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「これからお料理しますから」
「ああ、そっか。これって料理したりする時に着るもんなんだ?」
「そちらの世界には無いんですね。お料理したりするときに、服を汚さないように付ける前掛けなんです」
奈月の説明を聞きつつもラスティは考えを巡らせていた。そういえば同じような白いエプロンを料理屋の女主人が身につけていた。確か宿のおかみもそうだった気がする。ラスティはつらつらと思い出しながら首をひねった。だが自分は身につけたことがない。そもそも、服は汚れたら洗濯すればいいし……。そこまで考えてからラスティははたと気付いた。家にいる時、料理をしているのは自分ではない。いつも台所に立つ相手のことを思い浮かべてラスティは顔をひきつらせた。
ラスティが考えている間に奈月は台所に消えた。やがていい香りが漂いはじめる。ラスティははっと我に返って台所に向かった。
「何か手伝おうか?」
楽しそうに料理している奈月の背中に声をなげる。すると奈月は肩越しに振り向いた。何故だろう。料理をしている奈月を見ると、心のどこかにいけない気分がこみ上げてくる。
「玉子焼き出来てますから、持って行っていただけます?」
皿を目で示しながら奈月が告げる。ラスティはああ、と頷いて皿を取り上げた。おかしい。昨日まで何ともなかったのに、どうして今日はこんなに奈月のことが気になるのだろう。そもそも、奈月が料理してくれるのはいつものことになっている。改めて気にすることもないのに。ラスティはそう心の中で呟きながら首を傾げた。両手に片手に皿を持って部屋に取って返す。器用に片手だけでちゃぶ台を引っ張り出し、ラスティはその上に皿を据えた。
料理が次々に出来上がる。気付くとちゃぶ台にはたくさんの皿が並んでいた。いつものようにラスティの目の前に奈月がちょこんと座る。ラスティは慣れない箸を手にして軽く頭を下げた。
「いただきます」
「いただきます」
奈月も手を合わせてそう告げる。そして二人は食事を始めた。最初は箸を二本で使うとは思っていなかった。だが今はラスティも箸を何とか二本揃えて使うようになっている。
「あ、そういえばさ。あんた、魔法とか使えるようになったら便利?」
おかずの卵焼きを強引に箸にさしてラスティは目を上げた。茶碗を片手に奈月がにっこりと笑う。
「はい、ぜひ使えるようになりたいです」
笑顔が眩しく見えるのは何故だろう。ラスティは内心でため息をついてから頷いた。一つだけ判ったことがある。奈月が着ている服がきっと問題なのだ。
「どの程度? 魔法っつっても色々あるからさ。光生んだりとか出来る程度? それとも山とか吹き飛ばしたり? 海とか割るくらいの力使いたいとか? アレンジ次第では色んなものが修復可能な時流関係も使えるようになるけど」
そう説明しながらラスティは卵焼きを口に運んだ。すると困ったように奈月が考え込む。箸を持つ手を止めた奈月につられるようにして、ラスティも手を止めた。箸に突き刺さった卵焼きがぽとりと皿に落ちる。
「わたしに使えるレベルでかまわないです」
「あんたなら何でも出来るような気がするけど」
迷うことなくラスティは即答した。すると奈月が不思議そうな面持ちになる。落下した卵焼きに再び箸をさし、ラスティは小さく笑った。
「魔法修得のこつはな。自分が何をしたいのかはっきりと自覚することなんだ。例えば破壊一方の魔法を覚えるやつもいる。そうかと思えば怪我を治したりっていう力を会得する者もある。……要するに、あんたが何をしたいかによるんだよ」
「山を吹き飛ばしたり海を割るのはいくらなんでも無理だと思うんですけど」
困ったように言いながら奈月は少しずつおかずを口に運んだ。頼りない顔つきが妙に新鮮に見える。昨日までの奈月と今日の奈月の違いは服だけだ。なのにどうして今日はかまいたくなるのだろう。ラスティは笑ってから卵焼きを口に放り込んだ。
「出来る。あんたがその気なら可能だ」
「わたしは水輝さんの、お役にたちたいです。水輝さんのためにもし必要なら、わたし山でもなんでも吹き飛ばします」
そう告げて奈月が冷ややかに微笑む。ラスティはおや、と軽く目を見開いた。なるほど、奈月の思考の中心にいるのはいつも水輝だけのようだ。そのことは先に判っていた筈なのに、ラスティはこの時改めて感心した。果報者、とつい呟いてしまう。
「あいつのためってんならその手の力は必要ないだろ? あいつ自身が得意そうだからな」
箸で豆を刺そうとしていたラスティは思わず眉を寄せた。どうしても上手く出来ない。そんなラスティを見かねたのか、奈月が器用に箸で一つの豆をつまんでラスティの茶碗に乗せた。ありがたく茶碗を取り上げる。縁に口をつけて直に放りこんでから、ラスティは目を上げた。
「とりあえず、基礎からみっちりやります! 水輝さんからは、当分こちらの世界に居るようにって言われてますし……」
「じゃあ、あれかな。時流系とかやるといいかもな。あいつ、そっちは苦手みたいだから」
時の流れを利用した魔法は高位魔法だ。が、奈月なら修得も可能だろう。それに奈月になら翠も手を貸すに違いない。ラスティは口の端についた飯粒を指ですくいながら小さく笑った。つくづく、奈月は才能に恵まれている。そして運もいい。
何しろ、俺が直々に教えるんだからな。そう心の中で付け足してラスティは不敵に笑った。何事かと奈月が目を見張る。何でもない、と手を振ってラスティは焼き魚に手をつけた。知らない種類の魚だったが、その味はとてもよかった。
「翠さんの力、ですね」
そう奈月が問い掛ける。ラスティはああ、と頷いた。水輝と翠は相性が悪いわけではない。元の性質が極端に離れているために、その力を使う際にどうしても負担がかかるのだ。しかも彼らは魔法というものを仲介して力を導いたりはしない。宝珠という、龍神の魂とも呼べるものを介して力を撃つのだ。
「あとさ、一つ言い忘れてたんだが」
食事を終え、奈月のいれてくれた茶を飲みながらラスティはそう告げた。ちゃぶ台を拭いていた奈月がはい、と手を止める。
「今、金龍神の力はとても使いにくくなってるんだ。こっちの世界で金龍神が眠りについてるからなんだけど」
そう告げると奈月が神妙な面持ちになる。もしかしたら何か思い当たることがあるのだろうか。そうは思いつつもラスティは言葉を継いだ。
「金龍神の力は運命を司る。だからそっち方面のは今は教えられないかも知れないけど、それでもいいか?」
「いえ、工夫次第ではなんとかなると思います」
翠の力を媒介にして過去に遡って力を引き出せばいい。そう奈月が告げる。ラスティはそれを耳にして苦笑した。湯飲みを注意深く口に寄せて茶の表面に息を吹きかける。猫舌のため、ラスティは少しずつ冷ましながら茶をすすった。
「んな面倒な手順踏まなくても、あんたなら使えるんだけどな。教える俺の方がちょっと無理かも知れない。……俺、あいつとはめちゃくちゃ相性悪いしな。絶対無理とは言わないけど」
奈月には見えない印が幾つかついている。中でも一際、珍しいのが金色の光だ。当の奈月が気付いている様子はないが、水輝はきっとそのことに気付いているだろう。放置しているのはその方が奈月にとって都合がいいからだ。
対象の運命を左右する浄化の力は奈月特有のものだ。そして奈月は無意識にそれを使っている節がある。
「亮さんは運命を選び取りましたから」
悲しそうにそっと奈月が告げる。あのころ、歪みが見えていたらもっと違う道があったかもしれないのに。そう続けて奈月は台布巾を片手に腰を上げた。台所に向かう奈月の背にラスティはひっそりと笑みかけた。それをこそ誰かが望んでいた結果だと告げるのは酷だろうか。そんなことを思いながら湯飲みを傾ける。
金龍神であった亮は人としての一生を終えた。そして金龍神の力そのものは今は眠りに就いている。そうでなければ奈月は現在、その存在を維持することは難しかっただろう。本来、奈月が拠り所にする筈だった者には歪みが多く含まれている。現在の状況では到底、奈月を維持させることは出来ない。
ま、俺には関係ねえけど。そう呟いてラスティは茶を啜った。
海、割れるんですよね(遠い目