、彼女もまた毎日を激務に追われているのだろう。
待たせておいた車に乗り込み、立城は大きく息をついた。斎姫の件はとりあえず保留ということにしてもらってはいる。が、いつまでもその状態を続ける訳にはいかないだろう。現在の状況が長くなるようであれば、いっそのこと多輝と同様に休学届けを出す方がいいかも知れない。立城はシートに深く寄りかかって運転席に声を投げかけた。車を運転しているのは桜だ。
「ちょっと寄り道してくれる? お土産を買って帰らないと」
「はい、かしこまりました。いつもの場所でおよろしいでしょうか?」
「うん」
淡々と言葉を交わしてから立城は目を閉じた。まだ疲れが残っているせいか、どうも身体が重い。だがそれも仕方のない話だ。日々の仕事に付け加えて連日のように使い魔たちに力を注いでいるのだ。桜はともかく、他の使い魔たちは性を持ったばかりでとても貪欲なのだ。
車が緩やかにカーブを切る。桜が車をつけたのは街の中心から少し離れた場所だった。路地には小さな店舗が並んでいる。立城は開いたドアから降りて一軒の店舗に向かった。愛らしい作りの喫茶店とおしゃれな雑貨店の間に挟まれたその店は、他の店舗に比べて古めかしい。立城は迷わずその店の硝子の引き戸を開けた。
「はあい、いらっしゃい……おやまあ。今日はご自分でお買い物ですかね」
店の奥から老婆が現れる。腰が曲がっているために本来の背丈よりずっと小さく見える。立城はにっこりと笑って老婆に頷いた。
「珍しいこともあるもんだねぇ。いっつもお屋敷にいるってお嬢ちゃんたちは言ってるけど」
「たまにはね。外に出たい時もあるんだよ」
答えながら立城は硝子のショーケースを覗き込んだ。ここは昔から続く和菓子屋だ。老婆は真剣な面持ちで菓子を眺める立城に微笑みながら頷く。
「そういえば、水輝ちゃんは元気かい? ずぅっと見てないけど」
老婆は店の中にある火鉢に手を翳して呟くように言った。立城は目だけを上げて口許に苦い笑いを浮かべた。もうずっと昔の話だ。あの頃、この老婆は水輝ととても仲が良かった。教室の中で色んな話をしては笑い合っていた昔を思い出す。立城はふ、と笑って屈めていた腰を伸ばした。
「元気だよ。まあ、相変わらずと言った所かな。柿崎さんはどうなの? 旦那さんと喧嘩したって前に言ってたじゃない」
そう話を向けると老婆が小さく笑いながら軽く手を振ってみせる。いつの話だよ、と笑ってから老婆は火鉢にそっと目を落とした。立城はそんな老婆を見て思わず口をつぐんだ。次に何を言われるのかが判ってしまう。
「じぃさんはアタシより先に迎えがきちまってねぇ……半年ほど前だったかねぇ。まあ、苦しまずに逝けたみたいだから……」
「そう。それは悪いことを訊いたね」
声を落として立城は告げた。老婆の連れ合いもやはり同じ立城たちと学校に通っていた清陵高校の生徒だった。同い年の彼らは学生の頃からとても気が合っており、周囲のみなは結婚するのかもと囁いていた。実際、その数年後に彼らは結婚し、そしてあたたかな家庭を築いた。
時は常に流れている。なのに自分の姿だけが時間に取り残されてしまったように変わらない。立城はそっと息をついて老婆に別の話を向けた。
「このお店はお孫さんが継ぐの? 奥で作ってるんでしょ?」
「あ、ああ。ええ、そうなんだよ。まだまだ子供だから手際が悪くててんで駄目なんだけどねぇ。ここの菓子が好きだって、本人はまあ張り切っていてねぇ」
それまで落ち込んでいた老婆の表情が明るくなる。立城はそう、と微笑んで頷いた。それからショーケースを指差して目当ての菓子を包んでもらう。老婆の皺だらけの手が大事に菓子を包む間、立城はぐるりと店内を見回した。古びてはいるが、清潔感のある店だ。この店がとても好かれている証拠だろう。硝子はいつもぴかぴかに磨き上げられている。ほこり一つない石の床の片隅には小さな鉢植えが置かれている。立城は鉢植えの前に屈んでそっと花に手を伸ばした。寒さに耐えて咲いているのは淡い紫色のラベンダーだ。
「……柿崎さん。この花は」
立城はそう声をかける。が、老婆はすぐには反応しない。ああ、と呟いて立城は腰を上げた。背を向けて菓子を包んでいる老婆に少し大き目の声を投げる。すると老婆はゆっくりと振り返って穏やかな笑みをみせた。
「ずぅっと昔にねぇ。川丘くんが持ってきてくれたんだよ。不思議だよねぇ。その花、枯れた事がないんだよ」
うんうん、と頷いてから老婆はまた立城に背を向けた。立城は驚きに目を見張って花を見下ろした。淡い色の花は健気に咲いている。老婆の言葉を信じるなら、それがもう十年以上続いているのだ。
金龍神が名前だけ出てきました。