今日は珍客万来だね。そんな言葉と共に火藍は立城に屋敷に迎え入れられた。使い魔たちが屋敷の中を行き来している。火藍は目を細くしてそんな彼女たちを眺めやった。彼女たちは一様に以前とは違う雰囲気をまとっている。火藍は訝りながら彼女たちを横目に階段を昇った。
玄関の広いフロアの中央に大きな階段がある。赤いじゅうたんの敷き詰められた階段を火藍は注意深く昇った。手すりにはところどころに彫刻が施されている。火藍を案内しているのは立城の使い魔だ。先を行く使い魔を観察しつつ火藍は階段を昇りきった。
どこが違うのだろう。火藍は何度かそう胸の中でそう問い掛けてみた。だが使い魔たちを見ても違いがはっきりと把握できない。ひょっとしたら勘違いかとも考えた。が、この勘違いと片付けられる程度の違和感ではない。それに実際に立城の使い魔を幾人も一度に見るのは初めてだ。今まで立城の傍には桜という使い魔ただ一人しかいなかった。他にも使い魔たちいたらしいが、火藍に限らず立城以外の龍神の前には殆ど姿を現したことがないという。あの水輝でさえ、桜以外で見たのはほんの二、三人らしい。
静かに歩いていた使い魔がとあるドアの前で止まる。火藍もほぼ時を置かずに足を止めた。使い魔は静かに火藍に一礼してからその場を後にする。要するにこのドアの向こうに立城がいるのだろう。後は好きにしろ、という意味だろうか。そんなことをぼんやりと考えながら火藍はドアをそっとあけた。
薄く開いたドアの隙間から異様な光景が見える。火藍は絶句して反射的にドアを閉めそうになった。が、何とか衝動を堪えてドアノブを握る手に力を入れる。
部屋の床全体を覆い尽くしていたのは茶色の蛇のようなものだった。一目見ただけでは何か判らない。が、火藍は次いで理解した。蛇のようなそれの所々に、見てくれのグロテスクさに似合わない愛らしい花がついているのだ。これは間違いなく植物だ。が、こんな植物はこの世界のどこにもない。火藍は息を飲んでしばしうねる植物を見つめていた。
「そんなところで固まっていないで入っておいでよ」
唐突に部屋の奥から声が聞こえてくる。火藍ははっとして顔を上げた。うねる植物に囲まれるようにして立城が立っている。足元で蠢くそれに目を落とした立城の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「これはどういうことだ」
火藍は低い声で訊ねた。元来、この世界にはこんな植物は存在してはいなかった。これは明らかに誰かの手で意図的に作り出されたものだ。そして恐らく、立城が誕生に関わっている。だが憤りをこめた火藍の鋭い眼差しに立城はふわりと微笑みを返した。
「見ての通りだけれど? この子たちがそんなに気になる?」
くすくすと笑って立城は片手を軽く振った。するとうねっていた数多くの植物が一箇所に集まり始める。立城の足元に集ったそれはどういう仕組みなのか、そのまま床に沈みこんでいった。ほどなく床がごく当り前の状態になる。じゅうたんの敷かれたその部屋に火藍は大股で進んでいった。
勢いに任せて立城の目前に迫る。火藍は無造作に立城の胸倉を片手に捕まえた。
「何故、こんな真似を」」
「こんな真似? 新しい命を作ることがそんなにいけないこと?」
あくまでも立城の顔からは笑みが消えない。火藍はぎり、と奥歯を噛みしめて立城の服を握る手に力をこめた。ネクタイが捩れてシャツの襟元が立城の首を不自然に締める。立城はシャツの襟にそっと手をあてがった。力をこめたために弾けそうになっていたボタンが一つだけ外される。火藍はだがつかむ手の力を緩めなかった。
「お前も知っているだろう。わたしたちは新しい生命体を作り出してはいけない。わたしたちの力を受けて命が誕生すれば、必ずその命は歪んでしまう。どう転んでもこの世界にとって不自然だからだ」
それは言われなくとも龍神なら知っているはずのことだ。生前の天輝が禁忌だと皆に示してみせなかったのは、当り前になりすぎていた話だったからだろう。現に天輝が生まれた時には龍神間で暗黙の了解が出来上がっていた。
今、龍神たちの多くは歪みを孕んでいる。だが歪みが一点もない者は龍神においてもごく少数だ。だからこそ、他の命を新しく作ってはいけないとみな納得しているのだ。歪みは歪みしか生まない。火藍は苦い気持ちで立城の返答を待った。
微笑みが見る間に薄笑いに転じる。立城はくすくすと笑いながら火藍の手を払った。立城にしては珍しい粗雑な動きだった。火藍は驚きに思わず目を見張った。立城は歪んだネクタイを直しもせず、腕組みをして火藍を睨むように見つめる。
「不自然? 誰にとって? そもそも自然ってなに?」
いつも穏やかな表情をしか見せない立城にしては、その様子は本当に珍しいものだった。指で前髪を後ろにかきあげて横目に火藍を見る。その目にはどこか楽しんでいるような光が宿っている。立城は火藍の前をさっさと過ぎって部屋の中央に据えられているソファに腰を下ろした。両腕を背もたれに預けて肩越しに振り向く。火藍はじっとそんな立城を見つめていた。
長いので7分割くらいになります……(汗)