「しかし先輩、ゲーム好きだったんですね」
「あー? 知らなかったのか?」
そう言いながら多輝はポケットに手を突っ込んだ。皺だらけになった煙草の箱を引っ張り出す。そこで多輝ははたと気付いた。優一郎を見ながら煙草を指差してみせる。困ったように笑いながら優一郎は空になって転がされていた空き缶を多輝に差し出した。
「言ってくださればすぐに用意しましたのに」
「え? だから言ったじゃん、おれ」
不思議に思いながら多輝はそう返した。ゲーム機寄越せ。優一郎にそう告げたのはつい先日のことだ。よれた煙草に火を点けてから多輝は軽く指を鳴らした。部屋の空気と外気を直接に繋げてやる。すると部屋の中に細い風が入ってくる。これで換気は出来るだろう。
セーブデータ欲しさにマンションに一度だけ戻ったことは優一郎には言っていない。多輝は煙草を吸いながらちらりと優一郎を見た。急に外気が入ってきたからだろう。優一郎が首を竦める。
「いえ、もっと前から欲しかったんでしょう? 言ってくだされば良かったのに」
そう告げて優一郎は腰を上げた。促されて多輝も立ち上がる。多輝は咥え煙草のままで部屋を出た。先を行く優一郎が目指したのはキッチンだ。どうやら茶をいれるらしい。多輝は率先してやかんに手をかけた優一郎を制してやかんをその手から取り上げた。
「女の時は大してやりたいとは……ああ、でも思ったこともあるのか。あん時、迂闊に外に出ちまったから変なのに目をつけられたんだろうけど」
やかんに水を張ってコンロにかける。沸くまでの間に多輝は手慣れた調子で茶の準備をした。外気との繋がりを自分の周辺にのみ固定する。多輝の周囲に漂っていた煙草の煙はたちまち風に流れてかき消えた。
「っと。紅茶でいいか?」
ティポットに茶葉を入れつつ多輝は目だけを上げた。カウンターについていた優一郎が笑顔で頷く。
「ありがとうございます」
告げる優一郎に多輝は唇を歪めてみせた。のびた煙草の灰を空いた缶に落とす。次いで多輝はにやにやとした嗤いを優一郎に向けた。
「ところでさあ。生徒会長はともかく、由梨佳先生は直ったのか?」
「もともと故障はたいしたことありませんでしたから、起こそうと思えば直ぐにでも起こせますけど」
多輝の声に応えつつ優一郎が困ったように笑う。多輝はへえ、と呟いてやかんを取り上げた。沸騰した湯を静かにポットに移す。保温のためのカバーをポットにかけてから多輝はティセットをカウンターに運んだ。
「おれ、そろそろやりたいなあ」
囁くように告げて多輝はするりと優一郎の隣に身を滑らせた。滑らかな挙動で椅子に腰掛けた多輝を優一郎が苦笑しながら横目に見る。
「そのことで、ご相談にあがったんですが」
そう告げて優一郎は静かに椅子を降りた。何だろう。そう思いながら多輝は優一郎を目で追った。冷蔵庫を開けた優一郎がケーキの箱を手にカウンターに戻ってくる。いつの間に買って来たのだろう。用意された皿には一つずつケーキが乗せられた。目の前に出されたケーキと優一郎を見比べる。どうぞ、と告げて優一郎は皿にフォークを乗せた。
「相談って……何の」
多輝はポットのカバーを外してから紅茶を注ぎ分けた。目を上げると優一郎の笑みが見える。
「責任を取っていただこうと思いまして」
「おれが? 何の?」
小さく笑いながら多輝はティカップを一つ、優一郎の前に滑らせた。椅子に戻った優一郎がカップを手に取る。
「母のマスターになって頂きたいんです」
ひっそりと笑みを浮かべて優一郎が囁く。多輝は思わず短く口笛を吹いた。上機嫌で茶をすする。フォークで切り分けたケーキはスタンダードな苺のショートだ。多輝はじっくりと口の中で生クリームを味わってから優一郎に視線を向けた。
「気が合うなあ。おれもそれ、言おうと思ってたんだ」
由梨佳を壊れるほどに抱いてみたい。その願望を多輝は正直に優一郎に告げた。出来れば自分のものにして、あらゆることを試してみたい。それはある意味、由梨佳を人としては扱わないということだ。
「話が早いですね。それでは先輩のお好みのとおりに改造して、明後日には納品しますよ」
にっこりと笑いつつ優一郎はケーキを切り分けた。口に運んでカップを取る。多輝は低く笑って身体を軽く傾けた。そっと優一郎の耳に口を寄せる。耳打ちすると困ったような笑みを浮かべて優一郎が手を止める。
「できる?」
ケーキを平らげてから多輝はそう優一郎に振ってみた。紅茶のおかわりを注ぎ分ける。今度の紅茶は少し濃い目に入っている。多輝はピッチャーからゆっくりとミルクをカップに流しいれた。カップの縁を伝ったミルクが乳白色の線を茶の表面に描いていく。
「了解しました」
立派な玩具に仕上げましょう。そう付け足した優一郎はにっこりと笑っていた。多輝もつられるようにして笑みを浮かべる。だが多輝はふと思い出して笑みを消した。由梨佳はヒューマノイドではあるが、紛れもなく優一郎の母親だ。血が実際に繋がっているかはどうかは別にしても、長年家族として共に過ごしてきた筈だ。それでもいいのか? 多輝は色んな意味をこめて優一郎に訊ねた。
優一郎は自分のカップにミルクを注いでスプーンでそっとかき混ぜた。ミルクの線が茶に溶け込んでいく。
「母にはマスターが必要です。いくらなんでも息子の僕がマスターになるわけにはいかないでしょう? 先輩には感謝しています」
「そうなのか? でも由梨佳先生は……」
息子だの何だの、気にしてなくて。お前を好きなんだと思うけど。多輝は続く言葉を飲み込んだ。優一郎は意外にも平然としている。多輝は黙ってカップを取った。ミルクの線を残すようにしてそっと茶を啜る。
「母にとって僕は父の代用品でしかありませんよ。でも先輩は違います」
両手にカップを包んで優一郎はひっそりと笑った。その笑みに翳りはない。多輝はふうん、と呟いてぬるくなりかけていた茶を飲み干した。底に溜まったミルクはほんのりと甘い。
「ま、おれがマスターになっても大して嬉しくはないと思うけどな。玩具にされるだけだしさ」
そう告げて多輝はくすくすと笑った。由梨佳を使ってどんな遊びをしよう。色んな場面が次々に頭に浮かぶ。ひとしきり笑った後、多輝は新しく茶を入れるために席を立った。優一郎がその背中に声をなげる。
「本人に聞いてみてください。マスター登録には基本的に本人の同意が必要ですし」
ポットに残った茶葉を捨てて新しくやかんに水を張る。手際よく茶の準備をして空多輝は振り返った。肩越しに優一郎に嗤い掛ける。
「ああ。是非とも訊いてみたいね」
耳元に優しい言葉を囁かれた由梨佳がどう反応するのか楽しみだ。そう続けると優一郎が苦笑する。
「とりあえず、登録終了までは殊勝なふりをしてくださいね」
その後は何をしても大丈夫ですから。にっこりと笑いながら告げた優一郎に多輝はばっちり、と親指を立ててみせた。
由梨佳の立ち位置もなかなか決まりません……。