神崎葵という名前はちょっと特別なのです。
エロシーンはありません。
「ルールは簡単。お互いに余計な力を相手にかけないこと。その気になれば僕には君の持つ記憶が読めるし、君は僕を言葉で従わせることが出来る。そんな力を使うのは不毛だろう?」
「僕が明らかに不利だと思うんですけど」
制御できていないのに、と不服そうに優一郎がぼやく。立城はああ、と苦笑して指を立てた。
「制御できない力はルール外のことにするんだよ。つまり、自然に漏れた分だけの情報を互いに取得できる。制御出来ないということは、同時に自然とも言えるからね」
「それなら、わざわざ賭けにする必要はないのでは? 自然に漏れた情報だけで充分だということでしょう?」
すかさず優一郎がそう切り返す。立城はにっこりと笑って手を膝に戻した。茶を飲み干して急須を取る。新しい茶を急須の中に引き寄せてから立城は茶を湯飲みに注いだ。空になった優一郎の湯飲みにも新しく茶を注ぎ分ける。
「賭けにはなるよ。……もっとも、君が知りたい情報を僕が確実に持っているという保証も、逆に僕が知りたいことを君が確実に知っているという保証もないけれどね。だから賭けなんだよ」
そう告げてから立城は菓子の欠片の口に運んだ。懐かしい甘さが口に広がる。今日は色んな懐かしいものを目に留める日なのかな。そう内心で呟く。まさかあそこで亮のことを思い出すとは思わなかった。
亮はあの時、龍神であることをやめた。諦めたといった方がいいかも知れない。人であることを選んだ亮は結局、人としての一生を終えて永遠の眠りについた。今現在、金龍神の席は空いたままだ。そのこともバランスが崩れかけている原因になっている。
ちらりと目を上げて立城は優一郎を伺った。眉を寄せて考え込んでいる。
「別に、賭けなどしなくても、必要な情報を引き出してしまえばいいじゃないですか?」
「どうやって?」
苦笑しながら立城は答えた。笑みを浮かべた優一郎がこめかみを指でかく。立城はかけていた眼鏡を外してポケットに滑らせた。障壁がなくなった分、優一郎の様子がはっきりと見えるようになる。
「龍神の力で出来ないんですか? それでも無理ならそもそもそんな情報は僕の下には存在しないのでは?」
「それをしたくないから賭けをしないかって言っているんだけれど? それとも無理やりに引き出された方がいいの?」
痛いよ? そう続けてから立城は笑った。水色の金平糖をつまんで口にいれる。口の中で甘さをとかしながら立城は深くソファに寄りかかった。
「時間ももったいないですし、立城さんがどうしても欲しいと仰るならどうぞ」
立城さんに有用な情報なんて無いと思うけどなあ。ぼやくように言いながら優一郎が肩を竦めてみせる。ふうん、と囁いてから立城は苦い笑みを浮かべた。
「要するに君の知りたいことは存在しない、という判断でいいかな? 逆流することも懸念して賭けを申し出たんだけれど」
言いながら立城はよいしょ、と腰を上げた。怪訝そうに瞬きをする優一郎をにっこりと笑って見つめ返す。しばし迷ったように視線を彷徨わせてから優一郎は強く頭を振った。
「いえ、僕には判断できないということです」
「つまり、僕の中に必要な情報があるかどうかを判断出来ない?」
のんびりと立城は優一郎に手のひらを向けた。優一郎はその手を見つめながら告げる。
「神埼葵と名乗る人物のことは知っているようなことを仰ってらしたじゃないですか?」
「うん。知っているよ」
だが立城が知っている葵は恐らく優一郎の言うそれとは違う。そして立城はまた、葵の名を騙る人物にも心当たりはあった。人好きのする笑みを表面的に浮かべつつも、警戒心を決して解こうとはしない食えない相手だ。
「立城さんにとって有用な情報を自分が知っているかどうか判断できないということです」
僕は立城さんでは無いんですから。続くその言葉を耳にして立城は目を見開いた。確かにそうだろう。だがだからこそ優一郎の中には恐らく目指す情報が眠っている。そうでなければ誓約者として生まれることも、覚醒することもなかっただろう。
立城は無言で動きを止めた。ぴたりと優一郎の額を狙ったところで手が止まる。優一郎は不思議そうに立城を見上げている。
「どうですか?」
「君は随分と真っ直ぐなんだね」
そう呟いて立城は力なく手を下ろした。力を使った覚えはない。なのに何故か酷く身体が疲れている。立城は身体を放るようにしてソファに戻った。動いた拍子にテーブルのラベンダーがひらりと舞い上がる。花弁が舞うのを目で追ってから立城は苦い表情を浮かべた。
「やっぱりやめた。いいや、必要そうな情報は別から引き出すことにするよ」
「やっぱり、無かったんですか?」
残念そうな面持ちで優一郎が告げる。立城は苦笑しながら手を振ってみせた。ないのではない。その意味をこめて優一郎の言を否定する。
この頃の立城は色々ヤバいので……。